寄生獣 ~第2部~   作:aimo0314

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第7話 仲間

 

 車の通りもそれ程多くない幹線道路を一台の乗用車が走っている。運転しているのは新一だった。今日もまた取引先との打合せのために客先巡りをしている。

 

「次の取引先の工場長の人、俺ちょっと苦手なんだよなー」

 

 新一はそう言った。車の中にいるのは新一だけであるため、ミギーも顔を出している。

 

「苦手ならば会わなければいいじゃないか、シンイチ」

 

「かー、またお前は他人事みたいに」

 

 前方の信号が赤になったため、新一はブレーキを踏んだ。

 

「そういえば、ミギー、お前って車の運転もできるんだったよな? 俺の代わりに運転してくれよ。俺はその間寝ているからさ」

 

 新一はそう軽口を叩いたが、ミギーは反応を示さなかった。

 

「おい、ミギー。聞いてんのかよ?」

 

 新一はミギーの瞳を見た。ミギーは新一の言葉にまったく反応せず。ただ前方を見つめている。間もなく信号が青に変わったため、新一はアクセルを踏んだ。

 

「なんだよ、人にものを頼まれるのが嫌だって言うのか?」

 

 新一は半分ふてくされた様にミギーに言った。そしてようやくミギーは口を開いた。

 

「シンイチ、今から私が言うことを驚かずに聞いてくれ」

 

「なんだ? もう何年も運転していないからペーパードライバーになっちゃったとでも言うのか?」

 

「シンイチ、いいか、落ち着いてよく聞け」

 

「なんだよ」

 

 新一はそう言うと息を飲んでミギーの次の言葉を待った。ミギーは新一の様子を確認すると言った。

 

「ジョーが死んだ」

 

 その瞬間、新一の頭の中は真っ白になった。そしていくつもの考えが頭の中を駆け巡っていた。

 

「ミギー……本当か?」

 

 新一は声を絞り出してミギーにそう聞いた。

 

「ああ、本当だ」

 

「宇田さんは?」

 

「恐らく無事ではないだろう。ジョーが死んている以上な」

 

「くそっ」

 

 新一は泣きそうな顔をしながら声を上げた。

 

「喜多は? 喜多はどうしてるんだ?」

 

「それは分からない。喜多のことは探知できないからな」

 

 新一はミギーの返答を聞き終わる前に車を急停止させると路肩に寄せた。そして、携帯電話を取り出し、ダイアルボタンを押した。10回以上コールしても誰も出ることはない。

 

「ダメだ。出ない」

 

 新一は悲壮な顔つきで電話を切り、そのまま瞳を閉じてバンドルに突っ伏した。ミギーはそんな新一の様子を観察するようにじっと見つめていた。

 

「シンイチ」

 

 ミギーがそう声を掛けた時だった。新一は身体を起こすと車のハンドルを握り直し、車を急発進させた。

 

「シンイチ、どうするつもりだ」

 

「宇田さんの所へいく」

 

 新一の瞳には明らかに怒りの感情が浮かび上がっていた。

 

「無駄だ、シンイチ。宇田はもう死んでいる。今お前が向かった所でできることは何一つない。それに喜多とコンタクトが取れない以上、わたし達は丸裸も同然の状態だ。今行くのは危険すぎる」

 

「分かっているさ。そんなこと言われなくたって」

 

 新一はミギーの言葉を打ち消すように声を張り上げてそう言った。車内が沈黙に包まれた。新一は自分の気持ちを落ち着けるように踏み込んでいたアクセルを緩めた。

 

「でも、宇田さんだけは特別なんだ。今まで何度も宇田さんにはお世話になってきた。ここで宇田さんを見殺しにすることはできない。例え可能性は低くても生きている可能性が0%でない限り俺は宇田さんを助けにいく」

 

 ミギーは何も答えなかった。新一の説得は無理であると諦めたのだろう。その瞳は来たるべき事態に対する対処方法を模索するように前方を真っ直ぐに見つめていた。

 

 

********************

 

 

 家具や調度のほとんどないだだっ広い部屋の中に一人の男がいた。エイジだった。エイジはマッサージチェアの様な椅子に深く腰を下ろし、額に電極の様なものをあてていた。部屋のドアをノックする乾いた音が聞こえてきた。

 

「入るわよ」

 

「ああ」

 

 エイジは短く返事を返した。ドアが開くと一人の女が入ってきた。少しくせっ気のある髪をポニーテールに結わえていた。眼が吊り上がっているため気の強そうな印象を与える女だった。

 

「いつ戻ってきたの?」

 

 女はエイジに近づきながら答えた。

 

「ついさっきさ」

 

「ふーん」

 

 女はそう言うとエイジの脇に置いてある木の椅子に腰を下ろした。

 

「航平の始末はまだついてないみたいね」

 

「ああ、そうだね」

 

「あんまり悠長に構えているとまたよからぬ事態が起きちゃうかもよ。早めにやっといた方がいいんじゃない?」

 

「心配はいらないさ。あいつのことは僕が一番よく分かっている。あいつはどこへも逃げやしないし逃げることもできない。分かるだろう? 千佳」

 

「ふん、まあね」

 

 千佳と呼ばれた女はそう答えた。

 

「祥子がね、元気ないんだ。あの娘、航平と仲が良かったでしょ? ここしばらくずっと部屋に閉じこもっていて見ているこっちが辛くなってくるわ」

 

「ふーん、じゃあ航平を殺したら僕は祥子に恨まれちゃうのかなあ?」

 

 千佳は胡乱な目つきでエイジを見た。

 

「恨まれるのは嫌なわけ?」

 

「いや、全然構わないさ。そんなのどうでもいいんだけど。でも僕たちはこれでもファミリーだしさ、一応気遣っておくべきかと思ってね」

 

 千佳はエイジの返答を無言のまま足を組みかえた。そして続けた。

 

「航平が動き出したみたいだけど、殺されたNO.841は暫くの間、航平と一緒に行動していたみたいじゃない」

 

「ああ、そうだね。確かに僕が会った時にも一緒にいたよ」

 

「一体何がしたいのかしら。航平は。わたし達を裏切ったかと思えば今度は当面の仲間も殺した訳でしょ?」

 

 エイジは無表情でずっと前方をみていた。その瞳の奥にどんな思念が巡っているのかを窺い知ることはできなかった。

 

「あいつが望んでいることは1つだけさ」

 

「何?」

 

 千佳が問い返した。エイジの額についていた電極の1つが青白く光った。

 

「認めてもらいたいんだ。自分の存在意義を、ファーザーにね」

 

 エイジはそう言うと上体を起こし、額に付いていた電極を外し始めた。

 

「尤も、その望みが成就することはないんだけど」

 

「何で?」

 

 千佳が再び短く問い返した。エイジは千佳の顔を初めて見ると答えた。

 

「僕がいるからさ。僕がいる限りあいつはいつまでたっても劣等生のレッテルを張られ続けるだ」

 

「ふーん」

 

千佳はそう言うと少し間を置き、そして続けた。

 

「ところでもう一人、航平と一緒にいた奴がいたでしょ」

 

「ああ、確か泉新一って名前だったかな」

 

 そういうとエイジは立ち上がった。

 

「ご名答。で、その泉新一って奴に会いに行くってファーザーは言っているんだけど知っていた?」

 

「いや、それは知らない。理由は?」

 

「さあ、聞いてないから分からないけど。後でファーザーに会った時に聞いてみれば?」

 

「まあ別にファーザーの考えることだからそこまで聞きたいって訳でもないんだけどさ。ただ、ファーザーが会いに行く前に泉が死んじゃっているかもと思って少し気になっただけさ」

 

 千佳は少し間を置いた。エイジが言わんとしていることを考えているようだった。

 

「航平が泉を殺るってこと?」

 

「うん、そう」

 

 千佳の問いかけに対してエイジはそう短く答えた。

 

 

********************

 

 

 ギラギラと真夏の陽光が照り付け、蝉が競い合うように鳴き声を上げている。緩やかな坂になっている道を一台の車が進んできて、やがて停車した。新一の車だった。間もなく車の中から新一が出てきた。

 新一は周囲の状況を確認するかのように首を回していた。辺りに人気はなかった。新一はそれを確認するとゆっくりと宇田のアパートに向かって歩を進めていった。

 少し歩くと宇田のアパートの前にたどり着いた。至って普通の3階建てのアパートであったが、今の新一にとってはまるで現実世界から切り離された要塞の様に感じられていた。

 

「シンイチ、気を付けろ。敵はどこにいるやも分からない」

 

「ああ」

 

 新一はそう返答するとアパートの階段をゆっくりと登って行った。陽の差し込んでこない階段は、コンクリートでできていることもあり、どこかひんやりとしていた。そうした質感の違いは、新一の肌をより鋭敏にさせた。

 一歩一歩、確かめるように歩を進めていった新一は間もなく宇田の部屋の前にたどり着いた。新一の鼓動は早くなり、緊張感が指先から全身に向かって広がってきているようだった。新一は一度小さく深呼吸をすると意を決し、ドアノブに手をかけた。鍵はかかっていなかった。

 

「ミギー、入るぞ」

 

「ああ」

 

 新一はドアを開けると部屋の中に入った。部屋の中は電気が点いていなかったため、薄暗く、一瞬目がくらんだ状態となった。が、間もなく目が慣れた。そして新一は見つけた。

 

「宇田さん」

 

 宇田は仰向けに倒れていた。シャツは血で赤黒く染まっており、既にパリパリに乾いていた。宇田の周囲にも血の塊が広がっている。新一は宇田に駆け寄った。

 

「宇田さん」

 

 新一は膝をつくと宇田の頭を抱えた。宇田に息はなかった。新一の瞳から涙が流れた。一方、ミギーは瞳を伸ばしてきょろきょろさせ、部屋の中の様子を観察しているようだった。

 

 少し時間が経った。ミギーは新一の顔を見た。

 

「シンイチ、大丈夫か?」

 

 新一の瞳から流れる涙はもう止まっていた。新一は抱えていた宇田の頭をそっと床に戻した。

 

「ああ、大丈夫」

 

「シンイチ、部屋の中をざっと見回したのだが、どうやら敵はいないようだ」

 

「そうか」

 

 新一は相変わらず辛そうな表情をしていたものの、落ち着きのある声でそう返した。ミギーはそんな新一の様子を確認すると続けた。

 

「それと、ここにあるのは宇田の血痕だけだ。喜多の死体はもちろん、血痕も見当たらない」

 

「ということは喜多が宇田さんのことをやったのか」

 

 新一は今にも噛みつきそうな形相でミギーにそう問いかけた。ミギーはじっと新一を見つめている。

 

「それは分からない。喜多が宇田を殺した可能性はもちろんあるが、その他にも敵によって別の場所に連れ去られたとか、そういう可能性も考えられるからな。現状では結論を出すのは難しいな」

 

 新一はそう言われると再び視線を宇田に戻した。唇をかみしめ、何か爆発しそうな感情をぐっとこらえている様に見えた。

 

「それともう一つ言っておかなければならないことがあるんだが」

 

 ミギーは新一の反応を窺うようにそう切り出した。

 

「何だよ、言えよ、ミギー」

 

 新一は視線を落としたままそう答えた。

 

「これはまだ確実ではないのだが、恐らく仲間が2匹、ここに向かってきている」

 

「マジかよ」

 

 新一の顔には今度は打って変わって驚いた表情が浮かんでいた。

 

「ああ、さっきからずっと観察していたのだがどうも目的地はここの様だ。尤も、ここを素通りしてどこかへ行ってしまう可能性もあるけどな」

 

「どの位で来るんだ?」

 

「そいつらは車で移動している。恐らくあと30分ほどでここに到着するだろう」

 

 ミギーはそういうとおもむろに入口のドアに視線を向けた。

 

「ミギー、そいつらはどんな奴らなんだ?」

 

 新一はミギーに聞いた。

 

「さあ、分からない。会ったことのない仲間だからな」

 

「ひょっとして宇田さんの知り合いってことか? 宇田さん、そんなこと一言も言ったことなかったけど」

 

「ああ、その可能性はある」

 

 ミギーはそう言うと瞳を新一から少し離した。

 

「シンイチ、どうするかはお前が決めてくれ。仲間に会うか、それともここから立ち去るかだ」

 

「ミギー、お前はどうしたいんだよ」

 

 新一はミギーに問いかけた。ミギーは新一を見ると答えた。

 

「わたしは仲間に会ってみたい。今はどんな手がかりでも得たい状況だからな。それに相手がエイジの様な奴でなければ万が一戦いになっても勝機も十分にある」

 

「仲間は2匹って言ったよな?」

 

 新一はミギーに聞いた。

 

「ああ、そうだ」

 

「はあー、一体、どんな奴らなんだろうねー」

 

 新一はそう言うと宇田の方に向きなおった。

 

「宇田さん、すみません。もう少し待っていてください」

 

 新一はそう言うと立ち上がり、外の様子を観察するために部屋の奥へと進んでいった。

 

 

********************

 

 

 高層ビルが立ち並ぶ昼下がりのオフィス街――。スーツケースを抱えたサラリーマンが行き交う中、その人混みを抜けるように一人の男が歩いていた。喜多だった。黒いニット帽を目深に被り、その眼は鋭く光っている。

 喜多の足取りは早かった。目的地も、そしてそこで何をするのかもすべて明確になっているようなそんな歩き方だった。

暫くすると目的の場所に着いたのであろうか、喜多は歩くスピードを緩めるとそのままコーヒーショップの中へと入っていった。

 ショップの中に入ると喜多はカウンターの前を素通りし、店の奥へと進んでいった。そして、サラリーマンの様に見える男が座っている席の真向かいに腰を下ろした。

 喜多の真向かいにいるサラリーマンは触っていたノートパソコンから視線を上げると喜多を一瞥した。『空いているんだから他の所に座れよ……』男の視線は無言でそう訴えているように見えた。

 

「まあそんな眼で見るなよ。あんたに重要な話があって来たんだ」

 

 喜多は笑みを浮かべながら男に対してそう言った。男は不審な目つきで喜多を見ている。

 

「要件を端的に言う。俺はあんたを殺しにきた」

 

 喜多がそう言うと男は一層顔をしかめた。しかしその表情にはどこか翳りがあるようにも見えた。

 

「信じられないか? じゃあ証拠を見せよう」

 

 喜多はそう言うと右手をテーブルの上に置き、指先を幾本もの刃に変形させた。そんな喜多の手を見た瞬間だった。男の顔色が変わった。

 

「お前は一体何者だ? 信号が感じられない……仲間とは違う」

 

「ああ、俺はお前の仲間とは違う。なんせお前らを暗殺するのが仕事だからな」

 

 喜多がそう言った瞬間だった。男は急に立ち上がるとノートパソコンを素早く鞄の中にしまい、走り出した。喜多はそんな男の様子を見ると同じく追いかけるように走り出した。

 オフィス街を走り抜ける二人の男の姿はいやがうえにも周囲の注目を集めた。男はそうした周囲の視線を嫌ってか人気の少ない方へと向かって逃げているようだった。

 暫く走り続けると男はビルの地下駐車場に走りこんでいった。そして喜多も追いかけるように地下駐車場の中に姿を消した。

 周囲に人間がいないことを確認したのか、地下駐車場の中で男はもう逃げようとはせず、喜多を待ち構えていた。

 

「お前は一体何者だ? なぜわたしを狙う?」

 

 喜多は男の言葉を聞くと笑みを浮かべた。

 

「どういうもこいつも同じようなことを言う」

 

 喜多はそう言うと右手を幾本もの触手に変形させた。男は喜多を見ると合わせるように頭を変形させた。

 

「他の仲間も殺してきたのだな」

 

 男は喜多に問いかけた。

 

「ああ、そうだ」

 

「わたし達は人間世界の中で人間と共存して生きていくことに成功しつつある。もしお前が仮に私の仲間の一人ならば、なぜ今それを乱すような真似をする」

 

「お前、面白いことを言うな。そのセリフは初めて聞いた。だが、お前が言うべき言葉ではない。お前の生みの親はもっと別のことをお前に命令したはずだ」

 

 そう言うと喜多は攻撃を仕掛けた。男も触手を鋭く反転させ、喜多に向けた。しかし、勝負はあっという間に決まった。男の触手は喜多の刃によって切り刻まれ、胴体は寸断された。男の身体は崩れ落ち、鮮血が散った。

男は大きく二つに裂かれた自らの身体を見ると近づいてくる喜多を見上げた。

 

「何という力……お前の目的は一体……」

 

「目的なんてない。逆に聞くがお前は一体何のために生まれてきたんだ?」

 

 喜多の問いかけに対して男は口ごもった。喜多は神妙な面持ちで男を見下した。

 

「目的もなく生きているんだ。意味なく死んだって何も変わらないだろう?」

 

 喜多はそう言うと触手を伸ばし、男の首を刎ねた。

 

 

********************

 

 

「来たぞ、シンイチ」

 

 ミギーが新一にそう伝えた。外では車のエンジンが停止する音が聞こえた。ミギーと打ち合わせした通り新一は部屋の窓を開け、いつでも外に逃げることができる準備をしていた。そしてミギーは瞳を伸ばし、部屋のドアを注視していた。

 しばらくすると外で足音が聞こえてきた。そして部屋の前でその足音が止まるとドアノブを回す音が響いた。

 ドアが開くと二人の男女が入って来た。男の方は40歳前後の年恰好でかなり恰幅が良かった。一方女の方は30歳前後で目鼻立ちの良い顔をしていた。

 二人は靴を脱ぎ、部屋の中に入ろうとしたが、宇田の死体は予想していなかった様でそれを見ると動きが止まった。

 女は男とアイコンタクトをすると言葉を発した。

 

「泉新一、いるなら出てきてくれ」

 

 新一は自分の名前が呼ばれ、少し背筋が寒くなる気分を味わっていたが、やりとりはすべてミギーに任せていたため、ベランダ脇で待機していた。

 

「お前たちは一体何者だ」

 

 ミギーが二人に対してそう問いかけた。二人はミギーの声を聞くとミギーを見た。ミギーはドアの隙間からわずかに瞳をのぞかせていた。

 

「お前は確かミギーという名前だったな。合っているか?」

 

 女がミギーに向かってそう言った。

 

「ああ、そうだ」

 

 ミギーの返事を女は表情を変えることなく聞いていた。そして続けた。

 

「わたし達はお前に助けを求めたくてここまで来た。お前たちと敵対する者では決してない」

 

 ミギーは女と男をじっくりと観察していた。二人ともその場を動く気配はない。ミギーはそれを確認すると質問を続けた。

 

「なぜ、わたし達を知っている?」

 

「とある人物にお前たちの話しを聞いたからだ」

 

「とある人物だと?」

 

 ミギーが聞き返した。女は頷くと答えた。

 

「ああ」

 

「それは一体誰だ」

 

「田村玲子……と言えば分かるか?」

 

 女のその言葉は新一を震撼させた。それは少なからずミギーも同様の様だった。

 

「田村玲子だと? やつはまだ生きているのか?」

 

 ミギーの問いかけに対して女は首を振った。

 

「いや、田村玲子は10年前に死んだ。それはお前たちもよく知っているはずだ」

 

 女は一呼吸置いた。そして続けた。

 

「10年前、田村玲子はわたし達にお前たちの名前と信号の特徴を教えてくれた。『不測の事態が起きた場合は頼るといい』と言って。今思えば田村玲子は自らの身に重大なことが起きることを予見していたからこそ、わたし達にそう伝えてくれたのだと思う。そして今、わたし達はお前たちを頼るしかなくなったから田村玲子の言葉を思い出し、ここまで来たのだ」

 

「わたし達に頼るとは一体どういうことだ?」

 

 ミギーは女に聞いた。女は何かを確認するかのようにミギーの瞳をじっと見つめ、そして答えた。

 

「お前たちも恐らく気づいていることだろう。わたし達は今、何者かによる攻撃を受けている」

 

 ミギーはその言葉を聞くと沈黙した。女は顔を横に向け、宇田の死体を見た。

 

「これはお前たちがやったのか?」

 

「いや、違う」

 

「そうか」

 

 女はそう短く答えると暫く宇田の死体を見つめていた。ミギーはそんな女に向かって問いかけた。

 

「田村玲子はなぜお前たちにわたし達のことを伝えたのだ?」

 

 女はそう問いかけられるとミギーの方に向き直った。そして過去のことを思い出しているのだろう。どこか遠い目つきで話し始めた。

 

「わたし達は田村玲子の研究の協力者だったからだ。田村玲子は人間の『情』について研究をしていた」

 

「『情』だと?」

 

 ミギーは半分驚いたような声で女の言葉を反復した。

 

「ああ、そうだ。お前はわたし達が誰であるのか分からないか?」

 

 女は初めて表情を緩めるとミギーに対してそう問いかけた。

 

「どういうことだ?」

 

 ミギーがそう聞き返すと女は笑みを浮かべた。

 

「わたしの職業は女優、そしてこの男の職業は俳優だ。テレビにも時々出ている」

 

 女がそういうとミギーは一瞬黙ったが、続いて言った。

 

「シンイチ、ちょっとこっちに来てくれ」

 

「えっ? ああ」

 

 新一はミギーに呼ばれるとベランダから離れ、部屋のドアを開けて顔を出した。そして女と男の顔を見ると驚きの声を上げた。

 

「げっ、深森明日葉と嵯峨京之助じゃないかよ。なんでこんな所にいるんだ?」

 

 新一の反応を見ると女は小さく笑った。

 

「田村玲子は人間の『情』というものが一体どういうものであるのかを知りたがっていた。それゆえ、私たちに演技という行為をさせるに至ったのだ」

 

 ミギーは深森と嵯峨の様子を具に観察していた。深森はミギーの瞳を見ると言った。

 

「今までの話しを信じるも信じないもお前たち次第だ。わたし達が化けている可能性だって否定はできないからな。でも可能ならば今は信じて欲しい。恐らく、残された時間はもうそれ程はないはずだから」

 

 深森はミギーにそう訴えた。その声には他のパラサイトには感じられない何か特別な響きがあった。ミギーは暫く何かを考えていたようだったがやがて答えた。

 

「ああ、分かった。いいだろう」

 

 

********************

 

 

 新一達は宇田の家を出ると数キロメートル程車を走らせ、大きな工場の脇を通っている道に車を停車させていた。人や車の通りはなく、街路樹が茂っているため目隠しも十分にされている場所だった。宇田の件については既に公衆電話から警察に連絡をしていた。

 車から降りると新一は縁石に腰を下ろした。深森と嵯峨も間もなく車から降り、新一に近づいてきた。ミギーは深森と嵯峨に対してこれまでの経緯と敵の力について説明をした。深森と嵯峨は淡々とミギーの話を聞いていた。

 20分程経ち、ミギーの説明を一通り聞き終えると深森が口を開いた。

 

「ということは、喜多という奴が一種のセンサーの代わりをしていたということだな?」

 

「ああ、そうなる」

 

 ミギーは答えた。

 

「わたし達は荒野に放り出された赤子のようなものだ。あまりにも無防備すぎる」

 

「喜多の行方に関して心当たりはないのか?」

 

 そう聞いたのは嵯峨だった。ミギーは少し間を置いて答えた。

 

「心当たりはない」

 

「そうか。ということは打つ手なしだな」

 

 嵯峨がそう言った時だった。深森が嵯峨を制する様に口を開いた。

 

「いや、打つ手はある」

 

「本当か? それは一体どんな方法だ?」

 

 嵯峨は深森に尋ねた。深森は嵯峨を見ると続いてミギーに視線を移した。

 

「お前の先ほどの話によれば、敵に対抗することのできる力を持った仲間が一人だけいる」

 

「後藤か」

 

 そう言ったのは新一だった。深森は小さく頷いた。

 

「そうだ。後藤を仲間に引き入れることができるかどうか、それがわたし達に残された最後の望みだ」

 

 深森の言葉を聞くとミギーは何かを考えていたようだがやがて答えた。

 

「ああ、そうだな」

 

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