「よかったなーお前っ!! メシ食わせて貰えてなー!!」
あ、ルフィさんだ。
頭上からの声に顔をあげると、二階の手すりに身を預けていたルフィさんがご機嫌にこちらに飛び降りてくる。
「死ぬとこだったなー、はっはっはっはっ。おいコック!! お前仲間になってくれよ!! おれの海賊船のコックに!!」
「? あァ!?」
脈絡の無いシンプルすぎるルフィさん語に、初対面のお2人は怪訝そうだ。
苦笑していると私の頭に両腕を乗せて、コックさん候補に身を乗り出す。
「……おい、色々問い質したい事はあるが。まずお前とそちらのレディはどういう関係だ? 馴れ馴れしいにも程があるだろ!」
「おれはルフィ! 海賊だ! こいつはナナで、おれ達の船の船主だ! 船長はおれだぞ!」
気づけば、ルフィさんに伸し掛かられている。……く、首が鍛えられる。
「っていうか、近ェよ!! ナナちゃんが潰れてるだろうが!!」
「しょーがねェだろー! 誰でもいいから触ってろってナミがうるさいんだからよー」
「へあ……!?」
何それ? 初めて聞く事だから驚いて、そういえばいつも誰かしらとくっついているなぁ、なんて今更に気づく。……え、ナミさん。まさか迷子防止じゃないですよね!?
流石に色々と理由を追及したくなるが、口を尖らせながら体重を預けてくるルフィさんが詳細を知っているとは思えない。……後でナミさんに詳しい話を聞かなくてはと、ぐぐぐっと我慢する。
「……! なるほどな」
フーっと、コックさんは煙を吐き出し、お兄さんもハッとした顔をした後に納得した様に頷いている。……あの、もう少し掘り下げていいんですよ? まさか、そんなに迷子になりそうな雰囲気なんですか、私? ……もしや、低身長のせいで15歳に見えないのだろうか? 違うんです。栄養状態が悪かっただけで、まだ伸びしろはあるんです。子供じゃないんですっ。
「……つまり、2人は海賊なんだな。……何でまたこの店に砲弾打ち込んだりしたんだ」
「ああ、あれはな事故なんだ。正当防衛の流れ弾だ。あと、ナナはまだ海賊じゃないぞ」
「何だそりゃ」
「あと、これからも海賊になる予定はないです!」
きっぱりと宣言する。1億ベリーを恩のある町に寄付できたら、と最初は考えていたけど。改めて考えると海賊になった時点で盗品と疑われて、海軍に寄付したベリーを没収とかされたら困る。
なので、今後も海賊にはなれませんと「やだ!!」……聞いて? ああ、ルフィさんがとても不満そうな顔をしている。大丈夫です、メリー号と一緒に冒険はしますから! 海賊じゃないから仲間と呼ぶには弱いかもしれないけど、付属品として連れて行って欲しいですから!
「……何にしても、この店に妙なマネしねェこった。ここの店主は元々名のある海賊団のコックでね」
「へー。あのおっさん海賊だったのか」
「そのクソジジィにとって、このレストランは”宝”みてェなもんなんだ。その上あの男に憧れて集まったコックどもは全員海賊ばりに血の気の多いやつばかり」
パッと、ルフィさんの興味がコックさんの話題にうつってホッとする。流石の切り替えです。
「まァ、海賊も往来するこの場所にゃうってつけのメンツなんだけどな」
「ほんと騒がしいもんなーこの店」
「まーな。これが日常だ。最近じゃ海賊とコックの乱闘を見にやってくる客もいる程だ」
話しながら、コックさんは表情に隠しきれていない誇らしさを滲ませる。
「おかげでバイトのウエイター達はビビッて全員逃げ出したよ」
「はーん。それでか、おれに1年も働けっつってんのは。まーいいや、仲間になってくれよお前」
へぇ。ルフィさん1年も働くのか。……1年!?
私が様子を見に行くのが遅れたせいですか!? ええとええと。店主さんに今すぐ直談判してこよう! ルフィさんを1年も働かせるなんて……そんなのレストランにも本人にも不幸にしかならない! きっと、お皿もいっぱい割っちゃうしお料理つまみ食いしちゃうしコックさん達のお仕事が増えて、唯一適性があるボディガードでもお店を壊してしまう。誰も幸せになれない……!
「失礼だな! おれだってやれるぞ!」
「ひえっ!? えっ、こ、声にでてましたか!? ごめんなさい悪気は無かったんです!!」
拗ねた、というよりぶーたれているというか、不満そうなルフィさんに慌てて謝る。うぅ、失礼な事を口にしてしまった。やっぱり私って独り言が多いんだな。
「んっ、許す! あと口じゃなぶふおッ!?」
「お触りの目的そのものを忘れてんじゃねェかッ!! ……麗しのレディ、お手を」
「? へ」
ゴッ!! とルフィさんを突然怖い顔で蹴ったと思ったら、コックさんにスッと手をとられてしまった。
そのままお兄さんの傍につれてこられて、文句を言っているルフィさんに何かを怒っている。そのまま、何故か仲間になれならないの応酬が始まってしまった。
「……」
「……」
ふと、隣のお兄さんと目があうが、お兄さんは気まずそうにむっつりと押し黙ってしまう。……すみません。冷静になると、泣き顔を見られて恥ずかしいですよね。
で、でも大丈夫ですよ! あんなの誰だって泣きます。私も泣きました!
でも、男の人だから気にするなっていうのも難しいでしょうし、何を言っても傷を広げちゃいそうで、どうしよう……と、とりあえず泣いていた事は意識して触れずに自己紹介!
「わ、私は、仮名でナナって言います。お兄さんは?」
「……。おれは、クリーク海賊団のギンって者です。……姐さんは海賊で無いにしても、海賊に船を貸して海を渡ってるんですよね? 目的はあるんですかい?」
えっ。姐さん!?
もしかして私、子供扱いされてない!? ぎ、ギンさんは凄く良い人だ!! 喜びであげかけた歓声をぐっと飲み込む。
「……っ、私は、色々な島を巡ってトレジャーハンターがしたいんです! そして、船長のルフィさんはワンピースを目指しています!」
「! ……コックを探してるくらいだから、人数は揃っちゃいねェんでしょう……?」
「今こいつで6人目だ!」
「何でおれが入ってんだよ!!」
私も頭数に入ってませんか!? そして話を聞いていたんですね!?
「……あんた、悪い奴じゃなさそうだから忠告しとくが……”偉大なる航路”だけは、やめときな」
ぇ。ヒュっとする様なギンさんの深刻な忠告に、思わずびっくりして膝を抱えてしまった。
そ、そんなに怖いんですか? “偉大なる航路”って?
「あんた、まだ若いんだ。生き急ぐことはねェ。”偉大なる航路“なんて世界の海のほんの一部にすぎねェんだし、海賊やりたきゃ海はいくらでも広がってる」
「へーそうか……なんか"偉大なる航路”について知ってんのか?」
「……いや、何もしらねェ。……何もわからねェ。だからこそ怖いんだ……!!」
頭を抱えて怯えるギンさんの震えが伝わり、ひょえ……と変な声がでそうになる。
おずおずと、ギンさんの大きな背中を撫でると、鍛え上げた硬さが伝わってきて、すごく実力がありそうなのに……そうか、きっとまだ精神が不安定なんだと思い至る。
「……あのクリークの手下ともあろう者がずいぶん弱気だな」
「クリークって?」
少しだけ落ち着きを取り戻したギンさんを見て、よし! と立ち上がる。私は私にできる事をしよう!
「姐さん……?」
「ちょっと待ってて下さいね!」
駆けだして、向かうはメリー号。
ナミさんはすでにジョニーさんとヨサクさんの手当てを済ませていて、そういえばゾロさんとウソップさんの姿が見えないけど、割とマイペースなところがある2人だから、すでにレストランで食事中なのかもしれない。
「ナナ、用事は終わった?」
「ごめんなさい、まだです! ちょっと食料持っていきますね!」
「いいけど、ルフィはどうだった?」
「1年働かされる事になったそうです! 店主さんとは改めてお話して、被害総額が増えるだけだと説得するつもりです!」
「……へぇ、そんな事になってるんだ」
ぐー! と鼻提灯を出して寝ているジョニーさんとヨサクさんにくすっとしながら、食料を大きな袋にぎゅうぎゅうにつめて、よろよろしながら歩いていく。
「大荷物ね」
「はい! お腹がすくのは嫌ですから!」
「……そうね。私もお腹がすいたし、ご馳走してくれるんでしょう?」
「! 是非」
悪戯っぽい笑みにドキッとしながら頷く。……つい、彼女の唇が触れた両頬の事を思い出して、くらっと足が止まりそうになるが、まずはギンさんに食料を渡して安心させなくてはいけない。
(……お腹がいっぱいなら、なんとでもなるもの!)
怯えて怖がっている事にだって、お腹さえ膨らんでいればどうとでもなる。挑むことも逃げる事もできるんだから、暫くはお腹を満たして栄養を摂り精神状態を安定させるのだ!
「……ふーん」
背中に、ナミさんの声が届いた気がして振り向いたけど、ナミさんはいなかった。
ちょっとだけ不思議に思いながらギンさんのところに戻ると、ギンさんは小舟に乗って出航の準備をしている。駆け寄りながら観察すると、ルフィさん達とのお別れはすでに終わっている様で、遅れた私待ちだったらしい。……あれ、なんでこんな所にお皿の破片が落ちてるんだろ?
「! 姐さん」
「お待たせしました、ギンさん。こちらを!」
えい! っといっぱいに腕を伸ばして袋を差し出すと、彼は驚いた顔で受け取ってくれる。
「……こんなに、いいんですかい?」
「はい! 暫くはお腹が空くのが怖いと思うので、上手に食べてあげて下さい! それから、こちらも」
「……これは」
鞄を開けて、少し迷いながらもお弁当箱を差し出す。
「は、初めて作った、お弁当です。……夜食のつもりだったので、どうぞ貰ってやって下さい。凝った事はしていないので、具材の材料はそのままですし、アレルギーが気になったら残して下さいね! あ、こちらのお鍋もどうぞ。まだスープっぽい汁が半分以上残ってますので!」
「…………」
ギンさんは、何とも言えない顔で、両方とも大切そうに受け取ってくれる。
「……なんて、お礼を言えば、いいのか。その、おれは」
「大丈夫です。私は極悪人なので、ギンさんにとんでもない負債を無理矢理押し付けているだけです」
「「は……?」」
「その反応は酷いと思います!!」
首を限界まで横に曲げるルフィさんとコックさんに怒って、こほんと咳払い。
「お礼は、未来の飢えた誰かに返してあげて下さい」
「……姐さんに、ではなく?」
「はい! これからずっと、お腹が空いている人にご飯を与えなくてはいけない、という”お礼”です!」
「……それは」
「ね? ギンさんは大損です。そして、私は大儲けです」
だって、未来の自分が払うかもしれない負債を、ギンさんに肩代わりして貰うのだ。こんなにぼろい事は無い。
にこっと笑うと、ギンさんはふっと微笑んで「……分かりやした」と頷いてくれる。
ルフィさんとサンジさんも笑っている。
そして、別れの時が来る。
彼はゆっくりと小舟を離すと、こちらを見て両手をついて四肢を曲げ、深く頭を下げる。
その、最大級すぎる礼の姿勢にあわわわわと慌てる私の横で、サンジさんは「もう捕まんじゃねェぞ、ギン!!」と、手を振っている。ルフィさんも楽し気に手を振っていて、私も慌てて両手でぶんぶんと手を振る。
「さようなら! お元気で! またお会いできる日を楽しみにしています!」
今度は、一緒にテーブルを囲んでご飯を食べられるといいなって、そんな未来を想像して、隣でにひひと笑うルフィさんを真似する様に、にひひって笑った。
……ちょっとだけ潮風が目にしみて、なんだかナミさんの顔が見たくなった。