寄生獣 ~第2部~   作:aimo0314

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第10話 罠

 

「なかなかいい場所だな」

 

 小さな明かり窓から外を見ながら一人の男がそう言った。諒だった。

 

「ここまで奴らをおびき出すんだな」

 

「うん、そうね」

 

 諒とは少し離れた位置で壁に寄りかかっていた千佳がそう答えた。

二人がいたのは薄暗く、だだっ広い空間が広がっている廃屋の様な建物の中だった。

 

「泉新一という男、少し調べてみたがどうやら広川の事件と関わり合いがあったようだな」

 

「うん、まあでもその場に居合わせたっていう程度だったみたいだけどね」

 

 諒は窓の外を見るのをやめると千佳の方を見た。

 

「いずれにしてもファーザーが興味を持ったんだ。広川と航平……ファーザーが創り出したチルドレンと深い関わりを持つこととなった泉新一にな。それに泉新一自身もキラーチルドレンをその身に宿している。ファーザーに会う資格くらいはあるだろう」

 

 千佳は何も答えず諒を見つめていた。諒は建物の中を見回しながら千佳の周囲を回るように歩き出した。

 

「ところで、エイジは戻ってこれるのか?」

 

「あいつは戻ってくるんじゃない? 基本適当だけどそういう所に関しては機械みたいに生真面目な奴だから」

 

「機械……か」

 

 そう呟くと諒は足を止めた。そして千佳を見ると続けた。

 

「祥子は留守番をするんだったな?」

 

「うん、そう。あの娘はまだ航平がいなくなったショックから立ち直れてないしね」

 

 そう言われると諒は腕組みをして再び歩き始めた。そして呟く様に言った。

 

「そうか、ということはひょっとするとファーザーは……」

 

「何?」

 

「いや、別になんでもない」

 

 諒はそう言うと千佳に近寄って行った。

 

「ここの場所についてはよく分かった。そろそろ戻ろうか」

 

 そう言うと諒は千佳の先導を切るように出口に向かって歩き出した。千佳も寄りかかっていた壁からゆっくりと背を離すと、諒の後に続いて歩いて行った。

 

 

********************

 

 

 陽は間もなく暮れようとしていたが、まだ明るさは残っている時間帯だった。しんと静まり返った部屋の中で村山と田神の二人がヘッドフォンを耳に当て、淡々と流れていく時を過ごしていた。

 と、その時、ヘッドフォンの先から男の声が聞こえてきた。

 

「ただいまー」

 

 それは新一の声だった。その声を聞くと村山は読んでいた本からゆっくりと視線を上げた。

 

「帰ってきたか。今日は随分早かったな」

 

 村山がそう呟くと田神も雑誌から視線を上げ、壁に掛けてあった時計に視線を送った。

 

「ノー残業デーなのかも知れませんね」

 

「うん」

 

 村山はそう返事をすると沈黙した。ヘッドフォンの先から聞こえてくる音に神経を集中させているようだった。里美は陽菜と一緒にお風呂に入っているため、新一の出迎えには出てこなかった。新一がそのまま廊下を突っ切って行き、寝室の中へと入った音が村山と田神の耳に聞こえていた。

 

「あっちー」

 

 新一の声が聞こえてくる。ワイシャツを脱ぎ、着替えをしているようだった。そしてその時、携帯電話のバイブレーションが机の上で響いているような音が微かに聞こえてきた。2回程音が鳴ると新一が携帯電話を手に取ったのだろう。音は小止みになった。そして更に数秒待つと新一の声が聞こえてきた。

 

「もしもし……ああ、大丈夫」

 

 電話の相手から何か確認を求められたのであろうか。新一がそう返答する声が聞こえてきた。その声には多少、何かを警戒しているかの様な響きが感じられるものだった。

 

「……本当か……うん、分かった。明日の10時か……ああ、会社は休みだし平気だぜ」

 

 新一は電話の相手と何か約束を交わしている様だった。村山の眼は鋭く輝いていた。

 

「……そうだな、それで問題ないんじゃないか。で、場所は? ……ああ、……ああ……辻ヶ原……俺も行ったことはないけど車で1時間ちょっと位かなあ……ああ、そうだな、分かった。じゃあそこで落ち合おう……ははっ、それは心配されなくても何とかするぜ……ああ、じゃあまた明日連絡する……ああ、分かった。じゃあな」

 

 新一はそう言うと電話を切ったようだった。携帯電話を机の上に置いた乾いた音が聞こえてきた。村山はその音を聞くと一瞬緊張を緩め、今し方走らせた殴り書きのメモに視線を落とした。

 

「今の電話の相手は一体誰だ?」

 

 村山がそう小さく呟いた時だった。耳に当てたヘッドフォンから再び新一の声が聞こえてきた。

 

「ミギー、聞いただろ? 明日の10時だってよ」

 

「ああ」

 

 その声を聞いた時、村山は瞳を大きく見開いた。口元にははっきりと笑みが浮かんでいた。一方田神も意表を突かれた様だった。眉間に小さく皺を寄せて真剣な眼差しを送っている。

 

「深森の話だと向こうの仲間の数は5人らしいぜ」

 

「そうか」

 

「でもいくら頭数が揃った所で結局エイジって奴に襲われたらひとたまりもねえのか?」

 

「いや、そうとも限らない。奴にも肉体的な限界はあるだろう。わたし達の仲間が数十人くらい束になって戦ったら恐らく勝てると思う」

 

「数十人って……どんだけだよ。それにあいつ等にも仲間がいるみたいだしエイジみたいな奴が数人で襲い掛かってきたらどうなるんだよ」

 

「その時は一巻の終わりだな」

 

「お前って奴はなあ、自分の命が掛かっているっていうのにすっげー冷静なのな」

 

「いずれにしても明日仲間に会ってどうなるかだな。向こうが敵に対する有益な情報を持っていれば助かるのだが」

 

「そうだな、それに期待するっきゃねーな」

 

 新一の返答の後に、ドアが開かれ再び閉じられた音が聞こえてきた。新一が寝室から出て行ったのだろう。その後、部屋は静寂に包まれた。

 それをヘッドフォン越しに確認すると村山は手を走らせていたメモ帳から視線を上げ、田神を見た。田神も村山に視線を向けた。二人は無言で会話をしているかの様に数秒間見つめ合った。

 

「今、泉新一は誰と話しをしていた?」

 

 村山がそう田神に問いかけた。答えは明確に分かっているのだろう。その口元には笑みが浮かんでいる。一方の田神は村山とは対照的に眉間に小さな皺を寄せ、慎重な表情をしていた。

 

「パラサイトですね。恐らく」

 

「ということは『仲間』というのはパラサイトの仲間と考えて問題ないな?」

 

「はい、そうなるでしょうね」

 

 田神の返答を聞くと村山は視線を田神から逸らした。その顔は何かを考えているように見えた。

 

「田神君、神宮寺警部を起こして来てくれないか?」

 

「神宮寺警部ですか?」

 

「ああ」

 

 田神は探るような目つきで村山を見ていた。

 

「どうするんですか?」

 

「行ってみるのさ。この場所にな」

 

 そう言うと村山はメモ書きに書いてある住所を指差した。田神はそう言われると何かを言いたげそうな表情を見せて沈黙した。しかし、暫くすると言葉を飲み込むようにしてゆっくりと答えた。

 

「分かりました。神宮寺警部を起こして来ます」

 

 

********************

 

 

 10分後、3人はマンションの部屋の玄関口にいた。村山は旅行バッグ程の大きさの荷物を手にさげている。

 

「神宮寺警部、本当にすみませんね。寝ている所を起こしてしまって」

 

「問題ない。それより、必要な機材はすべて持ったか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 村山は靴を履いている神宮寺を見ながらそう答えた。そして田神に視線を向けた。

 

「田神君、後はよろしく頼むな。一応平間警視には応援をお願いしておくから、その人達が来たら交代して休んでくれ」

 

「分かりました」

 

 田神は小さな声でそう答えた。その顔には少し、不安そうな表情が浮かんでいた。

 

「気をつけて行ってください」

 

「なーに、大丈夫さ。パラサイトのことについては田神君に色々と教えてもらったしな」

 

「パラサイトは何をしてくるか分かりません。無理だけは絶対にしないでください」

 

「ははっ、なんだ心配してくれているのか? 田神君にそう言ってもらえると嬉しいな」

 

 村山がそう言うと田神は頬を赤く染めた。

 

「そんなんじゃありません」

 

「ん?」

 

 村山は田神がなぜ怒ったような口調でそう言ったのか分からないといった表情でそう声を出した。その時、靴を履き終えた神宮寺が立ち上がった。

 

「よし、それじゃあ行くぞ、村山」

 

「はい、警部」

 

 神宮寺はそう言うと力強い足取りで玄関口から出て行った。村山は扉を閉めながら田神を見た。

 

「じゃあ、何かあったら携帯電話に連絡をくれ」

 

「はい、分かりました」

 

田神は村山の顔を真っ直ぐに見つめながらそう答えた。村山は田神の返答を確認するとゆっくりと扉を閉めた。

 

 

********************

 

 

 マンションから少し離れた場所にある駐車場に着くと、神宮寺と村山は停めてあった車に乗り込んだ。神宮寺が運転席に座り、村山は助手席に座った。

 

「警部、すみませんね、運転させてしまって。後で代わりますんで」

 

「構わん」

 

 そう言うと神宮寺は車のエンジンを入れた。一方村山は携帯電話を手に取るとダイアルボタンを押した。暫くコール音が続いたが、やがて相手の人物が電話に出た。

 

「もしもし」

 

声の主は平間だった。

 

「もしもし、村山です。夜分にすみません。今よろしかったですか?」

 

「ああ、大丈夫だ。お前がこんな時間に掛けてくるということは何かあったのか?」

 

「はい、まあそうですね」

 

 そう言うと村山は一呼吸置いた。何から話すべきか改めて考えをまとめている様だった。

 

「先ず、泉新一の正体が分かりました」

 

「正体?」

 

「はい、泉新一にはパラサイトが寄生しています」

 

「やはりそうだったか」

 

 平間は村山が何を話すのかをある程度予測していたのであろう。比較的落ち着いた声でそう言った。

 

「どうして分かった?」

 

「泉がパラサイトと会話している声を拾うことができたからです。恐らく泉のパラサイトは頭部ではなくてどこか他の部分に寄生していますね」

 

「そうか、宇田守のケースと同じような形ということだな。我々が気付いていなかっただけでパラサイトが頭部以外の場所に寄生しているというケースは意外と多いのかも知れないな」

 

「そうですね。それは今後の捜査でいずれ分かっていくことでしょう」

 

 村山はそう言うとサイドミラーを見た。車の通りは少ないようでヘッドライトの光は遠く後方に見えた。

 

「で、話を戻すのですが泉とパラサイトが非常に興味深い話をしていまして、どうやら奴らは何者かによって命を狙われているようですね」

 

「命を? 一体誰にだ?」

 

「さあ、それはまだ分かりません。パラサイト同士の抗争なのかも知れませんし、わたし達の知らない、パラサイトとはまた別の何かが存在するのかも知れません。泉はその敵を『エイジ』と呼んでいましたので人間であるという可能性も考えられますね」

 

「そうか」

 

「それで実は泉は携帯電話で他のパラサイトとも連絡を取っているみたいでして、話の内容によると明日の午前10時に津木郡松川村の辻ヶ原って所で密会をするようですね」

 

「なに、それは本当か」

 

「はい、でわたしと神宮寺警部とで今現地に向かっている途中です」

 

「そうか、分かった。今から応援部隊を召集してそちらに派遣する」

 

「いえ、それは不要です、警視。今はまだ情報収集を行っている段階です。下手な網を仕掛けて魚に逃げられてしまう様な真似だけは避けたい。それにこの場所を地図でちょっと調べてみましたが相当な田舎みたいでしてね、部隊に来てもらっても目立ってしまうだけで無用の長物になってしまうでしょう」

 

「分かった。手は足りるんだな?」

 

「ええ、わたしと神宮寺警部の2人で十分です。あ、それとマンションの方にだけは応援を派遣してもらってもいいですか? 今は田神巡査が一人なので」

 

「分かった。手当てしよう。村山、いいか、無茶だけは絶対にするな。くれぐれも慎重に行動するんだぞ。パラサイト事件での殉職者をこれ以上は増やしたくはないからな」

 

「承知しております。わたしも警視と同じ考えですよ」

 

 村山は軽い口調でそう答えた。平間は何か言いたげに沈黙していたがやがて続けた。

 

「進捗があったらまた連絡をくれ。何時だろうと構わない。わたしの携帯電話に掛けてくれ。いいな」

 

「はい、分かりました。では」

 

 そう言うと村山は電話を切った。車は夜の眠りにつこうとしている街を傍目にスピードを上げて進んでいた。村山はうっすらと笑みを浮かべながら流れていく車窓の情景をぼんやりと眺めていた。

 

 

********************

 

 

 街灯もほとんどない暗闇の中を、その暗闇を切り裂くようにヘッドライトを光らせ、1台の車がゆっくりと進んできた。車はあてどもなく彷徨っているようにも見えたが、やがて舗装のされていない道路の路肩に車体を寄せると停車した。

 満月に近い月がおぼろげに周囲の情景に輪郭を与えていた。競うように鳴き声を上げている虫の声が何か警告を発しているかのように闇夜の空間を一杯に満たしている。

 

「さあ、どうしましょうか」

 

 車の中にいた一人の男がそう問いかけた。村山だった。

 

「ふた手に分かれて探そう。奴らは密会をしようとしているはずだから、ひと気のない建物があれば一番怪しいだろうな」

 

「ええ、分かりました」

 

「何かあったら無線で連絡を取り合おう。それと、この辺りは思った以上に民家も少ない。最悪の場合、わたし達の動きは既に関知されていると考えておいた方がいいかもな」

 

「そうですね。そういう前提で動いた方がいいでしょう」

 

 村山は何かを悟っているかの様に静かな口調で答えた。神宮寺はそんな村山に視線を送った。

 

「パラサイトは人間を見つけたら直ぐに襲ってくるのか?」

 

「ははっ、普通の状態ならば突然襲い掛かってくることはあまりないでしょう。でも今のわたし達は奴らのテリトリーの中に足を踏み入れようとしています。そういう意味では突然背後から切りつけられたとしても不思議ではないでしょうね」

 

「そうか」

 

 神宮寺はそう短く返答を返した。神宮寺の表情にあまり変化はなかった。

 

「よし、それじゃあ行くぞ。十分に気をつけるんだぞ」

 

 神宮寺はそう言うと車のドアを静かに押し開けた。

 

「はい、分かりました」

 

 村山もそう返事をするとドアを開けた。車から降りた二人はしばしの間周囲の様子を確認するとやがて別々の方向に向かって歩き出して行った。

 

 

********************

 

 

 時計の針は23時を回っていた。しんと静まり返っている部屋の中では田神がヘッドフォンを耳に当て、神妙な面持ちで聞き耳を立てていた。時折、田神は脇のテーブルの上に置いてある携帯電話に目をやっていた。その瞳は寂しげでもあり、溢れ出しそうな不安を抑えているようでもあった。

 不意に部屋のインターホンが鳴った。田神はその音を聞くとヘッドフォンを外し、玄関口に向かった。

 玄関のドアを開けるとそこには40歳そこそこ位の一人の女が立っていた。

 

「東福山市警の木村です。平間警視からもうお話しは?」

 

「はい、伺っております。どうぞ」

 

 田神はそう答えると女を玄関の中へと招き入れた。女は靴を脱ぐと田神の導きに従って部屋の中まで進んできた。

 

「この部屋で作業をしています」

 

 田神は部屋に入ると木村に対してそう説明した。

 

「了解。早速だけど、作業の引継ぎをしてもらってもいいですか?」

 

 木村は包容力の感じられる笑顔を浮かべるとはきはきとした口調でそう言った。田神は木村に言われた通り、機器の使い方、記録の管理方法、そして部屋の備品の大体の場所について木村に説明した。木村はある程度慣れている部分もあるのだろう。引継ぎは10分程度ですべて終わった。

 

「田神さん、そうしたらあとはわたしが引き継ぐから休んでくれて大丈夫よ。明日の朝方にはもう一人応援が来ると思うから普段の交代時間までゆっくり休んでもらって大丈夫だから。あとは、何かあるかしら?」

 

 木村はてきぱきとした口調でそう言った。田神は何か助けを求めるような眼で木村を見た。

 

「もう少しここにいます。電話があるかも知れないし気になるので」

 

「そう、了解」

 

 木村はにっこりと笑ってそう言うと自分は機器の前に座り、ヘッドフォンを耳に当てた。田神も木村の近くに腰を下ろし、何となしに携帯電話を見つめていた。

 数分すると木村が時計をチラリと確認し口を開いた。

 

「どうやらもう寝ているみたいね」

 

「はい、そうですね」

 

 田神はそう相槌を打った。木村は田神を見た。

 

「泉新一にパラサイトが寄生しているってことで間違いなかったわよね?」

 

「はい」

 

「ふーん、どこに寄生しているの?」

 

「詳しいことはまだわかりません」

 

「そうなんだ」

 

 木村はそう言うとこれまでの会話の記録がまとめてある資料に目を落とした。

 

「田神さんは大学でパラサイトの生体の研究をしていたって聞いたんだけど」

 

「はい。一応」

 

「だから今回の捜査に抜擢されたのね」

 

「それもあるかも知れませんが、普段からパラサイト事件に関係した仕事をしたいと周囲に言っていたので」

 

 田神がそう言うと木村は少し驚いた表情で田神を見た。

 

「へえ、ちょっと意外……かな。もしかしたら失礼なことを聞いちゃうかも知れないけど、身近にいた人がパラサイト事件で亡くなられたりした?」

 

「はい、両親と兄が」

 

 田神がそう言うと木村は悲しげな表情を浮かべた。

 

「そうだったんだ。ごめんなさい。変なことを聞いちゃって」

 

「いえ」

 

 田神がそう答えると木村は田神から視線を移した。その瞳はどこか郷愁を帯びているように悲しげにも見えた。

 

「パラサイト事件に関わっている人はやっぱりそういう人が多いのかなあ」

 

「そういう人ですか?」

 

「うん、実はね、村山君も昔恋人だった人をパラサイト事件で亡くしているの」

 

 木村がそう言うと田神は動揺したようだった。頬が少し強張って震えている。

 

「知りませんでした。そうだったんですか」

 

 田神は搾り出した様な声でそう言った。木村は田神を見た。

 

「まあ当然知らないわよね。まだ会ったばかりだし、そもそも村山君はそういうことは絶対に人には言わないから」

 

「木村さんは村山さんと長く一緒に仕事されてきたんですか?」

 

「そうね。彼とは歳も一緒だし。いくつに見える?」

 

「三十……五歳ですか?」

 

 田神がそう答えると木村は笑った。

 

「ありがとう。今40歳で今年41になるんだ。あの時は本当に大変だった。村山君は恋人の方が亡くなられてからしばらく仕事に来なくてね、何をしているのかと思ったらその間ずっと犯人のパラサイトを一人で探していたらしいの。でも結局見つけられなくて、刑事をやめるって言い出したりもしたんだけど最後は平間警視が彼のことを何とか引き留めたんだ」

 

「そうだったんですか」

 

 田神は小さな声でそう言った。木村は手に持っていた書類をテーブルの上にそっと戻すとしばらく口をつぐんだがやがて続けた。

 

「村山君はああ見えて意外に一本気な所があるから、あまり表には出さないんだけど、今回の捜査には多分かなり心に期しているものがあるかなって思うんだ……ちょっと危険なくらい」

 

「危険を顧みないっていうことですか?」

 

「そう、本当は誰かブレーキをかけてくれる人が傍にいてくれればいいんだけど」

 

 そう言うと木村は表情を曇らせた。田神も木村の表情を見ると視線を落とした。田神の視線の先には静かに沈黙を続けている携帯電話があった。

 

 

********************

 

 

「神宮寺警部、応答願います」

 

 暗闇の中でトランシーバを口元に当てると一人の男がそう言った。村山だった。村山がいる場所はどこか屋内の様だった。明かり窓から微かに入ってくる月明かりと懐中電灯の光が部屋の全体像を映し出している。

 

「神宮寺だ。何かあったか?」

 

「ええ、それらしき場所を見つけました」

 

「なに、本当か。今からそちらへ行く。わたしが行くまでは外で待機していろよ」

 

「ははっ、もう中に入っちゃいました」

 

「馬鹿、パラサイトがいたらどうするつもりだったんだ」

 

 神宮寺は少し声を荒げてそう言った。村山はトランシーバを耳元から少し離すと苦笑いを浮かべていた。

 

「どうもすみません。でも、いない気がしたんで」

 

「分かった。とにかく今からそっちに向かう。場所を教えてくれ」

 

「はい、分かりました」

 

 

********************

 

 

 10分後、村山の案内に従って神宮寺が到着した。村山は神宮寺に見せたのは大きな倉庫の様な建物だった。

 

「確かに、大勢の人間が入れるスペースもあるし、明らかに使われていない感じの場所だな」

 

「ええ、それに周囲は林に囲まれてますから目隠しも効きますしね」

 

 神宮寺は村山の説明を聞きながら懐中電灯を照らして倉庫の中をくまなく見回していた。

 

「村山、ここでパラサイトの密会が行われるという自信はあるか?」

 

「はい、あります」

 

「根拠は?」

 

「外にある門です。だいぶ錆びついていて無理やりこじ開けられた跡がありました。恐らくパラサイトが事前に下調べのためにここに来たのでしょう」

 

「そうか、流石の観察力だな」

 

 そう言うと神宮寺は村山を見た。

 

「だが、そこまで分かっていたならなおさらこの中に足を踏み入れることは危険だと気付いていたはずだ。パラサイトが今はいないと判断した根拠は?」

 

「そうですねえ、勘……ですかね」

 

 村山が返答すると神宮寺は無言のままじっと村山を見ていた。

 

「村山、お前がリーダーだからお前がどんな行動を取ろうとある程度お前の勝手だ。しかし、リスクはメンバーに公平に分担させていい。お前だけがすべてのリスクを負担する必要は全くない。いや、むしろ逆だ。お前がリーダーである以上、お前は最大限自らの危険を回避することに努めなければならない。もしそれができないと言うならばリーダーはやめてもらう。次からは気を付けろ。分かったな?」

 

 神宮寺にそう言われると村山は少しの間笑みを浮かべて沈黙していたがやがて口を開いた。

 

「はい、承知しました」

 

 

********************

 

 

 しんと静まり返った室内。時計の針は午前1時を回っていた。木村はヘッドフォンを耳に当て、一人静かに時が過ぎていくのを待っている。とその時、滔々と流れていく時間を打ち破るかのように携帯電話のバイブレーションが動いた。木村はすぐさま携帯電話を手に取ると電話に出た。

 

「もしもし」

 

「もしもし、ん、その声は木村君か?」

 

 村山の声だった。その声を聞くと木村は表情を緩めた。

 

「そうよ」

 

「何だ、君が応援に来てくれたのか」

 

「何、わたしじゃ力不足かしら?」

 

「いや、別にそういう意味じゃないさ」

 

 そう言うと村山は小さく笑い、そして続けた。

 

「そっちは変化はないか?」

 

「ええ、こっちは何にも。泉新一も眠りについているわ。そっちは?」

 

「一応パラサイトが密会を行うと思わしき場所が見つかった」

 

「本当?」

 

「ああ、嘘を言っても仕方ないだろう? 盗聴器も仕掛けておいたから明日の10時まではこっちで待機している」

 

「分かった」

 

「そっちで何か動きがあったら直ぐに連絡をくれ。特に泉新一の動きについては小まめに報告して欲しい」

 

「了解。何か動きがあったら直ぐに報告する」

 

 木村の返答を聞くと村山は少し間を置いた。そして続けた。

 

「田神君はもう寝たか?」

 

「ええ。1時間くらい前に。起こしてくる?」

 

「いや、大丈夫だ。寝ているならいい」

 

「そう。村山君、無茶だけは絶対にしちゃだめよ」

 

 木村にそう言われると村山は苦笑いした。

 

「ははっ、大丈夫さ。そしたら、そっちは頼むな」

 

「ええ、また連絡する」

 

 木村がそう言うと電話が切れた。木村は携帯電話を耳から離すとゆっくりとボタンを押し電話を切った。と、その時、隣の部屋から足音が聞こえてきた。眠そうに目を細めながら田神が起きてきた。

 

「あら、起こしちゃった?」

 

「いえ、そんなことありません。電話があったんですか?」

 

「うん、村山君から電話があった。パラサイトの密会の場所が見つかって」

 

「本当ですか?」

 

「ええ。それで明日の朝まで待機するって言っていたから取りあえずは大丈夫そうね」

 

「そうですか、良かった」

 

 そう呟くと田神は表情を緩めた。

 

「田神さんもここじゃ気が休まらないだろうから自分の部屋に戻って休むといいわ。朝までは多分動きもないだろうから」

 

「分かりました。そうしたら休ませてもらいます。すみません」

 

「ゆっくり休んで」

 

 そう言うと木村は優しい顔で微笑んだ。田神は一礼をすると部屋から出て行った。

 

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