黒死の刃   作:みくりあ

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感想、誤字報告、そして評価ありがとうございます!
映画公開で鬼滅熱がまたきました。明日公開です。兄上の声がつくので絶対見に行きます。


鬼の娘 破

「師匠攻略会議──」

 

 どこか上の空なほのぼのとした声が森に響く。口はぽかんと開けられており、目は虚ろ。天に突き出した拳はそのままに静寂が訪れた。行動の主体が美少女なだけに、妙に愛嬌がある。

 

「……」

「……」

 

 それを見ているのは二人の観客。もとい二匹の観烏である。

 巌勝の鎹鴉である八咫。

 薫の鎹鴉である天外。

 二羽は慣れていた。なにせこの程度は序の口。以前は北の海を泳いで渡るなどと言い出したこともあり、最低限の心構えはしている。海豚に助けられたから良かったものの、一歩待ち構えれば海の藻屑である。

 とは言っても、当の本人は初めから絶望を撒き散らしているのでどうにかなりそうだと二匹は思っていた。

 

「盛り上がっていこ──ー」

「……アンタ、目が死んでるわよ」

「姫、今度を何を」

「……天外も八咫も見たらわかるでしょ。師匠をぼこぼこのこてんぱんのたんこぶだらけにするの」

 

 縁壱のそんな姿どころか、かすり傷を負った姿ですら想像出来ない二羽は首を傾げた。二羽からすれば紫明も十分強いが、継国一家と比べると霞む。今の紫明は鬼になる直前の薫と同じか少し上回るぐらいだろうと、二羽は思っている。

 

「勝算は?」

「え? あるわけないじゃん。何言ってんの面白い冗談だね天外。よく父様はあんなのとずっと過ごしてきて狂わなかったよ」

「あんなのって……アンタね……」

「本当に……ないんだって。あーどうしよう」

「……」

 

 紫明は初めて縁壱に会った日のことを思い出す。

 

 それはよく晴れた日のことだった。

 

「とりあえず斬りかかってきなさい」

「え? ……き、斬り掛かる?」

 

 紫明は吃った。

 目の前にいるのは紫明にとっての叔父である。父親が強いことは知っている。だからこそ剣を習いたいと思ったのに、庭で待っていたのは父ではなく叔父。落胆するよりも早く、渡された真剣で斬り掛かれと言われて驚かない方がおかしい。

 先程まで風が吹いていたのに、いまや無風。静けさが紫明の心に沁みる。以前目の前の剣士の双眸は、紫明の瞳を捉えたまま揺れ動くことすらない。対して紫明の瞳は動揺に揺れ、縁壱と渡された刀を行ったり来たりしている。

 

 

 

(まぁ、とりあえずは見てみるか)

 

 

 

 

 

 

『透き通る世界』

 

 それは呼吸法の極地。

 生物の肉体であれば、注視することで透けて見えることの出来る能力。血液の流れや肉体構造が手に取るように分かるので、次に繰り出す攻撃と弱点を瞬時に割り出せる、神の御業。

 しかし、体温を三十九以上に保って現れる選ばれし痣の発現者ですらこの極地にはたどり着けないものがほとんど。生まれつきそれが可能な紫明は埒外の怪物に違いない。この能力が父親から特別なものだと伝えられた時、紫明は自分が世界で上から数えた方が早いぐらいの強者だと自覚した。

 生物にしか使えないとはいえ、分からない存在と対峙した時は、まずこの能力を使うようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………は)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫明は無意識に身構えた。そうでないと一瞬で殺られると理解した。

 煮え滾る溶岩のような血流。

 無限に力を練り上げる筋肉。

 鋼鉄よりも硬い骨。

 脳の命令を遅延なく伝える神経。

 依然、周囲は無音。

 だが透き通る世界を持っているものなら分かる、縁壱という存在の大きさ。それが目から伝えられるだけでなく、自身の震えとして紫明の耳に入ってくる。

 

(しかも見られているッ……! 同じ能力で!)

 

 縁壱の眉尻が少し下がる。紫明が臆していることを目にしたから、申し訳ないと思ったのだ。巌勝とうたから自分の異常さは痛いほど言われてきた。加えて心から敬愛する兄の愛娘相手に威圧してしまったのかと恥じ入った。

 それは恥である。

 

「っ……じゃあ……参りますっ!」

 

 継国兄弟は双方とも、表情と思考が一致しない。悲しくも、紫明は縁壱の罪悪感から来る行動を失望と捉えた。

 紫明は刀を正眼に構え、踏み込む。目の前の人間は余計なことを考えて勝てる相手では無いと悟った。今の全力で向かわねば、勝てない。

 そこからの紫明は赤子だった。少しでも見失えば、次に姿を捉えたら喉元に刀のおまけ付き。紫明も愚物では無い。脳を限界まで使い、一度された動きは全て学習し、考えうる限りの最高の一打を放っている。それでも敵わないのは縁壱が次々と新しい攻撃を仕掛けてくるからであり、紫明の対策が甘いことを見せつけられていた。

 もはや理不尽が人の形をしていたと言っても過言では無い。

 

 戦場において、最強はいない。

 強者と言われる類でも連続で五十人斬れる存在がいるかいないかである。加えて、そんな人間は世界でも百人いないぐらいであるし仮に居たところで兵を百人増やせばいいだけである。何せ人は疲れる。疲れた体は鉛のように重くなる。

 もし、疲れない人間がいるとしたら? 

 全力で動き続けても息を切らさない人がいるとしたら? 

 一太刀で、数千人を殺せる刀を振るえば? 

 一撃必殺の連撃を繰り出せるのなら? 

 

 

 それは最強と呼んでも差し支えぬだろう。

 

 

 

「あれは最強だよ。こと戦いにおいて無敵。まずったなー。勝てる算段がつかない。……なら、手段を選ぶまでもない、か。師匠には悪いけどね」

 

 一瞬。紫明の瞳に光が灯る。父のそれを色濃く残した眼光は碧空の陽光に正面からぶつかって尚、瞬きひとつせず睨み返していた。玩具を与えられた子供のようであり、将のようでもあった。

 

「戦わないんだよ。使えるもんはなんでも使う。ふふ。勝てばよかろうなのだ」

 

 そう言って、紫明は年相応の笑みを浮かべた。

 

「姫、太陽を直視するのは目に悪いかと思われます」

 

 

 

 …………

 

 

 

「ってワケ。アンタ達が心配するまでもないってのが、アタシの考えね」

「……一瞬、ほんの一瞬であるが、縁壱殿に勝る何かを垣間見た。まるで塗り替える様であったぞ」

「……二人とも、苦労をかけたな。もう休め」

 

 夜。

 屋敷の縁側で座っていた巌勝は、一通り鎹鴉の報告を受けたあと下がらせた。傍には夜の散歩から帰ってきた薫が正座で座り、複雑な心境の巌勝の横顔を見つめていた。

 

「紫明は巌勝君が思っているより強いよ」

「時々ふと思う……私は父親としてあの子を……導いてやれてるのかと」

「巌勝君も父親歴十六年。私も母親歴十六年。こればっかりはどうにも出来ない。剣を振ろうが上手くなるわけでもないからね。そして分かってるでしょ?」

「?」

「あの子は導く前に、自分の意思で生きているって」

「…………ああ、そうだな。……そうだとも」

 

 ★

 

 紫明の作戦決行日。

 そこには苔むした岩の上を軽やかに跳んで山を登る紫明の姿があった。

 尚、縁壱はこのことを知らない。第一、『試合で』ぼこぼこにするなどと約束しておらず、とりあえずぼこぼこにすればいいのだ。

 

(見つけた)

 

「♬ ♬〜〜♪♪ 〜♩」

 

 少し開けた山の端。そこには笛を吹く縁壱がいた。曲は紫明の知るものではなかった。縁壱は巌勝が偶に口ずさむ曲を吹いているのだ。その曲は遠い未来、または違う世界でとある映像作品の冒頭に流れる曲である。紅蓮の華よ咲き誇れ。

 縁壱の傍には蛙や鹿、蜻蛉、野良犬などが集まっている。笛の主が母のような儚げな乙女であれば、美しい一枚絵になるだろうなと紫明は思った。しかし縁壱は百九十センチの巨漢。台無しである。色々と。

 後ろから木刀で斬りかかろうとも考えていた。きっと有利には働く。最初の一撃で決めることが出来れば御の字。当たらなくても焦りを相手に植え付けるのは重要。

 

(……なんか違うんだよなー。それは。まぁ、ここまで準備しておいて今更何をって話だけど)

 

 紫明には自覚があった。生まれつき痣があるのは天与の才がある証。近所の子供は石を握り砕くことは出来なかったし、熊からは走って逃げ切ることも出来なかった。確実に才はある。近所の子供以上、父親や縁壱以下の才が。

 刀は違うとわかっている。実際には刀の才能はあるにはあるが、周りが周りなだけに霞むのだ。というか縁壱が刀を使うのに、わざわざ合わせてやる道理はなかった。

 そこで目をつけたのが〝間合い〟だった。

 

「やぁやぁ、師匠」

 

 草むらから紫明が縁壱の近くへと姿を現した。笛の音が止まり、縁壱が顔を紫明へと向けた。動物達は逃げることなく、総じて紫明を見ている。

 紫明は腰に差してある刀を鞘ごと縁壱に渡した。黙って縁壱は受けとった。

 

「紫明? この刀は?」

「師匠! 勝負しよう!」

「っ、はい! では……どこかへ移動を」

「ううん」

 

 継国紫明は、煉獄薫と継国巌勝の娘である。母親の薫はあっさりと生まれてからずっとそばにあった鬼殺隊を裏切り、初めて呼吸を派生させた。父親の巌勝は刀こそ正義の時代で刀を投げ、鬼の腹を殴って吐かせた。

 つまり、両親は二人とも勝てばよかろうの精神なのだ。

 

「すぅ……っ」

「?」

「よし……どぉぉぉりゃぁああああ!!! 

「ぇ……?」

 

 轟く咆哮に動物たちは一目散に逃げ出した。途方に暮れる縁壱目掛けて、紫明はいつの間にか取り出していた方天戟を握ると思い切り、斬りかかった。地を砕くほどの威力で踏み込んだ体は、瞬く間に最高速度へと到達した。まだ子供とはいえ、痣者。距離は零へと近づき──

 

 

(左ィ!)

 

 

 衝撃。

 先手は紫明。突然弟子が斬りかかった事実に縁壱は動揺していた。だというのに体は瞬時に反応し、振り下ろされる戟を手に持った刀で逸らした。すれ違う瞬間、紫明の瞳には刀の鞘……否、渡したままの姿の刀が写った。抜き身ですらない。抜刀していないのだ。

 

「師匠ぉ! 逸らしてちゃ勝負になんないよ!」

「ほんとうに殺すつもりで来るのですね」

「そうだよ! さぁ、捕まえてご覧」

 

 紫明は身を翻し、森の奥へと駆けていく。

 

「困った弟子だ」

 

 一体誰に似たのか、続く言葉を飲み込む。人は生まれが全てでは無いだろう。あの天衣無縫な少女にきっと兄も義姉も振り回されているに違いない。どこか吹っ切れた縁壱は走り出した。森に足を踏み入れると、折れた枝から人が通った形跡を見つけ出す。

 

「しかしなぜ森に……」

 

 直後、風を切って苦無が縁壱の眉間、胸、足を目掛けて飛来した。反射で眉間と胸の苦無は避け、脚の苦無は踏み砕く。ご丁寧に黒塗りで光を吸収して見えにくくなっている。

 途端に踏み砕いた苦無から刺激臭が拡散する。何か毒物の類が入っていたのだ。込められた悪意はかなりのもの。

 

「何を……」

 

 鼻が利かない。というか常人は戦闘で匂いを頼りにしない。だが無駄に五感の鋭い彼は嗅覚すら駆使して戦う。ともなれば、この刺激臭は常人より効くのだ。

 縁壱は体制を立て直すため、即座に後ろに跳んで再び開けた場所に戻ろうとしたが、弟子の前で引くことはしたくなかった。もしかすると巌勝もみているかもしれない。無様な姿を晒すのは得策では無い。鼻を刺す刺激臭に涙目になりながらも鬼も蛇も出てくるどころか死すら待ってそうな森の奥へと踏み込んだ。

 

(この場所。作り上げたのですか。数ヶ月では出来ない。きっと数年かけて作った独壇場)

 

 思考の合間にも空気を唸らせて人の体よりも太い丸太が落ちてくる。それを片手で掴んで投げると、隠されていた十数個の罠を起動させながら転がって行った。発破どころかトラバサミもある。

 縁壱は思う。()()()()()()()()。トラバサミを踏んだところで、挟み込んでくる速度よりも早く足をどければいいだけの話であるし、発破を爆破してしまっても爆風と同じかそれ以上の速さで受身を取れば無傷。それだけ。

 問題は得物。

 見た目は刀のそれだが、柄にあたる部分の中身が殆ど空洞であった。紫明の初撃を逸らせたのが奇跡である。

 

(下手すれば、柄を握りつぶしてしまう)

 

 紫明が縁壱へ渡した武器も策のひとつ。縁壱に渡された刀は日輪刀でも何でもない。故に赫く染まらないし、まして燃えもしない。そして脆い。要するに武器破壊が可能なのだ。武器を手放す訳にもいかないので、破壊しないように力を抑えながら戦うしかないのである。今ここに巌勝がいたのなら、『常在戦場。常に刀の一本は持っておけ』と、咎めたに違いない。そう思うと縁壱は不気味な笑みを浮かべた。

 

 «日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽»

 «日の呼吸 玖ノ型 輝々恩光»

 

 縁壱は周囲を薙ぎ払ったあと、目星をつけていたあたりに向けて突撃した。小細工を弄する間もなく、全てを無に返し紫明へと迫る。

 

(ただの数打ちでも叔父様が握れば名刀になるって言うの!? 冗談じゃない!!)

 

 師匠を強者たらしめているのは日輪刀では無いことを再認識した。

 時の名工、弔替八尋。巌勝と縁壱。そして薫の刀を手懸けた人物である。紫明も何回か見たことがあるが、言葉に出ないほど美しかったのを覚えている。こっそり抜いて、見蕩れているうちに触ったところ、予想外の斬れ味に指から血が出たこともあった。

 そんな刀なんだから鬼に金棒である。なら、それが無くなれば有利に働くと思っていた紫明は、まんまと予想を裏切られた。

 

「追いつきました」

「こんの……!」

 

 «日の呼吸 拾ノ型 火車»

 

 «日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹!! »

 

 紫明はまだ完全に隙を埋めきれていない。だからこその罠。がら空きの箇所を埋めるように発動された罠から苦無を飛ばす。次々と切り替わる展開。そこには爆発が、閃光が、鋼の火花が絶えずあった。

 だが、斬り合いになった時は埋まることの無い差が出てくる。

 

「だったら……」

 

 懐から取り出したるは煙幕。地面にたたきつければ、縁壱の視界に霧のような靄がかかる。

 

(多彩……)

 

 «日の呼吸 壱ノ型 円舞»

 «日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽»

 

 «日の呼吸 参ノか……っ! »

 

 肆ノ型により、一撃で煙幕が晴れた。そして背後から戟を横薙にしようとしていた紫明と円舞がぶつかる。

 

「なんでっ!」

「目は見えない。音もよく隠している。けれど心音は止められないものです」

 

 天才は階段を飛ばし飛ばしでのぼり、成長する。成長し続ける。不協和音轟く中で成長したのは聴覚であった。

 心音は消せようがない。つまり姿を隠すような道具はもう使えない。使っても意味が無い。紫明の脳内から罠の発動という選択肢が消える。まだ仕掛けた総数の三割も発動していないが、致し方なし。

 

「っ……あっはははは!!! 師匠、最高!!」

「笑いますか」

「ははは。ごめんごめん。もう罠は使わないよ」

「……と言いながらも、この場所も罠だらけなんでしょう?」

「ないよ」

「……」

「この場所は、師匠が本気になったら連れてくるところ。さっきの罠達は私が本気だと師匠に伝えるため。本気の師匠を倒さないと意味が無い」

「なるほど……では、望み通り参る」

「まぁ……」

 

 縁壱は笑った。罠だらけであったが、ここからは師匠と弟子として力比べができる。思えばこれほど新鮮な戦いは初めてな気がした。今すぐにでも心より賞賛の言葉を送りたい気持ちでいっぱいだった。

 壊れかけの刀を構え直し、突き進む。受けに回るなどと考えることすら邪魔。

 

 

 

 «日の呼吸 伍ノ型 陽華突»

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だけど」

 

 

 

 

 ボコン。

 

 

 

 不意に、縁壱の近くの地面が隆起した。否、縁壱自身が落ちているのだ。

 落とし穴。

 古来から伝わる単純なもの。しかし、効果があるからこそ伝わったのであり、足場を命とする剣士ならば有効と言える。

 穴はそこまで深くない。縁壱は着地後、確実に跳んで抜け出せるだろう。だからこそ、落下中が勝負。

 

 

「何?」

 

 

 何か小指大の玉が勢いよく飛んで来るのを、縁壱の耳は感じ取った。空気のうねりが、その玉は受けてはいけないと伝えている。直感通りにその玉を刀で受けると、想像を遥かに超える力が込められていた。

 

 ぎりり、と。

 嫌な音をたたて縁壱の刀が根元から砕ける。

 

 

(南蛮の武器か!)

 

 それは火縄銃。

 縁壱にとって銃弾を見切るなど造作もないが、透き通る世界を持つ者には手ごろに隙を作れる便利な武器であった。しかし、それは当たればの話。音で自分の位置を知らせるリスク。さらに一発打てば装填に時間がかかる。

 

 だが当てた。

 

(体術のみならず、飛び道具の才は親譲り。正しく兄上の子だ)

 

 縁壱が紫明と斬りあった時、驚愕を感じていたのは紫明だけではなかった。初めこそうたの作る献立を頭の隅に立ち会っていたものの、紫明が真剣の替えを縁壱が何本も用意しているとわかった時に流れが変わった。紫明はわざと刀を折るようになり、その度に新しい刀で斬りかかってきた。なんと地面に落ちた折れた刀を投擲しながら攻撃してくるようになったのである。加えて縁壱の身長は六尺少し。紫明より遥かに高い。ならばと、紫明は地面にすら手をつきながら足技を繰り出すようになった。

 父親のように柄を殴って刀を一直線に飛ばす日も近い。

 紫明の全力は終ぞ、縁壱の武器破壊に成功した。全てが噛み合わなければ上手くいかなかった。何かが欠けていれば終わっていた。

 近づけば終わりなのなら、近づかなければいい。

 

「もーほんとに。滅茶苦茶騙しまくってごめんね──!!!」

 

 上から華奢な体が落ちてくる。だがその手に身長ほどある方天戟を携えて。落下中に数回、体の周りで回転させ遠心力を高めた後、石突の部分を両手で持ち、迫る。

 迫る。

 迫る。

 

「見事……!」

殺ったぞ、師匠ぉおおお!! 

 

 完璧な流れ。

 そして縁壱はふと考える。

 自分はここまで追い詰められたが、我が兄は軽くあしらってみせるに違いない。武器を上手く使って破壊すらさせなかったかもしれない。

 自らは兄の隣に立って同じ景色を見るがために、刀を手に取った。そして人として兄を見届けるために刀を振るった。最後は鬼となった兄の想いが誰かに踏みにじられないように、刀を育てるのだ。

 

 ならば。

 

 ならばこそ。

 

 ここで負けを認めるわけにはいかない。

 

 

「来い……!」

 

 

 縁壱はかろうじて形を保っている柄から手を離し、折れた刀の比較的長い方を掴む。鎺を境に砕けた刀、それこそ投げるぐらいしか使い道は無い。刃先ではなく峰を指だけで摘み、落ちてくる紫明の方天戟を迎え撃つ。

 身も心も灼熱と化し、赫灼に染まる痣の感覚すら忘れるほどに力を込める。

 

 

 

ギ──────!!! 

 

 

 

 

 刀を摘む指三本と、両手持ち方天戟の遠心力を込めた横薙が火花を散らして()()()()

 武器を破壊した。足も泥に埋まり、踏ん張りが効かない。暗い故に視界が確保出来ず透き通る世界も使えない。

 

(はぁ!? 今まで本気じゃなかったの!? 今からが本気ってこと!? もしかしてまだ上があるんじゃ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠!?」

 

 紫明は飛び起きた。

 

「あら、おはよう紫明」

「お、おはよう母様。はぁ……負けちゃった。記憶が飛んでる。何で負けたの?」

「縁壱君があなたの方天戟を掴んで振り回したら、目を回したのよ」

 

 紫明は再び母親の膝に頭を乗せた。腕を組み、むすっとした表情で母に撫でられる。

 

「素手でも強いとかなによ」

「私の模倣だろうな」

「え?」

「私は剣術に体術を組み込んだ戦い方だ。体術に至っては縁壱に手解きをしたことも…………「うぐおがぁあああああああああ!!!」…………ど、どうした」

「ぐぇぇええええ!!! 先に言ってよ!!! 知ってたら私も考えた!!! もっとうまくやれた!!!」

「………………まぁ、いいだろう。十分うまくやった」

「え」

「鬼殺隊に入ってもいい。ただし、いくつか守ってもらうことはあるがな」

「やった──!!! 父様大好き…………」

 

「わたしうれしいです」と体全体で表現したあと、力が抜けたように紫明は眠った。今の今まで今日のために罠の設置から、戦いの想定まで考えてきたのだ。緊張の糸が切れれば、その分の疲れが押し寄せてきていた。

 二人は眠りについた紫明を撫でながら語りかける。

 

「意識の差であろうな。紫明は完全に刺し違えてでも……という勢いに対し、縁壱は最後以外全力ではなかった。赫刀も使えないどころか、痣の真価も引き出さなかったからな……できるものなら……紫明に我らの業を背負って欲しくはなかった。

 普通の村娘のように花を編んで、ただ人と結ばれ、子を成し、天寿を全うする。生きているうちに刀などに触れる機会がなければ」

「弱ければ死ぬよ。男でも女でも、強くなければ道具にされるか、嬲られて死ぬか。弱者には生きにくい世の中だね」

「強くなることは……悪では無いか」




あと一話で童磨の章に入ります。が、次も難産です。お待ちくだされ。
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