薫達が颪乱を倒す少し前。
血の一滴すら残さず疱瘡魃は死んだ。巌勝の生み出した新たな型によって。死の間際に柱の倒した鬼の名前を叫んでいたのは生前に交流があったからではないかと推測した。真実は闇の中だが。
「他愛ない。疱瘡魃といったか、覚えておこう」
巌勝は刀を収める。薫達なら全滅していたぐらいの強さはあった。加えて戦闘を楽しむ所と敵を侮らない冷静さを持ち合わせていたので格下ならば確実に勝利を収めていた鬼。今巌勝に殺されなければ上弦の鬼に確実に入っていたであろう。
(……)
巌勝がふと周りを見ると身体中が刃物で覆われた怪物が好き勝手に暴れ回ったような景色が広がっていた。
瓦礫が散乱し、大地は無数の裂傷が刻まれている。それは赫刀の熱により仄暗く光っていた。正しく人外。
(……全部私がやったのか……まぁ刀鍛冶は全員引っ越すし大丈夫か。しかし常識的に考えて、人として色々と駄目では?)
倫理的に考えるべきことは多々あったが、思考を切り替える。これ程の鬼が薫達の方にもいるのならば確実に彼女達は苦戦している。
(向かうとするか)
巌勝は大地を踏みしめ、走り出そうと前傾姿勢になる。
「おい、お前」
ゾワリ。
全身が粟立つような悪寒。生命が警告音を鳴らす。声の主は人ではない。鬼である。しかし鬼の中でも最上位に君臨する存在である。
鬼滅の刃における原作開始から四百年前。室町時代後期の時間軸において、今の巌勝を威圧させられるような人物など、縁壱以外に考えられるのは一人しかいない。
(は……今くるのか! 幾らなんでも早すぎる)
巌勝は刀を掴み、抜刀の構えで振り向く。すると屋根の上に三匹の鬼が佇んでいた。個々が異様な雰囲気を纏っている。
黒髪を無造作に垂らし、黒い着物に身を包んだ男性。彼が男女二人を両脇に侍らせながらこちらを見つめている。巌勝はその圧倒的な雰囲気から目を離すことができない。地味な格好だが、爛々と輝く赤い目と不敵な笑み。そして溢れ出す暴力的なまでの生命力がそれを人ではないと証明していた。火山から噴き出す岩漿を彷彿とさせ、ぐつぐつと煮えたぎり全てを飲み込むようであった。
女の方は花の着物に身を包み、どこか寂しげで儚げな雰囲気を醸し出しだすが、その美貌により思い悩む表情ですら美しい女性──珠世と、一つ目の筋骨隆々で、今代の柱すら易々と殴り殺せる強さはあるであろう鬼がいた。
(接近に気が付かなかったのは片目の血鬼術か……というかまずい。十中八九鬼への勧誘だろう。まだ体は成長途中だから鬼になるのは先でないとダメだ)
頭は回転に回転を重ねているが、いつでも抜刀できるようにする。
鬼の始祖──鬼舞辻無惨が突然キレて攻撃してこないとは到底思えなかった。巌勝の身動き一つが無惨の機嫌を決定づける。
臨戦態勢の巌勝に対し、無惨が不敵な笑みを浮かべながら問いかける。
「鬼になる気はないか、仲間から化け物と呼ばれる剣士よ」
「……鬼に……なるだと」
(落ち着け。まずは惚ける。交戦すれば私には不利でしかない)
「そうだ。私はお前達鬼殺隊が血眼になって探している鬼の始祖だ。私は人を鬼へとできる。鬼となれば無限の刻を生きられる。私は呼吸とやらを使える剣士を鬼にしてみたいのだ」
「……」
「お前は鬼狩り達から恐れられ、挙句の果てに鬼の手先とまで言われているらしいな……ここで名実共に鬼となり復讐してみたくはないか? 自分を見下す愚か者達に一矢報いてやりたくはないか?
月の剣士よ。お前にはその権利がある」
無惨の声が巌勝の心に土足で入り込む。不思議と不快感は感じなかった。それどこか説得力が内包されている。
(このカリスマ、産屋敷と遠い親戚なだけはある。それに圧倒的な力を持つものから勧誘されたという事実は日陰者にとって蜜のように甘い。結果その手を取ってしまうのだろう。大丈夫だ……落ち着け、私は今満ち足りている……言葉を選べ)
「私は……復讐など望んでおりません。ただ……技を極めたいだけなのです」
「なら双方に利がある! 先程も言ったが私は呼吸とやらを使える剣士を鬼にしてみたい。お前は技を極めたい……これ程割のいい話はあるまい? ……どうだ?」
(ここらで跪こう……うん、上機嫌になったな。このまま承諾して、頼みを通す)
「……わかりました。忠誠を捧げましょう。我が主」
「ふっ……案外直ぐに靡いたな。それでいい。お前は何も間違っていない。あの疱瘡魃を倒して見せたのだ。ある程度強くなった暁には私の右腕として仕えることを許そう」
巌勝は原作から台詞を引っ張り出してくる。無惨はすんなりと勧誘できたことに喜んでいるのか上機嫌であった。背後のふたりはまだ疑いの色が見える。
(……一か八か、パワハラ会議の奴らより私は強いから無理はある程度通る……ハズ!)
「……主様。恥を忍んで頼みたいことがございます」
「ほう……なんだ? 言ってみろ」
「鬼にして頂くのは私の体が成長するまでの間……五年程待ってはいただけないでしょうか」
瞬間。空気が凍る。一つ目が身震いをし、珠世が顔を背けた。無惨の血管が激情に呼応して脈動し、浮かび上がる。
(……やばいか)
「……五年だと? ……この私を馬鹿にしているのか小童」
静かだが、怒りが滲み出ている声。無惨の機嫌が急降下し、手を挙げ、今すぐにでも一つ目に殺害を命じそうである。自らが赴かないところは無惨らしいが。それでも今ここで鬼になる訳にはいかなかった。
「私は鬼狩りの里の場所を突き止められそうなのです。今鬼になってしまえば里へ再び赴くことは困難です」
「だからどうした。その程度の利点で私の誘いを五年も先延ばしに出来ると思っているのか……呆れたものだ。身の程を弁えろ人間風情が」
無惨の触腕が巌勝のすぐ前の地面を抉る。地面が砕かれて、髪がその風圧に旎。だとしても身動ぎひとつせず、真っ直ぐに無惨を見つめた。
(大丈夫。まだ無惨は、私を疎まれている呼吸を使える剣士としか知らない……ならば)
「貴方様の知る呼吸を鬼殺隊に広めたのは私です」
「…………ほうお前がか」
(……嘘は言っていない。広めたのは私、始祖は縁壱だからな)
無惨は自分の攻撃に動揺すらしない巌勝に少し驚く。対して無惨は巌勝の言葉に少し動揺する。この瞬間、話の主導権は巌勝が握った。
(柱以外はただの有象無象の集まりであった鬼狩り共がここ数年急激に力を伸ばした理由ある呼吸。その起源がこいつであるのならば無理にでも鬼にすることで鬼狩り共はまた弱体化するのではないか? いや、そもそもこいつがいれば大体の鬼狩りは殺せそうだな)
「はい。私としても私のお陰で勢い付いた癖に私を疎む恩知らず共が他ならぬ私によって滅んでいく様を見てみたく存じます」
(最後に……下弦の壱が助かった自分ヤバいやつですよ感を出して……どうなるか)
「ふん………………まぁいい。私はそれほど急いでもいない。期限は五年……いや、四年後だ。四年後に私の元へ馳せ参じろ。いいな。それまで他の鬼狩りへ鬼への誘いはやめる。有難く思え」
「……御意。寛大な心掛けに感謝の言葉もございません……失礼致します」
(……珠世さんがゴミを見る目で見てくるな。そりゃこんな強い癖に思想が狂気に染まっている男が鬼に入れば尚更無惨の陣営が強化されていくだろうからな)
そんな珠世を横目に巌勝は薫の元へと駆け出す。もし薫に何かあれば鬼になる理由もなくなる。その時は無惨を四年後に殺すことにした。
(とりあえずは乗り切った。しかし、まだ機嫌はいいほうだろう。今はまだ縁壱に瀕死にされていないからか。皮肉なものだな……薫が死ねば、きっと私は鬼は全滅させるのだから……だが、考え方は変えない。もし私が鬼になれば薫にも血をあげよう。そうすれば……やっと……私達の悲願が叶う)
日常を欲する男は、他者の日常を壊そうとしていた。
★
「……」
私の誘いを半ば交渉という形で纏められたな。少し腹立たしいがまぁいい。掴みどころのない男であった。何を考えているのか分からない顔がやけに印象に残る。あの者が此方に来れば鬼殺隊は壊滅したも同然。
「珠世、あの男はどうであった」
「……はい。どこか年齢の割に大人びていました。そしてあの強さ、鬼にすればもはや日ノ本に敵う者はいないでしょう。それほどの武人であした」
「……痎瘧」
「あれは……俺には勝てません。強いとか風格とかで決められる次元じゃない。闘気がなかった。だからおかしいんです。あの疱瘡魃を倒した剣士が、闘気すら感じられないほど弱いはずがないと」
それにしても忌々しい。産屋敷め、人の身であれほどの力。鬼と言いがかりをつけられて追放した方が簡単に鬼に出来たものを。あのずる賢い奴のことだ、慈悲の心ではなく、呼吸の起源であるから庇ったのだろうな。
最近私の鬼が尋常では無い勢いで駆逐されている。雑魚ですら炎や水のような闘気を纏って刀を振るっている。拷問してみれば柱に教わったとほざいておった。教わっただけで普通の人間ができるものではない。
やはり鬼狩りは異常者の集まりだ。
「素晴らしい……だが、四年待てと言ったぞ。この私に向けてだ」
そうだ。私に殺されると思っていながらそれでも彼奴は進言したのだろう。四年など私からすれば一瞬に過ぎないが、他人の指図に従うのは癪だった。
しかし、あいつ自身が呼吸の起源と言っていた。ならば鬼殺隊の中で頂点に君臨しているのだろう。そうなればもう剣士を鬼にする必要がなくなってくる。弱者など必要ないのだからな。皮肉なものだ。一人の人間によって強くなった鬼殺隊が、同じ人間の裏切りによって滅ぼされる。熟私は運がいい。
「十四の身であの惨状を作り出したのです。人の成長速度を鑑みれば人であるうちに身長などを成長させておきたい思うのは武人であるのなら仕方無いかと私は愚考致します」
「…………何を言っている。あの惨状を作り出したのは疱瘡魃だろう」
「恐れ入りますが、俺が思うに疱瘡魃はあのように地面を抉るほどの血鬼術や爪は無かったかと……」
「…………ん」
「……?」
「颪乱が死んだ」
「あの剣士の仕業でしょうか」
「いや違う……面白い。四年後、彼奴が鬼にならなかったら颪乱を殺した剣士を鬼にしよう。だが」
もしも私があそこであの剣士に牙を向けられていれば、私は逃げ切れていたのか……? 颪乱を殺したのは柱と似た実力者三人。三人掛りでやっとならあの剣士は……いや、刀を最後まで抜かなかった危害を加えるつもりは無かったのだろう。
だが、もしも刀を振るってきたのならば……そうでなくても刀を抜かなかったのはいつでも私を殺せたからではないか?
「……まだ日が昇るのに数刻はあるな。珠世、痎瘧、出るぞ。伴をしろ」
「……はい」
「承知しました」
「あの剣士が四年後に私に対して愚かにも牙を剥いた時の準備だ」
──────強い鬼を……そうだな、十二体程作る。
珠世
無惨に逆らうと機嫌が悪くなり手当たり次第に殺したりするので機嫌を取らないと行けない。もちろんポーカーフェイス。しかし、鬼になろうとする外道に対しては嫌悪感は隠せなかった。
痎瘧
平安からの古き鬼。冷静な判断によって生き延びた。鬼の始祖である自分の主よりも正真正銘の化け物らしき人間と会って自信を無くしかけている。
鬼舞辻無惨
まだ化け物にボコボコにされていないので余裕と貫禄がある。つまり俺最強状態。珠世を参謀、痎瘧を護衛として巌勝に会った。巌勝が牙を向いた時の為だけにビビって十二鬼月を作り始める。
巌勝
内心戦々恐々としていた。ただし無惨の攻撃は見えていたし、赫刀もあったので戦ってもボコボコにできた。話している時八割くらい薫の安否について考えていた。