「え゛っ。薫ちゃん、ここにおんの!?」
愛染は金色に似た髪を持つ雷の呼吸の使い手。次期鳴柱として期待されている。女性特有のしなやかな身体を駆使したバネのような動きで敵を翻弄する戦い方である。故に彼女のみならず雷の呼吸の使い手は足が生命線である。
「今温泉から出たくらいだろう」
「愛染。巌勝が薫さんと一緒なのは君も身に染みて知っているだろう?」
正助は黒髪に雲の描かれた水色の着物を身に纏っている好青年。彼も次期水柱として期待されている。癖の強い性格と、癖のない剣技が持ち味。少々気分屋なところがあったが、最近ではなりを潜めていた。先代を継ぐ事を決意し、一皮剥けたようだ。
「やからやって正助君! 帰ろ! 温泉なんてもうええから! 早う!」
「温泉は美肌効果があるから女子であれば入った方がいいよ愛染。折角来たんだしさ」
「そんなぁ……!? 助けて巌勝はん! あの子あんたのことになると……」
「あら。巌勝君と愛染さん、少々距離が近いのではありませんか?」
「ひっ!?」
鶴の一声にしてはドスが聞きすぎている声。
声の主である薫は少し濡れた髪を束ねずに下ろし、比較的通気性の高い浴衣に着替えていた。巌勝も薄々気がついてはいいたが、十六歳になり更に女性らしい体つきになっており、美しくも扇情的な姿に見蕩れる。
愛染は咄嗟に巌勝の後ろに隠れ、顔を覗かせる。正助では薫に敵わないという事実と、彼なら薫を御せるという判断から来た行動であった。
「あーらあらあらあら」
「ひえっ……た、助けて巌勝君!」
だがしかし、その行動はただ単に薫の血管を浮き上がらせる結果に終わった。彼女に手も足も出ずに叩きのめされた過去を思い出し、更に恐怖した愛染は巌勝の着物を掴む。それが更に薫の機嫌を急降下させるという悪循環に陥っていた。
巌勝はふと我に返った。
「薫、そのくらいにしておけ。そして愛染、私の着物から手を離せ」
「えっ? ああっ!? ほんまごめん」
「冗談ですよ巌勝君。唯久しぶりにあえて嬉しかったので……うぅ……ちょっと失礼」
薫は後ろに周り、愛染に掴まれて皺が着いた巌勝の着物を、直し始める。皺なんて着いていないようなものだが、それでも薫は汚れを払うかのように入念に払う。恋する乙女には許容できない何かがあったようだ。
それを正助は苦笑いで見る。
「怖いね、女性は。特に恋しているともっと」
「そうか? 微笑ましくならないか?」
「……君もだんだん薫さんに毒されてきたね」
薫はすれ違って縁壱一式を見に行く予定だったのだが、「不安要素がありますので」と、巌勝と共に再び温泉に向かった。
「どうだった?」
「どう。とは?」
「温泉だ」
「かなり良かったですよ。もう一生入ってたいくらいです」
「ふっ……それは期待するとしよう」
(温泉のある所に引越して過ごすのも悪くは無い……な)
薫が嬉しそうに飛び跳ねる。彼女特有の甘い香りが巌勝の鼻腔を擽る。脳がガツンと叩かれたような衝撃を受けた。揺れる胸元から目を逸らし、まだ見ぬ温泉へと想像を巡らせる。
(やはり。温泉に刀を持っていくのは……無作法というもの)
鬼殺隊は温泉での帯刀を許可されているが、場違いも甚だしい気がして脱衣所に置いていった。露天風呂にゆっくりと浸かる。紅葉が鮮やかに空を彩り、涼しい風が吹き抜ける。元から高温を保っている体には生温いのでは無いかと邪推していたが、杞憂に終わった。
(素晴らしい……至高の湯だ。温泉は前世でも入ったことがあったが、四百年前の温泉という事実も噛み締めながら愉しむと、感慨深いものがあるな……)
「……」
「……」
すると波を立たせながら正助が黒い頭だけ出して寄ってくる。丁寧に頭の上に日輪刀を乗せていた。巌勝は至福の時を邪魔されて不愉快な顔をする。彼は温泉は一人でゆっくり浸かる派だった。
「巌勝ってこんなに筋肉があるのに着物着ると、比較的痩躯に見えるんだね……羨ましい。僕と交換しようか」
「無茶を言うな。無駄な筋肉はつけていないだけだ……なんだ。話すことがないならその口を閉じろ。私は今この湯を堪能しているのだ」
「そんな怖い顔しないでよ。男二人、すると言ったら、やっぱ恋話でしょ!」
「話題の択が狭すぎるぞ。まぁいい……正助、お前は愛染と仲はいいのだろう? 浮ついた話の一つや二つないのか?」
巌勝は少し揶揄うように話す。巌勝と比べて正助は三歳ほど年上だが、それを気にするほど彼は狭量では無い。年下年上を超えた仲間という関係である。巌勝もかなり心を許していた。
「愛染はぶっちゃけかわいいし、嫁に来てくれるなら諸手を挙げて喜ぶけどさぁ……巌勝は希望あると思う?」
「……気持ち悪いぞお前」
「開口一番に酷くない!?」
「いつものおどけた調子はどうした。真面目な顔をしているなんてらしくもない」
「さすがに色恋の話となると……ね?」
「そういうものか」
「そういうものさ。んで、どう思う?」
「そうだな……先程の光景からもわかるだろうが、愛染は薫に恐怖している。薫より強くなることが出来れば、愛染もお前を信頼するのではないか?」
「薫ちゃんに勝つ? それこそ眉唾物だよ」
さも当たり前かのように正助が言い放つ。この認識は何も正助だけではない。次期鳴柱よりも速く、次期炎柱である兄のような力を持つ一般隊士。そんな肩書きからすると無敵感が否めないが、紛れもない事実である。しかも縁壱の呼吸を知ってさらに力をつけ始めている。
「そう気を落とすな。薫が強すぎるのだ。大丈夫、決して正助が弱い訳では無い……ただ……本当に薫が強すぎるだけだ」
「言ってること変わってないよ。いやまぁ、そうだけどさ、それでもお前達は次元が違うんだよ。なんだよ手の熱で日輪刀を赫くする兄弟に、柱より強い女とか……房綱が本当に不憫だなぁ」
「……房綱か」
「まさか忘れちゃった? 君の恋敵だろう。まぁ俺も唐突に現れた男に惚れた女がベた惚れだったら普通に凹むからなぁ。あいつには同情するね」
さすがの巌勝も房綱を出されては何も言えなくなる。ここで擁護すれば房綱の面目が本当に立たなくなるのだ。
「……んで? 話を逸らしたつもりかな? 薫ちゃんとはどこまで行ったんだ? ん?」
「……くっ」
うってかわって女湯。
「……えっとー、薫ちゃん?」
「……」
愛染は男湯と女湯を隔てる壁に耳を当てて巌勝達の会話を聞き取ろうとしている薫の姿に困惑していた。しかし、怒らせたくないので言葉は選ぶ。
「壁に聞き耳立てても会話は聞こえへん仕様になっとるから多分無理やで……」
「むぅ……それもそうですね。はぁ、巌勝君の会話が少しでも聞こえれば良かったんですけど」
「……聞いてどうすんの?」
「何もしないですよ? ただ想い人のことは大体知っておきたいでしょう。ちがいますか?」
薫の目に光が灯っていないことに気づき、愛染はこれ以上追求するのを止める。ふと、薫の玉のような肢体に目を向ける。前に会った時よりも成長している気がして堪らず驚いた。
「……薫ちゃんって着痩せするんやね。あんだけ強いのに肌も傷とかないし。え、うちなんか自分が惨めに感じてきた」
「あら? そうですか? 愛染さんは…………まぁ動きやすい体じゃないですか?」
「いや、沈黙したのに結構直球やな!?」
薫は純粋な私怨で愛染に棘を放つ。体つきは愛染にとって女子として気にしている点であり、弱点であった。よく言えばスレンダー。悪く言えば凹凸の無い体。そして足以外は傷だらけの肌。戦う上で仕方のない事だと本人はわかっている。
「いやいや、いいと思いますよ。ええ、雷の呼吸は速さが強みでもあるのでしょう? そうであれば比較的軽いことは喜ぶことじゃないですか? 足腰が強靭であれば戦闘を有利に進められますし。男受けはよくないかもしれませんが」
「うぐっ、うちは薫ちゃんに何か悪いことでも…………巌勝君の事やんね。でもあれはうちじゃないし! あの縁談は母上が勝手に進めようとしたことやから!」
実際、薫は既に愛染の事を許している。しかし、いつも絡んでくる友人が珍しく弱みを見せた。この期を逃す彼女では無い。結局、二人は逆上せるまで身の上話に花を咲かせた。
★
巌勝は温泉から出たあと普段着ている着物は隠に洗って貰うために預けた。今彼は浴衣に着替え、鎹鴉の八咫からのもっと役に立ちたいという要望により、温泉の前で彼を鍛えている。
暫くして、温泉の入口から愛染がでてくる。
(顔が赤い。逆上せていたな、ならば薫はもう少し時間がかかるか)
愛染が巌勝を見つけて駆け寄ってくる。もちろん薫が居ないことを確認して。脱衣所に居ることは知っているがいつの間にか先回りしているのが彼女である。
「? ……巌勝君なにしてるん。その鎹鴉は八咫君やったっけ? いやめっちゃへばってるやん! 大丈夫なんこれ!?」
「ああ、八咫に全集中の呼吸を教えている」
「いや、本当になにしてるん!?」
『かァ……かァ……愛染殿、なんの……これしき』
(鎹鴉に呼吸はできるのだろうか。人とは構造が違っているが……)
(やっぱり二年で柱になる人はぶっ飛んでるなあ)
★
「異常は……ない」
太陽が沈み、夜の帳が降りる。
巌勝は柱の任務でもある、夜間の里見回りを八咫と共にしていた。温泉を出たあとは仮眠をそれぞれとったので眠くはない。この体なら仮眠を取らずとも動けたが油断は禁物。
時刻は既に深夜帯であった。それにしても月が綺麗な夜である。
(なんだ? 妙に胸がざわつく)
巌勝は気配と音を完全に消して、屋根に登る。無骨な瓦に足を乗せて駆け上がる。見渡すと刀鍛冶の里は嫌になるほど静まり返っている。
「…………来たか」
ド──────!!
突然、振動とともに家が倒れる音が鳴り響いた。刀鍛冶達がざわめき起きる声がそこかしこから聞こえてくる。敵襲を知らせる鐘の音がそこかしこから響いた。
程なくして八咫が姿を現す。
「八咫」
『名付きの鬼による襲撃だ。北と南からこの里を挟むように攻めてきている。南は薫、正助、そして愛染が向かっている故、巌勝殿は北へ向かって欲しい』
「……そうか。早く北の鬼を殺して南に加勢する。八咫は里の避難を誘導しろ。南だけでいい。こちらの鬼はすぐ殺す」
『委細承知。任されよ』
八咫は飛び立っていった。無駄口を叩かず、主を急かさず。ものの数秒で状況把握と軽い指示。彼も彼で鎹鴉の中でも飛び抜けた存在である。彼自身の巌勝への忠誠心はかなり高く、聞いて欲しくないような会話でも鬼殺隊には報告しないでいた。それが彼なりの忠義である。
巌勝は屋根を飛び降りて、硬い地面に着地する。そして刀鍛冶達が避難している里の中心とは逆方向の北へと疾風の如く走り出す。
(何故里がバレた? いや、隠から情報が漏れたのか? まぁいい……この気配、名付きの中でも相当高位の鬼だな)
「皆! 里の中心へ避難しろ! 鬼は我らが引き受ける!」
「!? 聞いたかお前たち! ここは鬼殺隊に任せて俺たちは避難するぞ!」
「みんな急げ!」
(人が邪魔だな。やはり屋根の上を走るか)
屋根の上を跳躍しながら進む。直に、建物を破壊する音に交じって聞こえ出す人の悲鳴が徐々に大きくなる。
「……む」
鬼の影形がはっきりと見え出し、足を止める。鬼は大通りを堂々と練歩いており、口元が血に濡れている。鬼も巌勝に気づいたようだ。にやりと笑って足を止めた。体躯は人型だが、内包されている力は常軌を逸している。角も生えていた。
巌勝は刀の柄に手を乗せて臨戦態勢へと移行する。
「ん? 鬼狩りか、遅かったな。我が名は疱瘡魃。あのお方に名を頂き、里を襲撃する命を受け…………うおっ!?」
(避けたか)
巌勝は牽制がてら闇月・宵の宮を放つが、首を多少切り裂き、片方の腕を飛ばしたのみである。十分過ぎるほどの手応えであるが、彼にとっては避けられたも同じである。この一撃で終わらせるつもりでもあったのだから。
疱瘡魃があまり動じていないところを見ると、体の再生に自信があると推測した。
(もう遅い)
「おっと! 血鬼術の色じゃないか、お前もあの方から名前を…………あ? なんだ? 傷が回復しねぇな?」
「……」
「おい? ……嘘だろ!? ……おっ!」
巌勝は飛月を放つ。幾重にも重なったそれは、頭部を易々と抉り飛ばす威力。疱瘡魃は間一髪で避ける。しかし片耳が飛んだ。巌勝の飛月を二度も見てから避けた時点で今までの鬼とは訳が違うのだろう。
(猗窩座のような体術を駆使した戦闘か、回復も早い。ならば一気に決める)
この間、数秒。
巌勝は原作になかった型を使うことにした。彼の作る型は呼吸の祖である日の呼吸を元にすることで、月の呼吸にない動きを取り入れていた。
故に、隙はない。
«月の呼吸……»
想像する。神々しい龍神ではなく、猛々しい荒神を。
«拾壱ノ型……»
型は十六まで幾つか不明なものがある。裏を返せば、生み出して使える。
«月暈の虎狼・真榊乱舞»
それは虎とも狼とも取れる獣の具現。
それは舞の美しさとはかけ離れた唯の乱切り。しかし、巌勝の身体能力と、透き通る世界での予測から的確に弱点に向けて放たれる一振一振は、必中かつ致命となる。
飛月を身に纏い、突貫する巌勝。
それだけで大地に無数の凄惨な爪痕を残し、夜空を蝕み、蹂躙する。未だ刀を振っていないのにこの惨状。近づこうものならその身体は瞬時に肉塊どころか血煙と化すだろう。しかし、無情にも巌勝は刀を握りしめる。途端に周囲の飛月が赫く染まり、破壊の嵐は威力を増す。
悉くを無に帰して迫り来る修羅を前に、疱瘡魃は死を覚悟する。
「これじゃあどっちが鬼か分かったもんじゃねぇな!? ガハハハ!! 見ているか、龍牛よ! 吾輩は今、人の至る極致と相対しているぞ!」
(知るものか。これは薫との旅を邪魔した恨みだ……)
こうしてあっさりと決着は着いた。いかに強くても巌勝の尺度では弱い部類へと分類された。どんな鬼でも首を切れば死ぬ。もし死ななければ塵にするだけである。
★
その少し前、薫達は刀鍛冶の避難を促しながら、微かに臭ってくる悪臭の方向へと向かう。十中八九鬼の臭いである。血鬼術の類にしては薄い臭いだった。
(北の方は巌勝君が巡回している所。彼処は彼がなんとかする。私達はこちらを何とかしないと)
段々と濃くなっていく澱んだ空気。少し吸い込んではいるものの、今は余り効果がわからなかった。
「……この臭いは酒やな……! 待って二人ともこれ以上吸ったら視界がぼやけ始める! うちが遅れた人を助けるから、二人は下がって!」
「……待て! 愛染!」
愛染は既に血鬼術の効果に真っ先に気づき、薫達に下がるよう促す。
彼女はまだ意識がはっきりとしているうちに、悪臭の霧が濃い場所で倒れて、酩酊している刀鍛冶を見つけては血鬼術の範囲外へと運びはじめる。自分はもう最大限の力を発揮できないと知ると足手まといにならないうちに退場する。それは正しく、残酷である。
(既に血鬼術の効果が現れた愛染に比べて私達はまだ現れていない。愛染の判断は間違っていない。間違っていないけれど…………っ! やばいのが来る!)
突然、薫と正助を悪寒が襲う。何かが来る。受けてはいけない攻撃が来る。
「炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり!」
「水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き!」
瞬間、悪臭の霧が火薬のように次々と引火し、燃え上がる。
「あぐっ……!?」
その爆風を愛染は諸に受け、辛うじて技を出した薫達も余波で吹き飛ばされる。残った民家や大通りが瓦礫で埋まり、粉塵が空に舞う。大災害にでも見舞われたような惨状が一瞬で作り出される。先程まで人が走っていた道は瞬く間に戦場のような明るさと瓦礫に覆い尽くされた。
灰燼の中から一体の鬼が現れる。
長身瘦軀で肌は青く、不気味な笑みを浮かべ、背中から鮮やかな赤い花を一輪咲かせている。薫達に叩きつけられる途方もない悪意の塊。
薫と正助は辛うじて立ち上がる。
「名付きの鬼だ。背中の花がこの悪臭の原因だろう」
「……ええ、そのようですね……私が気を逸らすので、正助君は奴の背中をお願いします。恐らくはあの花が先程の爆発を起こした悪臭の根源」
「……味気ないですね。この颪乱を楽しませるような鬼狩りはいないのですか? ん? 今鬼狩りもいっしょに吹き飛ばしていまいましたか」
視界が朦朧とし、動かしている部位がわからなくなる血鬼術を用いる、頭脳派の鬼。
欠片も薫達を警戒していない。まさか自分が倒されるなんて思ってすらいない表情。その間にも霧は生成され続けていた。
────今や!!
瞬間、轟音の踏み込みと共に、雷を纏った愛染が煙の中から現れ、鬼に向けて居合を抜く。
«雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・迅»
万全の薫達でも視認できない程の速さで愛染は鬼へと向かう。しかし、
「遅いですね」
「うっ……」
鬼は愛染の一撃を余裕で躱した。
愛染はこの血鬼術と爆風を真っ先に受け、重傷を負っていた。故に踏み込みも儘ならくなっていた。それどころか力任せの蹴りを無防備な肩に受けてしまい、愛染の骨が折れる嫌な音が響く。
(いっ……受け身ィ!! っと! 壱ノ型がこれやと稲魂も無理や! ううっ、頭がくらくらする……ああ、まずいなこれ、肩を砕かれてしもうた……刀はもう片手でしか振れん。目もよぉ見えんし)
愛染は動かなくなる。
それを黙って見ている薫と正助ではない。二人は既には走り出していた。この鬼は悪臭を引き金に爆発を起こす戦い方であるならば、悪臭がない今が好機。
«水の呼吸 拾ノ型 生生流転! »
«炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄»
「……む、お前達だけは別格のようですね、いや、見たところ私の血鬼術を受けていないようだ。流石鬼殺隊。お仲間を犠牲にするとは狡賢いですね」
「……黙れ、悪鬼が」
水と炎の双龍が颪乱に向けて牙を剥く。
しかし、正助の回転斬りを腕で逸らし、薫の一撃は腕を切り落とすまで持ち越せたものの、首を切るまでには至らない。
「残念でした。それではどうぞ、あなたがたも存分に私の毒を浴びなさい!!」
「……くぅ」
「っ! 下がれ!」
鬼を中心に悪臭が撒き散らされる。二人は咄嗟に下がろうとするが、
「残念、お終いです」
ド──────!!!
再び、爆風が二人を襲う。紙屑のように吹き飛ばされ、二人は受け身を取って衝撃を最小限に抑えこむ。回転する世界の中で可能な限り遠くに飛ばされて体にかかる負荷を少なくするのだ。しかし、損害は先程の比ではない。
「ぐっ……肺……焼けた」
「正助君! ……貴方にはもう戦闘は無理です。下がってください」
「……なら……もし……ても……みすてろ」
「……ええ、わかりました。但し無理はしないでください」
二人は刀を再び構える。鬼は笑みを深くして両手を広げまた悪臭を吐き出す。さらに近づきにくくなった。絶望的である。
「また来ますか! 私。貴方達を気に入りましたっ! いいでしょう跡形もなく吹き飛ばして差し上げましょう!」
「……正助君、今度こそ花を潰します。無言は肯定と看做します」
(ああ分かった)
「行きま……ぐっ……大丈夫です。少し……なんでしょう、こんな時ですが熱ですかね」
「……っ」
「何を話しているのですか、さっさと諦めなさい。そうすればゆっくり殺してあげますよ!! ほら、早く止めなければまた爆発しちゃいますよ!」
(行く……! 血を巡らせる! 体温を高める! 巌勝君や縁壱君がしているように)
突然、巨大な化け物が暴れるような轟音が連続して北方から轟く。
「ん? おやおや、彼処も派手に暴れているようですね。……少々音が大きい気が……いや、おかしいあれほどの音が伴うような攻撃は疱瘡魃の身では出せない。……火薬庫でも爆発した?」
鬼が突然の轟音に気を取られている隙に薫が刀を杖にして、立ち上がる。鬼はそれをつまらなさそうな目で見つめた。先程の爆風で受けた傷は癒せていない。つまりもう楽しめることは無いのだ。
(まだ降伏しませんか、いい加減力の差ってのを思い知らせてやりますかね)
(巌勝君があっちの鬼を倒した! 隣に立つんじゃ、こんな雑魚に手こずってなんていられない)
薫は刀を構える。闘気を練り上げ呼吸を整え出す。そして、
« 炎の呼吸 伍ノ型 炎虎! »
「……む」
刀が燃え盛る虎を纏って颪乱へとその爪牙を振るう。鬼は周囲の悪臭を爆発させることで迎え撃った。
颪乱の首に刀が届く直前で爆風が発動し、薫は勢いよく吹き飛ばされる。
(……っ!? だが悪臭は消えた!)
「おっと危ない。早くあちらの様子を見に行きたいので手っ取り早く終わらせましょう! 大丈夫です。気が変わりました! 皆さん残らず私が食べて差し上げましょう! 晴れて鬼殺隊はひとつとなった、めでたしめでたしです!!」
鬼が薫に近づく。
愛染と正助は肺を焼かれ、愛染に至っては肩も壊れているため、動けない。
正助は警戒されている。隙が出来なければこれ程強い鬼の背後を取るなど不可能に近い。薫は胸を抑える。肺が焼けただけでは説明のつかない熱が体中を駆け巡る。
(くそ! 何か、考えろぉ!)
(動け動け動けぇ! 体が熱い。熱い! 暑い! 熱い。暑い! 心臓の音が煩いけど大丈夫! 心は冷静に。今ならなんでもできそう! 立ち上がれ!)
薫は満身創痍でなんとか立ち上がる。
焔が漏れ出すような呼吸音を響かせる。
脳裏に浮かぶは縁壱に見せてもらった日の呼吸。
それを炎の型に合わせる。
始まりの呼吸からの歴史において、初めて日の呼吸以外から派生された呼吸。
« 暁の呼吸 壱ノ型 暁闇の明星»
日の呼吸の本質である繋ぐ事はこの際、重要ではない。ただ、一撃一撃を必殺にする。
薫の日輪刀は橙であった。炎の呼吸の使用者でありながらである。本来なら赤く変わる筈なのだ。まだ弱いため色が薄いと考えられもしたが、今になっても橙から変わらないのは余りにもおかしいと薫自身は思っていた。
原作では音柱・宇髄天元が、雷の呼吸から派生させた音の呼吸は橙色であったが、薫のは炎の呼吸からの派生であり、さらに日の呼吸を取り入れた故の橙色であった。
燃える太陽。灼けた空。空は月を包む。故に«暁の呼吸»。
薫は袈裟斬りの要領で振り下ろす。
颪乱は余裕を持って避ける。
「おおっ!? ……危ないですね……なんですかその痣……んえ?」
鬼の肩から血が吹き出す。薫の太刀は当たっていないと思っていた為、鬼の顔から余裕が消える。
暁闇の明星は袈裟斬りに似せた二連斬りである。振り下ろしたあと、神速で再び踏み込みながら、同じ軌道で切り上げる。後の時代において、それは《燕返し》と呼ばれている技であった。
(はぁ!? 嘘ですよね!?)
颪乱はさらに距離を取ろうと足に力を入れるが、
«雷の呼吸 漆ノ型 鳴神天翔!! »
「あがぁ!?」
愛染が砕かれていない方の肩で、刀鍛冶に支えてもらいながら日輪刀を投擲する。
轟雷を纏った日輪刀が颪乱の腰に刺さり、体勢が大きく崩れる。
すかさず正助が現れ、背後から切り掛る。
(水の呼吸 捌ノ型 滝壺ぉ!!)
「うぐっ……馬鹿め! 近づき過ぎだ! 喰らえ雑魚どもが!!」
鬼は背中に刃を受け、花がズタズタに引き裂かれている。しかし最後の抵抗とばかりに颪乱は後ろに向けて悪臭を撒き散らす。
颪乱は今の攻撃で意識すらないであろう正助を振り返って見て、目を見開く。
(赤い顔に長い鼻、天狗のお面だと!? 新しい増援か!? まずい! 起爆ではなく、まずは血鬼術を撒き散らさなければ…………いや待て、こいつは天狗の面では無い! まさかさっきの奴がひょっとこに血を塗ったのか!?)
正助の小細工はすぐにバレたが、その隙で十分であった。
(あっぶねぇ!? この面がなけりゃ悪臭を吸ってたぜ)
「っ! ……クソがぁ! 死ねぇぇぇ!!」
残った悪臭が起爆される。悪臭も少なく想定内だった為、正助は回避に成功し体勢を立て直せた。鬼はもう背中の花が再生するまで悪臭も起爆もできない。それに悪臭は既に消えている。
薫はこの時を待っていた。
«暁の呼吸 弐ノ型 参魂天羅»
逆袈裟二回からの水平切り。
一撃目で腕を切断し、踏みこんで円を描くように再び切り返し、胴を両断。最後は体の回転を活かした水平切りで首を切断する。血鬼術が解けて、薫達の肺が治る。
(……私……痣がでたよ。巌勝君。貴方と同じ痣が)
「この……雑魚……が」
「……あはは……雑魚は……お前ですよ……」
薫はその場に倒れ込もうとするが、抱きとめられる。少し目を開くと夜空に輝く満月が見えた。視界の端に写る景色が瞬速で流れていく。
薫を横抱きにした主は振動すらおこしていないようだ。
(ふふ。やっぱり、来てくれた……)
「取り乱した顔……久しぶりに見たよ」
「……もう話すな。本当に……本当にすまない。今屋敷に連れていく。隠に正助と愛染は任せた。後は私に任せろ。もう大丈夫だ」
疱瘡(ほうそう)
天然痘の意
魃(ばつ)
旱魃をもたらす妖怪
颪
ここでは中風を表す
暁の呼吸は全て実在する剣技を元にしています。たとえば袈裟斬り2回からの水平切りは居合のひとつ«空蝉»から取りました。
何はともあれ、薫ちゃん、覚醒です。