サトラレ少女はお嫁さん募集中です   作:百合好きの雑食

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27.5話 少しだけ、私達の話をしましょう

 

 

 めったにない機会なので、この空白に私と“私”の事を語りましょう。

 

 いつか私が“私”に気づいたその時に、この記憶を共有できる事を願いながら。

 

 

 

 

 この瞬間、私が意地を張って気絶しないのも、らしくなく暴力的なのも、“私”にはお見通しだ。ナミさんという初めてのお嫁さんができた事により、心のバランスが崩れているせいだろう。

 

 ダメですよ、私。

 

 いつもなら我慢できるだろうに、ほんのり漏れてしまった暗く冷たい感情を周囲に放ったまま、アーロンという魚人に足を踏み出し、手袋を半分ほど取ったところで、それはいけないと1秒だけ“私”が表に出て邪魔をする。

 

 ここで“アレ”をしたら、私はきっとナミさんに嫌われます。

 

 “アレ”は、無差別攻撃であり、私にはコントロールできないものである。アーロンはともかく、直接脳みそをおかしくさせる余波なんて浴びたら、周りの人間がぽっくり逝きかねない。

 

 “私”は私の左足を固定したので、1秒後にはこけて盛大に顔を打ち付け、我に返ってくれるだろう。

 

 私は私が怒るとどうなるか、知らないなりに分かっている。自分の周りで不吉な事が起こると信じている。そのおかげで今まで平和に生きてきたというのに……今日は心が変化に対応できなかった様だ。

 怒るのは良いが、我慢しないのはダメだ。私にとって愛する以上に“怒る”事は危険すぎるのだ。気を抜けば死体の山が積みあがってしまう。

 

 もし、私があのまま手袋を放り出して、アーロンという魚人とやりあっていたら……せっかくナミさんと良い感じになったのに、その関係は白紙どころかマイナスに堕ちてしまう。

 

 悪魔の実を食べた事を知らない私に、能力を制御する術はない。

 

 アーロンという魚人を殺す事はできるが、それで周りの人間が、特にナミさんが死んだら困る。流石にこれは私も誤魔化せないし“私”は私が泣くのを見たくない。

 

 1人旅の時は簡単だった。“私”が表にでて、私の敵を終わらせるだけで良かった。

 

 でも、今はそれができない。それが私の決めた道だから受け入れるとはいえ。”私”ももう少し上手に私を守る術を考えないといけない様だ。

 

 ちなみに、私は“私”であり“私”は私だ。

 今の私は『ナナ』という名前にかなり馴染んでいるので、“私”は裏ナナと名乗りましょう。

 

 ナナと裏ナナは、生まれつき世界政府の命令で死ぬことが決められた命だ。

 

 呪われた血がどうのこうのと都合が悪くなった世界政府に切り捨てられ、一族丸ごと根絶やしにされたらしいが、生まれたばかりのナナと裏ナナは難を逃れたらしく、東の海のほどほど大きい島の、ほどほど大きな町の、ほどほど治安の悪いゴミ捨て場と路地裏が合体した様な場所で生き永らえた。

 

 赤ん坊が死ぬのは流石に嫌だったのか、町の人達や路地裏に住む家無し達が交互に責任の所在を押し付け合う様にナナと裏ナナを育ててくれた。

 夜泣きが酷かったけれど、ちゃんと乳離れするまで育て、離乳食まで食べさせてくれた。

 

 けれど、ナナと裏ナナは生まれつき壊れていた。

 

 心の出力がおかしくて、喜怒哀楽は一般の人と比べても狂っていて、頭の中はずっとしっちゃかめっちゃかで、自分で自分を制御できなくて、気づけば人も獣もぐちゃぐちゃに喜んで怒って悲しんで楽しんで壊していた。

 

 力が生まれつき強い化け物だと誰かが叫んだが、脳のリミットが最初から外れているだけだった。

 

 殴っても潰しても刺しても撃っても毒ですら死なないと悲鳴をあげられたが、それで死ぬるならとっくのとうに、それこそ赤子の時に死んでいる。頭がおかしすぎて、気づけば身体も否応なしに頑丈になってしまった。

 

 小さな子供に大人達が、怖い獣達がなすすべもなく壊されていく。

 気づけば周りには誰もいなくなり、食べる物も無くなり、ゴミ山に埋もれて閉じ込められて、それでも暴れて壊して脱出してますます恐れられて、ようやく餓死寸前にまで陥った。

 

 その時に、ナナと裏ナナはボロボロの宝箱からでてきた、悪魔の実に、サトサトの実に出会ったのだ。

 

 ナナと裏ナナは、なけなしの気力を振り絞ってかじりつき、そしてようやく生まれたのだ。

 今まで内で渦巻いていたものが外に吐き出される事によって、ようやくナナは“人間”になれた。そしてナナと裏ナナに自我が芽生えたのだ。その時に流した涙は、命を繋いだ喜びであり、私たちの二度目の産声だった。

 

 気づけば、ナナは人を愛したくてしょうがない子供になり、裏ナナは自分だけを愛して内に閉じこもった。そして自然と、化け物と恐れられていたナナは全方向に好感情をまき散らし、恐れられつつも愛される存在になっていく。

 

 だけど、化け物時代を知っているからこそ、町の人達は怖がって近づけない。

 だから迂遠にナナを支援した。喜んでくれると嬉しいが、また化け物に豹変するかもしれないと怯えていた。それを知らないナナは、にこにこしながらいつか恩返しをしようと決めたのだ。

 

 そして、1人ぼっちのナナは、誰かを、女性を、特別な人を、とにかく愛したくて愛したくて他人と比べても異常な程に感情を抑え込んで我慢しているけど我慢できなくて、ついに旅立ちを決意した。

 

 ナナが他者愛(女性特化)で、平和主義で、臆病で、優しいなら。

 裏ナナは自己愛(一途)で、暴力主義で、冷静で、無関心だろう。

 

 裏ナナはナナを愛しているので主人格にするし、喜んで生涯をナナの為に捧げるし、全ての危険を排除し、ナナが愛している女性も守る。岩で殴られても(本当に大したダメージにならないので)怒らない。けれど、基本はナナにしか興味が無い。でも、ナナを幸せにする女性陣や仲間達を損なわない為に行動するのはやぶさかじゃない。

 

 ナナも裏ナナも1人の人間の内にある2つであり、けれど同じ1つなのだ。

 

 喧嘩をする事もなければ、お互いを喰いあう必要も無い、指向性が同じなのに正反対な、同一存在であり姉妹の様な在り方。

 

 でも、裏ナナはいつかナナに認識して貰いたいと欲をもっている。

 そしてお嫁さんの1人にして欲しいと願うぐらいには、近しい別人であり同一人物。

 

 ……さて。もう少し語りたいし名残惜しいけど、そろそろ現実での一秒が過ぎてしまう。

 

 普段はナナの邪魔をしない健気な裏ナナだけど、流石にここは邪魔しないとナナが後悔するのでしょうがない。

 それに、もうアーロンはナナに敵対する事はないだろう。裏ナナがちゃんと威圧しておいたので、力の差を自覚しただろう。

 

 戦えないナナは知らないけど、自分の能力を理解して戦える裏ナナは“強さ”のベクトルがずれているのだ。つまりはけっこう凄いのだ。

 

 だから、安心してナミさんといちゃいちゃすれば良いし、たくさんのお嫁さんと幸せになれば良い。誰にもナナの夢を邪魔させない。ナナは何も知らないままで良い。

 

 だからこそ、次からは素直に気絶して下さいね。

 

 過保護な自覚はありますが、痛いのも怖いのも悲しいのもしんどいのも、ナナにはあまり体験して欲しく無い。もっと楽しい事や嬉しい事で、思考をキラキラにさせて欲しい。

 

 ……っと。本当に時間切れですね。

 

 

 それではナナ。いつか裏ナナを自覚した時に、この事を思い出して惚れ直して下さい。

 

 この世界で唯一、誰よりも何よりもどんなお嫁さんよりも近くで一途に、裏ナナはナナを愛しています。

 

 

 

 

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