黒死の刃   作:みくりあ

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感想、誤字報告ありがとうございます!
諸君、私はラブコメとハッピーエンドが大好きだ。


拾弐話 薄氷の上で踊る

「案外呆気なかったな」

 

 巌勝は最終選別を終え、鳥居の場所に戻った。歓声と共に迎えられる。彼の特徴的な紫の着物と炎の様な痣は特定しやすかった。彼の助けた多くの子供に感謝された。口々に褒め称えられ、相手は全て年上なだけに気を使いへとへとである。

 

(もし時が来たら、私はこの人たちを殺せるのか)

 

 巌勝は切り株に腰かけて休む。感謝されて悪い気はしない。助けてよかったと心の底から思えるこの気持ちは、鬼になれば無くなるのかと思った。

 少し経って、包帯を巻いた重常が近寄ってくる。どこか彼の足取りは重かった。

 

「む」

「あっ……け、剣士殿。……お、お前に俺は二回も命を救われた。本当にありがとう。本当に……なんてお礼をいえばいいのか……」

「礼には及ばない。私がやりたくてやったことだ」

「っ……! そ、そうか……」

「?」

 

 何故か重常は巌勝に対して挙動不振であった。凡百感情がごちゃ混ぜになって顔に浮き出ていた。加えて透き通る世界は心の深淵まで見透かしていた。結果それは負の感情である。紛れもなく巌勝が縁壱に対して感じていたもの。

 

(憧れ、嫉妬、自己嫌悪……か)

 

「け、剣士殿」

「なんだ」

「お、俺は強く……なれるだろうか。お前みたいに人を助けられるようになるのだろうか」

 

 重常は悔しさに顔を歪ませている。しかしそこに一抹の希望を抱いているのだから余計にタチが悪かった。下手に否定することは彼自身の生き方を否定することになるだろう。巌勝は重常の肉体を透き通る世界で見る。そうして少し申し訳なさそうに眉を下げたのを重常は見逃さなかった。彼は紛れもなく目の前の格上に失望されたと思った。

 

「……呼吸を身につけろ。話はそれからだ」

「っ! で、出来るわけないだろ! 簡単に言ってくれるけどなぁ! 聞けば地獄みたいな訓練らしいじゃないか!?」

 

 重常が叫んだことで、巌勝達に注目が集まる。彼は少し不快であった。白い目で見られていることに重常は気が付かない。

 

「ならば私に言えることは無い。強くなることに近道などない」

「巫山戯るなよ!? 才能があるからそうやって言えるんだ……!」

 

 重常は巌勝の襟首を掴む。体格の面ではどちらかといえば重常の方が一回り大きい。重常は目の前の少年を体ごと持ち上げるぐらいの力を込めたのだが、震えるのは自分の手のみでビクともしなかった。

 

「……」

 

 そして巌勝が重常を見る目。深淵が形を成した様な瞳。そこには憐憫でも憤怒でもなく。只只寂寥があった。

 

「……お前は……いや、お前も」

 

 

 

 

 

【皆様、選別突破おめでとうございます。これより日輪刀に使用する玉鋼をこの中から選んでいただきますのでお集まりください】

 

 

 

 

 

「……」

「どうやら注目を集めている。これで終いとしよう」

 

 巌勝が重常に手を差し出す。空いた手ではだけた着物を軽く直す。改めて自分を客観視すれば情けないにも程がある。あらゆる面で巌勝に大敗を喫したのだ。不満そうな顔を浮かべながらも握手をする。

 

「……」

「……」

 

(おっと、手が勝手に)

 

「……あっ……ぐっぅうう!?」

 

(血流促進、冷え性、関節痛、五十肩、健康増進のツボだ。痛かろう)

 

 巌勝はしれっと重常から手を離し、何事も無かったかのように周りを見回した。目が合いそうになった者達が自然と目をそらす。依然重常は片手を抑えながら悶えている。

 

「さらばだ剣士殿。励むことだ」

 

 余りに鮮烈な軌跡を残して巌勝は去っていった。巌勝の予想とは反してここで生き残った者は鬼殺隊に入隊後、目まぐるしい活躍をすることになる。同時に巌勝が鬼人の如き力を持つことも目撃しており、十数年後、()()()()()()()()()()()に集まったのもここにいる者が大半であった。

 

 ★

 

「薫は……」

 

 それはそれとして巌勝は薫を探していた。些か不快になった後、無性に彼女に会いたくなったのだ。彼女の隣は心地いい。縁壱と同じく信頼がおける。当たりをそれとなく見渡し、黄色い髪の持ち主を探す。

 ふと、裾が何者かに引っ張られる。

 

(……!)

 

 巌勝は勢いよく振り返った。

 

「巌勝様! ありがとうございます。私は阿茶、四本腕の鬼から助けられた者です。あの時助けてくれなかったら、私は死んでいました。貴方は命の恩人です!」

「……」

 

 記憶を辿る。四本腕の鬼に襲われていた女剣士。負傷は治ったようだ。薫だと思って振り向いたが上げて落とされた巌勝は気分が急降下する。だとしてもここで失礼は出来ない。

 

「皆まで言うな。助けられてよかった」

「まぁ! お優しいのですね! 見ればなんと精悍なお顔。どうでしょう、もしよければですね……この後お茶でもしませんか? あの呼吸を使った技とやらを……ひ!? 

 し、失礼します!」

 

 阿茶。そう名乗った女剣士は話の中途で突然巌勝の横を見て顔を青くして後退った後、足早にこの場を後にした。

 

(気温が下がったか?)

 

 巌勝は確信を抱いて振り返る。口角は上がっていた。

 

「そう睨むな、薫」

「睨んでなんかいませんよ。ただ目を合わせただけです。それはそうと、お疲れ様でした」

「ああ。ありがとう」

 

 最終選別での生存率は限りなく低い。加えて鬼を全滅させるとなると疲労との戦いにもなる。それは人が持ち、鬼が持たないもの。力なく笑う巌勝に薫は肝が冷えた。

 実を言うと薫は重常の一件で既に巌勝を見つけていた。軽く巌勝がお仕置をして悶絶する重常を絶対零度の視線で見た後、確実に此方を探している巌勝に気がついた。すぐに機嫌を良くし、労いたい一心で駆け寄ろうとした。

 しかし薫よりも先に阿茶が裾を掴んだ。

 

「えっ……?」

 

 お似合いの二人。

 薫は心を殺す。女であるが故の蔑みの為に、何度もしてきたそれが酷く難しかった。邪魔な虫は薫の深淵を垣間見ただけで去っていった。しかし心は灼けついたまま。

 

(その場所はお前じゃないなあ。私知ってるよ。柱の娘とお見合い来てたよね。鬼殺隊と繋がる武家にも目をつけられてさ)

 

 こうやって巌勝は人の中心になっていくのだろう。まるで星だ。

 名付きの鬼を倒し、柱に特別な呼吸を教え、更には最終選別の鬼すらも全滅させた剣士。最早、天才や鬼才では説明できない麒麟児。しかも名家・継国家の生まれ。育ちの良さは隠せない。よもやすれば姫に見初められるかもしれない。もしそうなってしまえば薫はもう巌勝の傍には居られない。

 振り払うようにしてさらに近寄る。

 

「そういえば、巌勝君の痣。濃く大きくなってません?」

「そうか? 今は鏡を所持していないので分からないが……」

 

 薫は巌勝の目を覗き込む。そして欠片も揺らめいていない巌勝の感情に気を落とす。もちろん巌勝は透き通る世界で抑えている。逆に言えば透き通る世界で抑えなければならないほど動揺していた。

 

(まだ私に惚れてない。君はどこをみているのかな。こんなに長い私に教えてはくれないんだね。弟くんなら知っているのかな)

(心頭……滅却)

 

 巌勝は血流を抑える。因みにこうやって取り乱さないようにしているのは、精神的に年上というのも少しあるが、薫にあたふたした姿を見せて、幻滅されたくないからというのが理由の大半を占めている。

 不意に一匹の烏が巌勝の方に泊まる。二人は揃って目を向けた。

 

「あら、鎹鴉ですね」

「……最終選別を合格した隊士には支給されるのであったな。そう言えば、薫のはどうしたんだ?」

「私のは大抵空を飛んで回りを偵察させてますよ」

「なるほど。賢いな……しかしお前は私の近くにいろ。攻撃範囲が広いのでな、偶然切ってしまうかもしれん」

 

『委細承知、吾輩の名は八咫。巌勝殿、これから宜しく頼む』

「………………え?」

「ああ。こちらこそだ」

 

 光沢のある羽毛と落ち着いた低声。他の鎹鴉より一回り小さい体だが、引き締まっているのがわかる曲線。嘴に割れ目が入っており、巌勝は歴戦の個体だと推測する。

 八咫の声を聞いた薫がゲンナリした。

 

「わ、私の知ってる鎹鴉じゃない……もっとこう煩くて、無遠慮で、濁った声で……こんなに丁寧で落ち着いてない……ああ、私のはハズレでしたか」

 

 すると、一羽の鴉が薫の上に泊まった。爪を花の汁か何かで桃色に染め、黄色い布を首に巻いている。なんとも派手な鎹鴉である。オシャレの概念が鳥にあるのかと、巌勝は失礼なことを考えた。

 

『えぇー!? ひどいじゃない! 誰が毎晩巌勝君の活躍を報告してあげたと思ってるの!? 本人に聞かせてあげたいわ! 目を輝かせたり、濁らせたり………………っていうか大体濁ってたわね。でもおもしろかっ……! もごっ……』

 

 薫の頭の上で翼をばたつかせて暴れる。聞きかねた薫が嘴を握って黙らせた。

 

「……」

『……』

『っ────!! ──ぐ!!!? む!?』

「き、聞かなかったことにしてください。良いですね? ……ちなみに名前は天外です!」

 

 天外と呼ばれた鎹鴉はまだ羽をばたつかせている。

 

「……とりあえず宿に帰るか」

『お供致す』

「近くに煉獄家の所有する屋敷があります。そこに参りましょう」

『いい心がけよ薫! そうやって外堀を……もがっ……』

 

 

 ★

 

 

「でかいな」

『流石は柱の娘』

『まるで私みたいね!!』

「な、なんか恥ずかしいですね」

 

 二人と二匹は門をくぐる。待ち構えていたかのように女中が出迎えてくれた。下げすぎでは無いかと思うぐらいに頭を下げている。巌勝は礼儀正しさもここまで来ると怖いものがあると思った。

 

「おかえりなさいませ。お嬢様」

「ほう……お嬢様とな」

『薫様は柱の娘。れっきとしたお嬢様故』

『ふっふーん』

「や、やめてください! 恥ずかしいです……っていうかなんで天外が得意気なんですか!?」

 

 四人は女中の案内で客間へ通された。客間も整っていて武家のような文化人のような狭間で美しく仕上がっていた。

 

「私は着替えてきます」

『吾輩は任務を受け取ってくる』

『あ、じゃあアタシもついて行くわ。後輩の面倒を見るのは先輩の義務だからね』

『かたじけない』

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 今ここにいるのは巌勝一人。鳥の囀しか聞こえない。流麗な装飾の座布団に足を沈め、目の前には木製の大きな机。誰もいないので存外に独り言が漏れた。

 

「…………静かだな」

 

 巌勝は思考の海に沈む。

 

(私はもうすぐ十二歳。体が出来上がるのが二十だとすればまだまだ先は長い。珠世は既にこの時代にいる。だが無惨の支配から逃れていない。……縁壱はまだ見つからないのか……八咫に探させるのもありだ)

 

 

 その時、客間が開かれた。

 冷静に巌勝はそちらに向き直る。

 入ってきたのは薫の父である正寿郎と薫に似て目元の美しい女性であった。恐らく母親だろうと推測する。意匠の施された机を介して向き合う巌勝はできるだけ丁寧な座礼をするよう心がけた。

 

(……両親直々か。というか薫はどうした……)

 

「……お邪魔しております。改めて、私は継国巌勝と申す者です。薫殿には大変お世話になっております」

「あら、礼儀正しい子。私は薫の母の翡翠と言います。こちらこそ娘がお世話になっております」

「滅相もありません。薫殿には助けて貰ってばかり故……」

 

 巌勝は当たり障りのない会話を続け、彼処が口火を切ってくるのを待つ。時は室町時代。娘の結婚先を決めるのは彼らである。常識には逆らえない。ここで幻滅されては今までの印象が台無しになる。これでも礼儀正しい武家の子供を演じてきたつもりである。

 

「巌勝よ。歳はいくつだ」

「今年で十二になりますが」

「……思ってたより若いな。…………しかし、継国家もそろそろ許嫁を望んでいるのではないか?」

 

 やはりと思うと同時に笑顔が固まった。どう反応していいか分からず、目線が宙を舞う。

 

「継国家とは、私が半ば家出という形で縁を切っておりますので……申し訳御座いません」

「そ、そうか。それは初耳だ。すまなかったな。それでは……むぅ」

「……?」

「いや、なんでもない。いやだが、やはり娘を預けるには後ろ盾がないと……あ、いや、後ろ盾というのはだな……」

「……もう……! 焦れったい! ねぇねぇ巌勝君! 薫のことどう思ってる!? 可愛いよね? 可愛いでしょ薫。私の自慢の娘だもん! とっくの昔に惚れちゃってるわよね?」

「ひ、翡翠!?」

「それは……」

 

 

 

 ────ドンドンドンドン

 

 

 

 その時、廊下を踏み鳴らす音が近づいてきた。音の主は丁度客間の前で止まり、襖が勢いよく開かれる。

 

「……む」

「あら?」

 

(薫?)

 

 そこには薫が髪を後ろに結って、いつもの動きやすい袴姿ではなく、着物姿で現れた。急いできたことがわかるほど頬は上気している。

 薫は客間を一瞥し、状況を「彼女なりに」理解する。そして巌勝のそばに座り込み、両親に向き直る。片方の手は巌勝の袖を掴み、もう片方の手を机に乗せて立膝になり、体を父の方へ乗り出す。

 

「とうさま! 私はまだ巌勝君に教えていないことが沢山あります! ので、正式に鬼殺隊となったからとはいえ! どうか任務同行者から私を外すのは待っていただけ……な、何笑ってるんですか! 母様!? ……母様……? え? 待って……何故母様がここに……?」

「あっはっ!」

「翡翠」

「だって面白いじゃん」

 

 翡翠は薫の勘違いに肩を震わせて笑いを堪えようとしているが、耐えきれず口の端から漏れ出してしまう。その様子を見て混乱を顕にする薫。わけも分からずあたふたとしていた。

 正寿郎はこの混沌とした状況をどうにかして、薫を余計に混乱させず乗り切るか考えていた。

 

(……え、ほんとになんで!?)

 

 薫は母がいることに困惑するが、まずは思考を巡らす。裾を掴まれた巌勝だが、薫の手が震えていることに気づき、半ば無意識に両親の見えないところで手を重ねる。

 

(……っ!?)

 

 薫は動揺するが、同時に落ち着いてくる。しかし手を握られているという事実にまた顔が赤くなる。

 

(落ち着け。大丈夫だ薫)

(巌勝君が手を! ……これって優しさで説明できない……よね!? 好意的に捉えてもいいの……か……な?)

 

「……ぁはっ……くっ……」

 

 翡翠はまだ笑っている。対して正寿郎は開き直った。もう解決策を考えるより、薫に説明する方が先と判断した為である。

 

「……翡翠……笑いすぎだ。埒が明かないから私から説明するぞ。薫。言っておくが、私たちは巌勝が正式に鬼殺隊となったという理由から任を解こうとしているのでは無い。寧ろ、その逆だ」

「……逆?」

「そうだ。単刀直入に言うぞ、私たちは巌勝を煉獄家に婿入りさせようと考えている。次期柱として申し分のない技量。揺らぎない胆力。弱気を助ける精神性。とられる前に婿入りの提案を巌勝に持ちかけていたところだ」

「なるほど?」

 

(ん。婿入り……? 結婚ってこと? ……誰と?)

 

 正寿郎達は先に薫に相談してから巌勝に話そうと思ってはいたが、薫の、好意むき出しの態度に対して彼はあまり表情が読めなかったので、まず真意を問うことにしたのだった。つまりは巌勝が受け入れさえすれば万事解決である。

 

「えぇぇぇぇぇぇ!? わ、私と巌勝君が……け……結婚!?」

「そ、そうよ薫……んんっ、報告はあとから聞くから母さん達はお邪魔するわね。精々可愛がってもらいなさい」

「…………では、な」

 

 二人が襖を閉じて、足音を立てて去ってゆく。

 

「……」

「……」

 

 巌勝は頬を染めて縁側を向いたまま、薫は下を向き、されど両者とも手は握ったまま押し黙る。巌勝からは彼女の表情は見れない。心の底にあるのは好意だろう。助けてもらった恩もある。なによりも、理由なく共に居て楽しくなることは確かなのだ。

 ただし。

 

(薫は本当に幸せになれるだろうか、私は鬼になる上に程なくして薫にも痣が発現する。同じ時間を……生きることは出来ない)

 

 故に巌勝は結論づける。自分からは言い出さないと。巌勝は我ながら男として情けないと思っている。だが、あと十数年で別れることは確定しているのだ。

 言い様もない静寂が場を支配する。先に口を開いたのは……薫であった。

 

 

「……巌勝君」

 

 

「……ああ」

 

 

「私は、あなたに好意を抱いています。一緒にいた旅の時間は私のこれまでの人生よりも楽しかったと、そう思えます。

 でも……突然変なことを言うようですが、近いうちに巌勝君はどこか遠くへ行ってしまうような気がするんです」

 

 巌勝は瞠目し、薫の方に顔を向ける。すると薫は蕩けるような笑みを浮かべながら、巌勝を見ていた。朱の双眸が男を写して嬉しそうに輝く。

 

「当たりでしょう?」

 

 見透かされる。見通される。看破される。見破られる。

 縁壱に透き通る世界で見られたのとはまた違う。薫は巌勝の一挙一動から考えていることが朧気に分かる。巌勝だけを見てきたからこそ分かる。愛のなせる技。それ以上はあってもそれ以下はない。誤魔化すことなど不可能。そもそも誤魔化す資格など最初からなかった。

 

「……俄には信じ難いだろうが」

「教えてくれる?」

「……私は未来に起こることを四百年先まで知っている」

「うん。信じるよ」

「その知識の中で確実に私のような痣者は皆二十五を迎える前に息絶える」

「えっ……う……ん」

「それを回避し、鬼の始祖に奪われる命を救う為に、私は鬼になる。

 他の鬼とは違い、私が鬼になってもそれまでの人格や記憶は残る。上手く行けば始祖の支配を逃れることができる以上だ。これは薫にしか話していない。弟にも話していない

 私は鬼になるつもりだ。もし許せぬと言うなら、刀を抜くがいい。まだ踏みとどまれる。今ならば、今一時の酔狂ならば私は薫に殺されても」

 

 自嘲気味に目を閉じた一瞬。その内に薫は巌勝の首に両腕を回し撓垂れ掛かる。至近距離で見つめ合う。予想だにしなかった巌勝は、無抵抗で受け入れた。そうして巌勝達は後ろに軽く倒れ込んだ。

 

「ありがとう話してくれて。でもそれ以上は蛇足」

「幻滅したか?」

 

 薫は首を横に振る。曇りない目。欠片も疑っていない目。それだけで巌勝は涙が零れる。普通は戯言と一蹴するだろう。受け入れても、純粋な好意によって巌勝のあり方を否定し、鬼になる決意を変えようとしてくるだろう。

 薫はただ受け入れた。故に溢れだす涙。恐らく陸斗がこの世界に転生して初めての激しい感情の発露。

 

「っ……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 薫は巌勝が落ち着くまで彼を抱きしめる。彼女の刃はとっくの昔に巌勝を貫いていたのだろう。

 

(満たされていく……私にだけ話してくれた。この世で私しか知らない秘密)

 

 

 ★

 

 

 

 巌勝が落ち着いた頃、薫は話す。

 

「あ、巌勝君が鬼になったら私も鬼になるからね」

「……」

「貴方が鬼になれば敵う者はいない。そして長い寿命を手にしたら、誰も着いて来れない。最強でも孤高でもなくて、孤独。そんなの私が許さない」

 

 巌勝は言葉を失う。純粋な好意などではない。その眩しすぎるあり方は否定も肯定も求めない。踏み込んで気が付いたがここまで強かな女だったとは思わなかった。

 縁側を二人で眺める。いつの間にか帰ってきた鎹鴉達が水浴びををしていた。二人は熟年夫婦のような雰囲気でそれを眺める。何気ない日常の一コマ。これからは二人でそれを積み重ねるのだ。

 

「今、私は世界で一番の幸せ者だな」

「貴方は二番目。一番幸せなのは私」

 

 二人の影が自然と重なる。互いに先程のやり取りを思い出しては、顔が赤くなる。雰囲気とは対照的に初々しい男女の姿であった。




きれいな兄上、漫画でももうちょい掘り下げて欲しかったな
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