リリアナは、ボーラスを裏切った代償が自分の身に降りかからなかったことに驚いた。
――灯争大戦 No.014 《ギデオンの犠牲/Gideon's Sacrifice》

引用元:https://mtg-jp.com/products/card-gallery/0000178/460941/



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心温まる贖罪/Heartwarming Redemption

 なつかしい匂いがした。馴染みある鋭い匂いが。

 暗闇に覆い尽くされていたはずの視界は、まばゆい陽光に包まれていた。そのまぶしさに目を細める。

 

 混乱する思考をかろうじてまとめ、最後の記憶を呼び起こした。

 最初に思い浮かんだのは、邪悪を形にしたような龍。そうだ、ニコル・ボーラス。

 握り締めた黒き剣へラヴニカに生きる者の希望を全て載せ、あの邪龍に突き立てて――砕け散った。希望もろともに。

 

 そして、リリアナが……ああ。思い出した。黒く輝く死により燃え尽きんとしたリリアナに代わって、私が……

 

「いや……」

 

 発せられるはずのない声が漏れ出た。私は燃え尽きたはずだ。

 ならば、なぜこうして生きている。ニコル・ボーラスとラヴニカはどうなったのだ。私がこうして生きているのならば……リリアナは、リリアナ・ヴェスは。

 

 まばゆい光に慣れ、徐々に目前に広がる景色が明瞭になってくる。

 私は石の本道に立っていた。壁の内側に備え付けられた高い歩道。それは居住区を囲むように伸びる近道となっている。

 今こうして立っていて、匂いも、風も、陽の照らされる光の温かみも感じているにも関わらず、現実とは到底思えない光景に思わず眉間を揉んだ。

 

 気がつけば自らの両脚は歩を進めていた。一歩、一歩と踏みしめる度にかつて傲慢だった記憶が呼び起こされる。

 ここをどれぐらいの間、留守にしていただろうか。少なくとも十年では足りないだろう。

 

 石の本道を辿り、要塞のような小屋が見える。その小屋の前に辿り着いた時、大きい笑い声が響く。

 

「随分とデカくなったじゃねえか、()()()()

 

 キテオン。かつて呼ばれていた懐かしい名に目を見開く。錆びついた人形のように、ゆっくりとその声の元に顔を向ける。

 不敵な笑みを浮かべる三つ上だった悪童。かつてはやや見下ろすように向けられていたその視線は、今は下から見上げられていた。

 

「ドラサス、か?」

「生憎とお前とは違ってそれ以外の名前は持ち合わせてねえな」

 

 ドラサスは肩をすくめながら口角を釣り上げた。

 

「後ろを見てみな」

 

「おい、黙ってろよ」

「せっかく驚かそうとしてたのによ」

「よう。またお前が生きている方に賭けて儲けさせてもらったぜ」

 

「オレクソ、エピコス、ゼノン」

 

 噛み締めるように、一人ひとりずつ友の名を読み上げた。四人とも、あの時の姿そのままだった。

 ずしり、と心の底に鉛のようなものが沈み込んでいくのがわかった。

 

「なんと言ってよいものか。私は、お前たちを」

 

 声が詰まり、その先の言葉に続けることはできなかった。

 今でも明確に思い出すことができる。犯罪王の締め付けを破り、アクロスを蹂躙する怪物から守り、死の国の巨人と戦い、太陽の槍をもって打倒した。この不正規軍とともに。

 そして、死の神エレボスへとその槍の矛先を向けた傲慢の代償として……

 

「殺した」

 

 エピコスの短くも鋭い言葉に、血みどろの記憶が呼び起こされる。自らの喉からうめき声が漏れる。四人の顔を見ていられず、視界が下へと向く。

 

 その通りだ。不正規軍と共にいれば、神々の諍いですら物の数でもないと。愚かなキテオンはそう思い込んでいたのだ。ああ、そうだ。私には贖うべき罪科が残っている。

 どのような罵倒でも、苦痛をも受け入れよう。彼らにはその権利があるのだから。

 

「とでも、思っているのか?」

 

 しかし、続く言葉は罵倒ではなかった。両手を握り締め、覚悟していた私は反射的に首を上げた。四人の顔には笑みが浮かべられていた。

 

「もしそうだとしたら、お門違いだぜ」

「例え俺がお前と同じ立場であったとしても、あの不気味な神様に槍を投げつけただろうさ」

「そして、お前は耐えられた。俺たちは耐えられなかった。ただそれだけの話だ」

 

 暖かみのある言葉と慈しむような目を向けられる。

 心の底に沈み込んでいたものが、目頭へと熱くせりあがってくるのがわかった。

 

「しかし」

 

 首を振りながらかろうじて発した声は、情けないと思う程に震えていた。

 

「しゃらくせえな、何ウジウジしてやがる」

「そう言うなドラサス。アクロスを守り、伝説に名を残した英雄様の涙なんてそう見れるもんじゃねえぜ」

「違いない」

「その涙を拝見する栄誉に預かるとは光栄だな」

 

 四人は顔を合わせて高らかに笑った。かつてはその輪の中に私も含まれていたことを想起された。

 だが、今はどうだろうか。その資格など、今の私にはないのではないか――

 

「キテオン。下らねえ事を考えてやがるようだから言っとくぜ、俺たちはこれっぽちもお前を恨んじゃいねえ」

「むしろ感謝しているぐらいだぜ、俺たち不正規軍もアクロスを守った英雄の一人として名が残されているんだからな」

「そうさ。ただの孤児だった俺たちが、俺たちなりの正義を貫き通せたのはお前のおかげだ」

「だから俺たちはお前を()()。お前はよくやったよ、あの巨人を打ち倒した俺たちもな。そう思うだろ? キテオン」

 

 自らの過ちで死に至らしめたという事実を赦される事はないと思っていた。

 そんな四人から発せられた赦すという言葉を耳にし、こみあげてくるものを抑えきる術はなかった。溢れ出た涙がとめどなく流れてゆく。

 

「……すまなかった」

 

 かろうじて絞り出したものは、不正規軍に長年伝えたかった謝罪の言葉だった。

 

「おいおい、我らが英雄様がそんな泣き虫だったとは初耳だな」

 

 オレクソの手が私の肩に優しく置かれる。ゼノンが手を広げながら近づいてきた。

 

「なあ、キテオン。お前からはまだ取り立てていないものがあるんだ。覚えているか?」

「ゼノン、お前に借りはなかったはずだぞ。貸しもな」

 

 首を振りながら言った。ありとあらゆる競争事に賭けを主張していたセテッサ人のゼノンとは賭けをよくしていた。それによって生じた負債は全て返しきったし、逆に取り立てたはずだった。

 それを聞いたゼノンは不敵な笑みを浮かべ、手を差し出してきた。

 

「なんだ、ちゃんと覚えているじゃねえか。すっかり忘れちまったもんだと思ってせびろうとしたんだが」

「忘れるものかよ、この野郎め」

 

 友の手を握り返し、憎まれ口も返す。これがかつての日常だった。

 もう二度と訪れることのないと思っていた日常が、今ここにある。

 

 四人に連れられて入った小屋の中には一つのテーブルと、それを囲うように五つの椅子があった。そのテーブルの上にはいくつかの料理と酒が置かれている。食欲をそそる香ばしい匂いが自分の鼻腔をくすぐった。

 

「ギデオン・ジュラだったか? 色々な世界に行ったって話を聞かせてくれよ」

「そうだな。今思えばギデオン・ジュラとして、随分と長いこと戦い続けてきた。話も長くなってしまうが」

「構いやしねえよ、酒の肴になる」

 

 友たちと話していく中で、長年この身を支配していた緊張感が全身から抜けきっていることに気づいた。

 このアクロスに生まれ落ちてからずっと、戦うべき理由をもって人生の日々で戦争を知り尽くしてきた。そこには束の間の休息すら存在しなかった。それは当然の事だと思っていた。

 しかし、今の私には戦うべき理由がない。何の懸念もなく、この友たちとゆったりとした時間を共にし語らっている。

 

 心地よく、弛緩した空気――初めて()()というものを知った気がした。

 

 正義と平和のためにゲートウォッチとなり、力なき人々へ平和をもたらすべく戦ってきたつもりだった。

 自惚れているつもりはないが、これまでの人生で守る事のできた人々はこのような優しい時間を過ごすことができたのだろうか。

 そう考えると、これまで歩んできた道はそう悪くないものであったように思えた。

 

「む……」

 

 話を続けようとしたところで安堵感からか、強烈な眠気に襲われる。

 

「働き詰めだったんだろ。話の続きはまた今度だな」

「ああ、すまない。ほんの少し……少しだけ、眠る」

 

 私はテーブルに突っ伏し、まどろみに身を委ねた。

 

 

――安らかに、ゆっくり眠れよ(Rest in Peace.)

 

 

 

 最後に聞こえた言葉は普段のドラサス達からは想像もできないほどに、ひどく優しい音色だった。

 

 

 

 

 

 




キテオンは人生の日々で戦争を知り尽くしてきた。その彼がついに平和を知った。
――灯争大戦 No.199 《心温まる贖罪/Heartwarming Redemption》


"I will keep watch."
――Signature Spellbook: Gideon No.004 《安らかなる眠り/Rest in Peace》







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