黒死の刃   作:みくりあ

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参話 与えてくれた形(縁壱視点)

 兄上は変わったと思う。本当に突然だった。話しかけたら笑顔を向けてくれてびっくりした。今までは慈愛よりかは憐憫であったし、笑ってくださるなんてほぼなかった。でも、

 

「……私がいる。だから大丈夫だ」

 

 この言葉にどれほど自分が救われたのか、兄上は知らないだろう。無駄に鮮明に見える視界が晴れ始めるのをあの時確かに感じた。

 

 

 

 ★

 

 

 

「縁壱」

 

 自分を呼ぶ声。自分の小さい葛藤なんて吹き飛ばしてくれる声。

 

「なんでしょう! 兄上! 」

 

 嬉しい。

 兄上はつい最近自分と同じ場所に痣が現れ、首元からもう1箇所見える。少し自分とは違った現れ方は不本意ではあるが、額の部分だけは同じ形なのでとても嬉しかった。

 

「見ているがいい」

 

 兄上は刀を振るう。ここは裏山。自分と兄上しか知らない。秘密の場所。自分がこの世で1番大好きな場所。

 

「……ふっ!」

 

 抜刀一閃。

 山に斬撃音が()()()木霊する。兄上の刀は()()()の木を狙った。

 

 兄上の斬撃は、飛ぶ。

 

 自分にも何故か分からない。ただ兄上は平然とやってのける。その上、一閃に対し無数の斬撃が付随してくる。それはまるで三日月を幻視させた。兄上は、「私には縁壱ほど才能がない」と仰っていたが、本当にそれは正しいのだろうか。自分には斬撃を飛ばすなど不可能だ。対象となった木は無惨に刻まれ続け、倒れた。

 

「……どうだ縁壱。私の型は 」

「……え? ……あ! はい! お見事でした! 強いていえば、関節を意識するともっと良くなると思います!」

 

 嘘だ。既に形は惚れ惚れするほど美しいし、関節にまで意識を向けるのはまだ私にもできない。私も精進しなければ、兄上に沢山教えられるように。

 

「そうか。やってみよう」

 

 兄上が集中している。まだだ。自分がいては兄上の次期当主の座が揺るぎ、兄上が疎まれるのはわかっている。自分の存在が兄上に迷惑がかかるとしても、まだ兄上と離れたくはない。兄上は父上に実力を隠している。この反則じみた剣技が世間で言う鬼の使う術のように不可解であり、見せびらかしても恐怖の目で見られるからであると兄上は言っていた。もはやその実力は武家の次期当主という肩書きでは収まらないのだから。

 

 二ヶ月前、稽古をつけて欲しいと言われた。それから自分は兄上と鍛錬に明け暮れた。自分は自分の呼吸法と組み合わせた十二の型を生み出した。兄上にその型を全て見せると《日の呼吸》と名付けてくれた。兄上は私の型を見て自分の型を調整していた。《月の呼吸》というらしい。日と月は対の存在。なんだかとても嬉しかった。型にも名付けてくれた。

 

 壱ノ型 円舞

 

 弐ノ型 碧羅の天

 

 参ノ型 烈日紅鏡

 

 肆ノ型 灼骨炎陽

 

 伍ノ型 陽華突

 

 陸ノ型 日雲の龍・頭舞い

 

 漆ノ型 斜陽転身

 

 捌ノ型 飛輪陽炎

 

 玖ノ型 輝輝恩光

 

 拾ノ型 火車

 

 拾壱ノ型 幻日虹

 

 拾弐ノ型 炎舞

 

 最初と最後の名前が同じである訳は兄上曰く、繋げるためだと言う。確かに繋げることは可能だ。しかし、常人では一周だけでも辛いのではないか。兄上の事だ、きっとなにか訳があるのだろう。

 

「兄上」

「なんだ改まって」

「……一度稽古をしてみましょう」

「……ふははっ……ちょうど良い私もそう思っていた所だ」

 

 兄上は嬉しそうだ。兄上が嬉しそうだと私も嬉しい。兄上も同じ気持ちだろうか? 

 

「……では、やろうか」

 

 両者睨み合い、構える。兄上は木刀を抜刀の形に構える。本物の刀ではないので斬撃の飛距離と威力は格段に落ちるが、それでも打ち身程度では済まないだろう。半端な気持ちで向かっていけば必ずどちらかが大怪我をする。だからこそ私も本気で向かっていかなければならない。

 戦法としてはまず近づいて、日の呼吸で切り続ける。それが格上に対して有効であることは既に知っている。兄上に通用したのだから。呼吸を整える。自分の口から燃えさかる炎のような音が聞こえる。兄上の口からは聴く者を恐怖させるような呼吸音。

 

 

 «日の呼吸 漆ノ型 斜陽転身 »

 «月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮 »

 

 

 突進しながら、兄上の刀の間合いのわずか外で飛んで体をひねり宙で反転する。真っ直ぐ首を狙う。兄上が抜刀するがただの抜刀の範囲ではない。それから放たれる無数の斬撃。先程まで自分が居た辺の木々をなぎ倒す音が聞こえる。

 しかし自分には当たらない。軌道をそのまま首を狙うがギリギリのところで刀を滑り込まされ、受け流される。兄上は私に避けられる前提で刀を振ったのだ。小手調べに違いない。

 

「初見殺しだな。いい動きだ」

「ありがとうございます」

 

 再び構える。恐らくさっきのは首を狙うと予想され、あえて空振り、余裕を持って自分の剣を受けたのだ。恐ろしい。刀を扱う者にとって斬撃が飛ぶなんて恐怖でしかないのに。

 

 «月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間»

 

「……っ!」

 

(まずい……兄上に先手を取られた)

 

 無数の斬撃が全方面に放たれる。たかが刀の一振、されど一振。斬撃が地を砕き、天を覆う。兄上が最近完成させた。最新の型……速攻で決めるおつもりだ。此方も負けてはいられない。

 

 

 «日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽»

 

 

 刀を両腕で握り、広範囲を薙ぎ払って斬撃の雨を受ける。完全に受けきらずともいい。そのまま突貫し、間合いを詰める。向かってくる斬撃だけ逸らせばいい。

 

 

 «日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天»

 

「……!」

 

 体格差を腰を重心とした上からの斬撃で覆し、鍔迫り合いを拮抗させる。このまま型を繰り出し続けば……。

 

 

 

 

 

 

 «月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍»

 

 

 

 

「ぐっ……」

 

 兄上の筋肉と血管が急激に膨張する。刀を振られたのか。痛覚が悲鳴をあげる。まともに受けた。何を受けた。刀を持てない。

 

「この使い方は初めて見せたな。この型は刀を振るわずとも斬撃を放てるのだ」

 

 呼吸を整え……ようとするが駄目だ。この身体では刀の軌道が鈍る。

 

「……参りました」

「私はお前の型を見たことがある。対してお前は私の型で見せていない面もある。仕方ないといえばそれまでだが、そう言われるのは嫌いだろう。ならば修練に今後も励め」

「ありがとう……ございます」

 

 やはり悔しい。つい最近までは自分の方が強かった。体格差でしょうがないにしても腑に落ちない。

 でもそれと同時に世界を見てみたいと思った。自分は兄上しか知らない。本当に頂点は自分なのか、知りたい。知るには外に出なければならない。鍛錬を初めて二ヶ月、ちょうど良い。一年まで十ヶ月だ。あと十ヶ月で家を出て世界を見に行こう。

 

 ★

 

 ──────これを渡しておこう

 

 

「兄上……? これは」

「見ての通り、笛だ。修練を頼んでからちょうど1年。感謝の意も込めてな」

「ですが、兄上。自分はこれから……」

「家を出るのだろう? 持っていけ、退屈しのぎにはなるだろう。私が作った。頑丈だ。きっとお前を守ってくれるだろう」

「……自分のために……兄上が」

 

 涙が零れる自分を兄上は微笑んで見つめている。兄上の瞳に私が映る。私は酷く不細工な顔をしていた。駄目だ。兄上の前で醜態を晒しては駄目なのに。どうにも感情が制御できない。なぜ私はこうまで幸せものなのか。

 

「不満か?」

「いえっ……自分は……ぐ……縁壱はっ……果報者です……いただいたこの笛を……兄上だと……思い……ぅ……どれだけ離れていても挫けず……日々精進致します……」

「あぁ、励むといい」

 

 涙を拭う。最後くらい屈託のない顔を見せなければ。

 

「私は出ます。兄上もお元気で」

「お前もな、気にする事はない。また会える、生きていれさえすれば」

「はい!」

 

 持っていくものなど少なくていい。大事なものは兄上に全部もらった。笛だけは大切に袋にしまい。家の門をくぐる。振り返らない。兄上がまた会えると言っているのなら、必ず会えるだろう。

 初めて見る世界を心を踊らせながら、私は走り続けた。




兄上が強すぎる
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