新一が宇田の元を訪れた日、新一はその日のうちに帰るつもりであることを宇田に告げたが宇田は「せっかく遠いところをきたんだから」と新一たちを引きとめたため、新一と喜多は宇田の家に泊まった。
翌早朝、微かな物音に新一は目を覚ました。新一は起き上がりリビングを抜けて玄関へ歩を進めると靴を履こうとしている喜多の姿に出くわした。
「おい、喜多……お前こんな朝早くにどこへ行こうとしているんだ?」
喜多は無言で振り返り新一を見た。
「さあな」
喜多はそう言うと靴紐を結び終わり立ち上がった。そして、そのままドアを開け出て行こうとした。
「おい」
新一がそう声を掛けると喜多は新一の方に向き直った。
「あいつの所だ……」
「あいつって……エイジの所か? 何でわざわざ自分から行くんだよ。むざむざやられに行くようなものだろ」
「決着をつけるためだ。奴と俺の。これは理屈でどうこう言う話しじゃない」
喜多は再び出て行こうとしたため、新一は慌てて声を発した。
「おい、待てって。今お前がいなくなったら俺達も困るんだぜ。お前が行くって言うんなら俺も一緒に行くぞ」
新一の声を聞くとミギーが姿を現して新一を見た。喜多はその様子を見ると言った。
「どうやらお前の相棒は反対のようだぜ」
新一はミギーを見た。ミギーは言葉を発しなかったがその視線が何を訴えかけているのかは長い付き合いから新一はよく分かっていた。
「ミギー、お前が何と言おうと俺は行くぞ」
「シンイチ、君がついさっき正に自分で言っていたじゃないか。むざむざ殺されに行くようなものだと」
「じゃあ、どうしろってんだよ、ミギー。どの道やつらは俺達のことを付け狙っているんだから遅かれ早かれ戦うことになるだろう? それに今喜多と離れたらいつ何時やつらに襲われるのかも分からなくなるんだぜ?」
ミギーは新一の言葉を聞くと少しの間黙って考えを進めているようだった。暫くすると喜多を見て言った。
「やつの所へ行けばお前は確実に死ぬこととなる。それは他ならぬお前自身が一番良く分かっていることだろう。それでも行くのか?」
「さっき言った通りだ。お前たちが何と言おうと俺は行く」
「そうか……」
ミギーはそう言うとしばらく宙を見つめていたがやがて言葉を続けた。
「シンイチ、わたし達も行くぞ」
ミギーの声を聞くと喜多は顔を背けた。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「よし、聞いたな? 喜多? 俺たちもお前と一緒にいく」
「シンイチ、ただし条件がある」
ミギーは新一の言葉を遮るようにして言った。
「条件?」
「ああ。ただ行くだけでは返り討ちに遭うことは間に見えている。だから先ずしっかりとした作戦を立てる。これが1つ目の条件だ。そしてもう一つの条件は形勢が不利になったら即座に逃げるということだ。例えその時に仲間が相手に殺られているようなことがあってもだ。どうだ? 約束できるか?」
仲間が殺されている情景……新一はミギーの言葉を聞いてそうした状況を思い浮かべたため、一瞬返答に詰まった。しかし、改めて自らの意思を確認すると答えた。
「ああ、約束するさ」
********************
1時間後、新一達は車中にいた。喜多は後部座席に座っており、宇田が助手席に座っている。
「あと数時間したら敵と戦うことになるんだよね。何だかドキドキしてきたなあ」
宇田は独り言の様につぶやいた。
「おい、俺の足手まといにだけはなるなよ。ただでさえお前の動きは緩慢なんだからな」
ジョーが宇田に言った。宇田は苦笑いを浮かべている。
「ははっ、まあなんとか頑張るよ。ところで喜多君、聞いておきたかったんだけどさ」
宇田は後部座席を振り返りながら言った。
「エイジ君は君の兄弟なのかい?」
「いや、違う。血の繋がりはない」
喜多は腕組みをして車窓の風景を見ていた。
「そうなんだ……その、ファーザーと呼ばれている樫木っていう人は君の父親なの?」
「いや、ファーザーと血の繋がりのあるものは俺達の中にはいない」
「ふーん、じゃあ何でファーザーって呼ばれているのかな?」
「特に。さしたる意味はない」
喜多は意味ありげな笑みを浮かべて宇田にそう答えた。
「そうか……じゃあファーザーと呼ばれているのは君達にとって父親のような存在の人だからなのかな」
喜多は小さく笑みを浮かべた。視線は相変わらず窓の外に向けている。
「ああ、そうだな」
昨日の昼過ぎから降り始めた雨は午前中には降り止んでいた。しかし、陽はまだ射しておらず、高速道路の路面は濡れていた。
「作戦、うまくいくといいね」
宇田は誰に話すとでもなくそう言った。
「お前がへましなけりゃうまくいくさ」
ジョーが宇田を見てそう言った。
「宇田さん、大丈夫ですよ。ミギーとジョーそれに喜多がついていますから。きっとうまくいきますよ」
新一は宇田にそう声を掛けた。宇田は「そうだよね」と言い、控えめな笑顔を浮かべた。
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4時間ほど車を走らせると目的地の近くまで辿りついた。そして、新一は周囲の風景にある種の追憶を伴いながら車を運転していた。
「ここは……」
ミギーが新一の言葉を補うように口を開いた。
「ああ、後藤を殺した場所に極めて近いな」
「えっ、そうなのかい?」
宇田が驚きの声を上げた。
「後藤って、あのパラサイトが5体同居していたっていう人だよね」
「はい、そうです」
「5体なんて本当に想像もつかないな。新一君、本当によく倒すことができたよね」
「ははっ、まあなんとか」
新一はそう相槌を打つと右ウインカーを出し、交差点を曲がった。
「その後藤って人と今回の敵のエイジって人はどっちが強いのかなあ」
宇田の質問に対して即座に答えを返すものはいなかった。喜多は会話は聞いているのであろうが黙っていた。少し間が空いた後、ミギーが口を開いた。
「喜多から聞いた情報から総合的に判断するならば十中八九、エイジという奴の方が力は上だろうな」
「ええっ、そうなのかい?」
宇田は今にも泣き出しそうな顔をしながらそう聞き返した。
「ああ。後藤は確かに強かった。何しろ単純に考えればわたし達の5倍の攻撃力を持っていたのだからな。しかし逆に言えば寄せ集めの力に過ぎなかったと見ることもできる。事実、奴は全身の統合を取ることができなくなり、最後はわたし達に敗れた。そういう意味で今回の敵はやっかいだ。全身が統合されているのは言うまでもない。それにそのボディーを組成している組織自体もわたし達のものとは一段レベルが違うようだからな。最低でも今回の敵の戦闘力は後藤の2倍以上はあることを覚悟しておいたほうがいいだろう」
後部座席では喜多が笑みを浮かべている。一方宇田はミギーの言葉に萎縮してしまったようだ。青ざめた顔をして俯いてしまっている。
「おい、顔色悪いぜ。そんなんじゃ勝てる戦いも勝てなくなっちまうぜ」
ジョーが宇田に言った。
「宇田さん、何とかなりますよ。いや、絶対に何とかしましょう。ジョーやミギーを殺そうとしている奴らなんて絶対に許せないですから」
新一にそう言われると宇田はゆっくりと顔を上げた。
「うん、そうだね」
「そこを左だ」
喜多が二人の会話を遮るようにして言った。「ああ、分かった」新一はそう答えると左折した。狭い一本道の農道だった。新一はまだ鮮明に脳裏に焼きついている10年前の光景を思い出していた。忘れもしない。この農道を道なりに真っ直ぐに行けば美津代の家に辿りつく。
********************
夏の陽射しを受けて木々はその深緑の葉を一杯に茂らせている。そしてそうした木々に囲まれる様にして古びた田舎の家屋がひっそりと佇んでいた。エアコンがないのであろうか。雨戸はすべて開け放たれている。十畳程の広い居間には一人の老女と40歳位の細身の男がいた。老女の方は団扇を片手に寝そべっており、男の方は胡坐をかいて座っていた。
『ガタガタ』……不意に玄関口の方で物音がした。その物音を聞くと老女は顔を上げた。
「あんれ、誰か来たのかねえ。ちょっと英機、見てきておくれ」
老女はそう言うと再び寝そべった。「はい」……英機と呼ばれた男は抑揚のない声でそう答えると素早く立ち上がり玄関に向かった。
英機が部屋を出てから1分ほど経った時であろうか。突然、空気を切り裂くような大きな物音がした。厚い木の板が力任せに引き裂かれた様なそんな乾いた音だった。老女はその物音に反射的に身を起こした。そしてそのまま少しの間、身体を硬直させて耳をそば立てていた。が、物音は急に止んで静まり返っていた。老女は腰を庇うように立ち上がると精一杯の早足で玄関先に向かった。
老女は玄関先に辿りつくと自らの目を疑った。玄関の戸口は木っ端微塵に破壊されていたからだ。そして、玄関口の外では見知らぬ男と英機が対峙していた。老女は驚嘆し、恐怖の混じった表情で見知らぬ男を注視していた。その男の左手は普通の人間のそれとは違う異常な形をしている。
「ちょっと、お前は一体何なんだい」
美津代は半分取り乱しながら言った。見知らぬ男はその声を聞くと美津代を見た。
「あれ、人間もいたのか。参ったなー」
男は飄々とした口調でそう言った。
「この罰当たりが。あたしの家を壊しやがって。ちゃんと修理してもらった後に慰謝料を請求してやるわ」
美津代は今にも男に飛び掛かりそうな剣幕でまくしたてた。
「ふーん」
男は表情のない顔で美津代を見た。美津代も負けじと男を睨み返した。
「とりあえず殺しとくか」
次の瞬間男は左手の刃を美津代に向けて伸ばした。
「ひっ」
美津代は思わず叫び声を上げた。男の左手から伸びた触手は美津代の眼前で食い止められていた。
「ふーん、なかなか機敏な反応だね」
男は英機に顔をみるとそう言った。英機の右手が美津代を庇うようにして男の刃を受けとめていたのだった。
美津代は口をぽっかりと空けたまま腰が抜けたようにその場に尻餅をついた。
「美津代さん、下がっていてください。奴の狙いはどうやら私のようです」
英機は全く動揺した素振りもなく落ち着いた声で美津代にそう言った。
「英機……あんた……それは一体」
美津代は英機の右手を見つめながら振り絞るように声を出した。英機も自分の右手に目を落とした。
「美津代さん、わたしも驚いています。とっさに身体が反応したのですが。どうやら私はやつと同類のようです」
英機は男を見やってそう言った。美津代は英機と男を交互に見ると体勢を立て直した。
「いや、あんたは違うよ。そんな奴とあんたが同類であってたまるかい。どんな姿であろうと英機はわたしの英機だ。そんなやつは懲らしめてやりなさい。わたしゃ警察を呼んでくる」
「美津代さん、警察は無用です」
英機は立ち上がろうとしている美津代に対して言った。美津代は不思議そうな目で英機を見た。英機は初めて小さな笑みを浮かべた。
「わたしには分かります。こいつは警察でどうこうできる相手ではありません。それに、こいつは今ここでわたしが始末します」
「英機……」
「ふーん、大した自信だね」
男は左手の刃を引き戻しながら言った。
「ねえ、その自信はどこから来るのかな? 勘? それとも何か根拠があるの?」
英機は男をにらみつけた。
「君って今自分の能力に気付いたんでしょ? そんな状況でも僕と勝負しようって気になるんだ?」
「英機、関係ないよ。そんな奴はさっさとやっておしまいなさい」
美津代がそう叫んだ瞬間だった。男は左手の刃で英機に襲い掛かった。英機は素早く身を翻し右手の刃で応戦すると、左手も変形させて男に攻撃を仕掛けた。普通の人間には到底見ることすらできないスピードで二人の攻防が始まった。
男の攻撃スピードそして刃の数は並みのパラサイトのそれを遥かに凌駕している。しかし、英機の力も男に引けをとっていなかった。
「なぜ俺を狙う。お前は一体何者だ?」
英機が男にそう問いかけると男は英機との間合いを広げ、攻撃を休止した。
「君っていう奴は本当に変り種だなあ」
男は両手の泥をはらうように手を叩きながら英機にそう言った。
「僕と対等にやり合えるチルドレンなんて初めて見たよ」
英機は訝しげに男をにらみつけた。
「君にいいことを教えてあげるよ。『英機』っていうのは君の本名じゃない」
英機はじっと男を見ていた。
「君の本名は『後藤』さ」
「後藤……?」
「ああ、そうさ。君ってひょっとしたら10年くらい前にこの家にやって来たんじゃない?」
「10年前……」後藤はそう言われると何かを必死に思い出そうとしているかのように沈黙した。
「何を勝手なことを言っているんだい。英機はわたしの息子だ。英機はわたしとずっと一緒に暮らしてきたんじゃ」
美津代が大声で叫んだ。後藤は美津代をチラリと見た。男はじっと後藤を見ている。
「そっか、記憶はないのか。だからこんな所に大人しく10年間も住んでいたんだねー。ナルホドナルホド」
男はそう言うと一歩前へ足を踏み出した。後藤は男の言動に心が乱されたのであろうか。男の動きに合わせるように後退りした。
「でも不思議だよなー。てっきり死んでいたと思っていたのに何で生きているんだろう? しかも肉体の性能は僕達と同じ位までレベルアップしているし。何かトリックがありそうだなあ」
男はズボンのポケットから小さな端末のようなものを取り出すと何やら操作を始めた。後藤は男の様子を伺っている。
「いた。NO.566、田村玲子……ひょっとしてこいつが何かやったのかなあ」
「田村……玲子……」後藤はそう小さくつぶやいた。断片的に浮かび上がってくる形をなさない記憶のかけらが後藤の中で渦巻いているようだった。男はそんな後藤の様子を見ると端末を再びポケットの中にしまった。
「さてと、それじゃあそろそろ再開しようか。さっきまでのは小手調べだったから今度は少し本気を出していくよ」
「英機!」
美津代が叫び声を上げた。後藤は美津代の声を聞くと我に返り、素早く身を反転させて男の刃をかわした。しかし、男の刃の量は先刻の数倍にも増えていた。後藤は自らの両手で男の刃を受けとめにかかったが、刃1つ1つの質感も大分異なっているようであった。後藤はみるみる押し込まれていった。
「どういう風にやったかは知らないけど、君のボディーは僕達と同じものでできている。でも、その使い方を知らないんじゃ意味ないよねー」
男の怒涛の攻撃を受けて後藤は弾き飛ばされた。体中に無数の切り傷ができている。
「英機!」
美津代は叫んだ。
「この人でなしが! わたしの英機になんてことするんだ」
美津代は立ち上がり後藤の元に近寄る素振りを見せた。後藤は美津代を見た。
「美津代さん、わたしは大丈夫です。美津代さんは逃げてください」
後藤はそういうと立ち上がった。しかし、身体に受けたダメージがかなり大きかったのであろう。全身に漲っていた力はもうなくなっている。
「英機、逃げなさい」
美津代は悲痛な声で叫んだ。
「もう手遅れだよ」
男がそう言って両手を上げた瞬間だった。1台の車が美津代の家の前に停車した。男は無表情のまま車の方に視線を向けた。車の中からは3人の男が出てきた。新一と宇田と喜多だった。
「あれ?」
男はそう言うと両手をゆっくりとおろした。新一達は間合いを測りながら男との距離を詰めていった。が、男と対峙している後藤を目にした時、新一の顔色が変わった。
「ご、後藤……なんでお前がここに」
後藤は新一を見た。
「お前は一体誰だ……? なぜ私を知っている?」
「新一……まさか、あんた新一なのかい?」
遠く玄関口のほうから美津代の声が聞こえた。新一は美津代の方を見た。
「美津代さん……そうです。新一です」
新一の返答を聞くと蒼白だった美津代の顔色が一気によくなった。
「あれま……本当に……新一、お願いだ。助けておくれ。その男が私らを殺そうとしているんだよ。お願いだ。新一」
「分かりました。美津代さん」
そう言うと新一は男の方に視線を戻した。男も真っ直ぐに新一を見ている。感情の全く感じられない少し大きめの瞳。新一の前に立っている男はエイジだった。
「君は泉新一、そしてそっちにいるのは宇田守だよね? 寄生部位が特殊だったから覚えていたよ」
新一と宇田はいつ攻撃が仕掛けられても大丈夫なように身構えている。
「ふーん、僕が誰だか知っているんだ? ということは後ろにいる奴から色々と情報を聞き出したのかな?」
エイジは喜多に視線を向けた。喜多の表情からは笑みは消えており、かみ殺した怒りの感情がほとばしっているように見えた。
「エイジ、お前を殺しにきた。覚悟しな」
「航平、傷は治ったのか? まさか逃げられるとは思わなかったよ。そうか、こいつらに助けてもらったんだな。で、今日はなにしに来たんだ? 航平?」
「てめえ……」
喜多は明らかに理性を失いかけている様に見えた。新一は喜多に視線を向けた。
「喜多、落ち着け」
新一はなだめるように喜多に声を掛けた。そして、状況を把握するかのようにエイジを、そして後藤を見た。
「シンイチ、あれは後藤だよ」
ミギーがおもむろに新一に話しかけた。
「そうなのか? ミギー。一体何がどうなっているんだ?」
「さあ、分からない」
「今日は予想外のことばかり起きて参っちゃうよなー」
エイジが頭を掻きながら言った。
「まあ、こんな日もあるか」
「シンイチ、来るぞ」
ミギーがそう言った瞬間だった。エイジの両腕から無数の触手が伸び、新一たちに襲いかかった。エイジは新一、宇田、喜多の3人に一度に攻撃を仕掛けている。
「なんてやつだ」
ミギーはエイジの刃を辛うじて食い止めている。
「これでは攻撃を仕掛けるどころの話しじゃない」
と、その時だった。新一から少し距離を置いた場所で宇田が叫んだ。
「う、うわー」
ジョーはエイジの攻撃を必死に凌いでいたようだったが、宇田の動きの鈍さに限界が来たようだった。
「くそっ」
ジョーが叫んだ。
「まず一人目」
エイジの鋭く尖った触手が宇田の身体に向かって一直線に向かっていった。乾いた重い金属音が響く。
「うん?」
エイジは横を見た。後藤が触手を伸ばし、宇田に突き刺さる寸前でエイジの刃を受け止めていた。
「ふーん」
エイジはそう言うと触手を戻した。新一はエイジの刃から解放され、極度の緊張状態にあった身体と心を少し休めた。エイジは後藤をじっと見ている。
「ねえ、今、君は助けたの?」
後藤もエイジを見ていた。エイジと同様に後藤も無表情だった。
「お前はわたしを殺そうとした。そして、今お前はこいつらを殺そうとしている。だから私はこいつらに手を貸す」
「なるほど、敵の敵は味方ってことか、ふんふん」
エイジは何かを探るように後藤を観察している。後藤はゆっくりと立ち上がった。
「さっきの様にはいかない。次はお前を倒す」
後藤はエイジを凝視して静かにそう言った。エイジは後藤の言葉にも全く動じる様子はなかった。
「ふーん、やっぱりそうかー」
エイジは後藤を見ながら言った。後藤もエイジを見ている。
「君のボディー、さっき僕が与えた傷がすっかり回復しているだろう?」
エイジは後藤に対して言った。後藤は視線を移さず、エイジを見ている。
「それが君のボディーの性能なんだよ。そしてそれは僕と全く同じなんだ」
エイジは踵を返すと後藤に背を向けた。
「きっと君の身体をつくった人が何かやったんだろうなー。どうやったのか興味あるなー」
エイジは新一たちから遠ざかるように歩き出した。
「おい、どこ行くんだよ」
喜多がエイジの前に立ちふさがった。
「今日はもう帰るのさ。4人相手となると流石にきついしね」
「ふざけんなよ」
喜多は攻撃の態勢に入った。しかしエイジは全く意に介さずに喜多に歩み寄った。
「航平、お前が僕たちを裏切ったことでファーザーはすごく哀しんでいるんだ」
喜多は何も答えない。ただエイジを睨みつけている。
「そりゃそうだよな。ファーザーにとってお前は息子みたいなものだったからなー」
「息子……」
喜多の顔に怒りとは別の感情が浮かんだ。何か解決することのジレンマに悩んでいるようなそんな表情だった。
「そうさ、息子さ。忘れちゃいないだろう? 僕たちはファミリーなんだ」
エイジはそう言うと歩きはじめ、そのまま喜多の横を通り過ぎた。
「待て……」
喜多がそう言うとエイジは振り返った。
「航平、分かっているだろう? 僕とお前は引かれ合っている。またそのうちどこかで会うさ。それに僕はお前の処分をファーザーから一任されているからね。結論はまたその時に出そう」
「処分……」
「そうだよ。言うことをきかなくなったおもちゃはもう不要なのさ」
そう言うとエイジは踵を返し、再び歩き始めた。喜多は目を伏せ、その場に立ちすくんでいた。
********************
「さあ、分かるように説明してもらおうかい」
美津代は新一たちを前にするとそう言った。玄関口は応急処置を施し、板で目隠しをしていた。今は居間に全員が揃っている。
「いや、何ていうか、その……」
新一はばつが悪そうに口ごもった。美津代は新一の右手を見た。
「そちらさんの名前は?」
「ミギーです」
新一がミギーの代わりに答えた。
「そうかい。あたしゃ覚えているよ。新一、あんたが確か寝言で呼んでいた名前、そいつのことだったんだね」
「はい、そうです。すごく驚いているかも知れませんけど、決して悪いやつではないんで……その……このことは」
美津代は新一の様子を見ると笑い出した。
「はっはっは。安心なさい。あんた達のことを他の誰かに言ったりなんかしないよ。どの道わたしももうあと何年かの命だからねえ。こんな歳になってしまうとこの世界のこともある程度はどうでもよくなってしまうんだよ。それに英機を助けてもらったんだ。あんたにゃ礼をいわにゃならないね」
「いえ……」
新一は謙遜するように小さく答えた。美津代は表情を元の厳めしいものに戻した。
「だけどね、一つだけ教えておくれ」
「はい」
新一は美津代の目を見て答えた。美津代は孫の顔を見るような穏やかな目で新一を見ていた。
「いい目だね。新一、お前は昔と変わっちゃいないよ。でも、何でそんなお前が命を狙われなきゃならないんだい? わたしゃ納得できんよ」
「それは……」
新一はチラリと喜多に視線をやった。喜多は全く会話を聞いていないかのように上の空の表情をしていた。
「まだ僕たちにも分からないんです」
「そうかい」
美津代はそう言うとテーブルの助けを借りてゆっくりと立ち上がった。
「久しぶりに来たんだ。今日は泊まっていくだろう?」
美津代は笑みを浮かべると促すような視線で新一を見た。「え、えーっと……」新一は口ごもりながら翌日の仕事のために美津代の提案を断ろうとしたが美津代はさっさと話しを進めた。
「英機、夕食の支度を頼むよ」
「ははっ、いや、美津代さん、僕たちはもうおいとまさせて頂きますんで……」
新一がそう言った瞬間だった。新一の背後から声が聞こえた。
「美津代さん」
美津代は声の主を見た。美津代を呼んだのは後藤だった。
「なんだい? 英機。お前も引き留めてやっておくれ。なんたって新一たちはお前の命の恩人なんだからね」
「美津代さん、わたしももうここから出て行きます」
美津代は後藤を見た。美津代は意外にも驚いた風な表情は見せていなかった。
「だめだよ」
「美津代さん」
後藤に名前を呼ばれると美津代は再び腰を下ろした。
「英機、あんたはあたしの息子だ。息子は親の言うことをきくもんだろう?」
後藤は沈黙している。美津代は続けた。
「わたしにはお前が必要なんだよ、英機。わたしの近くにいておくれや」
「すみません、美津代さん」
後藤はそれだけ言った。美津代は悲しげな表情を見せてしばし考えに耽っているようだった。
「まったく、こんな老婆を一人にするなんて、どいつもこいつも薄情ものだねえ」
「美津代さん……」
新一が同情するようにそう言った。
「よっこらしょっと」
美津代はゆっくりと立ち上がると、背面にある茶箪笥の引き出しを開けて何かを取り出した。
「英機、これを持っていきなさい」
そういうと美津代は後藤に対して小さな四角形の包みのようなものを渡した。後藤は無言でそれを受け取った。
「わたしの旦那がいつも身に着けていたお守りだよ。もっとも旦那は事故で死んでしまったものだからご利益があるのかどうかは分からないけどね」
「ありがとう、美津代さん」
「英機、1つだけ約束しておくれ。お前が探しているものが見つかって気持ちに余裕ができたらわたしが死ぬ前にもう一度会いに来ておくれ」
「わかりました。約束します」
後藤と美津代はしばらく見つめ合っていたが暫くすると美津代は新一を見た。
「あんたもだよ、新一。10年以上も音沙汰なしかと思えば突然ひょっこり姿を現して。次に来るときは必ず3日前には連絡をよこしなさい」
「ははっ、わかりました」
新一はばつが悪そうに笑うとそう答えた。
********************
日も暮れはじめた頃だった。新一たちと後藤は一緒に美津代の家を出た。美津代は玄関口で新一、そして『英機』を見送っていた。
美津代の家を出るとミギーが待ち構えていたように顔を出した。
「シンイチ、後藤に2・3質問をするぞ」
「あ、ああ」
新一はそう答えると後藤に近づいた。
「後藤、お前に聞いておきたいことがある」
ミギーは後藤に向かって言った。
「10年以上前の記憶はないということでよかったな?」
「ああ、そうだ」
「では、お前が誕生した時の記憶はあるか?」
「誕生?」
「ああ、そうだ。この世界に生まれて来たときの一番初めの記憶だ」
後藤に表情はなかったが過去の記憶を辿っているようだった。
「わたしは目覚めた時、森の中にいた。それが最初の記憶だ。逆にお前に聞きたい。俺は一体何者だ? お前なら知っているのだろう?」
後藤の質問に対してミギーは即座に答えは返さなかった。後藤に対して何をどこまで話すべきか思慮を巡らせているのであろう。が、しばらくするとミギーは後藤に答えた。
「率直に事実を言う。お前は人間ではない。お前はわたしと同様に人間の肉体を宿主としている生物だった」
「だった?」
新一が声を上げてミギーに問いかけた。
「ああ、そうだ。今の奴の肉体には人間の部分がまったくない。言うなれば一種の完全体の様な感じだ」
「そうだな。確かにこんな奴には初めて会ったぜ」
ジョーが口を挟んだ。後藤は特に表情も変えず会話を聞いている。
「わたしはお前たちとは一体どういう関係だったのだ?」
後藤がミギーに聞いた。
「かつては敵同士だった。お前は広川という人間と一緒に人間世界をつくりかえようとしていたのだ。しかし、広川のやり方は間違っていた。その結果、広川は死に、お前も死んだのだ」
「わたしは死んだのか?」
後藤はミギーの言葉をそのまま聞き返した。
「ああ、そうだ。10年前にお前は一度死んだ」
後藤はその言葉を聞くと自分の両の掌を広げ、視線を落とした。
「なぜわたしは今生きている?」
「それはわたしにも分からない」
ミギーはそう答えると口をつぐんだ。何かを思い出したようなそんな瞳をしていた。
「もしかしたら、お前の仲間が何かをしたのかも知れない」
「仲間……それは誰だ?」
「田村玲子という人間のメスに寄生した仲間だ」
「田村玲子……」
後藤はそうつぶやくと視線を上げた。
「さっきの男も同じ名前を言っていた」
「えっ、そうなのか?」
新一は驚きの声を上げた。
「ひょっとして田村玲子まで生きているかも知れないってことか?」
「それは分からない。だが田村玲子が後藤の身体に対して何かをしたのは可能性として高いかも知れない。奴は後藤を実験体としていたからな」
ミギーは新一に答えた。後藤は無表情のまま新一達を見ている。
「昼の男は一体何者だ? なぜわたし達の命を狙っていた?」
「詳しい事情は今はまだ分からない。だが、奴らの組織がわたし達の創造主であることは分かっている。故にわたし達の存在自体を抹殺したい何らかの事情があるのかも知れない」
「そうか」
後藤は静かにそう言った。ミギーは引き続き後藤を見ている。そして意を決したように口を開いた。
「後藤、わたし達と行動を共にしよう」
「おい、ミギー……」
新一は小声でミギーに話しかけた。
「お前も覚えているだろう。俺たちは奴に殺されかけたんだぜ。大丈夫かよ」
「ああ、今のところはな」
「今のところはって……」
「それに奴の力は必要だ。エイジに襲われた時、わたし達はなす術がない。後藤は唯一、奴らに対抗することのできる戦力だ」
「うーん、まあ確かにそうだけどよ」
ミギーは後藤に視線を戻した。
「どうだ、後藤?」
後藤はミギーの催促に少し間を置くと答えた。
「悪いが遠慮をする」
「なぜだ?」
ミギーが問いかけると後藤は身体を横に向けた。
「わたしと一緒にいる奴はみんな不幸になっていく……何となくそんな気がする」
後藤は空を見ていた。陽は大分傾いており、空は赤紅色に染まっている。
「後藤、過去のお前についてわたし達はよく知っている。お前にまだ話していないことも多くある。わたし達と行動を共にすることはお前にとってもメリットが大きいはずだ」
「話はもう十分に聞いた。おかげでおおよその状況は把握できた。それに……」
後藤はミギーを見た。
「わたしを殺したというのはひょっとするとお前たちじゃないのか?」
「えっ」
後藤の言葉に新一は思わず動揺し声を出した。一方、ミギーは冷静だった。
「なぜそう思う?」
ミギーに問いかけられると後藤は笑みを浮かべ再び顔を背けた。
「なんとなくそんな気がしただけだ」
後藤はそういうと歩き出した。
「おい、後藤、どこへ行くんだ?」
新一は遠ざかっていく後藤に声をかけた。後藤は振り返った。
「分からない。しかし、道は分からずともいずれは行き着くところに行き着くだろう」
そういうと後藤は新一たちから離れて行った。新一たちは暫くの間、遠ざかって行く後藤の後姿を見つめていた。
********************
「宇田さん、本当にありがとうございました」
新一は宇田に対してそう言った。新一の街から少し離れた場所にあるターミナル駅に新一は宇田を送ってきていたのだった。
「いや、こっちこそ。全然役に立てなくてごめんね」
そう言うと宇田は喜多を見た。
「それと、喜多君、良かったら、家にこないかい? 新一君の家の方が広いかも知れないけど、家族の方たちもいるし色々と気を遣うでしょ? うちなら僕一人だし……あっ、ジョーはいるけど、部屋も余っているしさ」
「宇田さん、本当にいいんですか?」
新一が喜多の代わりに返事した。
「うん、もちろん喜多君が望めばだけどね」
「喜多、どうするんだ?」
新一が喜多に聞いた。
「別に、俺はどうでもいい」
「じゃあ是非うちに来なよ。敵が近づいて来るのはどんなに離れていても察知することができたんだよね?」
「ああ」
宇田は嬉しそうに笑顔を見せた。
「じゃあ、新一君の所に敵が近づいて来たときは直ぐに連絡すれば大丈夫だよね? 新一君?」
「はい、そうですね。でも本当にいいんですか? 宇田さん」
「うん、なんだか喜多君を見ていると人ごとに思えなくなってね。一人の辛さは僕もよく分かっているつもりだからさ」
宇田は笑ってそう言った。