壊れた心で虚ろな歌を歌う私。
こんな姿、きっと彼は幻滅するわね。
ほら、現にあいつは言っている
「全く最高だねぇ、いつまでも心がガキの大人って奴はぁ!」
デジモンアドベンチャーtri .外伝 第1章「姫川マキ」
転機は数ヶ月前、最初のリブートに失敗した日。いや、バクモンを失ったあの頃からかな。ううん、単に西島君を振っちゃったバチが当たったのかも。
何にせよ、あの男とは数年前に出会った。一乗寺賢の紛いもの……「偽カイザー」とでも呼んどきましょう。アイツはバクモンとの再会を半ば諦め望月教授の研究に参加していた頃、私の前に現れた。
あの男はメイクーモンにアポカリモンの欠片……かつて私たちを苦しめた悪しき力の断片が眠っていること、イグドラシルがメイクーモンに眠る力の暴走を恐れていること、そのイグドラシルがリブートの権限を所持していることを告げ消えてしまった。
リブート……再起動を意味する言葉だけどその機能がデジタルワールドには備わっていた。それがかつて私たちが選ばれし子どもだった頃、激闘の中で散逸してしまったバクモンのデータを元通りに戻すことができる唯一の方法だった。
裏があることは明らかだった。それでも私はバクモンを諦められなかった。いいえ、たった数年程度で諦めかけてた私に焦りや苛立ちを感じていたのかも。
そして私は外道に堕ちた。ワザとメイクーモンにストレスがかかる実験を提案し、思惑通りアポカリモンの因子は活性化した。新たな存在として生まれまだ無力な仇敵をいじめ倒す優越感に浸り、そうとも知らず懐いてくる芽心ちゃんへの背徳感に溺れた。
でも、無理矢理増幅させた力は思わぬ形で歪みを生んだ。ごく小さなデジタルゲートが発生し、研究所のいたる所で停電、機器の故障が発生した。原因を調べると目立った異常のないものも含めて所内全ての電子機器が解読不能な計算を繰り返していたこと、そしてそれらに接続された不明なネットワークを辿ると全てがメイクーモンに辿り着くことが分かった。
負のオーバーライト……怒りによるエネルギーの増大がメイクーモン一体の演算速度では間に合わなくなり、このような手段に出たらしい。後に「歪み」「感染」と呼ばれるこの現象は程なくして国立情報処理局情報通信戦略課……長ったるいし「機関」と呼びましょう。そこへ報告された。尤も、感染源と発生の経緯は闇に葬られ私と望月教授以外誰も知らないのだけど。
でも、お陰で条件は整った。その数年後、他の職員が「感染」の対応に追われてたある日、メイクーモンをそそのかしてデジタルワールドへ捨てた。そうしてイグドラシルによるリブート発動が決定した。
これで全て終わる、いや始められる。そう思った矢先に私と望月教授の「異動」が言い渡された。ゲンナイ……デジタルワールドの自衛システムの一つであるエージェントから暴走したメイクーモンの出現とリブート発動の情報が機関にもたらされた。メイクーモンについて詳しい私と教授はその為に呼ばれ東京へ戻ることになった。
勿論これくらいは想定していたけれど、問題は私が東京に戻ってすぐ発覚した。あろうことに2002年の選ばれし子どもたちがリブートを阻止すべく結集し始めていた。
デジメンタルやジョグレスを使う彼らに対して推測や決めつけは最も危険な行為。特に危険なのは本宮大輔、あの手の馬鹿は人の心を動かす力を持っている。パートナーデジモンの力は子供たちの心の在り方が強く反映される。あの子が馬鹿じゃなかったら三年前に世界は滅んでいたわ。
そんな彼らが敵に回る以上打つ手は決まっていた。徹底した孤立と速やかな殲滅。それを達成させる上であの男はこれ以上ない逸材だった。「デジモンカイザー」の力を駆使してデジタルワールドでのパートナーデジモン合流を徹底的に妨害し、「一乗寺賢」として井ノ上京を籠絡した。
私の方はというとゲンナイに接触し、子どもたちのバックアップを手伝うフリをして情報の遮断を進めていた。無論戦いに送り出す子供たちを減らし、早期の決着を目指すために。
結果、決戦の日に集ったのは本宮大輔、一乗寺賢、井ノ上京、火田伊織の4人まで抑えられた。彼らと高石タケル、八神ヒカリを分断する事には苦労したけど、お陰で火田伊織以外の3人は少なくともこれが罠と疑いもしなかった。
これでやっと落ち着ける。そう思った私を運命はあざ笑うが如く残酷なシナリオを叩きつけてきた。確かにイグドラシルは邪魔な選ばれし子どもたちを倒してくれた。けれど肝心のリブートは彼らとの戦闘ダメージにより機能を停止させてしまった。
正直インペリアルドラモンだけなら負ける道理は皆無だった。でも、私はおろかあの場の誰も予想だにしない援軍が現れた。空白の席、13番目のロイヤルナイツ……アルファモン。
彼の戦いは全てが規格外だった。先に倒れた井ノ上、火田のパートナーデジモンを大剣に変え、初めて会ったとは思えないほど息のあった連携でインペリアルドラモンと共にイグドラシルを追い詰めていった。
正直なところあの瞬間私は安堵していた。ここで邪な野望は潰えるのだ、と。
そんな生温い幕切れは許されるはずもなかった。イグドラシルが破壊される寸前、ずっと隠れて様子を見ていた偽カイザーが突如姿を現し、ゲンナイを倒してしまった。その場が一気に凍りついた刹那、私の全ては決まってしまった。イグドラシルはパートナーとの連携が途切れたインペリアルドラモンを倒し、アルファモンはそのイグドラシルを完璧に叩き潰した。
望みは絶たれ、後に残ったのは私たちの罪だけだった。戦いの余波で子どもたちは重傷を負い、偽カイザーはいずこかへ消え、アルファモンも追って消えてしまった。私は急いで彼らを私が所有する個人サーバに隔離しコールドスリープさせた。口封じの意味もあったけど、何より味方に一番信用ならない悪党がいたからだ。悪魔に魂を売った私だけれど、これだけは誓える。彼らに死んで欲しい訳ではなかった。
そして悲劇は拡大する。偽カイザーからデジタルワールド中にパンデミックが起きていることを聞かされた。メイクーモンの因子増幅はデジモンに感染し、おまけに一部のデジモンは歪みを使いデジタルワールドから現実世界に溢れ出ていたことが分かった。
今思えばこの時にでもあの男を殺しておけばこれほど惨めな思いをせずに済んだかもしれない。
ゲンナイと子どもたちの後処理に追われてると、私の個人サーバに意外な人物が現れた。機関の技術の賜物、彼らを隔離するためネットに一切繋がっていないはずのプライベートスペースに現れたのはアルファモンだった。理由は聞くまでもなかった。子どもたちの解放、言う通りにしなければ彼らを無理やり連れ帰ると。
でも私は拒否した。彼らの容体を考えれば無理に動かすのは危険だと、これは間違いなかった。そしてしかるべき時が来たら開放する、そう約束し、その場は難を逃れた。結局、私がその約束を果たすことはなかったのだけれど。
その直ぐ後、あの男から連絡が入った。もう次の手を打っていたらしい。機能を停止したイグドラシルの代わりにホメオスタシスを使い再びリブートを実行させることが決まった。