縁壱が出ていった。それを払拭するかのように巌勝はいつも通り裏山で刀を振るう。数えるのも億劫になるほどの数をこなす。
「……この場所はこんなにも広かったのだな」
ふと溢れた言葉は孤独を孕んでいた。
★
時は戦国時代初期、室町幕府の将軍が代替わりを続け、年表で言うとあと四年もしないうちに嘉吉の変が起こり、幕府の権威は地に落ちる。全国の守護大名達は幕府に頼るのではなく、自らが力を蓄えることを念頭に置き、力をつけていた。武士の名門である継国家も例外では無い。
巌勝が家に帰ってくると、早速父親に呼び出された。渋々呼び出された部屋に入ると父親が顔を顰めながら座るように言ってくる。
「聞け。巌勝、継国家当主として命じる。将軍様と共に関東へ赴き、幕府に歯向かう足利持氏の首を取って参れ」
「御意」
歯向かうことは許されない。親が上で子は下。子を死地に赴かせるのは〝名誉〟の一言で説明がつく、ついてしまう。そんな世の中。誰もがそれを普通だと思えば当たり前のように逆らうものは淘汰される。
(永享の乱か、このまま継国家は没落していくのだったな、時透無一郎は私の子孫であるから、このまま行けば私は妻を持ち子を授かるのだろうが、親に決められた結婚なぞ、御免蒙る。というか命がかかっている、結婚している暇などない……!)
「では早速向かえ。継国家ここにありと示すのだ」
「わかりました」
機械のように武士らしい言葉をつらつらと並べる親。倫理観の違いは仕方ないと思っていても納得できなかった。彼の父親は縁壱が出ていったことについては何も触れなかった。追っ手を出さないだけマシだとは思ったが、それにしても腹立たしかった。自らの息子にあれほどの仕打ちをできる神経が理解できなかったのである。
「必ずや勝利してまいります。吉報をお待ちください」
「うむ」
込められた感情はない。ならば感情は込めない。そそくさと退室し、戦支度をする。残す物も持っていく物も殆どない。父親の周り以外はやけに静かな家。提げた風呂敷に入っているのは山の中で捉えた動物の干し肉や、米が少々。彼の体はこれだけで数日持つ。
(まぁ永享の乱に行くついでに家に帰らずに足軽生活か。縁壱や母上がいなくなった今、この家にはなんの未練もない)
それでも巌勝は仏壇へと向かい、母の遺影に手を合わせる。魂に面識はなかったものの弟が世話になったのだ。耳飾りも作ってくれた恩があった。今の縁壱があるのは母親の存在が大きい。双子は跡継ぎ争いの芽となるので、生まれながらに気持ちの悪い痣を持つ縁壱を殺そうとした父親を母親が鬼のような剣幕で止めたのだ。
(俺も縁壱も自由に生きます。母上。道は分かたれると決まっていても、それまでは兄と弟のままで、どうか)
見送りは誰一人として来なかった。門を出ると一気に世界が広がって見えた。縁壱はきっともっと感動したに違いない。目を輝かせる弟を想像すると、巌勝は笑いをこらえきれなかった。きっと口をあんぐり開けていただろう。
「とりあえずは……東だな」
巌勝は関東に向かう道を走り始める。馬と鎧はない。馬を戦に使うほど裕福ではないし、何より遅いのだ。自ら走った方が速いし餌代も浮く。もたせる荷物もない。家宝の鎧は暑いから置いてきた。ゆるりと一人旅である。澄み渡った青空ごと太陽が照らし渡す。鳥の囀りが聞こえてくる。和な脇道を東へと進む。
それでも、ただ一つ巌勝には懸念があった。
「久々の遠出だが、問題は鬼だな」
原作と変わらず、鬼が跳梁跋扈する時代。普通の刀では再生される。首を日輪刀で切るか、朝日が昇るまで粘るかでしか、鬼は殺しきれない。巌勝は有象無象の鬼に後れを取るつもりなどそうそうなかったが、不死身は厄介だった。一晩続く全自動首切断機などあるはずもない。
原作の伊之助みたいに隊士っぽい人間をひっとらえて日輪刀を奪うことも考えたが、鬼殺隊に入隊する可能性がある以上、鬼殺隊との確執は避けたかった。というかあの軍服みたいな隊服がまだ普及していない為、刀を差していても隊士かどうか分からない。
「刀奪ってすいません違う刀でしたとか……嫌だな。刀鍛冶の里みたいなところにも行ってみたいが隠されているのでは分からないしな」
考えても仕方なかったので、不安を払拭するように走る速さをあげた。しかし息一つ切れないので不安は蟠りとなってただそこにあった。
★
二、三日寝ては走り、寝ては走りを繰り返していると遠くに民家があるのが見えた。しかしどうやら騒がしい。目に血を送り、一時的に視力を強化する。血の赤と怯えた農民と小汚いが武装した兵。どうやら村が野盗に襲われているようだ。
「さすが戦国初期、世も末だな」
達観しつつも、走り出す。踏みしめた一歩で最高速度に到達する。景色が飛ぶように流れ、距離を数分で縮める。助ける義理はないが放置は寝覚めが悪かった。
「……ふん」
「ぐはっ……」
到着と同時に手頃な野盗を切り捨てる。呼吸を使う迄もない。巌勝にとって骨を断ち、肉を斬る感覚はやはり不快なものであった。苦い感情が鎌首を持ちあげようとするが、押し殺す。初めての殺人であった。人の命を奪ったとしても心は凪いでいた。生まれつきの武人気質であるらしい。
野盗達は突然現れた子供が仲間を斬り捨てたことを理解できなかった。
「な、なんだ!? 誰だお前は!? 名乗れ!! 今すぐにだ!!」
「二、三、……今殺したのも含め、全部でちょうど五人か……我が名は継国巌勝!! 野盗征伐に参った! 外道共! 覚悟しろ!」
「て、敵は一人だ! お前らやってしまえ!」
巌勝はテンプレじみたセリフを言う。リーダー格らしき野盗が吠える。目は恐怖に怯えていた。野盗の目には巌勝が得体の知れない化け物に見えた。大人の侍だったらまだ理解出来た。しかし無表情で刀に着いた血を落としているのは紛れもなく子供である。
(見たところ有象無象の集まりだ。刀を持っている辺り、武者崩れか。ここで斬撃を飛ばしでもすれば村人が怯えてしまうな)
そう思った巌勝は刀を納め、自然体で構える。途端に野盗らが活気づく。人数差を理解して降伏するのかと思ったのだ。
「はっはっは!! 怖気付いたか!? お侍さんよぉ!」
そう言いながら斬りかかってくる野盗の刀を踏み込みながら半身で避け、手首をつかみ、宙で一回転させ、地面に落とす。一連の動きは流麗で無駄がなかった。透き通る世界により想像通りに体が動かせるため、うろ覚えな前世で見たアニメの体術も模倣できる。そして何より、人体のあらゆる弱点が看破できる。
「かはっ……ぐ……」
最後に肺を踏みつけ昏倒させる。今の巌勝ならば肺どころか踏みつけで肋を砕き、心臓を破裂させることなど造作もないだろう。
「どうした。怖気付いたのは貴様らの方だったようだな」
「!? ぬかせぇぇ!!」
安い挑発だが効果は覿面だった。巌勝は冷静に動きを見極める。
二人目 白刃取りからの後ろ回し蹴りで処理。
三人目 呼吸で強化した腕で右ストレートで昏倒。
四人目 足を払って、頭から地面に倒れた所に踵落しで眠らせる。
(最後の一人は……)
「おい! へへっ! こっちを見やがれ!!」
巌勝は野盗が何をしているかは知っていた。渋々目を向けると案の定リーダー格が片腕に村の老婆の襟をつかみ、勝ち誇った顔でこちらを見ている。
「このババァを助けて欲しけりゃ、その刀を置いて地に伏せろ!! 村人共に縄で縛らせる!」
(救いようがない。全く以てな)
「仕方ないか」
姿勢を整える。呼吸を整える。手本はいくらでも見た。今ならできるという確信が巌勝にはあった。何回も練習した。本物の戦闘で使うのは勿論初めて。
«月の呼吸……»
野盗が勢いづく。
「おい! 早くしろ! さもないと……こうだ!!」
雰囲気が変わった巌勝に野盗はたじろぐ。結果。焦燥に駆られて、老婆の肩を突こうとする。村人が声にならない悲鳴をあげ、諦めの表情を浮かべる。既に彼らの脳裏には血飛沫を上げて絶命する老婆が想像出来ているのだろう。
(致命傷では無いにしろあの筋肉の使い方だと容易く肩を貫通してしまうだろう。
……それは許さん)
瞬間、抜刀。それは原作にない型。
「なっ」
«肆ノ型……»
巌勝の抜刀に驚愕し、野盗の動きが少し鈍り僅かな隙ができる。
(十分だ)
────«虧月突»
それは、刀の投擲。構えない。溜めも不要。日の呼吸の陽華突を原型として、踏み込みながら切っ先を敵に向け、左手で柄を掴み調節し、柄頭を右手で押し飛ばす。
巌勝が何れ鬼になり、刀を自らの血肉で無数に作れるようになった時の為の型。今は得物を失う欠点があるものの、投擲せず、突きとしても使用可能。壱ノ型の次に速く出せるが一点集中なことと、薙ぎ払わないことで威力と速さは数段こちらが上。
野盗の満ちていた《生》が欠けることすら許さず、真っ黒な《死》に変わり……
「……」
断末魔すらあげることは許されない。一筋の月光は野盗の頭部を破裂させて尚勢いが止まらず、貫通して後方10メートルの家に突きたっていた。
凄惨。脳漿を浴びた老婆が卒倒した。
★
「助かりました! お侍さま!」
「お侍様がいなければ、今頃どうなっていたことか」
「かっこよかった!!」
巌勝は口々に褒め称えられる。悪い気はしないがやはり気恥しいものがあった。
「けが人を手当してやれ、力仕事が必要であれば呼ぶがいい」
巌勝は逃げるようにこの場を後にした。人を殺して感謝されるのは何処か気持ち悪かったのだ。比較的大きな家へと歩みを進める。そして家の持ち主であろう人へと話しかけた。
「日も暮れてきた。すまないが、今晩は泊めていただけないだろうか」
「もちろんでございますとも! 夕餉の準備を致しますので少々お待ちください」
「では、私は野盗の様子を見てこよう」
「……お気をつけて」
「うむ」
★
厳勝は村外れの廃屋に移動する。ほんの数日前なのに何処か懐かしい雰囲気を感じる。廃屋という雰囲気が縁壱のそれとにていたのだ。縛られた野盗がひとかたまりにされていた。すぐに野盗は入ってきた巌勝に気づいた。ちなみにリーダー格は埋葬した。死ねば仏と言う言葉通り。
「さて、どうしてくれようか」
「ヒィッ!?」
野盗は怯えている。この者達のせいで何人か村人が犠牲になった。易々とは逃がせない。性根がこうであるならば、逃がせばまた同じことを繰り返す。
「頼む、助けてくれぇ」
赦しを乞う野盗を睥睨する。いっそ全員村人に引渡し、村人に委ねるかと考える。十中八九死刑だろうが。役人が機能しているかも怪しい。
(ん?)
その時巌勝は背後に気配を感じた。
振り返ると────
「!?」
「ゲヘヘへ、なぜ縛られているかわからんが飯の時間だァ! ……あ? なんだお前」
「「「「ギャァァァァァア!!」」」」
鬼がいた。
血走った目は爛々と光り、髪は無造作に流している。口元から伸びる犬歯は黄色く、尖っていた。肌の色は薄緑に近い。爪は鋭く伸びて、凶器として人を殺すのに十分だろう。体格は1.6メートル程。ボロ布を身にまとっているようだが、何故か所々切り傷があり、再生中であった。
鬼が巌勝の存在に気付くのに遅れていたのは透き通る世界の効果だ。闘気や殺気が抑えられ、植物のような気配だったのだ。野盗が情けない叫び声をあげる。
「……なんだとは失礼だな」
(この能力を使って忍びとして生計を立てるのも悪くはなさそうだ)
巌勝は一人落ち着いていた。然れど直ぐに刀に手をかける。
「なっ……! くそっ……
鬼が飛びかかってくる。単調な動きのため、見切るのは容易かった。瞬時に抜刀。
«月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮»
刀を薙いで首を飛ばす。さらに付随した斬撃が鬼の体を抉り、首元だけでなく、肩までを細切れに引き裂く。断面は切れ味の悪い刃物で何回も削ったようだった。
「ぐぼはっ……!!」
その衝撃に鬼が廃屋の外へと体が吹っ飛ぶ。遅れて宙に舞っていた首が落ちてくる。だが巌勝は油断しない。なぜなら……
「……ぐへへっ……そうか! お前のその刀、鬼を殺すやつじゃないな!? ぐふふ……ならば俺様は無敵っ……」
斬。
「ヒェッ……!」
「耳障りだ」
巌勝は鬼の頭を塵にした。目に見えて野盗が鬼に会った時よりも怯えた。月光の下で刀を納める巌勝に、鬼よりも遥かに恐ろしい何かを鮮明に感じとった。少しして本体の肩の再生が完了する。そして本体から首の再生が始まる。いくら斬ろうが日輪刀がない為、堂々巡りであった。
巌勝は刀を納め、思案に耽る。
「……どうしたものか……」
考えていると、廃屋の近くにある木に人の気配を感じる。鬼では無い。
「誰だ……そこにいるのは」
「あっ!?」
(あ、落ちた)
巌勝は刀の柄に手をかけ、いつでも抜刀できるようにした。声のした方を凝視する。聞こえた声は素っ頓狂とはいえ新手の鬼の可能性があったのだ。夜闇ではっきりとは見えないが木の影に何かがいる。体の造りは人間のそれであるが、油断はできない。
「いえ違います!! ただ私はその鬼を追っていて……に、任務なんですっ! だからそんなに構えないでください!」
(あはは。私と歳がそんなに変わらないのに強いんだ。私と同じじゃないよね?)
(……女か。なんだか気が抜ける。任務という言葉からして、鬼殺隊だろう。運がいいな)
巌勝は構えを解いて敵意がないことを示す。現れた鬼殺隊はこの鬼を追っていたと言っている。彼にとってもちょうど良かった。
「鬼殺隊か、ならばその刀でこいつを切ってもらおう」
「は、はいっ」
(え? 鬼殺隊じゃないのに型を使ってたの? しかも威力なんて、父様のより桁違いだった……本当に何者? でもなんだか、静かな人)
鬼殺隊という女の全貌が見える。薄桃の着物と臙脂色の袴。白を基調として、裾には彼岸花のような刺繍のある羽織を羽織っている。体は女性らしい丸みを帯び、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。顔はまだ幼さが残っていたものの、かなり整っている。髪は炎を彷彿とさせる黄色と赤色。髪型はボブカットと言ったところか。
「も、申し遅れました! 私は煉獄薫! よろしくお願いしますね!」
虧月
満月が新月へと形を変えていくこと。
野盗を野党と書いていることに途中まで気が付かなかった。
薫ちゃんはいつもは元気だけど押されると弱い子です。まぁまぁ強い方ですね(当時の鬼殺隊基準)