一部始終を薫の両親に話し晴れて婚約となった二人。その夜、縁側で二人は会っていた。今宵は新月。闇夜に包まれていても確かなのは互いの手の温もりのみ。夜風が透き通るように吹いている。
「これから十年以内に私の弟である縁壱の家族が鬼に惨殺される。まずはそれを阻止するのがこれからの目標だ」
「うん、わかった。弟君は巌勝君の知識の中で、どういう立ち位置なの?」
「そうだな……はっきりいって化け物だ。
どれだけ走っても、息一つ切らさない。
どれだけ攻撃されても、かすり傷一つ負わない。
どれだけ相手の防御が固くても、一撃で倒す。
私達がどれだけ太陽に手を伸ばそうが、届かない。それが継国縁壱という人間だ。最終的に鬼の始祖をあと一歩まで追い詰める」
「…………え?」
薫は驚愕する。もしかすると始祖は弱いのかもしれないという考えが頭を過るが、巌勝の真剣な横顔を見て、すぐに払拭する。始祖が弱すぎるのではない。彼の弟が異次元の強さなのだと確信した。
「そのお陰で、私達が鬼になっても近くに居さえすれば、縁壱によって始祖が弱っている場合、始祖の支配から逃れることが可能だ」
「……その計画の流れだと、私達鬼だよね? 弟君に殺されないよね?」
「支配から逃れさえすれば、恐らくだがいける。その場にいるもう一人の支配を逃れた鬼は、見逃されていた。強さから想像は出来ないだろうが、あれは家族にとことん甘い」
珠世は人を襲わないことを条件に見逃されていた。もしかすると、二人も見逃される可能性がある。もし無理なら、全力疾走しかない。逃げ切れるか分からないが。縁壱という存在は味方にすると心強いことこの上ないが、一旦敵に回すと絶望とかいう次元ではない。万が一敵対した時、薫が縁壱に殺されるなぞ決してあってはならない。
すると八咫と天外が帰ってくる。
『巌勝殿、弟君の居場所が判明した』
『喜びなさい! 私のお帰りよ!』
「……! 本当か、どこだ!?」
『……少し……いや、かなり遠いのだが、……蝦夷だ。蝦夷で額に痣がある少年と、黒い目をした少女を任務中に目撃した隊士が任務から帰ってきた』
「……は?」
巌勝は思考を停止する。そんな描写は原作ではなかった……気がするのだ。だとしても蝦夷にまで行っていたのは予想外であった。何せ日本の最北端、北海道である。寒さはどうしたのかなど疑問が次々と浮かんだが縁壱なら何とかしそうである。
「蝦夷って。弟君って探検家とか目指してたの?」
「……いや、そんなことは言ってなかった。しかしそういえば世界を見てみたいとか言っていたな」
だとすれば鬼殺隊の力を持ってしてでも見つからなかった説明がつく。縁壱は定期的に移動していたのだ。それも昼夜問わず走り続けていたのだろう。
蝦夷。縁壱は兎も角、うたにとっては過酷な環境だと思ったが、縁壱のことだ、素手で熊や鹿ぐらい狩れる。生計を立てずとも、縁壱の剣ならどこの武家でも買ってくれる。路銀の調達は容易い。
「……早速、向かうとするか」
「義理の弟かぁ。会ってみたいし、付いてくよ」
『御館様に連絡を入れる』
『……私も着いていかなきゃいけない流れよねこれ……絶対寒いわよね』
★
縁壱とうたは各地を巡り、北に向かって旅をしていた。しかし寒さの関係で今いる地点を終点とした。蝦夷は食べ物が美味しいと気づいたうた。彼女はここが気に入ったのである。縁壱が簡易な家の中で木の実を選別していると、うたが興奮した様子で扉を押し開ける。
「縁壱ー!」
「うた。どうしたんだ?」
「向こうにでぇっかい、黒いものが見えるぞ!」
でかい黒いもの。鹿や豬ではなく、縁壱はそれが熊だと確信を抱き、うたについて行き遠くの丘にそれを目視する。縁壱の予想通り大きなく熊であった。うたは熊を知らないらしい。
「あれは……熊だよ。……食べたいのか?」
「お? ……食えるのか?」
「食べれるよ。うたのために俺が取ってこよう」
「おぉ!」
そういうと縁壱はまず家に戻り、一月前に任務中の鬼殺隊を助けた時に貰った刀を引っ掴んで、駆け出す。大きさから熊は雄の成体のようだ。瞬く間に距離は縮まった。遅れて熊が縁壱を認識し、威嚇がてら爪を振り上げようとする。
「すぺっくが違うぞ」
────斬。
縁壱はなんの躊躇いもなく回避し、すれ違いざまに熊の首を切り落とす。断末魔すらあげずに呆気なく熊は倒れた。倒れた振動で地面が揺れた。
「……随分と大きいな。ここらの山を縄張りとしているのなら、うたに危険が及ぶからな。許してくれ」
そうは言いながらも何百キロもある熊を担ぐと行きと変わらぬ速さで、うたの待つ家に戻る。
「よいしょ」
熊を地面に下ろし、血抜きを始める。ここまでで縁壱は息切れひとつしていない。本人はただ走って、斬って、担いで、走っているだけ。しかもこの芸当が練習さえすれば誰にでもできると思っているのだから余計にタチが悪い。うたはツッコミ役では無い。揃ってボケである。誰にも止められない。
「うぉおお! 鹿なんかよりずっとでかいぞ縁壱!?」
うたは黒曜石のような目を輝かせる。それだけで縁壱は満足する。兄に教えてもらった、世界の美しさ。最早縁壱にとってそれは既に、うたと過ごす日々の中で完結していた。うたと過ごした二年弱、もう世界の北端まで来た。次は……
「うた」
「なんじゃ? 縁壱。そんなに改まって」
「……俺はそろそろ兄上に会いたい。少し旅路を戻ることになるが、着いてきてくれるか?」
縁壱は兄も共にこの世界を見てみたいと考え始めていたのだ。うたがいるだけでこんなにも世界が美しくなるのなら兄も一緒ならどれだけ美しくなるのだと期待に胸を躍らせた。
「当たり前じゃ! なにせ、縁壱はわしの家族だからな!」
「そうだったな。それじゃあこの熊を解体して、明日にでも出発しよう」
「賛成じゃ!」
うたも今を楽しんでいた。両親の死は悲しかったが、縁壱がいる。お墓にお別れもしてきた。縁壱と過ごす今が一番幸せである。彼女もそれで十分だった。
山を越え、川を渡り、海すら泳いで二日。二人は現在進行形で旅の途中であった。大きな荷物を担いでいる縁壱にうたが口を開く。
「縁壱の兄は、どんなやつなんじゃ?」
「そうだな……俺よりも強く、賢く、謙虚で、かっこよく、そしてとても優しい人だよ、兄上は。うたもきっと気に入る」
「なんじゃそれ最強じゃな! でもわしは縁壱が一番だぞ!」
「あ、ありがとう。なんか照れるな、うた…………ん?」
縁壱は人の叫び声と怒号を微かに聞き取る。うたも気づいたようだ。
「……なんじゃ? 戦か?」
「いや、話している内容からして賊だと思う。うた、少し行ってくる。俺の荷物を持って追いかけてきてくれ。何かあったらまたいつもみたいに笛を吹いてくれ」
「うむ。気をつけるのじゃぞ!」
縁壱は刀を掴んで、走り出す。見たところ少し遠い。空を見上げると、曇り空で太陽が見えなかった。
すると、賊に襲われている村よりも遥か遠くに烏を二匹見つけた。
「
★
巌勝と薫が北の蝦夷地へ向かって旅をすること、既に一週間が経っていた。八咫や天外といった鎹鴉達は前方の偵察に行ってくれている。
「ええっ! 月の呼吸って拾陸ノ型まであるの!?」
「ああ、最後の方は飛ばし飛ばしだが、そのうち振るえるようになるだろう」
「炎の型は玖までしかないからね」
「それでも多い方だ。奥義で止まるのではなく、その先の型を自分なりに作ったらどうだ?」
「うーん……いい案が浮かばないんだよね、炎の型は煉獄家が代々受け継いでいるから完成形に近いの。手を加えなくても正解だと思うんだよ」
「縁壱に会ったら日の呼吸を見せてもらうとするか、広く対応の効く型ばかりだからな、何か思いつくかもしれん」
「私はどっちかと言うと、巌勝君の月の呼吸が見たいなぁ」
「それならば後で見せてや……む」
「……多分賊だね、どうする?」
二人は怒号と悲鳴を察知する。話している内容からして山賊辺りだと見切りをつけた。鎹鴉達も報告に来たようだ。
『巌勝殿。ここから先の村が賊に襲われているようだ』
『行くわよ! 助けてあげたら久々のご馳走が待ってるわ!』
「走るぞ、薫。八咫達は先に様子を見てきてくれ」
「うん、付いてく」
曇天の空。そういえば初めての稽古の日、縁壱の廃屋に赴いたのもこんな感じの空だったか。そう巌勝は懐かしんだ。
(あれからもう二年か。縁壱は本当にどうしてるだろうな)
再会の時は近い。