サトラレ少女はお嫁さん募集中です   作:百合好きの雑食

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32話 8年後から貴女に恋をしました

 

 

 結局のところ、私には覚悟が足りなかったのだ。

 

 ナミさんとノジコさんの身に起きた悲劇が、耳を塞ぎたくなる様な酷い内容だと予想していたのに、脳が理解することを拒んで耳を塞ぎたくなっている。

 

(……痛い)

 

 心臓がズキズキする。

 大好きな人達が酷い目にあう過去なんて、全てを拒絶したいと吠える身勝手な私は、知りたいと思っていた癖に知りたくないと思ってしまう。

 

(痛い)

 

 だって、想像するだけで辛い。その心の傷がどれほど酷いのか、その深さを考えるだけで、どうしようもない感情に飲み込まれる。

 

(い、たい)

 

 頭がズキズキする。思考できないぐらいの痛みに襲われて、目の奥がバチバチと赤い。

 聞きたいのに、聞きたくない。知りたいのに、知りたくない。自分の痛みは平気でも、誰かの痛みは想像するしかないから何倍もきつい。

 

 

「……嘘をついてくれて良かったんだ。……だけど、ベルメールさんは」

 

 

 目元を覆いながら語ってくれるノジコさんの声を聞きながら、遠のきそうになる意識を何とか繋ぎ止める。

 

 いたい、いたいよ。ガンガンと、歯を食いしばっても止まらない頭痛に顔をしかめる。ベルメールさんの話を、心から求めているのに身体が拒絶している。

 

(……痛ぅッ)

 

 ノジコさんが、気づかわし気に私を見るが、その度に無言で先を促す。絶対に話すのを止めないで欲しいと、繋いだ手に力を籠めると、戸惑いながらもノジコさんは続きを教えてくれる。

 

「あい―ら――が―――ゲン――ベルメールさ――ねえ、本当に大丈夫なの?」

 

 いたいいたいいたいッ。彼女が口を開く度に、だんだんと痛みが酷くなる。

 ズキズキと脳みその血管が脈打って、キンキンと耳鳴りが大きくなる。激痛が頭蓋の中で暴れまわって、今も頭を内側からガリガリ引っ掻かれる様な強烈な刺激に気が遠くなりそうで、数秒ごとに意識が飛びかける。

 

(やめて、痛い……ッ)

 

 自分の身体に文句を言っても、意味が無いのは分かっている。ああ、私を見つめるノジコさんの表情は、歪んで青ざめている。

 

(すさまじく痛い。耳鳴りのせいで、ノジコさんの声が聞こえ辛い。……耳が、良い方で助かった。……かろうじて、聞き取れる)

 

 イタイイタイイタイイタイッ。意識が、ぶれて遠のきかけて、踏ん張るだけで吐きそうだ。

 

 自分の感覚が信じられなくて、己が立っているのか座っているのか分からなくなる。

 痛い。理性と本能が警鐘を鳴らしている。痛すぎる。己の立ち位置を見失いそうになる。痛いんだってば。これ以上は聞いてはいけないと、バカな勘違いをしてしまう。痛いよ。ベルメールさんの事を、あの素敵な女性の事を知れば知る程に、ガリガリガリガリ痛くて、痛すぎて、痛くない訳がなくて、痛みに視界の奥がバチバチして、心臓もおかしくて、知らない筈の光景が脳みそを通して私の視界を覆っていく。

 

「……っ、ナナ?」

 

 どうして、ノジコさんまで痛みを堪えているんだろう?

 

 彼女は、酷い痛みに耐える様に脂汗を浮かべて、青ざめながら私を抱きしめる。

 みかんの香りがして、彼女の柔らかな感触に痛みが少しだけ遠のいて、自然とその背に手をまわす。

 

(いたい、けど。……そんな事は、どうでも良いッ。ノジコさん、もっと、教えて……!!)

 

 指先がガクガクと痙攣して、脳にナイフを差し込む様な痛みに白目を剥く。咄嗟にノジコさんの背から手を離して地面を引っ掻く。

 

「……そ、して、ベルメール、さんは」

 

 ノジコさんは、言われるがまま、私の耳元で続きを話し出す。

 震えて、途切れ途切れに、彼女の最期を教えてくれる。

 

(―――――!!??)

 

 痛みに耐えながら、私の中の空白が埋まっていく。この島で起きた事の詳細が明かされていく。知らず奥歯を噛みしめる。

 

 

(……こんなのって無いでしょう?)

 

 

 脳みその目が、その時の光景を視せてくる。

 

 私は、畑の土に指先を埋めている。土に染み込んだ過去の記憶が、私の脳に侵略して締め付けていく。

 

(ねえ、酷すぎるじゃないですか。どうしてそんな事をするんですか?)

 

 過去のアーロンに怒鳴りつけたい気持ちで、喉奥が絞られる。

 

 残酷すぎるじゃないですかこんなのって辛すぎるじゃないですか、きついし、しんどいし、嫌すぎて、どうしたって許せないし、こんなのは間違いだって叫んで理不尽を踏みにじって壊したくて、ガンガンガンガンと頭を内側から叩かれてうるさくて、まるで冷静になれと気をしっかりもてと言わんばかりの痛みが、視界を赤く染めていく。

 

 彼女は、ベルメールさんは。

 

 大好きって言って死んでしまった。

 

 

(―――ふざけるな)

 

 

 言葉を、残す為の時間すら足りなかった。

 

 もっともっと伝えたい想いはあったのに、もっともっとしたい事はあっただろうに、非情すぎるタイムリミットに彼女は、愛を伝える事を選んで、死んでしまった。

 

 その光景を私は視て、だからこそ痛くて痛くて痛くて痛くて、こんなに痛いなんて知らなくて、最初から1人ぼっちだから想像が足りなくて、こんなに痛い想いを、まだ幼い2人がしたなんて考えるだけで気が狂いそうで、ノジコさんを強く抱きしめる。

 

「……わたしも、ナミも……なにも、できなくて……」

「――ノジコさんもナミさんも何も悪くありません何もできなかった事は罪にならない貴女は被害者ですベルメールさんを殺したのはあいつらです!!」

 

 叫ぶ。息継ぎできなくて言い終わると同時にむせる。

 苛立たしい。ノジコさんが理不尽な暴力に何もできなかった事を悔やむなんておかしい。痛みが脈動している。アーロン達が許せない。ベルメールさんの最期が悲しい。思考があちこちに拡散したままノジコさんをぎゅうっとする。

 

「ナナ……」

 

 とにかく落ち着かないといけない。触っていないと暴れだしそうになる。そんな私を見て、ノジコさんは泣きながら、無理をする様に笑って、そっと私の頬を撫でる。

 

「……ありがとう。でも、私は」

「――貴女は何も悪くない」

「……ッ。……うん」

 

 ぐすっと、ノジコさんが鼻を鳴らして、ゆっくりと私の背に両腕を回す。彼女の涙が肩に染み込んでいく。

 

「……ねえ、ナナ」

「――はい」

「泣きそうな顔、してるよ。……泣かないの?」

 

 泣く?

 いいえ、泣くべきは、きっと私じゃない。

 

 でも、ノジコさんは気づかわしげに私の背中を撫でる。

 ……もしかして私は、泣きそうな顔をしているのだろうか? よくよく思い出せば、彼女の瞳にうつる私は、今すぐにも泣きそうな情けない顔をしていた。……でも、私は。

 

(泣きたくない)

 

 溢れる感情を押し殺して、唇を噛む。絶対に嫌だ。泣いてしまったら、薄くなる。

 こみ上げる感情のまま涙を流したら、少しだけでも、すっきりしてしまう。

 

「……え?」

 

 それが嫌だ。この痛みを伴う激情を、一滴だって外に出したくない。

 

「……ナナ」

 

 激痛だろうと苦しかろうと辛かろうと重かろうと何だろうと、ずっと私の中でごちゃごちゃしていれば良い。涙になんてさせない。時間なんていくらでもかけて整理するからどこにもいかないで欲しい。

 もう絶対に関われない、素敵な貴女がくれるものは、そう多くないのだ。

 

 

(私は、ベルメールさんが好きだ)

 

 

 涙の器官を抑えつけながら、青い空を見上げる。

 

 ナミさんとノジコさんを残して先に逝くなんて、どれほどの無念だっただろう? 視ているだけの私では理解もできない。……ああ、この痛みさえ無ければ、もう少しで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()気がするのに、悔しさに胸がザリザリして息が苦しい。

 

 それでも、私は彼女の最期に恋をした。

 ずっと片思いをすると決めた。

 

「……バカな子。……でも、ありがとう」

 

 髪をくしゃりとかきまぜられ、瞼にノジコさんの唇が触れる。ぴくっと眼球が揺れるけれど、視界は乾燥しているので溢れるものは無い。

 

「ノジコ、さん?」

「……『さん』はいらないよ、ナナ」

「……の、ノジコ」

 

 心臓が大きく跳ねる。呼び捨てるのに咄嗟に気恥ずかしさが勝って、揺れる視界で彼女を見つめていると、全身を襲っていた痛みが薄れている事に気づいた。

 

(なん、だったんだろう?)

 

 戸惑い困惑するも、いまや全身の激痛は遠く、痛みのない頭に唖然とする。

 そのままきょろきょろと、ようやく周りを見れば、ナミさん達の家があって、私はみかん畑の真ん中でノジコに抱きしめられていたと気づく。腰というか身体に力が入らない。

 

「……ノジコさ……ノジコ」

「うん」

「お話、ありがとうございました」

「…………」

 

 ノジコは何も言わず、ゆっくりと私の前髪をかきあげて額に唇を触れさせる。ドキッとしすぎて肩と足が跳ねる。

 え? え? 視線が泳いで、じわじわと全身が熱くなる。頬にみかんの葉っぱや実が触れてひんやり心地良い。ど、どうしてちゅうされたんだろう? どぎまぎする。

 

「落ち着いた?」

「……ひゃっ!? え、ええと、はい」

 

 ち、近い。痛みの余韻が残っているので、軽くときめくだけで息が詰まりそうになる。

 それでも、ノジコが笑っていると嬉しい。彼女の笑顔が、幼い彼女の笑顔と重なって、喉が変な音をたてるけれど、ゆっくりしている時間は無い。

 

(……そう。この後にも悲劇は続き、ナミさんはアーロン達に骨の髄まで利用される羽目になる)

 

 心底から苛立たしい。それぐらいはバカな私にだって察せる。だからこそ、ここからはナミさんの許可を得てナミさんの口から教えて貰うべきだと、目を伏せる。……これ以上、ノジコに無理させる訳にもいかない。……よし!

 

「行きましょう!」

「え?」

「アーロン達が、ルフィさん達にぶっ飛ばされる景色を見逃がしちゃダメです!」

「……は?」

 

 ふんす! っと鼻息荒く、ガクガク揺れる足で立ち上がって、ノジコの手を引く。

 驚いた顔をしているノジコを、我ながら強引に引っ張りながら、元来た道をよろよろと戻っていく。

 

「な、ナナ? それよりも、念の為に出航の準備ぐらい」

「いりません。仮にルフィさん達が負けたとしても、勝つまで彼らは止まらないし、私も逃げません」

 

 というか、急がないと終わってしまう。ルフィさん達は一度戦い出したら勝敗が決するまで止まらない頑固系だ。キャプテン・クロの戦いしか視ていない私でも分かるぐらい、彼らは根性ある負けず嫌いだ。

 

「特等席で見なくちゃダメです。アーロンが、下等種族と見下した人間に無様に負ける姿を!」

「……! 勝てるって、信じてるんだ」

「だって、ルフィさんの夢は海賊王です」

「海賊王……」

「そして、そんな未来を定めている彼が選んだ航海士が、ナミさんです。……アーロンに喧嘩を売ってでも、その旅の仲間にナミさんを欲しているんです。ね? 見る目も根性も天運もあると、信じられるでしょう?」

 

 よろけながら一歩進めば、腕がくんっと引っ張られる。振り返ると、ノジコは唖然とした顔をして、ゆっくりとその綺麗な瞳から新しい涙を流す。

 

「の、ノジコ?」

 

 ギョッとしていると「……そうね!」ノジコは笑ってくれた。目元をぐいぐい拭って、迷いなく私を抱き寄せる。

 

「背負うから、乗って!」

「……え゛」

「ほら、走るよ」

「い、いえ、ノジコも、疲れてるみたいですし!?」

「問答無用! ほら、行くよ!」

 

 揺れる!? 有無を言わさずに背負われてしまい、手の置き場に困っていたら揺れすぎて目がまわる。……よ、酔いそう。

 

「しっかり掴まって! アーロンパークまで、休むつもりはないからね!」

「……ひゃいぃ」

 

 観念してしがみつく。視界の端で周りの景色が流れていく。胸が焼ける様な気持ち悪さをこらえながらノジコの横顔を見れば、彼女はポロポロと、泣きながら笑っていた。……ああ。

 

(……8年、待ち続け耐え忍ぶ道を選んだ、ノジコの辛すぎる戦いも、今日で終わるべきです)

 

 彼女の涙に気づかなかったふりをして、そっとノジコの首に腕をまわしてぎゅっと抱きつく。

 

 

 どうかどうか、頑張り続けたノジコに、戦い続けたナミさんに、この先は優しい幸福が降り注ぎます様に。

 

 

 

 

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