アニメ始まりましたね。私は兄上のお顔でフォルダが埋まりました。初登場の後ろ姿の耳たぶかわいいですよね。
彼は目覚めた。産まれてから今日まで同じような生活を続けているためか、眠気すらなかった。大きく伸びをして起き上がる。時刻は朝の五時頃。町民は三時に起きて朝の仕事を行うために信者との交流は必然的に日が昇ってからになる。
(なんだろう。この感じ)
見慣れた暗く湿った部屋でもどこか違和感があった。雰囲気がいつもと違うのだ。空間そのものが拒絶しているようだと思った。ただ事じゃないと思って飛び起きる。両親を呼びに廊下を歩いていると、錆びた鉄の香りが漂ってきた。誰かが出血している、それも夥しい程の量を。
彼の心臓がどくんと跳ねた。
両親の部屋の襖に手をかけると、手が震えた。それでも笑顔を貼り付ければ手の震えは止まる。噎せ返る鉄錆の香りに諦念を覚えていた。
思い切って襖を開ける。
「おはよう」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「んー」
すっ、と襖を閉じる。現実逃避のために目を擦り、もう一度開いてもおなじ。母親が父親を滅多刺しにしていた。余程長い間刺していたのか血糊は乾燥し海苔のように黒かった。しかし父親はまだ息があるようで呻いている。だが直に死ぬだろう。彼は迷った。見て見ぬふりをして立ち去るか、声をかけるべきか。
「私が! 私がというものがありながら! ふーっ! ふーっ!」
彼は理解した。母親は父親の不義を嘆いて刺したのではない。自らを軽んじ、誰よりも美しい筈の自分を妻に持つくせにほかの女に目移りしたことを怒っているのだ。自分が醜いことに見て見ぬふりをし、その不満を他人への暴力という行為で解消することでしか承認欲求を満たせない母親。そんな彼女を彼は酷く可哀想に思った。もう救えないところまで狂ってしまっている。
しかし同時に彼は好都合だと思う。これまで反抗しなかったのは力で圧倒的に優る両親がいるから。教祖ではなく、子供として彼を見る一面があったからこそ手を上げることが許されていた。もし居なくなるのなら記憶の誰かを探しに行けるかもしれない。信者の話す城や町や花に出逢えるかもしれない。
彼は胸に一抹の希望を抱いた。
「あらおはよう。ごめんなさいね」
母親が彼を見た。顔は笑っているのに目だけが上を剥いている。もう少し裏返れば白目になるだろう。母親は子供をみていなかった。彼女は今、罪の意識から逃れようと助かる方法を必死に考えている。
謝罪の言葉は誰に対してなのか。
「ううん。大丈夫だよ」
(オレはもう、こいつを救えない)
人を殺した興奮に息が上がり、返り血に塗れていてもそこには母親がいた。手が震えている。彼女はもう精神的に限界だった。棄てられた子供のように情けない顔をし、処刑前の罪人のように媚びた声で子供に話しかける。
「ああ、教祖様、一緒に死んでくれませんか? 人を殺した私は極楽には行けないけれど、教祖様とならきっと極楽にいけると思うの」
「……」
母親は信者の顔をした。頭を垂れてへりくだり、這いつくばって許しを乞う。目の前の息子に救いがあると信じて笑いかける。刃物は離さない。
縋るように伸ばされた血だらけの手を、彼は払い除けた。
「オレ……まだ認めてもらってないんだ」
「あれ? 教祖様は一緒に死んでくれるでしょ? 教祖様なら極楽に連れて行って下さるでしょ?」
一歩。一歩。
躙り寄る母親。逆手に持った刃物が血の光沢に濡れている。目から溢れた涙は、上がった口角に吸い込まれていった。
一歩。一歩。
後ずさる子供。背を向ければ追いかけられる。逃げてもすぐに追いつかれて刺されるが関の山。身軽にするために少しずつ着物を脱いでいく。
「ねぇ。どうして逃げようとするの? 母さんよ? ほら、おいで」
(可哀想な人。でもオレはまだ死ねない)
「あれ見て」
彼は母親の背後を指さす。首が振り向く瞬間に勢いよく走り出した。古典的な手である。稼げるのは数秒だ。それでも生まれて初めて彼は親に対して反抗した。文字通り命懸けの反抗である。
(大丈夫。逃げ切れる。オレは認めてもらって幸せになるんだ)
彼は家の外までの道程を頭の中に描き出す。信者達と集まる場所から先は知らない。しかしこの家はそこまで広くない。玄関はそこからすぐに違いない。
「待って、待ってよ。待て!」
大きく重い着物が渾身の力で引かれる。その勢いを利用して着物を脱ぎ捨てた。記憶の人物が着せてくれた白い着物だけが残り、母親が掴むのは教祖として振舞っていた時の着物。もちろん母親はその程度で満足しない。
彼は乱雑に襖を開けた。
「血の匂いがするから来てみれば……大丈夫か? 怪我はないか? 遅れてすまない。近づいてもいいだろうか?」
彼が襖を開くと人がいた。奇しくも彼と同時に開こうとして彼の方が早く開けたのだ。
(誰?)
疑問が鎌首を擡げる。同時に彼は見蕩れた。今にも母親の凶腕に捕まりそうでも足を止めてしまうほどに魅入られている。
艶やかな黒髪。抑揚の乏しい声。彼一人を心配してしゃがみ込まれた体躯。怪我がないか確認のために伸ばされた細い手指。
何よりも、彼が今までに見た人たちとは違う、強い意志のこもった瞳。偶像を虚空に願う信者とは違う。他人を介在させずに生きていける理性が感じられた。
「大惨事だな。よもやここまで狂っていたとは」
「……」
(あっ……あぁ。どうして、どうして今まで……忘れていたんだろう)
彼の背後の母親を見て話した言葉には嫌悪の棘が含まれていた。そんな彼女を見上げる彼の脳を狂わせる。現れた女神が人ではないことは既に看破していた。脳内に溢れ出る、彼女との交流。話す烏に、太陽の香り。全て思い出す。
人並みの感情を持ち合わせていない彼。透明でもなく無色でもなく。純粋。そんな色を持たない彼の世界に彼女の色が一滴滴るだけで色を持つ。
「助けて。全部。まるごと。オレを助けて」
「任せろ」
彼の目が彼女の手のひらで覆われた。彼女にとっては惨劇を見せたくないという至極真っ当な理由。しかし彼は不満だった。再会の喜びが少し落ち着く程度には。
(こんなののために気を使わなくていいのに。死体なんて臭いだけでしょ。でも優しいなあ。オレを守ってくれているんだ)
「わ、わた、私のだ! 返せクソ女ぁ!!!!」
「終わったぞ」
べた。人が倒れる音がした。彼は目を覆われているから分からなかったが、彼女は空いた手で手刀を首に落とし昏倒させた。後ろを振り向かせないように彼を部屋の外に出した。
「ねぇ、名前はなんて言うの?」
「後にしよう。一先ずご遺体を移動させねば。母君も……どうしようか」
「意味ないよ。そんなことより、名前は? 」
「し……夜叉」
「夜叉ちゃん。オレの家族になってよ」
「おうおう。落ち着こっか、餓鬼。…………………………埋葬が先だ」
夜叉は心の底から動揺していた。憧れに似せた口調が崩れかけるほどに動揺していた。とんでもない家庭崩壊の現場を抑えて子供を救い出せたのは良かったが、その救った子供がとんでもなかった。
彼女は今まで生きてきて狂った子供は何人も見てきた。ここより酷い家庭環境も幾つかあった。しかし目の前の子供のように全てを受け入れて役に徹しながらも正気を保ち、さらに両親を欠片も愛していないのは初めてだったら。叶うのならばさっさと寺に任せてしまいたいぐらいに面倒。
「いいよそんな。君の手を煩わせたくない」
「……埋葬は決定事項だ。だがお前の意見を尊重しよう。埋葬は発見した信者に任せる。そして、お前と家族にはならない。お前を寺に預け、私は帰る」
「そんなことしてオレを置いていったら、自殺するからね。オレ。さっき死んでたヤツら……世間体にいえば両親だね。そいつらから神の子と崇められてたんだ。これでもうやることも無いしオレは死ぬつもりだったよ」
「……」
「でも君が来てくれたから。オレは生きてもいいって気持ちになったんだ。君がオレを生きさせようとしたんだよ。君がいなかったらオレは母親に刺されて死んでいたしね」
心からの本心で夜叉を見つめる子供。本当に夜叉は救ったのか。悪魔のような両親と引き離して正解には違いない。頭も悪くなさそうだからある程度の職に付けば食いっぱぐれることは無い。それでも人でない自分が将来有望な子供を連れ回していいのか。
「……隣町にもうひとつ寺がある。そこにお前を預ける。それまでの道のりはかなり長い。気が変わることを期待しておけ。駄々を捏ねたら置いていく」
「うん! うんっ!」
彼は夜叉の足にしがみついた。二度と離さないように強く。強く。
血の飛び散った部屋。死人が一人。昏倒が一人。子供が一人。鬼が一匹。しかしながら1番人間らしいのは鬼であった。
「其方の名前を聞いていなかったな。なんと言うのだ」
「ないよ」
「は?」
「いや、オレの親はオレを神の子と崇めるだけで名前なんてつけてくれなかったからね。そうだ! 夜叉ちゃんがつけてよ」
「……歳は?」
「知らない。二桁はこえてるんじゃない? こえてないかも?」
「……」
(……前にこいつをどう表現したっけな)
夜叉は思い出す。言葉すら話せない赤子。しかし自分の顔を会って二回目で覚えられた。それに驚いたのを覚えている。次会った時には冠を被せられ、嫌がりもせずに被っていた。また次の日にはずっと笑っていた。笑うことが相手を安心させると分かっているのだ。
何でも受け入れ、飲み干し、相手好みの自分を作る。
(子供のまま、磨かれて、磨かれて、消えてしまいそうだな)
「ああ、そうだ」
────名は童磨。童磨だ
「オレの名前……」
「おめでとう」
「え?」
「今日がお前の誕生日だ。何かと不便だからな」
「誕生日。オレの?」
「元服は……まだいいか」
またひとつ、激重地雷を踏み抜く。
そうこう話しているうちに二人は家の玄関へとたどり着く。少し広い玄関の見た目はただの家だった。童磨は少し拍子抜けした。
適当な草履を童磨に履かせ、童磨は産まれてから初めて外に出た。
「なに……これ」
太陽の光に目を細めた。直視しようとした彼を、目が痛むからと夜叉が止めた。己の足で弱々しいながらも大地を踏みしめるが、屋内生活で衰えた筋肉ではふらつきは抑えられない。血の香りも、香水の匂いもしない外の世界は言葉を失う。寒さも忘れて少しの間放心していた。
あたりは銀世界。季節は真冬。あらゆる生物が眠りにつく時期。
「これは雪だ。見てみろ」
夜叉は雪を手のひらで掬って、童磨に見せた。
「結晶がみえるか?」
「掬わなくても見えるよ」
「ほう、目がいいな。お前は鷹司にでもなれるか」
「そんなのいいから傍において」
「……なるほど………………なるほど、虫眼鏡になりたいのか?」
夜叉は童磨を隣町まで連れていくことを後悔していた。主に重すぎる想いが理由で。道程は長いが、自分を諦めてくれることを期待することにした。
「はぁ……行くぞ童磨」
「うん! 夜叉ちゃん!」
童磨(10前後)の欲しかったものを秒で全部くれる鬼(数百才)
お気づきかもしれませんが、童磨の章は人外無自覚並重激強長身美女×激激激重病弱超長身美男の光源氏的な感じに寿命とか色々混ぜ合わせた闇鍋です。