サトラレ少女はお嫁さん募集中です   作:百合好きの雑食

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28話 悪意ある選択肢が増えた様です

 

 

 僅かに、意識が飛んでいたらしい。

 

 目線の先が”ズレ”たのに気づいてすぐ、自分の弱虫に歯噛みしてしまう。

 怖くてしょうがない臆病な本音には目をつぶって、ナミさんの苦労を思えばこそ逃げたくないのだ。例え、アーロンという巨大な存在が怖くてしょうがないのだとしても、ナミさんを苦しめる奴にへらへらご機嫌窺いなんて咄嗟に出来る訳が無い。怒りをそのままにぐーでぶっ叩いてから逃げてやろうと”敵”を見据えて――ぴきん「へ?」左足が固まって「ぶべらっ!!??」私は無様にずっこけた。

 

「…………は?」

 

 ナミさんの声と、耳に痛い程の沈黙で場が静まり返る。

 

 っ。……やだ、すんごく痛い。

 そして、色々な意味で心が辛くてめちゃくちゃ恥ずかしい。

 

 こ、ここで、こけちゃうの? 私という人間はそういう奴なの? こんなんナミさんにプロポーズしても無様に失敗するに決まっている……埋まりたい。 

 

「ナナ……! 良かった……!」

「……ふぁ?」

 

 あ、鼻血が。このまま地面に沈みたいと願っていると、ナミさんが駆け寄って抱きしめてくれる。天使だ。だけど私の血がついちゃうと頭をくらくらさせながら離れようとすると、ナミさんのハンカチで優しく鼻をおさえられる。……言うまでもないが出血量が増した。ナミさんの香りに興奮するのはしょうがないとして、己の血がこんなに憎いと思ったのは初めてだ。新しいのを買って返そう。

 

「…………」

 

 あ、やばい。視界の端で、アーロンが存在感を増している。

 

 ひえっ、生存本能がガンガンに警鐘を鳴らしている。

 ずん! ずん! と、乱暴者で狼藉物で子供と母親の敵がゆっくりと威圧的に歩み寄ってくる。

 

 ッ。……さ、さっきまでの自分の行動を思い出して、平和的に終わる筈はないと覚悟を決める。

 せめて、ナミさんだけは守るとハンカチで鼻をおさえながら顔をあげると、ずずいっと目の前に顔っていうか鼻が突き出てきた。やだ、痛そう。

 

(さ、刺さったら痛いだろなぁ。い、いやいや、気持ちで負けちゃダメ!!)

 

 こいつは、あんな小さな子供を痛めつけ、ナミさんを苦しめただろう私の”敵”だ。

 

 服に染みついた男の子の血を見て、怒りがぶり返しそうになるが、こういう時こそ冷静になれと自分を律する。ナミさんと男の子、そして現状を誰よりも知らない己の不甲斐なさに暴走気味になっている。

 

 ふーっと、息を吐く。

 

 すでにやらかしているが、それならそれで選択肢は少なくて良い。単純明快は実に好みです。私は逃げ足に自信があるので、一発ぐらい殴ってから逃げるという――「よお、見ない顔だな」は? フレンドリーな声色にゾッとした。

 

 

「どうやら、俺達の間には大きな誤解がある様だ。……なァ? そこのところをじっくりと話し合おうじゃねェか」

 

 

 はああ……?

 呆気にとられて、目の前で頬杖をついて感じの良いあんちゃん、みたいに振舞うアーロンに困惑する。

 

「っ、アーロン、どういうつもり!?」

「……なぁに、お前と一緒さナミ」

「ナナ! 耳を貸さないで!」

「おいおい、単純な話だろ? このガキには、お前と同じぐらいの”価値”があると言ってるんだ」

 

 威圧的に笑う横顔に、流石の私もそれは建前だと分かりますよ? だって、目の奥に隠しきれないギラギラした悪意がある。今すぐにでも私に危害を加えたくてしょうがないって不穏な気配をひしひしと感じている。

 

(……なのに、手をだしてこない?)

 

 気持ち悪いな。何か手を出せない理由でもあるのだろうか? そっちがそうくると、私から手を出すのは気まずいじゃないですか。

 

「まずは、自己紹介をしようか。俺はアーロン、そこにいるナミの仲間だ」

「……!? ……な、ナナです」

 

 仲間? ナミさんがアーロンの仲間だって?

 

 ギョッとしながらも、私に寄り添ってくれるナミさんの体温にもやもやとかムラムラを感じながら疑問と動揺を押し隠す。

 ええい、相手のペースに飲まれるな私! 何故か周りの村人さん達も魚人達も、こちらの様子を窺うばかりで口を出してくれないみたいだし! はっきり言うんだぞ私! よし!

 

「ち、ちなみに! 私はナミさんの旦那さんですから! ナミさんは、私のおおおお嫁さんですから!」

 

 よし、言ってやったぞ私!

 

「……はぁ?」

「ちょっと、こっち見ないで!! いいでしょ別に!?」

 

 アーロンの冷めた目に耐え切れず怒鳴るナミさん。……うん、違うな。やっぱりアーロンは仲間じゃないな。

 うんうんと頷いて頬が緩む。声に乗るナミさんの感情で丸わかりだ。ルフィさん達と一緒の時のナミさんは、怒る時でさえキラキラなのに、こいつに対しての声には嫌悪と憎悪がありありと浮かんでいる。雲泥の差だ。

 

 改めて嫌いだな、魚人のアーロン。

 キャプテン・クロと同じくらい嫌いだ。

 

「……ナミさんは私のお嫁さんなので、貴方の仲間とか関係なく、できればずっと私の隣にいて貰います!」

「ん。まあ。……そういう事だから!」

「……ほーう? なるほどねぇ?」

 

 アーロンは、何を思ったのかぬっとでかい手を伸ばしてくる。

 ナミさんが「何をする気!?」と警戒するのを無視して、私の頭をぐわしっと掴んで、急にぐりぐりと揺らしてくる。……? それだけだ。まさか、頭を撫でている訳じゃないですよね? え、なに? 周りが凄くざわめいているけど、これ意味あるんですか?

 

「……」

 

 どうにも、ギチギチしたりギリギリしたり、微細に指の力を調整している様ですが……特に痛みも感じないので困惑する。痛めつけている訳でもないようだし、気まぐれか? ナミさんにされるなら喜んで過敏に受けいれるけど、こいつ相手にそれは無いな。

 

(……握り潰すつもりはないようだし、私の出方を窺っている?)

 

 ますます分からない。こんなか弱い私を試して何がしたいんだこの魚人?

 というか、意図が分からなすぎて怖い。居心地悪さでじと目を向けると、アーロンは一瞬ものすごく憎々し気な光を瞳の奥に宿して、それをかき消す様に笑う。

 

「シャハハハハハ!! 全く忌々しい話だぜ。今まさに急所を握ってるってェのに、ふてぶてしい面しやがる!! …………あァ、苛々するぜ。殺せる気がしねェ」

 

 はい? ボソッと言わないで下さいよ、後半が聞こえないんですよ。

 

 よく分からないけど、妙な感触の手で頭をぐりぐりされるのは色々と不満が募る。アーロンは、チラリと取り巻きの1人を見て、そいつが緊張した顔で首を振るのを確認してから、私をジッと見る。

 

「……なるほど。そういうカラクリか。つまり接触さえしていればいいって訳だ。おいナミ。このガキから離れろ」

「断るわ」

「……安心しろ。ちょっとした交渉をするだけだ。なんなら、この場で1億ベリー受け取ってこの村を明け渡してもいいんだぜ?」

「ッ!! ふざけ」

「本当ですか!? ナミさん、名残惜しいですがちょっとお離れ下さい!」

 

 突然の好条件に「ナナ!?」慌ててナミさんを優しく下がらせると、アーロンにここぞとばかりにぶらぶらと揺さぶられる。……雑すぎません? 頭って大事なんですよ? 足が浮いてるせいで首の負担が凄いんですよ?

 

「……知ってるだろうナミ。おれは、金に関しては嘘をつかねェ男だ。……あァ、悪いが、そこの台車ごと1億ベリー持ってきてくれないか?」

「! 分かりました」

 

 なるほど、使いっぱしりが欲しかったのか。

 

 納得しながら、ぽいっと投げ飛ばされつつ着地して、いそいそと台車に近づく。

 むっ、結構高いな。身長が届かず、背伸びした不安定な姿勢で袋に手を伸ばして――え? 何故か首がぐきいっと曲がり、その痛みに白目をむく前にバァン!!!! と目の前の台車が爆発した。

 

 …………へあ? 思考が止まってた。なになになに!? なにがおこったの!?

 

 慌てて振り返ると、ナミさんがアーロンに口を塞がれている(アーロン嫌いポイントが上がってキャプテン・クロより嫌いになった)はあ? と目を細めてよく見れば、アーロンの手の平には水が溜まっていて。……水遊び?

 

 

「……シャハハハハ。悪ィな。ちょっとしたお遊びのつもりだったんだ。まさか本気にはしねェだろ?」

 

 

 なにが? とりあえずあんまり話しかけないで欲しいしナミさんの麗しいお口から即座に手を離せ。

 ……んー。いけない。怒ったらダメ。冷静になれ私。

 

「……よお、悪かったなナミ」

「ッ。ナナ!! 1億ベリーは無事!?」

「はい!! 咄嗟に握っていたみたいで、すっごく無事です!!」

 

 私よりお宝を優先するナミさんにでれでれしながら、そのクールさを見習わなくては重すぎる荷物をドスン!! と降ろす。……我ながら、よく片手で持てたなとびっくりした。

 

 

「あ、アーロンさん、あのガキ、やばいですよ……」

「……あ、あの不意打ちを、予備動作なく避けやがった……」

「こ、この海にいていいレベルじゃねェ……どうなってんだよ!?」

「……ここは一旦引きましょう。……今なら、まだ立てなおせます」

「――まァ、待て。……やり様はいくらでもある」

 

 

 ずりずりと袋を引きずって、アーロンの前に中身を広げる。……それにしても、取り巻きの魚人達も個性豊かだな。あのエイっぽい魚人とか、私を一心に睨みすぎでは? 怖いからやめて欲しい。

 

「どうぞ! 1億ベリーです!」

「ああ。……ところでだ。まずあそこで治療を受けているガキは、俺をナイフで殺そうとしてきたんだ」

「え」

 

 それは、ええと、過剰防衛という奴ですね? いくら唐突な話題転換でも、流石に気になってしまう。……う、うーん。ちょっとだけ自業自得すぎて、そりゃそうなりますよね? って気持ちで居た堪れなくなる。

 

(それとも……自棄になるほどの怒りと悲しみが、あの少年を苛んでいたんでしょうか……?)

 

 かなり心配になるけど、自殺はいけない。とても許容できない。……死んじゃったら、君のお母さんが悲しむじゃないか。君が着ている服の洗濯具合から分かるんですからね? 親孝行しないとダメなんですよ? 少年の様子を見れば、すでに治療が終わっている様でホッとする。……しまったな。畳みかけるつもりの気勢が削がれてしまった。

 

「分かってくれた様で何よりだ」

「……んぐっ。そ、それが何ですか! とにかく、この1億ベリーを受け取って下さい! そして、この村をナミさんに明け渡して下さい!」

 

 むうっと強気に腕を組むと、アーロンは「シャハハハハハハ!!」と笑って、しっかりと袋を掴む。

 

「!! う、受け取ったわね、アーロン」

「まあ待て、ナミ」

 

 アーロンはニヤニヤしながら、またしても人の頭をわしづかんでくる。

 

「……受け取りはしたが、きちんと1億ベリー入っているか確認させて貰うぜ? 当然だよなァ? それまで、このガキも一緒にアーロンパークでゆっくりと待っていてくれ」

「……っ。ちょろまかしたりはしないわよね?」

「当たり前だ。……なんなら見張っとくか? ……ああ、しかし、そうだな」

 

 アーロンは、何やらいやらしい笑みを浮かべて、ナミさんを見ながらギザギザの歯で威嚇する様に笑う。

 

「もし、お前が改めておれ達の仲間になるというなら、アーロンパークを除いたこの”島”をお前に売っても良い」

 

「――――――――!!??」

 

 ナミさんの瞳が、揺れる。

 

「なっ!?」

「……あの野郎ッ!!」

「ナミ、ダメよ!!」

「待つんだ、ナミ!!」

「ナッちゃん!!」

 

 ざわめく周囲の動揺に、島とか、この村だけじゃない、とか、その情報の意味を怒りをおさえながらよく考える。……っていうか、事情はまだ全体が見えないので何ともいえないけど、そんなのダメに決まっている。

 事情を全部知った後で、絶対に反対してやるからな! たった1億ベリーで島丸ごとはともかく、ナミさんはダメだ。金額が釣り合わないにも程がある。

 

「……ほう?」

 

 ナミさんという、素敵すぎる人に1億ベリーは安すぎる!!

 

 正気とは思えない。というか女性に価値をつけるとかぶっ飛ばしたいぐらい失礼ですし、ナミさんは私のお嫁さんだから守りますし!! ふんっとぶら下げられながら腕を組む。

 

「……」

 

 ぷーらぷーら。

 何を考えているのか、顎に手をあてて、アーロンは私をおもちゃみたいに揺さぶりながら歩き出す。え? 強制お招きですかこれ? 嫌なんですけど? 慌てだす私を無視して、アーロンは改めてナミさんをニヤニヤと見下している。

 

 

「ゆっくりと考えるんだな。……1億ベリーでこの”村”と”自由”を選ぶか」

 

 

 ――――あ。やっぱりアーロンすごく嫌いだ。

 

 

「自由は捨てて、この”島”を選ぶか」

 

 

 そんなの、ナミさんが”どちら”を選ぶかなんて、決まりきっているじゃないか。

 

 

「…………」

 

 ナミさんは、ぎゅっと唇を噛んで、アーロンの言葉を噛みしめる様に瞳の奥に壮絶な覚悟を滲ませる。そのまま、酷く追い詰められた顔で、何も言わずに一歩を踏み出した。

 

「ナミ、待つんだ!!」

「邪魔しないで!! ナミ、ダメだよ!! ――――ナミ!!」

 

 村人さん達の必死の声も、ゲンさんやノジコさんの悲鳴の様な声も、魚人達に遮られる。そして、ナミさんは聞こえていないかの様にまっすぐに歩いている。……その、静かにアーロンを睨む表情に苦しくなって、悲しくなる。……だめ。落ち着け。すごく落ち着け。落ち着いているぞ私は。

 

 とにかく、話はアーロンが1億ベリーを確認してからだ。

 

 そこで、ナミさんはどちらかを選択する。つまりは”自由”か”島”かを。

 どちらに転んでもアーロンが得をするのは苛々するけど、これはナミさんとアーロンの”約束”だ。

 

 だからこそ、当のナミさんが決着をつけるべきなのだ。

 

 私はただ、どちらであろうともナミさんを肯定するだけだ。頑張っているナミさんが、後悔しない答えを選べますようにと祈るしかないのだ。

 

 自然とナミさんを見つめていると、ナミさんは私の目を見返して、ふっと力が抜けた様に、悲しそうだけど嬉しそうに、自分に呆れたかのように、ふにゃりと泣きそうに笑う。

 

「――――」

 

 その笑顔が、とても綺麗だと思った。

 

 どういう感情で浮かんだ表情なのか分からないけど、今すぐ傍に行こうと、アーロンに掴まれた頭を振り払ってナミさんのところに駆け寄る。

 

 

「アーロンさん……!?」

「……いい。好きにさせろ。……なァに。お前らもすぐに分かるさ。アレは、ナミがいる限りは”制御できる爆弾”だってな」

 

 なんかアーロンが阿呆な事を言ってるけど無視して、ナミさんの手を握ると、静かに腕を組まれてドギマギする。

 

「……っ。ありがとう。……それから、ごめん!」

「どういたしまして! ナミさんには全部を許しています!」

 

 可愛い! 悪びれなく謝るいつものナミさんに嬉しくなりながら答えると、ナミさんに「うん」こつん、と額をぶつけられる。

 わわっ、甘えられているって感じがして、じわじわと恥ずかしくなりながら照れてしまう。

 

(……うん!)

 

 先行きは不安だけど、2人ならどうとでもなるし、できる限りしっかりとナミさんを守るつもりだ。例え何があっても彼女を1人にはさせない。

 

「…………」

 

 それに、アーロンパークとやらに行けば、ようやくナミさんの事情が、その全容が見えるかもしれないのだ。

 

「……あ」

 

 きっと、本当に知られたくない過去があるのだろうけど、ここまで巻き込まれたら渋られても一割ぐらいは聞けるかもしれない。そう、期待と不安を胸に抱きながら、私はアーロン達の後をついていく。

 

「…………っ」

 

 隣を歩くナミさんが、急にすごく気まずそうに、忘れ物を思い出したかの様にそわそわと村に戻りたそうにしているのは、きっとアーロンが嫌いすぎて、アーロンの家に行くのが普通に嫌なんだろう。私がしっかりしなくては。

 

 よし! と気合をいれて顔をあげると、遠くにアーロンパークとやらが見えてくる。

 

 隣のナミさんが、途端に緊張したのに気づいて、つい強めに手を握り返してしまう。ナミさんはハッとした顔で私を見て、それから覚悟を決める様に前を見る。

 

(綺麗だ……)

 

 自らサメの口に入る様な気分だったけど、その凛々しい横顔に見惚れて、目的地が地獄でもいいと思ってしまった。……咳払いして、改めて気合を入れ直した。

 

 

 

 

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