寄生獣 ~第2部~   作:aimo0314

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第8話 疑惑

 

「失礼します」

 

 そう言うと一人の若い男が部屋の中に入って来た。ペールブルーのシャツを身に着け、右腕には腕章を付けている。男は静かにドアを閉めると部屋の中へと進んでいった。部屋は個室であったものの、それ程広くはなかった。

 

「うん」

 

 デスクで書類に目を通していた男はそう返事をすると顔を上げた。顔には深い皺が刻まれている。その男は平間だった。

 

「本部からの通達が届いておりますのでお持ちいたしました」

 

「そうか、後で見るからそこに置いておいてくれ」

 

 平間はそう言うと再び書類に目を落とした。男は平間にそう言われるとさらに続けた。

 

「警視、本通達は警視個人宛に来ているものです」

 

 そう言われると平間は睨みつけるように男を見た。

 

「分かった、見せてくれ」

 

 平間はそう言うと男から書類を受け取った。そして、書類に目を落とした瞬間、平間の表情は一瞬強張った。平間はむさぼる様に渡された資料のページをめくっていたが暫くすると我に返った様におもむろに男を見た。

 

「ありがとう。君はもう下がっていいよ」

 

「はい」

 

 男はそう返答を返すと部屋から出て行った。男が出て行った後、平間はしばらくの間受け取った書類を食い入るように見ていたが、やがて思い立った様に電話の受話器を上げ、ダイアルボタンを押した。

 

「はい、静岡県警です」

 

 電話口から女の声がした。声を聞くと平間は受話器を耳に当てた。

 

「えー、わたくし東福山市警の平間と申します。突然のお電話で恐縮ですが白田本部長はいらっしゃいますでしょうか?」

 

「えー、はい、少々お待ちください」

 

 電話口の女がそう言うと保留音が流れた。そして20秒程すると一人の男が電話に出た。

 

「どうも、お待たせしまして申し訳ありません。白田です」

 

「突然のお電話、大変恐縮です。私は東福山市警の平間と申します」

 

「平間警視ですね。存じ上げております」

 

「それは大変光栄です」

 

 平間は事務的な口調でそう答えた。

 

「今日お電話差し上げましたのは、本日出されました通達に関してお聞きしたいことがあったからです」

 

「パラサイトの件ですね」

 

 白田は含みのある声で平間にそう言った。

 

「はい、そうです。先ずお聞きしたいのですが、被害者宇田守にはパラサイトが寄生していたということで間違いないでしょうか?」

 

「はい、間違いありません。パラサイトは被害者の上顎から首筋にかけて寄生しておりました。専門解剖医の鑑定も受けておりますので間違いはありません」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 平間は淡々とした口調で礼を述べるとはやる気持ちを抑えるかのように一呼吸を置いた。そして続けた。

 

「資料の内容を拝見しました所、市民からの通報によって被害者の死が分かったとか」

 

「はい、そうです。被害者のアパートから3キロ程離れた公衆電話からでしたね」

 

「そうですか。となりますとその市民は被害者のアパートで死体を目撃したということとなりますね」

 

「はい、おっしゃる通りですね。当方でも被害者の交友関係を中心に調べを進めている所です」

 

 平間は白田の言葉を聞くと一瞬沈黙した。平間は何かを思い出している様だった。そして次の様に切り出した。

 

「失礼ですが、通報者の性別は?」

 

「男です。歳は20代~30代といった所でしょう」

 

 白田の返答を聞くと平間の目が光った。

 

「そうですか。一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「通報者の会話の録音データをこちらまで送って頂けませんでしょうか?」

 

 白田は少し間を置いた後、答えた。

 

「分かりました。お送りしましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「何か手がかりが見つかりそうですか?」

 

 白田は平間に尋ねた。平間は少し力のこもった声で答えた。

 

「はい。可能性はまだ何とも言えませんが、当たってみたい人物がいます」

 

「ほう、そうですか。では期待して待っていることとしましょう」

 

「はい、ご協力に感謝いたします」

 

「ではまた何かありましたらご連絡ください」

 

「はい。承知いたしました。失礼いたします」

 

 平間は電話を切った。そして椅子に背を預けた。天井を見つめるその瞳には何か宿命の敵と再会を果たしたかの様な力強さが漲っていた。

 

 

********************

 

 

「ふー、やっと今日の仕事も終わりましたよっと」

 

 そう言うと一人の男が5階建ての小さいビルの中から出てきた。新一だった。時刻は午後7時を過ぎており、陽は既に沈んでいた。

 

「でもこれからまた一仕事あるんだよなあ」

 

 新一はそう言うと普段使っている駅とは逆の方向に歩を進めていった。そして少し歩くと駐車している一台の車の前で足を止めた。車の運転席には嵯峨が座っており、助手席には深森がいた。新一はそれを確認すると後部座席のドアを開け、車に乗り込んだ。

 

「思ったより早かったな」

 

 新一が乗り込んだことを確認すると深森は言った。

 

「ああ、何とかかんとか抜け出してきましたさ。昨日は酷かったけどな」

 

 新一は深森にそう返した。昨日とは宇田の家から帰ってきた翌日のことだった。新一は予想した通り上司からこっぴどく灸をすえられ終電まで残業をしていたのだった。

 

「そうか。疲れているんだったら目的地に着くまで寝ていてもいいぞ。ミギーが起きてくれていれば問題ないからな」

 

 深森は笑みを浮かべながら新一にそう言った。

 

「ははっ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうっかな」

 

 新一はそう言うとシートに深々と背を預けた。間もなく嵯峨が車のエンジンをかけた。

 

「目的地は一昨日聞いた場所と変わってないか?」

 

 嵯峨はバックミラーを見ながらそう尋ねた。

 

「ああ、変わっていない。どうやら『奴』は移動していないようだ」

 

ミギーは嵯峨に答えた。

 

「そうか」

 

 嵯峨はそう言うとアクセルを踏んで車を発進させた。

 

 

********************

 

 

 小1時間程車を走らせると新一達は目的地に着いた。そこは木々の生い茂る山の中だった。三人は車から降りた。

 

「かー、後藤っていうのはこういう所が好きなのかねー」

 

 新一は周囲の様子を眺めるとそう言った。道路の街灯以外には明りもなく、道から少し離れるとそこはもう闇の中だった。

 

「俺スーツに革靴なんですけど、ミギー、こっから歩くのかよ」

 

「安心しろ、シンイチ。後藤はここからそう遠くない場所にいる」

 

 ミギーは新一を見るとそう答えた。

 

「こっちだ。行くぞ」

 

 ミギーは進行方向に瞳を向け、言った。新一達はミギーの示す方向に向かって歩き出した。

 下り坂の山道を5分ほど歩いた時だった。川の水音が聞こえてきた。

 

「川か」

 

 新一はそうつぶやいた。

 

「ああ。後藤もすぐ近くにいる」

 

 ミギーがそう答えた時だった。新一達の視界の中に川べりの岩に腰を下ろしている一人の男の後ろ姿が入ってきた。後藤だった。片膝を立て、そこに左腕を乗せた姿勢でじっとしている。

 新一達はゆっくりと後藤に近づいていった。足音から訪問者が到来したことを後藤は分かっていたはずであるが、振り向くことはなかった。

 

「後藤」

 

 後藤の三メートル程背後まで達すると新一が声をかけた。

 

「泉か……それにあと二人、初めてのやつがいるな」

 

後藤は振り返ることなくそう言った。ミギーは何か異変を感じ取ったのであろうか、後藤を注視している。

 

「後藤、今日はお前に頼みごとがあって来たんだ。以前にも一度言ったけど、俺たちの仲間になってくれないか? お前も知っているだろう? あいつらに勝てるのはお前しかしない」

 

「仲間か……」

 

 後藤はどこか郷愁を帯びた声でそうつぶやいた。

 

「悪いが断る」

 

「後藤、今はお前の力が必要なんだ」

 

 新一がそう呼びかけた時だった。後藤はゆっくりと振り返った。その顔には小さな笑みが浮かんでいた。

 

「俺は今一人でいたいんだ。俺のことは放っておいてくれ。それに泉、お前とはどちらかと言えば敵同士の関係でいたい」

 

 後藤のその言葉を聞くとミギーは何かを感じ取った様だった。

 

「やはり」

 

「えっ、何だよ」

 

 新一は突然口を開いたミギーに驚いてそう声を上げた。

 

「シンイチ、奴はこの前会った後藤ではない」

 

「はあ? それどういう意味だよ、ミギー」

 

「今の奴は十年前の後藤に戻っているということだよ」

 

「おい、それって」

 

 新一はそう口ごもると後藤の方に向き直って反射的に身構えた。後藤は新一の様子をみると静かに笑みを浮かべていた。

 

「まあそう身構えるな。今ここでお前たちとやり合うつもりはないし、理由もないだろう?」

 

後藤はそう言うと新一達に背を向け、前に向き直った。ミギーは何か注目すべきものを発見したかの様に後藤を観察している。

 

「後藤、十年前にわたし達がお前と戦った時はお前は正に殺戮マシーンの様だった。覚えているか?」

 

 後藤はミギーの問いかけに暫く沈黙していたがやがて口を開いた。

 

「ああ、覚えている。確かにそうだったな」

 

「だが今のお前から発せられている信号には以前のお前とは全く異質なものが含まれている。そう、これは丁度田村玲子が死ぬ間際に放っていた信号と同じような感じだ」

 

 田村玲子という名前に後藤は少し反応したようだった。後藤は顔を上げると漆黒の空を見上げた。

 

「そうか、田村玲子も俺と同じだったのか」

 

 後藤は再び振り返った。

 

「以前の俺の行動を支配していたのは本能的な衝動だった。お前たち人間を食い殺すというな」

 

 後藤は新一を見てそう言った。

 

「しかし今は違う。以前の俺を突き動かしていた衝動は、今は湧き上がってこない。俺の内部にあったものが根本的に作り変えられている。そう、俺はつくられたのだ。田村玲子によって……」

 

「田村玲子は一体お前に何をしたのだ?」

 

 ミギーは後藤に問いかけた。後藤はミギーを見ると答えた。

 

「さあ、分からないな」

 

 そう言うと後藤は視線を上げ、新一達を見た。

 

「今日はもう帰ってくれ。今の俺にはお前たちの望みを叶えることはできない」

 

「後藤……」

 

 新一は言葉に詰まるようにそう言った。代わりにミギーが口を開いた。

 

「分かった。今日は帰る。後藤、お前の気が変わった時でいい。わたし達に手を貸す気になったらわたし達の前に姿を現してくれ」

 

「ああ、いいだろう」

 

後藤はそう答えた。

 

「シンイチ、行くぞ」

 

ミギーは新一を見るとそう言った。新一達は一人川面を見つめる後藤を残し、来た道へと引き返して行った。

 

 

********************

 

 

 新一は家の近くまで送ってもらうと深森達と別れた。深森たちは駅の近くのホテルに宿泊しているということだった。後藤の説得に失敗した三人は週末に再び作戦を考え直すという約束を取り交わしていた。

 

「後藤が仲間になってくれなかったのは痛いよなー。あいつは自分で自分の身を守れるかも知れないけど俺達にはそれができないからなあ」

 

 新一は歩きながらそう呟いた。「そうだな」ミギーはそう相槌を打った。間もなく新一は家に到着した。

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさーい」

 

 家の奥の方から里美の声がした。新一は泥が少し付いた靴を脱ぎ、玄関に上がると里美が出てきた。

 

「今日も遅かったね、おつかれさま」

 

「うん」

 

 新一は里美に答えた。里美は一枚の紙切れを手に持っていた。

 

「はい、これ」

 

「うん、何?」

 

 新一はそう言うと里美から紙切れを受け取った。そこには携帯電話の電話番号が書かれていた。

 

「今日の夕方にね、電話があったんだよ。東福山市警の平間さんって人から」

 

「平間さん?」

 

「うん、そう。なに、知り合いなの?」

 

「あ、ああ、少しね」

 

 新一は紙切れに目を落としてはぐらかす様に答えた。

 

「ふーん」

 

 里美はそう言うと少し訝しげな目つきで新一を見た。

 

「それでね、時間は遅くなってもいいから今日中に電話を下さいだってさ」

 

「ふーん、そうか、分かったよ。ありがとう」

 

 新一は笑みを見せて里美に答えたが里美は依然として探るような目つきで新一を見ていた。

 

「何か最近トラブルとかあったりしてる?」

 

「いや、別に。何もないよ」

 

 新一はそう答え、里美の表情を確認すると続けた。

 

「何かあったら言うからさ。とりあえずは大丈夫だよ」

 

「……うん」

 

 里美はそう言うととりあえず納得した様な表情を見せた。

 

「ご飯用意してあるけど、先に電話するでしょ?」

 

「う、うん。そうだね」

 

「わたしお風呂に入っちゃうから、適当に食べてね」

 

「ああ、分かったよ。ありがとう」

 

 新一がそう答えると里美はくるりと身を翻して新一から離れていった。新一は手に持っていた紙切れに少しの間視線を落としていたが、やがて部屋に向かって歩き始めた。

 部屋に入り、普段着に着替えた新一は携帯電話を手に取った。

 

「平間さんか。はあー、何か嫌な予感がするなあ」

 

 新一がそう呟くとミギーが瞳を覗かせた。

 

「奴がわざわざ電話を掛けてくるということは我々の仲間の殺戮に関して何か嗅ぎ付けた可能性が高いかも知れないな」

 

「おい、もしそうだとしたらどうやってごまかせばいいんだよ」

 

 新一にそう問われるとミギーは少し沈黙し、そして答えた。

 

「いっそ平間にすべてを話してしまう方がいいのかも知れない。今のわたし達は完全に孤立してしまっている。警察組織が有している軍事力と情報力は喉から手が出るほど欲しい状況だ」

 

 新一はミギーの返答を聞くとため息をついた。

 

「おい、そんなことしたらお前がどんな事されるか分かったもんじゃないんぜ。それに敵は後藤よりも数段強いんだろ? またたくさんの人間が死んじゃうのは流石にもう御免だぜ」

 

 新一はそう言うと平間の携帯電話の番号が書かれた紙を手にとった。

 

「とにかく、出来る限りごまかしてみるからな」

 

 新一はそう言うと番号を押し始めた。ミギーは何も言わず新一の様子を見ていた。番号を押し終わると新一は携帯電話を耳に当てた。3回程コール音が鳴ると一人の男が電話に出た。

 

「もしもし」

 

「あ、もしもし、泉ですが平間さんでしょうか?」

 

「おお、泉君か。久しぶりだな。そうだ平間だ」

 

 平間は思ったよりも明るい声で新一に対してそう答えた。だが、新一は警戒心を解くことなく会話を続けた。

 

「昼に電話を頂いたみたいですが」

 

「そうだ、君に聞きたいことがあったんだ」

 

 平間はそう言うと新一との間合いを測るかのように間を置いた。そして次の様に切り出した。

 

「君も忙しそうだから端的に用件を話す。泉君、君は宇田守が死んだ時、現場にいたね?」

 

 ある程度想定はしていたものの、宇田の名前を出された事によって新一は少なからず動揺した。平間は沈黙する新一に対して続けた。

 

「通報の録音テープの声紋から君だと分かったんだ。泉君、わたしは君が犯人だとは考えていない。だからこそ君には君の知っていることをすべてをわたしに打ち明けて欲しいんだ」

 

 新一は依然として沈黙して何もしゃべらなかった。何かを話した途端、平間に何か尻尾を掴まれそうな気がしていたからだった。平間は新一が黙秘を続けることもある程度想定していたのだろう。特に感情的になることもなく話し続けた。

 

「電話だと話しづらいこともあると思う。君とは直接会って一度話をしたい。君に出頭命令を出す。明日の午前10時、東福山市警まで来てくれ。いいね?」

 

「……分かりました」

 

 新一は少し間を置くと短くそう答えた。

 

 

********************

 

 

「失礼します」

 

 そう言うと一人の男がドアを開けて部屋の中に入ってきた。男の声を聞くと平間は見ていた書類から視線を上げた。

 

「やあ、村山。そこに座ってくれ」

 

 平間は応接用のソファに視線を送りそう言った。

 

「はい、それじゃあ失礼します」

 

 村山はそう言うと部屋の様子を眺めながらゆっくりとソファに腰を下ろした。平間も席を立つと村山の向かい側に座った。

 

「いい部屋ですね。さすが警視ともなると違うなあ。僕もいつかこんな部屋で仕事をしてみたいですよ」

 

 村山は部屋の調度を眺めながら平間に言った。

 

「ふん、気にもないことを言うな」

 

 平間は表情を崩さず答えた。

 

「ははっ、ばれましたか。確かに僕は警視なんていうガラじゃないですからね。しかし平間さんが警視になるなんて考えてもみませんでしたよ。以前の平間さんは僕なんかとでも一緒にお酒を飲んでいたのになあ」

 

「今でも飲むさ」

 

「へえ、そうですか。では今度是非ご一緒しましょう。最近できた安くていいお店があるんですよ」

 

「分かった。その話の続きはまた後でしよう。本題に入るぞ」

 

 平間は村山の会話を遮るようにそう言った。村山は笑みを浮かべた表情で平間の顔を見ると乗り出していた背を革張りのソファにゆっくりと戻した。

 

「はい、もちろん、どうぞ、警視」

 

 村山は響きのある落ち着いた声でそう言った。平間は村山の表情を確認すると手に持っていた書類を村山の前に出した。

 

「先ずはこれに目を通して欲しい」

 

 村山はそう言われると一度平間の顔を見て、そして書類を手に取った。

 

「ふーん、随分ひどい殺され方だ」

 

 村山は先刻までとは打って変わって鋭い眼差しを見せるとそう感想を漏らした。平間は村山の様子を眺めながら言った。

 

「村山、10年前のことは覚えているか?」

 

「10年前……はて、何かあったかなあ」

 

 村山は書類に目を落としたままとぼけるようにそう答えた。

 

「パラサイトの一連の事件だ」

 

「ああ、パラサイトの事件ですか。覚えてますよ。平間さん、僕だって平間さんの下についていたじゃないですか。そうか、早いもんだな。あの事件からもう10年経ったのかあ」

 

 村山は視線を上げて平間を見た。その顔には意味ありげな笑みが浮かんでいた。

 

「で、平間さんがわざわざ10年前の前の昔話をするってことは」

 

「ああ、察しの通りだ。次のページを見てみろ」

 

 平間にそう言われると村山は書類のページを1ページめくった。そこには被害者の全身写真があった。頭部が歪な形に変形していて、先端が寸断された触手が数本生えている。

 

「ふーん」

 

 村山は特に驚いた表情も見せず、写真を見ていた。そしてまた暫く無言で資料のページをめくりだしたがやがて資料をテーブルに置くと村山は平間を見た。

 

「で、僕に何をしろと? この事件は見た所別の管轄で起きたもののようですし」

 

 平間は村山の言葉を聞くと少し身を乗り出し、村山を直視した。

 

「お前にはある男の身辺調査を行ってもらいたい」

 

「誰です?」

 

 村山は平間とは逆にソファに背を預けながらそう聞き返した。

 

「泉新一だ」

 

 平間は短くそう言った。

 

「泉新一……えーっと確か高校生くらいの男の子でしたっけ」

 

「そうだ。10年前はな」

 

「で、泉新一がどうして今出てくるんですか?」

 

「彼が伊豆の事件の通報者だからだ」

 

 平間の言葉を聞くと村山の表情が変わった。そして腕組みをすると右手で顎を撫ではじめた。

 

「ふーん、そりゃまた」

 

 村山はそうつぶやいた。何か考えを巡らせているのであろう。その視線は平間ではなくどこか別の所を見ている。

 

「わたしはずっと泉新一がパラサイト事件に何らかの関わりを持っていると考えて追いかけてきた。しかし10年前の時は結局確固たる証拠を掴むことはできずに終わった。その結果、多くの犠牲を出すことになってしまったとも考えている。だから今回は何としても泉新一の秘密を暴き出したい」

 

 平間は力強い声でそう言った。村山は視線を平間に戻した。平間は村山の眼を見ると続けた。

 

「だからお前に協力して欲しい」

 

「僕なんかでいいんですか?」

 

 村山は口元に笑みを浮かべてそう聞いた。

 

「ああ、お前のやる仕事を私は信頼しているからな」

 

「仕事は……ですか」

 

 村山はそう言うと視線を平間から逸らした。そして暫く沈黙していたがやがて口を開いた。

 

「分かりました。引き受けますよ。こういう危険な仕事は家族のいない僕が適任ですしね」

 

「別に命を危険にさらすような真似をしろとは言っていない」

 

 平間にそう言われると村山は平間を見た。その顔にはじっとりとした笑みが浮かんでいた。

 

「この事件はそういう性質のものじゃないんですよ。平間さんだって分かっているはずだ。深く足を踏み入れた人間は必ず生死を問われる場面に遭遇する……。泉新一の周辺では必ずまた事件が起きますよ。まあ、その時の犠牲者が誰になるのかはまだ分かりませんけどね」

 

 村山は静かな口調でそう言った。しかしその瞳にはどこか挑戦的な色が浮かび上がっていた。平間はすわった瞳で自分のことを見ている村山と無言のまま見つめ合っていた。

 

 

********************

 

 

 東福山市警に一人の男が入って来た。新一だった。新一はおずおずと周囲を見回すと受付の窓口に近づいていって声を掛けた。そのまましばらく窓口の近くで待っていると一人のスーツ姿の男が近づいて来た。

 

「泉さんですね。どうぞこちらへ」

 

「はい」

 

 新一はそう言うと男の後に従って歩き始めた。フロアの突き当りまで進んでいくと男はエレベータのボタンを押した。

 

「平間警視とはもうお話はされましたか」

 

 男は新一の方を見るとそう尋ねた。新一よりも少し年上に見える男だった。胸板が厚く、肩周りの肉付きが良いため、格闘技をやればかなり強そうな感じの男だった。

 

「はい、まあ」

 

 新一が返答するとエレベータが到着したため、2人は乗り込んだ。男は4階のボタンを押した。

 

「平間さんって今警視なんですか?」

 

 新一は男に聞いた。

 

「ええ、そうです。昨年から警視を務められております」

 

「警視って偉いんでしたっけ? よく知らなくって」

 

「簡単に言うと本署の署長を務められていることとなります」

 

「そうですか」

 

 間もなくエレベータが停止して、ドアが開いた。新一は数人の人間がいるロビーを抜けると6畳ほどの広さの狭い部屋に通された。取り調べ室の様であったが、割とこざっぱりしていて清潔感のある部屋だった。

 

「少々お待ちください」

 

 男はそう言うと部屋から出て行った。新一は椅子に座り、じっと机の上を見つめていたが、直ぐに部屋のドアをノックする音が聞こえ、男が2人入って来た。先刻、新一を案内した男と平間だった。

 

「やあ、泉君、久しぶりだね」

 

 平間はそう言うと椅子に座り、新一と向き合った。平間の付き添いの男はドアを閉め、脇の椅子に腰を下ろした。

 

「君と会うのはもう10年ぶり位になるか? 今はどうしているんだい?」

 

 平間は新一の緊張をほぐそうとしているのであろうか、それとも探りを入れようとしているのであろうか。新一に対して快活な口調でそう尋ねた。

 

「サラリーマンをやっています」

 

「そうか、結婚はしたのかね?」

 

 新一は平間の顔を見た。平間にしては柔和な表情をしていたものの、その瞳の奥には何かが隠されているようにも見えた。

 

「はい」

 

「子供は?」

 

「一人います。女の子が」

 

「ほう、可愛いだろう。今いくつになったんだ?」

 

「3歳になりました」

 

「丁度かわいい盛りだな。今のうちによく遊んでおいた方がいいぞ。そのうち父親なんていうのは見向きもされなくなってしまうからな」

 

 平間は笑顔でそう話したが、新一はそんな平間から顔を背けると机に視線を落とした。平間ももう間合いを測るための余計なやりとりは不要と考えたのだろう。その表情を一気に険しいものに変化させた。

 

「泉君、今日君にここに来てもらった理由は昨日電話で話した通りだ。君は事件のあった日に宇田守の家に行っていた。君は何のために行っていた。そして何が起きたのだ? 教えてくれ」

 

 新一は平間に問いかけられるとゆっくりと顔を上げた。ある程度どのように答えるか考えて来たのだろう。新一はつらつらと話し出した。

 

「遊びに行っていたんです、その日は。宇田さんとは海釣りに行く予定でした。でも、自分が宇田さんの家に着いた時にはもう……」

 

 新一はそう言うと口ごもった。平間は何かを探るような目線で新一を見ている。

 

「なぜ、わざわざ離れた場所から通報したんだ? 被害者の家の電話も使えただろう」

 

「宇田さんのあんな姿を見て気が動転してしまっていて、怖くなったんです。それに、もしかしたら犯人もまだ近くにいるんじゃないかと思って。それで気づいた時にはもう車で走っていました。それからようやく気持ちが落ち着いてきて、事の重大さに気づいて警察に通報したんです」

 

「そうか」

 

 平間はそう相槌を打った。しかしその表情は到底新一の言っていることを鵜呑みにしているものではなかった。

 

「宇田守とは一体どういう関係だったんだ?」

 

「宇田さんとは伊豆に旅行に行った時に知り合ったんです。自分がまだ高校生の時でした。その時にすごく親切にしてもらって……俺は一人っ子だったんで、本当に兄の様な存在でした」

 

 普通の人間がこの会話を聞いていたら新一の話を真に受けていたかも知れない。それ程に新一の話し方は真摯で自然な感情がこもったものだった。

 

「被害者とは電話でよく話をしていたのか?」

 

 平間は淡々と問答を続けた。

 

「はい」

 

「最近、何か変わった様子とか、トラブルに巻き込まれているとかそういうことはなかったか?」

 

「いえ、特にそういうのはなかったと思います。いつも気丈に話しかけてくれていましたし」

 

 新一の返答を聞くと平間は机に出していた手をひっこめて腕組みをした。

 

「泉君、君も知っていると思うが宇田にはパラサイトが寄生していた。今まで付き合ってきた中で気づかなかったのかい」

 

「はい、気づきませんでした。わたしの前ではずっと普通の人でしたから」

 

「宇田のパラサイトは上顎部分に寄生していて、死体が発見された時はその姿を現していた。つまり戦闘態勢にあったということだ。宇田は何者かによって襲われた可能性が非常に高い。それも、パラサイトの戦闘能力をしても勝てない程の相手にな」

 

「そうですか」

 

 新一は元気のない声でそう相槌を打った。平間は睨みつけるような眼で新一を見ている。

 

「どうも最近、パラサイトの中で何か動きが起き始めているらしい。宇田の他にも横浜でパラサイトが一匹殺害されているのが発見された」

 

「横浜……」

 

「ああ、サラリーマンの男に寄生していたパラサイトだった様だ。死体は無残な姿だったよ」

 

 そう言うと平間は沈黙した。新一も再び俯いて机に視線を落としたため、部屋の中は少しの間、静寂に包まれた。

 

「いいか、もう一度だけ聞く。君がパラサイトの件でもし何かを知っているならば教えてくれ。どんなことでもいい。君が話せば余計な犠牲者が出なくて済むかも知れないんだ。君だってもう10年前の市庁舎で起きた様な悲劇を目の当たりにしたくはないだろう?」

 

 10年前の市庁舎の出来事……その単語は新一の中に様々な記憶を蘇らせた。群がる人だかりと軍隊の人間、装甲車と武器、銃声と血を流して倒れていく人間、まるで人形のように積み重ねられた死体、そして、後藤……。

 

「泉君」

 

 平間は促すようにそう新一の名前を呼んだ。新一は顔を上げると平間を見た。

 

「俺は何も知りません」

 

 平間はじっと新一の眼を見ている。新一も負けじと平間の眼を見た。二人の睨み合いは暫く続いた。

 

「そうか」

 

 やがて平間はそう言うと腕組みを組んで姿勢を崩した。

 

「君は一連のパラサイト事件の重要参考人だ。これからもこちらから協力を申し出ることは度々あると思う。仕事や家庭もあると思うが多くの人間の命が関わっている事件だ。是非協力して欲しい」

 

「分かりました」

 

 新一は答えた。

 

 

********************

 

 

 新一が帰って行くと平間は同席していた男に調書の作成を指示し、自身は階下へと向かった。平間は誰かを探している様に周辺を見回しながら歩いていたが、やがて目当ての人物を見つけたのであろう。ガラス張りになっている喫煙室の中へと入っていった。

 喫煙室の中には村山がいた。村山は平間の顔を見ると吸っていた煙草を口から離した。

 

「警視、こんな所にわざわざ来て下さらなくても、呼んでくだされば私から出向きましたのに」

 

 村山はわざとらしい笑みを浮かべて平間にそう言った。

 

「お前の『すぐ行きます』は当てにならんからな」

 

「ははっ、そうですか」

 

 村山は苦笑いをした。

 

「そんなことより村山、今ちょうど泉新一の取り調べが終わった」

 

「へえ、そうですか。彼は何か言いましたか」

 

「何も、だな。何かを隠していることは間違いないと思うがな。しゃべらせるまでには至らなかった」

 

「ふーん、まっ、そうでしょうね」

 

 村山はそう言うと視線を窓の外に向けた。平間は腕組みをすると壁に寄り掛かった。

 

「お前は泉新一の姿は見たか」

 

「ええ、見ました。さっきチラリと、ロビーでね」

 

「何か感じるものはあったか?」

 

 そう言われると村山は平間の顔を見た。

 

「ははっ、残念ながら僕にはそういう超能力みたいなものはありませんよ」

 

「そうか」

 

 平間はそう言うとドアに手をかけた。

 

「村山、後でまた呼ぶから今日は時間を空けて置いてくれ。今回の捜査のお前の協力者を紹介する」

 

「下をつけてもらえるんですか?」

 

「ああ、お前だけじゃ不安だからな。お前のお目付け役だ」

 

 平間がそう言うと村山は煙草を灰皿に押し付けた。

 

「ははっ、そうですか。何だか信頼されているのかされていないのか分からないなあ」

 

「リーダーはお前だ、村山。お前の好きにやっていい。分かったな?」

 

「はい、承知しました」

 

 村山の返事を聞くと平間は部屋から出て行った。村山は何か楽しい遊びの計画でも考えているかの様な表情で窓の外に視線を向けていた。

 

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