黒死の刃   作:みくりあ

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感想、誤字報告、情報提供。ありがとうございます!
巌勝と縁壱が双子ってことが驚きです。私はこれまで3つくらい歳離れてると思ってました。


捌話 安息を遮る怪鳥

 時刻は既に昼の四時頃。昇ってしまえばあとは落ちるだけ。太陽は地平線へと向かっていった。死屍累々とした戦場は静かに土へと還っていく。後の世には古戦場として語り継がれることになるだろう。

 

 戦場から少し外れた丘の上に一本の大きな木が生えていた。その木を中心として辺りは緑が広がっていた。巌勝は立ちながら腕を組んで木に背中を預ける。薫は木の根元に座り込み、互いに体を休めていた。二人を暖かい木漏れ日が照らし、程よく冷たい風が潜り抜ける。

 

 鬼殺隊の仕事は日が落ちてから始まる。鬼達は夜に死体の山を漁りに来るのだ。基本的に鬼は新鮮な肉を好むため死体は食べない。しかし早く強くなりたい鬼や鬼殺隊を狙う鬼はこういう所に集まってくる。日が完全に落ちきるまでは隠の仕事。戦場に無数にある死体を埋葬するのだ。日が落ちてからは鬼殺隊の仕事。任務開始時刻の七時過ぎくらいまでは仮眠を取ったりして体力を温存させる。故に二人は堂々と休むことが出来る。

 

「わたし、巌勝君が鬼殺隊に入ってくれて凄く嬉しいです。呼吸法を鬼殺隊みんなが身につければ、わたし達はもっと鬼と戦いやすくなります」

「ああ。私もそう思っている。最終選別後にでも教えよう。まずはこの任務を完遂させるぞ。

 ……暫し体を休める。薫もそうしろ。何かあったら起こす」

 

 そう言うと巌勝は二本の刀を腰から抜いて横に置いた。胡座をかいて座り眠りの体制に入る。そんな彼を見て、薫は膨れっ面を浮かべながら空を見上げた。単純に彼女はもっと話したかったのだ。しかし逆を言えば薫を信用しきっており、そのためにこうして傍で眠ったということ。それはそれでいいと満足する。

 

(……)

 

 薫は巌勝の顔を覗き込み、熟睡していることを確認する。周りに人影はなく。この瞬間、彼は薫だけのものであった。ゆっくりと巌勝に肩を寄せ、撓垂れる。目を閉じ、体を預ける。自然と顔がにやけた。もしほかの隊士がこの顔を見れば別人だと錯覚するだろう。

 自分の心は安くない。だが何故か惹かれる。理由は分からない。分かるまでは死にたくない。

 

「……巌勝君はずるいね」

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 巌勝はふと目を覚ました。肩にかかる重みから横に目を向けると、薫が眠っており、スゥ、スゥと微かな呼吸音が聞こえた。微風が彼女の髪を揺らしている。巌勝は目を見開き、鼓動が高鳴った。触れた肩に熱が集中する。彼女特有の甘い香りが脳を揺らした。火照る体と湧き上がってくる保護欲。一瞬とはいえ、守りたいとそう思ってしまった。そう思わせる魅力があった。精神年齢の差がそうさせるのか。

 

「……薫はずるいな」

 

 巌勝は無意識に薫へと手を伸ばす。髪をひと房、片手で包み込むようにして優しく梳く。薫は眠りながら、擽ったそうに口角をあげた。見上げると、夕日が空を焦がしている。これよりは大禍時。この戦場は阿鼻叫喚の地獄と成り果てる。これだけ大きな戦場となると当然集まってくる鬼も多く、強い。隠達が埋葬しきれなかった分を戦場の中心に集め、守りやすくしてくれている。

 

「薫。起きろ、あと少しで任務の時間だ」

「……ん……あ……おはようございます」

 

 とても気持ちよさそうに眠っていたので、罪悪感を感じながら巌勝は薫を起こした。直ぐに薫は起きて目を擦り、小さく欠伸をした。巌勝は傍に置いてある刀を両腰に差し直し、伸びをして凝り固まった筋肉を解し動かした。薫も髪を結び直すなど支度をして立ち上がる。

 

「往くぞ、薫」

「はい! ……ふぅ。行きましょう」

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「鬼殺隊! 集合!」

 

 他の鬼殺隊より先に巌勝達が正寿郎の元にたどり着く。ぞろぞろと鬼殺隊が集まってくる。数は三十人程度、これでも多いほどだ。鬼殺隊は死亡率が極めて高いため顔ぶれがよく変わる。故に巌勝が訝しげな目線を飛ばされることはなかった。既に太陽は落ちかかっており、暗がりが濃さを増していく。直ぐに鬼が動き始める時間だ。指揮を執る正寿郎は鬼殺隊の注目を一点に集め、作戦の概要を伝える。

 

「皆、簡潔に説明するぞ! 本陣に隠と埋めた死体がある。私たちの任務はそれを守ることにある。負傷した場合は本陣に駆け込め。各自警戒を怠るな。複数でかかれ」

「「「「「はい!」」」」」

 

 鬼は基本的には群れない。こういう場合少しずつ攻めてくるため、休み休み交代することで戦線を維持するのだ。

 しかし何事にも例外は存在する。長い年月を生き、より多くの人間を食べた鬼がそうである。有名所だと酒呑童子や茨木童子が挙がる。それらは弱い鬼を纏めあげる強さがあり、運が悪ければ派遣された柱ですら鬼に群れで襲われ喰われる。加えて纏めあげる鬼も一級である。となると必然的に勝負は鬼殺隊が朝まで耐えるか、迅速に鬼を殲滅するかの二択となる。

 

「たった今、隠より鎹鴉で連絡があった。鬼の総数は十前後。しかも鬼を纏めあげている存在がいるらしい。特徴からしてこの当たりを縄張りとする鬼・以津真天だろう。向かってくる鬼を狩り尽くした後、以津真天が現れなければ、短期決戦を仕掛ける。いいな」

 

 この時代十二鬼月はまだいないものの強い鬼には無惨自ら名前をつけ、多くの血を与えていた。鬼は意気揚々と自らの名前を晒す。故に悪名高い鬼は名が知れ渡り、鬼殺隊は鬼の強さを名前付きかどうかで判断していた。

 

 

 ★

 

 

 時刻は真夜中。巌勝が気配を探っていると。空気が僅かに揺らいだのを感じた。巌勝は気を引き締めた。程なくして近場の森から鬼達が現れる。ギラついた瞳に食欲を写し、死体の山が本陣に集まっていることを優れた嗅覚で知覚したらしい。本陣に向けて進行してきた。

 それらを正寿郎の鎹鴉が目撃し、正寿郎に鬼の出現が伝わる。

 

「全員! 戦闘態勢!」

 

 正寿郎の号令が響き渡る。鬼殺隊が各々刀を抜く。因みに巌勝は薫と共に本陣の最終防衛線を守護する役目である。鬼は合計十一匹。十匹以上となると死闘は必然である。

 首魁である以津真天もその体躯を月明かりの下に晒し、鬼達の後方の木に泊まり、鬼殺隊を睥睨している。橙の羽毛に爛々と光る黄色く濁った目、曲がった嘴に鋸のような歯が並び、体は蛇のようで爪は鋭い。その横幅は翼を広げれば五メートルにもなるだろう。まさに怪物。

 正寿郎は命令を下す。以津真天も鉤爪を鬼殺隊に向ける。

 

「一匹に対して、三人で応戦しろ!」

「……殺せ、皆殺しだ」

 

 正寿郎の号令で鬼殺隊が徒党を組み、本陣を守るように広がる。

 対して、以津真天の命令により、鬼の群れが大地を踏み鳴らし、突貫してくる。それはまるで獣の群れのようであった。

 そんな中、一人敵の中に突っ込む影があった。

 

 

 

「づあっ!」

「……グギギィィ!!」

 

 

 紛うことなき正寿郎である。誰よりも速く走り、一匹目の首を裂破の勢いで切り落とした。柱の名前に恥じない勢いである。

 

「皆、持ちこたえろ!」

 

 生き様は何処までも頼もしく、何処までも強い。炎の揺らめきのような羽織を靡かせ、日輪刀の切っ先を鬼の群れに向ける。士気は最高潮に高まる。自分達にはあの炎柱がついている。

 正寿郎を皮切りに所々で戦いが勃発する。

 

 

 ……

 

「……ふんっ!! 今だ甚七!」

「……ウグッ……腕が!」

「……おらァ!」

「……ギィ……!」

「よし! よくやった」

 

 違う所では房綱が腕を切り落とし、房綱の同期である久武甚七が連携して鬼の首を切り落とす。そうやって鬼殺隊は着実に鬼の数を減らしていった。数では圧倒的に鬼殺隊が有利。力の差を数の差で埋めるのは戦場の常である。

 しかし……

 

「ぐっ……っ!」

「やはり人間は弱いなぁ!! まるで相手にならん!」

 

 房綱達が目視できる範囲内にいる隊士が容易く、鬼の爪に腹を貫かれ、崩れ落ちた。もう助からないだろう。房綱は激昂した。見知った顔が突然死ぬことは房綱も経験してきたが、彼が仲間の死に慣れることは一生無いだろう。それは美徳に変わりないが理性を失うことは戦場において悪手でしかない。

 

「貴様……!」

「止せ、房綱! 俺たちから離れるな!」

「……くっ……悪い、甚七」

「はは。なんだなんだ? いくら人間が増えたところで俺様には敵わんぞ」

 

 隊士を殺した鬼が房綱に気づき近づいてくる。この鬼は群れの中では以津真天の次くらいに強いのだろう。房綱はそう判断した。それ程迄に鬼の放つ威圧感は凄まじかった。肌は灰色、筋肉質な体躯に爪は返り血で赤く染まり、不衛生な髪をその長さのまま垂らしている。幽鬼であった。房綱は背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 

「ふぅぅ…………はぁぁああ」

 

 房綱は刀を構え、呼吸を整える。横目で甚七の方に目をやると、甚七は頷いた。二人は覚悟を決めたようだ。鬼がゆっくりと近づいてくる。鬼が爪を掲げると爪が伸び、鋭利な凶器と化した。仲間もあれに貫かれた。一本一本が鋼のように硬く、鋭い。無事に倒せるか定かではなかった。

 そして、

 

 

 

 

 

 «炎の呼吸 壱ノ型 不知火»

 

 

 

 

 

 

 房綱の真横から飛び出した一条の炎閃が、鬼へと倒錯する。速度は房綱の目で追えるのがせいぜいだった。

 

「……ぐお!?」

 

 咄嗟に防御した鬼の右腕が、軽々と切断される。突如として現れた強者に鬼が勢いを失う。房綱の目の前で彼岸花の羽織がはためいた。たった今鬼の腕を切り落とした剣士。振り向いたその顔は房綱の見知ったものであった。

 

「まさか、薫か!?」

「房綱さん。ここはわたしが引き受けます。その間にあなたは他の隊士を援護してください」

「だが……」

「………………」

「……わ、分かった」

 

(何だ、あの目は。俺はただ薫を心配してあげただけだ。なのになんで……)

 

 薫の表情はなんの感情も読み取れなかったのだ。目は房綱の姿を見ていなかった。房綱はこの時初めて薫に助けられた。今までは自分が助けていたのにだ。それはまるで、房綱の実力が自分以下になったことに失望しているかのようだった。

 

(……やはり呼吸は鬼殺隊に不可欠。しかしいまはただ、この力を振るいたい)

(一撃で俺の腕を落としただと? これは戦いがいがありそうだ)

 

 薫の背後で房綱が仲間と共に走り去っていく。房綱が離れたのを確認し鬼に向き直った。そして刀を肩に担ぐように構える。

 鬼が笑みを深くする。

 

「見るからに強者だな? 名を名乗るがいい、女」

「これから死んでいくモノに名乗る名前などありません。散りなさい」

「ふははっ! ぬかせぇ!!」

 

 薫と鬼が衝突する。

 全体の戦況は鬼殺隊が有利。確実に言えることは柱の存在が鬼殺隊に勢いを与えているということだ。しかし、他にも薫の戦いぶりは鬼殺隊を奮い立たせていた。

 

 

 ★

 

 薫と鬼が戦い始めた所より遥か前線の森では正寿郎が以津真天に狙いを定めたところであった。正寿郎は以津真天の大柄な体躯をものともせず枝を足場にして距離を詰める。以津真天は間合いに入れば秒で首を切られる。目の前の男からそう感じとった。

 

「お前、柱だな……忌々しい! だが!」

 

 正寿郎の攻撃が届きそうになる直前です以津真天は飛び立ち、戦場の真上で旋回し始めた。それに気がついたのは正寿郎のみ。

 

「待て! ……ちっ……皆、空からの攻撃に気を配れ!」

 

 声を上げるが、空という文字通り次元の違う場所に居られては鬼殺隊になす術はなかった。実力があるとはいえ、現に目の前に鬼がいるというのに空に気を配るほど器用ではない。

 間もなく蹂躙が始まる。

 

 ❝血鬼術 鳴吼鎌❞

 

 以津真天は自身の血を刃に変える。そして翼で巻き起こされる暴風により広範囲に撒き散らす。所謂空からの広範囲遠距離攻撃。隊士達は刀で受けようとするものの、血刃の数が多く、腹や足を切り裂かれる。当たり所が悪く、遂には命を落とすものさえ現れた。対して鬼達は以津真天の血鬼術に巻き込まれたもののすぐに回復し、今の攻撃で負傷した鬼殺隊に襲いかかる。

 これが以津真天の目論見であった。天と地。双方から攻めればどれだけの数がいようと同じこと。刀の間合いでは圧倒的に届かないからだ。鬼の数は初期からは半減したものの、鬼殺隊の大半が負傷し壊滅は時間の問題だった。

 

「……死にたくない!」

「逃げろ!」

 

 たった一撃でこれである。絶望が戦場を支配した。

 

(問題は柱だが、さすがに空には攻撃できまい。それに今の攻撃で負傷した隊士達を他の鬼から守るのに忙しいようだ)

 

「さて、もうそろそろ儂もご馳走にありつこうか」

 

 以津真天が堂々と本陣の空まで飛び渡る。

 

 それを見て、刀を構える剣士が一人。

 

 以津真天は気づいていない。いや、気づけない。空は彼の物。誰にも犯されない領域である。弓矢は威力が低すぎて傷もつかない。この時代、火縄銃もまだ普及していない。

 

「忌々しい鬼狩り共め。有象無象だが半分まで減らされた。こんなに鬼を集めるのにどれだけ苦労し……」

 

 

 

 

 

 

 «月の呼吸 肆の型 虧月突»

 

 

 

 

 

 以津真天は気が付かない。気が付くのは攻撃が当たってから。

 

「……なっ!? ぐエッ……!!」

 

(……は!? か、刀だと……!? しかも日輪刀では無い!?)

 

 刀が一縷の月光となって、以津真天が察知出来ない速度で右翼の付け根に突き刺さる。刀は上手く骨を砕いている。投擲した主は意図してそうしたのだ。まるで体の何処につき刺せば、致命的か理解しているようだった。

 翼を砕かれた以津真天は上手く飛べず、刀を抜こうと藻掻くうちに高度を下げてしまう。刀の主がそれを逃すはずもない。

 

 

 «月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間 »

 

 

「いぎィ……!」

 

(ば、馬鹿な!? 空だぞ! 文字通り間合いなんて次元じゃない! 敵に鬼でもいるのか!?)

 

 たかが一振、されど一振。巌勝の日輪刀から放たれた飛ぶ刃が以津真天の体を蹂躙する。流石に以津真天は飛ぶことが不可能になり、天から堕ちる。安全な天から、危険な地へ。いや、天すら安全ではなかった。

 天には月がただある。

 

「まずい! 誰にだ!? 誰に斬られた!? 全く気配を感じなかった! 早く翼を再生させなければ……!」

 

 以津真天は背後に気配を感じる。満月がある。それを背負って現れた男。

 

「その声、甚だ不快だ」

 

 «月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮»

 

「……ッ! ……」

 

 投擲した主・巌勝は刀を収め、柄に手をかけながら、呼吸を使って高く跳躍した。そして以津真天が地面に届く前に頸を頭ごと抉り飛ばした。そして難なく地面に着地し、遅れて以津真天の体と首が鈍い音を立てて地面に落ちた。

 夜が鎮まる。

 

『にゲロ!』

『頭ガヤラレタ!』

 

 残った鬼たちは首魁の死を感じとり、蜘蛛の子を散らすようにして退散して行った。偶然、そばに居合わせた正寿郎は巌勝に修羅のような覇気を感じとり、戦慄する。

 

「……巌勝、お前は……」

「私は鬼ではありません。そういう技です」

「いや……そうか。すまなかった、これで任務完了だ。今回の功労者はお前だな巌勝。御館様にも報告しておこう。しばし休むとよい。埋葬などは隠に任せておく」

「ありがとうございます」

 

 正寿郎は巌勝を労って、去っていく。素晴らしい上司だなと素直な感想が出てきた。

 

(薫は無事だろうか、房綱殿と仲がいいとは隊士の声から聞こえていたから向かうよう勧めたが……醜い嫉妬だな。早く薫を探しに……)

 

「巌勝君」

 

 巌勝はすぐさま振り向いた。現れた人間の全身を見る。どこにも怪我はない。それどころか全て返り血。猟奇的な見た目に苦笑した。

 

「薫か。無事で何よりだ」

「ええ。巌勝君もご無事で何よりです」

 

 互いの無事を確かめ合う。初めて任務がすんなりと終わったのは僥倖であった。巌勝は再び透き通る世界で薫の体を見る。どこにも傷はなく、それどころか呼吸をより上手く扱えるようになっていた。

 

「聞きました。巌勝君。鬼の首魁を倒したのですね」

「薫も今回倒した鬼の数は正寿郎殿と並びそうな勢いだったぞ」

「当たり前です。そうでなければ示しがつきません」

「……いまなら周りに誰もいないぞ」

 

 薫は周囲を見渡す。誰もいない。ふわりと彼女の纏う空気が弛緩した。

 

「疲れました。ですが呼吸はすごいです。これなら父様にも届きそうです」

「更に強くなれるぞ。呼吸を使えるようになれば肉体強度も増すからな」

「ええ。私たちで鬼なんて全滅させてしまいましょう!」

「……ああ。そうだな」

 

 なにか間が空いたのを薫は見逃さなかった。表情には出さない。

 

(私……まだこの人の事なんにも知らない。いい人なのは確かだけど、きっと隠し事があるんだ。そうなんだ。結構私は見せたのに)

 

 いつかのように薫の瞳が濁る。巌勝は気がつかない。

 薫が口を開こうとしたそのとき、隠が走る音が聞こえた。一直線に二人の方へ向かってくる。

 

「正寿郎様より伝言! 『薫、巌勝。任務ご苦労であった。戦後処理はこちらでやっておくため、二人は里に戻り、薫は巌勝を案内してやれ』との事」

 

 正寿郎のモノマネがうまい隠だった。ただそう言い残して隠は去っていった。

 

「また二人っきりですね。巌勝君」

「ああ、楽しい旅になりそうだ」

「ふふっ。ええそうですね。本当に」




以津真天(いつまで)出典・太平記
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