市警の建物を出ると新一は停車してあった車に乗り込んだ。車という一種外の空間とは隔離された場所に来たことで新一はようやく緊張が解けたようだった。
「はあ、疲れたぜ」
ミギーは瞳を覗かせた。
「シンイチ、中々見事な演技だったぞ」
新一は車のエンジンを入れた。
「でも平間さんのあの眼はやっぱり俺のことかなり疑っている感じだったなあ」
「そうだな」
ミギーは短く答えた。その瞳は何かを考えているように見えた。
「ミギー、来週に宇田さんの遺体が遺族の所へ戻されるみたいだからその時はお通夜に行ってもいいだろう?」
「わたしとしてはあまり行って欲しくはないけどな」
「お前って奴は本当に薄情なのな」
新一はそう言うと交差点に差し掛かったため、車のブレーキを踏んだ。目の前の横断歩道を手を繋いだ母子が通り過ぎていく。
「深森と嵯峨の方はうまくいってるのかなあ」
新一は独り言の様にそう呟いた。後藤を仲間に引き込むことに失敗したため、深森と嵯峨は他に協力を獲得できそうな仲間を探すこととしたのだった。
「分からない。だが期待するしかないな。こうしている間にもカウントダウンは確実に進んでいっているからな」
ミギーはそう言うと新一から視線を逸らした。信号が青に変わった。新一はハンドルを握り直すとゆっくりとアクセルを踏んでいった。
********************
木製のドアをノックする乾いた音が部屋の中に響いた。
「どうぞ」
ノックの音に答えるように一人の男がそう口を開いた。平間だった。「失礼します……」その声と共に3人の人間が部屋の中に入ってきた。一人は平間の部下の男であり、もう二人の人間を部屋まで案内してきた様だった。一人は40代半ば位の男でもう一人はまだ20代に見える若い女だった。
「どうも、遠方はるばるお越し頂きましてありがとうございます」
平間は立ち上がると二人に近寄ってそう挨拶をした。
「こちらこそ、今回はお招き頂きましてありがとうございます」
そう答えたのは男の方だった。背はやや低く細身で、体格もそれ程恵まれているという感じではなかった。男は手を差し出すと平間と握手をした。
「村山、紹介する。こちらは本部から派遣されてきた神宮寺警部、そしてこちらは田神巡査だ。今回の捜査で色々と協力をして頂くことになる」
村山はそう言われると立ち上がりゆっくりと二人に近づいていった。
「村山です。どうぞよろしく」
村山は口元に笑みを浮かべて手を差し出した。一方、村山とは対照的に神宮寺は強面の表情を崩すことはなかった。
「神宮寺だ。よろしく」
村山は神宮寺と握手し終えると女の方にも手を差し出した。
「よろしく」
女の髪は肩に掛かるくらいの長さで艶のある綺麗な黒髪だった。
「田神と申します。よろしくお願いします」
田神はそう言うと小さな手を出し、村山と握手を交わした。
「さあ、先ずはどうぞお座りになられて下さい」
平間はそう促し、二人を席に座らせた。そして平間と村山はその向かいの席に腰を下ろした。
「今回はこちらからの勝手な要望で支援を頂けることとなりまして大変感謝しております。何分、人手と人材が不足しておりまして大変助かりました」
平間は普段はあまり見せないような柔和な表情でそう話した。
「いえ、こちらも今回の様な重要な事件の担当にさせて頂けることとなり大変光栄に感じております」
神宮寺は丁重に、しかし非常に事務的な口調でそう答えた。
「そうですか、それは大変ありがたいです」
平間はそう言うと手を組み直し、続けた。
「では早速ですが本題の方に入らせて頂きます。今回の件ですが、捜査チームのリーダーは弊署の村山に務めさせようと考えております。10年前にもパラサイト事件に関わってきておりまして今回の被疑者に対しても幾分かの面識があります。この点に関しましてはよろしいでしょうか?」
「異存はありません。だが一つだけお聞きしたいことがあります。村山巡査部長は今までにどの様な経歴がおありなのでしょうか? チームリーダーを務められた経験は?」
「ありませんよ」
答えたのは村山だった。神宮寺は見下すような眼で村山を一瞥すると平間に視線を戻した。
「警視、ご存知の様に今回の被疑者に対する捜査は迷宮入りしそうになっていたパラサイト事件への突破口を開くものとなりうるものです。村山巡査部長も大変優秀な方なのかも知れませんが、捜査を円滑に進めていくには経験が非常に重要になってきます。もしよろしければわたしに指揮権を譲って頂くこともご検討願えませんか」
神宮寺の言葉遣いは穏やかだったが、その口調は相手に有無を言わせないような強い意志が感じられるものだった。平間がそんな神宮寺に対して口を開こうとした時だった。機先を制するように村山が口を開いた。
「警部、こっちも一つ質問をしたのだがよろしいかな?」
神宮寺は鋭い目つきで村山を見た。
「いいだろう。何でも聞いてくれ」
「警部はどの様な経歴をお持ちで?」
村山がそう言うと平間は苦虫を噛み潰した様な渋い表情を見せた。
「おい、村山」
平間は村山を諭すようにそう名前を呼んだがすぐさま神宮寺が口を開いた。
「警視、まあ構いません。お互いの理解を深めるためには腹を割って話すことが最も近道ですから」
神宮寺はそう言うと村山の方に向き直った。
「わたしはキャリア組ではないから最初は君と同じ様に地方に勤めていた。その時に窃盗から殺人事件の捜査に至るまで一通りのことは経験した積もりだ。その後は本部に転任して組織犯罪対策部に所属していた。テロリスト犯の取締りや諜報活動などをやってきた。無論、幾つかの捜査においてはチームリーダーの経験もある。今回の様な事件ではわたしの持っている経験が生かされると思うが」
神宮寺は表情は変えなかったもののその声の張りからかなり得意気になって話していることが分かるものであった。一方の村山は不敵な笑みを浮かべてそんな神宮寺の話を聞いていた。そして口を開いた。
「経歴は分かりました。大したものですよ。あなたは地方出身者の希望の星の様な存在だ」
神宮寺は村山にそう言われてまんざらでもなかったのであろうか。その表情が微かに緩んだ。
「だが警部、警部は今までの事件の中で死と隣りあわせの仕事をされたことはありますか?」
「ああ、わたしの仕事は常に死の危険とも隣りあわせだ。わたしは常にそう考えることを心掛けている」
「そういうことを聞いているんじゃないですよ」
村山はそう言うと腕を広げてジェスチャーを交えながら話しを続けた。
「例えば、犯人と銃撃戦をやったとか、もっと言うならイカレてる殺人鬼に首筋にこうナイフを突きつけられて殺される寸前までいったとか、そういうことを聞いているんです」
神宮寺は半ば軽蔑する様な眼で村山を見ていた。
「残念ながらそういう経験はないな。リスクを最小限に抑えた上で事件を解決に導くことも重要なマネジメント能力だとわたしは考えている。そういった場面に遭遇しなかったのはむしろプラスに評価されるべきことだとわたしは思う」
「そうですか」
村山は静かにそう言った。だがその眼にはひどく挑戦的な感情が漲っていた。
「警部、お言葉ですが、今回の事件は警部では解決に導くことは難しいでしょうね」
「なんだと」
村山の言葉に対して神宮寺は直ぐさま異論の声を上げた。その顔は多少激昂している様に見えた。
「なぜそう思う?」
「警部の捜査の仕方は及び腰過ぎるからです」
「君はまだリーダーの経験がないからそんな事を言うのだ。無闇やたらに危険の中に身を投じていくことは策を考えることのできない愚かな人間のすることだ。わたしは君の様なリスクを軽視する人間が失敗するのを多く見てきたから分かる。君の考え方は根本的に間違っている」
神宮寺はかなり語気を荒げて言葉を放ったが、村山は涼しい顔で神宮寺の話しを聞いていた。
「警部、わたしは何も警部の言っていることが間違っていると言っているのではありません。むしろ正しい。正に教科書にはかく書かれるべきという内容ですよ」
「ではなぜわたしのやり方では解決できないと思うのだ」
神宮寺にそう質問されると村山は組んだ手をテーブルに載せ、身を乗り出した。その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「警部のおっしゃる方法論は今回の事件の本質とはあまりに乖離してしまっているからです。今回のわたし達の相手は人間ではない。パラサイトなのです。この前提を見誤うことは命取りになります。奴らに我々の常識が通じるとは先ず考えないほうがいい。もし自分の考えが捨てられないのであれば無駄死にすることになるかもしれませんよ、警部」
「なに」
「今回の捜査においても多少の犠牲が出るのは止むを得ないことであるとわたしは考えています。10年前の時もそうだった。多くの人間の血が流れ、殉職していった。策を考えれば状況はまた違ったのかも知れませんが、状況はそれほど大きくは変わらなかったんじゃないかとわたしは思っています。奴らは追い詰められたとき、まるで細い枯れ木の枝を折るようにいとも簡単にわたし達の首をはねるんです」
村山は右手で自分の首を切る真似をしながらそう言った。
「わたしたちはこれから正にそんな奴らを追い詰めていくことになるわけです。当然、しっぺ返しを食らうこともあるでしょう。奴らにも生存本能はあるようですから。つまり、死ぬのが怖かったら今回の事件には関わらない方が身のためっていうことですよ」
村山がしゃべり終えても誰も口を開かなかった。村山は神宮寺に向けていた視線を田神に移した。
「君もそうだ。死ぬのは怖いだろう?」
「わたしは怖くはありません」
田神はきっぱりとした口調で即答した。
「ふーん、そうかい」
「村山、田神巡査は大学時代にパラサイトの生体研究の第一人者である由井教授の研究室にいらっしゃった方だ。パラサイトの性質に関してはお前なんかよりも断然よくご存知だ」
平間は村山に言った。
「へえ、そうですか。そいつは助かりますね」
村山はそう言うと神宮寺を見た。
「警部、田神巡査はどうやら今回の捜査の危険性を十分に認識した上でこの場におられるようだ。警部はいかがされますか?」
「当然、わたしも捜査に加わる。当たり前の話だ」
神宮寺は強くそう言った。
「ははっ、警部、ご気分を害してしまったようでしたら申し訳ありません。わたしは一応事前に警告だけしておきたかっただけなんです。これでも10年前の惨劇の時には現場に立ち合わせていたものですから」
村山はそう言うと乗り出していた身を引っ込めた。
「それと、先ほどのリーダーの話ですが、わたしは別に何のこだわりもありませんので、警部がリーダーであろうと田神巡査がリーダーであろうと構いませんよ。警部にお任せします」
村山は神宮寺を見てそう言った。神宮寺はしばしの間村山を睨むように見つめていたがやがて答えを返した。
「いいだろう。取りあえずリーダーは村山巡査部長で構わない」
********************
薄暗い照明の点いた長い廊下に一人の男の足音が規則的に響いている。やや長めの髪はきっちりと固められており、その顔はまだ若々しかった。黒のスラックスに白地のシャツを身につけたその姿は一分の乱れもなく、見るものに知的な印象を与えている。
やがて男は目的地に着いたのであろう。足を止めると重厚な彫刻の施されているドアをノックした。
「どうぞ」
そう中から女の声がし、男はドアを開けた。
「やあ、祥子」
男はそう言いながら部屋の中へと進んでいった。祥子は考え事でもしていたのだろう。ベッドに腰を掛けていた。
「諒、戻ってきてたんだ」
祥子は男を見るとそう言った。
「ああ」
諒はそう答えると祥子の向かい側にある机の椅子を引き出し、腰を下ろした。
「千佳から話しはすべて聞いた。航平がわたし達から離反したんだってな」
諒がそう話すと祥子の顔が曇った。
「辛いか?」
「うん」
祥子は小さな声でそう答えた。顔は俯いており、ベッドについている白く細い二本の腕が身体を辛うじて支えているようにも見える。
「エイジが動いていることは知っているな?」
「うん、ファーザーから聞いた」
「そうか。残念な話しではあるが仕方のないことだ。航平もそのことはよく分かった上で今回の選択をしたはずだ」
「うん。分かってる」
祥子は俯いたままそう答えた。諒はじっと祥子のことを見つめていたが、その表情は祥子に同情しているというよりも何か自分とは何ら利害関係を有しないような『物』を見ている様に乾いているように見えるものだった。
少しの間沈黙があったがやがて祥子が口を開いた。
「ファミリーを、ファーザーを裏切ることは絶対に許されないことだから、わたしも本当はエイジみたいにならなきゃいけないんだと思うんだけど、なかなか難しい」
「祥子、無理をしてまで自分を変える必要はない。悲しい時は素直に悲しむのもいいだろう。お前はエイジとは違う。お前がエイジのようになる必要性はないし、なることもできないんだからな」
諒は淡々とした口調でそう言った。「なることもできない」……その言葉には何か特別なニュアンスが込められている様なしゃべり方だった。
「航平はいなくなってしまったが今日は珍しく全員が揃っている。千佳が夕食を作ってくれているから一緒に食事を取ろう、祥子。お前が来てくれればファーザーも喜ぶだろう」
諒はそう言うと立ち上がった。
「うん、分かった」
祥子はか細い声でそう答えた。諒は祥子の返答を聞くとゆっくりとした足取りで部屋から出て行った。
********************
「これはこの辺りに置くことにするか」
そう言うと村山は一抱え程の段ボールに梱包された荷物をフローリングの床に置いた。村山がいたのはウィークリーマンションの一室だった。新一の自宅からは100メートル程の距離にある場所だった。
部屋の中に小さい段ボール箱を抱えて田神が入って来た。
「よう、ねーちゃん、それはこっちだ」
「『ねーちゃん』じゃありません。田神です」
田神は不服そうな顔をして持っていた荷物を村山に指示された場所に置いた。
「ははっ、それは失礼。田神君、そうしたら梱包を開けてその中身を出してくれ」
「はい、分かりました」
田神はそう返答すると村山に指示された通り段ボールの梱包を解き始めた。と、そこに同じく段ボールを抱えた神宮寺が入って来た。
「車の荷物はこれで全部だ」
「了解です」
村山は段ボール箱の中から取り出したティッシュ箱程の大きさの機材を手に取りながらそう答えた。
「機材の設置の方はお前に任せて大丈夫か?」
神宮寺は部屋の隅に運んできた箱を置くと村山に問いかけた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「そうか、じゃあ俺はちょっと買い出しに行ってくる。田神君、君は村山の手伝いと荷物の整理をしていてくれ」
「はい。分かりました」
田神は段ボールの山から視線を上げてそう答えた。神宮寺は村山を見た。
「何か必要なもの、それと食べたいものはあるか?」
「特に。必要なものは持ってきましたし、食べ物は日持ちのするものであれば何でもいいですよ」
「そうか、田神君は何かあるか?」
「わたしも特にはありません」
「ケーキでもチョコレートでも何でも好きなものを言っといていいんだぞ。どうせ経費で落ちるんだしな」
村山は機材を触りながら田神に言った。田神は睨むように村山を見た。
「いりません、そんなの」
「ははっ、そうか」
村山はそう言って短く笑った。神宮寺は半ば呆れた様な視線を村山に送っていた。
「じゃあ、俺は行ってくるからな。1時間くらいで戻る。こっちは頼んだぞ、村山」
「はい、行ってらっしゃい」
村山は神宮寺に視線を向けることなく答えた。神宮寺は村山の返事を聞くと間もなく部屋から出て行った。
********************
神宮寺が出て行ってから30分程が経った。田神は自分が受け持った分の荷物の荷解きがある程度終わったのだろう。空いた段ボールを部屋の隅に折りたたんで重ねると村山の方へと近づいて行った。村山はパソコンとビデオレコーダーの様な機材を配線で結んで機器の調整を行っている様だった。
田神は村山の傍まで行くとそこで立ち止まり村山が作業をしている様子を眺めていた。
「そっちは大体終わったのか?」
村山は田神の方に視線を向けるとそう問いかけた。
「はい」
「そうか、ご苦労さん」
そう言うと村山はパソコンに向き直った。田神は機材を眺めていた。
「これで電波を受信するんですか?」
「ああ、そうだ。向こうでは諜報捜査はやったことなかったのかい?」
「はい、ありません」
「そうか。だったら今度神宮寺警部に教えてもらうといいぞ。多分、あの人はその道のプロだからな」
「へえ、そうなんですか」
田神は素直に感心した声を出してそう言った。そしてパソコンに向かっている村山の横顔を見つめていた。
「すごく、楽しそうな顔をしてますね」
「ん、そうか」
村山は手を動かしながらそう空返事をした。
「男の人ってやっぱり機械が好きなんですね」
「機械か、まあ好きと言われれば好きなのかも知れないな。ひょっとして田神君の彼氏も機械が好きなのか?」
村山がそう言うと田神は少し頬を赤らめた。
「村山さん」
「ん?」
「そういうのはセクハラっていうんです」
「えっ、何が?」
村山は不意を突かれた様に反射的に田神を見た。
「もういいです」
そう言うと田神は部屋から出て行った。
「何か変なこと言ったか?」
村山は小声でそう呟いたが、間もなくパソコンに手を戻すと作業を再開した。
********************
陽は既に暮れていたものの、その分湿気が増して却って空気が肌にまとわりつくように感じられる夜の道――。新一はかばんを手にぶら下げ、家路についていた。
時間も遅く、周囲には人気もなかったため、ミギーが瞳を覗かせていた。
「ひー、あっちーなー。早く家に帰ってクーラーのきいた部屋で眠りてーよ」
新一は独り言の様にそう呟いた。ミギーはチラチラと周囲を見回している。新一もそんなミギーの様子が少し気になったようだった。
「ミギー、何きょろきょろしてんだよ。まさか、平間さん達に尾行されているとか?」
「いや、安心しろ、シンイチ。あの日以来わたしはずっと周囲の観察をしてきたが尾行されている気配は全くない」
「はあー、そうですか。それを聞いて安心しましたとさ。平間さんたちもあきらめてくれたのかね」
「そうだといいがな。油断はできないがとりあえず今のところは大丈夫そうだ」
ミギーはそう言うと瞳を引っ込めた。
「ところでさ、お前の仲間の数はここ数日は減ってないって今朝言ってたよな?」
「ああ、そうだな」
「っていうことは敵は今休んでるのか?」
「さあ、分からないな」
「うーん、喜多の野郎もどうなっちまったんだか」
その時だった。新一の携帯電話が不意に鳴った。新一は携帯電話を手に取ると発信者を確認した。ディスプレイには深森の名前が表示されていた。新一は立ち止まり、周囲に人がいないことを確認すると電話に出た。
「もしもし」
「泉、今電話は大丈夫か?」
「ああ」
「わたし達に協力してくれそうな仲間が見つかった」
「えっ、本当か?」
新一はそう驚きの声を上げた。ミギーも興味深そうに二人の会話を聞いているようだった。
「ああ、どうやらその仲間も複数人の仲間と連絡を取り合って共同戦線を張っているらしい」
「俺達と同じような感じってことだな」
「そうだな。それで一度会ってみることにしたのだが、向こうも多少慎重になっているようで日時と場所についてはまた向こうから返答をもらうこととなった」
「そうか。でもいずれにしてもそいつらも敵の存在に気付いているっていうことだな」
「そうなるな」
深森は極めて淡々とした口調で新一に答えを返していた。
「それと、これはミギーに聞いた話しだけど、どうやら敵の動きは今止まっているみたいだぜ」
「そうか」
「このまま止まってくれりゃいいんだけどなあ」
「それはあまり期待しないほうがいいだろう」
「はあ、まあそうだな。まあ、そっちに任せっきりにしてて申し訳ないけどまた進捗があったら連絡を待ってるから頼むな」
「ああ、分かった」
深森の返事が返ってくると間もなく電話は切れた。新一も携帯電話を耳元から離すと電源を切った。
********************
しんと静まり返ったマンションの一室で二人の男女が静かに時を過ごしていた。村山と田神だった。時計の針は既に午後11時半を回っている。二人は機器に接続されているヘッドフォンをそれぞれ耳に当て、村山は文庫本を開き、田神はパソコンの画面をぼんやりと眺めていた。
その時、ヘッドフォンから音が聞こえてきたのだろう。村山が本から視線を上げると口を開いた。
「どうやら、就寝したようだな」
「はい、そうですね」
「田神君、君ももう引き上げて大丈夫だよ。今日は色々と疲れただろう?」
村山は田神に対してそう言った。田神の部屋は村山達がいる部屋の隣に別途間借りしてあったのだった。「はい」……田神はそう返事したものの、何かを言いたそうな表情をして前方を見つめていた。
「村山さんはどうするんですか?」
「俺ももう数時間したら神宮寺警部と交代して休むさ。こういうのは長丁場になるケースが多いからな。休めるときに休んでおいた方がいい。明日からは自分のシフトの時間になったらここに来てくれれば問題ないから」
田神はおもむろに村山を見た。その瞳は好奇心と不安が入り混じった様な色を浮かべていた。
「村山さんは死ぬのは怖くないんですか?」
村山はそう言われると田神を見た。口元は緩んでいたが、その眼は据わっていた。
「何でそんなことを聞くんだ?」
「別に深い意味はありませんけど……パラサイトは人間ではありません。何を考えているのかも分からないし、何をしてくるのかも読むことは難しいんです。そんなものを相手にしていて怖くはないんですか?」
田神にそう問いかけられると村山は手に持っていた文庫本にしおりを挟み、脇に置いた。そして両手を頭の後ろに廻すと一度大きく伸びをした。
「さあな。あまり深く考えたことはないな。確かに君の言うとおりパラサイトは人間ではない。言わば映画で出てくるようなエイリアンみたいなものだ。そういう意味では当然怖いさ。でもその一方で奴らにシンパシーを感じている部分があるのかも知れないな」
「シンパシー……ですか?」
「ああ、奴らは今までその存在のすべてを否定されてきただろう? でも奴らからしてみれば本能に極めて忠実に行動しているだけであってそれ以上でも以下でもないのかも知れない。捕食し、捕食されるっていうのは生物界の掟みたいなものだしな。俺が言うと変な風に聞こえるかも知れないが、奴らを見ているとどこか母性本能的なものがくすぐられるんだ」
「そうですか」
田神は小さな声でそう言うと再び視線をパソコンに戻した。村山はそんな田神の様子を具に眺めていた。
「逆にこっちが聞きたいなあ」
「何をですか?」
「君が死を恐れない理由だよ。君はまだ若い。やりたいことも一杯あるだろう。それなのに君はこの前死は恐れていないと言った。一体何故かな?」
村山はうっすらと笑みを浮かべ、田神にそう問いかけた。田神は村山を見た。
「村山さんだってまだ若いじゃないですか」
「ははっ、そうか。確かに見方によっては俺もまだ若いのかも知れないな。でも君から見ればいい歳したおっさんだろう?」
村山はおどけた調子でそう返した。一方田神は村山から視線を逸らすと目の前のテーブルの上に視線を落とした。その表情は何かを話すために心の準備をしているように見えた。
「わたしは大学時代、由井教授の研究室でパラサイトの生体について研究をしていました」
「ああ、それは聞いたな」
「それには理由があります」
「理由?」
「はい」
そう言うと田神は口をつぐんだが、間もなく意を決したように口を開いた。
「わたしの兄がパラサイトだったんです」
「へえ」
村山は特に驚いた様子も見せず、静かに相槌を打った。
「『だった』と過去形になっているのは?」
「兄は自殺したからです。兄のパラサイトは兄の左腕に寄生していました。そして両親がある日それを見て警察に通報をしようとしたため、兄のパラサイトが両親を殺したんです。兄はそれを苦にして自殺しました」
「そうだったのか」
村山は静かな声で相槌を打った。村山の声には相手の人間に落ち着きを与える様なそんな優しい響きがあった。
「それで君は大学でパラサイトの研究をしたんだね」
「はい」
田神がそう返答を返すと二人は少しの間沈黙した。そして、田神の方から再び話し始めた。
「パラサイトは一体誰が創り出したんだと思いますか?」
「君は知っているのか?」
「いえ、わたしも分かりません」
「そうか」
そう言うと村山は床の上に寝そべって天井を見上げた。
「宇宙人が撒き散らして行ったエイリアンなのか、はたまた神が創り出したものなのか……。それほどまでにパラサイトは異質で新しい存在だ」
村山は白い天井をなんとなしに見つめていた。
「だが俺はパラサイトは人間の誰かが作り出したものなんじゃないかと思っている」
「わたしもそう考えています」
田神が直ぐに返答を返した。村山は無言で田神を見た。
「由井教授も同じ考えでした。誰か遺伝子工学の専門家がパラサイトを創り出したんじゃないかってよく言っていました。尤も、由井教授にとってはあまり気分のいい話しではなかったみたいですけど」
「へえ、なぜ?」
「パラサイトに施されている遺伝子改変の技術が少なくとも数十年、あるいは数百年先の未来でないと実現できなさそうなものだからです。パラサイトを創り出した科学者がもしその方法論を発表したら間違いなくノーベル賞を取ることになるだろうって、由井教授は言っていました」
「ふーん、そうか。じゃあパラサイトを生み出した人間はひょっとしたら未来からやってきた奴なのかも知れないな」
「そうかも知れませんね」
田神は真剣な面持ちでそう答えた。田神の返答を聞いた村山は身体を起こすと田神を見た。
「君は学究肌かと思っていたけど、意外と考え方が柔軟なんだな」
「研究者は頭が固いと思っていたんですか?」
「いや、すまない。別に他意はないんだ」
村山はそう言うと苦笑いをした。田神は村山の様子を見ると視線を前方に戻した。
「一つだけ確認しておきたかったことがあるんですけど」
「ん、何だ?」
「今回の捜査の当面の目的の1つは泉新一がパラサイトであるかどうかを確認するっていうことですよね?」
「ああ、そうだな」
「でしたら、泉新一の細胞を採取してその細胞が死滅するかどうかを確認するのが一番手っ取り早いと思います」
「ああ、その方法か。確か由井教授が提唱したパラサイト判別法だったか。一応試してみたよ、10年前に。泉新一の毛髪を採取してみたが特にパラサイトの兆候は見られなかった」
そう言った所で村山は何かに気付いた様だった。田神は表情を変えず、村山の様子を見ていた。
「ひょっとして君は毛髪だけではなく泉新一の全身の細胞を採取しろって言っているのか?」
「はい、そうです」
田神は短く答えた。村山は右手であごを触ると少し伸びかかっている無精ひげを撫でた。
「そうか、確かにそうだ。君の言うとおりだ。何もパラサイトが寄生する位置は頭部だけとは限らない。宇田守の場合も上顎部だったし、確か君のお兄さんは左腕だったよな?」
「はい」
田神の返答を聞くと村山は小さく笑い出した。
「ははっ、さっきは失礼な事を言ってしまったな。どうやらこっちの方が頭が固かったらしい」
そう言うと村山は田神の方に向き直った。
「君が言った方法は最終手段として使いたいと思うけどいいかい? 当面は盗聴で何か情報が得られるか試してみたいからね」
「はい。構いません」
田神は村山を見ると短くそう答えた。