偽カイザーはイグドラシルと交渉してホメオスタシスによるリブートを進めていたらしい。本来ホメオスタシスは安定と調和を司る存在、驚くほど腰が重い。実際、私たちの戦いでもデジモン4体を一度に究極進化させる力を有しておきながらバクモンが消滅しなくちゃいけないほど窮地に追い込まれるまで手を出さなかった。
その計画を実行に移すべくあの男は動き出した。世界中の選ばれし子どもたちを誘拐し、私はその管理と情報操作を行った。ホメオスタシスに選ばれし子どもたちとパートナーデジモンによる今回の事件の解決が無理と判断させるため。
この頃の私はまだ壊れていなかった。あの男に対するけん制の意味も込めて1999年の選ばれし子どもたちにゲンナイからの助言を伝え、いざとなれば私と2002年の選ばれし子どもたちを帰還させあの男だけを残して自爆できるよう個人サーバの機能を拡張した。
そうこうしているうち、先に偽カイザーの方が動いた。私が子どもたちの監視に注意がいってる隙を突いてメイクーモンをさらってしまった。
その意図がつかめず困惑する私をよそに子どもたちは自力でメイクーモンを取り戻した。あの子たちならもしものことがあってもどうにかなると確信したと同時にあの男がメイクーモンをさらった理由も分かった。本来の計画では一か所にパートナーデジモンを固めて集団感染を引き起こし、ホメオスタシスが感染したパートナーデジモンたちに事件の解決が困難であると判断することでリブートが開始される、その予想の下で私たちは動いていた。だがあの男は一歩先を見て行動を起こしたのだ。結果、自発的にメイクーモンは子どもたちの目の前から姿を消し、パンドラの箱は開かれた。
アポカリモンの成長には通常のデジモンの進化とは異なる手順が存在する。そもそも最初に私たちが倒したアポカリモンは完全体程度の力しか持たなかった。でも倒されたことによってデジタルワールドのシステムの一部に取り込まれて成長する能力を得てしまった。
アポカリモンの成長段階は完全変態の昆虫のように3段階存在する。まず初めに黒い歯車によるデジモンとデジタルワールドの改変が行われる。これは2年前、当時メイク―モンを恐れたイグドラシルによりゲートが閉じられてしまっていたために感染という別の形で表れてしまった。次に始まる第2段階がダークマスターズの台頭。この段階で黒い歯車は役割を終え機能を停止する。それにダークマスターズの強化にリソースが割かれアポカリモンそのものの力は弱まっていく。そして第3段階、ダークマスターズ全員の討伐が成されたときにその呪いを一身に受けアポカリモンは覚醒する。
この第1段階による被害を加速させるために偽カイザーは姿を現した。あの男は子どもたちの危機ではなく世界そのものの危機を演出した方がホメオスタシスには効果があると踏んだらしい。その思惑通り現実世界への被害が顕著に表れ始めた。航空機のシステム障害に始まり日本の各地で感染による被害が続出し、ホメオスタシスによるリブートの敢行が決定した。
リブートによって引き起こされるデジモンたちの記憶の消去は避けられない。それでもまたバクモンに会えるのなら、会ってまた一から始めるのもいいと思っていた。そんな気持ちでいた私に悪魔のささやきが聞こえてきた。メイクーモンのアポカリモン因子の中には全てのデジモンの記憶も内包されている。メイクーモンの初期化さえ行われなければ記憶を取り戻すことも不可能ではない、と。昔のバクモンがまた帰ってくると。このとき私は越えてはいけない一線を越えてしまったんだと思う。
あの男はリブートの発動タイミングを見計らってメイクーモンを現実世界へおびき出した。選ばれし子どもたちのデジモンらを除いた状態でリブートを行い、デジタルワールドが再生したら状況の悪化する現実世界はあの子たちに任せてデジタルワールドへ行く。そうして記憶を失ったバクモンに会って、出会って何をすれば良いだろうか。そう、今度こそ私たちで世界を救いに行くことができる。
さらに嬉しい誤算が。泉光子郎がリブートに影響されないバックアッププログラムを土壇場で完成させてくれた。
そうしてリブートによりきれいさっぱり現実世界への影響は消えて、バックアッププログラム内に入ったメイクーモンのおかげで記憶を持ったバクモンと心おきなくデジタルワールドを旅する準備が整った。
思い通りに事は進んだ。井ノ上京から拝借したディーターミナルの解析によってその複製と私のディースリー……高石タケルや八神ヒカリの前例もありアップグレードに成功した私のデジヴァイス。その二つを1999年の選ばれし子どもたちに託し、再生したデジタルワールドへのゲートは紋章の力で無事に開かれた。
そうしてバクモンを見つけた私は感動の再会を……とはいかなかった。メイクーモンから記録を取り出す方法がまだないことを失念していた。極端に感情的になっていた私はバクモンの拒絶を受け入れられず、やらなければならないことの順番も見失って……
ここからの記憶はひどく曖昧だった。気がつけばバクモンの姿は傍になく、デジタルワールド中を徘徊していた。重火器を持ってデジモン相手にサバイバルしていたような気もするし海へ行ったような気もした……最後までバクモンと再会することは叶わなかったけれど。
失意の底で微睡む私を引き上げたのはバクモンでも西島君でもなくあの男だった。嘲笑いながら私を見つめ、私に眠る私でない何かどす黒いものを求めて。そんな一切益のない要求に私は答えてしまった。目を覚ますとデジタルワールドでも現実世界でもない無の空間。隙間の世界とでも呼ぶべき場所に連れてこられていた。あの男はどこかで見たことのある黒い鎧の中に私を押し込め、手にしていた何かを注ぎ込んでいった。悲しみ、苦しみ、痛み……姫川マキという存在を溶かしながら鎧の中が満たされていく。そうしてけたたましい産声と共に1体のデジモンが、いいえ、デジモンと呼ぶには決定的に何かが欠落している存在が誕生してしまった。
「デクスモン」あの男にそう呼ばれた私は何をすれば良いだろうか?
そうだ、行かなくちゃ、デジタルワールドに。運命のパートナーを授けておきながらそれを奪ったあの世界へ復讐しに。
征こう、行こう、デジタルワールドに、いこう、いこう、でじたるわーるどに、イコウ、イコウデジタルワールドドニ……
這い回る獣から一筋の涙が落ちる。ところで、どうして西島君なんだろう?