サトラレ少女はお嫁さん募集中です   作:百合好きの雑食

34 / 42
31話 ノジコさんをお嫁さんにしたいです

 

 

 ナミさんの過去の話を聞くのは、嬉しいのに悲しい。

 

 胸がチクチクして、だけどほかほかと温かくて、情緒がぐちゃぐちゃで忙しない。

 そんな私に、ノジコさんは少しずつ興が乗ってきたのか、楽しそうに語る。

 

 当時の彼女は3歳の子供だった。

 

 遠すぎる記憶だろうに、その胸には確かに刻まれている傷があり、当時の天候も、火薬の匂いも、壊れていく建物も、胸が引き裂かれる様な別れも、足元から崩れていく喪失感も、全てが幼い彼女の身心を傷つけた。

 

『えはは……!!』

 

 だけど、彼女は笑えた。

 幸運にも、その足で歩けたノジコさんは、たった1人の小さな命と出会い、連れて行く事ができた。

 そして、ボロボロのベルメールさんと更に出会い、また笑えた。無邪気な赤ちゃんの笑顔に、周りの地獄を知らない脆弱な命に、気づけばつられる様に笑って、泣いて、心を救われた。

 

 そうして、3人は家族になった。

 

 お金が無くて、本を盗んで、かけっこして、おねしょして、木登りして、酸っぱいみかんに噴き出して、海で遊んだら流されて、かくれんぼしたら見つからなくて、ゲンさんもベルメールさんも村の人達もいっぱい巻き込んで、毎日がキラキラした日々だった。

 

 ノジコさんは、思い出せる限りの話を聞かせようとしてくれる。

 

 だから、私は嬉しいのに寂しくて、その日々が終わる事を知っているからこそ、心臓がギリギリ締め付けられる。未熟な私に、こんなぐしゃぐしゃな感情は苦味が強すぎて、味わって飲み下すのは時間がかかる。

 

 ノジコさんは、懐かしそうに語る。

 

 嵐の夜、ベルメールさんにくっついて寝た事を、嫌いな食べ物をお互いのお皿に押し付けあった事を、ゲンさんをびっくりさせる悪戯を交互にやらかして怒られた事を、丁度良い木の棒を宝物にしようと埋めたら場所が分からなくなった事を、天井のしみが顔に見えて大泣きしたら次の日には忘れていた事を、ノジコさんは大切そうに語りながら、つうっと涙をこぼして「あれ……?」ゆっくりと顔を覆う。

 

 ポロポロと涙をこぼすノジコさんの横顔から音をたてそうな勢いで顔を逸らす。

 歯を食いしばって必死に前を向いて、溢れる女性の涙から目を逸らして、ぎゅうっと握った手に力を籠める。

 

(……何も言っちゃダメだ。今の私にできる事は、ノジコさんの口から出る全てを脳に刻み込んで忘れない事だ)

 

 愚かな私は、こんな状況なのにノジコさんの涙にドキドキしてしまう。

 

 好きだと思って、お嫁さんになって欲しいと願って、愛おしいと抱きしめたくて、そんな場合じゃないと深呼吸して、間違っても……(もういいんです)なんて言ってはいけない。

 大丈夫。私は我慢する事だけは得意なんだから! でも、小休止はいれた方が良いかもしれない。

 

「ノジコさん、お水を飲みませんか? ココヤシ村が見えてきましたし、酒場でお水を貰ってきます」

「……うん」

「それまで、少しだけ喉を休ませてくださいね」

 

 ハンカチを差し出して、酒場で冷えたタオルもお借りしよう。甘いものがあったらそれも貰おうと、相場を計算しながらノジコさんの手を引く。

 

(……ベルメールさん、かぁ)

 

 歩きながら、みかん畑で見た女性が誰なのかようやく分かって、名前を知れた喜びと悲しみで鼻の奥がつんとする。

 

(……物に焼き付いた記憶は、その人が亡くなると、不思議な事にその時点で強固になる)

 

 シュシュの家もそうだった。

 

 原理は不明だけど、旅立つ魂が少しだけ、生前の思い出に寄り添ってくれるのかもしれない。……視えるのが私だけだから、検証のしようもないしそんな無粋をするつもりもないけれど。

 

(みかん畑で見た彼女は、ただの記憶じゃなくて、ほんの少しでもベルメールさんの魂が宿っている”想い出”だって思った方が素敵じゃないですか)

 

 だから、私はこれからそう思おう。

 

 幽霊とは少し違うかもしれない。それでも、これからは視えるモノは”想い出”と呼ぼう。敬意をもって視つめよう。そして視える事の意味を考え直そう。

 

(今までは、漠然と捉えていたけれど。視える事に真摯に向き合おう)

 

 慣れていたのだ。ただの日常にしていたのだ。

 そのせいで、視えているものを特別視できなかった未熟な私は、みかん畑でベルメールさんが視えた時点で、何も伝える事ができなかった。

 

(今からでも、間に合うだろうか?)

 

 負けるなって、ベルメールさんが2人に伝えていたと教えても大丈夫だろうか? ……私はきっと、視える事をもっと重く捉えないといけないのだ。

 

(……ナミさんも、ノジコさんも、村の人達も頑張っているんだ。私だって負けられない)

 

 頑張っている人がいると、自分も頑張ろうと思える。

 ノジコさんのおかげだ。私はもっと自分のできる事を探していこうと決意して、ココヤシ村に辿りつく。

 

「……ありがとう」

「い、いえ」

 

 ドキリとする。中央のベンチにノジコさんを座らせると、その潤んだ瞳が気恥ずかしそうに私を見ている気がして動揺する。

 

(い、今ぐらいは自重して私の夢ッ!!)

 

 慌てて「み、水貰ってきます!」ギクシャクと酒場を探して中に入る。

 顔が熱いまま、なんとか水を手に入れて震える手でコップに注ぐ。清潔な冷えた布も手に入れて、代金をカウンターに置きながら、なんとか熱を冷まそうと努力をする。

 

(ノジコさん美人だし、年上のお姉さんだし、いやナミさんも年上のお姉さんなんだけど、大人っぽくて綺麗だし、そんな人の泣き顔見ちゃったらドキドキしない訳ないしッ。……あー、ノジコさん可愛いなぁ好きだなぁ!! お嫁さんになって欲しいなぁ!!)

 

 んぎぎって自重しない煩悩に歯噛みしながら、駆け足でノジコさんに水を渡す。

 冷えたタオルも渡せば、彼女は「……ありがとう」と自分の目にタオルをあてて、ゆっくりと水を飲んでくれる。……ぅ。水を嚥下する喉がエッチで慌てて目を逸らす。

 

「あんた……ううん、ナナはさ」

「え? はい」

「良い奴よね」

「はへ?」

 

 ノジコさんは、目元をおさえながら片目で私を見て、笑う。

 

「見た目は普通で、特徴らしい特徴もない、瞳が綺麗だなって見入るけど、パッと見じゃ気づかない。それぐらいどこにでもいそうな、明け透けな子供」

「ノジコさん?」

 

 ごしっと目元を拭い終えて、ノジコさんは頬杖をついて私を見つめる。

 

「考えている事が……顔に出すぎだしね。普通なら、とても信用できないって怪しんで追い返されるところよ?」

 

 え、ええ? ……まあ、突然現れた旦那さんが怪しくないかと言えば、否定できないなと肩を落とす。

 

「……でも」

「え?」

「……こうして手を繋ぐだけで、ナナが度し難いお人好しで、無条件に温かい子だって分かっちゃう。あのゲンさんですらムスッとしながら警戒をとくしかない、すっごく変な子」

 

 ふふって笑う笑顔に目を奪われる。ナミさんに似てるから余計に心臓がざわめいた。

 

「ナミの仲間だっていうあいつらも、度し難くて個性的であたしらの手に負えない感じだったけど、あんたも全然負けてないわ」

 

 い、いやそれはどうでしょう?

 

 反射で突っ込みつつ、流石にルフィさん達と同程度の評価は分不相応っていうか、力不足だと思うけれど……ノジコさんにそう見えるのなら、その誤解はそのままでも良いかもしれない。

 

(ナミさんと冒険する人達が頼もしいのは、ノジコさんとしても安心だろうし)

 

 勘違いから起こるかもしれない結果も、私が全部背負えばいいだけだ。

 

「……そういうところ」

「え」

 

 顔に影が差して、チュッ、と頬に。―――えっ、あ、はっひゅ?

 

 柔らかな感触と甘い香りにビビビッと脳が麻痺して、ギクシャクとノジコさんを見れば彼女はすでに立ち上がっている。ベンチには空のコップと布が置いてあり、コップの表面に水滴が浮かんでいる。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「ど、どどどちらに!?」

「家。落ち着く場所でゆっくり話したいから」

「はっははははい!?」

 

 ノジコさんは楽しそうに笑って、私に手を差し出してくる。おずおずとその綺麗な手に触れようとして……よく見ると、手袋に血が染みついているのに気づいて、慌てて外す。

 き、気づかなかったとはいえ、どうしよう!? ああああ、予備の手袋も持ってないのかと呆れられるかもしれないッ。

 

「す、すみません!」

「……バカね。謝る事じゃないでしょう? あそこであの子を受け止めてなかったら、死んでいたかもって皆が言ってるわ……服についてる血も洗わないとね」

「あ」

 

 忘れていたけど、私の服はあの少年の血を吸いこんでいるのだ。……改めて客観的に見れば、重傷者に見えなくもない格好にいそいそと上着を脱ぐ。

 

「大変だったのよ? 偵察に行ってた男共が、あんたの服を見て怪我をさせられたんだって騒いで、麦わら帽子の子が今すぐにでも乗り込むって暴れ出すし」

「……それは、すみませんでした」

「ナナのせいじゃないよ。こっちがいくら今すぐには危害をくわえられないって説得しても言う事聞かないし、ようやく説得してナミの話をするって言っても『あいつの過去になんて興味が無ェ』って、麦わら帽子の子はどこかに行っちゃうし、剣士の子は寝ちゃうし……」

「……お、お疲れ様でした」

 

 うーん。実にルフィさん達らしい想像できるやりとりである。

 それでいて、妙におかしくなるというか、憎めないというか、気持ち良くさっぱりしているというか、面白い人達だと思う。

 

「その後、アーロンパークに乗り込んできたんですか?」

「まあね。島中の戦力が集まるから待てって言っても、聞きやしないんだから」

 

 苦笑しながらシャツを見れば、白い生地にも血が沁み込んでいた。第二、第三ボタンの糸も黒ずんでいて……本当に深い傷だったんだと、少年に後遺症が無いか心配になる。

 

「……あの子。死にかけだったけど輸血したら目を覚まして、自分もアーロンパークに行くって、母親におんぶされてたよ」

「寝てましょうよ!?」

 

 元気すぎでしょう、名も知らない少年!? いや、それぐらい追い詰められているのかもしれませんけど!

 というか、それじゃあ、診療所で寝ていると思っていた少年すらこの村にはいなくて、つまり。

 

(ふ、2人きり?)

 

 心臓がぎゅっとなって、すごくドキドキしてきた。

 い、いやいや。絶対に邪魔が入らない場所で美女と2人きりとはいえ、それはダメですよ? 私は過去を聞きに来たのであって、そういう煩悩を満たす為に此処に立っている訳じゃないし。ノジコさんだって、私の邪な気配を感じて軽蔑の視線を――――

 

「…………」

 

 ん゛っ!? 指先で髪をいじって、満更でもない様子が見えた気がして慌てて目を逸らす。

 

 だ、ダメだ己の視覚情報が欠片も信用できない!! 耳だ、耳をすますんだ私!! 目を閉じて波の音と風の音を感じてこの昂る気持ちを落ち着けるのだ!!

 そう。集中すれば、かなり遠くの音だって聞こえて『……えあああああああああ!!!!』……山彦かな? ウソップさんの悲鳴が聞こえた気がして、凄く落ち着いた。ありがとうウソップさん。幻聴かもしれないけど助けられました。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「そ、そうだね」

 

 脱いだ上着を腰に巻いて、手袋もポケットにいれて歩き出すと「ナナ」ノジコさんの手が、私の手を優しく握る。

 

「……ひゃい?」

「あんたの手、見た目相応に小さいわね」

 

 ひょあ!? 面白そうににぎにぎって刺激されて、ダイレクトに感じるノジコさんの感触にプスプスと煙が出そう。

 と、ときめきの不意打ちすぎる! いつもは自分からこっそり手袋を外してナミさんの素肌を堪能するけど、意図しない人肌は心臓が暴れ馬になる!!

 

「……これからさ、ナミを好きなあんたにとって、多分きつい話になる」

「……!」

 

 ノジコさんの声色がほんの少しだけ変わり、私もぴたっと動きを止める。

 

「……変だよね。あいつらにはもっと落ち着いて話せたんだけど……ごめん。ちょっと心の準備をさせて」

「……はい」

 

 小さな震えを感じ取って、ノジコさんより一歩だけ前に出て立ち止まる。

 振り返ったら、その顔を見たら、愚かな口が滑りそうで歯を食いしばる。(いつまでも待ちます)なんて言えない。だって今しか聞けないから。(もういいんです)なんて絶対に言わない。ノジコさんだって、ルフィさん達と同じように戦っているのだ。それに水を差してはいけない。それに、私にだって心の準備は必要だ。

 

(……ベルメールさん)

 

 どうか、私にも貴女の最期を見届けさせて下さい。

 

「……!」

 

 悪趣味だと、何様のつもりだと己に吐き捨てながら、それでも決めたのだ。

 私が勝手に決めて、その”想い出”から逃げない事を誓う。視た記憶も秘密も罪も罰も責任もたくさんの事を墓まで持っていく。

 

 私は、ナミさんとノジコさんの2人がとても好きだ。

 

 だから、全部視たくなった。勝手に視るべきだと思った。

 その上で、お2人をめちゃくちゃ甘やかすんです。私にできる事は限られているけど、こんな奴に好かれてしまったのが運の尽きなんです。ルフィさん達を見習って感情は我慢するけど、したい事は、ちょっとだけ我を通すのだ。

 

「……ばか」

 

 ぽんっ。そんな事を考えていると、うなじに柔らかい感触がして、ノジコさんが額を押し付けているのだと気づく。

 

「の、ノジコさん?」

「……ほら、行くわよ。……さっきから面白い顔してるしね」

「えっ!?」

「……でも、そんな顔してくれるだけで、救われる事もあるのよ」

「……!?」

 

 ど、どんな顔してるんだ?

 ぺたりと自分の頬に触れるけど、ちょっと強張ってる事しか分からないぞ? 困惑しながら歩き出す。そうして暫く進むと、ノジコさんが意を決した様に口を開く。

 

 

「―――あの日さ。ベルメールさんと喧嘩したナミが家を飛び出して行ったんだ」

 

 

 海風が強く私達に叩きつけられて、ヒュっと漏れてしまった悲鳴を掻き消してくれた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。