寄生獣 ~第2部~   作:aimo0314

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第13話 襲撃

 革張りのソファに腰を掛けて二人の男がテーブルに書類を広げて打ち合わせをしていた。片方の男は平間でもう一方の男は平間と同年配に見える男だった。

 二人は真剣な表情で熱心に話し込んでいたがドアをノックする音が響き、会話が途切れた。

 

「どうぞ」

 

 平間がそう言うとドアが開いた。部屋の中に入って来たのは村山だった。村山は平間ともう一人の男の姿を見ると口を開いた。

 

「すみません、お話し中でしたか」

 

「大丈夫だ」

 

 平間はすぐさま村山に答えると対面に座っている男に視線を戻した。

 

「稲城君、ではこの内容で調整を進めてくれ」

 

「はい、了解しました」

 

 稲城は静かに答えると書類をまとめ、立ち上がった。村山は稲城の通り道を作るように脇に身を寄せた。稲城は村山の近くまで歩を進めると村山を見た。

 

「村山、気を落とすなよ。まだまだ先は長いからな」

 

「ええ、分かってます。副署長」

 

 村山は愛想笑いを浮かべるとそう稲城に返した。稲城は村山の返答を聞くと部屋から出て行った。

 

「まあ、座れ。村山」

 

 平間は立ち尽くしている村山に対してそう言った。村山は促されるままにソファに腰を下ろした。

 

「ご苦労だった。村山」

 

 平間の労いの言葉に対して村山は何も答えなかった。その瞳はどこか虚ろで焦点が定まっていなかった。

 

「村山、お前は最善を尽くしたんだ。神宮寺警部の件は残念だったが止むを得ない犠牲だったと思え」

 

「ええ、分かってます」

 

 村山は抑揚のない声で返答した。そして視線を落としたまま続けた。

 

「平間さん、神宮寺警部には家族はいたんですか?」

 

「ああ、奥さんと男のお子さんが二人いらっしゃったようだ」

 

「そうですか」

 

 村山はそう言うと口元にうっすらと笑みを浮かべた。

 

「少し仮眠を取っていいですか? 1日以上寝ていないもんで」

 

「ああ、もちろん」

 

 平間がそう返答すると村山はゆっくりと立ち上がった。平間は村山を見上げた

 

「既に聞いたかも知れないが泉新一と深森の身柄は確保できた。ただ、樫木達の行方については分からなくなった。奴らが乗っていたのは盗難車で乗り捨てられていたからな。今後は樫木達の捜索に全力を挙げていくことになるがいけるか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 村山はうっすらと笑みを浮かべるとそう答えた。

 

「分かった。では休んだ後にまた頼む」

 

「はい。では失礼します」

 

 村山はそう言うと部屋から出て行った。

 

 

********************

 

 

「ではこちらへどうぞ」

 

 制服を身に着けた男にそう言われると新一は一室に通された。その部屋は面会室だった。そして部屋に設けてある小窓の向こうには里美と陽菜の姿があった。

 

「あ、パパ―」

 

 新一の姿を見た途端、陽菜は声を上げた。

 

「よう、陽菜、大丈夫だったか?」

 

 新一はそう言うと小窓の前の椅子に腰を下ろした。里美は不安そうな表情で新一を見ていた。平間からは里美にはミギーのことやパラサイト事件のことは何も伝えていないと新一は聞いていた。

 

「一体何がどうなっているの? 警察の聞いても詳しいことは何も教えてくれないし」

 

「ははっ、取り敢えず心配はしなくて大丈夫だよ。たまたま大きな事件の関係者になっちゃってさ。暫く警察署の中で捜査に協力することになったんだ」

 

「何の事件?」

 

「ごめん、今はまだ言えないんだ」

 

 新一がそう答えると里美は視線を落とした。

 

「ママ、大丈夫?」

 

陽菜は心配そうな表情を浮かべてそう言った。「うん、大丈夫」……里美はそう言うと視線を上げた。

 

「何か悪いことをして捕まった訳じゃないんだね」

 

「ははっ、当たり前だろう」

 

「仕事はどうなるの?」

 

「取りあえず休むことになるかな。でも、休んでいる間の保障はしてもらえるって約束をしているから」

 

「そう」

 

 里美がそう答えると陽菜が身を乗り出してきた。

 

「ねえねえ、パパ、ハルナもそっち側に行きたい」

 

「ハルナ、だめ」

 

 里美はそう言うと陽菜を抱えて膝の上に座らせた。

 

「陽菜、パパと暫く会えなくなるかも知れないけどママの言うこと聞いていい子にしているんだぞ」

 

「えー、パパと会えなくなるのやだ。海にも行く約束はー?」

 

「もちろん、忘れてないぞ。パパが戻ったら直ぐに連れてってやるからな」

 

「本当? やったー」

 

 陽菜の喜んでいる様子を見ると新一は里美を見た。

 

「もしかしたらこの前みたいに警察から安全な場所に移るよう指示があるかも知れないからその時はその通りにして」

 

「うん、分かった」

 

 里美はそう答えたものの依然として表情は暗かった。

 

「本当に大丈夫だよね」

 

「ああ、もちろん」

 

 新一は無理に笑みを作ってそう答えた。里美もうっすらと笑みを浮かべると「分かった」と小さく返事をした。

 

 

********************

 

 

「どうもわざわざお越し頂きまして申し訳ございません」

 

 一人の男がそう声を発した。平間だった。十人くらいが漸く入れる位の小さい会議室に平間を含め数人の男がいた。

 

「いえ、退任してからは時間を持て余してばかりでしたのでどうってことありませんよ」

 

 平間に声を掛けられた男はそう応じた。白髪が目立ち、顔には皺が大分増えてきている。その男は由井だった。声は気丈であったが、以前と同じようにどこか神経質な印象も与えるものだった。

 

「で、今回身柄を確保したというパラサイトはどこに?」

 

 由井は興奮気味にそう問いかけた。平間の隣に座っていた稲城はそんな由井を制する様に口を開いた。

 

「まあ、少しお待ちください。今回身柄を確保したパラサイトとはいくつかの条件を取り決めておりまして先生がお望みの様な検査や実験はすることはできません」

 

「ええっ、そうなんですか」

 

「はい。申し訳ございません」

 

 稲城にそう言われると由井は明らかに意気消沈した様だった。身を乗り出していた身体は力なくパイプ椅子の背もたれかかっている。

 

「先生、実は本日は先生にお聞きしたいことがありましてご足労願ったのです」

 

「はい、どうぞ」

 

 由井はあまり興味なさそうにそう返答をした。稲城はそんな由井の様子も意に介することなく続けた。

 

「お手元の資料をご覧ください。今回の一連の事件に関しまして当方でまとめた資料になります」

 

「はい」

 

 由井はそう生返事をすると目の前に置かれていた書類を手に取りペラペラとページをめくった。

 

「資料の9ページ目をご覧ください。こちらが昨日明らかになったパラサイト狩りを行っているグループについてまとめた情報です。首謀者は樫木洋介、遺伝子工学にかなり造詣の深い人物のようです」

 

 稲城の説明に対して特に反応を示すこともなく由井はパラパラと資料をめくっていた。

 

「樫木洋介によれば10年前の東福山市長であった広川剛志は彼自身のクローンであったということです」

 

 稲城のその説明を聞いた時、由井の眼の色が変わった。

 

「そんなのは無理だ。クローン人間の作成なんて倫理的に許されていない。いや、それ以上に技術的な問題がある。ましてや10年前の時点で既に成人だった人間をクローンで作ったなんていうのはあり得ない」

 

 由井の反応を見ると稲城は微かに笑みを浮かべた。

 

「そうです。だから本日は先生にお越し願ったのです。そんな不可能に思えるようなことをできそうな人物にお心当たりはありませんか?」

 

「そんな人間など知らない。不可能だ」

 

 由井はきっぱりと否定した。

 

「先生、もう一度思い出してください。樫木洋介、50年以上前の日本にそのような人物はいませんでしたか?」

 

「ははっ、50年以上前だなんて、私だってまだ高校生になったかならないか位の時の話ですよ」

 

 由井はそう言って笑い飛ばしたが次の瞬間その顔色が変わった。

 

「先生、どうかされましたか?」

 

「樫木洋介……まさか」

 

「先生? お心当たりが?」

 

「いや、あり得ない」

 

「先生」

 

 稲城は促すように由井に呼びかけた。その声を聞くと我に返った様に由井は稲城を見た。

 

「いえ、ちょっとした思い出話ですよ。丁度私が大学に入った時に指導教官が時々口にしていた人物がいたのです。柏木庸介という名前だったと記憶しているのですが、その名前と似ていたものでちょっと驚いただけですよ」

 

「柏木庸介とは一体どの様な人物だったのですか?」

 

 稲城にそう言われると由井は少し不愉快そうな表情を見せた。

 

「半世紀も前に私の指導教官と同じ位の年恰好だった人間なのです。今生きているはずはないでしょう」

 

「先生、どうかお気を悪くなさらないで下さい。職業柄、こちらもあらゆる可能性を追及していく必要がありまして」

 

 稲城がそう弁明すると由井はしばらく黙っていたがやがて口を開いた。

 

「わたしも直接柏木庸介という男に会ったことはありません。すべて指導教官から聞いた話です」

 

「構いません。お聞かせください」

 

 由井は熱心に話に聞きっている警察の面々を一望するとやや満足そうな表情を浮かべて続けた。

 

「柏木庸介はわたし達の世界ではちょっとした有名人物でした。ノーベル賞に最も近い男……わたしの指導教官はよくそう評していました」

 

「ほう、それはどうしてですか?」

 

「柏木は人間のクローンについて研究をしていたからです。当時はまだ蛙でクローンの実験をしているような段階でしたから彼の取り組みは画期的でした。現在では主流となっている体細胞核移植の手法が考え出されたのも彼の発想がきっかけでした。胚細胞核移植が主流であった当時においてこれは画期的な出来事であって、再生医療への道しるべをつくったのも彼でした。再生医療とはご存知のように、体細胞クローン技術やその途中経過である移植者自身の体細胞より発生した幹細胞を利用することで臓器を複製し機能の損なわれた臓器と置き換えたり、あるいは幹細胞移植をするのでありまして……」

 

「分かりました。先生。で、柏木庸介という男は結局どうなったのですか?」

 

 稲城は由井の会話を遮って話を戻した。稲城に話の腰を折られて由井は残念そうな表情を見せていた。

 

「オホン、えー、それは誰も知りません。私の指導教官の大川先生も知らないとおっしゃっていました。柏木は当時アメリカの大学に籍を置いていたので向こうでもスキャンダルとして少し噂になったようです。そう、彼はまるで神隠しにでもあったかの様に忽然としてその姿を消したのです」

 

 由井は身振り手振りを交えて再び饒舌に語り始めた。稲城はそんな由井の調子を崩さないよう答えた。

 

「中々興味深い話ですね。当時の警察は何かつかめなかったのですか?」

 

「何も分からなかったようです。やがてほとぼりが冷めると誰も彼のことについては触れなくなりました」

 

「なぜですか?」

 

「柏木は一種の異端児だったからです。彼の頭脳は正にナンバーワンと呼ぶに相応しいものであったかも知れません。しかし、彼には周囲の人間と折り合いをつけてうまくやっていくという能力に欠けていたのでしょう。柏木は周りの人間から疎まれていたそうです」

 

「なるほど。では、柏木が失踪した理由については何かご存知ですか?」

 

「はい。一時はクローン人間をつくり出すために個人の富豪と契約を結んだという話しがまことしやかに語られていた様です。あとは、身内に不幸があってそれが原因で精神が錯乱し、大学を去ったという話しも聞いたことがありますがいずれにしても憶測の域を出ない話でしょう」

 

「そうですか。大変参考になりました」

 

 稲城はそう謝意を述べると平間と視線を交わし手元の書類をまとめた。由井はそんな稲城の様子を見ると思い出した様に話を続けた。

 

「ところで、先ほどの再生医療の話なのですが続きがありましてですね……」

 

「先生、本日はわざわざご足労頂きまして大変ありがとうございました。おかげさまで大変有意義なお話を聞くことができました」

 

 稲城はそう言うと平間と共に席を立った。由井は立ち去ろうとする二人を引き留めるように手を伸ばしたが二人はそんな由井の様子に目もくれることもなく部屋から出て行った。

 

 

********************

 

 

「あー、暇だなあ」

 

 一人の男がそうつぶやいた。新一だった。新一は東福山市警の一室にいた。そこは容疑者を収監するための部屋であり、金属でできている重厚な扉は外から施錠されていた。

 

「何だ、人間というは暇になってもストレスを感じるのか? 大変だな」

 

 ミギーは部屋に備え付けられている机でミギーに頼まれて新一が持ち込んだ本を広げて熱心に読んでいる。

 

「人間はお前と違って複雑な構造をしているんだよ」

 

 新一はそう言うとベットの上で寝返りをうった。

 

「しかしこれじゃあまるで犯罪者扱いだよなあ。なんでこんな部屋に閉じ込められなきゃいけないんだよ」

 

「わたしは至って快適だがな」

 

「お前はどんな状況でも平気なんだろうよ。こんな姿、絶対に里美たちには見せられないよなあ」

 

 新一は力のない声でそう言うと少し悲しそうな表情を見せた。ミギーは瞳の一つを伸ばすと新一の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫か? シンイチ」

 

 新一はミギーの瞳を見ると胡乱な目つきで睨んだ。

 

「お前に心配されても全然同情されている気がしねえ」

 

「そうか。元気そうで安心したぞ、シンイチ」

 

「かー、お前って奴は本当に」

 

 ミギーが瞳を元に戻すと新一はベッドに横たわったまま天井を見つめたままそう言った。

 

「ところで深森はどうなってるんだよ。会わせてくれと言っても会わせてもらえねーし」

 

「さあ、分からないな」

 

「テレパシーとか使って会話できたりしないかよ、ミギー」

 

「生憎、わたしにはその様な能力はない。だが信号を見ている限り極めて平静な精神状態にあるようだ」

 

「はあ、そうかい。まあ確かにあいつがうろたえている姿なんかお前同様想像できないけどな」

 

 新一はそう言うと言葉を切った。何かを考えている様に暫くぼんやりとした表情をしていた。

 

「ミギー、今度奴らが現れた時はどうするんだよ? ヘリに乗って地の果てまで逃げるっていうのか?」

 

「ああ、そうだな」

 

「はあ、本当に逃げきれんのかねえ」

 

「一応別の作戦も考えているぞ、シンイチ」

 

 ミギーがそう言うと新一は身体を乗り出した。

 

「え、本当かよ、ミギー」

 

「ああ、この作戦がうまくいけば奴らと戦うような羽目に陥ることはなくなる」

 

「一体どうするっていうんだ?」

 

「簡単な話だ。奴らの仲間になればいいのさ」

 

 ミギーがそう言うと新一は再びベッドに倒れこんだ。

 

「あのなあ、自分の命が助かれば仲間はどうなってもいいってのかよ。あいつらの仲間になるなんて悪魔に魂を売るようなもんだぜ」

 

「別にわたしの仲間を見捨てるとは言っていない。そもそも考えてみろ、シンイチ。奴らはなぜ私たちの命を狙ってきているんだ?」

 

 ミギーにそう言われると新一は考え込んだ。

 

「うーん、まあよく分かんねえけど要は広川の落とし前をつけるためだろ?」

 

「なぜそんなことをする必要がある?」

 

「そんなの知るかよ。樫木がそうしたいからそうしているんだろ?」

 

「なぜ樫木はそうしたいと思うんだ?」

 

「もー、んなこと俺に聞かれたって分かんねーっつーの」

 

 新一はそう言うとふてくされたように枕に顔をうずめた。ミギーはそんな新一の様子も特に気にならないように本のページをめくっていた。

 

「そうか、それは残念だな。人間の気持ちは人間が一番よく分かっていると思っていたんだがな」

 

「はあ、そうですか」

 

「シンイチ、言っておくが私は結構マジで言っているんだぞ。よく考えてみろ、やつらに勝つことよりも奴らの『敵』の対象から外れる方法を考える方がより現実的な対処方法だと思わないか?」

 

「はい、ミギー先生のおっしゃる通りですよ」

 

 新一は枕に顔をうずめたままそう答えた。ミギーはそんな新一の様子を興味深そうに見つめると細く伸ばした触手で本のページをまた1ページめくった。

 

 

********************

 

 

 東福山市警の3階にある大会議室――。そこに30名程の人間が集まっていた。集まった人間は眼前に置かれた分厚い資料を眺めたり、隣同士で雑談をしたりしている。やがて平間が数人の男を招き入れるようにして会議室の中へと入って来た。平間とその男が席に着くと稲城が立ち上がった。

 

「皆さん、お忙しい中ご参集頂きましてありがとうございます。只今より第1回のパラサイト事件定例会を始めたいと思います。先ず、平間署長、お願いいたします」

 

 平間は稲城に名前を呼ばれると立ち上がり、一同をぐるりと見回した。

 

「皆さん、この度はパラサイト事件解決のためにこの場にお集まり頂いたことを深く感謝しております。特に本部より応援でお越し頂きました深見警部、谷永警部にはご協力に深謝いたします」

 

 平間に名前を呼ばれると深見と谷永は軽く会釈をした。平間はそれを確認すると続けた。

 

「皆さん、既にご存知かと思いますが、一昨日、神宮寺警部が殉職されました。正に最前線で身体を張った捜査を行って頂いていた中で起きた不幸でした。神宮寺警部が残されていったものを私は決して無駄にはしたくないと考えております。この事件の真相を明らかにするために私は命を賭して向かう覚悟です。皆さんにもぜひ協力をお願いしたい。以上です」

 

 平間はそう言い終わると腰を下ろした。全員がどこか神妙な面持ちで平間の話に耳を傾けていた。

 

「では、お手元にあります資料に沿って進めて参りたいと思います」

 

 稲城は落ち着き払った事務的な声でそう言うと会議を進めて行った。

 

 

********************

 

 

 約2時間後、会議室の扉が開かれると会議を終えたメンバーたちが一人、また一人と部屋から出て行った。その中には村山の姿もあった。会議の資料を小脇に抱え、煙草が入っている胸ポケットをまさぐって歩いていたが、背後から呼び止める声が聞こえ、足が止まった。

 

「村山さん」

 

 村山はゆっくりと振り返った。そこには田神が立っていた。

 

「ああ、田神君」

 

 村山はどことなく虚ろな表情でそう返事をした。田神は何かを見定めるような強い視線で村山を見つめていた。

 

「無事だったんですね」

 

「ああ、俺はな」

 

 村山はそう言うと田神から視線を逸らし、窓の外をに目をやった。

 

「すまなかったな、田神君。神宮寺の警部の件は本当に申し訳ないことをした」

 

 田神は村山の横顔をじっと見つめていた。

 

「村山さんは何も悪くはありません。神宮寺警部も、私なんかが言ってもあれかも知れませんが……そういうことは起こりうることだと覚悟されていたでしょうし」

 

「そう言ってくれるだけでもありがたいよ。君はやっぱり芯がしっかりしているな」

 

 村山にそう言われると田神は視線を下げた。

 

「村山さんと同じです。私も小さい時から親しい人の死は経験したので」

 

「そうだったな」

 

 村山は深くくぐもりのある声でそう相槌を打った。田神は再び視線を上げると村山を見たが、村山が田神の方を見ると田神は目を逸らすようにして視線を下げた。

 

「ん、どうかしたか?」

 

「あのう、私、東京の方に戻ることになりました」

 

「ん、そうなのか」

 

「はい、向こうでパラサイト事件の捜査本部の立ち上げがあるということで戻ることになったんです」

 

「そうか、そう言われてみると確かにさっきの会議の資料には捜査チームのメンバーに君の名前はなかったな」

 

「はい」

 

 田神はそう返事をすると視線を上げた。村山と田神は少しの間見つめ合った。

 

「出発はいつなんだ?」

 

「明日の朝に戻ります」

 

「そうか。君には色々とお世話になったからこっちの名物でもご馳走してあげたい所だけど、こういう状況だから何もしてあげられないかも知れないな」

 

「いいです、そんなのは」

 

「そうか」

 

 そう言うと村山は資料のファイルを持ち直した。

 

「短い期間だったけど、色々とありがとう。助かったよ。向こうに戻っても元気でやってくれ」

 

 村山はそう言うと田神に背を向けた。そして村山が歩き出した瞬間だった。田神が口を開いた。

 

「あの、多分またパラサイト事件の関係でこっちに来ることになると思うんで……」

 

 田神はそう言った所で口ごもった。村山は足を止めて振り返った。

 

「ん?」

 

「なので、その時に、パラサイト事件が解決したらその時にご馳走してください」

 

「ああ、もちろん。その時までお互いに頑張ろう」

 

「はい」

 

 田神はか細い声でそう返答した。村山は田神の返答を聞くと再び歩き出し、やがて田神の視界から消えて行った。

 

 

********************

 

 

「そちらを右に曲がって突き当りの部屋になります」

 

 市警の制服を身に着けた一人の男が右腕でジェスチャーを交えながら後方にいる迷彩服に身を包んだ男達にそう言った。

 

「分かりました。ありがとう」

 

 先頭に立っていた40歳手前程に見える日焼けした精悍な顔つきの男がそう答えると、制服の男を制する様にその方向に向かって足を進め始めた。そしてその後を追うようにして3人の迷彩服の男が廊下の曲がり角を曲がって行った。

 間もなく目的の部屋の前にたどり着くと先頭の男は一度だけ後ろを振り返り仲間の様子を確認すると右手に握っていた鍵を鍵穴に差し込んだ。金属的な音が響き、程なくして扉が開いた。部屋の中にいたのは新一だった。

 

「おはようございます。私はこれから東京まで付き添わせて頂くこととなった谷内と申します。準備はよろしいですか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 新一はそう答えると立ち上がり、男達に囲まれるようにして部屋から出て行った。

 

「また随分物騒な感じですね」

 

 新一は歩きながらそう言葉を漏らした。すると、谷内が振り返って骨っぽい顔に笑みを浮かべて新一を見た。

 

「何が起きるか分かりませんからね。念には念ということです」

 

「ははっ、そうですか」

 

 新一はそのまま男達に取り囲まれながら廊下を進んでいき、やがて裏口の前に停車されていた護送車に案内された。

 

「どうぞ」

 

 護送車の乗車口に立っていた男にそう言われると新一は護衛の男達と一緒に車に乗り込んだ。

 

「泉」

 

 新一が車内に入ると新一の名前を呼ぶ声が聞こえた。新一は声の聞こえた方に視線を向けた。そこには深森が座っていた。

 

「深森、お前も一緒ってわけか」

 

 新一がそう言うと車両の前方の方から谷内が話しかけてきた。

 

「どうぞ、好きな場所に座ってください。会話も自由にして結構です。尤も会話の内容は我々も聞いてますし回線を通じて各方面にも流れておりますので一応ご参考までに」

 

 谷内はそう言うと荷物を運びこむためだろうか、再び車外に姿を消して行った。新一はそれを見届けると深森の正面に腰を下ろした。

 

「深森、お前も警察に捕まったんだな」

 

「ああ、そうだ」

 

 深森は足組をして膝の上に両手を乗せていた。

 

「逃げたりしなかったんだな」

 

「ああ、逃げることはその気になったらいつでもできるからな。ミギーの信号を確認した結果、お前たちが大人しく警察について行ったのを確認したから、私も大人しく奴らの言うことに従った」

 

「そうか、流石に沈着冷静だなあ」

 

 新一がそう感想を漏らすと深森は徐にミギーに視線を向けた。ミギーは小さな瞳で同様に深森を見ていた。

 

「ミギー」

 

「ああ」

 

「ん、どうかしたのか?」

 

「シンイチ、実はな」

 

 ミギーがそう話しかけた時だった。迷彩服の男たちが車両の中に乗り込んできた。

 

「さあ、東京へ向けて出発だ」

 

 谷内がそう言うと運転手が車のエンジンを入れ、間もなく車は動き始めた。迷彩服の男たちは新一達を挟み込むように車両後方と前方に二手に分かれて腰を下ろしていた。新一は首を回し、そんな周囲の様子を確認するとミギーに話しかけた。

 

「おい、ミギー、でさっきの話の続きは?」

 

 ミギーはどこを見るとでもなく視線を逸らすと少しの間沈黙し、やがて口を開いた。

 

「今は話すのはよしておこう。わたしの勘違いかも知れないしな」

 

「なんだよそれ、気になるだろ」

 

「いずれ分かることだ。気にするな、シンイチ」

 

「かー、一体何を秘密にしているんでしょうかねー」

 

 新一はそう言うと腕組みをして半分ふてくされたような顔をして金網で覆われている窓の外に目を向けた。まだ早朝ということもあり、車の通りは少なかった。護送車は3車線の幹線道路の丁度真ん中の車道を徐々にスピードを上げながら進んでいた。

 新一がそんな通り過ぎていく車窓の風景をぼんやりと眺めていた時だった。突然タイヤが路面と擦れる甲高い音が聞こえたかと思うと新一達の乗っていた護送車は急停車した。

 

「な、なんだあ」

 

 新一は衝撃で突き飛ばされそうになった身体を何とか支えながらそう声を上げた。

 

「一体何事だ」

 

 谷内は車両の前方に駆け寄ると運転手に問いただした。

 

「人間が突然目の前に現れまして……」

 

「人間だと? どこにいる」

 

「それが直ぐに姿が消えまして」

 

 運転手がそう答えた時だった。次の瞬間、まるで巨大な地震でも起きたかのように車両全体が大きく揺れると、そのまま車が横転した。

 

「くそ、一体何が起きてんだよ、ミギー」

 

「まさかこんな行動に出るとは」

 

「こんな行動って、一体どういう意味だよ」

 

 新一は丁度先刻まで外を覗いていた窓の上で何とか態勢を立て直した。すると今度は車両の最後尾から扉が引きちぎられているような衝撃音が車内に響いた。扉の裂け目が徐々に広がって行き、その裂け目から何かうごめくものの姿がチラチラと垣間見えてくる。車内にいた全員が車両の最後方を注視していた。

 数秒後、扉は完全に破壊され、取り外された。そして、その扉の向こう側に立っていたのは後藤だった。

 

「く、パラサイトか。全員、撃て」

 

 後藤の姿を見止めると、谷内がすぐさまそう命令した。射撃体勢に入った男たちは次々と後藤めがけて発砲した。

 

「無駄だ。やめておけ」

 

 後藤はピクリとも動かず銃弾をその身に受けていたが、一向にやめる気配がないのを見ると最も近くにいた男に手を伸ばし、その銃を奪い取った。

 

「うわあ」

 

 男は銃を奪われた反動で背中から後方に倒れこんだ。

 

「やめろ」

 

 谷内が声を発した。そして銃声は鳴りやんだ。

 

「そうだ。それでいい」

 

 後藤は不敵な笑みを浮かべると手にしていた銃を無造作に握りつぶした。

 

「後藤、お前一体何してんだよ」

 

 新一が問いかけると後藤は新一に視線を向けた。

 

「見ての通りだ。お前たちを迎えにきた」

 

「見ての通り……迎えに来たって……後藤、お前無茶苦茶し過ぎだっつ―の」

 

「ふん」

 

 後藤は新一の反応を見ると微かに鼻で笑った。

 

「一緒に来るか?」

 

「一緒にって何の話だよ」

 

「喜多が奴らの所へ向かっている」

 

「喜多が? 本当か?」

 

「ああ、そうだ」

 

 後藤はそう言うと身を反転させ、壊された扉の穴から外にジャンプした。

 

「来い。連れて行ってやる」

 

「おい、ミギー、どうする?」

 

 新一がそう問いかけると後方から谷内が話しかけてきた。

 

「泉さん、あのパラサイトが何者なのかは私は知らないが今ここであのパラサイトについていくならばそれはわたし達警察に対する背反行為とみなされる。当然、先日の契約の件については白紙撤回され、あなたは重要事実の秘匿罪で正式に告訴されることとなる。分かりますね?」

 

 新一は脅しをかけているような谷内の顔を見たが直ぐに目を逸らした。

 

「くっそー、どうすんだよ」

 

「シンイチ、君の好きなようにすればいい。どちらかと言えば後藤と一緒にいる方が安全性が高いから私は後藤についていくことを推奨するがね」

 

「くうう」

 

 新一はそういうと頭を抱え込んだが間もなく決心がついたかのように立ち上がった。

 

「もうどうにでもなれってんだ。いくっきゃねえだろ」

 

 新一がそう言うとミギーは深森とアイコンタクトを交わした。そして新一の後を追うようにして深森も車両を降りた。

 

「こっちだ」

 

 後藤はそう言うと対向車線に停めてあった車に新一達を案内した。新一達が車に乗り込むと後藤は手慣れた手つきでエンジンを掛け、車を発進させた。

 

 

********************

 

 

 横転した護送車、アスファルトに飛び散った金属とガラスの破片――。谷内は路上に降り立つと、自分達から遠ざかっていく乗用車を苦々しい顔で見つめていた。そして携帯電話を取り出すとダイヤルを押した。

 

「もしもし、谷内です、平間警視におつなぎ頂けますか?」

 

 谷内がそう言うと保留のメロディが流れてきた。谷内は携帯電話を耳に当てたまま、事後処理を行っている部下たちの様子を厳しい目で見ていた。

 

「もしもし、平間です」

 

「もしもし、谷内です。警視、大変申し訳ありませんが護送車が襲撃され、泉達に逃げられました」

 

「被害者はいるのか?」

 

 平間は冷静な口調でそう聞き返した。

 

「いえ、護送車は大破しましたが幸い負傷者はおりません。今は中倉のチームがターゲットを追跡していると思います」

 

「そうか。襲撃したのは何者だ?」

 

「パラサイトのようです。泉達とも面識があったようですね。『ゴトウ』と呼んでいました」

 

「『ゴトウ』だと? まさか……」

 

 平間は少し声を荒げてそう言うと何か考え込んでいるかのうように沈黙した。

 

「警視?」

 

「いや、こちらの話だ。現場の混乱は大丈夫か?」

 

「はい。交通規制を引いて対処していますので取りあえずは大丈夫です」

 

「分かった」

 

 平間はそう言うと少し沈黙し、そして続けた。

 

「泉達はどこへ逃げたか分かるか?」

 

「『ゴトウ』が準備してきた車に乗り込んで逃走していきました。いや、逃走というよりもある場所に向かっていったようです」

 

「ある場所?」

 

「はい。『キタ』という名前の奴がそこに向かっているから後を追いかけるというような話をしていました」

 

「『キタ』か。樫木と何らかの関わりがある人物なのかも知れないな」

 

「はい」

 

「分かった。連絡ありがとう。何か分かったことがあったらまた連絡をくれ」

 

「はい。承知しました」

 

谷内はそう返答すると電話を切った。谷内のすぐ脇にはまるで重機で破壊されたかのうような生々しい傷跡のついている扉が転がっていた。谷内は何か忌まわしき記憶を断ち切ろうとするかのようにその扉から視線を逸らすと部下に命令を出すために足を踏み出した。

 

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