黒死の刃   作:みくりあ

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あけましておめでとうございます。
閑話は今書いてます。ちょっとずつ更新していくって感じで……


上弦集結編 猗窩座の章
猗窩座の章 プロローグ


 鬼。

 主食人間。

 日光若しくは特殊な刀で首を切らないと殺せない。長く生き、多くの人間を喰らった鬼は奇っ怪な術を使うようになる。鬼舞辻無惨を首魁とし、絶対の服従を誓っている。

 

 鬼殺隊。

 鬼を滅する組織。政府非公認。

 呼吸術と剣術を使い、鬼舞辻無惨の首に刀が届くその日まで戦い続ける希望の光。産屋敷家が代々纏めあげており、彼らの下に数百人もの鬼殺隊が集う。その頂点は柱と呼ばれる。彼らは人の限界を突き詰めた精鋭たち。

 

 だが鬼殺隊に柱がいるように鬼にも最高幹部がいる。

 

 

 

 ──その名を十二鬼月

 

 

 

 

 幾十の年を生き、幾百もの人間を喰らった下弦。六体。

 幾百の年を生き、幾千もの人間を喰らった上弦。六体。

 

 中でも下弦は入れ替わりが激しい。戦国から江戸にかけての鬼殺隊は少数精鋭を体現したような組織になっており、隊士の練度が時代を見ても極めて高い。下級剣士ならまだしも、柱と相対すれば十中八九首を切られる。しかし、上弦の鬼に至っては柱ですら屠る。異次元の強さ。生ける厄災。それが上弦の鬼達である。

 

 時は江戸。

 そこは名もなき山城。どこかの和風死にゲーにおいて、隻腕の忍びが義父や老剣豪と凌ぎあった場所に似た城。しかしとうに寂れ、寄り付くものは居ない。

 城の一室。雅な掛軸と傷んだ畳。罅一つない柱と色褪せた屏風。風化が進行している部屋。その中に一人の男がいた。無造作に切られた髪は湿ったように艶やか。漆黒の着物に身を包み、腕を組んで目の前にある真っ赤な彼岸花を睨みつけている。

 

 

「違う」

 

 

 ぐしゃり。

 

 

 美しく咲いたそれはあっさりと男の手によって握りつぶされる。花弁が風に乗って空いた窓から外へと流れていく。

 

「なぜだ。何故こうも見つからんのだ……!」

 

 苦々しい表情を顕にした男・鬼舞辻無惨は嘆息した。思い思いのまま今度は植木鉢を叩き潰そうとし……

 

 

 

「無惨様」

 

 

 

 人影がひとつ増える。無惨は手を止めた。

 後頭部で結い上げられた黒髪はたなびき、紫と黒の着物に黒い袴。腰には刀を二本差している。何より特徴的なのはその目。人間ならば当たり前に存在する双眸に加えて新たに二対の瞳がそこにはあった。真ん中の一対には『上弦の壱』と刻まれている。

 

 この存在こそ十二鬼月の頂点に君臨する鬼。始祖の信頼を一手に集める剣士。

 上弦の壱・黒死牟である。

 

 信頼を寄せる腹心の登場に、無惨は僅かながら機嫌を取り戻す。しかし目線は合わせず、握りつぶした彼岸花を見つめ、腕を組みなおして問いかける。

 

「……黒死牟。青い彼岸花の捜索は順調か?」

「……申し訳ない……蝦夷を捜索してみたが、姿ひとつ……なかった」

 

 無惨は眉をあげる。彼は蝦夷まで鬼を派遣していない。黒死牟はそれを汲んだのだ。紛うことなき忠臣。本人の素知らぬ所で無惨の好感度が爆上がりした。

 

「相変わらず痒いところに手が届く。ああ、他の上弦共を呼んだ。近年は鬼殺隊が煩わしい。もはや下弦は使えん。上弦に血を与え、屑を一匹残らず消し潰す。黒死牟。お前は天守閣に行け。直に私もそちらへ向かう」

「委細承知」

 

 立ち上がった黒死牟。徐に天守閣へと歩む。背を向けて初めて無惨は黒死牟に目線を合わせた。彼は自分より遥かに高く、広いその背中に命を救われた。同朋を増やすことに嫌悪感があったが、黒死牟だけは心から鬼にして良かったと思っていた。今でも黒死牟の伝える道を行けば鬼狩りに遭遇しないし、黒死牟の計らいで悠々自適な生活を送れている。

 紛れもなくそれは無惨が欲する安寧のひとつのかたち。

 

「……黒死牟」

 

 

 

 黒死牟を無惨が呼び止める。

 

「……?」

()()()()()()()

「……滅相もございません」

 

 そう伝えた無惨の口角は僅かに上がっていた。

 

 

 

 

 ★上弦の弐・羈軛(きやく)

 

「よっ……と」

 

 久々の招集だ。何十年……いや、百いったか? まぁまぁ、そーんなことはどうでもいい。

 軋む瓦屋根を伝って天守閣へと着く。天守閣とは言っても景色が一望できる程に全開。入り込んだ雪が畳の隅で溶けかけている。冬はもうすぐそこだ。日が照らす時刻が減り、夜の時間が増える季節が来る。鬼達が喜ぶ。

 

 見た所誰もいない。

 

「俺が一番乗りか」

「おおおおお、オイラが一番だったぞおお……」

「ちっ……なんだよ」

「ぉぉ……」

 

 下の階から浮遊しながら上がってきたのは上弦の陸、海坊主。

 海から引きずり出せば唯の気弱な雑魚だが、逆に海から出なければ無敵。流石に今は海の底から出て本体を曝け出している。本体は唯の鯰。それも数寸程の大きさ。地鳴りの津波に乗じて港町を襲い、一度に数百人食う鬼。

 

「その声が不愉快なんだが、いっその事上弦の末席を空けるのも一興か」

「おお!?」

 

 暇だから。殺そう。多分みんなこいつが嫌いだろう。

 

羈軛(きやく)様。入れ替わりの血戦を申し込むのは下から上に対してのみですぞ。訳もなく殺してしまえば、主に咎められますのは貴殿でございますれば」

 

 術を解く。

 よっこらせだなんて擬音語がつきそうな風体で柵を跨いで広間へと人骨が上がり込んで来る。鬼は疲れない。だからこいつは精神が老い耄れている。つまりクソジジイ。

 

「おおお。助かった。お前、骨、いい奴」

「……骨……ねぇ……間違ってはいませんが……一応私は貴方よりも数字は上なのですがね……」

 

 上弦の伍、餓者髑髏。

 骨が集まれば際限なく巨大になる。上弦の中でも奇抜な群れる鬼。こいつの率いる鬼達で百鬼夜行をすれば、一夜で国一つが滅びる。きっと上弦の中ではマシな部類だろう。そう思いたい。マシもクソもないが。

 

羈軛(きやく)殿。ご無沙汰しています」

「……ああ」

「さて、老耄(おいぼれ)は何処へ座ったものか……文字通り骨に染入る寒さ故、この辺りが……」

 

 ジジイは比較的下の階へと続く階段に近い場所に決めたようだ。鬼でも寒さは感じる。鬼それぞれな。

 

「……ふぉあっ!?」

 

 ジジイが吹っ飛んだ。めんどくさいのがいる。

 

「どけ骨! そこは恐らくあのお方が一度通られた道! 凡骨の分際で傲慢にもあのお方と同じ場所に触れるなど身の程を弁えろ! そうですとも……ワワワワワワタシワタシワタシがお守りしなければ! お守りすれば私のことをより重宝してくださるに違いない! ……アァ……早くお会いしとうございマス。今日こそはこのワタシがあのお方の夜伽に! ふへへへへへ!」

「ひえっ…………おそろしやおそろしや……」

 

 上弦の肆、猫又。

 猫の皮を人間にくっつけたみたいな造形をしてやがる。尻尾が二本。相変わらず気持ち悪い。何を考えてるのか俺でさえわからない。いつも恍惚とした表情で笑ってやがる。無惨様に愛情を抱いているのは確かだが、異常だ。歪んでいる。おそらくは上弦で二番目の嫌われ者。鼻をひくつかせて畳を這いずる様はえも言われぬ気持ち悪さがある。

 畜生は畳にへばりついて離れない。最早畳しかみていない。

 

 

「ちょっと、上弦の弐とあろうお方がなんとまぁ……感情の制御一つ出来ないとは……」

「……」

「あらあらあら。ごめんさいね。弟を亡くしていらっしゃってたわね。それなら仕方ない仕方ない。神経が過敏になって然るべきです。しかし乱暴な兄を持ってしまった弟君はさぞ地獄で泣いてるわよね……ああ、可哀想に……」

「黙れ」

「え? 私何か癪に障ること言いました? 全て本当のことなのに? へへへ。死に善悪なんてないのだけれど……」

「……は──ーァ。死ね」

 

 

 ❝血鬼術 血槍ノ雨❞

 

 

 血の槍を生成し、指先から打ち出す。適当に撃ったが南蛮銃より速い。鬼狩り程度なら腹と胸に一発。頭に一発で終わり。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!! …………なんて。私だからいいものの、痛いのでやめるのがよろしいかと」

「ちっ……」

 

 上弦の参、岩戸(いわと)

 頭をふっ飛ばしても平気らしい。

 はっきり言って、最低最悪の女。柱を殺せば、手脚を鬼殺隊へと送り付けて士気を根こそぎ奪い、一家に仕えては富を呼び幸せの絶頂で皆殺しにする。さっさと入れ替わりの血戦を挑んでくれれば殺してやるのに、ま、殺しても不味そうだから喰わねぇけど。

 それでも死なないタネが分からない。

 

「おおおお、上弦の壱殿は遅刻であらせられるかぁああああ? 待たされるのは嫌だなぁああ乾燥してしまうぅぅだろぅう」

「海坊主殿。我らが嘆いたところでどうにもなりますまい。いくら遅れたところであの方もお許しになるでしょうし」

「そうだったなぁぁあああああ不公平だぁあああ」

「……羨ましい……全幅の信頼……なんて素敵! しかしワタシはどうすれば得られるのでしょう? ワタシには無い何かがきっと上弦の壱様にはあるのデス! それさえ分かれば!」

「子猫さん。入れ替わりの血戦でもすれば聞き出せるんじゃない? ……まぁ、あの方のご贔屓は序列云々で説明するには度が過ぎていらっしゃるかもしれないけれど

 

 参、肆、伍、陸がこっちを見てくる。見るんじゃねぇ。俺は知らねぇ。

 

「羈軛殿ならば勝てますぞ。この凡骨が応援したす!」

「……」

「羈軛殿? 如何なされました?」

「なんでもない。見上げるな。不愉快だ」

「これは失敬」

 

 気のいいことを言って、どうせこのジジイは俺が死ぬことを望んでいる。数字が繰り上がって血を分けてもらえることにしか興味が無い。正直ウンザリだ。柱共の安い助け合いに比べればまだマシだが、言葉は必要ない。

 屑な俺達が盛り上がる数少ない話題のひとつが上弦の壱の殺し方だ。

 

(上弦の壱……か)

 

 室町、戦国と激戦の時代を生き抜いた侍。徳川の支配による争いのない世の中は侍が最強だということを証明してしまった。

 先代の上弦の弐が入れ替わりの血戦を挑んで喰われたらしいが本当かどうかは分からない。ただいつの間にか自分の数字が繰り上がってた。それは上の数字が殺されたことを意味する。まぁ死んだやつだしどうでもいいが。

 

 

「では黒死牟殿は遅刻……」

 

 

 

 

 

 

「私は……ここにいる」

 

 

 

 

 

 

 !? 

 

 

「おおおお!?」

「黒死牟殿?!」

「……!」

「い、いたのね……気づかなかったわ」

「……っ」

 

「……無惨様がお見えだ」

 

 ああこれだ。得体の知れない雰囲気。唯一無惨様に名前呼びを許されている。俺は今日。此奴を超える。

 上弦一同に会しての会合が始まる。

 

 

 ★

 

 

 

 

「この城は捨てる。黒死牟。適当に崩しておけ」

「御意に」

 

 無惨は去っていった。上弦は格が違う。下弦のように一方的な会議ではない。時には意見すら叶う。強さだけは無惨も認めている。だからこその数字。

 彼の話を要約すると、

 血をあげるからさっさと鬼狩りを滅ぼせ。あと黒死牟を見習え。蒼い彼岸花見つかってない? 何をしている。蝦夷まで行った黒死牟を見習え。それだけである。彼を話題にあげる度に弐以下が壱へ目線を向ける。いつもの風景である。

 

「嗚呼、無惨様は今日もお美しかった……! しかし、ワタシに目を合わせてくださいませんでシタ……なぜデショウ?」

「何度でも言ってやる。我らが主はこいつがお気に入りだ。だろ……黒死牟様?」

「……」

「シカトか。はいはい。我らが上弦の壱様は俺たち見てぇな雑魚は相手にする価値もないってか……シラケるシラケる。ちょいと人でも食わねぇとなぁ」

 

 

「待て」

 

 

 

 黒死牟は城から出ていこうとした羈軛の肩を掴む。振り向いた彼はいつの間にか真後ろに立たれていたことに驚いた。当然動揺は隠した。見上げなければ目が合わせられないほどの体格。見下ろす六つの瞳。

 一瞬にして空気がピリつく。

 海坊主は距離を置き、餓者髑髏は物陰に隠れ、猫又は無惨の立っていた所を舐めながら目線は二人に警戒するように向けられている。

 

「あ?」

「上弦の弐。近頃のお前の行動は……些か目に余る……我らが無闇矢鱈に姿を晒すのは……無惨様の本意ではない」

「断る。なんで俺がお前に指図されなきゃいけねぇんだよ。……あ、ちょっと待て」

「……?」

 

 

 

 ❝血鬼術 血雨ノ槍❞

 

 

 

 羈軛の手に糸状の血が集まり形を成す。それは禍々しく赤黒い槍。形を保ちつつ、血液の流れのように流動している。流動性のあるそれは鋸のように骨肉を断つ。

 

「……なんのつもりだ」

「わかってるだろ?」

「分かっている……だが……」

 

 加えて黒死牟は背後から怖気を感じた。振り返らずに背後へと語りかける。

 羈軛は訝しげに思った。

 

「お前もか……上弦の参」

「何も入れ替わりの血戦は必ず一対一……だなんて規則はないでしょう?」

「クソ鬼。理由は問わん。邪魔をしてくれるなよ」

「私の人生なんだし、私の勝手でしょ?」

 

 黒死牟は自分を挟んで投げ交わされる暴言に目もくれず、先程気づけなかった上弦の参の気配について考える。

 

(気づかなかった……有り得ん。いや……血鬼術か? 先程から感覚が鈍い。加えて岩戸から血の匂いがする。稀血だな……それもかなり濃い。ふらつきはしない分、不死川実弥と同じ程度かそれ以下の稀血か。慣れるしかないな)

(岩戸がウザイ。ウザイが、上弦の壱の気が削がれるのなら目を瞑るか)

(あっ……ちょっと待って……失敗したかも。何こいつ。後ろ向いてんのに隙が無さすぎる。今攻撃したら絶対殺される……)

 

 上弦の参は額に冷や汗を浮かべながら作戦を練る。

 上弦の弍は槍の感触を確かめながら構える。

 上弦の壱は自然体で佇む。刀を握ろうともしない。

 

 

 

 

「さぁ……入れ替わりの血戦だ……! クソ鬼諸共ぶち殺してやる! 

 この勝負、次期上弦の壱しか残らないなぁ!」

 

 

 

 

 先に動いたのは上弦の弐・羈軛だった。彼の血鬼術は単純。自らの血を槍として形作る。単純故に応用も派生も様々。

 

 ❝血鬼術 不遜(ふそん)ナル暴虐(ぼうぎゃく)血衣(ちごろも)

 

 それは触れただけで自動的に血槍で反撃する装備。見た目は血の竜巻が羈軛の体を覆っているように見える。水圧、いや血圧は計り知れない。

 

 

 «月の呼吸 拾弐ノ型 朧月夜»

 

 

 迂闊に懐に潜り込もうとすれば……

 

 

「残念」

「む」

 

 

 もはやそれは赤い壁が押し寄せてくるかのような現象であった。血に反応し、近付くだけで幾つも射出された赤い槍。咄嗟に畳返しで受けたものの、数と勢いを増していく刺突の雨。当然畳を貫通してくる。黒死牟はその勢いを殺しきれずに天守閣の壁に激突する。

 

(接近に反応。血に反応か?)

 

 

 ❝血鬼術 血雨ノ槍・地衝❞

 

 

 ダメ押しとばかりに、いくつもの血槍を衝撃波を伴わせて投擲する。破砕音が鳴り響き、天守閣の半分が消し飛ぶ。羈軛の前方は開けた夜空が広がっていた。

 

(衝撃波で五感を狂わせてからの亜音速で追尾する血の槍。避ける術はない。十八柱がこの技の前では為す術なく骸を晒した。そして鬼にも有効!)

 

 羈軛は人型の弱点を理解している。そもそも人型であること自体が大きな欠点。特に五感のうち3つ。視覚、聴覚、嗅覚。

 視覚は血の霧を浴びせる。それだけで血液が目に入り、凝固すれば視覚を奪う。

 嗅覚は噎せ返る鉄臭い匂いで麻痺させる。

 聴覚は簡単。衝撃波で鼓膜さえ破れさえすれれば、次の衝撃波は脳を揺らし、さらに致命的となる。

 これらは人が鍛えた所で鬼を上回ることの出来ない部分。あっさりと壊れ、修復に時間のかかる部分。潰してしまえば歴戦の柱と言えど、赤子に等しい。故に羈軛は人に対しては負け無しである。それは目も鼻も耳もある人型であるのなら鬼に対しても有効。

 

「ふぅ────……」

「羈軛さ────」

 

 

 

 ❝血鬼術 血雨ノ槍・乱咲時雨(らんざきしぐれ)

 

 

「え」

「間抜けが! 言ったろ、次期上弦の壱しか残んねぇんだ! 前々からこうしてやりたかったんだよ外道が!」

「まっ────」

 

 

 次に槍の雨の標的になったのは傍観していた岩戸であった。羈軛の撒き散らした血が槍を形作る。全方向から向かってくる血槍に磔にされてあっさりとばらばらになる。

 

 

 静寂が訪れる。戦闘開始からわずか一分足らずの出来事。

 

 

「…………血の匂いがしねぇな……なんだ、さっきから体の動きが鈍い。この酔ったような感覚……」

 

 

 

(まさか岩戸は……)

 

 

 

 ────ズガガガ!! 

 

 

 

 

「な……!?」

 

 鎌首を擡げた疑問など考えている暇は与えられなかった。あろうことか瓦屋根を突き破って羈軛の真上から黒死牟が現れる。先程の連撃で弱っている筈の黒死牟には傷はなく、紫黒の着物にも埃一つ付いていない。

 羈軛が直撃したと思っていた衝撃波は受け流され、貫通したと思われた血の槍は避けられていた。壊れた五感も修復済み。

 因みに表情は相変わらずの真顔である。

 

 

 

 «月の呼吸 肆ノ型 虧月突»

 

 

「ぎっ……!」

 

 瞬く間に黒死牟の手のひらに刀が生成され、矢のように打ち出される。まもなく羈軛の体に根を張った。床ごと刀で突き刺され、縫い付けられた形。起き上がろうとしても上手く体に力が入らない。狼狽える羈軛。その胴を挟むようにして黒死牟が着地する。

 

 

「落ちろ」

 

 

 そして黒死牟が柄を殴りつける。尋常ではない膂力で殴られた刀は根を貼りめぐらせている羈軛ごと床を割って下の層に落とした。

 

「がぁあああ!!!??」

 

 再び下の層に落ちる。まだ終わらない。床を割り、下の層に落ち、床を割り、下の層に落ち、床を割り、下の層へと……

 城の中心部に彗星が落ちたかのような衝撃に、城は煙を上げて傾く。羈軛の背中に数多の木片が突き刺さる。

 

 

「がっ……ぐっ……げ……ごっ……」

 

 

 羈軛は永遠にも感じる地獄のような痛みを受けていた。消え入りそうな意識の中、目を少し開ければ木材で作られた喉に呑み込まれて続けている凄惨な景色。つまり現在進行形で落下中である。

 

(クソがぁぁあああ!!!)

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 

 

 

 落ちるところまで落ちた羈軛。後から降りてきた黒死牟が上を向くと、天守閣から今いる所まで綺麗に穴が空いていた。洩れた月の光が辺りを微かに照らす。

 

「最下層まで落ちたか……無惨様は壊せと言っていたが、修復して再利用もいいかもしれんな……地下は最悪だが」

 

 地下牢と言えば聞こえは良いが、骸だらけの形容し難い惨状が広がっている。戦でこの城が落とされた時の名残である。

 

 

 ……

 

 

「らぁあ!」

 

 瓦礫を吹き飛ばして羈軛が姿を現す。依然刀は胸に刺さったままで、刀からは未だ蜘蛛の巣のように血管のようなものが広がっている。抜こうにも抜けないのだ。しかも絶えず羈軛の体を蝕んでいる。

 

(こっちが与えた攻撃は全部完治。俺はこのぶっ刺されてる刀に再生を阻害されてる……決して楽観視していた訳じゃなかったが……数字が一違うだけでこうも差があるのか。これが上弦の壱!)

 

「……」

「チッ……何とか言えよ……馬鹿にしてんのか!!」

「馬鹿になどしていない……見上げた根性だ……」

「クハハハ!! 癪に障るやつだなぁああ!!! その澄ました顔、原型がわかんなくなるまで砕いてやらぁ!!」

 

 

 

 ★上弦の参・岩戸

 

 

(羈軛様……やってくれたね)

 

 私、どれだけ天守閣で気を失ってたんだろ。

 上弦の壱……想像以上の強さ。認めたくはないけれど、強さの一点だと無惨様より数段上。もしかしたら無惨様を殺せる唯一の存在かもしれない。そんな化け物の中の化け物があの忠誠。そりゃ無惨様も信頼する。

 

 あーあ、なんてものに挑んじゃったのか。哀れ。羈軛様。加えて私。さっさと羈軛様と二人であわよくば共倒れしてくれないかなーなんて……無謀ならぬ無望か。なんてったってつったって今の私は頭だけだけど。

 

 ❝血鬼術 災禍転福❞

 

 そこら辺を歩いていた虫が粉々に砕け散る。んー。やっぱし人じゃないとなんというかこう、達成感ってやつ? せっかく命を奪うんだからより大きく、より強いものじゃないと。虫では圧倒的に足りない。

 

 守るものがあると尚いい。殺した後に家族の様子を見に行くのも欠かせない。お土産の原型はあった方がいい。装飾品をつけているだけでも直ぐに本人とわかるから。なぜかしれっと受けいれたりする頭のおかしいやつは、見てて煮え切らないから生きたまま食べてあげる。大抵発狂しちゃうからそっとしておいてあげるんだけど。

 一番いいのは大家族の時。

 ちょっとずつ殺して、送ってを繰り返すだけでどんどん崩壊していく。それが本当に楽しい。これぞ生きてるって感じがする。

 

 私は神様だから[ずうーっと幸せに暮らしました]なんてのはほおっておけないの。だって神様は幸せの次に不幸を運んでくるものでしょう? 

 

 とりあえず、自分の手足が修復され、傷が消えたことを確認した私は、起き上がって黒死牟様と羈軛様が消えていった……もとい黒死牟様が羈軛様を連れていった穴を覗く。

 

「うわぁ……ひょっとしてこれ城の地下までぶち抜いてるんじゃない?」

 

 しかも下でまだ戦ってるし、羈軛様どんな耐久力してんのよ。加えて戦闘狂とか、鬼になっちゃいけない部類でしょアレ。まぁ、もっとやばい存在を私達は倒そうとしてるんだけど。あの鬼はダメ。ほぼ確実に鬼を殺している鬼はアイツ。

 普通に考えて十二鬼月を弑する存在なんて限られてくる。それも上弦を。先代の上弦の弐は黒死牟様に挑んで食われたんじゃない。消されたのだ。黒死牟様に。行動が目に余っただけで。

 

「羈軛様の次くらいに私はやんちゃしちゃってるし……次狙われるのは確実に私だよね」

 

 本当なら上弦総出で潰したかったけどもちろんそうはいかない。それでも私と羈軛様がいるだけで今の上弦全員合わせた強さの八割は固い。あとは有象無象が増えてもそんな変わんない。

 あ、羈軛様がぶっとばされて荒原に消えてく。大丈夫? 死んでない? 

 

「このまま天守閣にいても、入れ替わりの血戦を挑んじゃった以上、黒死牟様に食べられちゃうし……てか他の上弦みんな帰っちゃったし……」

 

 ここで待ってても始まらないよね。逃げたところでばったり()()()に見つかればそれこそ元の木阿弥。

 

「……行ってみるしかないか……そうよ。一撃で……一撃で死ななければいいんだし?」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 

「どうした……私に勝つのでは……なかったのか」

「……あ……ぐぅぅうう! ……ば……け物が!」

「聞きなれたぞ。化け物化け物と……全くお前達は私をなんだと思っている」

「お前を……化け物だと罵ったやつと是非会ってみてぇなぁ! さぞ話が合いそうだ!」

「会ったところで何も変わらん……力の差に打ちのめされている暇があれば這い上がってくればいいのだ……血反吐を吐いて……打ちひしがれて……もがき苦しみながらも手を伸ばせばいいのだ」

 

 

 

 あっ………………

 

 

 

 隠れて茂みから覗いて見たけど……

 ええっと……血塗れで腹と肩に刀突き刺さって倒れているのが羈軛様でしょ……? んで、黒死牟様は腰の本命らしき刀は抜いていない。多分あの突き刺さっているぎょろぎょろ目ん玉の刀は黒死牟様の血肉で作られた刀。無限に作れるらしい。

 

(うん……無理。無理無理無理!! なんできたの私! 稀血をあと数百……いや数千人喰わないと勝てないって! ここは撤退し)

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうは思わないか……お前も」

 

 

 

 

 

 

 

 貫手が私の腹を突き破って現れる。私の腹。私の私の私の……腹。何が起きているのか理解できない。目の前の手に心臓が握られている。波打つ鼓動が聞こえてきそう。私の心臓……? これ? そして力任せに抜き去られる。

 

 

「……ごふっ」

 

 

 臓物と共に命の水が溢れ出していく。

 

 背後にまわられたことに気づかなかった! 

 この強さだと全ての攻撃が即死級。私の血鬼術は微かでも生きてないと意味が無い。死んだら発動すらできない。今のは運が良かっただけ。なんてこった。前提が塗り替えられる。あのぶっとい腕に殴りでもされたら細胞ひとつ残らず消し飛ぶ。

 本命らしき腰の刀を抜かれた場合は……考えたくない。

 

 

(……でも。私は運がいいの。だって神様なんだから)

 

 

 ❝血鬼術 災禍転福❞

 

 

 背後の黒死牟様はどうせすぐ再生されるから無理だとして、そこらの虫けらに押し付ける。心臓が再生されるのを感じる。零れて地面を朱に染めていた鮮血が時を戻すかのように戻っていく。虫は鳴くのを止めて動かなくなった。心臓が無くなったんだもんね。しょうがない。

 

「ほぅ……」

 

 振り向けば、黒死牟様は興味深そうにこちらを睥睨している。そして心臓を投げ捨てている。あっさりと捨てられた。用済みとはいえ、心臓なのに。なんか腹立つ。

 ってそんなこと考えてる暇じゃない。運良く黒死牟様は私を見てるだけで追撃はしてこない。私の血鬼術にご執心みたいだ。さっさと離脱して羈軛様の所へ行く。羈軛様も羈軛様で怪我が酷い。

 

「羈軛様。ここは共闘と洒落こみましょう」

「何を言い出すかと思えば、誰がお前みたいな性悪と組むかよ」

「ですが、負けたくないのでしょう?」

「当たり前だ。だからってお前に背中を預けるのはもっと嫌だな」

「強情なお方ね。いいでしょう。ここからは小声で。私の血鬼術は災禍転福、そして稀血です。

 即死でないという条件の元、前者は使えば自分の損傷と同程度の損傷を相手に与えます。それまでは後者で鬼の感覚系を狂わせます。私は貴方を味方と思って戦いますが、万が一貴方が私を攻撃した場合、災禍転福を貴方に使います。いいですね?」

「……」

「沈黙は肯定と見なします。あわよくば、黒死牟様を倒しても私を殺さないことを願います」

「……はぁ」

 

 

 

 ★三人称

 

 

「話は……終わったか……では参るぞ」

 

 

 ❝血鬼術 血槍ノ雨❞

 

 血の槍を数本作り出す。羈軛の狙い目は虚を突くこと。聞けば岩戸は稀血らしいので、少しでも気が逸れたところに全身全霊を込めた一撃を叩き込むつもりである。

 

(まずは……)

 

 

 

「終わりだ」

 

 «月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾»

 

 羈軛の胴が真っ二つに分かたれる。上半身が滑り落ちる。

 

 

「羈軛様!?」

「く……そ」

 

 

(間合いが倍以上伸びた! 刀のせいで再生が追いつかん……やべ……死)

 

 

 

 ……

 

 走馬灯が空を過る。

 

「兄貴、俺は侍になるぞ。弱きを助け強きをくじく。どうだ? 格好いいとは思わないか?」

「……やめとけやめとけ。お前には無理だよ。なったところでこんなひょろっひょろじゃ犬死だ」

「じゃあ鍛えればいいだけだ。付き合ってくれよ兄貴」

「あーめんどくっさ。お断りだね」

 

(記憶か、誰の?)

 

 場面が変わる。老練という言葉が良く似合う武士が家を訪れてきた。

 弟の遺体を添えて。

 

「最期まで、勇ましき武士であった。家族には、我が主より褒美が下賜される」

「うるせぇええ!! 何が勇ましき武士だ! 死ねばただのクソだろうが! 俺の弟を返しやがれ!!!」

「おやめ下さい! お侍様! どうか、どうか! この者も反省しております! 弟の死に気が狂っておるのです!」

「武士の道理を辱めた。問答無用。切り捨て御免」

 

 迸る赤。目の前で崩れ落ちていく母親。そして黒い着物の男。

 

「可哀想に。弟を侍に殺され、家族に庇われて一人。大丈夫。全ては君を虐げる者が悪いのだ」

 

(俺のだ……俺の記憶……なんで忘れてた……こんな大切なこと)

 

 ……

 

 

「そうだ……俺、には……弟がいた」

 

 ピクリと黒死牟が反応する。羈軛は終ぞ気が付かなかった。

 

「えらく侍に憧れてた。いつか侍に……だなんて生意気な口を聞く救いようのない阿呆だった。彼奴の槍が認められて侍に連れていかれた時、俺達家族は大手を振って見送った」

「……」

「侍には切腹とかいう小洒落た作法があるらしいな。弟もそれに習った。追腹だとよ」

「……」

「なぁ…………可笑しいじゃねぇか!? 主君が野垂れ死んだからって追って死ぬとか馬鹿げてやがる! 誰が広めた! 誰が他人如きのために死にたいと思う!? 死んだら意味がねぇ! 只只脳死で准ずるだけの規則だなんてクソ喰らえだ! 

 お前だけの命じゃねぇ! 汚辱に塗れても、腰抜けだなんだと後ろ指を指されようとも、俺の元に帰って来さえすれば俺が全部守ってやった! 

 全部侍のせいだ! 俺が変える! この侍が支配するこの国をぶち壊す! そうすれば……このクソッタレた世の中も!」

 

 記憶を取り戻したことにより、羈軛の体に力が漲る。分かたれた胴から吹き出す血液が下半身と繋がり、修復される。羈軛はここで死ぬわけにはいかない。ここで死ねば武士が支配するこの国を壊せずに、弟のように下手に武士に憧れて大切な命を散らすような人が増える一方。

 羈軛は侍を殺す鬼であった。

 

 地面を蹴る。羈軛が今までで一番力を入れた踏み込み。

 

「らぁあああああ!!!!」

 

 

(力任せの唯の突撃……拳の一撃か……笑止)

 

 

 黒死牟は虚哭神去を突きの形に構える。刀と拳がぶつかり合う。鋼鉄よりも硬い羈軛の拳を抵抗なく半ばから抉りながら突き進む。

 

「ぐっ……うぅ!!」

 

 あっさりと羈軛の右肩は粉々に砕け散る。だが、勢いは殺されない。何故なら本命は爆散した右肩の血を集め、左手に作り出した巨戟。それは大木の幹程の太さ。

 

(左利き……今の今まで右を主に使って戦っていたが……策略……だが甘い。この程度では……)

 

 

 

 ❝血鬼術 災禍転福❞

 

 

 

 ぐしゃ

 

 

 

 黒死牟の胸部が中から爆散する。明らかな致命傷。向こう側が見えそうな胸。恐らくこの傷を作り出した存在であろう岩戸を見ると、相変わらず無傷で片手に血の滴る虚哭神去を持っていた。岩戸は黒死牟が羈軛に刺した虚哭神去で自らの胸を抉り、その傷を黒死牟に押し付けたらしい。

 

(痛み分け……否。ここまで来ると神通力の類!)

 

 黒死牟の体勢が崩れる。羈軛はその隙を逃さない。

 

(感謝するぜ……! 岩戸ォ!)

 

「だぁらっしゃぁあああ!!」

 

 赤黒い杭が黒死牟のはらわたに突き刺さる。しかし黒死牟は欠片も怯まず、二本目の虚哭神去を突きの体勢によって空いた片手に生成し、羈軛に向かって打ち出す。しかし血の衣がそれを阻んだ。

 

 

「上弦が二人がかり……やはり一筋縄ではいかぬな」

 

 

 黒死牟の動きが止まったかと思えば、纏う空気が変わる。

 

 

 

 

 

 ❝血鬼術 刀界・佳宵(かちょう)天満月(あまみつつき)

 

 

 

 

 

(血鬼……術?)

(だよな。当たり前だ……使えないわけが無い。目の前にいるのは十二鬼月の頂点だぞ)

 

 

 狼狽する二人を置いて、世界が塗り替えられていく。

 黒死牟を中心として闇が広がり、その闇の中から生まれるようにして数多の刀が生え出てきた。刀身は抜き身で、切っ先は大地に突き立てられているものの、一本一本が意志を持つかのように脈打っている。加えて、黒死牟の眉間からは双角が生えた。戟が逆に吸収されていき、傷が跡形もなく閉じる。焦った羈軛が血の槍を投擲するも、幾百もの刀から放たれた飛月の餌食になった。

 そして────

 

 

「さぁ、続きだ」

 

 

 異形。悍ましいという言葉が形を持てばこうなろうか。体の全ての部分が人を害することに特化している。すぐ前まで六つ目ながら、人外の風貌の中にも隠しきれぬ威厳があったが、今それは完全に消えた。

 

(侍なんでしょ!? もっと正々堂々としなさいよ! 人型の方がやりやすかったのに! ああもう! ……どうする私! ……賭けるしかない……精神を抉って、隙を作り、羈軛様に叩いてもらう。侍は馬鹿だから)

 

 

「こ、黒死牟様」

「なんだ」

「それが侍の姿で御座いましょうか? …………っ」

 

 何千と大地に突き立てられた刀に刻まれた瞳はギロリと目を巡らせ、傲慢にも主に口出しする愚者を見つめた。視線の嵐が岩戸に叩きつけられる。これでは感覚を誤魔化すのも、闘気を消すのも意味をなさない。

 目。瞳。眸。

 我慢できなくなった一本が飛月を岩戸に向けて放つ。岩戸は一歩も動かずに避けた。しかしまるで飛月自体が避けたかのような軌道。

 

(やはり有り得ん。いや、有り得ないからこその力。神通力と言うよりかは権能に近い。神降ろしか)

 

 漸く黒死牟は正解に辿り着いた。

 鬼を滅する組織がいる一方、鬼を崇める組織も存在する。神仏の色がまだ薄く残っているこの時代、生贄を捧げ、奉る代わりに鬼に土地を守ってもらう村は少なからず存在していた。御神体として神社の奥に祀る村もあった。人の思いは形を成す。気まぐれで人里を飢饉から救い、気まぐれで神として祀りあげさせ、気まぐれで皆殺しにした。皮肉にも人とはかけ離れた所業が信仰をさらに引き上げた。

 現人神の誕生である。

 

 岩戸は数多もの斬撃を不動の構えで避けていく。

 

「……何が言いたい」

「勝つために卑怯な手も使うなど、正に生き恥。侍としてどうかと思います。ええ、本当に。これ程までに醜い侍がかつていたでしょうか」

「……」

「身体中から生えた刀。伸びた牙。見開かれた六つの瞳。禍々しい角。異形化した触手。なんて見苦しい。もう一度問います。あなたが目指した侍とはそのようなモノだったのですか? 

 あなたが本当になりたかった存在とはかけ離れているのではありませんか?」

 

 ここで黒死牟が初めて嗤った。馬鹿にするまでもなく、乾いてもおらず、喜んでもいない。けれど確かに口角は上がった。

 

「なにか?」

「いや、お前はなにか大きな思い違いをしているようだ」

「?」

「私は……この体を一度たりとも忌避したことは無い」

 

 

 脳裏に嘗ての記憶が呼び起こされる。ある日の、いつも通りの弟との鍛錬。この醜い姿を初めて曝け出した日。

 

『兄上、なんというかその体は……』

『鬼らしいだろう。試しにやってみたが……醜いだろう。すまなかったな、すぐに元に……』

『とてもかっこいいです兄上!! 刀を体から生やす等、最強ではありませんか!』

『ほぅ……………………薫はどう思う……薫!? 鼻血が出ているぞ』

『え? ……あ……ご、ごめん……あれ? なんでだろ……巌勝君を見てたら心臓がどんどん鳴って目が離せなくて……』

『………………わかった。ひとまず安静にしていろ』

 

 

「それはどういう……」

「さてな。冥土の土産には豪華すぎる」

 

 黒死牟は握っていた虚哭神去を分解し、とうとう腰にさしてある刀を抜いた。

 

(あ……)

 

 岩戸は間もなく死を悟った。

 

 抜いたのは最初から腰に差していた日輪刀。しかも唯の日輪刀では無い。見蕩れてしまうほどに美しかったのだ。煌めく刀傷のような波紋。仄暗く輝く紫の燐光。月光を受けて黒光りする鞘。意匠の凝らされた柄と鍔。

 

 岩戸が今まで葬ってきた柱が所持していた物とは全くもって似つかなかった。明らかに鍛えた者の技量が違う。

 紫紺の日輪刀は、奇しくも岩戸の人間であった頃の記憶を呼び起こした。それこそ子供であった時に、神社の神主が見せてくれた本殿。その奥に祀られていた神刀のような神々しさ。そして刀の色がみるみる赫く染まっていき……

 

 

 

 «月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月»

 

 

 

 まるで流星の如く降ってくる。三日月の雨。血鬼術を使わずとも飛ぶ斬撃は、人ながら人外の領域に至った証。

 

 

 

(ああ……きれいきらきら……花火みたい……あーあ。やっぱり何も感じない。まぁでも沢山殺してきた私にはもったいないくらいの最後でしょ。やっと社から外に出れて、見た夜空は……そうだ、花火ってやつ見たかったな)

 

 

 降り注ぐ。天から地へと慈悲を振りまく。正しく神の御業。肉の一欠片、血の一滴すら残さず上弦の参は死んだ。血鬼術を使わずとも飛ぶ斬撃は赫刀と同じ性質なのだ。

 

「さらばだ……」

 

 そして倒れている羈軛へと黒死牟が歩み寄る。

 羈軛は首に日輪刀を突きつけられる。見上げると真顔の鬼が冷たい目で見下ろしていた。

 これより自分は殺されるのだ。月の鬼によって。

 

「クハハハハ!!!」

 

 されど羈軛は笑う。弾ける痛みも、思い出した過去も、死ぬ恐怖も、笑い飛ばす。突き刺さった刀を周りの肉を引きちぎって抜き去る。

 

「……何が可笑しい」

「お前は俺の血流が見えていただろう。さっき殴った時、利き腕を晒したのに加えて、俺は自分の血鬼術で血流を誤魔化した。明らかにお前は動揺していた。顔に書いてあった。『予想外』ってな」

「だったら……どうする」

 

 

 羈軛は笑った。

 

 

「こう……するんだよ!」

 

 

 

 ❝血鬼術 紅血絡ミ(こうけつがらみ)徒花五雨(あだばなみだれ)

 

 

「ごっ……ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 あろうことか羈軛の体を突き破って数多の血槍が生え出て来る。体が痙攣し、しかし膝はつかない。顔は苦悶に彩られており、黒死牟は困惑を隠せなかった。

 

(自傷? いや違う)

 

 そして時を戻すかのように羈軛の体の中に戻っていく。瞬間。黒死牟は自らの体に異変を感じる。だがもう遅い。

 

 

 ──ザクザクザクザクザクザクザク

 

 

 今度は黒死牟の体を突き破って血槍が現れる。

 

「ぐっ……」

「クハハハハ……! そうだよなあ! 血はどんな生き物にだって流れてんならよぉ! それをこの俺が操れない訳ねぇよな……! 

 今分かった! 流れだ! 心臓の鼓動! 血管の収縮! どんな畜生にも流れてる貌。動きの器!」

 

 羈軛は痛感する。これこそが血。生命を形作る一部。満たせば生き、枯れれば死ぬ。動かせばそれだけで管が破裂し、止めればそれだけで細胞が壊死する。簡単なこと。人は脆い。五感はもっと脆い。細胞はもっと。

 

 黒死牟はこの槍を放っておくといずれ命の危機に瀕してしまうと判断した。負けることは許されない。自らの体には弟が眠っているのだ。負けることは即ち最強である弟が負けるということ。

 

「覚悟。承った」

 

 黒死牟は大きく深呼吸した。額の痣がより濃くなる。

 

 

 

 ❝燦々(さんさん)(かがや)くは、宿縁の炉心核❞

 

 

「……は」

 

 

 黒死牟の纏う雰囲気が一瞬にして変わる。

 覚醒。否。これからが本気であり、月の鬼本来の実力である。

 

〈お前はもう……用済みだ〉

〈日の呼吸 壱ノ型……〉

 

 揺れる太陽の耳飾り。赤よりも赫い刀。圧倒的な身体能力。

 それは羈軛の脳内に溢れかえった存在しない記憶。または細胞に刻まれた忌々しき記憶。

 

(なんだ? 今の記憶は……無惨様の? は? ふ、ふざけるなこんな……こんな化け物が存在するなど!)

 

 ありえない。あってはならないのだ。

 そもそも鬼が鬼殺隊の使う呼吸を会得している時点で既に可笑しい。そして羈軛が今見た無惨の記憶の中の存在は目の前にいる鬼と酷似している。耳飾りはつけていないが、もしも同一人物だったら? 人の身でありながら、最強の鬼である主を易々と追い詰めた存在が鬼になるなどそれこそあってはならない。

 であれば、最初から勝負なんて──

 

 

「死ね死ね死ね死ねぇぇええええ!!!!」

 

 

 ❝血鬼術 紅血絡ミ・徒花五雨❞

 

 再び血鬼術を使うも、依然黒死牟は仁王立ちのまま。

 

「な、なぜ操れない!?」

「無駄だ。発動する前に……因子ごと体内温度で燃やし尽くせば……良い話だ……」

 

(っ! ……こいつが人であった頃は確実に鬼殺隊……! その中でも上位の実力……元日柱か……あいつらは日輪刀が赫くなる。だがそれだけ…… ()()()()()()()()()()()()()()()()()()……まさか……!)

 

 羈軛は一つの解に至った。そして口角泡を飛ばし、必死に言葉を投げつける。頼むからどうか嘘であってくれ。そんな思いを込めて。

 

()()()()()! 上弦の壱! その力。有象無象を食って身につくものではないだろう!」

「なにも……弟を喰った……ただ、それだけだ」

「弟……まさか!?」

 

 神の寵愛を一身に受けた侍。

 その血肉は凡百稀血を喰らうよりも遥かに黒死牟の鬼としての格を底上げした。自らの意思に呼応して身体中の細胞一つ一つが活性化し、各部位に複製されている心臓が大きく脈打ち、体内の毒も、不純物も、全てを焼き尽くすほどの温度が体内を駆け巡る。

 全ては太陽の剣士の細胞を取り入れた結果。

 

 羈軛は震えた。

 目の前の鬼が言う〝弟〟は無惨の記憶の中の耳飾りの剣士で確定。最悪である。同一人物の方がまだ彼にとって良かった。なぜならこの鬼はその剣士を喰っている。

 

 つまりは下したということになる。あの耳飾りの化け物を。

 黒死牟が構える。変わった雰囲気も加味され、見た目が異形でも一種の神々しさを醸し出していた。

 

 

 «月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・ 蘿月»

 

 ❝血鬼術 不遜ナル暴虐の血衣❞

 

 咄嗟に防御しようにも、触れたところから水蒸気のように蒸発していく。血の槍で三日月の一部を受け止めたが、三日月は瞬間的に巨大化し、体勢を大きく崩される。されど輝きは止まらない。

 百と少し生きた槍使いの鬼はあっさりとその首を飛ばされた。

 夜空に少し近づく。

 

「……………………嗚呼、死ぬのか……俺」

 

 羈軛はあっさりと自らの負けに合点がいった。偏にあの力の前では逃げることも勝つことも叶わなかったからである。理不尽は時に清々しい終わり方を連れてくる。憎き侍を殺さなければならない気持ちよりも一人の武を修めた者としての潔さが勝った。訳もなく頬に触れた地面の冷たさを心地よく感じた。

 

「だが無念だ。もしも……お前が弟に会ってたら……な……」

「……久々に楽しめた……感謝する……」

「……はっ……その笑み……サイコーに気持ち悪……い……な」

 

 上弦の弐は灰と化して消えた。今度こそ静寂が訪れた。パチン。と子気味いい音をたてて納刀する。

 

「これで上弦は肆と伍と陸……猫又と餓者髑髏と海坊主か……新時代が来るまでには存在を消しておかなければならぬ鬼だな……とりあえず帰るか。そういえば、薫と紫明の日傘にガタがきていたか。町によって買ってくか」

 

 黒死牟──継国巌勝は月を見上げる。

 

「さて、もうこんな時代か。梅。妓夫太郎。半天狗。玉壺。狛治。童磨。鳴女と獪岳もか。楽しみだ。集うのは……いつになるだろうな……………………む」

 

 

 微かに聞こえた人の声が巌勝の鼓膜を震えさせた。それが悲鳴だと判断した瞬間、既に巌勝の足は悲鳴の元へと駆け出していた。幸か不幸か臨界点にまで達した体温のおかげで凄まじい速度で走ることが出来ている。

 

「鬼を滅したあとは人助けか。まるで鬼殺隊だな」

 

 かなり近かったらしく、喧騒が近づくにつれ、目視で状況が確認できた。先程の入れ替わりの血戦に巻き込まれていないのは奇跡である。

 状況としては一人が襲われ、一人が応戦し、それを複数の野盗が囲っている。鬼はいない。多勢に無勢でありながらも応戦している一人は単独で野盗を圧倒しており、この時代ではかなりの武芸者と巌勝は判断した。野盗退治にどこか懐かしいものをひしひしと感じながらやるべき事をする。

 因みに人相手の為、鬼とバレないように目は二つに減らした。

 

 到着と同時に近くの野盗の一人へと飛び蹴りをお見舞いする。

 

「囲んで叩……ぶべらっ……!?」

 

 不幸な野盗は歯を数本口から零しながら、面白いように飛んで行った。

 

「助太刀致す」

「おおーありがとうなぁ」

 

 気のいい返事が武芸者らしき人物から返って来る。

 野盗は野盗でも武者落ちなどではなく農民の類が困窮したものらしく、巌勝が人間の子供時代に遭遇したそれよりも数段弱く感じた。最後の一人は逃げ出そうとしたので、死なない程度に力を込めて鞘を後頭部に向かって投げ、気絶させた。

 武芸者の方も最後の一人の首を軽く締め上げて昏倒させていた。巌勝が到着してからものの数秒で制圧完了である。

 

「大丈夫かぁ、おじいさん?」

「大事無いか。御老公」

「あ、ありがとうごぜぇます! ありがとうごぜぇます! 本当になんてお礼を申し上げたらいいか……」

 

 感極まって涙を流し始めた老人に二人はほっこりした。それも束の間。巌勝はにこやかにこちらを見ている武芸者をみて目を見張った。

 冬も間近だと言うのに道着の姿。髭が所々剃り切れていない。巌勝よりは短い髪を後ろで括り、馴れ馴れしく巌勝の背中を叩いている。悪い気はしなかった。

 

「すごいなぁ、お侍様なのに拳法も修めているなんてすごいなぁ。さっきの飛び蹴りなんて綺麗だったなぁ。俺は素流っていう拳法を修めているんだが、俺が弟子入りしたいくらいだなぁ。しかもその体格。よく鍛えてるなぁ」

 

 間違いなく上弦の参である猗窩座の人間時代の師匠。慶蔵である。予期せぬうちに巌勝は原作のワンシーンに介入していた。

 

「……………………あ、ああ。其処許こそ、私が居なくてもこの程度の野盗なら一人で全滅させることができただろう」

「おふた方ともありがとうごぜぇます。じゃが困ったのう。儂としては何かお礼をしたいのじゃが、薄汚れた道場しか渡せるものが────」

「こちらの御仁に渡してくれ」

 

 巌勝は即答した。




岩戸
めっちゃ性格悪いし、悪行を積み重ねてもなお天運を持つ鬼。
もしも炭治郎が出会ってたら、頑張ってヒノカミ神楽で立ち向かおうとした瞬間、刀が折れたり、急に体にガタが来て動きが鈍ったりして殺される。読者泣かせの奴。首を切っても意識があれば死なない。
戦いにおいて幸運は発揮されたが、アゾットされた時に五十年分くらいの幸運を使い果たした。
加えて血鬼術も使わずに斬撃を飛ばす黒死牟に降ろされた神様もドン引き。死亡。

羈軛
五感絶対狙うマン。主食は主に武士。
あと数十年もすれば遠隔血流操作とかいう初見殺しの即死技を連発できていた。国家転覆も狙ってた。死亡。

無惨
性格超軟化。
縁壱にボコボコにされてから、縁壱が亡くなったあとでも外出に必ず黒死牟を連れていくようになった。もちろん理由としてはもしかすると縁壱みたいなのがぽんぽん生まれてきてるかもしれないし、ばったり遭遇するかもしれないから。
そんなことあってたまるか。と言いたいところだが、臆病者に刻まれたトラウマは一生ものだった。
代わりにと言ってはなんだが、黒死牟のプライベートには余り口出ししてない。そもそも思考が読めない。

黒死牟
しっかり上弦やってる。強靭な鬼の肉体を限界まで鍛え上げ、戦国時代の超人共相手に経験も積んだ。
上弦最古参である猗窩座が江戸時代に生きていた為、動き始めた。


ほかの上弦
代表的な妖怪集。猫又、餓者髑髏、海坊主。

「私たちが……上弦の弐、参、肆……!?」

慶蔵
原作のあのシーンです。一コマぐらいしか描写されてなかったっけ。
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