魔法科高校の秘蔵っ子ガーディアン   作:プレイズ

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第二話 韜晦の守護者

その日の授業が終わり、連斗は程なくして帰宅の途についた。

前述の通り彼は帰宅部なので放課後はフリーである。

今日は特に用事もないため、彼はすんなりと一高の校舎を後にする事が出来た。

いや、友人の誘い等はあえて断っているので予め想定された予定とも言える。

家まで帰り着いた彼は、早速仕事着に着替えた。

上下共に黒色礼装の執事服を慣れた手つきで身に付けていく。

彼はこの拠点で主(あるじ)に仕えていた。

部屋を間借りする形で住み込みで働いているのだ。

執事兼ガーディアンという形で。

「帰りましたか、アーク」

着替え終わって部屋から出た所で前方から声をかけられた。

名を呼んだのはこの家の主である女性だ。

制服姿に身を包んだ彼女は連斗と同じ一高の生徒であった。

名前は小鳥遊真穂。年齢は17歳。

青みがかった髪をツーサイドテールに束ねた少女であり、連斗より学年が2つ上だ。

彼女は連斗の雇い主である。

まだあどけなさを感じさせる風貌には、しかしギラついた野望が内在していた。

ちなみにアークとは、連斗につけられたコードネームである。

ここでは使用人達を本名で呼び合う事はせず、全てコードネームでやりとりしているのだ。

「お待たせ致しました、姫」

うやうやと礼儀正しく連斗が会釈をする。

執事服を着こなしている彼は完全に執事と化していた。

「今お紅茶をお入れ致します」

用具を持ち寄って早速給仕の準備に取りかかる。

彼は執事としての高等訓練を過去に“本家”の方で受けており、基本的な補助業務を高いレベルでこなす事が出来る。

手際よく紅茶を煎れると、彼はティーカップを気品を纏わせて主に差し出した。

「ふふ、美味ですね。今日も良いお紅茶だわ」

味がお気に召したのか、主が満足気に言ってみせる。

ゆっくりと時間をかけて紅茶を飲み干すと、彼女は連斗(アーク)に室内ヴィジホンの回線を繋げるように指示した。

主に頷くと連斗は機械端末を首尾良く作動させる。

『計画の首尾はどうだ?マホ・タカナシ』

回線を通じて向こうの音声が届けられた。

黒い覆面を被った青年がモニター画面に映し出される。

「問題ありません。ジョン・ウェイリー」

覆面の男に対して微笑を浮かべて少女が頷く。

「準備は順調そのものですよ。後は秒読み段階です」

『そうか、それは何よりだ。日程はいつの予定だ?』

「今週末にでも決行出来る事でしょう」

『ほう、随分と手際がいい。流石はやり手と噂の黒曜石(オブシディアン)だな。我々は君達の作戦の成就を祈っているぞ』

「成功は当然です。ミッション達成の暁には盛大な“祝い金”を頼みますよ、ジョン?」

『……ふふ、検討しておこう』

意味ありげな言葉を織り交ぜながら彼らは会話を進めていく。

マホ・タカナシと呼ばれた主は、どうやら何かの企てを画策しているらしかった。

一通りの活動報告が済み、話のキリがついた所でヴィジホンでの通話は終わった。

「これでブランシュからのチップの約束も取り付けました。後は当日に殺戮の雨を決行するだけです」

何かを企んでいる様子で少女が微笑を浮かべる。

その様子を左斜め後方から連斗が佇んで見ていた。

「アーク」

「はい、姫」

「当日は予め用意した車に乗って現地に直行します。私は途中までは車に同乗しますが、途中から貴方単身で積み込みのバイクで現地に向かいなさい。こちらには他のSPを付けますから私の護衛は必要ありません」

「承知しました」

「現地には先んじて構成員を10人程派遣してあるから、そこに貴方が加わればさほど時間をかけずに掌握出来るでしょう」

彼を信頼しているのか、真穂は微笑を浮かべている。

「私は少し遅れてそちらに向かいます。私が着く前に全て終わらせてくれれば嬉しいわ」

「それは、皆殺しにするという事ですね?」

「ええ、もちろんです。くだらない下等魔法師は全て廃絶すべき対象。この世から消してしまいなさい。あ、でもヘッドだけは殺さない程度に生かしておきなさい。後から私が聞き出したい情報を吐かせますから、その後で始末を頼みます」

「御意」

マホ・タカナシこと小鳥遊真穂から指令を受けて連斗は躊躇無く頷いた。

彼は人を殺す事に対して抵抗がない。

既にこれまで何人もの人間を手にかけてきているのだ。

故に今回の計画にもすんなりと順応する事が出来ている。

彼は執事兼ガーディアンであるのと同時に腕利きの殺し屋でもあった。

 

 

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その日の夜。

司波家の自宅では達也、深雪、水波の3人がリビングでくつろいでいた。

既に夕飯は取り終えており、片付けも済んだ後なのでそれぞれリラックスして休んでいる。

お茶の間で兄妹が交わす何気ない会話の最中、深雪が思い出したようにとある話題を話し出した。

それは先日行われた魔法技能中間テストの結果についてだ。

2年次に入ってからは初めての定期考査である。

深雪は1年次から相変わらず魔法実技・総合共にトップの成績であり、貫禄を感じさせた。

達也は魔法理論テストでは深雪を抑えて1位であり、こちらも1年次と変わらず図抜けた能力を示しており流石と言える。深雪としては兄が自分を上回る形となっているが、彼女はむしろそれを当然と思っているので喜ばしい結果だった。

この項目では1年次に続いての兄1位、自分2位でワンツーフィニッシュする形に感激し、深雪は頬を赤らめて悶えている。

それを見て水波が『またか』と冷め顔になった。

深雪の度を超したブラコンぶりには、いくら彼女にメイドとして仕えている身であっても白けて呆れずにはいられない。

しばらくそうやって真顔で主を見つめていると、もう一人の主から視線を向けられた。

彼女はすかさず呆れ顔をシームレスで慎ましやかな表情に変化させる。

毎度な事だが見事な早替え面相術である。

だが達也にはしっかりとその瞬間を目に収められていた。

水波は誤魔化せたと思っているが、達也には筒抜け状態となっていた。

だが彼は特に咎めたりはしない。

司波兄妹の過度な兄妹愛に対する水波の冷めっぷりは彼女の性分であるし、ノーマルの判断基準を持っている人間であれば多かれ少なかれ引くのはまともな感性と言えるからだ。

「水波ちゃんは1年生のランキングではトップ10には入っていないようだけど」

達也と水波が言葉を交わさずに視線と面相の駆け引きに興じていると、深雪が水波に水を向けてきた。

「いくら四葉の匂いを感じさせないためとはいえ、ちょっと力を抑えすぎじゃないかしら。もう少し本来の能力を出してもいいと思うわよ」

「はい……ですが私は影のガーディアンですので」

控えめに彼女は頷いた。

水波の定期試験結果はどの項目でも平均上位ではあるが、特別目立った順位ではない。

“あえて”能力を抑えて試験に臨んでいるため、この位置なのである。

実力を隠している理由は明白だ。

彼女が本気を出してしまえば飛び抜けた順位になってしまい、彼女の実力が否が応でも学校全体に強者として知れ渡ってしまう。

黒子としての深雪のガーディアンを担う水波にとってそれは好ましくはなかった。

それは四葉家にとっても同じ。

そのため本家からもあまり目立つ動きはしないようにと言われている。

「まあ水波ちゃんが本気を出せば学年で指折りの上位に入る事は造作も無いでしょう。でも衆目の的になるのを避けるのは理解できるわ」

「俺は今の水波のスタンスでいいと思うぞ。本来の実力がもっと上なのは俺達はちゃんとわかっているからな。下手に目立ってしまうとガーディアンとして補佐しにくくなるし、表面的には波風が立たない平均上位につけておく程度で調度いいだろう」

ガーディアンとして補佐がしにくくなる、という事はもちろん大きな理由の1つだが、実は達也はもう一つ、彼女の学校生活に影響が及ぶ事も懸念していた。

性格的にもあまり悪目立ちせずに平穏に学校生活を送りたいと思っている水波にとって、抜けた成績を取って変に注目される事は喜ばしい事とは言えなかった。

跡取りとしての野心がある七宝や、名家である七草家の名の知れた双子達は、周りから目立つ事を何とも思っていない。むしろ自分達が注目を浴びる事を当然とすら思っている。だが水波からすればそれは忌避すべき事だった。

それに、下手にランキングで抜けた位置を取ってしまうと、いったいどこの出だと出自を詮索される事も懸念事項だった。

現在水波は対外的にはとある事情で達也達の家に居候して住まわせてもらっている事になっている。

四葉本家から派遣された深雪直属のガーディアンだという事は他の生徒達には伏せられているのだ。

故にあまり目立たないにこした事はないのである。

「もったいないお言葉です。今後も深雪さまのガーディアンとして黒子として徹しますので」

兄妹から評価されて水波が謙遜して会釈する。

同時に、彼女は今日の学校での一幕を思い出していた。

普段の授業でも彼女は能力を抑えて臨んでいるが、本日行われた模擬試験でもそれは同様だった。

適度に手を抜きつつ、目立たぬようにこなしていたのだ。

そんな彼女だからこそ気付いた事があった。

(今日の授業での彼は、やはり手を抜いていたのでしょうか)

クラスメイトの蓮見連斗という男子生徒。

彼は今日の模擬試験で傍目から見れば完敗を喫していたが、水波の目から見て彼は本気を出していないと感じていた。

展開した障壁を見る限り、相手の雷撃の威力を“程よく残した上で貫通させる”硬度で生成されていた。それは一見魔法師の技能が未熟だから破られたかのように映るが、それならあそこまで威力を軽減出来ないはずだ。貫通されてもアンチバリアでほぼ無効化できるレベルの残滓しか通していない。彼が派手に後方に吹っ飛んだので外野からすればダメージを負ったように見えたが、実際にはほとんど身体に負荷はかかっていなかったはずだ。それを外から見ていた水波は見抜いていた。


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