寄生獣 ~第2部~   作:aimo0314

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第12話 捕縛

 

 鬱蒼と茂る林の中に身を隠し、一人の男が双眼鏡を覗き込んでいた。村山だった。先刻まで神宮寺と一緒にいた地点よりもだいぶ斜面を下っており、倉庫前に停車してある車のナンバーが確認できる位置まで回り込んでいた。

 

「携帯の電波が入らないのが痛いな」

 

 村山はそう独り言を言うと双眼鏡から目を離し、無線を手に取った。

 

「神宮寺警部、聞こえますか?」

 

「ああ、聞こえている」

 

「車のナンバーが確認できました。ただ、ここじゃ所有者名義の確認ができないので携帯の電波が入りそうな所まで移動します」

 

「今、倉庫の中でどんなことが起きているかは分かっているだろうな?」

 

「ええ、もちろん」

 

 村山は不敵な笑みを浮かべると数百メートル前方に見える倉庫に視線を送った。

 

「分かった。くれぐれも慎重に動け」

 

「承知しました」

 

 

********************

 

 

 冷房のよく効いた一室で厳めしい一人の男が椅子に腰かけ、パソコンの画面を見つめていた。平間だった。平間の視線はモニターの画面に向かっていたものの、その表情は目に映っているものとは別の何かを考えている様に見えるものだった。

 部屋の中はエアコンの送風音が微かに聞こえてくるだけで静まり返っていた。しかし、その静寂を打ち破るかのように平間の携帯電話が鳴った。平間は待ち構えていたかのように素早く携帯電話を手に取ると電話に出た。

 

「平間だ」

 

「村山です」

 

「どうだ、動きはあったか?」

 

 平間は息巻く様にして村山にそう問いかけた。

 

「ええ、まあ」

 

「どうなった?」

 

「かなり予想外の展開になりましたね。今すべてをお話しする時間はないのですが、取り敢えず泉達は何者かによってはめられた様です」

 

「どういうことだ?」

 

「パラサイト同士の密会は嘘だったということです。どうも泉達と対立する奴らが泉達をおびき寄せるために話を持ちかけたようですね」

 

「一体何者だ、そいつらは」

 

「ボスらしき男は樫木洋介と名乗っていました。ご存知ですか?」

 

「樫木洋介……知らないな」

 

「広川剛志を生み出した人物らしいですよ。クローン細胞を使って」

 

「クローン細胞?」

 

「ははっ、もちろん、どの程度話を真に受けるかは別の話ですけどね。それはそうとして……」

 

 そう言うと村山は会話を区切った。何かを取り出しているようだった。

 

「奴らの車のナンバープレートを抑えました。警視に直接お伝えしても?」

 

「構わん、教えてくれ」

 

 平間の返答を聞くと村山は手帳に書き留めてあった文字列を読み上げた。そして読み上げが終わると続けた。

 

「それと泉新一なんですが、どうしますか?」

 

「お前はどうすればいいと思っている?」

 

 平間は村山に聞き返した。村山は少し考えると答えた。

 

「身柄を拘束するにせよ、今ここでというのは難しいかも知れませんね。腕力勝負になったら私と神宮寺警部だけでは太刀打ちできませんし」

 

「では、一旦は泳がすのだな?」

 

「ええ。3人のうち、一人殺られたようですので残っているのは泉ともう一人、女のパラサイトということになると思います。お願いしてもいいですか?」

 

「分かった。こちらで身柄拘束の準備は進めておく」

 

「ありがとうございます」

 

「村山、ご苦労だった。また後で会おう」

 

「はい、承知しました」

 

 そう言うと村山は携帯を耳から離し、通話を終えた。そしてすぐさま発信履歴の画面を開くと2、3回キーを押し、発信ボタンを押した。

 間もなく電話口から女の声が聞こえてきた。

 

「もしもし」

 

「もしもし、えーっと、田神君か?」

 

「はい」

 

「村山だ」

 

「分かっています」

 

「ははっ、そうか」

 

「無事だったんですね」

 

「ああ、神宮寺警部も大丈夫だ。それで取りあえずの連絡になるんだが、これから泉の身柄を拘束することになった。詳しい指示は追って連絡があると思うからそれに従ってくれ。応援には木村君の他には?」

 

「川江さんが来てくれています」

 

「そうか、じゃあ悪いが川江と木村君にもそう伝えておいてくれ」

 

「分かりました」

 

「今日こっちで起きた詳しいことはまた後で話すから。田神君にも色々と調査をしてもらうことにもなりそうだな。じゃあ、よろしく頼む」

 

「はい。分かりました」

 

 村山は田神の返答を聞くと電話を切った。村山の眼前にはのどかな田園風景が広がっていた。村山は目の前の風景に束の間の安らぎを感じていたようだったが、間もなく来た道へと引き返して行った。

 

 

********************

 

 

 一台の乗用車がまぶしく照り付けられているアスファルトの上を淀みないスピードで走っていた。運転席には新一が座っており、助手席には深森の姿があった。深森にはあまり表情はなかったが新一は明らかに疲れた表情をしていた。

 

「シンイチ、随分ひどい顔をしているな。大丈夫か」

 

 ミギーは新一の顔を見ると言葉とは裏腹に淡々とした声でそう問いかけた。

 

「大丈夫も何ももう泣きそうだぜ。仲間が増えると思ったら敵がぞろぞろ出てきて、おまけに嵯峨の命が奪われちまった」

 

 新一はそう言うと表情を曇らせた。ミギーは新一をじっと見ている。

 

「シンイチ、悲しんでいるのか?」

 

「ったりめーだろ。付き合いは短かったとはいえ仲間だった訳だしな」

 

 深森はミギーと新一の会話はあまり聞いていない様だった。何か考え事をしているかの様に窓の外を見つめていた。

 信号待ちで車が止まると新一は深森をチラリと見やった。

 

「おい、深森、大丈夫か?」

 

「ああ、問題ない」

 

 深森は表情を変えずに返答した。

 

「かー、深森、お前もやっぱりミギーの仲間なんだなあ。役者なんだし悲しんだりしないのかよ」

 

「悲しみ……か」

 

 そう言うと深森は茫洋とした瞳で窓を見た。窓の外では親子連れが歩道を歩いている。

 

「泉、わたしは人間ではない。従ってお前の言う悲しみというものがどんなものであるのかは一生かかっても分からないだろう」

 

「あ? ああ、まあそうかもしれないけどよ」

 

 新一がそう言うと深森は小さく笑みを浮かべた。

 

「だが全く何も感じていないと言えば嘘になるだろう」

 

「ん?」

 

 新一が声を発した時、信号が青に変わり新一はアクセルを踏んだ。深森は前方に視線を向けている。

 

「人間の様に感傷的になることはない。涙を流すこともない。しかしお前の言う『悲しみ』という感情に近いものを私は自分の中に感じ取っている」

 

「ふーん、そうか」

 

 新一はそう相槌を打った。ミギーは興味深そうな瞳で深森を見ている。

 

「尤もそれは明確な輪郭を持ってわたしの中に湧き上がってくるものではない。薄靄で隠れた何か得体の知れないものを見ている様なそんな不思議な感覚だ。泉、分かるか?」

 

「ん、んー、さあな。そう言われてもちょっとよく分かんねえな」

 

「そうか。人間でも分からない気持ちがあるのだな」

 

「へえ、深森、お前ってやっぱりミギーとは違うな。こいつなんか本当に血も涙もない奴だからなあ」

 

 新一にそう言われるとミギーは無言で新一を見た。深森は笑みを浮かべて小さく笑った。

 

「わたしも本質的な部分は何ら変わりない。ただ、訓練されたことによってそういった感覚に芽生えたということだ。そしてそれが田村玲子が望んでいたことでもあった」

 

「田村か」

 

 そう言うと新一は少し感慨深げな表情を見せた。

 

「深森、お前ってどことなく田村に似ているな」

 

「そうか? どの辺りがだ?」

 

 深森は淡々とした声でそう問い返した。新一は眉をひそめると少し考え込んでいる様だった。

 

「うーん、理路整然としていて論理的で鉄の様に冷静なんだけどどこか人間味もある所って感じか」

 

「そうか。お前がそう感じるのなら多分お前の言う通りなのだろう」

 

 深森は何かを見定めているかの様に鋭い視線を見せながらそう答えた。新一は小さくため息をついた。

 

「はあ、せめて田村の野郎が生きてりゃ後藤みたいに肉体改造してもらって奴らにも対抗できるのかもしれないけどなあ。また作戦を考え直さなきゃだめだな」

 

「そうだな」

 

 深森は静かにそう答えた。

 

 

********************

 

 

 鬱蒼と生い茂る藪をかき分けながら村山は山道を進んでいた。時折無線を耳に当てて何かを確認している様だったが、その表情は曇っていた。

 

「おかしいな」

 

 村山は小さく呟くと無線を耳から離した。村山はいったん足を止めると周囲の様子を観察した。耳をつんざくような蝉の鳴き声が滔々と響いている他には特に変わった様子は見受けられなかった。村山は再び無線に視線を落とした。いくら試しても繋がらない通信――。それは神宮寺の身に何かが起きたことを示唆していた。

 

 込み上げてくる不安を必死に抑えながら村山は再び歩き出した。先刻までとは打って変わり整然として横たわっている空間自体が敵意を持って迫ってきている様に村山には感じられていた。そして自らの動きを制止しようとする奔流に逆らうようにして村山は獣道を進んでいった。

 

 一心不乱に藪をかき分け、更に100メートル程進んだ所だった。ようやく開けた場所に出た村山だったが、その表情は直ぐに暗転した。

 

「うっ」

 

 そう小さく声を出すと村山は力のない足取りで数歩前に進んだ。先刻まで潜んでいた場所に神宮寺の姿はなかった。そしてその代わりに地面は赤黒く湿っており、刻まれた肉片が散乱していた。

 

 村山は苦虫を噛み潰した様な顔で更に数歩、歩を進めた。そして片膝をつくと地面に転がっていた小さい肉片を持ち上げた。それは人間の指だった。

 

「くそっ」

 

 まだ温かさの残っている指を右手で握りしめ、怒りと悲しみとが複雑に混ざり合ったような表情で村山はそう小さく呟いた。村山は指から視線を離し、じっと地面を見つめていた。その瞳は空腹の狼が見せるそれの様に、虚ろでそして鋭く輝いていた。しかし、果たすべき使命が何であるのかが心の中に蘇ってきたのだろう。村山は立ち上がると散乱している荷物を素早く取りまとめた。そしてそれを小脇に抱えると深緑色の迷彩の中へとその姿を消して行った。

 

 

********************

 

 

 人通りの多い商業区画の路肩に一台の乗用車が停車した。そして、車の中から一人の女が降りてきた。深森だった。車が離れていくと深森は周囲を見回し、やがて歩き始めた。

 

「よし、いくぞ」

 

 そう言うと二人の男が車から降りた。二人ともジーンズ姿のラフな格好であった。二人は行き交う人間に紛れ込みながら深森の後を追い始めた。

 深森は自分が尾行されていることには気づいていない様だった。特に歩様を早めることもなく、道を進んでいた。そして5分ほど進んだ所でビジネスホテルの入口の中へと入っていった。

 

「深森はホテルに入りました。駅の東口から3区画の所にあるセントラルパレスホテルです」

 

 深森の後をつけていた男の一人が無線を口に近づけてそう言った。

 

「了解。数分で10名程の応援がそちらに到着する。宿泊部屋の特定はこちらから照会を行うからそこで待機をするように」

 

「了解」

 

 男はそう返答すると無線を口から離し、周囲を見回した。見覚えのある車が1台、そしてまた1台とホテルの近くに集まって来た。男は車から降りてきた男達と簡単に状況の確認を行うと高くそびえ立つホテルを見上げた。夏の日差しをいっぱいに浴びている白壁はどこか無機的な艶を帯びてそびえ立っていた。

 

 

********************

 

 

「ふー、やっと戻ってきた」

 

 車を車庫に入れながら疲れた声で男がつぶやいた。新一だった。

 

「一体この先どうなることやら」

 

「里美に怒られることを心配しているのか? シンイチ」

 

「お前は黙ってろっつーの」

 

 そう言うと新一はブレーキを踏み、サイドブレーキをかけて車のエンジンを止めた。

 

「俺も普通の人間だったらとてもこんな平常心じゃいられないんだろうけどなあ。幸か不幸かお前に会ってから変わっちまったからなあ」

 

 独り言の様に呟きながら新一は車のドアを開けた。ミギーは小さな瞳だけ右手の甲に覗かせていた。車から降りると新一は玄関の扉を開けた。

 

「ただいまー」

 

 新一はリビングに聞こえる声でそう言ったが返答は帰ってこなかった。

 

「あれ、いないのか?」

 

 そう言いながら靴を脱いだ時だった。リビングから何人かの人間が出てくる足音が聞こえてきた。新一は不意を突かれたようにその場に立ちすくみ、出てきた人間たちと顔を合わせた。新一の表情は困惑したものへと変わっていた。

 

「平間さん……なんでここに」

 

「突然おじゃましてすまないな、泉君。君の奥さんと娘さんには失礼して頂いた」

 

「里美と陽菜はどこに?」

 

「心配はいらない。今は市内のホテルの一室に移ってもらっている」

 

「……なぜ?」

 

「なぜ……理由は分かるな? 泉君」

 

 そう言うと平間は半歩前に進み出た。それに合わせるようにして新一は後ずさりした。

 

「君に協力をして欲しいんだ。パラサイト事件の謎を解明するために」

 

「俺は何も知りません」

 

 新一はきっぱりとそう答えたがその声には不安が入り混じっている様に聞こえた。平間は決断を迫るように強い瞳で新一を見つめていた。

 

「君の右腕にパラサイトがいることをわたし達は知っている。名前はミギー」

 

 平間がミギーの名前を口に出した瞬間、新一の表情が凍りついた。平間は新一の右手に視線を移した。

 

「ミギー、聞こえているなら顔を出してくれ。泉新一同様、パラサイトだからといって君に危害を加えるような真似はしない」

 

 平間はそう言うとじっと新一の右手を見つめていた。平間の背後にいる数人の男たちの視線も同じく右手に注がれている。新一の視線も知らず知らずの内に自分の右手に移っていた。

 

「ミギー、君の命が敵によって狙われているのもわたし達は知っている。何か協力をすることもできると思う。だが、そのためには先ず君の協力が必要なんだ。姿を現してくれ」

 

 平間がそう言うと再び沈黙に包まれた。暫くの間何も変化はなかったが、やがて新一の右手の形が徐々に変わっていき、ミギーの瞳が姿を出した。

 

「ミギー」

 

 新一は小さな声でそうつぶやいた。ミギーは新一を見た。

 

「やあ、シンイチ。随分顔色が悪いじゃないか。どうかしたのかい?」

 

「お前って奴はなあ」

 

 新一は先刻までとは変わり少し元気な声でそう言い返した。新一の様子を確認するとミギーは平間に視線を移した。

 

「お前たちに協力をすることに関してはこちらもやぶさかではない。だが、条件もある」

 

「何だ?」

 

 平間は冷静な声でそう問いかけた。ミギーは平間の様子を確認すると続けた。

 

「先ず1つ目は安全な場所を確保だ。ヘリポートが常設してある高層ビルが理想的だろう。気休め程度にしかならないかも知れないが重火器も配備して欲しい」

 

「敵は一体何者なのだ?」

 

「こちらも詳しいことはよく分からない。敵に関してわたしが知っていることは恐らくお前たちとあまり変わらないだろう。お前たちは警察なのだ。敵の正体についてはそっちで調べて欲しい。それで、わたしの条件は飲めるのか?」

 

「分かった。手配をしよう」

 

 平間は短く返答した。ミギーは平間の返答を聞くと続けた。

 

「もう1つの条件はわたし達の処遇についてだ。わたしとシンイチの身体に対する何らかの検査、実験、調査等は一切を禁止する。もし違反した場合はその人間を即刻殺すし、最悪の場合はシンイチも殺す」

 

「げっ」

 

 新一は声を発した。ミギーは新一を無視して続けた。

 

「そして事件の真相が明らかになったら、こちらが要請した時点で速やかに身柄を解放して欲しい。その際には協力に対する相応の金銭的な補償も行って欲しい。長期休業となれば腕の立たない営業社員なんて会社にとっては不要になるだろうからな。なあ? シンイチ」

 

 そう言うとミギーは新一を見た。「てめー」……そう新一が言った時だった。平間の背後から声が聞こえてきた。

 

「何言ってるんだ。今までこれだけ重要な事実を秘匿を続けてきて今更そんなことが許されると思っているのか。お前のせいで一体何人の人間が犠牲になってきたと思っているんだ」

 

 声の主は平間の背後にいた若い男だった。平間はゆっくり振り返ると鋭い視線で男を見た。

 

「君は黙っていなさい」

 

「しかし」

 

「黙っていろと言っているんだ」

 

「はい、すみません」

 

 男は不服そうな表情はしていたがそう答えた。それを確認すると平間は再びミギーに視線を戻した。

 

「分かった。約束しよう。ただし、約束を履行するのはあくまでもパラサイト事件がすべて収束した段階でだ。」

 

「ああ、いいだろう。それと、今の内容はすべて書面で残してくれ」

 

 ミギーがそう言うと平間は拍子くらった様な表情を見せた。ミギーはそんな平間の様子を見ると続けた。

 

「人間というのは紙に書かれたものしか信じないのだろう?」

 

 ミギーがそう言うと平間は微かに笑みを浮かべた。人間以上に合理主義的なミギーの態度に一抹の錯誤感を感じた様だった。

 

「分かった。後ほど準備して提示しよう」

 

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