「しかしほんと今更ですね、御館様も巌勝君をさっさと柱にすれば良かったんじゃないですか?」
「今更だろうがなんだろうが、まずは正式に鬼殺隊の仲間入りからだ。柱になるのはもう少し後だろう」
最終選別を今更やることに強く反対しなかった。主な理由として聖地巡礼をしたいという思いが大半。アニメでも漫画でも見た藤の花が一年中咲く山。そこにつき、その美しさに巌勝は圧倒されていた。夕日の橙ですら、藤色を染め上げられない。朝も昼も夜もこの花は変わらず鬼から人を守りつづけているのだ。
巌勝が到着してからも、鳥居の前にはぞろぞろと鬼殺隊志望が到着し始める。総計、三十人ほどである。大体は自信に満ち溢れていた。しかし中にはこの世の終わりみたいな顔をしている者もいる。巌勝は確信した。ああいった類はすぐ死ぬのだと。自信は実力に繋がるからだ。それでも生き残るのだとすれば、それは自信をなくしても強い実力者かただ運がいいだけだ。
しかも彼らは巌勝が呼吸を柱に伝えた時間を考えると、一年少ししか稽古していないことになる。主人公ですら二年の月日を要したのだ。呼吸はうろ覚えに違いない。抑、呼吸を習っているかすら怪しい。
「そう考えると、房綱達は呼吸なしで最終選別を突破したのか。凄まじいな」
「あれ。わたしも突破しましたよ」
「………………すまん。して、どうだった?」
「朝になったら寝て、夜になったら鬼を斬る。その繰り返しです。うーん。言うほど難しくはなかったですよ」
「……」
さすがは炎柱の娘。最終選別はそれほど苦でなかったとみえる。それに呼吸を一日で覚えただけのことはある。そうやって二人が駄弁っていると山の入口に豪奢な服を来た子供が出てくる。護衛も連れていることから、産屋敷の親族だと巌勝は判断した。貼り付けたような笑顔が殊更不気味だった。
「皆様。これより最終選別を執り行います。ここで五日間生き延びたものが晴れて鬼殺隊として認められますので、ご健闘をお祈りしています」
産屋敷の親族は簡潔に試験内容を伝えると、あとは黙って山への道を開けただけだった。彼らが伝えた期間は原作よりも二日短い。確実に呼吸による隊士の質の向上が期間延長の理由なのだろう。しかし過酷なことには変わりなかった。これでは鬼殺隊も鬼のことを言えない。未来ある子供をやり直しのきかない実戦に放り込むだなんて、人として狂っている。巌勝が周りを見渡せば、子供の姿も少なからずいた。
(……狂っている……お前達、逃げ出してもいいんだぞ……誰も何も文句を言わないだろう……)
現代風に言うならば、刀一本のみを持って、ゾンビより速く動き岩よりも硬い首を切らなければ死なない存在が跋扈する中生き残れと言っているようなものである。巌勝は拳を固く握りしめた。
「……薫。山の鬼は全て殺す」
「ふふ。言うと思いました」
顔つきが侍のそれへと変わった巌勝。瞳には一遍の曇りもない正義を掲げている。そんな彼を横目に、薫は自らの内に黒い感情が渦巻くのを感じた。
(本当に巌勝君らしい。自分の強さを他人のために使える人。でもいいのかな。使ったものは必ず無くなる。その流れに君の幸せはあるのかな。……まあ私も利用しようとしていた側だから言う資格ないか)
「……薫。私だって適当に救うだけじゃない。ただ、未来ある子供があっさりと死んでいくのが儘ならないだけだ」
「知ってます。あなたはそういう人間です」
「否定してもいい。助かったものが、この先の任務で経験不足から命を落とすかもしれない」
「道はひとつではないですよ。諦めさせる方向で良いではありませんか」
「……いいのかそれで」
「さあ。私には関係ありませんし」
我関せず。薫は淡々と事実を述べる。いまから巌勝が為すは偽善。しかしやらない善よりやる偽善。
(この一年で薫はどこか変わったな。なにか遠くを見ているような)
(巌勝君が通過するのは確定。ただ、これらを救って怪我をすること、若しくは……邪魔が増えることは)
一年という期間は子供にとって長い。特に命のやり取りが頻繁な鬼殺隊にとってはもっと。巌勝は精神年齢も相まって変わることはそうない。対して薫は少し打算的な面が思考を過ぎることが増えた。助け合いよりも強きが残ることを選ぶ。弱い十より強い個。
(一年経とうが私の方針は変わらない。無惨からある程度の支配を免れた鬼となる。そして原作において、本来殺されるはずの人を救うという方針。それを変えてしまえば、原作通り、多くの人が死ぬだろう。だが、薫はどうなる。いつか向き合わなければならない。彼女は鬼殺隊。もとより相容れない。情が移れば私の負けだ。
ならば殺すのか?私が、彼女を)
そう考えている内に子供達が山の闇へと消えていく。戻れるはずのない闇だが、今回はそれを照らす月がある。
「とりあえず行ってくる」
「行ってらっしゃい。ここでずっと待っています」
巌勝がすれ違った産屋敷の子供とすれ違いに山へと入っていった。産屋敷の子供は当然巌勝のことを知っていた。しかし眉一つ動かさず、笑みを浮かべて見送った。
★
「さて、過酷なボランティアだな」
夜の帳は既に降りていた。巌勝は夜の闇が山を覆い隠すと同時に疾風の如く駆け出す。なるべく早く鬼を減らすためである。早ければ早いほど助かる命がある。取り残された試験者達はあまりの速さに思考が停止する。皆が皆、山の奥に進むのを躊躇っていた所に子供が颯爽と自分達を追い抜かして行ったのだ。
「速……っ……なんだあいつ!?」
(気配を探る。鬼は独特の気配がする……見つけた)
巌勝は鬼の気配を察知して、進む方向を変えた。気配を頼りに進んでいくと前方で争っている三匹の鬼が巌勝の視界に映る。鬼達は巌勝を発見する……がもう遅い。
「お前らどきやがれ! 久々の食料だっ……ぁあ!?」
一歩。
紫紺の日輪刀を抜き放ち勢いに任せて、横に一閃。呼吸を使っても技を放つ必要は無い。舐めているのではない。偏に呼吸を使う必要がないくらいに弱いからである。
「なっ!? ……ガッ……!」
二歩。
日輪刀を両手で握り、二体目の鬼の首を頭ごと十文字に切り裂く。断末魔すら許さない。鬼に慈悲はない。
「ヒッ! た、助けっ……! 痛っ……」
三歩目を踏み込みながら、二本目の刀、「蛟落天津」を投擲し、逃げようとする鬼の足を地面に縫い付け、無防備な首を間髪入れず斬り飛ばす。二匹の鬼が崩れ落ち、三匹目の鬼が塵へと変わる。巌勝の抜刀から数秒。数多の試験者を喰った鬼達は月光の煌めきに呑まれ、死んだ。
彼の斬撃に巻き込まれた木がゆっくりと倒れた。巌勝は地面から刀を抜いて回収し、次の鬼へ向けて走り出す。今鬼を屠った飛ぶ斬撃にも、名前をつけたほうがいいのかとこの場には似つかわしくないことを考えながら。
★
米田重常は不幸な男であった。
「くそ! くそくそくそぉ! なんでいつも俺が狙われるんだ!?」
重常は走る。走って、走って、走る。いや、この場合逃げるが正しい。彼は稀血であった。稀血という体質を持ちながら鬼狩りを目指すことは不可能に近い。ある程度の才能がなければ強くなる前に鬼の襲撃に耐えられず死ぬからだ。まして稀血という概念すらあまり知れ渡っていないこの時代において、この年齢まで生きのびたことは奇跡以外の何物でもない。
「全力疾走した後に、呼吸を整える、暇なんて、あるかよ!」
最近広まり出した呼吸も侭ならないまま、師匠に選別へと送られた。彼の師匠は古臭い考えを持っており、新しいものには目もくれなかった。特に呼吸は鍛え上げた型を侵害するものとして忌避していた。
それが致命となる。
(こうなったら一か八かだ!)
重常に向かってくる鬼は二匹、共食いするよりも前の獲物を食べた方が強くなれることを本能的に理解しているのだろう。協力して逃げ道を無くすように追いかけてきていた。このままではいつか力尽きて喰われる。
(……っ!!)
重常は鬼達に向き直る。そして震える手で抜剣し、構える。歯がガチガチと音を鳴らす。膝が笑うのをとめられず、涙から焦点が合わなくなる。
鬼たちは笑みを深くする。この子供の血は甘美なのだろう。それを絡めた肉は極上の美味さなのだろう。弱く、仕留めるのも容易そうだった。鬼は肉薄し、すぐさま飛びかかる。
対して、重常は体が動かなかった。
「腸晒しやがれぇえ!」
「宴の時間だぁあ!!」
(死にたくない! 死にたくない! …………!)
「見上げた根性だ」
紫紺の月輪が夜空を侵す。否、剣士の斬撃である。回転する三日月の形をしたそれは、飛びかかってきた鬼を死すら悟らせずに瞬時に肉塊へと変えた。その後も勢いは止まらず、周囲の木々を巻き込んで塵にする。
「遅れてすまない。怪我はないか?」
重常は月に照らされた男の顔を観察する。炎の様な痣が特徴的な少年であった。重常よりはるかに年下。だと言うのに二匹鬼を瞬く間に葬って見せた。これが天才だと重常は思った。あまりにも鮮烈。
「あ、ああ……ありがとう。感謝する」
「ここら辺の鬼は退治した。少し休んだら山を下れ。剣士が増える筈だ。貴方は鬼に襲われやすい体質のようだから、言いにくいが棄権することを推奨する」
重常は安心から尻もちをついた。自分の持っていた全てが既にないことにきがつく。才能があると過信していた。もしかすると最終選別も簡単にこなせると思っていた。それは横にいた同期が一瞬の内に首だけになったことで打ち砕かれ、さらに本物の天才に消し炭にされた。
(やはりそうか、だが尚更弱くなれば鬼に見つかっても喰われるだけ……)
重常は目線で訴える。剣豪は表情を変えなかった。しかし雰囲気が僅かに柔らかくなった。
「そうか、止めはせん。だが無理はするな」
そう言うと彼は闇の中に去っていった。
「名前、名乗ってもねぇし聞いてもねぇな。まぁいいか生き残ってから聞くか」
恐らく、いや確実にあの剣士は生き残る。そう思って、重常は大きく伸びをしてその場を後にした。心臓の鼓動はまだ落ち着かなかった。鬼に襲われた恐怖が残っているのでは無い。単純に魅せられたのだ。
愚かしく、自分がたった今無能であることを忘れ、憧れてしまっていた。
★
巌勝は疲れていた。五日間鬼を斬り続けるのではなく、全滅させればいい。それで選別は終わる。
「呼吸を使っているとはいえ肉体がついてこないな、だが鬼はまだ残っている」
夜の帳が降りてから巌勝が斬った、若しくは細切れにした鬼は合計十二匹。その全てを一撃で屠っていた。巌勝はその場に座り込んで、月を見上げる。付近に鬼はいない事は確認の上。
「ふぅ……大体は斬ったな」
休んでいると、悲鳴が聞こえた。誰かが鬼に襲われている。体感数秒しか休みは取れなかった。休んでいる暇はないようだ。巌勝は己が取りこぼした鬼だと思い、舌打ちをした。
────ホオォォォォオオオ
巌勝は立ち、呼吸を整える。体力の全回復にはまだ時間がかかる。しかしそれを待ってなどいられない。足に血を送り、大地を蹴る。
(間に合ってくれ……!)
★
その鬼はただ強かった。
重常は山を下り、ほかの剣士と合流しようとしていた。その時に遭遇したのだ。次は怖気づかず鬼に立ち向かおうと決意を新たにする。そんな矢先に女の剣士が鬼に襲われていたため、死角からその腕を切ろうとした。しかし日輪刀が根元から折れた。本日二度目になるが思考が停止した。
(化け物め!)
重常が切りつけた鬼は筋肉質な体躯をしていた。特筆すべき点といえば、腕が四本ある事だろう。皮膚があれほど硬いということは、頸はさらに硬い。人の形からあまり変化はしていないが優に3メートルを超えるその巨体に対し、人間はあまりにも貧弱。
「おかしいなぁ。こんな雑魚一匹倒せないのはなんでだろうなぁ。さっきまで眠っていたからか?」
鬼は眠っていたため、巌勝に見つからなかった。加えて、山の鬼の中で最も強かったので、定期的に開催される最終選別はこの鬼にとって宴でしか無かった。
「まぁいい。それにしても、こいつは特別美味そうな匂いだぁ。手足を捥いで、喉を潰して、踊り食いと洒落込むかぁ……!」
「うわぁぁぁあ!!」
(なんて情けない声だろう。女子一人すら守れてないのに)
しかし重常は刀を構えて突進する。依然無抵抗な鬼の足を切りつけるが、折れた日輪刀では文字通り歯が立たない。
「鬱陶しいぞ。雑魚が」
「……いっ……!?」
まるで道端の小石を蹴飛ばすかのような軽い脚撃。それだけで重常はボロ雑巾のように地面をころがった。肺の中の空気が吐き出され、肋も数本折れた。咳き込んだら血が混じった痰が出た。
(世界が回って……る……刀も根元から折れた……不味い……起き上がれ……!)
「うぅ? まだ生きていやがるのか。苦しいだろう。安心しろ、お前の肉もしっかりと食ってやるからよぉ……」
しゃがみ込んだ鬼の手が伸ばされる。巨腕は容易く頭蓋を握りつぶすのだろう。手が迫る。汗が止まらない。涙が溢れる。助けてもらったというのに、恩返しすら許されずに死ぬのはあまりに情けなかった。
「死んでたまるかよおぉぉお!!」
「恨むんなら、お前の師匠を恨むんだな」
大岩程もある手のひらが重常を包み込み……
«月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮»
「それでこそだ。稀血の剣士殿」
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
再び現れた若き剣豪が鬼の腕を切断し、重常のその後ろにいた女剣士を抱き抱えて遠ざけ、死の運命から守る。
(……今俺の事を稀血と言ったか)
光が飛び散る視界の中、自分と鬼との間に守るように人が立っているのが確認できた。重常よりも背が低いのに、頼もしさは尋常ではなかった。
「また会ったな。剣士殿。すまないが、そこの方を連れて立ち去ってくれないか?」
「だが、そいつは……!」
「任せろ。私は……強い。この国で二番目にな」
巌勝は顔を傾けて重常に視線を寄越す。
丁寧に、しかし有無を言わさない剣豪の言葉に重常は勢いを取り戻す。もう心配ない。この剣士なら倒してくれる。負傷している女剣士をおぶってすぐさまその場を離れる。重常が去ったことを確認し、巌勝は刀を構え直す。
(とは言ったものの、かなり強そうだ……面白い。自分が今、月の呼吸をどれほど使えるか試してみるか)
巌勝は無意識に笑みを浮かべる。その笑みは原作の縁壱のそれに酷似しており、どこか不気味であった。鬼はそれを挑発と判断する。
「ほう……その体躯で俺様に立ち向かうか? 命知らずも程々にしな」
「見た目に縛られないことだ。肥えた世界は時に人を盲目にさせる」
巌勝は鬼を観察する。四本腕の鬼。以津真天よりも力は上。今まで頸を切った鬼達よりも一線を画す。もしここに囚われていなければかなり前に無惨から名を貰っていただろう。
最終選別にはこういうのがいる。どう考えても持て余す鬼が。
「いいぞ……! 殺し合おうじゃねぇか! ちっぽけな剣士サマよぉ!!」
鬼が腕を振り上げて突進してくる。踏みしめた大地が悲鳴を上げる。巌勝は一歩も動かなかった。
「怖気付いたかおらぁ!!」
巌勝がいたところを殴りつけ、轟音と土煙を伴って地面が陥没する。小細工は不要。実際に、大体の剣士は避けれなかった。速さと力は純粋に強いのだ。
「……あ!?」
巌勝は軽く横に飛んで回避する。土埃が晴れ、鬼が目線を向けた時には既に刀を振り降ろす寸前で……
«月の呼吸 弐ノ型 朱華ノ弄月»
「ぐっ……」
月輪を伴った三連撃が片腕と両足を切断する。鬼が体勢を崩す。両足がすぐに再生し始めるが、それを待ってくれるほど巌勝は優しくない。切った腕を踏み台に頸を狙って突き進む。
「嘘だろ!? 」
«月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り»
巌勝は鬼の頸を狙った左右からの水平な二撃を放つが、鬼は咄嗟に、残った三本の腕のうち二本を犠牲にすることで受け止める。腕が鮮血を撒き散らしながら宙を舞った。
「おい、おいおいおいおい……!? なんだお前は……ま、待ってくれ! 俺が悪かった! 見逃してくれ!」
鬼は足が動かないので、座り込んだまま残った一本の腕を巌勝に向け後ずさる。戦意喪失。敵意がないことを示すが、再生は止めていなかった。虎視眈々と隙を伺っていた。救いようのない鬼である。囚われる前もそうやって生き延びてきたのだ。
巌勝は淡々と刀を構え直す。
「ひっ……!?」
巌勝の身体中の血が沸騰するように駆け巡る。額の痣が広がり黒死牟のそれへとますます近づく。
«月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え»
斬。
斜めに振るわれた刀から地を這う斬撃が二撃放たれる。それには重低音が漏れ出すほどの月輪が纏われていた。空気が振動する。山が嘆く。容易く鬼を切り裂してしかし速度は落ちない。木々を細切れにし、突き進む。
鬼は古来より人を襲い、喰らう存在である。それゆえ人は鬼を恐れた。そこには絶対的な食う食われるの関係があった。だが今や人が鬼の四肢を抉り飛ばし、鬼が命乞いをし、そして躊躇いもなく蹂躙される。
これではどちらが鬼か分かったものでは無い。
女剣士を避難させた重常もまた、その光景を木の影から覗いていた。鬼はともかく、巌勝には見つかっていたが。
(なんだ……アレは……人の範疇を超えている。アレはこの世の理の外側にある、あの剣技、まるで神楽だ)
刀を納める。満月の光が彼を照らすが、横顔は見えない。重常は巌勝が修羅や羅刹の次元では説明できないなにかに見えた。
「次だ」
五日後、犠牲者を一人も出すことなく、最終選別は終わった。
最終選別ってホント鬼畜だと思います。
四本腕の鬼は手鬼より強いです。
兄上、嬲らないだけで鬼より鬼してます。
主人公最強タグをつけるかどうか……