当たり前だけど、ナミさんの元気が無い。
もしも1人なら泣いていたかもしれないと心配になるぐらい、気落ちしている。
(……ナミさん、どうか事情を私に話してくれませんか? ……なんて)
そう言いたいし、聞きたいけど、ナミさんの背中がそれらを拒絶している。
聞かないで欲しいと、何も言わないで欲しいと、纏う空気が張りつめているから、間違っても声に出さない様に我慢する。
(……ハァ。少しでも弱味を見せてくれたら……聞いて欲しいと無意識にでも素振りを見せてくれたら、無理矢理にだって聞き出すのに)
その肩に圧し掛かった、彼女の荷物を一緒に背負えるのに。
ちょっとぐらい、私だって役に立てると思うのに。
(……でも、まだ無理なんだろうな)
出会ったばかりの、仲間未満の私にそんな急所ともいえる脆さを見せる訳がない。
(彼女は、とても強い人だから)
1人でも、なんとかしてしまえる人だからこそ、支えたいと思うのに。私の力不足で頼られる事は無くて、歯がゆくなる。
「今日も良い風ね! この風向きなら私の故郷まであっという間だわ」
「……はい!」
ああ、鼻歌交じりに海風をあびる横顔が、そのご機嫌に見える笑顔が、ウソだと分かる。
気丈に振る舞うナミさんから静かに目を逸らす。……ダメだな。いらぬ気を使わせてしまうぐらいなら、暫く視界から消えよう。
ギンさんが置いてくれた食料袋を1つ手にとってえっちらおっちら運んでいく。
「……無力だな、私」
船内に入ると、思わずポツリと零れてしまって、唇を噛む。
何もできない子供のままだと、欠片も成長しない自分に虚しくなる。ただちょっと、物の記憶が視えるだけの自分が、ナミさんのお役に立てるなんて微塵も思っていないけど……こうまで役に立てないと思うところはある。
(……ままならないなあ)
いざという時は、絶対に肉盾になろうと誓っているが、なんとなく、ナミさんは危険が押し寄せたら前みたいに私の頭を殴って気絶させる気がする。
それがナミさんの望みならと、きっと避けない自分がいる。
私が気絶している間にナミさんが傷つくのが怖いけど、邪魔だ寝てろとばかりに攻撃されたら、私は見えていても避けられない。
(……これでも、避けるのは得意なんですけどね)
今まで怪我らしい怪我をした事がないのもそのおかげだ。でも、ナミさんからの信用が薄い私は、ご実家への送迎すら全て任せて貰えない。
私に途中まで送って貰い、そこから小舟にお宝を乗せて帰宅すると言っていた。1週間で戻るから海上で待機してくれとも。
(……虚しい。……そして1週間大人しく待つだろう自分が情けない。……追いかけても良い雰囲気じゃないと、多分延々と待ってしまうんだろなぁ)
だって、ナミさんのお願いだし。
海上レストランまでの航路も覚えているし、食料がつきたらあちらに通ってを繰り返せばいくらでも待てるだろう。
そんな事を、食料を分別しながら考えて、溜息。……さあて、ナミさんを働かせる訳にもいかないし、もう1つを取りにいこうと甲板に戻り、よいしょっとばかりに袋を握った瞬間、ぐわん、っとキた。はい?
「――……んー?」
おかしい感覚だ。とても食料に感じるものではない。
袋の中を覗こうか少し迷いつつ、ずっしりとした重さに嫌な予感がじわじわと膨らんでいく。
「…………っ」
まさか、まさかですよね……?
恐ろしい予感が間違いであることを祈って、おもむろに袋の口を開けて………………バカー!!!! と心の中で叫んだ。
「ナナ?」
そういえば、あの時おかしいと思ったんですよねー!?
気づいてたのに、何故確かめなかったの私もバカー!! 何故あそこで突っ込まなかったんだ私は!! 私もだけどギンさんはもっとバカじゃないの? ……バカでしたよちくしょう!!
「……う゛ぅー!!」
頭を抱えて喉奥から唸ると、ナミさんが「ど、どうしたの?」戸惑った様に近づいて来る。しまった、このまま私なんて忘れて心を休めて欲しかったのに……自分のやらかしの愚かさと酷さにゴロゴロと転がりたくなる。
「……っ、な、なんでも無くは無い、んですけど。……ええと、ギンさんが」
「あの海賊ね。何があったの?」
…………ええい、ままよ!
どうせバレるんだし、隠しても私の罪が消える訳じゃないと覚悟を決める。
「っ。ギンさんの、持ってきた、食料袋なんですが」
「なに? 腐り物でも混じってた?」
「そっちのがよっぽど良かったです!」
「……そ、そう」
ああもう! なんてことをしてくれたんですかギンさんは!
戸惑って首を傾げているナミさんに、握っていた袋の口を開いて、私の憤りの理由をさらけ出す。
「―――ッ!? こ、これ」
そこには、金銀財宝が入っていた。……ごっちゃりと。いや、ぎっちりと表現しても良い。明らかにおかしい量が入っていた。
「っ。一緒に入っていた紙に『弁当代です』って書いてあって……本ッ当におバカなんじゃないですか!?」
そりゃあ、そりゃあ!? 甲板に降ろす時の音がちょっとおかしかったですもんねー!! 思い返すと『どすん! ドスン!!』って2個目の音が明らかに食料品の出す音じゃなかったのに何故すぐ確かめなかった私!! ギンさんは素人のお弁当にどんな付加価値を抱いているんですか!? 絶対話に聞いただけのドン・クリークさんが許す訳ない気がするんでまた決闘しても知りませんからねー!?
「んぐぐぐぐぐっ」
情緒が不安定になりすぎて頭痛くなってきた。
突然の金銀財宝が困りすぎて頭を抱える私の真正面で、袋の中を凝視していたナミさんが、ヒュ……っと息を飲んでいる。……うん?
「……っ。1千万ベリー、は、余裕であるわ」
その瞳は、酷く熱を帯びて、喉から手が出る程に欲して、だけど怯えている様にも見える。……うーん?
「……はい。この置物とか、ほどよく歴史的価値があると思います」
手袋越しにそういうもの特有のふわふわを感じる。ちゃんとしたところに出品したら更に金額はつりあがるだろう。
「…………そう、なのね」
ナミさんの視線は、お宝と、私の顔で彷徨っている。
だけど、様子がおかしい。……変だな。すごく欲しがっているのに、いまだに私を襲う気配がない。すぐにでも意識を刈り取られると思っていたのに。
「…………ッ!?」
ナミさんは、このお宝を心から欲しているのに何故?
……うーん。もしかしてナミさんの信条的にこういう泥棒はダメなのだろうか? ……私が海賊じゃないから? でも、賞金稼ぎのジョニーさん達はいいのかな? ……多分いいんだろうな。
思考しながら、どんどん張りつめていくナミさんの強張った瞳と目が合う。……よし! じゃあこうしよう。
「ナミさん! 私の為を思って、コレを貰ってくれませんか!?」
「……!?」
ギョッと驚いているナミさんに、ふふふ完璧な作戦だと身を乗り出す。
「ギンさんには後日厳しく言っておきますので(個人的な借金が増えますが)どうかよろしくお願いします! あ、こちら元海賊のお宝で間違いないです!!」
だから貰っても全然問題ありませんとアピールする。ナミさんは、ぐっと血が出そうなほど唇を噛んで、私を睨みつける。……あ、あれ?
「あんた、バカなの!? 1千万ベリー以上の価値があるのよ!?」
「……は、はい!」
「なんでそんなに興味ないのよ!? あんた、お金が必要なんでしょう!?」
え、ええと。そうは言われましても……
ギンさんの気持ちは受け取りますけど、盗品は受け取れませんし。ギンさんの心遣いを無下にするのは心が痛みますが、盗品(ほぼ強奪品)って問題ありすぎですし、やっぱりトレジャーハンターで持ち主不明になったお宝をベリーに換金して町に寄付した方が迷惑もかかりませんし。
……それに、これが一番の理由ですけど、ナミさんにはこのお金が凄く必要みたいだし。
「!?」
お宝を見せた瞬間から、迷いが見えた。私を襲うか、だますか、諦めるか、握りしめた手から血が流れるぐらい悩んでいる。
……べつに悩むだけならいいですし、実行してくれても全然構いませんけど、その様子だとナミさん、どれを選んでも大なり小なり傷ついちゃうじゃないですか。
(私は、ナミさんを助けたいのであって、傷つけたい訳じゃないんです)
なら、私から譲渡してしまえば、ナミさんは何も気にしなくて良い。
「――――」
ナミさんは、私が差し出すお宝を見下ろしている。
戸惑いに震える手が、私の気持ちを察してか、ゆっくりと受け取る為に伸びてくれる。ホッとしながら「どうぞ」手渡すと、ナミさんの手が強く強く袋を握り、流れた血がじわじわ広がっていく。
「……っ、本当に、いいの?」
「はい」
「……これ、全部……?」
「はい」
「……私、返せるものなんて、ない」
「? いりません」
何もいらない。
ナミさんの事情は知らない。でも、分別のある貴女が、このお宝に血を流す程に執着している。
それで譲渡する理由には充分だ。本当は一緒にいたいと願う人達と別れてまでお金を欲しがっている。なら、私だけでも貴女を応援して支えたい。ギンさんへ多大な感謝をしながら、ナミさんに貢いでしまおう。
「どうぞ、貰ってやって下さい。盗品とか困りますので!」
「……っ」
え。
ぐしゃって、ナミさんの顔が歪んで涙がボロボロとこぼれていく。
え、ぁ。
一度、宝を強く抱きしめて、それから飛びつく様に、ナミさんが私に抱きつい、て。
唇が、柔らかなもので塞がれた。
「―――――――――!!??」
気づけば、甲板に背中を打ち付けて、ナミさんに抱きつかれてぐすぐす泣いてて、でも唇の感触は忘れられなくて混乱につぐ混乱で心臓がいまだない激しさで鳴り響いている。
(えっ、ええっ!? えええええっ!?)
な、ななななにごと? どういうこと? お、おれい? もしかしておれい?! ナミさんの唇!? ……ギンさん私は貴方に一生感謝します、お宝をありがとうございます!!??
ぐすぐすと、ナミさんは私の胸元に顔をおしつけて泣きながら「……な゛る!」と、くしゃくしゃでボロボロな、凄く可愛い顔を見せてくれる。
「ひゃい?」
「わたし、ななの、およめさん、なったげる!!」
「―――――は?」
なんて?
思考が真っ白になる私を置き去りに、ナミさんはまたわんわんと泣いて、私にしがみついた。
私は、無意識にナミさんの頭と背中を撫でながら、ちょっと現実とか状況から迷子になって思考を停止した。