黒死の刃   作:みくりあ

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拾漆話 戦国初期の刀鍛冶の里

「巌勝君、待った?」

「いや、ちょうど着いたところだ」

「それじゃいこっか。と言っても、里まで導いてくれる隠の所までだけどね」

 

 ある晴れた日。

 いつもの二人は連れ立って、隠の住む町までの田舎道を歩く。

 

 巌勝と薫は暇を言い渡されたので、刀鍛冶の里を尋ねることにした。弔替に修理を頼んでいた蛟落天津を取りに行くのが主な目的だが、なんでも縁壱の型を見た刀鍛冶の一人が縁壱に似せた人形を作ったらしい。縁壱は自分の日輪刀ができたと聞いて、取りに行く気満々であったのだが、柱が地方に偏るのは良くないことや自分をモチーフとした人形が恥ずかしいという理由で同行を拒否した。序に日輪刀は取ってきて欲しいと懇願された。

 二ヶ月前に炎柱には暢寿郎、岩柱には琴音がそれぞれ就任。薫は柱級だが柱になると任務割り当ての都合上、他の柱(主に巌勝)とは柱合会議以外ほぼ会えなくなるので実力は隠していた。

 

「ねぇ、柱の皆はどんな感じ? こう……痣的な意味で」

「そうだな。新しく就いた二人は十七と十八。まだ大丈夫だ、しかし後の三人は全員二十五を過ぎている。その為赴く任務は強大な名付きが主らしい。痣が出れば名付きも火事場力で殺せるが、その日のうちに亡くなるからな……やはり御館様には痣の副作用について伝えて置くべきであったな」

「そんなことしたら鬼殺隊は柱を目指さなくなる人も増えるんじゃないかな? 最近は戦が続いて鬼殺隊の高い俸給を目的に入隊する人が多いから、鬼を殺すために自分の寿命すら捨てられる人って大体半分くらいだからね。

 とうさまにお別れを言えなかったのは悲しいし、明道院さんがいなくなって寂しい。けれど皆も私も覚悟の上で鬼殺隊に入ったから。

 因みに新しい岩柱の琴音は巌勝のこと目の敵にしてるし、あまり近寄らない方がいいよ」

 

 こうは言ったが薫の発言の目的は巌勝の身のためである。

 痣の真実が広まると痣は巌勝が原因ということが確定し、巌勝が鬼の手先であるという誤解の裏付けになってしまう。そうなってしまえばいくら産屋敷でも巌勝を庇いきれなくなり、良くて鬼殺隊追放。普通は切腹。薫はもう巌勝とは会えなくなる。

 

(それほど迄に一年前に里で披露した赫い月は、余りにも鮮烈だった。鮮烈すぎた)

 

「そうか。お前がいなければ要らぬ間違いを起こすところだった。感謝する」

「うん。どういたしまして」

 

 巌勝が他の鬼殺隊に忌避されても薫は対応を変えず巌勝と接し続けた。本人は気にしないようにしていたものの、尾鰭が着いて任務の妨げになるような噂には多少辟易していた所があるのは確実。

 

(巌勝君は私に対しての依存が以前にも増しているのを自覚していない。私は、私に対しての巌勝君の依存が増していることに勘づいている。

 知らなくてもいいからね巌勝君。

 鬼になったら全部私が……)

 

 こうなると薫は知っていた。知っていてそうさせた。全ては二人のため。計画上、鬼殺隊に情を持つのは悪手でしかない。だが巌勝は優しい。求められれば助けるし、求められなくても応える。それは美徳。だがやはり悪手。

 

 二人して隠に目隠し、耳あてをされ、牛車に揺られる。因みに当初は、巌勝の鋭敏すぎる感覚と無惨の手先説を危惧して隠達は里への案内を渋ったが、柊哉の文を見せると、渋々里まで連れていってくれた。

 隠に鬼殺の里よりも厳重に連れてこられ、二人は刀鍛冶の里に着く。山奥に造られたその里は生活感は鬼殺の里よりもあった。

 

(空里といったか、バレたら移動するんだったな、これでも住んでからまだ時間は経ってないようなものだろう)

 

 早速、弔替の家を探す。隠達は引っ込んで行った。仕方なく道行く人に弔替の家を聞く。どうやら巌勝の噂はここではあまりひろまっていないようである。快く道順を教えてくれた。

 薫は温泉に行くために、巌勝と暫し別れた。薫が向かう方向の家々には湯気らしきものが立ち上っている。

 

(私も後で行ってみるか)

 

 温泉など今世ではまだ入ったことがなかった。入浴文化が根付くのはまだ先。巌勝の心はしっかり現代人な為、一日に一度は必ず温かい風呂に入って体を洗うようにしている。また薫は清潔好きなので昔から入っているらしい。巌勝は道行く人に聞き込み続け、やっとのことで弔替の家を見つけた。

 

(……無性に疲れたな)

 

 他の家より比較的贅沢な戸を開けると弔替が扇子を扇いでいた。身に纏っている黒い着物には上品さを感じさせるような白い花の模様が縫われている。扇ぐ扇子も高級品であろうか。そして顔は相も変わらずひょっとこ。何かと台無しである。

 

「なんだい。遅かったじゃないか」

「ご無沙汰している、弔替殿。修繕を依頼した刀を取りに来た次第だ」

「ふん。やけに頭のおかしい壊れ方だったよ。柄が握りつぶされて、刃の部分に刀傷が刻まれている。こんな壊れ方は何十年生きてたけど初めてだったさね。

 修繕というか長年の使用でがたが来てたから新しく作り直したよ。柄と鞘は修理して再使用しているから、違和感はなかろうて」

 

 巌勝は刀を受け取る。装飾が日輪刀と対になるように追加されており、黒く質素な日輪刀に対し、少し華美で赤い花の装飾がある美しい刀に仕上がっていた。やはり刀鍛冶では弔替は他の鍛冶師よりも別格である。

 

「重ね重ね感謝申し上げる」

「はいはい。そんなことより、私の打った刀はどうだい? こんな鈍とは訳が違うだろう? 弟の分も完成したから、後で取ってきてやろう」

「ありがたい。私はやっと刃を赫くして赫刀にすることが出来た所だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

「え? ……あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弔替は呆然として扇いでいた扇子を落とす。お面を被っているため表情は分からないが目の色は絶対に変わっている。その反応から赫刀がまだ刀鍛冶の里まで広まっていなかったことに巌勝は気づく。

 

「なんだい。やな予感がするね……なんだい赫刀って」

「こう……ぐっと握ると日輪刀が赤くなる現象だ」

「…………みせな」

「……む?」

「聞こえなかったのかい!? 今すぐ見せなと言ったんだよ!! ほら刀を抜け早く! ほら!」

 

 弔替は怒涛の剣幕で巌勝に接近し、腰に指してある刀を鞘ごと引っつかみ、巌勝に押し付ける。

 気圧されながらも受け取り、抜刀し、型を振るう時と同じ握力で柄を握る。途端に日輪刀は柄の方から赫く染まり、その色を赫へと変えた。

 

「これが赫刀と私が呼んでいるものだ。こうなった刀で鬼を斬ると再生が格段に遅くなる」

「見たところ、握った手の熱が日輪刀に伝わっているようだね。はぁ……そりゃ儂が知らないわけさね。手の熱で日輪刀を赫くするような剣士がちらほらいたら鬼なんてとうの昔に滅んでるね。それをできるのはあんただけかい?」

「確実に弟の縁壱はできる。弔替殿が打った日輪刀の所有者になる男だ」

「ん? ……あぁ、あの刀の主になる奴か。それなら噂だけだが、聞いてるよ。

 なんでもその型が美しすぎて、あの天才なのかバカなのか分からない保土原の奴が絡繰人形を作ったらしいね。全く、兄弟揃って話題に事欠かないね……お前達兄弟が人外と言われても儂は納得するよ」

「ご冗談を」

「くっくっくっ……そう言えばお前は弟と違って鬼殺隊の有象無象共に邪険に扱われているらしいじゃないか。鬼のような技を使うんだって? ホント不名誉極まりない……が、お前さんは否定しない。それはどうしてだい?」

 

 弔替が射抜くような視線で巌勝を見つめる。

 

「私が邪険に扱われば私よりも化け物じみた才を持つ弟は非難されにくいだろう。そして薫も……いやなんでもない」

「はぁ。今から喋るのは歳食った老婆の戯言だが、

 お前さんが、そうやって振る舞うのも他にもなにか深い理由があるんだろう。お人好しなお前さんのことだ。多分それは誰かの命を救うことに直結するんだろうね。

 だけどね、お前さんの輝きは強すぎる。闇夜に輝き、美しく、静かに世界を睥睨している月のように。太陽と違い、眩しすぎない。見たものが心を動かされ、魅了されるほどにね。だから、お前さんに着いてきてくれて、隣に立とうとしてくれる数少ない子達はお前さんにとってかけがえのない存在だ。お前さんは否定されようが侮辱されようがあまり気にしない性だろうけど、お前さんが傷付くことで、他に傷付く人がいるのも忘れちゃいけないよ。

 何せ鬼に堕ちた馬鹿でも、偶にそういう誰かのために生きている奴がいるほどだからね」

 

 巌勝は押し黙る。そして揺らぐ。揺らいではいけないものが揺らぐ。弔替の言葉は余りにも的を射ていた。無意識に日輪刀を触る。

 

(無惨は殺せる。この赫刀と縁壱の助力があれば簡単に。そうすれば平和が訪れ、鬼のいない世の中が実現できる。

 だが、私の前世は楽しみもなく、ただ働いて働いての毎日だった。そして転生したら鬼殺の日々の中、生死と隣合う毎日。しかも後十年少しで死ぬ人生)

 

 巌勝は長い休息を求めていた。想い人と過ごす、長く続く平穏と幸せに。故に憧れの黒死牟となるのは自分の中で、もはや唯の過程と化していたことに気がつく。

 

 

 既に前から鬼になる目的は変わっていた。

 それは薫と紡ぐ〝平和な日常〟であった。

 

 

 巌勝は重い口を開く。

 

「……私は私の周りの人々が幸せであれば私はどうなってもいいと思っていた。鬼を狩るのはそれが目的であった。

 別段、鬼殺隊に入隊したのは鬼を滅ぼしたいからでは無い。薫や縁壱達が笑って暮らせるためには、鬼の存在は邪魔でしか無かったからだ」

「ふん。高々十五に満たない餓鬼が言うね。一人どころか家族全員を守り続けること。そんなの鬼を滅ぼすよりも難しいことさね。

 そんなんだったら日輪刀を返しな。お前みたいなどこまでも無性に優しい奴はどっかの山奥で分相応の幸せを見つけて、炭でも売って暮らしていればいいんだよ」

 

 弔替の言うそれが冗談なのか、或いは真剣なのか分からない。弔替は痣者が三十ではなく少し早い二十五で死ぬことを知らないのだ。

 

「……私達を取り巻く運命は鬼と密接に絡んでいる。故に、この定めは避けられぬ」

「欠片も面白くない模範解答だね。

 はぁ……じゃあ弟の日輪刀を取ってくるから待っていな、さっきの儂のことばの意味でも反芻していな。ああ、別に保土原の所に行ってもいいよ。場所は温泉の近くの森さ」

「感謝する」

 

 弔替は家を出ていく。巌勝は少し逡巡して、温泉の近くの森へと足を進める。これ迄の理念や手段は変わらない、ただ目的が変わっただけ。そのためなら力が湧いてくる。一人の理想では無い。巌勝は彼女を守る為ならば修羅にでもなんにでもなれる気がした。

 

 

 ★

 

 

 巌勝が鍛冶町を抜け、弔替に言われた森に入ると、何処からか剣戟の音が聞こえてきた。其方へ方向を変えて進むと、齢二十辺りの若いひょっとこが、刀を六本持った縁壱に似せた人形の背中を弄っていた。巌勝は近づいた。無意識に気配を消しているので気付かれなかった。

 

「……これがそうか」

「うわぁぁ!? びっくりした! うおっ!?」

 

 縁壱零式(?)の背中から落下した保土原らしき人物を、巌勝は受け止める。

 

「すまない。驚かせたな、大事ないか」

「お、おう。ありがとなって、縁壱殿!?」

「……その兄の継国巌勝だ。どうやら縁壱に似せた絡繰を造ったらしいではないか。これがそうか?」

「……よーく見ればなんか似てないな。まぁいい。その通り! この縁壱一式は俺が作った最高傑作だ。

 俺は保土原利政。そしてちょうどいい所に来た! 縁壱殿の兄であるならば一度戦ってみてくれ。本来なら縁壱殿が来てくれるはずだったのだが、その旨を鎹鴉で送ったところ、何故か渋られてな。兄であるならば縁壱殿の戦い方も知っているだろう。……いいか?」

「承知した」

 

 巌勝は少し楽しみであった。このからくり人形は原作ではあまり戦闘描写がなかったので、どのような動きをするのか些か気になっていたのだ。

 柄に手を添え、抜刀する。

 

「ではいくぞ、巌勝殿。縁壱一式! 起動!」

 

 利政が首の薇を回すと、一式が機械音を鳴らして刀を構え出す。巌勝も刀を構え、受けの体勢に変える。一式の持っている日輪刀は弔替が打ったものだろう。長年の月日を経ても劣化しにくいような独特の技法が凝らされている。

 

(……弔替殿もお人好しだな)

 

 一式が刀を連続して振るって来るが、振り下ろされる刀を巌勝は半身で避けたり、手の甲を刀の腹に当てて軌道を逸らしたりして受け流していく。

 利政はその流麗さに見蕩れていた。

 

「……なんて美しい」

 

(……これは攻撃しても良いのか?)

 

 試しに巌勝が頭に柄で一撃入れてみると、一式は避けすらしなかった。攻撃に全てを割いているのだろう。

 しかし、その一撃で左目周辺の皮膚が剥がれ落ち、複雑な内部構造が明らかになる。改めてオーバーテクノロジーだと巌勝は思った。

 

「うわぁぁあ! 巌勝殿!? 終了! 一式を停止! やめてぇ!!」

 

 巌勝は利政の剣幕に凄み、距離をとって一式が止まるのを待った。直に一式が止まると、利政が駆け寄って、調子を確認している。その必死さに巌勝は顔を曇らせる。

 

(どう考えても室町時代の技術じゃないだろ。世界規模での偉業じゃないか? ……皮膚らしきものが剥がれ落ちたが、必死さからしてもしや直らないのでは?)

 

「ほ、保土原殿、すまない」

「いや、これくらいすぐに直せる。そんなに落ち込まないでくれ、というかあの見事な体捌きはなんだ? 何かの型か?」

「……私の型はほぼ不動なのだ。受け流さなければ一方的にやられてしまうから、体術は他の隊士より鍛えている」

「! そうか……ならば巌勝殿! 恥を忍んでお願いが!」

「なんだ」

「巌勝殿の歩法と体捌きを一式に取り入れたい! だから、これから一刻、一式の攻撃を避け続けてはくれないか? 俺はその動きを目に焼き付けて紙に書き取る。どうだ?」

 

 巌勝は逡巡する。原作にて、零式は縁壱の動きを基本にして作ったと言われていた。巌勝では無い。だが利政は筆と、この時代まだ高価な紙を持って、鼻息を荒くしている。断るのは気の毒だ。

 

(しかしまぁ、ここで私が介入した所でそんなに変わらないだろう)

 

「構わん。……八咫。薫に伝えてくれ。私は温泉の横の森にいる。時間がかかると」

『委細承知』

 

 八尋が飛び去っていく。巌勝は刀を収め、一式に向き直る。

 

「では始めるぞ」

「ああ! 縁壱一式、再起動!!」

 

 

 

 ★

 

 

 

 結論から言うと、縁壱一式の足が六本になる。また追加で蹴り技もするようになる。原作では隊士を育てるのに一役買っていた一式だが、巌勝の記憶上、間違いなく原作の足は二本だった。殺戮兵器の製造に手を貸した気分である。

 

(もはや縁壱要素って顔と胴体だけだな。ていうかこれだと炭治郎はこいつに殺されるんじゃないか?)

 

 巌勝はまだ薫が温泉にいると思い、温泉への道を歩いていた。すると、この時代では珍しい金髪の女性と、水色の着物に雲が描かれた男性が道の端で話し合っている。

 巌勝が通り過ぎようとすると目が合った。

 

「む。愛染と正助か」

「やぁ巌勝君。一年前の柱合会議以来だね」

「巌勝はんか。久しぶりやな」

 

 次期水柱と次期鳴柱はいつも通り接してくれた。それだけでも巌勝は少し嬉しくなった。




里は原作通りのやつを想像してくだされば……
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