また期間があきましたね……
(追記
2020/12/11
間章に鬼の娘・序を投稿しました。
麗らかな季節であり新たな門出の季節である四月。春風が桜を散らし、等しく人々を言祝ぐ。基本的に江戸時代の祝言は夜に行われる。朝は仕事がある為、用事は大抵日が落ちてから故に。
今宵は満月。狛治と恋雪の祝言である。
★
とは言ったものの、祝言をした理由は狛治と恋雪の晴れ着姿を見てみたいという慶蔵達の我儘から来るものである。さらに形式を重んじるような伝統も持ち合わせていない故に直ぐに家中は宴会へと様変わりした。大切なのは雰囲気である。あとはあんまり大切じゃないのだ。
「……泣いてんの?」
「泣いてねぇっ……!」
「ぷっ……はっはっは!」
慶蔵と春夏。涙の止まらない慶蔵と、それを見て大笑いする春夏。そういう春夏の目尻に現れた涙は笑い故か慶蔵と同じ故か。どの道幸せの涙に変わりない。二人とも身なりは整えているものの振る舞いは変わっていなかった。埃を被ってよれよれだった着物を押し入れから引っ張り出し、有り合わせの布で補修した。ここには見た目が問題でどうこう言うような存在は誰一人としていない。
「着物は重くないですか?」
「はい。嘘のように軽いです。ふふっ、そういう狛治さんは窮屈そうですね」
「まあ、俺には着慣れないものですから」
「大変似合っていますよ。ですが……やはり狛治さんは動きやすい服がいいですね」
道着は鬼にズタボロにされているし、血糊が酷かった。よって即廃棄。狛治にとっては思い入れのある道着に違いなかったが致し方なかった。今狛治が所持している服は慶蔵のお古しかない。恋雪はなにかしてあげたいと思っていた。
「私、閃きました。狛治さんの服は私が作ってあげますからね」
「えっ!? こ、恋雪さんがですか!?」
「はいっ! 任せてください。薫様から服の作り方は習っておりました。そうですね……髪の色と同じ桃色に似た服に致しましょう。なんだかやる気が湧いてきました。今部屋から糸を持ってきます!」
病によって隠されていたが、本来思い立ったらすぐ行動に移す性格は親譲りの恋雪。そう言って祝言の服のまま襖を開けっ放しにして自分の部屋へ行った。呆気にとられていても恋雪のやることなすことは一切止めない狛治。想い人の作る服を着る自分を想像して笑った。自分は幸せ者だ。
「気合が入っているな」
「綺麗に飾り付けられたと思いますよ。華美過ぎず質素すぎず。予行練習だと思って取り掛かりました」
この中では一番それらしい格好をしている巌勝と薫。素人が人目見ただけで一級と分かるような着物に身を包み、強靭な体幹で真っ直ぐ背筋を伸ばしている。英傑が跋扈した戦国時代で頂点に君臨していた継国家の長男と、鬼を骨肉残さず焼き尽くす技術を継承し続けてきた一族の異端児。礼儀作法など骨の髄まで心得ていた。二人して座布団の上に正座し、混沌と化した祝言を見守る。
それでも主役たるふたりより目立たずに。
「成程……予行練習とはな」
「本当に……いつになったら連れてきてくれるのかしら。
……ねぇ」
────
「ぴ!?」
薫が座っている座布団は縁側に背を向けるようになっている。そのすぐ真後ろ。背を向け合うようにして縁側の庭に足を投げ出した紫明がいた。無論、薫の呼び掛けに固まったが。
父親と同じように腰まで届く長い黒髪。髪の先は金色に染っている。母譲りの大きな瞳は血よりも赤く染め上げられていた。肩の露出した忍者のような着物と、花柄の上着。そして長い足を包む袴を着ている。
「なんでバレたの?」
「親子故です」
「説明になってないよ!? 父様にはバレなかったし、でしょ!?」
「……………………ああ。一厘たりとも気配を感じ取れなかった。流石だ」
「ほらぁ!」
「紫明も、誰かと結婚する時はこの何倍も豪華に祝福してあげましょうね」
「流されたし……ってか、うぇぇ。いらないいらない。母様達やこの人たちは人間の時に結婚するって決めたり、好きあっていたのに。今や私は鬼で好きな人なんていないんだよ?」
「分かりませんよ。鬼になったからと言って何か抜け落ちるものがある訳ではありません。ありのままの貴方が愛される日もくるでしょう」
「ふんっ。こ────んな化け物じみた肉体に興奮する男がいたらそれはそれで見てみたいかもねぇ」
そう言って紫明は片腕を翳した。途端、手が赤黒く染まり、植物の根のように枝分かれした。その先は人の顔、腕、背骨、髪の毛、人差し指など常人が見ればそれだけで吐き気を催す違いない形へと変化した。
ほらほらー。とからかいながら凶腕を薫に巻き付けた紫明。薫は紫明の腕を愛おしそうに撫でた。
「逆に貴方が一目惚れするかもしれませんよ?」
「賭けてもいい。私に恋する人が現れることも、私が誰かに恋するなんてことはぜぇぇ──ったいにないから。そんな私のことより、早く父様や母様を日光の下に出してあげたいなぁ」
薫は知っている。
娘が狛治達の結婚式を羨望の目で見ていたことを知っている。それを必死に隠そうとしていたことも知っている。親思う心に勝る親心。薫は笑った。きっと現れる娘の伴侶を想像して。紫明が人の皮を被った化け物であることは否定しない。故に紫明に魅入ってしまう存在はどこかもしくは全てが人間として欠落しているような存在でしかないのだろう。
「母様? 何で笑ってるの?」
「紫明、可愛らしい腕を戻しなさい。皆が怯える」
「はぁーい。んー……なんとなくちょっと散歩してくるねー。狛治くんも恋雪ちゃんも結婚おめでとー」
「全くもう……あの子は」
★
鬼が突然乱入することも無く無事に祝言は終えられた。日付も既に変わっている。これより継国家は家に帰る。ただ、門にいるのは巌勝のみで見送りには慶蔵と春夏と狛治がいた。何故か恋雪はいなかった。
「これっきりだなぁ旦那。すまねぇ、散々迷惑かけて何一つ返せねぇ」
「何を言う。貸し借りの絆ではあるまい、今度はいい酒を持ってこよう」
「ほんとにあんたは……ありがとうなぁ
んで、ありがとうついでだが……な」
「どうした」
慶蔵は頭を下げた。狛治は呆気にとられた。しかしさらに続く一言で狛治は狼狽えることになる。
「狛治を連れて行ってやってくれねぇか?」
「えっ!」
「構わんが……いいのか? 狛治」
「なぁ、世界を見てこい狛治、あの鬼みたいに狭い世界ばかりみてちゃだめだ。これから何百年、何千年と続く人生なんだからなぁ。狛治だって旅してみたいだろ?」
「……正直に言えば俺は願ったり叶ったりですが、恋雪さんは?」
「その事なんだが……恋雪は先に旦那の嫁さんと娘さんに連れていかれてしまってなぁ」
「あの子は二つ返事で連れていかせたよ。恋雪はあんたんとこの娘さんと話せて楽しそうだったしね。あの様子だと当分帰ってこないと思うよ」
「……私が狛治を断った時はどうしていた?」
「いや、旦那の嫁さんから、旦那が断るはずもないから先に連れていくだとよ。というわけで狛治。
お前は素流道場、免許皆伝。ここまで良く頑張った」
慶蔵は狛治を抱きしめた。続けて春夏とも抱き合った。狛治は涙が止まらなかった。あれだけ良くしてくれたから、これから一生を捧げて奉仕すると決めていた。だが、心の底では愛する人と旅をしてみたかったのだ。その程度のこと、
「行ってまいります。
「っ……お前は……しまったなぁ。狛治は泣いても俺は泣かないようにしていたのに……こんなに泣く日はもう二度と来ないなぁ」
「体に気をつけるんだよ。恋雪をお願いね、あの子体力が戻ってからかなり危なっかしくなってるから……頼んだよ息子」
「っ……はい!! 」
★
「……行っちゃったね」
「……ああ、そうだなぁ」
「跡継ぎもいないし……どうするよ、道場。あたしはもう前みたいに動けないしねぇ」
「……」
憂いを帯びた春夏の表情。足を見て諦念を隠しきれていなかった。唯一の門下生である狛治が出ていった今、素流道場には慶蔵と春夏の二人だけ。剣道場の嫌がらせが無くなったので多少は門下生になりたいという者が増えていくことはあるだろう。しかし、二人で切り盛りしていた道場なので、春夏の足が悪くなったのは致命的であったのだ。
慶蔵はあの夜を思い出した。月すら出ていなかった夜。慶蔵が巌勝のことを鬼だと知った日。夜風が気持ちよく、晩酌にちょうど良かった。一杯目を飲み干した時、侍がふらりと現れたのだった。
………………
「旦那も飲むかぁ?」
「頂こう」
静かにそう言いながら酔いも覚めそうなぐらい綺麗な正座で座ったものだから吹き出してしまったのを覚えていた。それに怪訝な顔をする侍も面白くてさらに笑ってしまっていた。毒気を抜かれた侍も、口が軽くなっていったので、話題は幼少期の小話や、娘を持つ父親の愚痴へと変わっていった。
「慶蔵は……死よりも怖いものがあるか?」
「……死……かぁ……どうだろうなぁ、考えたこともなかったなぁ。人間、死ぬ時は死ぬからなぁ。怖いとか思ったこと無かったなぁ」
「そうか……私は……ある」
「……」
「家族が私のせいで害されることだ。それが私にとっては酷く……つらい……耐えられない」
「永遠の課題だ。人は自然には勝てない。俺も肉体はいつか衰える。そうなったらもうそこらの子供に負けてしまうだろうなぁ。
そうなったら、家族を守れやしないだろうなぁ」
「肉体は衰えぬ……力不足故、手が届かずに家族が血の海に斃れる瞬間。想像するだけで私は筆舌に尽くし難い無力感に焦がされる。そうならないよう、私が守らなければならないのだ」
さすがに慶蔵は察した。今の今までもヒントは沢山あった。日傘や色素の薄い肌、若くしてどこか老人を思わせる言葉の重み。
横で月を見上げている侍は鬼である。そしておそらくは家族も……
「いいんじゃ……ないかぁ?」
「いいとは?」
「……なんでだろうなぁ……『いい』って言葉がふわっと出ちまった。旦那は美しいなぁ。叩き上げた技術を家族のためだけに使うのは……卑怯ってもんだよ。誰にもできやしないからこそ。だれも旦那を否定できねぇ。誰もが今を生きるのに必死なんだ。自分のことをやってから他人のこと。俺は旦那を手放しで尊敬するよ」
「そうか……慶蔵はどうなんだ?」
「俺か? 俺は欲まみれだなぁ。娘を嫁に出したあとは……道場を大きくしたい。いつか素流に大勢弟子が来て、賑やかになって、狛治に道場を譲って……最期は、家族と弟子たちに看取ってもらいたいなぁ……」
「お前のも……十分美しいとも。人間らしい望みだ」
「嬉しいことを言ってくれるなぁ……次は俺が聞く番だ」
「ふっ……いいだろう」
「旦那はこの世に生を受けて何年になるんだぁ?」
風が吹いた。
「……知らん。百を超えてからは数えてないな……」
「はははっ! その台詞。一度は言ってみたいなぁ。んじゃ続きの質問だ」
「なんだ、まだあるのか」
「これが最後だぁ。旦那は、旦那よりも強い存在に出会ったことがあるかい?」
「……一人だけ、そうただ一人。刀を握る度に脳裏にちらつく。それ程までに焼き付いている者がいる。未だに超えられそうにない……あの輝きを……あの熱を……あの鮮烈さを」
「生きているかい?」
「死んだ。憎らしいほど満足そうに逝ったとも」
「なら……」
「そうだ。私が最強だ。あいつがいない今、後にも先にも私より強い者はいない……私は勝ち続けることで、あいつが紛うことなき最強だと証明する。ただ……いや、野暮か、忘れろ」
「旦那は……そいつが強かったから覚えているのか? そいつのようになりたかったのか?」
「……」
慶蔵の問は答えでもある。少なくとも原作の黒死牟は死の間際にて、縁壱のようになりたかったと本音を漏らしていた。自らが欲するもの全てを持ち合わせている弟。縁壱が兄であれば結末は変わっていたのかもしれない。
巌勝は足を崩した。長い足をさらけ出した姿はいつもの侍ではなく、齢三十程で見た目相応の男であった。
「違うな…………あいつのようにならずとも、ありのままの私を受け入れてくれる存在が居る。月柱、上弦の壱、佳宵の天満月などではない。混ざりものの
………………
(なんで今になっておもいだしたんだろうなぁ。あんな強そうな侍でも何かを抱えて、何かを捨てて生きてるんだ)
次に慶蔵は狛治を思い出した。いつもの道着ではなく、着物と袴姿。いつもは道着しか着ていなかったからわからなかったが、狛治はかなり正装が似合う男だった。人は見かけによらない。いい鬼も悪人もいる。鬼も人なのだ。
突然、慶蔵は春夏を車椅子から抱き上げた。
「道場なんてど────でもいいんだぁ。取り壊して畑にして美味い野菜沢山作ろう。そしたらまた狛治達が帰ってきた時に鍋ができる」
「はぁ? じゃああんたの夢はどうするんだい!? 弟子は? 流派は? 夢を諦めるってのかい!?」
「はっはっは。もしかすると俺たちには野菜づくりの才能があるかもしれないぞぉ?」
「話を聞け!」
こうして、素流道場は畑へと様変わりした。この後、しっかり毎年お盆と正月に狛治と恋雪は帰ってくることになる。今生の別れみたいな別れ方をした狛治と慶蔵はしまりのない顔をしていた。帰らない年は一年としてなく、慶蔵達が歳をとって畑が続けられなくなったあとは狛治と恋雪が日傘をさしながら畑を育てた。慶蔵と春夏亡き後は畑を霊園として土地を町に寄付した。そこには毎年二人の命日に訪れる夫婦がいた。
「お墓も綺麗にしましたし、花も供えました」
「ありがとうございます。突然ですが狛治さん……子供、欲しいですよね?」
「は……そりゃ、欲しいですけど、俺たちはもう人間じゃないから」
「巌勝様の言葉覚えていらっしゃいますか?」
「はい。あと何百年か後に産まれてくる娘が鬼を人の体質に戻す力を持っていて、その血があれば人に戻れるんでしたよね」
「はい。ですから待ちましょう狛治さん。待って待って待って待ち続けて、失ったものを取り戻しましょう。きっと、浄土にいるお父様とお母様も孫の顔がみたいでしょう」
鬼夫婦。太陽が照らすその時まで。
とりあえず狛治の物語はここで終わりです。まぁ兄上に続く最古参になるのでこれからも上弦集結編にはちょくちょく登場します。
次は童磨の物語です。間章で紫明の話を更新した後にプロローグとなります。気長に待っていてくだされ……。これからもよろしくお願いします!