何のご褒美か、ナミさんと腕を組みながら過ごすラウンジの一時。
ご実家に送ると約束して2日が経過しているが、私もナミさんもいまだ海上レストランから動けずにいる。
(……でも、まったりしてるなぁ)
本当なら、その日の内にこっそり出航したかったけど、メリー号が手袋越しにふわふわっと難色を示している気がして(どうしたんだろう?)と念の為に調べてみたら、積んでいる食料が尽きていたのだ。
(……教えてくれてありがとう、メリー)
どうやら、ギンさんに多めに渡した食料とルフィさんのつまみ食いが重なった結果らしい。慌ててレストランに食料の買取をお願いした所、定期船が来るのが2日後だという。
なので、この2日間は動くわけにもいかず、ナミさんは少しばかりイライラした様子で口数少なく私にぴったりと張り付いて離れなかった。
(……幸せだ。……いや、じっくりと噛みしめている場合じゃないんだろうけど、しあわせだ)
恐らく、見張られているのだろうけど、ほぼ24時間一緒にいられるのは最高すぎる。船酔いとか忘れるぐらい天国な2日間だった。
(まあ、ルフィさん達にぽろっと出航の事を漏らしちゃうと疑われるのは、悲しいですけど)
ナミさんからしたら、悪い話をもちかけた矢先でケチがついたのだ。不安と警戒でこうなってしまうのもしょうがない。
(私は口が堅いので、どんな脅しにも屈さず秘密は厳守する自信があります! なんて)
言ったところで、口では何とでも言えると更に疑われるだけだろう。
「…………」
めきっ、と。
ナミさんの読んでいる本が分厚い表紙を巻き込んで凹んでいる。……握力が強いなぁと目を丸くすると、じと目を向けられているのに気づいて、いつから見られていたのかとちょっと照れる。
「……ハァ。ご飯、食べに行きましょうか」
「はい!」
ナミさんが立ち上がり、私も立ち上がろうとすると「ん?」メリーからの声なき声。
「! どうしたの」
「お客さん? が来たみたいです」
私が口を開くと同時に、外からジョニーさんとヨサクさんの「「い゛、いやああああああ!!??」」という絹を裂く野太い悲鳴が聞こえてきた。
ナミさんが警戒しているけど、手袋越しに感じるメリーのふわふわから危険の色がある様には思えない。首を傾げながら外に行こうとすると「姐さん!」と2日前に聞いたばかりの声がして「ギンさん!」ナミさんと手を繋いだまま戸を開ける。
「ご無沙汰しています!」
そこには、ピシッと立って、大きな袋を担いだまま丁寧に頭を下げる、2日前に別れたばかりのギンさんがいた。慌てて頭を下げ返しつつ興奮する。
「わあ、わああ! とても血色が良くなりましたね、ギンさん! 今日はどうして此方に?」
「仲間と再会しまして……! 首領・クリークの思惑はともかく、食事に来ました。サンジさんにも先程会いまして……これはレストランの方から預かって来たご注文の食料です。代金は支払っておいたので、どうぞお納めください!」
「ええ!? 悪いですよ!!」
大きな袋を2つ、どすん! ドスン!! と甲板に置いて、ギンさんが床に膝をついて、また丁寧に頭を下げる。
慌てて、お金を支払おうとするけど、頑なに頭をあげそうになくて「……ありがとうございます。とても嬉しいです」これは、受け取らない方が失礼だと、ぐぐっと言葉を飲み込んで遠慮しない事にする。
「でも! せめてお茶ぐらいご馳走させて下さいね!」
「! いいんですかい」
「勿論ですよ、待っていてください!」
何故か驚いているギンさんを招く後ろで、ジョニーさんとヨサクさんは青ざめて口をパクパクしている。ええと、傷口が開いた訳じゃないですよね? ナミさんも、何故かレストランの方を見て表情が強張っている。
(? ええと、ボロボロの大きなお船が止まってますね。もしかして、ギンさんが乗って来た船でしょうか……ちょっと痛々しいな。メリーはこうならない様に守らなくちゃ!)
ギンさんは「ご相伴にあずかりします」と嬉しそうに笑って、今日はお天気も良いし外で飲みましょうと、急いでキッチンに走って、お茶をいれてくる。
「ち、ちょっとナナ? 分かってるの?」
「はい?」
「……そう、ね。レストランにはあいつらもいるし。……ん。問題ないわ!」
「……?」
ちょっと何を言っているのか分からず困惑してしまう。
そして、私の肩を握ったまま離れるつもりは無い様で、お茶を淹れている時も「……何も混ぜる気が無いわ。この子」って、ぶつぶつ言っている。もしかしてギンさんのお顔が怖いんでしょうか? 首を傾げながら、お茶とお茶菓子を持って外に出ると、ヨサクさんとジョニーさんが這う這うの体でメリー号の端っこにいるのを見つけた。……大人しく寝てないと早く治りませんよ? あ、お2人もお茶をどうぞ。
「ギンさんは座っていて下さいね。……どうぞ! 粗茶ですが!」
「ありがたく……!」
「ですから、大げさですよ。もっと気楽が嬉しいです」
「……分かりました」
最初より柔らかく笑うギンさんに、元気になって良かったと安堵する。それから、少しだけ警戒を解いたナミさんにがっつり腕を掴まれながら、3人でお茶とお茶菓子を摘まんで会話に華を咲かす。
「――ええ!? ギンさんが船に辿りついた時って、そんな大変なことになっていたんですか!?」
「はい。姐さんが渡してくれた食料が無ければ、死者が出ていたかもしれません」
「わ、渡していて良かったです。それで、どうしたんですか?」
「……。飯を、作りました」
ギンさんは、自分の両手を見下ろして、静かに語る。
「おれは、姐さんやサンジさんに救われてから、ずっと考えていた事がありました。そして、あの時は無我夢中で、お2人の事を思い浮かべながら、初めて包丁を握ったんです」
ギンさんは、照れた様に笑って背中に隠していた包丁を抜いて見せてくれる。初心者でも安心の万能包丁だった。そして、私の目をまっすぐに見つめる。
「……おれは、ナナの姐さんとサンジさんの恩義に報いる為にも、料理人になると決めました!」
その目には、並々ならぬ男の覚悟を感じた。
……大げさだと、そんなの気にしなくても良いと。あの日の事を深く感謝してくれる彼に向かって言いそうになった私は、そうじゃないと目を閉じて、泣き顔を思い出して「……はい」微笑む。
「応援しています。心から。ギンさんは立派な料理人になれますよ!」
「っ。……はい!!」
ギンさんは、笑顔を見せて気合十分、とばかりに全身からやる気をみなぎらせている。そして、その後の話も聞かせてくれる。
「姐さんのスープを船員達に飲ませて、弁当を寄越せという首領・クリークと決闘しました!」
「ブー!!??」
ナミさんが隣でお茶を噴いている。
「……え? 決闘したんですか? ドン・クリークさんって船長なんですよね?」
「はい。おれがこの世で一番に尊敬し敬愛している恩義ある男です。……ですが、あの弁当は姐さんの手作り品ですから。……いくら首領・クリークとはいえ、はいそうですかと渡すわけにはいかず……っ」
苦悩を滲ませて拳を握るギンさん。……そういえば、妙に傷が増えているなぁとは思っていましたが。……お疲れ様です。ドン・クリークさん。
「……ギンさんのお気持ちは嬉しいですが、立場も悪くなりますし、渡してくれて良かったんですよ?」
「ああ、ご心配かけちまった様ですが大丈夫です! 無事おれが勝って、ドン・クリークに弁当の半分を譲渡しましたから」
半分こしちゃったんだ……!? ドン・クリークさん……っ。
負けた上に施しを受けちゃったんだ……ドン・クリークさん……!
(あれー? ギンさんって、そういう事ができる人だっけ?)
出会ったばかりだけど、着ていた衣類に染みついてる”感じ”で、なんとなく自分のものは全てドン・クリークさんに捧げそうな印象だったから、なんだか不思議な感じがする。
「その後は、おれが不得手ながら料理をしまして、首領・クリークも大分持ち直しました」
「そ、そうですか。ドン・クリークさん……怒らなくて良かったですね」
「……いえ。烈火のごとくぶち切れました。毒も撃たれて死を覚悟しましたね」
「ダメじゃないですか!?」
ギンさんはズズッとお茶を飲んで「……姐さんのおかげです」と、目を閉じる。
「はい?」
「おれの事を、本気で心配してくれる人がいる。……おれの無事を、心から願ってくれる人がいる。……おれが飢えない様にって、祈ってくれる人がいる。姐さんのおかげで”覚悟”が決まったんです。目が覚めまして、見ている世界も広がりました」
くしゃり、ギンさんは歯を見せて笑ってくれる。
「絶対服従でした。首領・クリークの命令ならどんな非道でも忠実に従ってきました。……思考を止めていたんでしょうね。情けねェ話ですが、おれはあの人に乗っかってきた。きっと、役に立つ駒が欲しいあの人にはそれで良かったんでしょうが。……おれはもう、昔のおれには戻れねェ……それに」
ギンさんは鼻をこすって、包丁を見つめる。
「首領・クリークが。不愉快そうにでも……飢えていたからだとしても……おれが作った飯を食っているのを見て、決心がつきやした。……食育するしかねェと」
…………ん?
いえ、それ大分おかしい、あ、ちがうな?
ギンさんってば、極限状態のドン・クリークさんと決闘してる時点で色々混乱してたんですね? そして勝ってしまい、お弁当を半分こして分け与え、作ったご飯も食べて貰えた結果、ドン・クリークさんに父性や母性みたいなものが芽生えてしまったんですね?
……元々、相当に傾倒していたっぽいですし。ドン・クリークさんに。
それが、サンジさんやおまけの私、我の強いルフィさんとの出逢いで心に”余裕”が生まれて、新たに見つけた夢も相まって揺らいでいた分の揺り戻し的なナニカで、そんな感じになっちゃったんだなぁと……現状に無理やりの”答え”を当てはめて自分を納得させる。
隣のナミさんは、何かあちゃー! って感じに顔を覆っているし、聡明なナミさんはナミさんで思い当たる事があるのかもしれない。
「……ギンさん」
「はい」
「……食育。応援していますね!」
「はい……!」
うん。これはせめて、私だけでも心の底から応援しないとダメなやつです。
頑張って下さい、ドン・クリークさん。
長い人生、そういう事もありますよ。顔も性格も分かりませんけど、あのボロボロのお船を見るに、偏見ですけど因果応報的な意味で運が悪そうですし。
そう思いながら、お茶を飲んでいると――――ズババンッ!!!! って感じに、目の前でギンさんが乗って来た船が切られた。……もう一度認識する。……目の前で、船が真っ二つにされた。
…………ハイ?
崩れ落ちていく激しい音と、大きく揺れる波に思考が真っ白になる。ギンさんは即座に「首領!!」と叫んで「姐さん達は逃げて下さい!! 奴が追ってきたんだ……!!」と船から飛び降りてしまう。
え? ……え? ……奴?
状況に追いつけずに思考が止まっていると、突然隣にいたナミさんが立ち上がって駆けだす。
そして「ごめん!!」と、身を乗り出して切られた船を見ていたジョニーさんとヨサクさんをドン!! と突き落とした。…………恐ろしい切られ方した船よりびっくりして、逆に冷静になってしまった。
「な、ナミさん?」
ナミさんは、スッと息を吸って、海に落とした2人にむかって手を振る。
「じゃあね! あいつらには言っといて! 縁があったらまた会いましょ♡ って」
……! なるほど。”今”なんですか。
分かりました。私も、腹をくくります。混乱に乗じて、ナミさんをご実家にお送りします!
そして、私はナミさんの共犯者です! 駆けだして、海に落ちてもがいているジョニーさんとヨサクさんを見下ろす。
「あ!? ナナのお嬢さん、はやくその女を止めてくだ―――」
「お、おおお2人のお宝もいただきましたー!!」
「はい……ッ!?」
「ナナ……?」
「……る、ルフィさん達に、よろしく言っておいて下さい!!」
そして、私はナミさんがトイレに行っていた時にこっそり書いていた手紙を2人に向かって落とす。……”当たり前”の事しか書けなかったけど。ちゃんとルフィさん達に届くといいな。
「私は、ナミさんの共犯者ですから!! そういう事で、よろしくお願いします!!」
深く頭を下げて、更に何かを叫んでいる2人の声を振り切って、メリー号の進路を変える為に走り出す。
「……っ。なん、で」
その時、一瞬だけ見えたナミさんの表情が、泣きそうに歪んでいた気がして――――今はただ、その顔を絶対に忘れない様に心に刻み込んだ。