翌日水曜日の昼休み。
食堂では1年生の男子生徒達が固まってランチを取っていた。
机の一角を囲んで数人の男子が一緒に昼食を食べている。
「荒矢殿、今度の期末考査における自信はどれくらいおありですかな?」
「はあ?まだ中間考査の結果が出たばかりじゃねえか。もう期末の話かよ」
「かたじけない話ですが…それがし中間考査で一般学科の点が今一でして」
「おいおい、魔法科目以外の話か」
「数学が全くもって出来ないのです!!」
眼鏡をかけた長身の男子が頭を振って嘆いている。
どうやら会話の内容は先日発表された中間考査の結果についてらしい。
友人の荒矢に嘆いている少年は、数学…すなわち魔法とは無関係の一般科目に苦戦したようだ。
「なので荒矢殿、数式を解くコツを是非それがしに」
「俺は魔法戦闘はおはこだが、数学とか理系の一般学科は得意じゃないんだよ」
「何と…!いつも魔法の模擬戦闘で活躍されております故、てっきり学科のテストでも高得点をお取りなものだと。ああ、でも言われてみれば確かに荒矢殿はいかにも武闘派という感じですな」
はっはっは!と腰に手をあてて眼鏡男子は快活に笑った。
「うるせえな。人には得意不得意ってもんがあんだよバーカ」
「ふふ、荒矢は学科試験はあまり得意じゃないもんね」
くすりと微笑んで荒矢の臨席に座っていた連斗が言った。
「そういうてめえはどうなんだよ連斗。出来んのかぁ?」
「あはは……ううん、無理無理。僕の頭じゃろくに解けないよ」
「憲吾、そのわからない所を見せてみろ。俺が教えてやる」
「おお、琢磨殿が教えてくださるのですか?是非に」
教えるのに拒絶反応を示している荒矢と連斗を見て、奥の席から琢磨が助け船を出した。
彼はこちらまで歩いてきて、指南役を買って出る。
相談してきた生徒――憲吾はこれ幸いと携帯していた鞄からノートを取り出した。それを琢磨が受け取ってさっと目を通す。
「ふむ、なるほどな」
少し眺めただけだが、彼はすぐに解答を導き出した。
「これは……こう解けばいいんだ」
「ぬぬ…!もう出来たのですか!やりますな琢磨殿」
琢磨は魔法実技だけではなく、一般学科においても高い知識力を誇っている。伊達に学年1位の成績を取ってはいないのだ。
その彼からすれば、この程度の数式などわけはないのである。
「このくらい大した事はない。テキストを貸してみろ。あっちの席でコツを教えてやる」
彼は憲吾を奥の広い席に行かせると、テキストを開いて事細かに教え始めた。
「うへえ、流石琢磨。難解な数式も簡単に解いちゃう」
「へっ、あんくらい大した事はねえだろ」
ちっと舌打ちをして荒矢がそっぽを向いた。
そして琢磨には聞こえない声で呟く。
「ちょっと成績がいいからって調子ずきやがって。学年1位だからって図に乗るんじゃねえぞ」
彼は琢磨に対して毒づくように言った。
荒矢は琢磨に対してあまり良い印象を持っていないようだ。
魔法戦闘において彼はクラスでも上位に位置する実力者だが、琢磨には毎度後塵を拝していた。
さしもの彼も“学年1位”が相手では対戦の分が悪いのだ。
そのコンプレックスもあり、彼は琢磨に嫌悪感を持っていた。
「そんな言い方はないんじゃない?琢磨は何も悪くないよ」
連斗が珍しく荒矢に非難するような視線を向ける。
確かに琢磨は入学当初は格下を見下すような態度を取っており、成績優秀者といえどもクラスメイトの評価は思わしくなかった。だが“春先の一件”以来、その態度には変化が見て取れる。生徒への明確な差別意識は見られなくなり、個人個人の良い所をちゃんと認められるようになってきたのだ。実際に“劣等生”の連斗に対しても嘲らずに対等な友人として接するようになったのがその証拠だ。
「あん?お前あいつの味方すんのかよ」
「悪い?琢磨は僕の大切な友人だよ」
威圧してくる荒矢に対し、しかし連斗は引かない。
むしろ苛立ちを露わにした目で彼を睨みつけた。
普段であれば、連斗は争い事を嫌う。
温厚な性格なので他者ともめ事を起こす事などまずないのだ。
しかし、今日の彼は違った。明らかにいつもと様子が違う。
「今の琢磨は人を偏見で見たりしないし、図に乗ったりもしてないよ。っていうか調子に乗ってるのは君じゃない?荒矢」
「てめえ、やけに態度がでかいじゃねえか。底辺の分際でよ」
刃向かってくる“三下”に、荒矢の声に怒気がこもる。
彼からすれば連斗など弱いカモでしかないのだ。
その格下に抗われるのは不快でしかない。
連斗が言っている事が正論なのは彼もわかっていた。
しかし、今の彼は琢磨に対してジェラシーを抱くあまり、琢磨を非難しないと気が済まないのである。
「お前、俺に逆らったらどうなるか教えてやろうか?」
「あはは、それってどういう意味?」
拳の骨をボキボキと鳴らす荒矢。
それが意味する所は明白だ。後で暴力を振るうというニュアンスが明らかに含まれていた。
だが彼の圧にも連斗は気圧された様子はない。
「僕をどうしようっていうの……ねえ?」
「!?」
瞬間、荒矢の圧を帯びた声が止まった。
突然何かに驚いたかのように。
彼は首元に冷たい感触を感じていた――。
「僕に何をするつもりなのかな?」
「…………」
荒矢は蛇に睨まれた蛙のように動く事が出来ない。
彼の首筋には鋭いナイフが当てられていた。
銀色の光を反射する鋭利な刃がいつの間にか彼を“いつでも殺せる状態”に置かれていたのである。
「て、てめえ……」
「どうしたの?何とか言ったら?」
冷め切った声色で連斗が彼の耳元で告げる。
だが、それはあまりにも自然な動きだった。
外から見れば友人の耳元で何かを囁いているようにしか見えない所作だ。
実際には首筋に刃物を突き付けて脅しているのだが、傍目からはそれを感じさせない。
刃物も自分の腕の死角に巧妙に隠す形で当てつけている。
(こ、こいつ……全然隙がねえ)
普段の彼とは全く違う動きに荒矢は面食らった。
模擬戦や教室での授業風景を見ていても、連斗は特段優れているとはいえない。
劣等生と言って差し支えない彼に、荒矢も自分の優越感を感じていたのだ。
それが、今の連斗は完全に荒矢を制圧していた。
抵抗すれば本気で刺し殺すような殺気を纏っている。
「こ、降参だ……」
為す術無く、荒矢は音を上げた。
これ以上何をしても無意味だと悟ったのだ。
いくら普段の連斗を侮っている彼とはいえ、見せつけられた実力差をわからぬほど馬鹿ではなかった。
「なら琢磨への暴言を取り消して?」
「なに…?」
荒矢は琢磨へ嫌悪感を持っている。
連斗からの申し出は到底受けられなかった。
「断るぜ。誰が取り消すかよ――」
瞬間、ビクりと荒矢の肩が震えた。
間近にある連斗の瞳が真鍮の刃のように冷たく彼の目を射貫いていたからだ。
その瞳は殺気というには生温いほどの戦慄な畏怖を彼に抱かせた。
「じゃあここでお前を殺すね」
「ヒッ…!」
冗談で言っているとは思えない真顔で囁かれ、荒矢の精神は決壊した。
「わ、悪かった。琢磨への暴言は取り消す」
「……ふーん」
完全に戦意を喪失した荒矢がかすれた声で連斗に言った。
異常な殺意に当てられ、もはや抵抗する気力は残っていなかった。
「あはっ☆なら最初からそう言ってくれればいいのに」
にっこりと微笑んで連斗が笑いかける。
まるで天使のような優しげな表情に変わった彼は荒矢を解放した。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
途端、荒矢は力が抜けたように脱力した。
張り詰めていた気が一気に解けてこうなったのだ。
それだけ連斗から受けた緊張感が半端なかったのである。
「これからも琢磨と仲良くしてね、荒矢」
「あ、あ、ああ」
柔和に微笑まれて荒矢は抗えない。
もし否定すれば今度こそ本当に殺されかねないからだ。
さっきの連斗の言葉ははったりなどではない。紛れもない本気の殺意である。
それを彼は否が応でも“理解”させられた。
「おや、どうされましたかな荒矢殿。まだ食事が残っておりますぞ?」
数学を教えてもらい終わった憲吾がテーブルに戻ってきた。
荒矢はまだ食事を残したまま食べ終わっていない。
「食欲旺盛な貴殿ならいつもはとっくにたいらげているでしょうに。お腹の調子でも崩されたのですか?」
「い、いや。何でもねえよ……」
何とか体制を戻し、荒矢はようやく食事に手をつけ始めた。
それを隣席で連斗が柔和に微笑んで見ている。
周囲の生徒達は何事もなかったかのように談笑してランチを食べていた。
まるで今のいざこざなどなかったように。連斗の一連の動きがあまりに巧みだったので、危険なやりとりがあった事に周りは誰も気付かなかったのだ。
翌木曜日。
第一高校の食堂にて。
現在は昼のランチタイム。
食堂の券売機の前には列が出来ている。
そこに並んでいる一角で女生徒達が会話を交わしていた。
「ねえねえ、今度の日曜日にどこかへ出かけない?」
「いいわね、駅前に新しく出来たショッピングセンターにでも行ってお洋服を一杯買いましょ」
数人の女子生徒達が集まって休日の予定を姦しく話している。
その最後尾では水波が列待ちをしていた。
彼女はこのグループの友人達とランチを一緒にしている。
「ねえ、桜井さんも一緒に行かない?」
「えっ、私ですか…?」
ふと、振り返った友人から水波に声がかけられた。
休日にお出かけしないかと友人が訊いてきたのだ。
だが水波は少々困惑した表情を浮かべている。
「…お誘いくださってありがとうございます。ですが、私はその日家の用事がありまして」
「ええ~またー?桜井さんっていつもおうちの用事あるよね。」
ピク、と僅かに水波の肩が跳ねた。
彼女はいつもこう言って友達の誘いを断っているが、毎度“家の用事”でばかり誤魔化すのも返って怪しまれるかもしれない。
「桜井さんって、司波先輩の家に居候させてもらっているのよね?」
「……はい」
「用事ってもしかしてその関係?」
水波は言いよどんだ。
彼女は司波深雪のガーディアンとして仕えており、住み込みで働いている。
それもメイド兼ガーディアンとしてだ。
そのため学校で深雪のガーディアンを務めるだけでなく、帰宅後は司波家でメイド家事全般をこなしている。
故に放課後に友達と遊ぶ時間など取れないのだ。
水波としては、遊びに誘ってくれる友達に毎度断りの返答をするのは心苦しいものがあった。
だがそれは深雪のガーディアンを務めている以上当然の事として受け止めている。
「いえ、達也兄さま、深雪姉さまとは関係ありません。私の家の個人的な都合です」
「ふーん?桜井さんの家ってもしかして結構複雑?」
友人が不思議そうな顔で彼女に訊いてくる。
冷や汗を垂らして彼女は弁明しようとした。
「水波ちゃん、別に友達の方々とご一緒してきてもいいわよ」
「えっ」
不意に見知った声が耳に届いて、水波はそちらに振り返った。
そこには自分が使える主が立っていた。
「み、深雪姉さま!?」
「調度通りかかったものだから」
驚かせちゃったかしら?と彼女は微笑んでみせる。
そして耳元に口を寄せて水波にだけ聞こえる声で呟いた。
「家の家事はその日は私がやっておくわ。だから水波ちゃんはお友達とご一緒していらっしゃい」
護衛の方はお兄様と一緒に家に居るから大丈夫よ、と彼女は言う。
「そ、そういうわけには……!私の身勝手で深雪様のお手をわずらわせるなど」
「折角お友達がお誘いくださっているのでしょう?お断りするのももったいないと思うの」
今の感じを見るに、これまでも何度もこういう形でお断りしてきたのよね?と深雪がたたみかける。
「は、はい」
「水波ちゃんがうちの家事全般をこなしてくれてるのは有り難いのだけど、それで水波ちゃんがお友達と付き合えなくて苦しい思いをするのならそれは間違っているわ」
「し、しかし」
「もちろん、いつも友達と遊ぶっていうのは違うと思う。でも、水波ちゃんはずっと毎日頑張ってくれているもの。たまには友達と遊ぶ時間を取って、羽を伸ばす時間も作ってほしいのよ」
「………」
「それに久しぶりにお兄様に手料理を振る舞いたいし」
最後に若干深雪の本音が漏れたが、水波の事を想っての事なのは明らかであった。
司波家に水波が住み込む以前は深雪が家事をこなしていたため、深雪としては自分が請け負うのも別に苦ではない。
それに、水波が友人との交流の時間を制限されているのを目の当たりにしては彼女としては看過する事は出来なかった。
「よ、よろしいのですか?」
「ええ、主として許可するわ」
「し、しかし――」
「ならこうしましょう。許可ではなく、主として“命じる”わ」
「……!」
自分が仕えている深雪に命令され、彼女は狼狽した。
流石に主に命じられては拒否する事は出来ない。
彼女はすごすごと了承した。
「しょ、承知致しました。では日曜日はしばしお暇を取らせていただきます」
「ええ、お友達と楽しんでいらっしゃい」
ふふ、と慈愛の微笑みを浮かべる深雪。
彼女は踵を返すと友人のほのか、雫達の元へ去って行った。
水波と深雪がしばらく小声でやりとりしているのを、後ろでは水波の友人達が不思議そうな顔で見ていた。
「あ、お、お待たせ致しました」
「桜井さん、司波先輩と何をお話になっていたの?」
「い、いえ、大した事ではございません」
不審に思われないよう、何とか取り繕う水波。
「あ、先程のお誘いの件ですが。さっきはお断りしましたが、やっぱり行ける事になりました」
「えっ、本当?やったあ」
「わーい、じゃあ桜井さんも一緒に遊びに行けるのね」
「桜井さんとこうして出かけるの初めてだから楽しみー」
きゃっきゃっと嬉しそうに友人達が微笑み合う。
それを見て水波はほっと胸をなで下ろした。
深雪の計らいで折角の誘いを無下にせずに済んだ。
これからもたまにであれば、友人達と遊ぶ時間を作っていいという。
(深雪様……ご厚意感謝致します)
水波は胸の奥で主である深雪に感謝を述べた。
同時刻。
第一高校のカフェテリアにて。
備え付けられているテーブルの1つに2人の少女が腰掛けていた。
彼女たちは七草家の双子の姉妹。香澄と泉美である。
その着席している2人の元に、横からティーワゴンを押した男子生徒が近付いてくる。
ティーワゴンを運んできたのは連斗だ。
ワゴンの上には紅茶を煎れる道具一式が乗っている。
彼は双子の内の泉美の方へやってきて、紅茶を差し出した。
「どうぞ、泉美お嬢様。お紅茶です」
「ふふ、ありがとう連斗君」
まるで令嬢のように(実際それで間違っていないが)上品に紅茶を手に取って泉美が微笑んだ。
淡く唇の先をつけて少量ずつ喉を潤していく。
「泉美ったら、また“お嬢様ごっこ”してんの?」
「ごっこではありませんよ香澄ちゃん。実際私はお嬢様なのですから」
「あー、うん……まあごっこじゃなくてプレイって言った方がよかったかな」
まるで執事に給仕される令嬢のような擬似プレイをしている泉美に香澄が呆れ顔の表情になる。
泉美は連斗に紅茶を煎れてもらっていた。彼女がそう希望し、連斗が快く応じたのである。
彼女に給仕する連斗の姿は高校の制服を着ているものの、さながら執事のようだ。
「連斗も連斗だよ。顎で使われちゃってさ。ちゃんとはっきり拒否すべきなんじゃないの?」
「いや、別に僕は嫌じゃないよ。僕、実は執事として昔働いてた事があって。だからこうやって紅茶を煎れるのとか得意なんだ」
連斗の言葉に香澄が目を丸くする。
「ええ、そうなの?連斗って実際に執事だったんだ」
「昔の話だけどね。でも、その時に覚えた執事としての所作は今も染みついてるから」
「香澄ちゃんは知らなかったのですか?私は先月の時点で彼から話を聞いて知っていましたよ」
友人の特技を今の今まで知らなかったらしい双子の姉に泉美はため息をつく。
まあその彼女が聞いた情報も実は正しいものではないのだが。
昔に勤めていたというのは半分嘘で、彼は今も現役で執事なのである。
つい昨日も主人である真の“お嬢様”にご奉仕したばかりだ。
いつも日課のようにこなしている事なので、ここで泉美に給仕するのも自然体で上質に出来るのである。
ちなみに現在も執事として働いている事を伏せているのは、公に知られると都合が悪いからだ。反魔法国際政治団体ブランシュ欧州支部と繋がっている真穂との主従関係が他生徒にバレるのは非情にまずい。故に彼は今の本当の職業を秘匿していた。
だが彼は真穂の執事だけではなくガーディアンでもある。真穂は3年生で学年も校舎も離れているが、同じ学校に通っている事で何かあった時にはすぐに守護にかけつけれる体制を取っている。
ちなみに真穂も連斗同様に表向きは普通の生徒として学校に通っているが、実際は反魔法師を掲げる非合法組織“
「だから僕はこうして執事として誰かに給仕出来るのは嬉しいんだ。泉美のように礼儀正しく気品ある子になら尚更ね」
「まあ、褒め上手ですこと。でもフフ、悪い気はしませんわ」
連斗の言うように泉美は清楚で淑女として模範的な生徒だ。
故に彼が“擬似執事”として仕える相手としては理想の女子生徒と言える。
「ふーん、なるほどね。でも泉美ばっかりずるいや。ボクにもご奉仕してよ連斗」
「いいよ、香澄にも給仕させてもらうね」
にこりと笑って連斗が香澄にも紅茶を煎れてやる。
その立ち振る舞いは誠実でかつ気品があり、やはり上質な給仕であった。
「うーむ、何かむず痒いね。連斗に執事みたいな事されると」
「お気に召さなかった?」
「いや、満足感あったよ。柄でもないけどさ」
少し照れくさそうに言う香澄。
本人が言うように柄でもないと感じているようだ。
「お褒めに預かり光栄です。香澄お嬢様」
「お、お嬢様って……」
執事風にお嬢様呼びされて香澄が少し照れくさそうにした。
彼女自身本物のお嬢様なので、七草家では普段から使用人達にお嬢様と呼ばれている。
だが、普段気軽に砕けて喋っている男子の友人からそう呼ばれるのには慣れていなかった。
「ふふ。香澄ちゃん、連斗君にときめきましたか?」
「はっ?な、何言ってるのさ泉美」
妹に茶化されて彼女は椅子からこけそうになる。
連斗に対して恋愛感情など特に彼女は抱いていない。
ただむず痒くて照れくさかっただけなのだ。
まあ泉美はそれをわかっていてあえて茶化したのだが。
「ははっ、とにかく2人共喜んでくれたみたいでよかったよ」
そんな双子のやりとりを見て連斗は笑った。
内心で少し羨ましそうに。
「ごめんね連斗。泉美のわがままに付き合わせちゃってさ」
「別にいいよ。僕も久しぶりに執事の真似事が出来て楽しかったし」
楽しかったという部分は彼としては偽りの無い本心である。
彼は執事としての仕事に誇りを持っているが、普段真穂に仕えている時は慎ましやかに対応する事を心がけているので、楽しむような感覚は持ち込んでいない。
だがここでの双子達への給仕では心にゆとりが持てる。
故に先程のような“遊び”も出来るのだ。
「連斗君の給仕はなかなかだったので、また今度お頼みしてもよろしいですか?」
「うん、僕でよければいつでもどうぞ」
泉美からの申し出に連斗は快く応じた。
「ねえ連斗、今度の日曜日にさ、予定って空いてる?」
「え?」
「その日、私達遊びに出かける予定してるんだよね。もしよければ連斗も一緒にと思ってさ」
香澄から休日に一緒に遊ばないかと彼は誘われた。
続いて泉美の方も彼に同じく訊いてくる。
しかし、彼の表情は少し曇った。
「ご、ごめん香澄、泉美。その日はちょっと外せない用事があるんだ」
「そうなんだ、なら駄目かー。まあしょうがないね」
「まあ仕方ありませんよ香澄ちゃん。連斗君にも色々ご予定があるでしょうから」
2人は少し残念そうにしていたが、特に根掘り葉掘り訊いてくる事なく納得した。
彼女たちは“家の用事”で度々学校を休んだりしているため、用事で休むという事に理解があるのだ。
「ほんとごめんね、折角誘ってくれたのに」
「別に気にしなくていいよ。ま、今度また一緒にお出かけして遊ぼうよ連斗」
「そうですね、また次の機会にご一緒しましょう」
謝ってくる連斗だが香澄達は特に気にした様子はないようだ。
彼は心苦しくも寛大な双子に感謝した。
今度の日曜日はどうしても外せない用事がある。
それは、彼のもう一つの顔である殺し屋としての仕事であった。