黒死の刃   作:みくりあ

35 / 56
感想、誤字報告、ありがとうございます!


丗参話 決別の時

「そこをどけ」

「いいえ、退きません。私が退けば、兄上は房綱達を殺すでしょう」

「当たり前だ……彼奴らは……薫と紫明を殺そうとした……生かしては置けぬ」

 

 巌勝は拳を握りしめる。縁壱は家族を守るために参戦した。その目的は巌勝と同じであったにもかかわらず、彼は見事守って見せた。家族も鬼殺隊も。

 

(憎い! 憎い! 憎い! 憎い!)

 

 だか、憎しみや怒りの矛先は縁壱では無い。薫や紫明を危険に晒し、浅はかにも鬼殺隊の意向を予測できず、剰多数相手且つ防衛戦とはいえ柱達の猛攻に耐えきれず鬼の力に頼るしかなかった己である。

 どうしようもない。仕方ない。なんて言い訳は後から幾らでもできる。

 

「私はどうするべきであったのだ……薫や紫明がその身を朱に染めようが……ただ何もせず、傍観するべきであったのか……?」

「…………兄上……」

 

 縁壱の悲しそうな顔を見ると、幾らか激情が和らいだ気がした。まずやるべき事は薫達の安否確認である。

 

「……はぁ……すまない、取り乱した。私は薫達の容態を見に……」

 

 

 

 

 

 

「やりましょうか!」

 

 

 

 

 

 ────縁壱は兄の苦悩に向き合った

 

 縁壱は右手を左腰へと回して刀を握る。腰を深く落とし、耳の太陽が揺れる。顔はこれでもかという程に晴れていた。

 縁壱は単純な男であった。兄が自分の無力に打ちひしがれているのなら、受け止めるのも家族の務め。自分の兄はやけに自らを卑下し、何をしても自分には及ばないと考えるきらいがある。

 

(私の方が追いつけなくて焦っているというのに)

 

 兄の葛藤を受け止める。そうすれば幾ら示しても足りない感謝の念を少しでも示せるかと思ったのだ。

 嬉々として斬り合い宣言をする縁壱に、巌勝がなんとも言えない顔をする。

 

 

「少し落ち着け、縁壱。薫達は」

「義姉上達ならばうたが診ております! さぁ兄上、刀を抜かれよ! 私がいくらでも受け止めて差し上げましょう!」

 

 縁壱の肉体から焼け付くような闘気が放たれる。巌勝は身構えた。

 

「薫は無事か……そうか……ならば受けて立とう。それにどの道やり合おうとは思っていたが」

 

 ここで巌勝と縁壱が限りなく本気の戦いをすることで、縁壱が身内から鬼を出した汚名を返上しようとしたという証拠ができる。

 巌勝は日輪刀を抜く。虚哭神去では瞬く間に折られてしまうからだ。

 これ迄の災害級の戦いの中、住民は退去。観客は柱達のみ。

 

 «月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮»

 «日の呼吸 壱ノ型 円舞»

 

 自分に向かって放たれた無数の斬撃を縁壱は全て斬り葬る。周囲への被害はない。斬撃を掻い潜って本体へと迫る。

 

「とった!」

「甘い……」

 

 巌勝は咄嗟に日輪刀を片手に持ち替え、空いた手で短刀を生成する。そして刃の部分を指で挟み、ナイフのように縁壱へと投げつけた。赫刀にさえ斬られなければいいのだ。縁壱の肉体は人なのだ。

 

「っ……!?」

 

 刀身に無数の目が刻まれたそれは死の音を唸らせて縁壱の髪を数本切り落とした。

 縁壱の体幹が少し崩れる。それを巌勝は逃さない。間髪入れず右ストレートを放つ。もちろん拳頭から数寸にも亘る虚哭神去を伸ばして。

 

「……」

「……これを避けるか」

 

 縁壱は避けることすら不可能な拳を避け、お返しとばかりに赫く熱された刃を突き出す。

 二振りの赫刀が鍔迫り合う。

 原作の最終決戦において、柱達は自らの刀と刀を合わせることで縁壱には遠く及ばないが赫刀を発現させた。

 今、史上最強と言っても過言ではない二人の兄弟が──本物の赫刀を発現させた二人が刀を合わせるのだ。ただでさえ熱で発光する日輪刀がさらに極限まで熱される異常事態。

 故に刀は────

 

 

 

 

 

 

「っ……!」

「これは……!」

 

 

 

 

 

 ────燃え上がった

 

 

 紫炎が燃え上がる刀、

 赫炎が燃え上がる刀。

 

 幻想的に揺らめく炎。

 互いが互いの日輪刀に目を見張る。比喩でもなんでもなく、刀が音を立てて燃えているのだ。縁壱の赫刀に至っては、鬼に対する殺傷能力が高まる所の話ではない。その刀で鬼を斬れば切り口から瞬く間に炎が広がり、首を斬らずとも一撃で死に至らしめる。

 (あか)(かがや)く赫刀。

 縁壱一人では出来なかった現象である。

 

「俺と兄上の絆ですね!」

 

 縁壱が目を輝かせる。とても嬉しそうであった。

 

「……絆か」

 

 巌勝は自らの刀を見つめる。彼の血液から生み出される血鬼術が赫刀と適合した形。揺らめく炎のように見えるそれは細かい月刃の集まりである。

 細かな月の刃は振動するカッターの如く、どんなに硬いものでも抵抗なく切り落とすだろう。

 

 

(縁壱のが赫灼刀なら、私のは滅茈刀か……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「先程の一撃に全てを込めました。体も今までにないほど熱を帯びています。次で終いと致しましょう」

「ああ……参る」

 

 ただでさえ常時高温な体を持つ縁壱をして、高温と言わしめる体温。対照的に巌勝は血流を加速させ、一気に最高温度まで伸し上げる。体温の調節すら任意。なんとも便利な肉体であった。

 

 

 

 «全集中 日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い»

 «全集中 月の呼吸 拾壱ノ型 月暈の虎狼・真榊乱舞»

 

 

 

 暴龍が爪牙を以て、太陽の威光を知らしめんとする。

 虎とも狼ともつかぬ姿をした月の獣が世界を塵芥と変えながら、突進する。最早周囲への被害は考えていなかった。

 

(兄上ぇ!)

(縁壱!)

 

 双方が今、その大口を空けて主の敵を屠らんとし、

 

 

 

 

 

 

 

「やめよ!!!!」

 

 

 

 

 

 

「うた!?」

「……!?」

 

 龍と月の獣が勢いを失って霧散する。

 燃え滾る刀は胴を、紫紺の焔は手足を切り裂く寸前で止められていた。あと少し遅ければ、華奢な体を容易く切り裂いていただろう。

 縁壱が慌てて、うたに傷がないか隈無く調べた。覇気はとうに消え失せている。

 

「うた! 危な……危ないどころじゃない! 一歩間違えれば、斬るところだったんだぞ!? 天真爛漫なのもうたの魅力の一つだが、今回は本当に危なかったんだからな!?」

「か、家族で斬り合いなど、わしが許さぬ! 縁壱も縁壱じゃ! 一に兄上、二に兄上。わしはお主の妻じゃぞ! もっと気にかけんか!」

 

(私は……今しがた斬り合っていたが……なぜだ……いつの間にか夫婦漫才を見せられていた……)

 

 

「縁壱、今回はやめにしよう……私と向き合ってくれて嬉しかったぞ」

 

 

 巌勝の殺気が霧散し、刀を収める。六つ目のうち四つが閉じられ、見た目は人間の頃へと戻った。

 

(……戦闘の影響で舞い上がった砂煙が、上手く目隠しになっているな)

 

「兄上?」

「……何故残念そうな顔をする。別にこれが今生の別れでもないだろう」

「……そうですか!」

「そうだぞ! 縁壱! ……いや、許さんぞ……! ええい、咋に落ち込むな!」

「?」

 

(……縁壱、当分稽古はお預けだな)

 

 巌勝は微笑む。刀を振るわない縁壱は少し物悲しい気がするが、武器を持たないのは幸せの形。これからどうするかは縁壱とうたが決める。

 

 

「巌勝君!」

「とーさま!!」

 

 

(それに、私には……)

 

 

 ────家族がいる

 

 必死に巌勝の方へと駆け寄ってくる薫。彼女に抱えられている紫明。巌勝は一瞬で二人に近づき、抱きしめる。薫の芳香な香りのする血が鼻腔を擽る。だがそれよりも見過ごせない香りがした。

 ツンとする消毒液と包帯の匂いである。

 

「薫……その怪我は……」

「これのこと? 唯の掠り傷だよ」

「縁壱ではないな。誰にやられた……そいつの首を月下に晒してやろう」

「大丈夫だって。へーきへーき」

「私はまた……守れなかったのだな」

 

 大丈夫だと全身を使って表現する薫の痛々しい姿。金色の髪も血のような瞳も、薫が鬼にならなければならないほどの重傷を負ったことを示唆していた。

 

「巌勝君は頑張ってくれたよ。だからこうして会えてる」

「とーさま! しあもいるよ!」

「ああ、お前達が無事なら……何も言うまい」

 

 家族と無事に再会した巌勝達。重苦しい絶望を振りまいていた兄はもう居なかった。今の彼らを鬼と言って信じるものが果たしているのだろうか。縁壱は彼らを眩しいと思った。そして……ドヤ顔で腕を組む妻へと目を向ける。彼女も巌勝達を見つめており、その目には涙が溜まっていた。

 

「うたもよくがんばった」

「もっと褒めろ。わしは家族を救ったのじゃ。……っ! ……わしは今度こそ……! 家族の危機に無力ではなかったのじゃ」

「ああ、うたと同じだ、俺が本当に守りたかったものは……」

 

 縁壱の視界に映るは幸せそうな兄と義姉とその子供。

 下を向けばうたが笑いかけてくれる。

 家に帰れば弟子たちと共に息子達が待っている。

 

(世界の広さを知らずとも……幸せはすぐそばにあった)

 

 

 巌勝が縁壱達に振り返って口を開く。うたは涙を見られたくないのか縁壱の影に隠れた。

 

「私は……帰るべき所へと帰る」

「ええ、また夜にでも遊びに来てください。血をいくらでも分けてあげましょう」

「むぅ……家に帰ったら鎹鴉を寄越せ! 絶対じゃぞ!」

 

 

 手を振る縁壱。うたも隠れながら手を振る。巌勝達も手を振り返して、その場を後にする。

 

 

「鬼殺隊から追われる身になったな」

「そうだね……」

 

(さて、どうするか……)

 

 

 

「もし……」

「む……」

「あら、珠世さんですか」

 

 現れたのは見た目麗しい鬼。珠世であった。

 

「単刀直入に言います。巌勝殿、薫さん。私と取引しませんか?」

「「取引?」」

「はい。鬼殺隊におわれるのでしょう? どうですか? 私は各地を転々とする医者の顔も持っています。貴女方を護衛や患者として匿えます。その代わりに貴女方の血を調べさせたりしてくれませんか?」

 

 

 

 

 ★

 

 

 涼し気な風が吹く夜。産屋敷当主・産屋敷柊哉は起きていた。たかが直感、されど直感。この夜、何かが起きると確信していた。

 

(もう長くはないな)

 

 見上げた月。踏みしめた砂利の音。

 

 

「御館様。夜分遅くに失礼します」

「巌勝か。どうしたこんな遅く……に……」

 

 

 現れたのは月の侍。しかし六つある瞳を惜しげも無く晒し、鬼になったことを隠しもしなかった。柊哉の頭が最大限に回転する。常人ならば目を逸らしていた。

 呼吸を伝えた存在、人の身で刃を飛ばす天才、日柱以外の柱が束になっても勝てない逸材。いつかは鬼のいない夜を齎すと考えていた希望。

 そんな剣豪が鬼に堕ちるという、この鬼殺隊にとっては不利でしかない状況から。

 

「お前は……」

「私が参ったのは、先日起こった一部始終の説明です。私が、私の意思で無惨を逃がしました……縁壱は全く関係ありません。鬼の始祖には配下とした鬼を操る力が御座います……ですが私は支配から逃れ……」

 

 

 

「ならば無惨を逃したお前は特に重罪。鬼となった薫と共に切腹、紫明は隠として鬼殺隊に永久奉仕となるな」

 

 

 

「………………」

「提案するが」

 

 柊哉は口を重々しく開く。

 

「私の首を持っていけ。そうすれば無惨は完全にお前を信用する。どの道そうだな……私はもう二日と生きられない……そうだろう? 巌勝よ」

「はい」

「なら君は忍びだ。十二鬼月と言ったか? 無惨の配下として生きると同時に、月柱として鬼殺隊を支えて欲しい。それで家族に手を出さないと約束しよう。柱合会議も任務の必要も無い。ただ懐に入れておきたいのだ」

「寛大なお心に感謝致します」

 

 巌勝の声は何処までも機械的だった。それを知らずか否か、柊哉は続ける。

 

「無惨を殺すために鬼殺隊に仕えよ『月柱』よ……ああ、心配するな。死体は……そうだな、後腐れないように病死にしておこう。内密に燃やして他殺とはバレなくする」

「……随分と準備がいいですね」

「これでも鬼殺隊という組織の長だからな。では巌勝、宜しく頼む。出来れば痛くない型がいい」

「仰せのままに。痛みすら感じない型を選びます」

 

 

 どこからともなく現れた産屋敷の妻が諸々の支度を整える。

 準備は整った。これから振るうのは決別の刃。

 

「御館様。私は貴方の刀でした」

 

 

 

 

 

 «月の呼吸 拾漆ノ型 千夜一夜(せんやいちや)涅槃(ねはん)»

 

 

 

 

(嗚呼、冷たく、優しい。巌勝よ、大義であった……だが、鬼になり、人を殺めたお前を最早鬼殺隊とは思わぬ)

 

 

 

 

 

 ────斬

 

 

 

 

 

 柊哉は崩れ落ちなかった。

 介錯の時には首は落とさない。拾漆ノ型は慈悲の具現。痛みも愁いもなく命を奪う。血も一滴すら落とさせない。第三者が見れば、斬られたことすらも疑うだろう。ただ安らかに、座ったまま柊哉は眠っていた。

 パチンという音と共に納刀する。その一挙一動までもが美しく、鬼になったとしても風格は失われていなかった。

 巌勝は産屋敷の妻へと一礼する。

 

「丁重な埋葬をお願い致します」

「畏まりました」

 

 巌勝が首を丁重に包み込み、姿を消す。

 産屋敷の妻は黙ったまま首元が布で丁寧に隠された夫を見つめていた。ずっとずっと。

 何がきっかけか定かではない。彼女はゆっくりと柊哉だったものへと近づいた。

 着物に触れる。冷たくなった手の平を握る。胸に触れ、実は死んでいないのではないか、これは夢ではないか。そう思い込もうとした。

 

「……っ! 柊哉様!」

 

 そうして、首のない柊哉の遺体にしがみついて泣いた。

 終始表情一つ浮かべなかった彼女。人形のように決められた役割を決められたように執行する産屋敷の妻。それ以前に彼女は一人の男を愛した、一人の女性であった。決壊する感情の波は皮肉にも、彼女を人形では無くさせた。

 震える手で懐に手を伸ばし、警笛を鳴らす。その笛すらも夫の命を奪った月柱が作った物であった。

 

 

「御館様!? ……これは……なんということだ……!」

「……え……うそ……!」

「父上……! 父上父上父上ぇ!」

 

 隠や、産屋敷の息子達が現れる。

 鬼殺隊は正義である。ならば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、月柱様が……現れて……お、夫の首を……!」

 

 鬼は悪でなくてはならない。

 

 

 

 ★

 

「これより月柱・継国巌勝、並びに煉獄薫、継国紫明を全面捜索します。どこに隠れていようとその住処を暴き、首を切り落としなさい。奴らに休息を与えてはなりません。日柱はよくやってくれました。よくぞ柱達を救ってくれました。次は鬼に堕ちた兄を斬りなさい。あの者は無差別に人を殺しました」

「……」

 

 今此処には産屋敷の妻と日柱である縁壱のみ。他の柱は治療中である。

 産屋敷一族はハナから巌勝を鬼殺隊の手先として無惨の元に送り込む気は毛頭ない。柊哉は自分はどうなってもいいが、産屋敷全滅は避けたいという思いから適当にこじつけて巌勝をおいはらったのだ。

 自らを殺させたのも無惨の巌勝に対する信頼を底上げするのではなく、最強の鬼となった巌勝に対する鬼殺隊の敵愾心を煽るため。

 屋敷ごと爆破も考えたが、最終目的は無惨の討伐。そう考えるとこの手は最初で最後の初見殺しとして、無惨までとっておきたかったのだ。

 笑ってしまうほどに善悪ははっきりしている。

 

(……)

 

 縁壱があっさりと土足で座敷へと乗り上がる。畳が汚れるのも知ったことではなかった。

 

「……え? ……ぐっ!」

 

 縁壱が産屋敷の妻の襟首を掴んで宙に晒す。足が離れて苦しそうにしているが、縁壱は力を少しも緩めなかった。

 

「……か……っ」

「兄上が殺しただと……!? 兄上は優しいから必要に迫られなければ人を殺さない。激情に任せてなどありえない。他にも道はあったはずだ! 兄上は始祖の支配を克服していたかもしれなかった! 人を喰わないかもしれなかった! 誰も傷つけなかったかもしれなかった!」

 

 負けじと産屋敷の妻が言い返す。

 

「人を喰わないという証拠なんて、何処にもない。鬼は全て皆殺しです。人を喰ってさらに強くなる前に……」

「兄上が! そんなことをするはずないだろう!? おい!? 貴様の演技じみた涙を今すぐ引っ込めろ! 聞いているのか! なぜ騙す!? なぜ陥れる!? 兄上がやっと……! やっとの思いで見つけた幸せをなぜこうも易々と踏み躙る!? お前は兄上がこの四年間……鬼殺隊の為に、どれだけ奔走したのか知っているのか!?」

 

「黙りな……さい」

 

 産屋敷の妻が苦し紛れに言葉を零す。

 

「その発言は鬼殺隊の信条を踏みにじって……います。罪のない人々を殺しておいて……逃れるなど正に鬼の所業」

「もう……もういい……お前はもう……これ以上……兄上についてしゃべるな」

 

 縁壱が産屋敷の妻から手を離す。畳に落ちた彼女は咳き込んで、目の敵を見るように縁壱を睨みつけた。縁壱は感情のない瞳で見下ろす。

 数瞬の後、縁壱は産屋敷を後にする。

 縁壱の視線。それだけで産屋敷は月の柱に加えて、太陽の柱の信用も失ったことを理解した。しかし彼女は理解出来ない。なぜ縁壱が歯向かったのかを。家族であろうと鬼になってしまえば親の仇も同然。人も殺したのだ。

 

「御館様。今すぐにでも里を変えた方がいい。我ら鬼殺隊は龍の逆鱗に触れ、虎の尾を踏んだ」

 

 去り際に一言。

 縁壱の瞳は光を失っていた。少なくとも産屋敷の妻にはそう見えた。

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 産屋敷家の門から出た縁壱。見上げる空に太陽の円環はなく、光が漏れ出ている程度。時は黄昏。柱合会議とはいえ緊急も緊急。柱達は治療中。出席者は縁壱のみ。人一人居ない通りはまるで魔界にでも迷い込んだかのよう。

 縁壱は虚空へと話す。

 

「出てきてもよろしいですよ。義姉上」

「む、バレちゃいましたか」

 

 姿を現したのは、黄金の髪を持つ異色の鬼。自然体で家の影に姿を隠していた。瞳が赤く、正体が鬼であるとわかっていても、大抵の男は見蕩れてしまうほどの魔性の顏。

 薫の浮かべた表情は慈愛と言うよりかは、罪悪感に陰っていた。

 

「縁壱君は、本当にそれで……」

「いいんです。俺は柱としてもう残せるものは残しました。あとはゆっくり、うたや子供達と過ごします」

「ふふっ……まぁ、縁壱君らしいですね」

 

 金色の鬼・薫は、鈴を転がすような音色で言葉を紡ぎ、花が咲いたように笑う。縁壱も釣られて笑った。

 縁壱が伸ばして伸びをする。体を解した後の彼の顔は先程とは打って変わって晴れていた。兄と共に居たくて刀を手に取った。兄と力を競いたくて鬼殺隊に入隊した。兄の力になりたくて鬼殺隊を抜け出した。

 街並みを飲み込んだ暗闇。されど包み込むように優しい暗闇だった。月の花嫁が隣にいるのだ。夜が縁壱を歓迎している。

 

「義姉上どうでしたか、俺の演技は!」

「とても良かったですよ……程よく破綻していました。産屋敷様は今頃、こいつとは話が通じない、とでも思われているでしょうね」

「はははっ。それは良かったです」

「さぁ、帰りましょう。うたは今頃女中と子供三人の世話に追われていますし」

 

 連れ立って歩く二人。燥ぐ弟と微笑む姉。これも紛れもない家族の形。

 

「ところで、兄上はどちらに?」

「鬼の始祖と会っていますよ」

「……」

 

 

 

 ★

 

 

 

 無惨は月明かりを光として読書に耽っていた。赫刀で刻まれた傷はどうしようもなかったので痛覚を切除したのだ。時折軋む体と、神経の食い違いに顔を不快一色に染め上げている。

 

「……ん?」

 

 ふと、一陣の風が無惨の頬を撫でる。思わず活字から目を上げると、手放したはずの侍が片膝をついて侍っていた。侍は見蕩れる程、清廉とした佇まいで頭を垂れていた。

 無惨は目を見開く。

 

「驚いた。生きていたのか」

「はい。これを。産屋敷めの首です……我が忠誠の証としてお受け取り下さい」

 

 無惨が差し出された柊哉の首を睥睨する。見れば見るほど自分の顔貌との共通点が炙り出てくる。無関心だった視線は少しずつ不快の色に染め上げられていった。

 少し考え込むような仕草をした後、再び活字へと目を落とした。

 

「お前が食え、そいつの顔など見たくもない。そもそも何故産屋敷を殲滅しなかった」

「……一刻も早く、貴方様の元へと馳せ参じたかったのです。あの別れ方では我が忠義が喪われると思いました」

「だからといってもだな……どうした、食えんのか?」

 

 巌勝は黙って首を見つめている。無惨が指摘すると、思い出したように手の口から飲み込むようにして取り込んだ。

 少し訝しげに思ったが、無惨は続ける。

 

「……お前の血には三つの突然変異が起きている。

 まず位置を知れない。そして強制的に命令できない。私の意思で殺せない。つまり、お前の中にある私の血は完全に別物となったようだ」

「はい」

「余り興味が無いようだな……まぁいい。それにしても珠世の恩知らずめ……せっかくわたしが側仕えとして置いてやったというのに逃げ遂せよって……お前が居るからどうだっていいが……そうだ、こちらへ来い。黒死牟」

「はっ……」

 

 巌勝は無惨へと近づく。

 無惨が手を伸ばし、手の平が巌勝の両目を覆う。六つある内の人の目に相当する位置であった。

 巌勝は真ん中の一対の眼に違和感を感じる。だがそれも一瞬。

 無惨が手を離すとその目には文字が刻まれていた。

 右に上弦。左に壱。

 

「お前は今までも、そしてこれからも私の腹心……十二鬼月・上弦の壱だ。失望させるなよ『黒死牟』。命令はおって伝える。それ迄は手頃な者でも鬼にしていろ。お前にはそれが出来るだろう?」

「御意」

 

 巌勝は音もなく姿を消す。彼がその場からいなくなったあとも、無惨は彼が先程まで片膝を立てていた場所を訳もなく見つめていた。

 

 

 

「…………支配できない、意志を読み取れない、裏切られてもおかしくなかった。そんな状態でお前は私を救ってくれた」

 

 

 ポツリと零した言葉は虚空へと消えた。縋り付くような一言は次の瞬間にはもう無惨の記憶から跡形もなく消えていた。

 耳飾りの剣士に全身を隈無く切り刻まれて次の一撃は必ず自らを絶命たらしめるには十分なほどの威力で刀が振られるだろうと言う時、命令した訳でもないのに救ってくれた巌勝。彼の存在は知らず知らずのうちに無惨の中でかなり大きいものになっていた。

 

(あいつの血を与えた者がどうなるかが知りたい……十二鬼月。上弦だけはあいつに任せるか)

 

 

 

 

 

 




鬼殺隊
柱達が死に体で大幅弱体化。しっかり騙す。でも騙された兄上も何となくこうなることは予想していた。

無惨
自分だけでなく連れてきた選りすぐりの鬼も縁壱の刀の錆になってしまったため、大幅弱体化。
無惨「十二鬼月のスカウトは任せた」

縁壱一家
原作と比べるとめちゃくちゃ幸せ。結果的にほぼ誰も死んでないから。

珠世&巌勝達
第三勢力として暗躍。珠世は鬼殺隊へ、巌勝は無惨へ。
主な目的な日光の克服や鬼を人に戻す薬の開発だが、巌勝としては日光を克服したという事実が無惨に直通しない方法を探したい。ゆくゆくは原作開始までに太陽を克服したいから。


作者
次回エピローグ 章ごとの名前どうしようか。
兄上以外の視点の話も考えています。
着物姿で足組んで頬杖つきながら本読む無惨様ってなんかかっこくないですか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。