ウソップさんに引きずられる様にお屋敷の中に潜り込む。
本当に立派なお屋敷だと尻込みしている私を横に、ウソップさんは慣れた足取りで屋敷の庭を歩き、とある窓をコンコンとノックする。
「ウソップさんっ! ……え?」
「よお、相変わらず元気ねェな」
「っ、はじめまして……!」
か……かわいい!!
ウソップさんの来訪を確信して、嬉しそうに窓を開けるお嬢様の姿に一瞬で魅了される。
(……お、お嬢様だ。本物のお嬢様……!)
カヤお嬢様のあまりのお嬢様オーラに心を奪われ、思わず(お嬢様ァ!!)と傅きたくなるぐらい、カヤお嬢様は可憐な美少女だった。
(……う、嘘でしょう? ウソップさん正気ですか……!?)
お嬢様の姿を脳に焼き付けながら、ウソップさんに愕然と振り返る。
(こんなにも可愛いお嬢様がいるお屋敷に毎日の様に忍び込んでお話している癖に、あの反応だったんですか?)
色艶めいたものが全く感じられなかった。
だから私は、カヤお嬢様が5歳ぐらいの女の子だと予想したのに、現実は深窓の令嬢である。
(……聖人!? ウソップさんは色欲をどこに落としてしまったの!?)
信じられない、という気持ちでウソップさんをガン見していると、お前は何を言ってるんだ……? みたいな顔で私を見て、何かを「……うーん」と悩んでから、握った手首を持ち上げる。
「紹介するぜ、カヤ。こいつはナナ、俺の新しい部下だ! 明らかに碌な事を考えていない怪しい奴だが、実は良い奴だ! カヤと友達になりたいんだとさ」
「私と……?」
きょとん、という顔をして小首を傾げるカヤお嬢様。サラリと金糸の様な髪が頬を流れて、その動作だけで(はうッ!?)と、呼吸が止まってしまう。
その瞳の美しさに、全身全霊で負けそうになりながら慌てて頭を下げる。
「こ、こんにちは! 自称トレジャーハンターで仮名のナナです! お宝はまだ見つけた事ないけど、海には驚きがいっぱいあって、そのお話が面白ければ良いにゃって……お、思います!」
……っ、か、噛んだぁー!? ……も、もうダメだ。羞恥とかで震えながら俯いてしまう。
チラ、と助けを求めてウソップさんを見るも、彼はちょいちょいとカヤお嬢様を手招いて、形の良いお耳に顔を寄せている。
え、何その距離感!?
驚く私を前に、2人は仲良く内緒話を始めてしまった。
(私が目の前にいるのに……!?)
嘘でしょう!? 出会ったばかりの自己紹介もろくにできない私を横において、いきなり2人の世界をつくる男女にこみ上げてくるものがある。
(ぐっ……い、いいもん。私は本当に部外者だし、旅に出た時点で大人といっても過言では無いですし!? 大人の対応をするだけです!! ……うぐぐ)
嫉妬的なもので拗ねつつ、2人の内緒話に耳をすまさない様に努力する。
「……! それ、本当なの?」
「ああ、本当さ。待たせて悪かったなナナ、カヤと手を繋いでくれ」
「……―――ふアッ!?」
エッ。いま、なんて。……”手を繋ぐ”!!??
突然のお触り解放宣言に、頭を角材で殴られる様な衝撃を受ける。
「おい」
ウソップさんは、どういう人なんです!? 下げて上げる作戦だったんですか!? まさか、初手から乙女の柔肌に、ほぼ初対面の美少女の手に、怪しくていかにも育ちの悪そうな私が、さ、触れるなんて……!?
「いや、動揺しすぎだろ!?」
いいんですか……!? 本当に、いいんですか……!? 許されるんですかそんなことが……!?
「情緒が不安定すぎる!? アレか、ナミって奴がいないからか!?」
……っ、やめてウソップさん! そこでナミさんの名前を出されると、特に何の関係も育めていないのに浮気しているみたいでへこむ……!
(……よ、よし! ごめんなさいウソップさん。私は貴方を誤解していた様です。そして、触りたい欲をおさえきれません! さあ、手汗を拭ってお嬢様に触るぞ!)
最近の利き手は、ナミさんの手をダイレクトに感じたいから手袋を外している。ごくりと喉を鳴らして、手を伸ばす。
「……言っておくが、カヤに変な事したらおれの8千万の部下が黙ってないからな?」
「誓ってしませんよ!?」
そんな恐れ多い事をするぐらいなら、自分で自分の舌を噛み切る覚悟です! よし、触るぞ! もう、触るぞ! しっかり触るぞ!
「よろしくね?」
「……!? は、はい」
笑顔で、すっと手を差し出してくれるカヤお嬢様に、土壇場で怖気づきそうになるが、ええい、ままよ! 私は彼女が嫌がっていないのを確認して、ゆっくりとその手を握る。
ひんやりした感触に、脳が遅れてぶわわわわっと歓喜を全身に伝える。
「……!」
「な? 本当だっただろう!」
ウソップさんは、気づけば私の手首を解放して”悪戯成功!”とばかりに得意げに腕を組んでいる。カヤお嬢様はウソップさんを見て、目を見開いてこくこく頷いている。
そして私は、カヤお嬢様の手の感触を記憶せんとばかりに、脳で噛みしめる。
(手荒れの無い真っ白なお肌の感触が柔らかい! こ、これがお嬢様の手……!)
女の子という共通点はあるけれど、ナミさんの手とは違う。
やはり”手”には、持ち主の人間味が刻まれていくものなんだと、改めて理解しながら、頬が緩む。ナミさんには、支えてあげたい力になりたいって感情が大忙しになるけど、お嬢様にはひたすら慈しみの感情が生まれる。
(うぅ、ダメだ興奮するな。真面目になれ私! でもお嬢様体温低いね? 今の時期は良いけど、冬は大変じゃないかな? ―――お嬢様の病気が早く良くなりますように!)
混乱して、心配になって、心から祈って、緊張に立ち尽くす。
カヤお嬢様は、ポカンと可愛らしい顔で私を見つめて、自分の胸をおさえている。
(……カヤお嬢様、凄く優しそう。……どれぐらい病気が酷いんだろう? 儚げでとても美しいけど、気がねなくお外を歩ける方が絶対に良いよね……もう手を離せって言われるかな? ……自分から離した方が良い?)
気合を込めて指の力を抜こうとすると、ふわり。
「ふえ!?」
カヤお嬢様が、そっと空いた手で包みこむ様に私の手を胸元にもっていく。
「……ありがとう、ナナさん」
「!? ど、どういたしまして?」
ああああれ!? わ、私はまだ何もしていませんよね!?
「ううん、いいの。……こんな気持ちは久しぶりだわ。ウソップさんもありがとう!」
「いいって事よ!」
……!? 分かんないけど、お嬢様の笑顔が眩しいからいいや! ああ、心臓が落ち着いてくれないっ。
きっと、私は混乱でダメな顔を晒しているのに、カヤお嬢様は優しく微笑んでくれる。
(……い、良い人だぁ、心の底からお嫁さんになって欲しい……! でも、彼女にはすでにウソップさんがいる……! おのれウソップさんめ!!)
色々な要因で安定しない思考回路のまま、ウソップさんを恨めし気に見てしまう。
「ち、ちょっと、ナナさん?」
「ん?」
(良い女の前に良い男がいるのは世界の常識とはいえ、出会った瞬間の失恋は辛い……!)
お相手がウソップさんとか、傍目にも勝ち目が無さ過ぎて泣きそう!
「……あの、ウソップさんとは、そういうのじゃ」
「? どうしたんだ」
「な、なんでもないわ、ウソップさんはダメ。女の子同士の秘密よ……!」
手を伸ばすウソップさんから逃がす様に、お嬢様の傍に引き寄せられて良い匂いがするっ。
そして、視界に入るほんのり赤いカヤお嬢様の麗しさに(ウソップさん幸せすぎない!?)と身が焦がれそうになる。
(でも、ウソップさんは良い人だからなぁ!)
出会いの時だって、私達を凶悪な海賊だと疑いながら、たった1人で立派に名乗りをあげられる人。
ルフィさんと意気投合して、カヤお嬢様の話になった時の、彼女を心から案じている姿を思い出す。『お金があってもこんなに不幸な事は無い』って、自分より裕福に暮らす人間に、そう心から言える大きい人。私がカヤお嬢様のお友達になりたいと言ったら、我が事の様に喜んで、すぐに駆け出せる面倒見だって良い人。
「……っ」
「?」
まだ出会ったばかりだけど、ウソップさんが凄く良い人なのは分かる。
だから、そんな彼と一緒に過ごしてきた彼女が、ウソップさんを好意的に思わない訳もなく、それが恋愛に発展するかは分からないけど、どう足掻こうとすでに勝敗は決している。
「ウソップさんめ……!!」
「なんでだよ!? おい、カヤどうした? さっきから顔が赤いけど風邪でもひいたのか!?」
「ち、違うの。……んん。その、本当に大丈夫よ。……今日もお話してくれる?」
「あ、ああ、大丈夫ならいいけど」
ウソップさんは、少しだけ私を疑い深げに見て、けれど笑って話しだす。
「これは、おれが5歳の時、南海に住む巨大な金魚と戦った時の話だ……!!」
ほわ、金魚?
たしか金魚って鮒の一種で、品種改良が容易だからって人工飼育化された観賞魚なんだっけ?
うろ覚えだけど、自然に戻るとすぐ環境に適応して鮒に先祖返りするとか。そしてこのお話の場合、金魚なのか鮒なのか。そんな事を考えているうちに、ウソップさんの話は盛り上がっていく。
(金魚のフンが大陸!? 鳥が種を運んできたのかな? 動物達は海を泳いできたとか? というか5歳のウソップさんって……”こんな”感じかな?)
頭の中で、鼻の長いミニウソップさんが冒険している姿を想像してしまう。
隣のカヤお嬢様は凄く楽しそうに笑い、私の手を両手でずっと握っている。役得すぎでは!?
「「あはははは!」」
そして気づけば、私とカヤお嬢様は息が切れそうなほど、涙を浮かべて笑っている。
予想外にウソップさんの話が楽しくて、面白くて、巧みな話術に夢中になっている。お嬢様と手を繋いだまま、想像の中の彼と一緒に冒険をしているみたいでワクワクする。
「その時、切り身にして小人の国へ運んだんだが、そこでまた事件が起こってな!」
ウソップさんも興が乗ったのか、いつの間にか身振り手振りでお話を盛り上げてくれて、もうお腹がよじれるぐらいカヤお嬢様と一緒に笑う。
ああ、楽しいな。笑いすぎて、もう腹筋がねじきれそう。
チラリとカヤお嬢様を見ると、彼女も苦しそうに私を見つめ返して、何がおかしいのか分からないぐらい笑い出す。
「……ねえ、ナナさん」
「はい!」
「私達、お友達になりましょう」
「……はい!」
話の合間、目と目が合った瞬間、そう言ってくれるカヤお嬢様に、私は迷わず頷く。
ウソップさんも両手をあげて喜んでくれる。
嬉しいな。ルフィさん達と出会ってから、私は良縁に恵まれている。
この日私は、ウソップさんに出会えて、そして、カヤお嬢様という初めてのお友達ができた。