「無謀だわ」
「何が?」
「このまま"偉大なる航路"へ入ること!」
航海士であり海の常識に明るいナミさんの顔を見上げる。青空の下、太陽の光で輝くナミさんの魅力にドキドキする。
(……眼福だなぁ)
船酔いが酷い私を労わって、過剰なサービスとしか思えない膝枕をしてくれる件については、後で幾ら請求されても払いきろうと思う。
(色々な意味でドキドキが止まらない。幸せすぎて脳が溶けそう……)
不規則な波の上だから気持ち悪いのに、ナミさんの太股のおかげで気持ち良い。
細い指先が、さらっと私の前髪をかきわけて、クリアに見えるナミさんの美しさにうっとりする。
(好きだなぁ)
頭に血がのぼりすぎて、また鼻血がでそうだ。
あの後、船に戻ってから鼻に詰め物したままだと気づいて、教えてくれてもいいのにと恥ずかしかったのも束の間、いきなりの天国三昧ハッピータイムに鼻の奥がツーンとする。
「……"準備"するわよ。先をしっかり考えてね。ここから少し南へ行けば村があるわ。ひとまずそこへ! しっかりした船が手に入ればベストなんだけど」
「肉を食うぞ!!」
わいわいしている声が耳に心地良い。
(静かじゃないことに安心する。親しい人の楽し気な声が子守歌みたいだ)
怖いぐらい幸せで、ぽわぽわする。
お客さんとして、この船の進路に口を挟める立場にない私は、漂うクラゲの如く、ナミさんの太股で3人のやりとりを傍観する。ついでに、ナミさんの麗しい太股に理性が揺れている。
さっきから、割と自信があった理性が目減りしていくのを感じる。
(……ナミさんの太股、白くて綺麗。……かじってみたい、跡つけてみたい)
ごくり、と喉を鳴らす。
その白い肌に、一時でも自分がいたという証がつけられたら。それはどんなに幸せなことだろう。
「……」
チラとナミさんを見ても、彼女は海図を見て私に関心をもっていない。……今なら唇を触れさせるぐらい、やろうと思えばできる。
(……でも)
そんな一方的なものに、私は納得するのだろうか? 事故にみせかけて彼女への欲望を満たしたとして、心は満ち足りるのだろうか? 罪悪感に押しつぶされないだろうか?
やった事がないから分からないけど……行動しても虚しい気がして、目に眩しい太股から目を逸らす。
(……あー。舐めたら甘いかな。すべすべだし、撫でたり、揉んだり、その先も……シてみたいなぁ)
好奇心と欲望が、船酔いに背を押されて噴き出しそう。
ナミさんが好きで、お嫁さんになって欲しくて、それぐらい好きだから劣情を催してしまう。……全身ぐったりしているのに、我ながら欲望に忠実だ。
(……ばーか。そういうのは、ナミさんとしかるべき関係になって、ナミさんが嫌がらない事を確認してからじゃないと、駄目でしょう?)
下手をすれば、優しい彼女に嫌な思いをさせてしまう。
ナミさんにはいっぱい笑っていて欲しい。……あの島で見た、耐える様な顔は見たくない。
(まあ、私なんかじゃ一生その機会が巡って来なそうとかそういう現実は横において……!)
ちょっと泣きそうになりながら、この幸せな感触で胸の傷を広げつつ癒されよう。
(……気持ち良い。ナミさん、お嫁さんになって欲しい)
ここまでくれば、我慢する事すらご褒美に思えてきて、現状問題は無い。
でも、心の内とはいえ遠慮を喪いつつある自分には注意する。こういうのはうっかり表に出てしまうし、私は分かりやすい人間らしいからいっぱい気をつけよう。
「おいナミ。そろそろナナを返せよ。つまんねーだろ!」
「ふあ……?」
「この子で暇つぶしするんじゃないわよ! ほら、行くわよ!」
「ふあーあ……ナミのおかげで、よく眠れるぜ」
え? うん? 私、この船に乗ってからずっと船酔いで、特に面白い事をした覚えがないよ?
こういう時、私には分からない事で通じ合う3人を見ていると、小さな疎外感を覚える。
……私もお客さんから仲間になれたら、この僅かな孤独感が消えるのだろうか? この3人ともっと通じ合えるのだろうか?
(……でも、私にはまだ”仲間”が分からない)
自分の心に開いた隙間風に目を伏せて、そっと頭の位置をずらしてナミさんの太股に耳を押し付ける。
彼女の血管の音に少しだけ落ち着いて、良い音だぁとうとうとしてくる。視界が、少しだけ歪んでいるのは気のせいだと目を閉じる。
(……ナミさんに、お嫁さんになって欲しい)
だけど、これ以上この感情を育てたら危うい。
(ナミさんを、お嫁さんに”したい”……それはダメだ)
そう、心から求めてしまえば、指針を定めてしまったら、私は。愛したくて愛したくてしょうがないから。
(きっと、止まれない)
確実に、ナミさんに愛を囁かずにはいられなくなる。
そんな事になったら、この船に迷惑をかけてしまう。ルフィさんへの恩を仇でかえす可能性もある。
「……」
だから、抑えよう。
愛情を抑え込むのは得意だ。……だから、そう、ナミさんとの、スキンシップも、ひかえて…………
ベシッ。
「あいた!?」
「ごめんなさい、蚊が止まっていたの」
「そ、そうだったんですね!?」
びびびっくりした……!
気づいたら、船が止まっているので二重にびっくりした。
「ほら、もうついたわよ」
「え!? は、はい!」
もしかして、寝てた!?
どれぐらい寝ていたのだと恥ずかしいし、寝顔を見られていたのかと身を震わせる私の横で、ナミさんは上陸の準備を始めている。
(わ、私も準備しないと!)
慌てて身を起こして鞄の中身を確かめる。……買い足しておくものは、保存食と針と糸、それからマッチ、少量の油、ぐらいかな。これなら予算内でいけそうだ
「あったなー本当に大陸が!」
「なに言ってんの。当然でしょ、地図の通りに進んだんだから」
「へー、この奥に村があんのか?」
「うん、小さな村みたいだけど」
自然と、ナミさんに手を引かれながら陸に降りる。
(手、つないだまま、いいのかな? スキンシップ、ダメっていうか、嫌じゃない? でも、自分から離したくないな)
あの島からずっと。それこそずっと、何故か身体には常にナミさんがくっついていて、心臓はいつまでもバクバク高鳴っている。
お陰様で心臓が痛いのが当たり前になってきた。……ばれたら離れていきそうだし、素知らぬ顔を意識して、ナミさんに握られた手をチラリと見て、ダメなのにによによしてしまう。
「ふーっ、久しぶりに地面に下りた」
「お前ずっと寝てたもんな」
「ところで、さっきから気になってたんだが、あいつら何だ」
え? あ、本当だ。人がいる。
慌てて顔を引き締める。
「「「うわあああ見つかったァっー!!」」」
「おいお前ら!! 逃げるな!!」
あ、この近くの村の子供さん達か。……驚かせてしまった。
ドクロマークをつけた船が来るなんて、かなり怖いだろう。1人残った長い鼻の彼は、此方を見るとひきつった顔を大きな笑みに変えて胸を張って腕を組む。
「……おれはこの村に君臨する大海賊団を率いるウソップ!! 人々はおれを称えさらに称え"わが船長"キャプテン・ウソップと呼ぶ!!」
ずどーん!! って感じに、彼は私達に自己紹介をする。
(……おお!)
素直に、凄いと圧倒される。
船から降りた海賊と疑わしき4人に対して、たった1人で声を大にして立ち向かえる彼のその姿に感動した。
自分には絶対にできない事ができる人は、心から尊敬に値する!
それが、私達とキャプテン・ウソップの出会いだった。