寄生獣 ~第2部~   作:aimo0314

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第11話 対面

 

 まだ午前中であったが、夏の太陽は既に燦々とその陽射しを降り注いでいる日だった。人の気配がまったく感じられない片田舎の道で一人の女が道端の草むらに腰を下ろして頬杖をついている。千佳だった。ネックの部分が大きく空いたダークグレーのシャツを身に着けており、鎖骨の輪郭がうっすらと浮き出ていた。

 しばらくすると一台の乗用車が千佳の方に向かって近づいて来た。千佳はそれを見るとゆっくりと立ち上がって乗用車に乗っている人間に対して手を小さく振って合図を送った。

 乗用車はゆっくりと千佳に近づき、間もなく千佳の所まで到達すると停車した。千佳は車の中の人間と二言三言会話を交わすと後部座席のドアを開け、車に乗り込んだ。

 

 

********************

 

 

「ここから大体10分くらいで着くから。取りあえず道なりに行って」

 

 千佳は腕組みをし、片足を組みながらそう言った。

 

「分かった」

 

 答えたのは運転席にいた嵯峨だった。助手席には深森が座り、後部座席には千佳と新一が座っていた。ミギーは瞳を出して千佳を観察している。千佳はミギーを見ると微かに笑みを浮かべた。

 

「へえ、右手さん、珍しいねえ。頭を取り損ねたのかい?」

 

「ああ、そうだな」

 

 ミギーは千佳を具に見ながらそう答え、そして続けた。

 

「お前に聞いておきたいことがあるのだが、お前たちはどの様にして敵の存在を知ったのだ?」

 

「あんた達と一緒よ。周りにいた仲間が殺されていったから気づいたの」

 

「そうか。お前たちの仲間は全部で5人だったな。敵のことについては何を知っている?」

 

「ほとんど何も。こっちからは探知できなくて向こうの方が力が数段上ってことぐらいかしらね。こっちは頭数はいるけど情報が全然足りていないっていうのが現状ね」

 

 千佳はそう言うと睨みつけるようにしてミギーを見た。ミギーは沈黙したまま千佳を見ている。

 

「聞けばわたし達よりもあんた達の方が色々と情報を持っているみたいじゃない。期待しているからね」

 

 ミギーは何かを考えている様にじっと千佳を見ていたがやがて口を開いた。

 

「ああ」

 

 

********************

 

 

 夏の青草が鬱蒼と茂っている林の中で二人の男が息を潜めるようにしてその身を隠していた。村山と神宮寺だった。二人が隠れている場所は少し高台になっており、倉庫を見下ろせる位置にあった。

 

「来た」

 

 双眼鏡で周囲の様子を探っていた村山がそうつぶやいた。村山の声を聞くと神宮寺の表情はより一層引き締まったものになった。村山が覗き込んでいるレンズの先では一台の乗用車が倉庫の前に止まり、中から4人の男女が降りてきた。その中には新一の姿もあった。千佳に先導される形で4人の姿は倉庫の中に消えて行った。

 それを見届けると村山は双眼鏡から目を離した。

 

「警部、ちょっとここを任せていいですか?」

 

 村山がそう言うと神宮寺は村山を見た。

 

「どこに行く気だ」

 

「ちょっと車のナンバープレートを確認しに。この場所からだと見にくいので。ちゃんと中の会話も聞いてますんで何かあったら直ぐに戻ってきますから」

 

 そう言うと村山は右耳にはめてあるイヤホンを指差して笑みを浮かべた。

 

「分かった。いいだろう。くれぐれも近付きすぎるなよ」

 

「はい、了解しました」

 

 そう言うと村山は多少身をかがめた姿勢を取り、深緑の林の中へと姿を消して行った。

 

 

********************

 

 

「こっちよ」

 

 千佳はそう言うと錆びついている鉄の門をくぐり抜けた。新一達も千佳の後について歩いて行った。

 

「ボロボロだな。廃屋か?」

 

 新一は所々壁が崩れかかっている建物を見上げるとそう言った。

 

「そうよ。秘密の会合をするにはうってつけの場所でしょ?」

 

「いきなり崩れてきたりしねーだろうな」

 

「暴れたりしなければ大丈夫よ」

 

 そう言うと千佳は笑みを見せ、倉庫の扉を開けて中へと入って行った。倉庫の中はがらんどうとしていて天井の高さは4メートル程はありそうだった。急に暗がりの中に入ってきたため新一は多少目が慣れるまでに時間が掛かっているようだった。

 

「あれ、誰もいねーじゃねえか」

 

「今呼んでくる」

 

 そう言うと千佳は奥の方へと歩いて行った。

 

「ファーザー、連れてきたよ」

 

「そうか、ありがとう、千佳」

 

 千佳に礼を言う男の声が聞こえてきた。そして間もなくすると千佳と二人の男が姿を現した。男の顔を見た瞬間、新一の顔に戦慄が走った。

 

「て、てめえは広川、それにエイジ……」

 

「広川か……久しぶりにその名前を他人の口から聞いたな」

 

 そう言うと樫木は足を止めた。エイジは樫木の斜め背後で静かに佇んでいる。ミギーは警戒態勢に入り、深森と嵯峨も身構えた。

 

「先ずは自己紹介をしておこう。わたしの名前は樫木洋介だ」

 

「樫木……喜多が言っていたファーザーか」

 

「そうか、航平はお前たちにそこまで話していたか」

 

 樫木の話を聞きながら新一達は後ずさりしていた。しかし、先回りをするように千佳と、そして諒が入口に立ち塞がった。

 樫木はその様子を確認すると続けた。

 

「わざわざ来てくれてありがとう。君のことは多少気になっていたんだ。少し話をしないか」

 

「話だあ?」

 

 新一はそう聞き返した。ミギーは樫木の様子を具に観察している。

 

「ああ、広川と喜多、わたしの二人の子供と密接な関わりを持った君に興味があるんだ」

 

 樫木の言葉を聞くと新一はミギーを見た。

 

「ミギー、どうする?」

 

「どうするもこうもないな。わたし達は罠にはまってしまったようだ。逃げることもできないだろう」

 

「って、それって絶体絶命ってことじゃねーか」

 

「ああ」

 

 ミギーはそう言うと樫木をじっと見つめ、そして口を開いた。

 

「樫木、広川と喜多がお前の息子というのは一体どういう意味だ?」

 

「航平はわたしが知人から引き取った子供だ。そして広川はわたしが生み出した」

 

「生み出しただと?」

 

「そうだ。広川はわたしのクローンだ」

 

 樫木は淀みのない口調でそう言った。

 

「クローンって?」

 

 新一がつぶやいた。

 

「複製という意味だ。つまり広川という男は奴のコピーであったということになるな」

 

 深森が新一に対してそう説明した。

 

「そう、その通りだ。広川はわたしのコピーだった。いや、一つだけ異なる点があるとすれば広川には永遠の命はなかったことか」

 

「永遠の命だあ?」

 

 新一が驚いた声でそう聞き返した。

 

「ああ。わたしの肉体は永遠の時を生き続けることができる。しかし広川にはそれがなかった。あるいは欲しなかったのかも知れないな」

 

 樫木はそう言うとミギーを見た。

 

「航平からは聞いたか? キラーチルドレンの話は」

 

「ああ。一体なぜ広川はわたし達を創り出しのだ?」

 

 ミギーがそう問いかけると樫木は視線を移し、遠くを見た。

 

「それはわたしも教えて欲しいことだ。なぜ広川はそうしたかったのか。考えれば考える程に分からなくなってくる。否応なしに私は自分の姿を広川に投影してしまうからな。泉新一、君ならどう思う?」

 

「っなこと俺に聞かれたって分かるかよ。さっきからちんぷんかんぷんな話ばっかりだしな」

 

 新一が答えると樫木は笑みを浮かべた。

 

「確かに君の言う通りかも知れないな。いくら考えても分からないのかも知れない。子供とは言っても所詮は他人に過ぎない。分かり合えると考えるほうが間違いないのかも知れないな」

 

 樫木はそう言うと再び視線を移した。

 

「広川は性急だった。奴を制止しようと思えばそうすることもできた。だがわたしは敢えて奴の思うままに行動させた。それは広川が他ならぬわたしの生き写しであったからかも知れないし、何か他の感情が働いていたからかも知れない」

 

「ではなぜ今我々の命を奪う真似をしている?」

 

 嵯峨がそう樫木に問いかけた。樫木はゆっくりと嵯峨に視線を移すと乾いた瞳で嵯峨を見つめた。

 

「子供がやったことに対してけじめをつけるためとでも言っておこう」

 

「けじめだと?」

 

「ああ、そうだ」

 

 樫木は淡々とした口調でそう話した。新一は樫木を睨みつけるようにして見た。

 

「てめえ、どんな理由であろうとミギーや深森、嵯峨だってみんな色々なことを考えて生きているんだ。それを一方的に殺していくなんて許されることじゃねえ」

 

 新一がそう言うと樫木は新一を見た。その瞳にはどこか得体の知れない威圧感があった。

 

「君の言うことも分からないではない。人間としては至極真っ当な考え方であるとも言えるだろう。恐らく君とわたしの考え方に差異が生じているのはその前提条件に食い違いがあるからだ」

 

「前提条件?」

 

「そうだ。君はキラーチルドレン達が自由意志を持っているような言い方をしたがわたしはそうは思っていない。なぜならわたしはキラーチルドレンの仕組みをよく知っているからだ」

 

 樫木がそう言うとミギーが興味深そうな顔つきで樫木を見た。

 

「それは具体的にはどういうことだ?」

 

 ミギーが樫木にそう尋ねた。樫木はミギーを見た。

 

「キラーチルドレンは人間の遺伝子をベースにして創り出された生命体だ。一種のプログラムの様に捉えることもできるだろう。感情の生成を抑制する様に設計され、乱数を用いて思考形態に個体差がつけられている」

 

「んな訳の分からないこと言われたって納得できるかよ」

 

 新一がそう言うと樫木は茫洋とした表情で新一を見た。

 

「わたしの言ったことの本当の意味を理解するには時間が掛かるのかも知れない。しかし、ひょっとすると君の方は既にわたしの言わんとしていることが分かったんじゃないか?」

 

 樫木はそう言うとミギーを見た。ミギーもじっと樫木を見ている。

 

「ああ、お前の言っていることも分からんでもない」

 

「おい、ミギー」

 

 新一が声を上げるとミギーは新一を見た。

 

「シンイチ、恐らく奴はわたしのことだけを言っているのではない」

 

「ん、何? 意味が分からん」

 

「奴はキラーチルドレンは人間の遺伝子をベースにして創り出されていると言った。これは裏を返せば奴は人間の遺伝子の仕組みを完全に把握しているということになる」

 

「それで、どうなるわけ?」

 

「シンイチ、つまりだな、奴は人間もまた一種のプログラムに過ぎないと考えているっていうことだよ」

 

「はあ、何でそうなるんだよ? 俺もミギーも自分の意思で何でも自由に考えているじゃねえかよ」

 

「シンイチ、自由に考えているなんていうのは錯覚に過ぎないということだ。奴の言い方を借りるならばあたかも自由に考えていると感じるように設計されているとでも言うことができるだろう」

 

「はあ?一体 どういう意味だよ、それ」

 

 新一がそう言うと樫木が口を開いた。

 

「生身の感覚として即座に理解することができないのも致し方ないかも知れない。そういう意味ではキラーチルドレンの方が自分を客観視できるという点においては人間よりも遥かに適性があると言えるだろう」

 

 ミギーは再び樫木に視線を戻した。樫木はミギーを見ると続けた。

 

「存在というのは不思議だ。わたし達はこの世界というフレームワークの中であてどもなく蠢いている虫けらに過ぎないだろう。この世界自体が何者かによって創り出された仮象の空間であるということを否定することさえ、わたし達には適わないことだ。わたし達が一体何者であるのかという単純な問いかけにさえ、永遠に答えを見つけることはできないのかも知れない」

 

 樫木が話し終わると一瞬の沈黙が訪れた。外では風が出てきたのだろうか。トタンの屋根が揺れる音が倉庫内に響いた。樫木はおもむろに天井を見上げ、そして新一に視線を戻した。

 

「少し話が逸れてしまったな。話を戻そう。泉新一、お前に一つ聞きたいことがある。お前はその右腕にいるキラーチルドレンと離れ離れになって生きる気はあるか?」

 

「どういう意味だ?」

 

 新一は樫木を睨みつけながら聞き返した。

 

「平たく言おう。その右手のキラーチルドレンは今から始末をする。だが、お前がその右手を放棄して生きるという道を選択するならばお前の命を奪うことまではしない」

 

 樫木にそう言われると新一はミギーを見た。ミギーも新一に瞳を向けた。

 

「シンイチ、どうするんだい?」

 

「んなの今さら離れられないに決まってるだろ」

 

「そうか。ならばこの状況を切り抜ける方法を考えなければならなくなるな」

 

 ミギーはそう言うと樫木に視線を移した。樫木は無言でミギーを見つめていた。二人はそのまま暫くの間無言で見つめ合っていた。やがて樫木が口を開いた。

 

「わたし達の存在には初めから意味なんていうものはない。何か守るべきものがあるからこそ、もがき苦しみ、それでも生きようとする。泉新一、お前の下した判断も自然な考え方であり、尊重されるべきものだ」

 

 そう言うと樫木はゆっくりと後ろを振り返り、エイジと目配せをした。そして樫木はそのまま数歩下がっていき、代わりにエイジが前に出てきた。

 

「泉、来るぞ」

 

 深森が頭部を変形させながらそう警告を発した。エイジは数歩進んだところで立ち止まると感覚を確かめるように両腕を2、3回しならせた。それに促されるようにエイジの対面にいた千佳も身構えた。エイジはそんな千佳を無表情に見た。

 

「千佳、いいよ。僕が一人でやるから」

 

「あっそう」

 

 千佳はそう言うと身体の緊張を緩めた。エイジは千佳の様子を確認すると新一に視線を戻した。

 

「泉新一、君と戦うのは二度目になるね。ちゃんと対策は立ててきたかい?」

 

 エイジはそう言うと次の瞬間、その両手で新一、深森、嵯峨の3人に襲い掛かった。幾多の刃が折り重なる様にして間断なく次々と迫ってくる。3人は必死に応戦しているものの、劣勢は明らかであっという間に押し込まれていった。

 

「くっ、相変わらず凄まじい攻撃だ」

 

 ミギーは応戦しながらそう言った。エイジは涼しい表情で3人の動きを見つめている。

 

「ふーん、中々いい動きをするね。この前の奴とはぜんぜん違うなあ。じゃあ、これならどうだい」

 

 エイジはそう言うと更に刃の本数を増やし深森に襲い掛かった。そして次の瞬間、重金属が肉に食い込んだ様な鈍い音が響き渡った。

 

「嵯峨……」

 

 深森は少し驚きの声を上げ、眼の前の光景を見つめていた。エイジが深森めがけて伸ばしてきた触手を嵯峨が受け止めている。そして、受け止めきれなかった刃が嵯峨の身体に深く食い込んでいた。嵯峨の衣服はみるみる赤く染まって行き、嵯峨はその場に倒れこんだ。

 深森は膝をつくと無言で嵯峨の身体を支えた。

 

「おい、大丈夫か」

 

そう言うと新一は嵯峨の元に近寄って行った。嵯峨は頭部から伸びている瞳で自らの身体を見た。

 

「出血がひどいな。もはや助かるまい」

 

 そして嵯峨は新一に瞳の視線を移した。

 

「演技ではやったこともあったが……人間というのはこうして他人を庇うのだろう?」

 

「おい、嵯峨」

 

 新一はそう叫んだが嵯峨からの返答は返ってこなかった。そして次の瞬間、嵯峨の瞳は萎れた草木の様に力なく地面に横たわった。

 エイジは3人の様子をじっと眺めているとやがて口を開いた。

 

「お別れは済んだかい? そろそろ続きを始めようか」

 

「てめえ」

 

 新一はエイジを睨みつけると立ち上がった。エイジは怒りの表情を浮かべている新一を見た。

 

「人間っていうのは怒ると普段以上の力を発揮するって聞いたことがあるけれどそれって本当かい? 泉、君の力を見せてくれよ」

 

「ふざけんなよ」

 

 新一は激昂した声でそう言った。ミギーは新一を見た。

 

「シンイチ、落ち着け。奴はお前を挑発しているだけだ」

 

「ああ、分かってるさ。でも、あいつは許せねえ」

 

 新一はそう言うと左の拳を強く握り締めた。それを見るとエイジは一歩前へ出た。

 

「さあ、行くよ」

 

 エイジがそう言った瞬間だった。エイジの視線は突然新一達から離れ、倉庫の入口の方を見つめていた。新一と深森は少しの間エイジの様子を注視していたがやがてつられるようにして背後を振り返った。

 

「てめえは……」

 

 新一はそう声を発した。新一の視線の先にいたのは喜多だった。

 

「ふーん、来たのか」

 

 エイジは両手をだらりと下げたままそう言った。喜多は自分を見つめる千佳と諒の視線を横に見ながら倉庫の中へと歩を進めた。

 

「よく言いやがる。俺が近づいてきていることはよく分かっていたくせしやがって」

 

「うん、気づいてたさ。でもわざわざここまで来るとは思わなかったよ。泉のことが気になったのかい?」

 

「泉は関係ねえ。お前と決着をつけにきた」

 

「決着? 決着って何だ? 今更何の決着をつけるんだい?」

 

 喜多は相手を刺すような鋭い目つきでエイジを見た。

 

「お前を殺す」

 

 喜多は迸る感情を抑えつけた様な声でそう言った。しかし、エイジの表情には少しの変化も現れなかった。

 

「死ぬのはお前さ。お前だってよく分かっているだろう? お前は失敗作なんだ。ファーザーはお前が欠陥品であるということを悟ったから僕を作ったんだ」

 

「違う……俺は欠陥品なんかじゃない」

 

「欠陥品さ。それ以上でも以下でもない」

 

「違う。俺は違う」

 

 倉庫の中に喜多の怒鳴り声が響き渡った。そして次の瞬間、喜多とエイジの攻防が始まっていた。凄まじい勢いで刃と刃が交わされ、甲高い金属音と風圧が二人の周囲を取り巻いていた。

 深森と新一は嵯峨の身体を引っ張り、エイジと喜多の戦いを避けるようにして脇へ退避した。

 

「すごい。これ程の戦いになるのか」

 

 ミギーは目の前で繰り広げられている光景を眺めながらそう驚きの声を上げた。新一は険しい表情を浮かべていた。

 

「動きがほとんど見えねえぞ。ミギー、どうする?」

 

「どうしようもないな。レベルが違い過ぎる」

 

「んなっ、指をくわえて見ているしかないってことかよ」

 

「ああ、そうだな」

 

 ミギーは新一に視線を向けることなくそう答えた。新一はエイジと喜多から目を離すと奥の方に立っている樫木の姿を入口付近の千佳と諒の姿を見た。三人とも泰然自若として眼前の戦いを見つめている。

 

「随分落ち着いて見てやがるな。元々仲間だった奴同士が戦っているんだろう?」

 

 新一がつぶやくようにそう言うとミギーが答えを返した。

 

「喜多は奴らを裏切ったからな。それに奴らはこの戦いの結末がどうなるのかを分かっているのかも知れない」

 

「おい、それってつまり……」

 

 新一がそう言った時だった。喜多が弾き飛ばされるようにしてエイジと距離を取り、戦いが中断した。喜多は片膝をつき、シャツは汗でびっしょりになり、肩で大きく息をしている。そして左足のふくらはぎの部分のズボンは切り裂かれ、そこから血がにじみ出ていた。

 

「おい、喜多」

 

 新一は立ち上がると喜多に近づこうとした。喜多は新一を睨みつけた。

 

「こっちに来るな。手を出したらお前を殺す」

 

 そう言うと喜多は今度はエイジを睨みつけた、エイジは見下すようにして喜多を見ている。

 

「航平、お前はファーザーの言うことにだけ忠実に従っていればよかったんだ。ファーザーを裏切ったお前にはもう存在している価値すらない」

 

「俺は俺だ。ファーザーに従うも従わないも俺の自由だ」

 

「ふーん、やっぱりお前は欠陥品だな」

 

 そう言うとエイジは右腕を喜多に向けた。

 

「これで終わりだよ」

 

 そう言うとエイジの右腕は幾本もの槍となり、重い空気を切り裂いて喜多に向かっていった。そして瞬間、固い金属同士が激しくぶつかり合ったような衝撃音が空間を振動させた。

 エイジは表情のない瞳で自分の触手を見つめていた。鋭い先端を有した触手は喜多の身体を貫く前にシールド上の壁によって遮られていた。

 

「ちょっ、祥子」

 

 入口の方から千佳の驚いた声が聞こえてきた。そこには丁度諒と千佳の間に立つようにして祥子の姿があった。そしてその右手から伸びた触手は喜多の身体を包み込むようにして防護壁を形作っていた。

 

「祥子、あんた、何でここにいるの」

 

「ごめん」

 

 祥子は千佳の顔を見ると申し訳なさそうな表情でそう謝った。エイジは右手から伸ばした触手を引っ込めるとまじまじと祥子を見た。

 

「あれ、祥子、お前何でここにいるんだ? お前、それって航平を助けているのか?」

 

「ごめん」

 

 祥子はか細い声でそうエイジに謝った。と、その時、喜多が右足を庇うようにして立ち上がった。

 

「祥子、余計な真似はするな。右腕を引っ込めろ」

 

「でも」

 

「早くしろ」

 

 祥子は喜多にそう言われると伸ばしていた右手を元に戻した。喜多はそれを確認するとエイジの方に向き直ろうとした。しかし、右足に力が入らなかったのだろう。バランスを崩すとその場に倒れこんだ。

 

「航平」

 

 そう叫ぶと祥子は航平に駆け寄った。祥子は航平に寄り添うと心配そうな面持ちで傷口を見つめていた。

 

「大丈夫だ、祥子、俺から離れろ」

 

 喜多はそう言うと祥子の手を振り払った。エイジはもがいている喜多の姿を無表情にじっと見ている。そして、エイジの背後から樫木が歩み寄って来た。

 樫木はエイジと視線を交わすとそのまま通り過ぎ、祥子の前まで歩を進めた。

 

「祥子、来たのか」

 

 樫木にそう言われると祥子は顔を伏せた。

 

「ごめんなさい。ファーザー」

 

「謝ることはない、祥子」

 

 樫木は温もりの感じられる声でそう言うと祥子と目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。

 

「祥子、こっちを向いてくれ」

 

 樫木にそう言われると祥子は顔を上げた。樫木は祥子の表情を確認すると続けた。

 

「航平を助けたいのか?」

 

「うん」

 

「そうか」

 

 樫木は落ち着いた声でそう言った。そして暫く祥子と見つめ合うと続けた。

 

「それならば、今日はこれで引き揚げよう」

 

 そう言うと樫木は立ち上がり、入口に向かって歩き始めた。エイジも無言でそれに続いた。喜多はどこか虚ろな表情で地面を見つめている。樫木は新一達に視線を送ることはなかった。新一と深森は眼前を通り過ぎていく樫木たちをただ見ていた。

 樫木、エイジ、諒の三人が出ていくと入口の方にいた千佳が祥子を見た。

 

「祥子、行くよ。早くしな」

 

「うん」

 

 祥子はそう返答を返したものの喜多の元を離れようとはしなかった。

 

「行け、祥子」

 

 喜多は祥子を見ずにそう言った。祥子はそれでもなお暫くの間無言で喜多を見つめていたが、やがて立ち上がった。

 

「航平」

 

 祥子はそう言ったが喜多は何も答えずにただ地面に視線を落としていた。祥子は喜多の様子を眺めていたが間もなく諦めたように踵を返すと千佳の方へと歩み寄り、倉庫から出て行った。

 祥子が出ていくと新一は安心した様にため息をついた。

 

「かー、一体何だってんだ。罠にはめたかと思えば、あっさりと引き上げて行きやがって」

 

 そう言うと新一は嵯峨の身体に視線を落とした。胸から腹部にかけて大きな裂傷ができており、流れ出した血が衣服と周囲の地面を赤黒く染めている。新一は嵯峨の身体を支えている深森の顔を見た。深森は新一に視線を向けると、無言で首を振った。

 

「嵯峨……」

 

 新一は悲しげな表情を浮かべるとそう呟いた。一方ミギーは嵯峨ではなく別の方向をじっと見つめていた。その視線の先には身動きをせずじっと地面を見つめている喜多の姿があった。

 

「シンイチ」

 

 ミギーは促すように新一にそう呼びかけた。「あ、ああ」新一はそう返事を返すとゆっくりと立ち上がり、喜多に歩み寄って行った。

 喜多は怪我を負っている右足を特に庇う様子もなく、ただ呆然として地面に座り込んでいた。新一は喜多を見下ろすと口を開いた。

 

「喜多、足は大丈夫なのか?」

 

「ああ、平気だ。すぐに動ける状態まで回復する」

 

 喜多は新一に視線を向けることなくそう答えた。新一は何か考えをまとめる様に喜多をじっと見つめていたが、やがて続けた。

 

「喜多、今までお前はどこにいたんだ」

 

「お前には関係ない」

 

 喜多の返答を聞くと新一の表情が少し変化した。その視線は先刻よりも鋭いものになっていた。

 

「宇田さんを殺した奴は誰だ?」

 

 新一の問いかけに対して喜多は何も答えなかった。

 

「宇田さんを殺したのはお前なのか? 喜多」

 

 新一にそう問いかけられると喜多は視線を上げて新一を見た。その口元には笑みが浮かんでいた。

 

「もし、『そうだ』と言ったら?」

 

「くっ、質問に答えろ。お前が殺ったのか、喜多」

 

 新一は語気を荒げてそう問い詰めた。喜多は新一の勢いに動じる様子もなく座った眼で新一を見ていた。

 

「ああ、そうだ。俺が宇田を殺した」

 

「てめえ」

 

 そう言うと新一は左手の拳を振り上げ、力任せに喜多の顔面に振り落とした。喜多の身体は弾き飛ばされ、3mほど地面を転げた。

 

「泉、やめろ」

 

 新一の背後から深森の声が聞こえてきた。

 

「今お前達が争った所で生まれるものは何もない」

 

「くそっ」

 

 新一はそう叫ぶとやり場のない怒りを持て余す様に強く握られた拳を震わせ、視線を落とした。喜多は殴られた右頬をさすりながら上体を起こすと片腕を地面につきながら立ち上がった。

 

「ふん、効かないな。お前の怒りはそんなものなのか?」

 

「なんだと」

 

 新一は怒りの収まらない表情で喜多を睨みつけた。喜多は嘲笑するような笑みを浮かべて新一を一瞥すると身体を反転させ、新一に背を向けた。

 

「俺の怒りはお前みたいに甘ったるい中途半端なものじゃない」

 

「どこへ行く」

 

 深森は入口に向かって歩き出した喜多に対して鋭い声で問いかけた。喜多は深森の問いかけに答えることなく無言で歩を進めて行ったが、入口付近まで到達すると開け放たれている扉に手をついてゆっくりと振り返った。

 

「泉、お前は一体何のためにこの世界に生まれてきた?」

 

「何言ってやがる」

 

 新一は怒りを飲み込むような表情で答えた。喜多は微かに憂愁を帯びた表情で口元に笑みを浮かべた。

 

「俺は実体のない空っぽな存在だ。俺はどこにも存在していない」

 

 そう言うと喜多は外に姿を消して行った。先刻までの喧騒が嘘だったように静まり返っている空間の中で新一はじっと立ち尽くしていた。

 

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