巌勝と薫は村に近づくにつれて、状況が段々と鮮明に分かってくる。
賊ではない。見たところ屈強な武士団、所謂武者崩れである。戦に負けて食料に困窮して村を襲ったといったところ。憖武装している分、賊より厄介なのだ。下手な武士が返り討ちに会うのはよくある話。巌勝と薫は並走しながら作戦を立てていく。
「薫は囚われている村人をすぐに助けられるように反対側から回って準備していろ。私は賊を引きつける。十中八九交戦するだろう」
「分かった。気をつけてね巌勝君」
「薫もな」
互いに互いを信頼しているから、野盗如きに手こずるとは思っていない。それでも心配はしてしまうものである。
薫は村の横から回るために離れていく。作戦は至って単純。巌勝が引き付け、ついでに討伐し、薫が村人を助ける。巌勝は村の正面に到着すると、武者崩れ達をこちらに注意を向けさせるために、深呼吸して、声をはりあげる。
「我が名は継国巌勝! 野暮用のためここを通ったがこれは何事か!」
「ん? ……なんだ? 侍か?」
「やけにちっぽけなお侍だな」
武士崩れがなんだなんだと巌勝の方を向く。十過ぎぐらいの男が、歳に合わない声量を発しているのが興味を引いたのだ。武士崩れ達が次第に集まってくる。不快な目線に巌勝は顔を顰めた。
するとその中から首領と思しき一際大きな体格の男が前に出てきた。髭や髪が無造作に伸び、酒の入った赤い瓢箪を片手に持っている。顔がほんのりと赤いのは恐らく酔っているのであろう。何度も形容しがたい不潔さをありありと曝け出している。
「これはこれは。ご立派なお侍様だ。俺たちは将軍、足利義教様の名により戦に出たが、情けないことに負けちまってな。食うもんもねぇからちょいと村のもんを頂戴しているところだな」
「ほう。見たところ頂戴していると言うには些か乱暴が過ぎるのではないか?」
「それは仕方ないことだなぁ。将軍様の命によって動いてる俺たちは将軍様そのもののようなもんだ。
幾ら不作だからとは言え、そんな俺たちに食い物を出さないのは悪いことだろう? 気が進まないが、将軍様の名誉の為にも悪人は成敗してやらねぇとな。ガハハハハ!!」
首領は笑い出す。少しも罪悪感など感じていないような笑い。実際感じていないのだろう。彼の仲間も身の程を知らない哀れな侍に向かって笑い出す。彼らにとって巌勝は降って湧いた金の卵であり、搾取されるだけの存在であった。身なりのいい武士ほど一騎打ちを重んじる。それに従ったふりをして戦っている最中に後ろから切り掛る。簡単なことであった。
「あの侍の腰に差している二本の刀も上物だろう」
「売ればまぁまぁな金になるはずだ」
口々に聞こえる巌勝を世間知らずの餓鬼としか見ていないような発言。不快極まりないが巌勝は顔色一つ変えない。
「そうか。将軍の命なら仕方ないと言うのか。ならば見過ごせんな」
そういうと巌勝は刀に手を掛ける。村の家の屋根で事の有様を見物していた武士崩れがゆっくりと弓を構え出す。
もちろん巌勝は気づいている。首領は手を挙げて一時的にそれを止める。
「運が悪かったなちっぽけなお侍さんよぉ。こっちだって生きるのに必死でな、綺麗事だけではこの世は生きていられないんだ。最期に身の程ってやつを教えてやるよ。安心しな、貰えるもんは貰ってやるからよぉ……!」
首領が手を振り下ろす。首領は例え巌勝が頭を射抜かれようが、袋叩きに会おうがなんの興味も持たなかった。所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。綺麗事では腹は膨れない。
(じゃあな。世間知らずの侍)
弓兵が躊躇いもなく矢を射る。放たれた矢は風を切りながら巌勝の頭目掛けて直進していった。
(精度はいい方だ。腐っても武士は武士だな)
そう言いながらも巌勝は柄から手を離し、向かってきた矢をまるで止まっているかのように掴み、打たれた方向に向かって勢い良く投げ返す。一連の動作は決まりきったように流麗だった。
(……は)
まさか巌勝が投げ返すと露に思っていなかった弓兵は、まともに眉間に矢を受ける。しかし勢いは止まらず、弓兵が放ったそれよりも威力の高いそれは彼の頭蓋を貫通した。勿論即死である。力が抜けたように屋根から滑り落ちる。肉の潰れるような音とともに地面に落ちた。
暫しの沈黙が場を支配する。
「……なっ! 野郎!」
そこは経験のあるものから状況を理解した。目の前にいるのはただの侍では無い。武士崩れ達が一気に刀を抜く。顔は先ほどとは打って変わって殺意のある表情を浮かべている。
向かってくる矢を掴み、まして投げ返すなど人間業では無い。その中で一人。彼らの首魁は冷や汗が背中を流れるのを感じてていた。叩き上げの感覚がよりはっきりと目の前の相手の強さを解らせる。
(なんで……こんなに弱そうなのにでかく見えるんだ!?)
もう手遅れである。巌勝は標的を逃がさない。続け様に蛟落天津を抜く。民家と村人がいるため月の呼吸は使えない。少し時間がかかるだろうが、一人一人葬っていくしかない。
(将軍の命とならば、役人はこの武士崩れを庇うだろう。なら口封じをするに越したことはない)
────参る
★
縁壱は適当な賊に近づく。気配はない。ただそこにある植物のように静かだった。これに気がつけるのは同じ透き通る世界を持つ存在のみ。この世界ではまだ巌勝しかいない。
「ああ? 餓鬼か? がっ……!?」
「さっきよりも随分と少ないな。村の反対側に行ったのか」
刀を峰打ちで首に叩き込み、昏倒させる。いまのところ縁壱は巌勝よりも背が低い。因みに、巌勝が年齢の割に背が高すぎるのであって、縁壱は世間で言う普通の子供に該当する背丈であった。縁壱はそれを少し不満に思っていた。弟として見上げるのはいい。ただ、兄とおなじ景色を見れなくなるのは話が違う。
「村の反対側でも何か起きているようだし、運がいい。あっちに賊の気が逸れているうちに後ろから回って倒して行こう」
方針が決まればあとは早い。縁壱は呼吸を使いながら急所に刀を叩き込んでいく。呼吸で強化された一撃は、賊が激痛を感じる前に昏倒する威力。彼が大人になればどうなるのか、想像に容易い。縁壱は見つからないように隠れて村の中心に賊を昏倒させながら進む。
すると、
「……ん?」
村の奥で急に騒がしさが増した。どうやら賊が武装を整え、村の奥の方に集まっている。向かう先からは賊の悲鳴と怒号が聞こえてくる。それと血の匂い。濃密で今までに嗅いだことの無い残酷さがした。
「なんだ? 援軍か? ……どうしてか分からないが楽になったな。余程腕の立つ援軍がきたのだろう……それにしてはやけに静かだな。もう少し剣戟の音が響いても可笑しくは無いけど」
縁壱は不思議に思った。しかしやることは変わらない。賊は戦支度に夢中。そして逃亡する準備をしている無防備な背中にしっかりと一撃を叩き込んでいく。気づかないようにしてはいたが、村人の死体がそこらかしこに点在している。明らかに暴力を受けたあとが見て取れた。
(酷い。命をなんだと思っているんだ)
不快感と怒りを顕にする縁壱。すると今度は賊が一人こちらへ向かってくる。比較的強そうである。縁壱の物差しでは一寸と二寸の差ではるが。
(……なんで怯えているんだ? 心音がうるさいほどに脈を打っている。まるで何か……般若でも見たような……)
体格は族の中でも飛び抜けている。ぼさぼさの髪と髭、戦で鍛えられ古傷がある肉体。赤い瓢箪を腰につけてあることから酒を飲んでいた事がわかったが、酔いは覚めているようだ。何故なら賊の顔は青白く、恐怖に染まっている。必死の形相。縁壱に気づいても進行方向は変えようとしない。早く村を出て、ここから離れたいという思いがあったのだ。
(もしうたが見たら心底嫌そうな顔をする強面だな)
「はぁ……はぁ……! どけ! 餓鬼ぃ!」
「……ほい」
「なっ……! うぐっ!」
縁壱は向かってくる賊に対して足をかける。あっさりと体勢を崩した大男は無様に仰向けに倒れた。縁壱はしゃがみこんで問いかけることにした。
(大の男がここまで怯えるなんて、只事じゃない。武士の大軍でも来たのか?)
「なぁおじさん。向こうでなにがあったんだ?」
「ひっ……! なんでもうここにいる!? さ、さっき向こうにいただろう!?」
「……?」
縁壱はよく分からなかったが逃げ出そうとしたのでとりあえず昏倒させる。俄然興味が湧いた。大の男をここまで怯えさせる存在など並の者ではない。
「俺よりもつよいのかな」
そう言いながらも、縁壱の方に次々と逃げてくる賊を持っている刀で瞬時に眠らせる。
(もしかして兄上よりも強いのかな!)
胸が高鳴る。足に力が入る。また少し進むと、村人を先導して一つの家に集めて、避難させている女性が見えた。特徴的な外見で、ただものでは無いと縁壱は判断した。
「大丈夫ですから。私達が来たからにはもう大丈夫です。すぐに落ち着来ますので、安心して下さい」
彼女の周りには賊が数人倒れている。全員一太刀で無力化されている。そうなると彼女はかなりの手練である。黄色を基調とした燃えるような髪に臙脂色の着物。腰には刀を差している。
縁壱は瞠目する。体の構造が呼吸を使える者にしか現れないはずであったからである。
(呼吸を使える剣士……! 呼吸は兄上以外には教えていない……だとすればあの女性は絶対に兄上をしっている!)
縁壱はすぐさま走りよる。
「あら?」
その女剣士──薫は縁壱の存在に気づき、彼女も瞠目する。もちろん彼女の想い人に似ていたからである。
(……巌勝君に似てる子供! もしかしてこの子が縁壱君かな?)
薫は抱き抱えていた村人の子供を下ろして縁壱に問いかける。薫は目を輝かせた縁壱はまるで弟のようだと少し失礼なことを考えた。
「あの、もしかして、縁壱君じゃないですか?」
「っ! ……そうです! あなたは兄上を知っているのですね!? 今兄上はどこにいるんですか!?」
「お、落ち着いてください。あなたのお兄さんは今あちらの方で武者崩れ達を倒していると思いますけど……「ありがとうございます!」って速!?」
瞬時に縁壱は走り出す。会いたい。その一心で。村も村人も目に入らない。こちらに向かってくる賊は一人もいない。
(兄上! 俺は強くなりました! 家族も出来ました! うたと言うんです。兄上もきっと気に入ります! 兄上! 兄上!)
縁壱が角を曲がると、二人の男の人影が見える。
みると片方が遥かに大きい男の胸を貫いた所であった。その瞬間、辺りが先程の喧騒が嘘のように静まり返る。血の海に佇み、賊の返り血が遅れて吹き出すが、その男は一滴も濡れていない。
周囲は死体で溢れていた。男が刀を一振し、血を払う。そうしてゆっくりと縁壱の方を振り向いた。痣も濃く、大きくなっている。その力は二年前の比ではない。しかし……
「兄上!!」
「久しいな、縁壱」
微笑む顔は変わっていなかった。
★
縁壱が巌勝に抱きついてくる。巌勝は弟が血で汚れないように細心の注意をはらいながら受け止めた。
「兄上! 兄上! 俺は会いたかったです!」
「ああ、私もだ。立派になったな。話したいのは山々だが、まずはこれを片付けなければ。美しい女剣士に会っただろう? 呼んできてくれないか?」
「はい! すぐに!」
縁壱は意気揚々と走り去っていく。まだ話し足りないことがあるのだろう。それでも巌勝は自分の頼みを優先してくれたことに感謝した。
「……憎悪は……しない。嫉妬も……抱かない。一先ずは安心だな。しかしまさかこんなにも早く会えるとはな。それにしても」
巌勝は死体の山に目を向ける。
「村の皆が怖がる前に片付けるか、峰打ちで後から息の根を止めた方が良かったな。もう手遅れだが。……穴でも掘って村の遠くにでも埋めておくとしよう」
巌勝は死体を一箇所に集めていく。獣が寄り付かないよう深くに埋めなければならない。久々の大量殺人を犯したというのに心は酷く凪いでいた。それがまるで人の命をなんとも思っていないようで、巌勝は自己嫌悪に陥った。
(何も感じない。なんとも思わない)
殺人は普通のことではない。誰しもが普通のことではないと言う。そんな当たり前のことが理解できなくなっていく。後々悪さをするのであれば殺しておくのは正しいのではないか? 情けをかけたものが改心せず、また人を殺めれば、その責任は誰にいくのか?
ならばいっその事────
「お疲れ様。巌勝君。美しい女剣士がきたよ」
薫が現れる。ソプラノ調の声が巌勝の耳朶に響く。沈んだ心が晴れていく。彼女がこの惨状を目にして何も言わないのならば、それは間違っていなかった。そう思えた。縁壱に会ったのだろう。説明よりもまずは
「……随分と暴れたね。
「気持ちはとても嬉しいが、村の皆を頼む。これらは全部私が広げたから、やっておこう」
「巌勝君に一人でさせるのは気が進まないけど……ありがとうね。すぐ戻るから」
薫は去っていく。縁壱も村の復興に力を貸してくれるだろう。これから縁壱と薫にどう説明するか考えながら、巌勝は死体処理を始めた。先程とは打って変わって、彼の心は晴れていた。
(手遅れかもしれんな。すでにこの心は)
やっと再会した。長かったぁ(作者談)