アニメやばい。語彙力が消滅した。上弦集結が映ると思ったのは作者だけではないはず。
時系列的には一部エピローグの前くらい。縁壱存命中ですね。
上弦集結編の弐話はもう少し待たれよ。
食人表現在ります。
「ねぇ、本当にやるの?」
「ええ、立つ鳥跡を濁さずって言いますし」
「使い方あってるのかしらね、ソレ」
崖の下にあるのは人里。巧妙に隠されているけれど、あれは鬼殺隊の里。全く……里の位置を変えただけで見つからなくなると思ったら大間違い。舐められたものだ。頭脳派の鬼なんていなかったから当然かな。
見つけ方は至極普通。鬼殺隊や隠が各地に散らばっていて場所が分からないのなら伝達役、つまり鎹鴉を追えばいい。
「さーて。どうなっているでしょうか」
これからやるのはけじめ。由緒正しき炎柱の家に生まれながら鬼に堕ちた私と鬼殺隊の決別。
そして、騙し討ちのような形で娘を殺されかけ、夫の愛してくれた体に刀傷を貰い、可愛い義弟を失望させ、最後まで自分たちの恩赦を願った夫の気遣いも踏みにじった鬼殺隊。もうこれ壊滅させても許されるよね。
でも壊滅はナシ。そう巌勝君から釘を刺されている。なんでも四百年後に私を無惨から解き放つことを可能にする存在が鬼殺隊の助けによって輩出されるらしい。
「要は皆殺しはダメってことでしょ」
これから忍び込むのは数年前の戦いで満身創痍の柱達が休養中の屋敷。ズタボロになっても尚権力の頂点に君臨する彼らは後継の育成に追われている。なにせ有望な鬼殺隊は数年前に全員消されたから。自業自得だけど。
「さぁ、行きますよ天外」
「わかったわよ」
天外は巌勝君の鎹鴉である八咫と共に鬼……らしきものになった。今のところ寿命の枷から解き放たれたのみ、今後の活躍に期待かな。気持ち体が大きくなった気がするけど、気のせい。
「まずは、柱の皆からです」
崖から飛び降りて華麗に登場……なんてことはせずに体を無数の蝙蝠へと変えて里の中の柱達がいる家の前に着く。窓を開けて至極あっさりと中に侵入出来た。
見回りの鬼殺隊は私の存在にすら気が付かない。落ちたものだ。数年前なら技の一つや二つ放ってきそうだったのに。実力者は軒並み死んだから仕方ないか。
「あら、皆さん勢揃いで。お怪我は大丈夫でしょうか」
「……ふん。なんとも毒の利いた皮肉だな」
「うえっ!? 薫! なんでぇ!?」
揃いも揃って包帯塗れ。右から
炎柱、風柱、鳴柱、岩柱、水柱。最早布団の上で死期を待つだけ。手足欠損。大量出血。内臓損傷。複雑骨折。脳震盪。なんで生きてられるのか。
「……なぜ来た薫。止めを刺しに来たのなら……タダではやられんぞ」
布団から上半身だけ起こした兄様が、目線をこちらに向けたまま脇に置いてある日輪刀に手を伸ばす。無駄。私が今ここで腕を真横に振るだけで首が五つ飛ぶのに。
「ただの挨拶ですよ兄様。そんなに身構えなくても楽にしてください。別に殺しやしません……」
こほん。
「それでは改めて……」
床に両手をついて跪く。所謂土下座。許してもらうなんて甘ったれたことじゃ無くて、私が今できる最大限の敬意を払う。
「私、継国薫は、今日を以て鬼殺隊並びに煉獄家との縁を切らせていただきます。柱の皆様、並びに兄様。今までありがとうございました」
「……承諾した。我が家系図にお前の名前は刻まん。栄えある煉獄家から鬼を出したとなれば末代までの恥だ」
でしょうね。そう言うと思ってた。思ったより悲しくないかな。
「暢寿郎……」
「琴音。仕方の無いことだ。無惨を滅しきれなかった以上。我ら煉獄家は繋いでいかねばならん。知恵を。技術をな。私の子はまだ幼く非力だ。今私が腹を切って途絶えさせる訳にはいかん。縁を切れば、そういうわけでもなくなる」
正しい。どうしようもなく。そりゃそうだ。私は彼らにとって悪でしかない。切り捨てるのは至極当然のこと。
「今私が兄様を殺すこともできますが」
「それでどうする。仮にもしお前がこの場にいる全員を皆殺しにしたとしよう」
「おい」
「仮の話だ房綱。そうなった時、お前の夫は悲しむのではないか? 我が不肖の妹よ」
「……」
「あいつは敵対するものには容赦せんが、身内にはとことん甘い。それはこの俺が
ほんとに兄様は人のことを見ていないようで見ている。かつてはその事が嬉しかった。
けれど、最早薄っぺらい御託としか思えない。もし見ているだけでなく、行動に移してくれていたら私は違う道を歩んでいたかもしれない。今そんなことはどうでもいい。過ぎたことだ。彼に会えなければ、適当に鬼を斬って名付きの鬼に殺されて終わった人生だ。
名残こそあれど、後悔は欠片もない。
「仰る通り。私には殺せません。まるで私を血も涙もない冷血漢みたいにおっしゃいますけれど、無闇矢鱈に殺すのは私も本意ではありません。では私はここら辺でお暇させていただきます。さよなら。もう二度と会うことは無いでしょう」
おさらばです。
「待て」
「ん? まだ何かあるんですか」
「日輪刀を置いていけ」
え?
「その腰に差している日輪刀だ。まだ持っていたとは、鬼であるお前を妹に持つ俺への当てつけか? お前が持っているのは侮辱がすぎる。置いていけ。でなければここで折れ」
これは証。私が彼と同じく呼吸を使える鬼だという証。色の変わった刀がそう。
炎の呼吸と日の呼吸の組み合わせである、暁の呼吸。兄様は私が日の呼吸を取り入れたのを気に入らないらしい。煉獄家は長年続いてきた炎の型を受け継いできた。それが突然現れた呼吸法に組み込まれ、あまつさえ私は混ぜ合わせた。
だとしても清濁併せ呑んでこその私だ。
「兄様。貴方は何か思い違いをしています。
私は鬼殺隊なんて。どうでもいいんです。誇りとかもどうでもいい。これはただ私が持ちたいから持っているだけ。ただそれだけ。鬼殺隊が襲ってきたらこれで刺してみましょうか?」
「っ……これだけは言わせてもらう」
鷹のような双眸が私を射抜く。家族を見る目じゃない。化け物を、仇を、鬼を見る目。
「……継国薫。お前は一族の恥だ。いつか私の血を継ぐ煉獄の剣士が地獄の果てまで追いかけて、必ずお前の首に刃を振るう。
絶対に! お前を……許さない! 」
「暢寿郎やめろ! もう話すな!」
口から血を滴らせて、まぁ必死も必死。今の一言をいうために寿命が三年くらい縮んだんじゃないかな。
馬鹿馬鹿しい。兄様にも家族がいるのに、下手に寿命を減らすこともないのに。でもこれに関しては巌勝君もそう。鬼になって本当に良かった。痣持ちは二十五までに死ぬ。私の方が巌勝君より年上だから私の方が先に死んでいた筈だ。私は置いていかないし、置いていかれたくない。
「もし、貴方の子孫が私に牙を剥くのなら……その時は……
この赫き
「熱!?」
「赫刀……それも蜃気楼が見えるほどか」
「……温度だけなら縁壱よりも」
はぁ……帰ろう。どうやらここで柱を皆殺しにしてしまえば、鬼殺隊は壊滅する。
正直殺してしまいたい。だってすぐ目の前に仇がある。数年前のあの日、私たちの運命がこいつらに決定づけられた日。柱達がもう少し上手く立ち回っていたら、案外平和に解決できたかもしれない。
腹が立つ。此奴らのせいで誰のものとも分からない屑の細胞が体に蔓延り、命を同調させられている。私の体に入っていいのは彼だけなのに。
「薫」
「なんですか房綱さん」
「お前のこと、好きだったぞ」
は?
「……!」
「む」
「……よく言った」
「あっは……!」
なんですかこの男は。今すぐにでもその口を閉じさせてしまおうか。薄々予想はしていたけれど、今の今更そんなことを言ったところで何になる。腹立たしい。
周りも周り。何その空気。私はいつでもこいつらを殺せるのに。死が怖くないの? 誰だって家族を置いて死にたくはないに決まっている。
「だがまぁ、欠片でもお前の感情が揺れて、片隅にでも御門房綱という男を覚えておいてくれたら嬉しい。
…………何せ俺は明日死ぬからな」
「……………………あら」
明日死ぬんだ。そっか。深呼吸をして、感情を殺さなきゃ。
滑稽だろう。今目の前にいる勘違い野郎は私が動揺していると思っている。内心は凪いでいるというのにだ。そうだ。でなければ私は鬼になっていない。
「お、もっと冷たく返されると思ったが、案外悲しんでくれるんだな」
「そりゃ……まぁ……貴方はこの中で兄様の次に交流がありますし」
「ちなみに嘘な」
「は……?」
「明日死ぬってのは嘘…………待て。俺が悪かった。だから刀を抜くな。……だがお前を好いていたのは本当だ」
「……」
「はぁ……いつから薫はあいつを好きになったんだ?」
そんなの決まってるじゃないですか。
最後ですし、あの巌勝君が可愛く目を逸らした私の姿を焼き付けてあげよう。たしかこうだったっけ。窓枠に足をかけて、片目を閉じ、人差し指を唇に当てて……
「教えてあげません」
(一目惚れか)
(一目惚れだな)
(一目惚れやん)
(一目惚れ……)
(一目惚れかよ!? っていうか可愛いなちくしょう!)
「ふふっ」
もういいでしょう。今度こそさよならです。何故か全然悲しくない。お別れしたからか。……違うな。鬼でも人のままでも、もう私の帰る家は鬼殺隊じゃないからか。そうに違いない。なんだか心躍るなぁ。好きな人が家で待っていてくれるってこんなにも嬉しいんだ。
外へと身を投げ出せば、すかさず天外が肩を掴んで次の目的地へと運んでくれる。成程、便利ねこれ。夜風が肌に心地いい。
「さぁ、本命に行きますよ。これが最後です」
「……そうね」
「どうしたんですか?」
「あんたの事だから、柱を皆殺しだと思っていたわ」
天外は私のことをなんだと思ってるのか。
「放っておいても鬼殺隊は廃れて行きますよ。そもそもこの時代が異常なのです」
「そうなの?」
「ええ。だってよく良く考えれば不思議じゃないですか? とりあえず継国兄弟は例外中の例外のそのまた例外なので置いといて……
岩より硬い鬼の首を刀で切り落とせる人間がそうポンポンいて堪りますか。そんな人間でもこの組織の最下層に位置しているんですよ? 今代の柱の皆さんは数百年に一度の天才達です。
世に出ていれば必ず歴史に名を連ねるような武人が五人も存在しているこの時代は鬼殺隊全盛期と言っても過言ではありません。逆にこの時代さえ終わらせてしまえば、あとは簡単。鬼殺隊の存亡は私の掌の中です」
「……アンタ随分強かになったわね」
それもこれも全部鬼殺隊のせい。鬼の始祖の細胞がこの体に埋め込まれているせいでこんな回りくどいことをして太陽の克服を待つしかない。
克服した暁には私が手ずから殺す。
「嫌ですか?」
「なにがよ」
「鬼殺隊を裏切って鬼に加担するのは」
「ふん。私がついて行くのはアンタよ。鬼でもなんにでもなればいいわ。まぁ最初は感情のない死人みたいな餓鬼だとは思ったけど、あれと会ってから随分生き生きとした顔をするようになったし……」
「嬉しいです! 天外! かわいい! 抱きしめてあげます!」
「ちょっ!? 暴れないでよ! 今度こそ鬼殺隊にバレるわよ!? 落ちる!! 落ちるわよ!!」
●
「……昴」
「カァアア! 暢寿郎! 火葬! 火葬の支度!」
「まだくたばっとらんわ戯け。よく聞け。御館様に知らせろ。妹が里に来たとな」
鎹鴉が沈黙する。
「イモウト……無事か……暢寿郎」
「見ての通り皆無事だ。私のことはいい。里を変えなければならない。一刻も早くな」
「あア……ワカッタ」
「待て。今行けば殺される。妹が里を彷徨いているやもしれん」
継国兄弟の次に強いのは継国薫。なぜ暁柱にならなかったかと言うと、任務放り出して巌勝に付きっきりの問題児且つ本人が蹴っていたからである。そんな異端児が今、鬼と成り果てて里に訪れた。誰がどう見ても絶望的である。
重苦しい空気を消し飛ばすようにして快活な声が響いた。
「それにしても傑作だったな房綱の一世一代の告白」
「……無様……」
「黙れ……おい暢寿郎。巌勝に助けられたのか」
「ああ、あいつの刀に地面に縫いとめられ、首を跳ねられる直前。微かに彼奴の目が揺れ動いた。明らかに動揺していた。皆が皆、彼奴の首を落とそうと躍起になっていたのにだ」
「あー……あの時か」
「そうだ正助。お前が巌勝の首に赫刀を突き刺す前だ」
「だよな、俺があいつに対してあんな綺麗に刀を突き立てられる筈がねぇ」
「……ってことは巌勝はんがもし躊躇っとらんかったら」
「俺は死んでいた。いや、正助の奇襲に気づいていた節がある。
俺の首を切った後、正助も死ねば連携の密度が格段に小さくなる。お前たちも全員死んでいたな」
「……まさか情けをかけられてたなんて………………最後まで届かなかったというの……」
「……悔しいな」
「それにしても本当に無様だったな。もう少し早く気持ちを伝えていればよかったものを」
「チッ……なんでだろうな……あの時も、いつか幼馴染の俺達は結婚するんだって信じきっていたし、あいつそう思っていると思い込んでた。だから結婚する前に、この初々しい時間を楽しもうとしていた。今思えば俺の勝手な妄想だったな」
「分かるよ。一歩踏み出せば届くのに、踏み出してしまえば二人が今いる場所も二人で歩んできた道も崩れてしまいそうで怖いよね。好き以前に友達で仲間なんだから。そうこうしているうちに〝優しい友達〟で印象が固定されちゃうんだ」
房綱の考えに正助が同意を示し、琴音が口を開く。
「……房綱……なんで嘘言ったの」
「「「……」」」
空気が凍った。誰が房綱に〝そのこと〟を聞くのか水面下で腹の探り合いがあった中、琴音が聞いた。
「……」
「貴方は……もう……死ぬでしょ? 巌勝君にやられた傷が私達と比べてひどすぎる…………数年持っただけで奇跡」
そう。房綱はあの戦いで心だけでなく命を燃やした。燃やし尽くした。偏に友に引導を渡し、幼馴染を救うため。誰よりも自分を顧みず戦った。
思い返してみれば間違いだったと気がつく。友が鬼になったのは自分達の魔の手から妻子を助けようとするためだし、幼馴染は鬼殺隊から子を庇って受けた傷が深すぎて鬼にならざるを得なかった。
良かれと思ってしたことは、徒労であり、全てを滅茶苦茶に掻き乱して失敗に終わった。
「はっ! 本当のことなんて……言える……訳ねぇだろ……試しに言ってみただけであいつは悲しみやがった……あんな顔見せられたんなら……調弄すしかねェだろうがよ。俺はまだあいつに惚れてんだ。惚れた女を悲しませるなんてできるわけがねェ」
「……優しいね……度し難いほどに」
「優しいだけじゃ女は惚れてくんねェ。あーくそ。最後の最後になって理解した。もっと早く気づいていれば……いや、気づいていたな。だからこそ俺は何もしなかったんだ。俺って最低のクソ野郎だな」
房綱はそう言って仰向けで寝転んだまま片腕で両目を隠す。
「……でも薫との時間は楽しかったでしょ?」
「……ああ。そうだとも。その通りだ。何年経っても色褪せねぇ。刀しか取り柄のない俺が誇れる最高の思い出達。
〝思い出すことしか出来ない幸せ〟だァ……ただまぁ」
────俺の人生の主人公は俺じゃなかったってだけなんだなァ
●
「こちらも静かに潜入しないとですね。あ、私閃きました。天外。屋根から突っ込みます。落としなさいほら早く」
「……ねぇ、アンタ早く帰りたいからって適当になってない? 最初の黒幕感はどうしたのよ。ちょっとでもカッコイイと思ったワタシがバカみたいじゃない」
「……知りません」
「……あっそ」
ドゴン!!
なんだかんだ天外がしっかりと離してくれた為、綺麗に屋根から飛び込むことが出来た。しかし思いの外瓦が硬かったので手でかち割って屋内に侵入する。
フツーの家だ。炭吉君の家に似てる。こじんまりとしてて意外と好みかも。そして私の来た音を聞いて顔を出した女性。
あぁ……良かったぁ……目当ての人物が目と鼻の先にいてくれた。
「お久しぶりです。阿茶さん。早速ですが死んでください」
«暁の呼吸 壱ノ型 暁闇の明星»
袈裟斬りに見立てた。振り下ろしと振り上げの二連撃。巌勝君が燕返しって言ってた技。巌勝君が言うのなら、燕返しに改名しようかな。でも燕返しって安直すぎない?
「っ!?」
「……避けないでくださいよ」
「避けるにきまってるでしょう!? いきなりなんですか貴方は…………薫……!? あなた継国薫ね!?」
なんだか驚いてる。この方は馬鹿なのかな。あれだけ痛めつけられたら報復しに来るに決まっている。しかし今回は私は狩る側。冷静にしないと。人間とはいえ追い詰められたら何されるかわかったもんじゃない。
「はい。薫です。あなたが切り刻んだ薫ですよ。右手を五回。胸を三回。右足を二回。左足を五回。そして腹を一回。死ぬ前にこの顔を見れて嬉しいでしょ?」
「死ぬって……ここは鬼殺隊の本拠地よ! 私を殺せばどうなるか……えっ……!」
あ、気づいた。腹の切り込みに気がついた。あの時のお返し。私の場合は内臓ごと切られたから、零れ落ちないように腹筋に力をいれなければいけないほど深かったけれどね。因みに私の片腕が無傷なのはもちろん紫明を抱えていたから。
そしてこんな、力でも技術でも私に劣るような雑魚に数多の傷を付けられたのは……
────執拗に腕の中の紫明だけを狙ったから。
「……っぎぃ……よ、避けた……はずなのになんで」
倒れて苦しんでいる彼女はほっといて部屋を物色物色。
へぇ〜縁壱君に手を斬られたあとは隠の中でも飛脚や伝達などの足を使った仕事をしてるらしい。見上げた奉仕力ね。そこまでこんな組織に肩入れする理由があるのかな。
「よく出来ました。腕が儘ならない状態でここまでよくぞ成り上がりました。褒めてあげます」
「ああっ……ああああ。御館様はこの私を受け入れてくださった。生きる理由を与えてくださった……あの方のためならば……」
「はぁ……あの方のためですか。実際鬼の始祖と御館様は何が違うんでしょうね。人を導き、魅了し、体の一部に階級を刻み、命令通りの傀儡とする。もしかすると血縁だったりするんでしょうか」
「お前……! 御館様と無惨を共にするな……!」
「それもそうですね。諄いくらいに善悪ははっきりしてますし。それはそうと、痛かったんですよ。別に私の腹を裂いたことじゃないです。貴方が紫明を狙ったことですよ。いつか貴方の刀が紫明を刺し貫いて、腕の中で我が子を失うかもしれないと考えただけでもう耐えられなくて……」
自分の体を抱き締めれば、震えと高揚が支配しているのがわかる。この女はあの日私を止めたことで御館様に褒められたのか。巌勝君が首を切ってあげた産屋敷の息子が継いだらしいね。
「ごふ……っ……」
「……人って案外早く死ぬんですね……これに関しては柱の皆様が異常だったのでしょう」
阿茶さんはなぜか月に顔を向けようとしました……って、は? 何してるの? そんなことさせない。月は彼の現身。そんなの幸せが過ぎる。立ちはだかって邪魔をする。彼女の顎を掴んで目を合わせると、酷く怯えた瞳に私の姿が写る。
「違う違う違う違う。何をしているの? 貴方は私に殺されるの。
「あ……ぁあ」
恐怖に染った顔。一瞬だが目が逸れた。私の破った天井を見てた。ちらりと上見ると刀が天井裏からはみ出している。
日輪刀……握ることすら叶わないのにここまで大切に保管されているということは何かしら思い入れがあるらしい。元鬼殺隊員としての誇りか、自分の功績の結晶か、はたまた巌勝君との繋がりか。
「あれは貰っておきますね。とは言っても、もう聞こえていませんか」
阿茶さんの頬から両手を離すと、コトンと倒れた。やけに静けさが染入る。事切れた阿茶さんの死体。あたたかい死体。人の死体。私は鬼。人を食べる鬼。
「人の……肉。血。衝動は……全くない。これも巌勝君の血の力。人の血肉を喰らわなければ生きていけない鬼の性を克服した彼なら、納得出来る……けれど」
吐血した際に手に着いた血。試しにぺろりとひと舐め。美味しい。甘い蜜のよう。
「っ……はは」
涙が出てきた。私はもう人じゃない。こんなの変わらない。ゴミみたいな罪悪感と、抑えきれないほどの愉悦。
細胞が悦ぶ。心臓が波打つ。始祖の細胞だ。それが喜んでいる。私は始祖の血の割合が巌勝君よりも濃い。だからこんなにも興奮する。
もうひと舐め
もう一口…………
もう〝人〟齧り。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァァァァ!!! 」
視界が真っ赤に染まる。これはまだ軽い方だ。鬼になったばかりだった時よりも遥かに軽い。少しずつ始祖の血がうすくなっているんだ。それでも並の鬼よりも濃い。
落ち着け。ここで人の味を完全に覚えてしまって、紫明を食い殺す訳には行かない。耐えろ。どうやって? 余計なことを考えるな。私は鬼だ。鬼が嫌いなもの。鬼を殺せるもの。
「これで……」
阿茶さんの持っていた日輪刀。漆黒の光沢があるそれを叩き折る。叩き折って口の中に放り込む。バキバキと噛み砕いて粉にして取り込む。
「ふぅぅ……! はぁぁ…………」
焼けるように熱い……食欲を痛みで上書きする。もっといい方法なんていくらでもあるかもしれない。それでも今の私にはこれぐらいしか思いつかなかった。鬼の衝動を舐めていた。
★
「……」
「来ると思ってました…………継国薫」
微動だにせずに目だけかっぴらいてる。怖い。産屋敷家の人間ってこうも勘が鋭いものなのかな。
最後はここ。産屋敷の屋敷。なんだか語呂がいいな。御館様の屋敷よりも語呂がいい。柱の状態もわかった。敵も殺した。あとはここだけ。もちろんここも皆殺しはだめ。
縁側に降り立つと、産屋敷の妻が布団から上半身だけを起こしていた。多分だけど月が影になって私の顔は見れない。
「……起きていたんですか」
「……」
なんか反応してよ。
「巌勝君を裏切った貴方の気持ち。わからなくはないですよ」
「……は?」
「私も夫が誰かに殺されて、それが仕方ないことだったとわかっていても地獄よりも深い苦しみを味わわせてやりたいとおもうでしょう」
「同情された? ……」
「同情……と言うより、憐憫です。地獄に落ちろと思うかもしれません。けれど思うだけです。折角夫が命を懸けて紡いだものを無駄にするなど愚の骨頂です。貴方にとって、夫の命は、我欲を満たすためなら無駄にしても良かったものなんですか?」
それにもし彼の残したものに灼かれ続けているのもまた愛の形だろう。
御館様の妻が怒りを顕にした。うーん。怒り……か。もっとこう感情じゃなくて冷静な反応を見たかったけれど、まぁいいか。
「貴方の夫は、きっと熱に魘されたことも、骨折して体の一部を失う無力感も味わったことがないのでしょうね。ただ強いからというだけで」
そういえば聞いたことがない。というかいつも高熱みたいな体温してる。その暖かい手で包み込まれるのがすごくいい。うたも分かってくれる。縁壱君だって巌勝君みたいにあったかいだろうから。巌勝君は渡さないけど、一家に一人縁壱君がいれば冬も暖かいんじゃないかな。
そんでもって骨折って、つい数年前に夫婦して骨どころか内臓も断たれたばかりなんだけれど。
「特にないらしいですね。〝ばらんすの取れた食事、適度な運動、そして笑顔〟でしたか? 〝ばらんす〟っていうのは均衡と同じ意味らしいです。そんなこと巌勝君も言ってました。すいません話が逸れました。それがどうかしましたか?」
「っ……そうやって……命の苦しみを知らないようなやつが……」
「喜怒哀楽の〝喜〟と〝楽〟しか知らないようなやつが! 私達について命について説くのか!?」
「お前たちこそ、命をなんだと思っている!!」
「……」
「人間は苦しむ生き物です! 病に罹って苦しみ、血を流して苦しみ、壁に当たって苦しむ。だが、貴方達にそれは無い。
技術のみで刀から月の形をした刃を飛ばす。いくら走っても息切れひとつしない。内臓を切られても刀を振り続ける。
私達はお前達とは違う! 刀が描くのは普通の軌跡、走れば疲れる、内臓を斬られれば」
「煩い」
首を飛ばす。
なんだコイツは。嫌悪感で吐きそうだ。産屋敷からも漂ったそれはただの憎悪。鬼殺隊の隊士を散々魅了しておいて、あとは駒。鬼殺隊全員の名前を覚えていようが、最終的に正しかろうが関係ない。
私達が鬼なら、こいつらは
余計タチが悪い。
「縁壱君は関係ない。それにどれほど辛いかなど本人がいちばん知っています。他人の物差しで測るんじゃない。お前たちこそ命について語るんじゃない。まずは最終選別のやり方でも変えてから語りなさい」
ん?
«暁の呼吸 肆ノ型 壊劫»
三連続同時の回転斬りを足元の畳に向かって放てば────
「ほーら」
────爆薬
やっぱりこいつらの方が鬼だったんじゃん。
……私を消し飛ばすつもりだったの、家族諸共。やたら量が多い。分量も素人。それでも調合できたのは運が良かったみたい。私を殺せばそれでよかったのか。
屋敷のみんなは寝ている。これは独断。命を奪ったようなもの……いや、勝手に全滅されたらこっちも困るんだけど。
「はぁ……なんで、巌勝君はこんなのを信じちゃうんだろうね。私のせいか。私が見張ってないと。もう二度と悲しまなくて済むように」
★翌日
「とーさまとーさま! ぐるんってやつやって! ぐるんぐるんってやって!」
「ああ……いいとも」
そう言うと巌勝君は宙で一回転。そして綺麗に着地。ふぁさってなった髪の束がすごく魅力的。凄い。語彙力が消滅した。
というか日光の下で平気なんだ。日傘さしてるとはいえもう克服したようなものじゃん。
「きゃははは!!! すごいすごい!!」
紫明は精一杯ぱちぱちと拍手して、体全体で賞賛の意を示している。なんて可愛い。屑を見たあとだから余計……より一層可愛く見える。絶対に嫁に出してなるものか。
「しあもする!」
思いっきり飛んで一回転。まだ五歳なのに宙返りできるなんて末恐ろしい。巌勝君は前傾姿勢を解いた。何かあったら飛び込む気満々だったけれど杞憂に終わったみたい。
私も何かしてあげたかったけど……駄目だなぁ。今鬼でもなんでもない人間に近づいたら何をするかわかったものじゃない。私は人の味を覚えた。覚えてしまった。涎が口の端からこぼれているのに気がついて慌てて着物で拭った。
「かーさま! いまのみてくれた!?」
「……」
「かーさま?」
「え? ……あら、ご、ごめんなさい紫明。母様今日は調子が悪そうなの」
布団を頭から被って極力紫明を見ないようにする。ごめんね紫明。本当にごめんね。
「ふぇ? ………………だいじょうぶ……なの?」
「しーちゃん!」
「しーちゃん遊ぼ!」
友達だ。巌勝君と同じ侍の子供達。
「ほら紫明、お友達が呼んでるわよ」
「うー」
どうやら稽古を続けたいけど、友達とも遊びたいようだ。私のこともほおっておけないみたい。布団から頭と顔を出して紫明に手を差し伸べる。
巌勝君も近づいてくる。バレちゃったかな?
「大丈夫。ほら、刀は母様が預かっといてあげるから」
「母様は父様が見ておくから。いってこい……日が落ちるまでには帰ってくるのだぞ」
「なくさないでね!」
「ええ。母様がしっかりと見張っておくから、遊びに行ってらっしゃい」
「ぜったいだよ! ぜったいなくさないでね! やくそく!」
「はいはい。やくそくね」
小指どうしを握ったら、紫明が駆けていく。転けないよね。転けでも受け身はとるから大丈夫かな。
それにしても沈黙が痛い。縁側に巌勝君が腰掛けた。近くに行きたい。もぞもぞと布団ごと移動して陽の当たるギリギリのところで止める。
「正直に言えば……紫明には刀を持たせたくなかった。争いとは無縁に幸せに過ごして欲しかった」
「でも力がないといざと言う時に自分を守れない」
「そうだ……その通りだ」
「いいんじゃない? 万が一があった時に後悔はしたくないでしょ」
私はお日様の下を歩けない。だから塀があって、ある程度裕福な家が必要不可欠。だから巌勝君は侍をしてくれている。少し前まではただの村人だったのに。
反面教師に育てられたからできるだけ紫明に不自由なく過ごさせたいそうだ。名門の継国家だもん。力が全てで侍を目指すのが当たり前みたいなお家だったんだろうな。
「巌勝君は、大丈夫なの? 太陽の光が苦しくないの?」
「大丈夫……とは言い難いな。日傘に加えて、日光で細胞が燃え尽きるよりも早く再生するのに力を入れているだけだ。この状態では技もだせんし、斬られれば回復も格段に遅くなる」
「……無理しないでね。もう貴方だけの体じゃないんだから」
「大丈夫だ。ありがとう。薫も無理はするな。朝ごはんは食べなかったが、昼もか?」
「うん。やっぱり普通の食べ物はあんまり受け付けないから」
「そう……か」
少し怒りの感情が滲み出てる。自分に対して向けている。私がこんな中途半端な体になったのは自分のせいだと思ってるんだ。鬼殺隊が全部悪いのに。最近まではそんなに悩まないで欲しかったけれど、今になってみれば、こうやって悩んでいるということが私だけを思ってくれていることになると気がついた。
嫌な女。好きな人が自責の念に苛まれていることをどこか喜んでいるのだから。
「優先事項は薫の体質と紫明のこれからだ……薫については炭吉の血と私の血を混ぜたものを飲んで……経過観察。紫明は引き続きこの調子で育て上げる。だが鬼殺隊も私達を探している……どうしたものか」
鬼殺隊という言葉が彼の口から出てくるだけで嫌になる。あんなの気にしなくていい。気にする価値もない。
それについ昨日、掻き乱してきたところだ。
「あー……鬼殺隊は放っておいてもいいよ」
「……だが」
「いいから。あんな奴ら、放っておいていいの。巌勝君が気にすることなんて何一つないんだよ。鬼殺隊よりも大事なものがここにはあるでしょ?」
「……薫がそういうのならばそうしよう」
そうだよ。私のゆう通りにしていればいいの。
息を吸う。息を吐く。
「人を食べたよ」
静かに巌勝君の目が驚きに見開かれた。私は巌勝君から目を逸らして遠くを見た。あの味を思い出す。「たべたくない」と「おいしい」を、同時にかんじた、あのえも言われぬ感覚を思い出す。吐き気がした。
「すごく美味しかったの。血も甘美で、お腹は暖かくて、それから……」
布団越しに背中に手が置かれる。私は顔を上げた。
なんでそんなに優しい目をするの。
なんでわかったような顔をするの。
そんなに優しくされるとまた食べちゃうかもしれないんだよ?
紫明を襲うかもしれないんだよ?
怒っていいんだよ。欲望に負けた私を叱っていいんだよ?
「落ち着け……ゆっくりでいい……仕方の無いことだ。四百年先の娘は薫のように鬼化が進んでしまった時……人に一目散だった。それこそ止めなければ際限なく食ってしまっただろう。それと比べてみろ……完全に鬼化しているというのにお前は……」
「ちがっ……待って……私以外の誰かのことを考えないで。私を怒って。私は人じゃないことをしたの。ただの悪いのにみたいなことをしたのに……なんで……そんな顔を……」
「薫……ほら」
巌勝君がなにかしてる。涙で滲んでよく見えない。目をこすってもう一回見ると……腕を刀できりつけて……って、何してるの!? 止めなきゃ!
「……何をし……っつ! ……あぁあ」
何も考えられない。滴る血に釘付けになって、口からは涎が零れ落ちる。まるで鬼じゃん。いや、どうでもいい。早くあの血を啜りたい。滴って畳に落ちたものよりも鮮度のいい腕のほうがいい。
もう我慢できない。布団を弾き飛ばし、私は飛びついた。
「抑える必要は……「っ!」……ないぞ」
「んっ……はふっ……っ……」
すごく甘い。脳が蕩けそう。昨日食べた阿茶さんの血なんて比じゃない。あれが毒なら、これは劇毒だ。一滴で堕ちる。体の隅々まで虜になる。
「落ち着いたか?」
……別の意味で落ち着かなくなったけど
「う……ん」
「余り自分を責めるな……人を喰っても薫は薫だ。耐えきれなくなったら何時でも来い。忘れさせてやる」
そう言って頭を撫でてくれる。
惚れ直す。愛が溢れていく。とめどない。満たされていく。際限ない。私が堕ちているのは愛の海か、奈落の底かその両方か。
きっとこの思いは異常なのだろう。こんな重い女をそうさせてしまった彼にも責任はある……っていう考えも重いか。でも受け入れてちゃったね。もう離さない。離れたくなっても離してあげない。一心同体だよ。分かるの。
私と貴方の首を同時に斬らないと私達は殺せない。
「ねえ。あなたのせいなんだからね。私が今大変なことになっているのは」
「薫?」
「……こっち見て。私の手を取って。……そう、体ごとこっちに向けて?」
貴方の横顔が
貴方の後ろ姿が
貴方が何かを見つめているのは
私以外のものが映る瞳は嫌い。紫明は仕方ないとして、それ以外は許さない。
私はか弱くて巌勝君に守られる薫。彼の認識ではきっとそう。
だから深淵は見せない。鬼殺隊の里に顔を出したのも言わない。たとえバレても彼は受け入れてくれるだろうけれど、まだ知らない方がいい。知らせたくない。
私は今幸せ。望むものは不変。
私は貴方のためならなんだってできる。
人も鬼も邪魔できない。邪魔させない。私たちは鬼だ。
四百年後、私は鬼殺隊を滅ぼし、鬼舞辻無惨を滅し、太陽を克服する。
そうしたらもう私たちに勝てるのは誰一人としていなくなる。今度こそ永遠が手に入る。
限られた命を燃やし尽くすのが人間の生き方ならば、無限の命を遊び尽くすのが私達鬼だ。この人となら同じ会話を幾千回しても飽きない。同じ毎日も幾星霜過ごしても満ち足りている。紫明と三人で小さな屋台を営むのもいい。大きな商売で一喜一憂するのも楽しそう。互いに体を子供にして近所の幼馴染として三人過ごすのもいいかもしれない。紫明は嫌がりそうかな。
でも今は目の前のことに集中しなくちゃ。撫でられた頭が熱を持ったように火照る。確実に体温は上がっているのに心は穏やか。
「ほら……来て」
彼の襟を握って私が後ろに倒れ込めば、巌勝君はされるがままに身を寄せてくれる。頭の上に疑問符が浮かんでそうだけれど、これで完全に押し倒されている形になった。
「……真昼間だぞ」
「えへへ……私達にとっては真夜中だね」
「鬼には食欲以外にないらしいが」
「夫婦揃って特異体質みたいだね」
「……次からはいつも通り竈門家の血も混ぜるからな」
「ええっ!?」
心外だ。でも頼めば直接吸わせてくれそう。歯止めが聞かなくなったらこうして抱いてもらえればいい。……あれ、私って天才かな?
薫
人を食べた。滅茶苦茶後悔したけど、秒で解決。
紫明
痣つき透き通る世界持ち一般五歳児。もちろん縁壱程じゃない。
産屋敷の妻
この女もしかしなくても無惨より鬼殺隊にとって危険じゃないか?(大正解)