「森の奥に民家があるかも」
そう言って歩き出すルフィさんに、とことこついて行きながら、陸って最高だなぁと解放された船酔いにテンションが上がっていく。踏みしめる大地の力強さに感謝のスキップ。ついでに、コケコケ鳴いている狸っぽい動物さんも可愛い!
(撫でたい! この島、生態系が面白いなぁ。こういう不思議な進化を保てる島かぁ)
驚かさない様に、距離を保って面白い動物達を観察する。ルフィさんが兎耳の生えている蛇を見せてくれる。すごく面白い! あの耳で獲物をおびき寄せて食べるのだろうか? きゃっきゃっと不思議な動物さん達に和んでいると、ナミさんが疲れた顔をして私を見ている。
「……あんた、意外とタフね」
「……そ、そうでしょうか? 腕とかひょろひょろで、全然スタミナ無いですよ? 逃げ足だけは自信あります!」
「そうじゃな……いえ、それでいいわ」
やれやれと呆れるナミさんに空笑いを送りながら、内心で落ち込む。……”あんた”かぁ。もうナナって呼んでくれないのかな?
(……それは、嫌だな)
情けなくズーンと落ち込みながら、そんな事で沈む自分が意外で、それだけナミさんが心の容量を占めているのだと複雑な気持ちになる。
(まだ、出会ったばかりなのに……これじゃあ、お別れの時が辛いな)
ナミさんは、気まぐれな猫みたいな人。
そんな魅力的で自由な人を引き止めるだけの力がない私は、だからこそ彼女の見せる小さなそっけなさが気になるのだろう。
(……名前、呼んで欲しい)
もし、明日会えなくなっても、この仮名だけは残るから。
なんの約束もない、今の楽しい時間が急に終わる不安を喉奥に押し殺して、ナミさんの背中を見る。
(……ナナって、もう1回だけでいい)
名付け親のナミさんに、無性に呼んで欲しい。
けれど、そんな気安さを許すほどの信頼を私は勝ちえていない。…………頑張るぞ! 蹲っていてもお腹は膨れない。ナミさんへの関心だって買えない。ちゃんと行動で示そう! 気合をこめて、ふんすと握り拳をつくる。
「おいナミ。ナナを苛めんなよ」
「え?」
急に立ち止まったルフィさんが、ナミさんにじと目を向けている。
「はあ!? 苛めてないわよ! ……っ、ちょっと、ナナ!!」
「うえ!?」
心臓が跳ねる。
あまりにも簡単に呼んで貰えて、理解がおいつかない。
わ、わわ、ルフィさんよく分からないけどありがとうございます!
「は、ははははい! 私はナミさんに苛められてないです!」
「んー」
むしろ、すごく良くして貰っていると、どうしてそんな勘違いをしたのかとルフィさんの誤解をとこうとすると、彼はジッと私を見てすぐにニカッと笑う。
「そっか! んじゃ、行くぞー!」
「はい!」
先行するルフィさんに置いて行かれない様に慌てて駆け出す。
「…………」
視界の端で、ナミさんは難しそうな顔をして髪に指を埋めている。
(な、何か、耐えている様な顔してる。心配事でもあるのかな……)
相談して貰えるとは思っていないけど、邪魔はしない様に立ち回ろう。名前を呼んで貰えたドキドキが冷めないまま、嬉しさににこにこしながら森の奥に進んでいくと、ナミさんの声が聞こえる。
「面倒臭い体質ね、あん……ナナは」
え? ナミさんにまた呼んで貰え……いや、そこじゃなくて、体質? いったいなんの事だろう?
(私、ナミさんが気にするほど他者と違うところ、無いよね?)
はて? 内面なら、ナミさんという同性に心惹かれるという時点で普通ではないけど、そこは表にだしていないし……私はトレジャーハンターを目指しているだけの、どこにでもいる地味な女だと自負している。
「っ、ねえ、ルフィ……! これ、早めに教えてあげた方が良いんじゃない!?」
「何が?」
「何が、って分かってんでしょ!! ほら、ナナの、アレよ! あんたも聞こえてんでしょ!?」
「えー? いいじゃんかよ、面白いし! 俺、あいつの"声"好きだ!」
「……ッ、そういう問題じゃないでしょう」
込み入ったお話だろうか? 耳に入らない様に距離をとりつつ、森の空気を全身で感じていると、突然妙に籠った声が響いてきた。
『 それ以上、踏み込むな!! 』
えっ、どこ? どなたさま?
『 え? おれ? おれはこの森の番人さ……!!』
あ、それはご親切に……!
まさか、返事があるとは思わなかった……! 番人がいるだなんて、この森が豊かな理由が分かりました!
「なんだァ? 森の番人?」
「ちょっと、ナナも和んでんじゃないわよ!」
『 ハッ!? そうとも、こちらの油断を誘おうとしてもそうはいかない。……命惜しくば即刻この場を立ち去れい!! 』
い、いのち?
ど、どうしよう。早く帰らないといけない? ナミさんに怪我がない様にしないと。よ、よし!
「ナミさん、此処は危ないみたいです!」
「……いいから、落ち着きなさい」
「は、はい」
落ち着かないといけないらしい。
そわそわしながら、森の番人さんとナミさん達のやり取りを見守っていると、突然ルフィさんがズドォン!! と凄い音と共に撃たれてドクン!! と心臓が大きく跳ねた。
「ふんっ!!」
「えええええ!?」
そして、目の前で銃弾を弾き飛ばしたルフィさん。
なんで!!?? 驚愕が記憶を繋げて、そういえば初対面の時にライオンの横っ面を伸びた腕で吹っ飛ばした事を思い出して、更に心臓が跳ねて、かなり痛くなってきた。
『 な、なんだ今のは……!? し、心臓が痛ェ……!? くそ、指先が震える……!! 』
う、うわわわわわ、バックンバックンするのを何とか抑えようとするとぎゅう! と。
「……くっ。落ち着いて、大丈夫だから……!」
「ぴ」
―――――――。
な、ナミさんに抱きしめられた。
えっ、胸、やわらかい。
は? 自分のつつましやかなそれと比べるまでもない豊かな双丘に挟まれて、良い匂いがする、触りたい。いやバカ、駄目だ私。そういうのはちゃんとお付き合いしてからじゃないと、責任はとるけどその甲斐性がまだ無いんだからしっかりとトレジャーハンターとしてお宝を手に入れて町に恩返しして、お嫁さんをいっぱい愛して、駄目だ、ナミさんを好きになってしまう。だめだめだめだめナミさんはなかまなかまなかまなかま―――
「あ、静かになった」
『 な、なんなんだ、こいつら 』
ふわああああ。
ナミさんへの愛がほとばしってぐらぐらするんですけど!? ぐちゃぐちゃな思考の隅で冷静な自分がオロオロするぐらいの混乱っぷりだ。
「冗談でしょう!? さっきからいつもの倍以上響いて、熱、い? ……もしかして、誰かが触っていれば”声”は一点に集中される?」
思わず、と声に出しながら身じろぎするナミさんのむにゅんに挟まれて視界が赤く染まっていく。
昂っていく感情が噴き出して止まらず、あばあば混乱して、ツウ、と鼻から何かが垂れる感触と共に、これ以上は脳が耐え切れないとばかりにブツンと意識を手放した。
一瞬だけ見えたナミさんの顔は、真っ赤だった。