黒死の刃   作:みくりあ

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感想、誤字報告、評価ありがとうございます!
善逸めっちゃかっこいいですね!
那田蜘蛛山編も見ましたか?やはりヒノカミ神楽って綺麗ですね……
炭治郎って未来の奥さんに初対面でカカト落としされてるって言う

まぁこの物語はシリアス真っ最中ですが……


廿玖話 絶対的正義・下

「月柱って案外雑魚だったりして」

「柱が一席空いたら……俺達が柱か!?」

「……」

 

 紫明は隠に預けられ、薫も他の隠におぶられている。

 これから鬼殺隊一行が向かうのは水柱の道場。遮蔽物があり、万が一戦闘になっても戦いやすくするためである。ここにも飽きるほど遮蔽物に溢れているが、街である以上。被害は避けなければならない。

 紫明は泣き止んでいた。

 その瞳には自分から母親を遠ざけ、父親を陥れようとする愚者の姿形をありありと写していた。しかし九歳で大人を圧倒して見せた縁壱に比べても、紫明はまだ二歳。本人も抵抗すらできないのを理解していた。

 まだ歯向かう時では無い。だが紫明にも譲れないものがある。世界一強くかっこいい父親と、世界一綺麗で優しい母親に対する侮辱である。故に紫明を抱える隠の指が顔に近づいた時、思い切り噛んだ。

 

「いっ……こいつ噛みやがった!」

「この歳で大の大人にここまで抵抗するのか……もし月柱の気色悪い痣があったら、さらに強くなるんだろうな」

「うるせぇ! ごちゃごちゃ言ってねぇで早く助けろや!」

 

「……っ!」

 

(……つきばしら、とーさまのあかいあざ、()()()()()()()()()()()、きもちわるくない!)

 

 紫明の体温が上がり、咬合力がさらに強くなる。歯は骨に到達し、鉄の味が紫明の口いっぱいに広がるが、離す気はさらさらない。親を悪く言われて、ただ言われるがままにされるほど、紫明は悪い子ではない。

 

「ギャァァアア!!」

 

 隠は痛みに耐えかねて指を抜こうとするが、それでも紫明は離そうとしない。近づけば思い切り噛んでくる紫明に対してギョッとしている。少しずつ騒がしくなっていった。

 

「……子供一人ぐらい多目に見ろよ……」

「愛染、助けに行ってやれ」

「うわぁ血や。ちょっと行ってくるわ」

「えぐ」

「鬼みてェだな」

「……お前たち私の姪がそんなに嫌いか?」

「どう考えても年齢にしては凶暴すぎるだろうが」

 

 仕方なしといった様子で柱達の目が紫明に向く。

 

 

 

 …………

 

 

 

 喧騒に耐えかねて、朱の射した眼が薄く開かれる。

 

 

「……ん…………ぁ……」

 

 薫の双眸に映るのは隠や柱が愛娘を取り囲む姿。

 

 

「……!」

 

 

 眠る前に起こったことを思いだし、紫明が自分の手から離れて柱に囲まれているのを視界に入れた時、隣を歩く隠が抱えている自分の日輪刀を奪い取り、自分をおぶっている隠の頭を蹴って無力化する。

 

「もう薬の効き目が切れたのか!?」

「全員離れて! 完全には抜け切ってないはずや! まだ抑え込める!」

 

(私はどのくらいの時間休眠していた? 薬は……まだ分解できていないか。体が重い。いつもの六割といった所かな)

 

 紫明は柱達に囲まれている。最優先は紫明。よく見ると紫明を抱える隠の指から血が流れている。紫明の口元からして紫明が噛んだのだろう。

 隠が紫明に対して何かしら危害を与えるような行動の結果、紫明が抵抗して噛まれたのだろう。薫はそう判断した。そして薫は紫明を抱えている隠を睨みつける。射殺されそうなほどの眼力に隠はたじろいだ。

 

 

「逃がしませんよ……! 地獄の果てまで逃げても追いかけて……! 貴方の首を、斬り飛ばします! 私の紫明に手を出したこと、後悔させてあげます!」

「ひ、ヒィィ!?」

 

 鬼を見なれている隠ですらその威圧感に冷や汗が止まらず、無意識に紫明を抱えたまま走り去ろうとする。

 

「紫明!」

 

 手を伸ばしても隠の足は止まることは無い。ならば鬼に向けていたその刃を、今度は、家族を魔の手から救うために振るう。

 

 

 «暁の呼吸 肆ノ型 壊劫»

 

 

 隠に向かって薫が突撃する。柱や鬼殺隊が妨害することを見込んでいるため、型も連撃のものを選んだ。

 これなるは夜空を覆う三つの円環。

 

 

 

 «炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり»

 «雷の呼吸 弐ノ型 稲魂»

 «風の呼吸 壱ノ型 鹿旋風・削ぎ»

 

 

「くっ」

 

 薫の繰り出す三連撃を豪炎の熱壁が、雷霆の五連撃が、暴風の飆が受け止める。十分過ぎるほどの防御。薫は簡単に弾き飛ばされ、地面を転がる。それでも薬が効いていながらにしては余りに強すぎた。

 

「ありえへん……今完全に殺す気やった……!」

「おいおい、ほんとに睡眠薬は効いてるんだろうな?」

「落ち着いて。紫明は無事だから」

「ならばなぜ紫明は抵抗しているんですか!? 貴方達に害されたからでは無いのですか!?」

 

 

 薫は刀を納める。敵意がないことを示す……否。『溜め』を作る。

 

 

 

 «暁の呼吸 参ノ型 陰陽進退»

 

 

 

 抜刀しつつの水平切りで辺り一帯を薙ぎ払い、続く真上からの振り下ろす型。十文字に似たそれは刀ごと断つ。ただし、それは本来の威力。

 薬が分解できていないため、薫の握力は弱くなっており、あっさりと日輪刀が弾き飛ばされる。いくら柱を超える実力者とて、現役の柱三人掛りでは非常に分が悪すぎた。

 

「ちっ……」

 

 刀はないが、紫明を助けたとしてもこの包囲網をどう突破するか思案を巡らせる。一瞬の思案が命取りであった。手元に刀は無い。

 薫の首元近くに兄の日輪刀の鋒が向けられる。

 

 

 

「薫。これは鬼殺隊の問題だ」

「だったら放っておいてください! 私はどうなってもいいです。ですが紫明は巻き込まないでください!」

「鬼殺隊に入ったのなら……こうなることは覚悟しておくべきだった」

 

(はぁ!?)

 

「覚悟なんて……! ある訳ないじゃないですか! 鬼殺隊とか、鬼を殲滅するとか、掟とかなんて知りません! いっその事鬼殺隊なんてなくなってしまえばいい! 

 私自身も……子供を見捨てて……大勢の為という理由だけで諦めるような人間が! ()()()! 巌勝君の隣に! 立てるはずがありません!」

 

 薫の一言に空気が凍りつく。柱達はたかが一単語に耳を疑った。

 

「永遠だと? ……まさか薫、お前も……!」

「やっとです……やっと見つけた私の……私達の幸せです! 貴方たち如きに踏み躙られてなるものですか!」

「お前は! ……」

 

 鬼殺隊は鬼を殺すのが使命であり、存在意義である。故に今この瞬間において、薫は紛うことなき悪であり、鬼殺隊は清々しい程に正義である。

 悪鬼滅殺の為ならば……何をしても構わないのだ。例え子供の前で母親を殺そうとしても。

 戦況は滞り、以前薫が不利。絶望的状況で尚、薫は足掻き続ける。

 

(考えて、考えろ私。巌勝君ならどうする!)

 

 薬で弱体化している今の薫は、刀なしで柱と渡り合うのは不可能に近い。だが、たかだかその程度で子供を諦めるほど『母親』を薫は捨てていない。

 

 

 朦朧とする意識の中、拳を握りしめる。爪が食い込むほどに握りこまれたそれは血が滴り、痛々しかった。それほどまでに込められた殺意は本物。薫は近くの鳴柱・愛染に縮地法で肉薄してからの掌底を放つ。

 

「はぁっ!」

 

(初めて巌勝君が本気で避けた拳!)

 

「嘘やろ!?」

 

 死の音を纏わせた拳はすんでのところで避けられた。だが再び柱達を警戒させるには十分であった。

 

 

 

 

「例え私のすることを……世界が否定しようとも! 」

 

 

 

 

 «岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き・穿»

 

 岩柱による柄を用いた刺突。

 貫きはしないが、もろに喰らえば気絶は免れないだろう。決死の覚悟で突き出された槍を……片手で受け止める。そしてそのまま力任せに槍ごと投げ飛ばす。

 

(……!? 有り得ない!)

 

 

 

 

「彼だけは……! 味方でいてくれる! だから戦える!」

 

 

 

 

 «水の呼吸 壱ノ型 水面切り»

 

 水柱が振るう水平切り。

 対して薫は左足を軸にして右側面から回し蹴りを叩き込む。正助はなんとか受け止めたが、彼が体制を崩した瞬間、薫はもう一度左足を軸にして、今度は左側面から後ろ回し蹴りを叩き込む。

 完全に無防備な方向からの衝撃に、正助が吹き飛んだ。

 柱達は思い出の中の存在と姿が重なる。剣技だけでなく、格闘術でも鬼を圧倒して見せた人間の技であり、これから捕らえようとする鬼の技であった。その動きはまさに鬼神。刀鍛冶の里でからくり人形の手本となった動きである。

 

「ぐぁ!」

「今の……は、巌勝の……!」

 

 柱達の驚愕など何処吹く風。紫明を助けるための障害は全て取り除いた。

 

(やっと……!)

 

 伸ばされた手は隠の袖を掴み取る。

 

「捕らえました!」

「ひぃぃぃぃ!」

 

(まずはこいつを……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ。愚妹よ」

 

 薫の脇腹を煉獄の炎刀が切り裂く。

 

「うっ……」

「かーさま!?」

 

 薬の効能に加えて無視できない傷の追加。薫は腹を抑えてしゃがみ込んでしまう。それでも薫に対する恐怖から隠がさらに距離をとる。

 

「大丈夫。大丈夫だよ紫明。大丈夫だから……」

「……まって! ……つれていかないで!」

 

 遠ざかる紫明を悔しげに見つめる薫に、血を払った暢寿郎が近づいて来る。

 

「動くと傷が開くぞ」

「……っ」

 

 無念を胸に、薫は気を失って倒れた。

 

「心苦しいが、鬼は全て滅ぼさねばならん。おい! どこまで離れていく! 娘を此方へ連れてこい! 私の姪だ。丁重に扱え」

「大丈夫ですよね……? っ! こいつまた噛みやがった……!」

「炎柱の家系は子供でも凶暴と聞く。その上継国の血が入っているのなら、潜在能力は計り知れん。直ぐに指を治療させよう」

「隠君。子守りお疲れ様」

「炎柱様、水柱様……! ありがとうございます!」

 

 紫明に指や腕を噛まれて辟易している隠を労うように鬼殺隊達が笑う。

 

「他人を労う暇があったら、まずは自分の心配をしろやァ」

「…………正助。貴方が一番重傷」

「琴音だって投げ飛ばされてたでしょ」

「はぁぁあ〜ホント疲れたで……」

 

 これにてまずは一件落着。月柱と戦闘(予定)の前にほぼ誰も怪我をしなかったのは鬼殺隊にとって大きい。それにこれで鬼殺隊は万が一月柱が鬼であっても諌めることが可能になった。母子を人質に取れば鬼であっても躊躇するだろう。

 これは正しい行いだ。鬼を殺す鬼殺隊は絶対的な正義なのだ。故に鬼も鬼を匿う者も鬼になろうとする者も絶対的な悪である。

 隠が母親から遠ざけていた紫明を暢寿郎の元へ届る為に走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────隠を月刃が切り裂いた

 

 

 

 

 

 

 

「……ぇ」

 

 

 

()が月を背にして跳躍する様はひどく絵になった。

 切り飛ばされているのが鬼の首であれば、鬼殺隊達は戦いを忘れて見蕩れていただろう。それほどまでに幻想的であった。

 しかし、血を撒き散らして飛んでいるのは紛れもなく()()()だ。

 見開かれた瞳は激情に燃え盛り、この世の全てを焼き尽くす様である。月の光を反射して輝く紫紺の日輪刀がひどく美しい。

 

 

「巌勝……!」

「嘘……やろ」

 

 彼の存在は二振りの刀であった。一振で鬼殺隊の未来を切り開き、もう一振で鬼殺隊の落日を創った。

 そうして柱達は望まぬ邂逅を果たした。

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 巌勝の耳に紫明の吹く笛の音が聞こえた時、彼は自身の思考が研ぎ澄まされていくのが分かった。

 心身共に理解しているのだ。薫や紫明を失えば自分が壊れてしまうことを。彼女達を守れなければ自分に生きる意味はないのだから。しかし、音の反響からして目的地までは数十里ある。加えて薫と紫明を人質にしている鬼殺隊を排除するには人の身では骨が折れるだろう。

 あっさりと仲間である鬼殺隊や柱を殺す覚悟ができたことに、もはや自分には人の情がないことに気がつく。

 巌勝は自嘲気味に笑った。

 

 

「縁壱。私は生まれながらにして……鬼であったのだな……どう足掻いても……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────無惨に貰った血袋を飲毒し、炭吉の血と縁壱の血を摂取する

 

 

 

 

 

 

 

 

 口を乱暴に拭う。

 

 ────何だ

 

(身体に……力が有り余る……これは……? )

 

ガァァァァァアアア!!!」

 

 灼熱が体を駆け巡る。体が肥大化し、身長と共に赤みがかった髪がさらに伸びる。目も爛々と赤く変色し、犬歯が獣のように発達する。しかしまだ完全な鬼ではない。巌勝程の剣士を鬼にするには無惨の血が少なすぎたのだ。

 それでも鬼と相性の良い血と最強の血が、少量とはいえ無惨の血を巌勝の体に馴染ませる。

 

「…………」

 

(まだ支配はされていないし、位置も特定されない。日光は既に致命傷になるだろうが時は既に日没後の黄昏時、大丈夫だ)

 

 半人半鬼のようなあやふやな存在となった巌勝だが、既に走る速さは格段に上昇している。ただでさえ人外じみた膂力や脚力をもつ彼の基礎体力がさらに昇華されていた。

 一歩一歩が地面にヒビが入るほど強く踏み込まれ、周りの景色が飛ぶように過ぎていく。五感が更に研ぎ澄まされる。暗闇の中で数十里先の里の位置が分かり、そして────藤の花の香りに顔を顰める。

 

「縁壱ならば……自分の家族と鬼殺隊……両方救えたのだろうな……人の体のままで……誰も殺めることなく」

 

 走りながらも体の形は変わり続けていき……町に着く頃には一匹の鬼が誕生していた。

 

 

 ★

 

 そうして巌勝はものの数分で笛の音が響いた町についた。手頃な屋根に飛び乗って冷静に状況を理解する。夜風が巌勝の髪を揺らす。鬼殺隊は柱ですら巌勝の存在に気づいていない。

 

(柱が勢揃いか、入念な事だ。薫は交戦中だが……毒でも盛られたか? 動きが鈍い。紫明は……)

 

 薫が必死に向かう先、隠の腕に紫明は抱かれていた。子を思う母に凶刃が迫る。巌勝は目を見開いた。躊躇ってすらいなかったのだ。

 

(……!? やめろ!)

 

 無慈悲に刀が薫の身に吸い込まれていく。

 

「うぐっ……」

「かーさま!?」

 

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 

 

 

 

 

 薫の腹から命の水が滴り落ちる。

 巌勝が透き通る世界で見ると、内臓は無事だが下手に動くと悪化する程の傷。巌勝は薫の死を連想する。

 顔は青を通り越して白くなるのだろう。温もりは抜け落ちていくのだろう。人という命から死体という物になるのだろう。二度とその唇が愛を囁き、微笑むことは無いのだろう。

 

 

(……なぜだ。お前達)

 

 

 絶対に鬼殺隊は薫を傷つけないと、巌勝は心の隅でどこかそう思っていた。例え裏切り者でも、鬼になる気があるとしても、共にすごした仲間は傷つけないと思っていた。

 加えて紫明は泣いていた。紫明にとっては、母親が眠らされたのならまだ大丈夫だという根拠はあった、だが今、自分の母親は血を流している。生命の源である血潮を。目の前で母親が負けそうで、苦しそうで、いなくなってしまいそうで……

 

「うぐっ……ひぐぅ……うぅ……いやぁ……」

 

 いつもの感情豊かに笑う紫明が泣いていた。泣かせたのは鬼殺隊だった。

 

 

「これで……はっきりした」

 

 

 ────屑は、異常者は、糞野郎は、悪人は、鬼は貴様達だ

 

 

 巌勝の身体中に力が漲る。体温が更に上がり、握りしめた拳から血が滴り、噛み締めた奥歯は砕け散った。目からは血の涙が流れ、屋根の瓦が粉々に砕け散る。

 最後に崩れ落ちる薫が自分を見て笑った気がした。

 

 

 

 

 ★

 

 

「は?」

 

 

 

 鬼殺隊の誰もが一瞬何が起こったのか理解できなかった。

 

 自分達は薫の日輪刀を弾いて無力化した。その怒髪天を突く烈火の如き怒り様と、射殺しそうな目線に紫明を持っていた隠が顔を真っ青にして必要以上に距離をとった。柱達は紫明を落ち着かせるために薫の戻ってくるよう催促し、他の隊士は隠の怖がりように吹き出し、揶揄った。

 空気が和んだ瞬間だった為、次の瞬間隠の首が宙を舞うなど誰が想像できただろうか。況して武蔵国の任務に赴き、里まで全力で走っても数日は帰ってこないと思っていた月柱が帰ってきたのだ。

 普段感情の欠片すら見せない目は激情の血涙に溢れている。瞳の奥から垣間見える深淵と目が合った隊士は無様に刀を落として座り込み、目が合わずとも、その威厳すら感じる重厚な気配に鬼殺隊は腰を抜かしていた。

 柱達はすぐ様抜刀する。

 

「月柱……なのか……?」

「巌勝君……うそやん……本当に」

「鬼に落ちたな。恥を知れ」

「巌勝……お前ぇ」

「……………………そんな」

 

 非難しながらも柱達は背中に冷や汗が滴るのを感じる。

 対照的に巌勝は紫明に血の涙を見せないために声だけで紫明を案じる。それは戦場とは思えないほど優しい声であった。隠から飛び散る血飛沫を紫明に見せないように、そして掛からないように優しく掻き抱く。

 その変わりように鬼殺隊士達は瞠目する。目の前にいるのは恐怖を振りかざす鬼でも、鬼のように力を振るう月柱でもなく、子を案じるただの一人の父親であった。

 

「大丈夫、大丈夫だ。安心しなさい、遅れて本当にすまない」

「……しあはいいの……! とーさまっ! とーさまぁあ!! かーさまがっ!!」

「分かっている……あとは全部父様に任せろ」

「……でもっ! いっぱいいるよ!」

 

 親を按じる子、子を按じる親。

 戦場に似つかわしくない空気が流れるが、巌勝は声色とは裏腹に瞳を鬼殺隊から逸らしていない。闘気に当てられて鬼殺隊は誰も動けなかった。

 対照的に、紫明を安心させようと巌勝は空いている片手をそっと紫明の目に覆い被せる。

 

「紫明は安心して眠りなさい。母様も紫明も父様が守るから」

「……ん」

 

 紫明は暖かく安心する手に包まれて眠った。

 そして巌勝の姿が……消える。

 

「っ!」

 

 

 «月の呼吸 拾弐ノ型 朧月夜»

 

 

 少なくとも鬼殺隊にはそう見えた。巌勝は闘気に緩急をつけて鬼殺隊の間を縫って鬼殺隊に囲まれている薫を抱き抱えたあと、遠ざける。柱ですら一瞬で薫の元へと瞬間移動したように見えただろう。巌勝に向けて日輪刀を振るうが、捉えるのは空虚な幻影のみ。

 三人は路地裏へと逃げ込む。

 

(……傷は浅いが……激しい動きは禁物だな。薬を飲まされて朦朧としているが、抜けてはきている)

 

 薫の傷は激しい動き……それも呼吸を使うような事さえしなければ大丈夫なものであった。巌勝は大丈夫だろうと判断する。

 

「薫。紫明を頼む。ほら、お前の日輪刀だ。私が全てを終わらせてくる。私に何かあれば縁壱を頼れ」

「ううん。大丈夫だから、傷は心配しないで。もう血は止めたし、筋肉が少し裂けただけだから」

「……頼む。無理はするな……ではいってくる」

 

 駆け出そうとする巌勝の裾を薫は空いた手で咄嗟に掴む。

 

 

 

「巌勝君……もういいよ! 逃げよう! 私は何とか走れるし、紫明も無事だから、あとは巌勝君が居ればもう他に何も要らない! またあの家で、三人一緒に、仲良し家族だなぁなんてご近所さんに言われながら暮らすの! だから……」

 

 

 

 巌勝は自分の衣を掴んでいる薫の震える手を優しく握る。

 

 

 

「すまない。どうしようもないし……今のままだと逃げられんのだ。

 無惨よりも鬼殺隊の方が情報戦に長けている……逃げ切れてもいつかは場所がバレて俺達は兎も角……今度は紫明が当たり前の生活を送れない……

 私はここで鬼殺隊と戦い……()()()にする……一連の騒動が柱達と一部の鬼殺隊・隠のみの計画ならば……『なかったこと』にできる……」

「……でも! ここは鬼殺隊縁の土地だから喧騒で漏れるし、何より縁壱君の立場が……」

「安心しろ……()()()()……縁壱のことは気にするな……縁壱の切腹は御館様が何がなんでも止めるだろう……なにせ柱の皆が縁壱を除いて殉職するのだからな……」

「……待って! ……ん……」

 

 薫は巌勝の肩を寄せて口付けする。巌勝はいきなりの出来事に瞠目するが、そのまま受けいれた。すると口の中に甘美な味のする液体が流れ込んでいるのが分かった。

 

 

 

 ────薫の血である

 

 

 

 薫は口内をわざと歯で噛み切って出血させたのだ。彼女は唇を離したあと、舌で口から零れ落ちる血を舐めとる。その様は酷く妖艶だった。

 

「……驚いた」

「でしょ、どう? 元気出た?」

「ああ、力が漲る。今なら……縁壱にすら素手で相手に出来そうだ。では今度こそ行ってくる」

「ふふ、行ってらっしゃい。ずっとずぅーっと紫明と一緒に待ってるからね」

「ああ……必ず帰ると約束しよう」

 

 

 ★

 

 

 

 巌勝は路地裏から跳躍し、鬼殺隊の前に姿を現す。しっかり、薫は紫明を連れて奥へと避難したようだ。巌勝の見開かれた瞳は何処までも赤く血に染まり、瞳孔は猫のように縦に割れていた。

 

 

「我が妻子を甚振る鬼畜……不快……不愉快極まれり」

 

 

「……鬼だ……やはり月柱は鬼だった!」

「応援を呼べ! アレはこの人数じゃ無理だぞ!」

 

 鬼殺隊は口々に叫ぶ。声は畏れを孕んでおり、恐怖のあまり腰を抜かして倒れるものが増えていく。まだその方が良かった。問題は勇敢にも鬼へと向かう隊士達。

 

 

 

「私からしてみれば……お前たちの方が余程鬼らしいぞ……鬼狩り共」

 

 

 

 ────向かってきた一人の隊士の胴を両断する。

 

 

 鬼となって尚、流麗な剣筋。隊士は斬られたことに一瞬気が付かなかった。遅れて上半身だけが頭から地面に落ち、臓物や汚物が零れ落ちる。下半身からは血が吹き出す。憖まだ意識があるだけに命の灯火が完全に消えるまで、地獄という言葉すら生温い程の痛みを味わう。

 しかし巌勝は目を合わせすらしない。目を向けるのは柱達。彼らは隊士を助ける、若しくは退くよう命令する。そうしたかったが、体が強張り声が出なった。

 

 

 

「私のみを対象としてなら……いくらでも許した……現に私に向かっての狼藉や罵倒は任務遂行の観点から規律を乱すもののみ諌めてきたし……些細な事なら……見逃しもした」

 

 

 ────想い人を殺された仇に燃え、向かってくる女隊士の頭を殴って破裂させる。

 

 

 女は重心を失って無様に倒れる。たまたま巌勝の進行方向に横たわるように倒れたため、巌勝は痙攣している体を踏みつける。あっさりと肋を砕き、肺を貫通し、心臓を潰す。

 二人殺めても歩みの速度は止まらない。

 

 

 巌勝は紫紺の日輪刀を納刀する。鞘という密閉された空間の中で刀が極限まで熱され、日輪刀の色が赫へと変わる。四年の時を経て尚、継国兄弟しか発現していない色。鬼にとっては太陽を想起させる恐怖の色であり、鬼殺隊にとっては最強と共に刀を振るえる憧憬の色であった。

 

 

 

「だが、家族に……危害が加わるのならば……別だ」

 

 

 

 ────顔を蒼白にさせながらも二人の剣士が雄叫びを上げて向かってくる。

 

 

 顔立ちからして兄弟なのだろう。巌勝は一人の足を払って両膝を砕く。絶叫が上がる。片方が勢いを失い、跪いて命乞いをする。その隊士に近づき、右肩に赫く赤熱した刃を歩きながら差し込み貫通させた後、高く持ち上げる。

 

「!! あ! あああ!! ああああぁぁぁ!!!」

 

 膨大な熱量が全て痛みに変換され、肩口を焦がす。気絶すら許さない。たとえ気絶したとしてもすぐに痛みに耐えかねて意識を取り戻す。

 そのまま左足目掛けて袈裟懸けに振り切る。

 勇気ある隊士は夥しい量の血を撒き散らしながら襤褸雑巾のように転がり続け、軈て絶命した。

 

 

 ここで初めて、両膝を砕いた隊士と巌勝の目が合う。

 

「…………あ…………っ…………あ」

 

 赤き双眸に見つめられた隊士の本能が、巌勝の暴力的な生命力と圧倒的な生物としての差異を感じ取る。結果、生きることを放棄し、呼吸と心臓が止まる。

 間もなく虫のように事切れた。

 

 

 

 本来鬼に向けられるはずの赫刀が鬼によって振るわれ、鬼を斬るための技術が人を殺す。

 敵対するは柱五人、鬼殺隊()()人。

 巌勝の纏う空気が急変する。ここまでは蹂躙。これからが戦闘なのだと。

 もうそこには始まりの呼吸を教え、数多の鬼を葬り、鬼殺隊を導いた月の柱はどこにもいない。

 

 

 

 

 

「来い……鬼殺隊……そして刮目せよ……其は紛うことなき十二鬼月が一人……

 

 

 

 

 上弦の壱・『黒死牟』なり……」

 

 

 

修羅の鬼を照らす月は血のように赤かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「主よ、どうやら主の兄が鬼になる……という確信から、鬼殺隊が薫様と紫明様を人質にとるつもりらしい。主なら主の兄の肩入れをすると推測されて伝えられていなかったらしいが……」

「……すぐに向かう。朝日、うたを起こせ」

「承知!」

 

 

 




柱達
久々に会った最強が、闇堕ちしてて笑えない。
今ここで相打ちになってでも倒さないと鬼殺隊どころか、この国がやばい。


里に帰ったら夫が疑われてるし、薬で眠らされるし、娘が害されるしで一番闇堕ちしてる。
格闘術を学んだのは、恋人の全てを知りたいという純粋な気持ちから。


紫明
勝ち確。対あり。

巌勝
やっと鬼化。しかしまだなり損ない。
原作とは違って鬼になっても侍の矜恃だとか正々堂々とか作法とか何処吹く風。
故に飛月に毒も混ぜるし、超近距離まで接近されたらあっさりと刀手放してぶん殴るし、無惨みたいに身体中に重要器官を複製したりするつもり。
和解しようとしても鬼になった自分の意見を通してもらえるとは思っていない……というか、家族を危険に晒した自分にも鬼殺隊にも苛立っており、仕方ないにしてもかなり精神的に堕ちている。
ここで逃げたら薫も紫明も追われるので証拠隠滅。


縁壱
今作では、彼の教える弟子の殆どが大成していることもあり、鬼殺隊を支える柱どころか縁壱一人の意見に大体の隊士が頷くほどの名声と力を持つ。

今行きます兄上、義姉上。無事でいてください。

???
やっと鬼になったと思ったら一瞬で反応が消えた……どういうことだ珠世!?
……とりあえず近いし行ってみるか。

縁壱と炭吉の血
トンデモ能力
作者「ほんとたすかる」

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