神楽舞   作:天海つづみ

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向上心とかいうモノ

 

 

「これは…まさか…」

 鱗を手に取り恐い顔が更に怖くなる里長

 いつものタタラ場の前で深刻な空気

 

「里長?」

 

「ウツシ、各狩場のモンスターの数と

 種類の状況を把握せよ、分かる範囲でよい」

 

「直ちに!」

 翔虫で飛んで行く

 

 昨日 影と時雨が持ち帰った鱗を見つめる里長

 

 

 

 …………

 

 

 

 朝の日差しの中で目覚める

 古い畳と、すっかり弾力と言えるモノを

 無くした布団の中でモゾモゾする

 

 思い出す、俺は兄貴が好きだった

 ハンターとして最強レベル、

 里の困りゴトは何でも引き受け礼は求めない

 その上ハキハキしていて元気良く笑う

 

 愚痴を漏らさず文句も言わない里中の人気者

 

 両親も自慢の兄貴、そんな兄貴に憧れた

 

 いや、里の子供全員のヒーローだった

 

 あれは俺が13 兄貴が18の時だった、

 ヒノエ様とミノト様が朝早くに家に

 入って来て兄貴を起こした

 

 当時の俺には分からなかったけど今なら解る

 

 誰にでも好かれ、

 この里の二大美人にも好かれ、

 欠点がない完璧な憧れの兄貴だった

 

 

 

 

 俺も…あんな風に

 ヒノエ様に起こされたらなぁ

 

 思春期の男にとって

 あれはなんとも羨ましい事だと理解できる

 

 布団の中で身をよじる

 

 

 

 

「お目覚めですか?」

 

「!」

 女の声!ヒノエ様?!!ミノト様?!!

 

 慌てて布団を跳ねのけると同時に

 ヤバい!!インナー一枚じゃん!!

 布団を掴みまた被る!

「あばばば!!」

 

 何で!何で!?ヒノエ様が?!!

 ついに俺にも?!!

 頭だけ布団から出す

 

 

 

 

 

「ひっかかったぁw」

 

 !?、時雨?!

 布団をどけて起き上がると

「ひっヒノエ様はっ?!」

 キョロキョロする

 

 すると時雨が声マネをして

 

 

 

 

「影君、お風呂貸して下さい」

 姿は見慣れた時雨、いつものニヤケ顔

 

「出てけぇ!!」

「にゃははは!!」

 

 外でドボンと音がする、

 どうやら勝手に入ったらしい

 

 季節的に水風呂はまだ早いと思うが…

 まぁ寒かったら勝手に出て行くだろ、

俺の純粋な気持ちを何だと思ってんだ

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

「ううっ、さっびぃ…」

 鼻水をすする残念なイケメン

 

「まだ水風呂は早かったな」

 内心ザマぁと思ってる影

 今日はアオアシラの狩猟

 翔虫の練習がてら大社跡の一番高い所にある、

 円形の広場に来てみた

 

 翔虫、小さいながら人の体重を支えられる

 強靭な羽を持ち、その糸もまた強く

 大人一人を余裕で引っ張る、

 カムラの里の狩人はこれを使って飛ぶ、

 一定距離飛ぶと回復時間が必要だが

 二匹連続して使えば数十メートルを

 高速で移動できる

 

「!」

 

 ガブラスという小型モンスターが

 地面に落ちている、と、そこにウツシが居た

 

「やぁ、愛弟子達よ」

 逆手に持った双剣を仕舞いながら

 

「あれ?どうしました教官?」

「何でいんのぉ?」

 

 里長からの話をすると

「二人ともアオアシラだけにしなさい、

 他のモンスターが来たらすぐに距離を

 取るんだよ?」

 

「何がいんのぉ」

 鼻水をすする

 

「タマミツネとリオレウスが来てる

 …時雨、鼻水出てるけどどうしたんだい?」

 

「だって影が風呂沸かしてくれねぇんだよぅ」

 恨めしそうに影を見る時雨

 

「勝手に人ん家の風呂入ってバカ言うな!!」

 

「手拭い一枚貸してくれねぇしよう」

 

「え……じゃあ時雨はどうしたんだい?」

 

「濡れたまんま防具付けてキャンプの

 焚き火に当たってたんだよぅ」

 

「…影、少し時雨に気を使って

 あげたらどうだい?」

 口元が隠れているが困り顔のウツシ

 

「え?!何でコイツに?!」

「そうだぜぇ?善意は帰って来るんだぜぇ?」

 ニヤニヤ

 

「本当に君たちは仲が良いなぁ」

 笑う中年?

「じゃ、くれぐれも手出ししないようにね、

 新手も手出ししないで直ぐに帰るんだよ?」

 そう言うと翔虫で飛んで行った

 

 

 

 ……………

 

 

 

「食らえぇ!空舞!」

 アオアシラの尻を軽く蹴りながら

 ジャンプして一回斬る、と水飛沫を立てて着地

 

「もっと連続で斬るモノじゃないのか?!」

 振り回すトゲの付いた腕を避けて

 突きから斬り上げ

 水辺の戦いはズブ濡れになる

 

 アオアシラは普段は四足歩行で戦闘時は

 後ろ足だけで立ち上がるモンスター、

 前足を振り回すが

 

「あだぁっ!!」

 アオアシラは尻餅をつくように後ろも攻撃

「こぉんのぉ!!」

 懲りずにまた空舞をやってみる

 ザシュッ!

 

「一回しか斬れないじゃないか!」

 

「ココは成長したなぁって褒める所だよぅ!」

 背中側から回転しながら斬る

 

 調子良く攻撃していると

「グオオオォー!!」

 上空から襲い掛かる大きな存在

 赤茶けた体に大きな翼、

トゲだらけの尻尾と牙が並ぶ口、

その口からは火の玉を吐き出す

 20メートルを越える空の王者

 

「レウスだっ!一回逃げるぞ!」

「りょ!」

 

 

 

 

 ……………

 

「…なぁ、りょ…って何だ?」

「了解って意味だよぅ」

 

 迷路の様な細道、

 ここならモンスターは入って来れない

 

「やっぱり怖いなリオレウス…」

 夜行で見たけど近くは初めて、

 なんだろう、体が震える…

 

「アイツにアオアシラ喰われちゃうんじゃね?」

 双剣を研ぐ

 

「昔兄貴に良く聞いた、あれが狩れたら

 誰からも一目置かれるってさ」

 

「珍しいなぁ、

 影が自分から照兄ィの話するって」

 珍しくキョトンとする時雨

 

 

 

 

「あぁ…」

 

「自分で振っといて暗くなるなよぅ」

 ニヘラと笑う

 

 そう…俺は兄貴が好きだった

 いつも完璧だった

 

「…なぁ時雨、お前は兄貴をどう思う?」

 

「照兄ィ?カッコ良かったなぁ」

 

「今でも…そう思うか?」

 

「今…今なぁ…変な事言って良いかぁ?」

 時雨が立ち上がり真っ直ぐ影を見る、

 こんな事は珍しい

 

 

 

 

「なんか…年取ったせいかなぁ…現実味が…無い」

 

 

 

 

「………そうか」

 ずっと胸の中でモヤモヤしていた正体、

 それが何なのか時雨の言葉で見えてきた

 

 兄貴はヒーローだったんだ

 

 …そう、ヒーローだからこそ…

 

 

 

 

「静かだし行ってみよう」

 

「りょ!」

 

 …………

 

 

 

「グオオオォー!!」

「ギュアアアー!!」

 遠くでリオレウスと恐らくタマミツネの

 争う声が聞こえる

 

「今のうちだ!長居は無用だ!」

 アオアシラを倒して剥ぎ取る、

 むこうがケンカ中で助かった

 

「なぁなぁ、ちょっとだけ見ていかねぇ?」

 明らかにウキウキソワソワしている時雨

 

 …時雨の勘の良さは凄い、たまには

 言うこと聞いてみるか…

 ウツシの指示には反するが

 

「…ちょっとだぞ?」

「そうこなくちゃあなぁ」

 ニヘラと笑う

 

 

「いた…タマミツネ」

 水辺をゆったり歩いているのを物陰から覗く

 

「何かキレイだなぁ、なんつうか雰囲気が」

 白と紫の体に赤い差し色、女性を思わせる

 しなやかな動き、しかし大型で二人が

 勝てるような相手ではない

 

 レウスとケンカしたようだがそのキレイな

 毛並みは乱れておらず、どこか妖艶な

 空気を持つモンスター

 

「なぁ影ィ、あれの防具欲しいぜぇ、

 多分カッコいいよなぁ」

 二人ともアオアシラ一式

 

「俺達には無理だ」

 百竜夜行で何度か見ている、

 その強さは知ってる

 アイツの水はバリスタの弾より強そうだ

 

「なぁ影ィ…お前は何で

 強くなりたくないんだ?」

 

「?!…俺が…」

 その言葉に思考が止まる

 

「なんかそう見えるぜぇ?」

 影は鬼刃斬りなど大振りな攻撃をせず、

 スキの少ない弱い攻撃を多用する

 

「いや…俺はハンターに…」

 いや、ハンターなら上を目指す…俺は…

 俺は強く…

 

「練習生だった時に戦ったヤツしか

 狩ってないだろぉ?」

 

「………」

 言われてみれば

 

「普通はよぅ、新しい技に挑戦するとか

 知らないモンスター見ようとか

 するもんだぜぇ?」

 

 俺は…どうしたい?

 俺は兄貴に…

 

 ……………

 

 

 里に帰ると何やら雰囲気が違う、

 ヒノエが珍しくパタパタと草履を

 鳴らして走って来る

 

「影君、時雨、直ぐに集会所へ行って下さい」

 

 ヒノエに言われて行ってみると

 何だか里中が集まっている

 

 最後にヒノエが入ると

 

「うむ、全員揃ったか」

 建物の中に大きな桜がある集会所、

 別名ギルド、その奥の水辺に張り出した

 一段高いテラス

 

 腕組みする里長

 その横にはウツシ教官、

 そしてこの集会所、ギルドの管理者である

 ゴコク様が並ぶ

 

 ハンターだけではない、里の守人、

 里守り達も全員いる

 

 

「皆聞け!最近のモンスターの変則的な

 挙動について報告がある!」

 

 ウツシが前へ出る

「ハンターの皆は最近の狩場の様子が

 おかしいと感じていないかい?」

 皆の顔を見渡すと

「その感覚は正しい、どうやらモンスターが

 本来の生息地から移動しているようなんだ」

 

 ゴコクが前に出る

「どうやら百竜夜行が近いかも知れないでゲコ」

 

 ざわつくギルド

「任せな!毎度の事だ!」

「今回こそ活躍するぜぇ!」

「報償金取ってやる!」

 ベテラン達が盛り上がる

 

 里長が黒い鱗を掲げる、するとハモン達

  年配の里守り達が声を上げる

「里長っ!」

「あれはっ!まさかっ?!」

 

「これを知ってる者は年寄りばかりだろう、

 が、これは昨日見つかったモノだ」

 里長は懐からもう一枚の黒い鱗をとりだす

「これが『あの時』のものだ」

 

 若手は何だか分からないが

 

「おいフゲン…それは…まさか…同じ…」

 ハモンの目が見開かれる

 

「ヤツが現れたようだ、今度の百竜夜行は

 ヤツも来るかも知れん」

 里長は大声で叫ぶ

「備えよ!装備を整えよ!50年前のあの悲劇、

 繰り返す訳にはいかん!」

 




向上心ってさ、子供は凄いんだよね
なんでも貪欲に吸収すんの

いつからか(この辺で良いんじゃ…)
とか思って自分に制限掛ける

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