また夜がやってくる。
ナミさんやノジコにゲンさんと別れて歩いた島の景色は、半日でお祭り色に染め上げられた。
人々の感情が爆発する様な盛大な宴はその夜も、そして次の夜も終わる事はないのだろう。
目の前で泣きながら笑っている人々は、今の為に生きたのだと全身で叫びだす様に生を謳歌している。
(……眩しいなぁ)
そんな光景に目を細めながら、見ているだけで心地良い賑わいに頬を緩める。
せっかくだしナミさんやノジコとデートしたいけど、ナミさんは治療中だしノジコも色々忙しそうで、寂しいなぁと天を仰ぐ。
(……2人の温もりと匂いが恋しい)
ぎゅっとしたいし、ぎゅっとされたい。
お嫁さんができた事で膨らんでいく欲望は果てがなく、ウズウズするのを我慢するのが大変だ。いや、別にゾロさんの体温に不満がある訳じゃない。しかし、ナミさん達と比べると体温が高すぎるし硬いのだ。
(もしかして、怪我で発熱してるんじゃ……)
少し心配になる熱さである。現在の私はルフィさんにゾロさんの胡坐の上に座らされたので(ルフィさんはもしや私の事を幼女だと思っている?)去り際に『ちゃんと触ってろよ!』って言うのと同時に走り出して行った。ゾロさんもなんでジョッキ片手に『おう』とか素で返事してるんです? もしやこれ普通なんですか? ……って違う。思考中に別の思考が混ざって何を考えていたのか分からなくなった。
気を取り直す様にジュースで喉を潤し、祭りの喧騒に視線を戻す。
(……にしても、変な事になりました)
恐らくルフィさん達は知らないだろうし気づく事もないだろうが、私は密かに政治的なものに巻き込まれている。
それに気づいたのは祭りの初日の事だ。ナミさんとノジコのいない寂しさを紛らわせる様にお祭りのお手伝いを申し出れば、私の顔を見た知らない人達にとんでもないと断られた。そして感謝の言葉が雨あられと降り注ぎ、ジュースやご飯をがっつり持たされてしまった。異常な量をだ。
(……あの時、ルフィさんが通りかかってくれて良かった)
ルフィさんがぺろりと食べてくれたおかげで身軽になった私は、すぐに情報収集に走る事ができた。そして明らかになったのは、島の人達は私が島を買った上でルフィさん達を招いてアーロン一味を倒した“最大の功労者”だと印象操作がされている事だった。
どうやら島民の一部、というか代表者さん達がそういう形に添えようとしているっぽく、一番の功労者がアーロンをぶっ飛ばしたルフィさんだと知った上での事だ。
(……いや、意図はわかりますよ? ルフィさん達は海賊ですし、島で歓待するのはともかくとして、外で吹聴するには不都合ですものね)
主に、海軍の支援を十全に受け入れられない可能性である。
ネズミ大佐やその部下達の不正の証拠はこれからも出てくるだろう。しかし、こちらが被害者であるとしても、交渉の席についてしまえば海軍側の要求をある程度は飲むしかないのだ。
(守り、守られの関係を先に崩したのがあちらとはいえ、こればかりはなあ)
この海賊時代に、海軍を敵に回すのは愚かに過ぎる。
だからこそ、アーロン一味が海軍に倒されたというならともかく『悪』である海賊がたった4人で8年間魚人に支配されていた島を解放した、という“事実”はまずい。海軍的にもそんな話が広まったりしたら不祥事以上の傷がつくだろう。巡り巡って、この島にどんなデメリットが起こるか分かったものじゃない。
だからこそ、交渉が始まる前から要求を一つでも多く通す為の地盤固めの布石が、私という“偽りの英雄”なんだろう。
(……うーん。私に一言も無いのは意地悪だと思いますが……まあ? 私はナミさんやノジコの旦那さんなので? 身内認定って事で遠慮がない可能性もありますし?)
それなら、実際に満更でもないのでしょうがないなぁと気づいていない振りをしちゃうのだ。
実際、転んでもただでは起きないというナミさんっぽい島民達への好感度は高い。
今は羽目を外しているけど、この島にはお金が必要なのだ。
8年の停滞で、この島はたくさんの犠牲を払ってきた。その傷を癒す為にも、弔う為にも、残された人たちを養う為にも、お金はとっても大事で必要だ。
アーロン達に搾取されていた分もあわせて、古い物を新しい物に入れ替える為にも。交易や事業の為にも、次の支配を目論もうとする海賊達に目を付けられない為にも、海軍の協力は必須なのだ。
(……客観的に見ても、私が一番利用しやすいからなぁ)
海賊になれないツケが、こんな風に我が身に降り注ぐとは思わなかった。
(アーロンパークに、各村の代表者さん達が集まっていたのも口裏合わせに都合が良かったんでしょうね。ノジコが忙しいのも、それが関係してそうだし)
人と人が集まると、本当に予想しない事が起きると頬杖をつく。
顔だけしか知らない彼ら彼女らは、抑圧されていた環境の中でも耐え抜いて、頭の中ではずっと現状を何とかしようと抗っていた。だからこそのスピード感だと思えば、なんだかんだ感心しきって文句も言えない。
(まあ、居心地は悪いですけど。酷い事されてる訳じゃないですしね)
短い間ぐらい、お飾りさんを堪能しよう。
さて、ジュースのお代わりが欲しいと腰を浮かせると「おや、おかわりかい? はい、お嬢ちゃん」と笑顔で通りすがりのおばさんからお代わりを注いで貰えた。……恐縮しつつ「あ、ありがとうございます!」座り直す。
(―――無理! やっぱり居心地が悪すぎる!!)
ちょっと身じろぎするとこれだよ!
私に構いたいって人がチラチラこっちを見てるんだよ! 私なんてただの路地裏生まれ路地裏暮らしの自称トレジャーハンターなんですから切実にやめていただきたい!
(そんなだから、今はゾロさんの上から動きたくない。ゾロさんは怪我人で強面だからか、ルフィさん達と一緒にいる時よりも声をかけられない)
開き直るには己のレベルが足りないと、ちびちびっとジュースを飲む。
(……ナミさん達の故郷に都合が良いなら、利用されるのは大歓迎ですが……調理台にも立たせて貰えないのは落ち着かない。っていうか『今』から特別視する事ないじゃないですかぁ)
島から出た後でいいのにと、樽のジョッキをつつく。
ルフィさん達には普通に接しているのに、私だけ敬われるみたいな形がダメなのだ。
ちなみに、ルフィさんはちょこちょこ見かけるけど、さっき『生ハムメローン!!』って、肉を持ったまま駆けて行くのが見えた。まだ見つかってないんだ……ちなみに生ハムメロンの存在を教えていたサンジさんはナンパに行っている。羨ましすぎて現状のストレスの五割はそれだ。私もすっごくナンパしたい! 新しい出会いに乾杯して完敗したい! そしてウソップさんは祭りの中心で自慢話と嘘を交えた楽しそうな話術を披露している。ゾロさんは、今は大きく口をあけて串焼きを食べていた。
「ん?」
目が合ったからか、お皿に乗っていたもう一本の串焼きを差し出してくれる。お礼を言って受け取り肉汁がしたたる串焼きの端っこに歯をたてると、鳥の油がじゅわりと口の中に広がってとても美味しい。数秒後にはかぶりついていた。
「なんだ、腹が減ってるのか?」
「んぐっ。……お恥ずかしながら、そうみたいです。これすごく美味しいですね! お代わりとってきましょうか?」
「別にいいだろ。おーい、こいつに飯持ってきてくれ! あと酒!」
「ちょおっとゾロさん!?」
待って!? 慌てる私を無視して、ゾロさんはこっちだこっちとお祭りを楽しんでいる人々を手招きする。今そういう事をされちゃうと、ああーダメですにこにこ顔の島の人達がとっても感じよくドン! ドン! とお酒とご飯を山盛りに持ってきてくれて「いっぱい食べなさい!」「若いんだから遠慮するんじゃないよ!」「兄ちゃん良い飲みっぷりだな!」って、すっごく山盛りに…………る、ルフィさーん!? 生ハムメロンあるんで戻ってきて下さいぃ!!
「お! こいつは美味そうだな」
「……うう。ゾロさんもいっぱい食べて下さいね!?」
「おう」
早速お肉にかぶりついているゾロさんは(血が足りないのかな?)普段はお酒を優先するけど、ここ最近はもりもりと食べている。その健啖家っぷりにホッとしつつ、私も頑張らなくてはと目の前の美味しいご飯に集中する。
「はふっ! ゾロさん、このみかんソースとお肉は奇跡の組み合わせですよ! どうぞ!」
「……ん」
「あ、このお肉はお野菜に挟んでドレッシングでまぶして食べると食感が面白いです!」
「……悪くはねェ」
「ですよね! 柔らかいパンもありますし、これとこれも挟んじゃいましょう! 贅沢にバターたっぷりです!」
「……おい、これ野菜ばっかじゃねェか」
ゾロさんがルフィさん並に食べているのに笑いながら、美味しい食事を堪能する。さて、次はどうやって食べようかと付け合わせを選んでいるとふわりと後ろの方からノジコの匂い!? ピンッと背筋を伸ばして振り返る。
「……あら、見つかっちゃったわね」
「ノジコ!」
手を振っている私のお嫁さんがいる!
ど、どうしよう!? 少し見ない間にまた美人になってる! 会いたくて会いたくてしょうがなかった私のお嫁さんがそこにいる!!
今すぐにでも飛び込んで抱きつきたかったけど、今の私は胡坐をかいたゾロさんの上に鎮座して膝の上にも色々な食材を乗せているのだ。……ぐっ。悔やむしかないが、飛び込みチャンスを逃してしまったッ。
「……ふぅん? 静かだから誰かと一緒にいるのは分かってたけど……近すぎない?」
ノジコが腕を組んで微笑むけど、後半は聞こえなかった。
どうかしたのかと口を開く前に、ノジコが隣に座って頬を抓ってくれる。気安いスキンシップが嬉しい! でも、なんでそこでゾロさんに笑顔を向けてるんですか? こっちです! ノジコの旦那さんはこっちですよ!?
(うぅうぅ。なんだか面白く無いけど、ノジコは座っているだけでも可愛い……! こっちを見て欲しい! 今からでもノジコとお祭りデートしたいしお話もしたい! できなくてもいいからもっと意識して欲しいッ!)
そわそわしていると、ぬっと筋肉質な腕が伸びてくる。驚いて顔をあげれば、うんざりした顔のゾロさんが私の膝上のご飯をひょいぱくひょいぱくっと食べてくれた。
「……行ってこい。俺はもう寝る」
「おお! ゾロさんありがとうございます!」
うんざり顔をしているゾロさんに感謝して、彼の足上から飛び降りてしっかりと手を拭いてからノジコに手を差し出す。
「ノジコ、お祭りデートに行きませんか!?」
「……勿論いいけど。本当に予想がつかないわよね、貴女達」
「はい?」
ふわりと、すぐに手を重ねて貰えた喜びに内心でガッツポーズしていると、ノジコは私の顔をジッと見てから「嫉妬しがいが無いわね」機嫌良さそうに私の頬を撫でる。
「?」
「貴女達、仲が良いって感心してるのよ」
「なるほど! ありがとうございます!」
元気に返事をして、内心では距離感とかパーソナルスペースとかいまいち分かっていなかったので、これでいいのかと少し不安だったけれど、ノジコのお墨付きなら大丈夫だと安心する。
「そうじゃ……いえ、いいわ。それじゃあ、歩きましょう」
「はい!」
うわうわうわあ! お祭りデートだぁ!
お嫁さんと一緒にお祭りの夜を歩けるとか、最っ高だ……! 世界よ今日という日をありがとう……!
「いや、一緒に歩くだけで喜びすぎでしょ?」
「いいえ! 私にとっては奇跡なぐらい嬉しい事です!」
本気で興奮しているし、証拠に心臓はドキドキしっぱなしだ。
ようっやくノジコと2人きりなのだ。その興奮を少しでも伝えたいと焦れる様に見上げれば、ノジコは目を丸くして「……そう」っと、照れた様に笑ってくれる。その笑顔に頬のにやけが止まらない。
(ああー……ノジコの事が好きだなあ)
こうしてノジコが隣にいてくれるだけで無敵になれる気がする。
こんなにも素敵で可愛い人が私のお嫁さんになってくれたのだ。夢じゃ無くて現実なのだと感じ入る度に叫びだしたくなる。それをぐぐっと堪えながら、ノジコと歩調を合わせて一緒に歩ける幸せを堪能する。
「……熱い」
「え?」
「……ナナの視線が凄すぎて、溶けちゃいそうだわ」
「んん!?」
そんなエッチな目で見てました!?
慌てて目を逸らすと、ノジコが噴き出して余計に恥ずかしくなる。
「ごめんごめん。ちょっとお酒を飲んでて、火照ってるだけよ」
「そ、そうだったんですね!」
セーフ!! いやらしい目で胸元とか太股を見ていたのを勘付かれた訳ではないと安堵する。
「……そういえば、ナナは悪酔いする女ってどう思う?」
「介抱のチャンスがあって最高だと思います」
「……女関係には無敵だって事が分かったわ」
ぺちっと叩かれてから頬をぐりぐりってされる。あれ、痛い?
ちょっと力がこもりすぎている指先を堪能しながら、途中で目についた焼きとうもろこしやみかん飴を手に取って、お互いの好物とか好きな季節とか、そういうお話をしながらお祭りデートを堪能する。そうしていると、だんだんと喧騒が遠ざかっていき、静けさを感じてくる。
「……ナナはさ、私の事を軽いって思わない?」
え? 唐突に零れる様なノジコの問いに、少し驚いて顔をあげる。ノジコは、口が滑ってしまった、みたいな気まずそうな顔で頬をかいて、足を止めないまま更に静かな林の奥へと進んでいく。
「……ええと、ノジコは軽いと思います! 私でも抱っこできるぐらいスリムで、いつかお姫様抱っこさせて下さい!!」
「……いや、そうじゃなくてさ」
とうとうお祭りの喧騒は消えて、聞こえるのは波と虫の音だけになる。
鼓膜に感じるノジコの存在感にドキドキしていると、ノジコは目をふせる。
「……ほら。会って半日でお嫁さんなんて、ナナは私の事をさ、尻軽だって思わない?」
「? 思わないです」
質問の意図がやっぱり分からないけど、ノジコに愛を確かめられている気がして、こっそりと照れてしまう。
「……やっぱり大物だね、ナナは」
やれやれと肩をすくめるノジコを見て、むしろ今の質問はノジコの方が卑屈になっている気がして眉をしかめる。何か気の利いた事を言いたくて、だけど的確に言葉に出すのは難しい。ノジコの魅力はとにかくいっぱいありすぎて一言ではおさまらないのだ。
「……え?」
ノジコは綺麗だ。ノジコは可愛い。そんなノジコは何故か自分の事を分かっていない。
ノジコは凄いのだ。8年間もナミさんを信じて“待つ”という選択を貫き通したのだ。卑屈になって項垂れず、しっかりとナミさんと対等の立場で、姉としてナミさんの心を守ってきた。
「……」
ただ、待つという事が、どれだけ心を軋ませるのか私は知らない。想像するしかない。
ナミさんの無事を信じて1日1日を過ごす事が、どれだけきついのか……幾つの眠れない夜を過ごしてきたのか、想像するだけで辛くなる。もしかしたら、1日だって穏やかに眠った事がないのかもしれない。
「……っ」
それを8年。ナミさんとノジコはお互いの存在を支えに頑張ってきた。……ふとした瞬間に、何もかもを投げ出したいと思う時もあっただろう。お互いにいつだって終わりの見えない地獄を投げ出す事ができたのに“やめる”事をしなかった。逃げたって良かったのに、2人は歯を食いしばって今日という日を迎えたのだ。
(……私は、私のお嫁さん達を心から尊敬している)
そんな2人だから、仮にナミさんやノジコに騙されていても嬉しいと思える。
むしろ利用されているとしたなら、こんな私を利用してくれてありがとうと諸手をあげて喜ぶ。
でも、彼女達は真剣に私のお嫁さんになってくれた。それぐらい、私にだって分かる。
「ノジコは、とっても重くて誠実な人だと思います」
だから、私は先程の質問に心をこめてこう返す。
ノジコは、気づいたら足を止めて「…………そう」と、急に夜空を見上げて、繋いだ手にぎゅうっと力を籠める。
「ノジコ?」
「…………私は、さ。……っ、ナミや、私たちの8年間が、無駄にならなくて、本当に嬉しかったんだ……。ついさっき、アーロンと海軍の大佐を、まっとうな海兵達に引き渡して、やっと、色んな意味で……お、終わったんだなって……」
「……はい」
その声は、泣いている。
ガラス細工の様にそっとノジコを引き寄せると、彼女は抵抗もなく私に抱きしめられてくれる。膝をついて近くなった顔を胸元に誘い、その無防備な頭を撫でる。……ノジコの弱々しい泣き声は、私の心臓をざわつかせる。
「……あ゛り、がとう」
……はい。
とっても、お疲れ様でしたノジコ。
ゆっくりと、彼女の頭に唇を落とすと、汗とみかんの香りがする。
そうしたら、甘える様に彼女が胸元に頬ずりして(んっ)心臓が高鳴ってしまう。……お、お嫁さんが泣いているのに、ときめく自分がちょっと嫌いだ。空気を読めないって気まずくなっていると、ふふってノジコが顔をあげてくれる。その泣いている笑顔にキュウンと胸がうるさい。
「ん。……ねえ、ナナ……聞いてもいい?」
「は、はい」
「……ナナは、さ。……ナミ達と一緒に、島を出るんでしょう?」
「……はい」
「私を、おいていくんでしょう?」
ヒュッ。咄嗟に息が止まりかけて、だけど「……はい」しっかりと頷く。
「……私を、誘う気もないんでしょう?」
「……はい。……誘いません」
「……どうして? 私が、弱いから? なんの取り柄もないから……?」
「!? 違いますノジコはノジコってだけで最高です!! ……そんな、悲しい事を言わないで下さい!!」
一瞬で全身が冷え切って、心の中が焦りで満たされる。
私は、ああ、私は、どうやら、お嫁さんを、この可愛い人を不安にさせていたらしい。……許せなくて自分を殺したくて、歯ぎしりしながらノジコを強く抱きしめる。
ノジコに、そんな誤解をさせたのは私が悪い。ノジコが忙しいとか気にせずに会いに行っていればと深く後悔する。
「……ナナ?」
本当は、お祭りの最中もずっと我慢していた。
目を逸らす様に小難しい事を考えて気を紛らわせていた。……私はノジコと一緒にいたい。だから、彼女を海に誘いたいと心の底で叫んでいる。……だけどノジコは……海賊は合わない人だと、勝手に思っている。
「…………」
ノジコは、ベルメールさんやナミさんと過ごした家を、みかん畑を、とても大事に思っている。
それに、ゲンさんやココヤシ村の人達が大切で、土地と人を深く愛している。
私が外に飛び立っていく綿毛ならば、ノジコはその土地に根をはる若木だ。
ノジコにとって、海と大地、どちらが心地良いのか、生き易くて心が休まり、幸せになれるのかなんて……分かっている。
(……人には、人にあった生き方と居場所がある)
ノジコを誘ったら、彼女は受け入れてくれると思う。
そしてルフィさん達と一緒に冒険するのも、ノジコなりに楽しんでくれると思う。……だけど、嵐が来る度にノジコは遠い島の平穏なみかん畑を気にするだろう。家の修繕も心配になって、ゲンさんや村の人達が元気にしているか落ち着かなくなり、少しずつだけど楽しくなくなると思う。……ノジコは私なんかと違い、一つの所に落ち着きたいと願う人だと思う。
「…………」
勝手な想像でしかないけど。そう感じているから、私から誘うのは我慢する。
ノジコから求めてくれたら、全力で彼女を不安にさせない為に努力するけど、私からは……誘う事はできない。絶対に受けいれてくれると分かっているからこそ、口を閉ざす。
それで、嫌われて愛想をつかされたとしても……私からは言わないと決めたのだ。
「ああ。……そっか。……これは、参ったね」
「……?」
ノジコが、そっと私から身を離して目元を擦る。「……うじうじして、らしくなかったね」そう囁いて、私の腕を引いて、隣に座らせる。
「……ナナは、私の事ばかり考えていたんだね」
「あ、当たり前です。ノジコは、私のお嫁さんなんですから……!」
「うん。そうだね。……そうなんだ。……そんなナナに、私は惚れちゃったからね」
優しい声色に、嫌われてはいないと肩の力が抜けて、ノジコの台詞の意味を察して泣きたくなる。
(……ノジコ……この島に残るって、今決めたんですね)
そんなのは嫌だと心が叫んでいる。もうすぐで、この愛しい人と別れてしまうのだと思うと辛すぎて、攫いたくて、船に乗ってと懇願しそうになって、拳を握りしめて堪える。ノジコも、もっと泣きそうな顔で微笑んでいる。
そうしていると、ノジコの顔が近づいてきて(……あ)触れていいのだと、身を寄せる。
ノジコの指先が、顎下をくすぐってゾクリとする。誘われるままに、ちゅっ、と。触れるだけの口付けを交わすと、愛おしさで頭が真っ白になる。
「……ん、ナナ」
「……ふわ、い」
だめ。すごく、くらくらする。
ナミさんにも、自分からした時ふわふわしたのだ。……好きで好きで、おかしくなりそうで、我慢しているのに愛おしくて、数秒ごとに窒息しそうなのだ。
「……ねえ、お願いよ。……こんなんじゃ、足りない」
え? 口付けの余韻で、夢心地な私の背をくすぐる様に、ノジコの指先が遊ぶ。
「……もっと、深くちょうだい。別れていても耐えられるぐらい、寂しさなんて吹き飛ばすぐらい、とびっきりのを」
「!? ……が、ががががんばります」
ゾワゾワと熱いものが背筋をかけぬけて、鼻の奥がツンと痛い。
ノジコの頬は赤く、瞳が強気なのに恥じらう様に潤むのにゾクゾクする。優しさを意識してノジコの頬に手を添えると、ノジコはきっと私にだけの、特別な表情を見せてくれる。
ああ。今夜は忘れられない夜になると、背筋を甘く震わせた。