突然で恐縮ですが、海上レストランで元気に働いているだろうルフィさんへ。
現在、私はナミさんとノジコさんを泣かせた犯人として吊し上げられています。
そちらも、いきなり船が真っ二つになったりと大変でしょうが、こちらも割と修羅場です。お互いに頑張りましょう。
あ、つまみ食いはほどほどにしないとダメですよ。
(……なんて、ふふふ。……ルフィさんにテレパシーごっこをしてみても、現実はどうにもならないんですよね)
ちょっと虚しい。
現在、硬い地面の上に正座しながら、私は居た堪れない気持ちで村人さん達の視線に耐えている。
(うぅ、可愛い)
背中には、ナミさんがしがみついてしくしくしくしく泣いているし、ノジコさんもゲンさんという男性の胸でぐすぐすで、優しく肩を抱かれている。そして当のゲンさんは、めちゃくちゃ怖い顔で私を睨んでいる。……怖い、本当に怖い。あの目は凄く怒っている。こんな命の危機は感じないけど絶大な恐怖で身がすくむのは初めてだ。
(……空が青いなぁ。ふふふ、ルフィさん達は元気かなぁ)
ナミさんとノジコさんが泣き止まないので、現状が膠着して早数十分。体勢的にも普通に辛い。
(……うーん。そろそろ水分補給して欲しい。目元用の冷やしたタオルも必要だよなぁ)
軽く心配になりながら、どうしてこうなったのかと過去を振り返る。
あの後、泣きじゃくるナミさんとノジコさんは立ち上がった。
えぐえぐしながらも宝を協力して掘り出して(何故か私は追いやられた)みかんの出荷用だろう台車にてきぱき詰め込んで(それでも泣き続けていた)そのまま、言葉も無く通じ合っているらしい2人は協力して台車を押し、私もオロオロしながら手伝っていたら、村が見えてきて、そこで2人に気づいた村人さんが慌てた様子でゲンさんを呼びに行き、即座に集まってくる村人さん達。そして2人の泣き顔にギョッとしたゲンさんが大慌てで走ってきて……
『どうした!? 何があったというんだ!? ノジコ!! ナミ!! いったい誰に泣かされた!?』
『『…………』』
『お前かあっ!!!!』
そこで、同時にこっちを指さすんだもんなぁ!!
思い出したら納得がいかなすぎて呻きそうになった。
2人の指が示す先にいる私。なんで!!?? とめちゃくちゃ慌てふためいていたら初対面でも関係なくぷんすか怒るゲンさんに胸ぐら掴まれて足が浮いてしまった。ナミさんが腰にしがみ付いて余計に場が混沌になってしまい。
(……どうして、こうなったんだろう?)
あれ? 思い返してもやっぱり九割分からなかった。
っていうか、私なの? 私がナミさんとノジコさんを泣かしたの?
……いやぁ違うと思うなぁ。もしかしなくても、今のナミさんとノジコさんは泣きすぎて心が幼女なのかもしれない。小さい子供によくある、特に意味のない誰かが困るウソ。周囲に甘えている証拠で、構って欲しい甘えん坊。……そう無理矢理にでも捉えたら、もう私が犯人でいいや。だって2人が可愛いから。
(うん。甘えられていると思えば、最高だし)
なんて思いながらうんうんと頷いていると、なんか背中をぎりぎり抓ってきて凄く痛い。ナミさん? 気づいたら、ナミさんの足の間に座るみたいに抱きつかれているけど、これも甘えの一環だと思えば嬉しいけど、シンプルに心臓が痛い。泣かせた件に関しては全く身に覚えがないけど、2人がそう言うならそれでいい。
でも、認めるならそれ相応の覚悟は必要だと、ザッと土を蹴って仁王立ちになる、目の前の男性を恐々と見上げる。
「……ゴホン。……先程はすまなかったね。それで? 君が、ナミとノジコを泣かせたというのは本当かい?」
ゲンさんという傷跡が目立つ男性は、無理に優しく話そうとして失敗している。帽子の上で風車をカラカラと回して、私をギリギリな笑顔で見下ろしている。
「……は、はい。そうみたい、です」
カラカラ、カラカラ。
風車の音が虚しく響き渡る。チラリと見れば、ノジコさんはお医者さん風な男性と村人さん達に慰められる様に背中を撫でられている。
「……ふむ。ちなみに、何をして2人を泣かせたのかね? 正直に教えてくれないかな?」
ひえ……っ。答えによってはタダではすまさんぞ小娘。という空気を醸し出す男性に、震えながらも、ごくりと喉を鳴らして正直に答える。
「さっぱり、分かりません……!」
「……ふむ」
ゲンさんは、暫し沈黙して……あ、両手が伸びて襟をぎゅっと……はい。
「正直に話さんかァ!!!!」
ああー!? とってもぶち切れていらっしゃるー!!
胸ぐらをそのまま持ち上げられて、ちょ、ナミさんも引っ張られて余計に首が絞まります! でも背中のむにゅむにゅが幸せで真面目な顔ができないっ!!
「ゲンさん、落ち着いて……!」
「そうよ。ノジコちゃん達の事は心配だけど、子供じゃない……」
「ナッちゃんも泣いているのよ? 今は冷静に……」
ひいぃい!? 村人さん達も慌ててゲンさんを止めてくれているけど、びびりながら心の片隅で首を傾げる。……なんか、ナミさんに対しての距離感が不自然だな? ノジコさんと同じぐらい、本当は慰めにいきたい空気をひしひしと感じる?
怒った様な複雑な顔をしているかと思えば、すぐ仮面がはがれる様に心配顔でナミさんを見つめている。うーん。……よく分からないけど、総合的にナミさんとノジコさんは同じぐらい愛されているって事でいいな。可愛いし。
「…………っ」
うお!? 急にナミさんのしがみ付く力が強くなって、小さな震えが徐々に消えていく。……ええと、何か怖かったのかな? ゲンさんにぶらぶら持ち上げられたまま、ナミさんにとても複雑な事情があるのをひしひしと感じていると「……ん!」ナミさんが顔をあげる気配。
「ちょっと、ゲンさん! 人の旦那を苛めないでよね! 私は大丈夫だから!」
「そうは言うが……――――」
ゲンさんは、そこで言葉を止め、村中が痛いぐらいの静寂で満たされすぐに驚愕で爆発する。
「「「「―――旦那ぁ!!??」」」」
あ、私も一緒に叫びました。
「だから!! 何でナナも驚くのよ!! ……まったく」
「す、すみませんっ」
ぺちんっと叩かれて、衝撃でゲンさんも私から手を離して、地面に着地する。
ええと、顔が熱い。
ナミさんの拗ねた顔にドキリとして、流石にここまでくると、聞き間違いはないみたいで…………えっと。い、いいのかな? 本当に、ナミさんの旦那さんとしてここに立っていいのかな?
(……な、ナミさんの真意はきちんと聞きたいけど、それは……うん。2人きりになった時じゃないと)
混乱の坩堝に落とされてはいるけど、ナミさんにどんな事情であれ”旦那”として紹介された以上。私はナミさんの旦那さんとして頑張ろう。……それはそれとして、女でも旦那さんでいいのかな? ……多分いいよね?
そんな事を考えてドギマギしていると、ゲンさんはゆらりと幽鬼の様に天を仰いで、やおら銃を抜い―――まずは話しあいましょう!?
「……小娘よ、覚悟はいいな……!?」
ちょ、怖い怖い怖い!!
目の焦点があってないし全身で怒っているのが伝わってきてガクガクと足が震える。
「お、おおおお落ち着いてお話をしましょうお義父さん!? 覚悟は今決めました!! よろしくお願いします!!」
「―――――」
あ。またフッと白目をむいて、すぐさまぐわっと真顔でこっちを睨んできた。
「き、貴様ァ。だぁれがお義父さんだ小娘が!! 調子に乗るなァ!!!!」
ぎゃあー!? ブチッて音がした!! お義父さ、いやゲンさんからブチッと音がしてこめかみを銃口でゴリゴリされて暴力反対!! 下手したら気絶しますからやめてぇ!!
「!! ……い、今のは」
何かに驚いて、頭を振りながらゲンさんが私から離れる。……え、何で? もっと執拗にゴリゴリされると思っていたので涙目でびくついていると、ナミさんに抱き寄せられる。
「……ナナ、おいで。……ゲンさん。少しでいいの、説明する時間をちょうだい」
ナミさんに庇われて、ゲンさんに睨まれながらビクビクとナミさんの背に、いやここで守られるのはダメだろう!? と慌てて前に出ようとするも「ちょっと話をしてくるから、そこに座ってて」と、有無を言わさぬ勢いで、村の中心にある憩いの場の様な円柱のベンチを指さされてしまった。
「……わ、分かりました」
きょろきょろと周りを見ながら、明らかに1人部外者の私は、ここは大人しく座っているべきだと判断する。
ちょこん、とベンチに座ると……ナミさんがゲンさんと村人さん達を集めて、少し離れた場所で何かを話している。その様子を見守りながら、改めて胸をなでおろす。
(……撃たれなくて良かった)
本気で怖かった……つい、ゲンさんをお義父さんって呼んでしまったけど、あれはしょうがない。
怒り方が鬼気迫りすぎて、どう考えても嫁入り前の娘に近づく悪い男を追い払う頑固なお父さんって感じだったもの。……ほら、なんか今も凄い顔でこっち睨んでるし、誤解が解けない限りは……あれ? よく考えると誤解じゃない?
(私は、間違いなく悪い女という奴では……?)
うーんと悩ましくなりながら、私はナミさんの旦那さんで、ナミさんがお嫁さんで……いや、でもいつナミさんとそういう関係になったのかさっぱりすぎる。改めて思い出そうと目を閉じる。
最初の出逢いから、今日までをゆっくりと振り返る。
たっぷりと数分かけて、これまでの事を鮮明に思い出していく。
(……短いのに、濃厚な日々だったな)
くすりと頬が緩む。ルフィさんやゾロさん、ウソップさんやカヤは勿論だけど。当初の、ちょっと警戒しているナミさん。だんだんスキンシップが増えるナミさん。いっぱい笑っているナミさん。容赦なく石で殴ってくるナミさん、怒っているナミさん、悪い事しているナミさん、船の上で泣いたナミさんやお嫁さんの件、現在一番の謎でもあるお2人の泣き虫事件。ナミさん以外の事も念入りに記憶を辿り、その時に自分が何を思っていたかも丁寧に辿っていくけど。
(……分からない)
いつだ? どのあたりでナミさんと通じ合うというか、お嫁さんとか旦那さんとか単語が出る様な関係になったんだ? ……どうしよう。ちょっと本気で分からない
唸っていると、突然むぎゅっと抱き着かれて、ぴぎゃっと情けない声がでそうになった。
「お待たせ♪」
「あ、はい! ……びっくりしました。お話はどうなりました?」
「終わったわよ。……ナナのおかげでね」
最後の方は小さくて聞き取れなかったけど、ナミさんに首を動かされて見れば、村人さん達はゲンさんも含めて呆然としていたり驚いたりしながらも、私に対しての警戒心を完全に解いている様に見えた。
(流石ナミさん。説得がうますぎる……!)
この短時間で一番怖かったゲンさんすらむっすりと押し黙り、私を睨んでいない。帽子で目元を深く隠しているけど、怒っている空気が霧散している。
凄い。いったいどんな説得をしたのか気になりつつ、此方に駆け寄ってくるノジコさんの笑顔に疑問が吹っ飛んでいく。ただただ魅力的な女性に見惚れる事を優先する。……素敵だ。
「あら、ナミだけじゃなくて、私にも興味があるの?」
「はい! ……はい?」
「……返事は脳を経由させなさい!」
ナミさんにぺしっと叩かれて、ノジコさんは私の頬をつつく。突然の天国に背筋を震わせていると、ナミさんはゆっくりと村を見回して、私の腕を引く様に立ちあがる。
「……皆! お願いがあるの!」
「……っ。ナミ」
「今は、何も聞かずに私と一緒にアーロンパークに来て欲しいの! そこで、アーロンと取引するから、ここにいる皆に証人になって欲しい!!」
真剣な顔のナミさんに、この場の全員が何かに耐える様に押し黙って、破裂しそうなぐらいの感情でナミさんを見つめている。
「ナミ。私達は」
――え? その時『ぶおん』と遠くから音がした。それは、ゲンさんが口を開くと同時に、遠くからナニカが飛んでくる音だと気づいた。
(は?)
“それ”が、ナニカを確認する前に(あ、ダメだ)自然と身体が動いていた。
ナミさんの腕を振り払って、誰もが私の突然の動きに驚いているのを視界の端に、とにかく鈍すぎる筋肉に命令して、間一髪! “それ”が地面に転がる前にスライディングしてしっかりと受け止める。ジワリ、途端に鉄の匂いがして、服に生温かい血が染み込んでいく。
「―――――ッ」
子供だ。
ボロボロで傷だらけの、白目をむいた瀕死の男の子が、地面に投げ捨てられそうになっていたのだ。……おい、何してるんだ。転がってたら傷口が更に開いて、死んじゃうぞ。死んだら、この子もだけど、この子のお母さんが悲しむじゃないか!!
「その子は!?」
「おい、早く手当てを!!」
「何があったんだ!?」
「おい、消毒液をありったけ持ってこい!!」
「ナナ! ……ッ。あんたは」
ナミさんの声に、静かにゆっくりと顔をあげる。
こちらを、ニヤニヤした顔で「シャハハハハハ!!」と笑いながら大股でやってくる、大きな魚人。ギザギザ鼻が特徴的な、そいつの水かきがついた手、指先には、少量の血がこびりついていて……この子をこんな目に合わせた犯魚人は、こいつと、その後ろの取り巻きだと確信する。
ああ、実に数が多そうだと冷静に見据えていると、私が転がったままなのをそれは楽し気にニヤニヤ眺めている。…………ぐっ。恐怖に気絶、しそうだけど。まだダメだ。流石に……イラッとした。
「なんだナミ。帰ってたのか」
ポンっと。大きな魚人がナミさんの肩に手を置く。
あ゙? なんだこの魚人、ナミさんに馴れ馴れしいぞ。少年をお医者さんだというお爺さんに託しつつ睨む。
「……アーロン、何しに来たの」
「なぁに。ちょいと死にかけのガキと、武の所持者をまとめて処刑しようと思ってな」
「……ッ。悪いけど。”私”の村で勝手な事しないでくれる?」
「……なに?」
ぴくり、魚人が反応してナミさんをねめつける様に見下ろす。
流石ナミさん、勇敢に立ち向かっている! ウソップさんに見せたい光景だ! ナミさんは徐に台車を叩いて、引きずり下ろした袋の中身を露出させる。
「……!」
「1億ベリーよ」
「……。ほう?」
「約束よ、アーロン。私にこの村を売りなさい」
はい? 1億ベリー? この村を? ……いや、土地? 自治権? ……とにかく、ナミさんは魚人達の支配から、恐らくこの村を守ろうとして1億ベリーを貯めていた。
(……そ、れは)
少年の手をぎゅっと握りながら、ナミさんの緊張した顔を見つめる。……ナミさん、それは……”いつ”からですか? 1億ベリーですよ?
(……ダメだ。冷静になれ。あいつらは、ナミさんに何をさせていた?)
ゆっくりと、瀕死の少年の手を離して、気絶しそうに途切れかけの意識を繋ぎ合わせて立ち上がる。
(……状況は、まだ浅いところしか、分からないけど、――――それでも、よく分かった)
ゆっくりと、ナミさんの元に歩み寄る。
「ッ!! なんだ……!?」
「え……?」
つまり、こんな酷い事をする奴らの出した悪条件に、必死にすがりつくしかなかった理不尽だけは、よく分かった。
そして、実際に取引相手を見て、その約束を守るかどうか大分怪しいという事も分かった。つまり、この魚人は。
(――――私の敵だ)
ナミさんに馴れ馴れしく近づくな。
私は、途切れそうな意識で”怒り”ながら、ゆっくりと手袋に手をかけた。