サトラレ少女はお嫁さん募集中です   作:百合好きの雑食

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5話 利き手が幸せです

 

 

「おはよう。そろそろ出航するわよ」

「……!?」

 

 自分を覗く天使、じゃないナミさんに思考が止まりかける。

 

「お、おはようございます……?」

 

 ……どういう事? 少しくらくらするけど、もう出航?

 1秒ごとに情けなく気絶した前後の記憶が蘇るが、まだ全然冒険してませんよね? まさか、そんなに長い間寝ていたのかと血の気が引いていく。

 

「ナナったら、かなり寝てたわよ」

「はう!?」

 

 地べたに寝ころんだまま胸が痛い。

 初めての無人島探検で初期から気絶という、目も当てられない現実に心が軋む。と、トレジャーハントな事が何もできなかった……

 

(なんて体たらく……個人的にも動物さん達に癒される素敵島だったのに……!)

 

 悔しさを感じながら、鼻に詰め物がされているのに気づく。取ろうと手を動かして、くんっと引っ張られる。

 

(……あれ?)

 

 手が拘束されているのかと視線だけを向けて、次の瞬間ガバリと顔全体で見る。

 

「……何か文句ある?」

「いいいいいいいえ!!??」

 

 な、ナミさんとおてて繋いでる!

 んー!? ナミさんは寝ている私の隣に座り、何故か私の手を握ってくれている。……握っているんです!

 そして、動揺のあまり腕ごと手を持ち上げたら、ナミさんの手も引っ張られて、だけど離れない。……離れない! ぎゅってしてくれてる!

 

(……!? ……!!??)

 

 これは、どういうご褒美?

 まさか、私の寿命は残り少なくてナミさんが憐れんでくれているとか? いや私の身体はすこぶる健康だ。目覚めたばかりとはいえ、この幸せに気づかぬ鈍感で愚か者な私だが、路地裏で暮らしていた経験で自分の体調は分かる。そして、このお手の存在をすぐ気づかなかった理由としては温度が―――――な、馴染むほど、握られていたという事で!!??

 

(なんか、もうナミさんへの愛をおさえるのがきついですっ!!)

 

 こんな、繋がっている隙間すら分からないぐらい、触れる手の平の温度が一定に保たれるぐらい、ずっと手を繋いでくれるなんて、優しすぎませんか……!? なんのサービスですか!? お金あんまり無いです!! 借金させてください!! 私の手の平の温度がぐんぐん上がって手汗が心配だけど、ナミさんの手はとにかく柔らかくてすべすべであったかい! そして苦しい。意識が遠のく!

 

「ちょっと……」

「ハッ!? げほっ!!」

 

 知らず呼吸が止まっていた。

 ナミさんが声をかけてくれなければ、陸で溺れる寸前だった。

 

(っ、手、手が、手が、ナミさんのおててがいまだわたしとぎゅっぎゅっしている!!)

 

 働き者の手の感触が伝わってくる。

 細い傷の感触、ところどころ豆が潰れた様な、独特な硬さも感じる。

 

(今まで、頑張ってきたんだろうなぁ……!)

 

 とても偉くて、とても好きで、とても愛おしい。

 ……っ、いやダメだ落ち着こう! 私は我慢できるお客さんだから! 今までもずっとあふれ出しそうな愛したい欲を抑え込めていたのだから、ここで爆発させてはいけない! とにかく、この感触を脳に刻んで忘れない様にするぞ!!

 

「お! 起きたのかナナ」

「よう!」

「あ、ルフィさ……っとどなたですか!!?? いえ、この声は、まさか森の番人さん!? とても斬新なお姿ですね!?」

 

 ルフィさんの声にハッとそちらを見たら、宝箱からもじゃもじゃした人がいた。

 

「「ブッ!! あっはっはっは!!」」

 

 何故か、2人は顔を見合わせ、大爆笑する。

 え? え? よく分からないけど、2人はとても仲良しになっている。ルフィさんは銃で撃たれていたのに、何が起きたらこうなるのだと、気絶していた自分を恨む。

 

(……撃たれて無事な事と、腕が伸びる事は……聞いていいのか分からないし。そっとしておこう)

 

 うん。ルフィさんだって聞かれたくない事はあるだろうし。自分から話してくれるのを待とう。

 状況の説明を求めてナミさんをチラリと見ると、彼女は苦笑して肩をすくめる。

 

「……色々あったのよ。色々」

「そ、そうなんですね。……あ、それじゃあ森の番人さんも、ルフィさんの船に乗るんですか?」

 

 すごく意気投合しているし。私がそう訪ねると、番人さんは目を見開いて、くしゃりと笑う。

 

「……いいや、俺はこの島で番人を続けてぇんだ」

「そう、ですか。……そうですね。この森の生態系は、森の番人さんがいるおかげですものね」

「……嬢ちゃんも、良い奴だなぁ」

 

 宝箱と一体化している様な彼が、嬉しそうにくしゃくしゃ笑ってくれる。

 

 私が良い人なのではなく。彼が良い人なのだ。

 この森が、動物達が、彼を仲間だと認めているのが伝わってくるから。彼の人となりを信頼できる。

 

(私は、温かい人が好きだから)

 

 凄く斬新な格好をしていようと、敵だろうと、特徴的だろうと、裏切者であろうと、人に温もりを与えられる人が好きだ。

 

「…………」

 

 ぎゅっ、と手を強めに握られる。

 

「えっ、あの、どうしました、ナミさん?」

「……別に。さあ、船に戻りましょうか」

 

 ナミさんに、ジッと見つめられて心臓が跳ねる。

 

「は、はい! ……あの、手は」

「いいから行くわよ。それとも、何か問題ある?」

「何もありません!」

 

 あわわわわ、何も無いけど、ナミさんへの想いが手の平ごしに伝わってしまいそうだ。

 それはいけないと、こっそり深呼吸。ルフィさんは、森の番人さんと笑いながら歩いている。その背を見ながら「ねえ」ナミさんが私に声をかける。

 

「あん……ナナは、私の事を誤解しているわ」

「え?」

「…………」

「? ごめん、なさい」

 

 怒っている顔だけど、傷ついて、いる……? 私が、ナミさんを誤解しているから?

 

(……そんな顔、しないで下さい)

 

 悲しくなる。もしかして、私は無意識に勝手な理想をナミさんに押し付けていたのだろうか? 思い返すのは、出会ってから今までの彼女の表情。

 ルフィさん達と一緒にいて、怒ったり笑ったりちょっと泣いたりしている、生き生きとした表情。

 

(キラキラした彼女の在り方を見て、私は好きだと思った)

 

 分からない。私は、彼女の何を誤解しているのだろう?

 

「……っ、なんて顔してるのよ」

「え? す、すみません。あほ面さらしていますか?」

「……行くわよ!」

「はい!?」

 

 ぐいっと手を引っ張られるまま、様子のおかしいナミさんについていく。

 

(……心配だな)

 

 彼女らしくない情緒が乱れている気がする。

 もしかして具合が悪いのかな? ルフィさんが果物いっぱい貰えたって言っているし、お腹が減っているわけでもないよね? 何か、不安があるのかな? 話して欲しい。

 

(話さなくても良いから、八つ当たりしてくれないかな……)

 

 ただ疲れているだけなら、いっぱい休んで欲しい。航海士の知識も、今更だけど少し習おう。ナミさんの負担を減らしたい。

 ……はやく笑って欲しいな。ルフィさんやゾロさんなら彼女を笑顔にできるのに。私にできるのは、ただ祈るだけだ。

 

(……どうかどうか、ナミさんの過去も現代も未来も幸せでありますように)

 

 引きずられる様に歩く、繋がった彼女の手に少しだけ力をこめる。

 

(世界が、ナミさんに優しくありますように)

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 性質が悪い。

 

 出会ったばかりの他人が、自分の為に真摯に祈る“声”が、繋いだ手を通して伝わってくる。

 

『“世界が、ナミさんに優しくありますように”』

 

 優しすぎる、劇毒の様に包み込んでくる熱に油断すると泣いてしまいそうで、それらを振り切る様に歩く。

 らしくないと歯を食いしばっても、心に直接届く“声”がそれを許さない。

 

(初めて見た時は、ただのどんくさい子供だと思っていたのに……)

 

 黒く短い髪はくせっ毛で、あまり手入れもされておらずぴょんぴょん跳ねている。長い前髪は瞳を隠して感情を読み取らせないし、私の腰までの身長しかない。栄養状態も悪く痩せすぎだ。

 第一印象は、全体的に暗くて人を避けている卑屈な子供。そんな風に見えていたのに。

 

(……ナナの心は、外見からの予測を一瞬で吹き飛ばすほど、強烈だ)

 

 安物のシャツとズボン、色々有用なものが入っていそうなリュック。

 それだけを持って旅をしているというナナは、面白いぐらい、いっそ気の毒なぐらい明け透けにその心を発信する。

 

 善人だと、悪意はないと、本気なのだと、その心が無防備な人の心に染み込んでいく。

 

 感受性が強すぎるのか、その動揺と痛みすらこちらに伝えてくる。

 その“声”越しに感じる、物の記憶が私達に別の視点を与えてくれる。

 

(……熱い)

 

 そして、こうやって手を繋ぐと、私にだけ伝わってくる“熱”を帯びた感情。

 熱い心が、血潮の様に私の内側に入ってくる。それらを一心に感じてしまえば……一度でも味わってしまえば、手を離すのが困難なほど、大きすぎる包容力に包まれる。

 

 母の胎内とは、こういうものなのかと身を委ねそうになる。

 この手を離した瞬間、心が冷え切りそうで恐ろしくなる。

 

 彼女の前髪から不意に覗く、海の様な青い瞳はまっすぐに私を見つめている。

 愛したいと言っている“声”が本気なのは伝わっていたが……"ここまで"なんて、誰が予想できるのよ。

 

 

(―――本当に、性質が悪いわ)

 

 

 ナナは、色々な意味で危険すぎると、認識を改めた。

 

 この手を離すより、離される事を嫌がる自分に、危機感を覚えながら。

 

 

 

 

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