黒死の刃   作:みくりあ

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伍話 自覚

「せいっ!」

「ギャァァァァァ……」

「ふぅ……」

 

 薫の振るう刀が鬼の首を切った。彼女は刀を鞘に納め、かいてもいない汗を拭う。何はともあれこれで一件落着である。廃屋の野盗達は恐怖心からなのか豪胆なのか気絶したように眠っていた。

 巌勝は確信した。彼女はほぼ確実に煉獄杏寿郎の先祖だろう。煉獄姓なんてそうそうあるものでもないし、鷹のような目はなくとも髪の色が杏寿郎のそれに酷似していた。とりあえず巌勝は頭を下げて感謝を伝える。来なければ一晩中鬼を見張っていなければならない所であったのだ。それか塵になるまで切り刻んでいた。

 

「本当に助かった。煉獄殿」

「えっ!? あ、はい! わたしの事は薫とお呼びください。それより! あなたには聞きたいことがたくさんあるのですが」

「後にしよう、こちらは村の者を待たせている身でなもうすぐ宵闇だ。良ければ薫殿も泊まっていくといい。村の者には私が言っておこう」

「そうですか! わたしも野宿は嫌なので、お言葉に甘えさせてもらいます!」

 

 薫は嬉しそうに含羞んだ。巌勝は少しその笑顔に見蕩れてしまった。しかし、目の奥には迷いがあった。何が彼女を迷わせているのか分からなかったが、踏み入るべきではないと判断した。着いてくるように言ったあと、宿へと向かう。向かおうとしたところ、袖の先を掴まれた。

 

「あのっ! もしよろしければ、名を教えては……頂けませんでしょうか? 」

「……」

 

 巌勝は名乗り遅れたことを恥じる。衝撃が重なってすっかり忘れていたのだ。先程から自分に対して薫が敬語を使っていることを疑問に思ったが、今聞くことでは無いと思いやめておいた。

 

「……すまない申し遅れた。継国巌勝だ」

「巌勝様……わかりました。お世話になります」

「とは言っても私も村の者に世話になる立場だからな。偉そうなことは言えないが」

「そういえばそうでしたね」

 

 二人して笑みが零れる。今宵は三日月。巌勝は弟以外の他人とここまで話すのは初めてのことであった。

 結局野盗は税の徴収に来た役人に渡すことになった。

 

 ★

 

 夜が明けた早朝。巌勝は転生してからというもの、早朝になると山に昇って朝日を見るようにしていた。

 

「眩い」

 

 近くの山に登り、朝日の眩しさに目を細める。光量が増していき、山の端を染め上げていく。夜の闇が塗り替えられ、満遍なく大地を照らす。鬼が姿を隠し、人の営みが始まる。

 巌勝が鬼になれば、二度と見れなくなるのだろう。それどころが自分の体への致命傷となり、意図して避けるようになるのだ。少しもの寂しさを感じる。それほどまでに朝日は美しかった。鬼になるということは、無惨が死んだ時、自分も死ぬということであるがそれは御免であった。

 

「無惨が弱ったら原作の珠世のように支配を逃れられる可能性が出てくる。鬼になった後は縁壱と無惨の戦いの近くかつ、弱れば支配を逃れるように抗う。

 ……ならば事前の無惨からの勧誘を受けて、縁壱との戦いまで隠れているのが理想だ。目的がバレないないように。うまくいけばあとは主人公が出てくるまで青い彼岸花探しでもして従っておこう」

 

 巌勝はイレギュラー。原作通りにはいかないかもしれないと、何となく予想が着く。原作の知識を持っている以上、一瞬たりとも思考を読まれてはいけなかった。もし読まれた暁には、無惨は文字通り全てを恣にできる。

 

(どうしたものか…………む)

 

 巌勝はふと、足音が近づいてくるのを感じた。気配ではなく、音で気がついたのだ。それほど集中していたことを自覚した。強い鬼であれば遅れをとっていたかもしれない。

 

(私もまだまだだな)

 

 反省しながら顔を向けると、そこには薫がいた。

 

「あれ? 巌勝様ではありませんか。き、奇遇ですね。朝日を見にいらしたんですか?」

「……あぁ薫殿か。そうだな、私は朝日が好きでな、毎朝見るのを欠かさないようにしている」

 

(心拍数が上がっているな)

 

 薫は嘘をついていた。昨日、流石に年頃の男女が同じ宿に泊まるのは、と、宿は別々にして休んだ。その翌朝、巌勝が宿から出ていくのを偶然見かけた彼女は気がつけば後を追っていた。察知されて始めて、自分がなんの目的もなく着いてきたことに気がつき、焦る。これではただの変人だ。

 

「へぇー……わ、わたしも好き……ですよ、あ、朝日。いいですよね」

 

(ちがーう。もっと気の利いた事言えないの私! 話下手か!)

 

 薫は両頬に手を当て、蹲る。柱である父に向ける憧れでもなく、次期当主の兄に向ける親愛でもない。恥ずかしくて今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。かと言って逃げるのは違う。

 巌勝は何故か心拍数が上がっている薫を訝しげに思っていた。

 

(……なにか掴みどころのない娘だ)

 

「そういえば! 巌勝様は今おいくつなんですか?」

 

 薫は勇気を振り絞って問いかける。

 

「年か? ……十だが、それがどうした」

「え? い、いやぁ……またまたぁ。そんなわけないじゃないですか」

「……」

「……」

 

 薫の笑顔が固まる。

 

「……冗談……ですよね……?」

「嘘は言ってないが」

「え? ……ええええええっ!?」

 

(いやいや、まさかの年下!? 背丈はわたしより高いのに!? わたしより三つも!? 年上だと思ってた!)

 

「……そんなに驚くことでもないだろう」

「その言い回し! 十歳はそんなに堂々としていないと思います!」

 

 薫は無意識に顔を近づける。巌勝の視界に整った顔が視界に広がり、柄にもなく狼狽える。驚き様からして巌勝は目の前の女性は自分より年上であると判断した。ここで自分も年齢を問いかけるという愚行は起こさない。結果など目に見えている。

 

「あ、あぁ……そうだろうな」

「はぁ。なんか疲れました。さて、突然ですが巌勝君、恥を忍んで頼みたいことがあります」

 

(落ち着けわたし! 相手は年下。ここは年上の貫禄ってものを示さないと!)

(様から君呼びに変わった。わかりやすい)

 

 薫は何とか冷静で貫こうとしたが、意味が無い。透き通る世界を持つ巌勝にとっては幾ら無表情や無感情で冷静さを装おうが、全くの無駄であった。

 理解ある巌勝は気づかない振りをする。

 

「うむ」

「……わたしに稽古を付けては頂けないでしょうか」

 

 普段彼女は格下、格上のどちらでも堂々と接してきた。それが鬼殺隊の頂点。炎柱を受け継ぐ煉獄家の長女、寡黙で凛々しい『煉獄薫』という人物である。たとえ相手が誰であっても敬語を使う。そうすればやっかみも幾分か抑えることが出来たのだ。

 薫は人目見た時から巌勝は自分よりも数段上と確信していた。故に誇示や実力を示すのでは無く、本気で稽古してもらおうと思っていたのだ。それは巌勝にとっても初めてとなる、縁壱以外の剣士との斬り合い。断る謂れはない。

 

「承諾した」

「本当!? こほん……よろしいのですか?」

「あぁ」

「…………今からでもよろしいですか?」

「もちろんだ。始めよう」

「ありがとうございます。……では胸をお借りします」

 

 薫が間合いを取るために離れていく。そのうちに巌勝が手頃な枝を拾う。振り返った彼女はそれを見ても文句を言わない。実力差など初めから明らかなのだ。

 薫が抜刀し、構えると同時に、巌勝もまた構える。

 

「……ふう。は」

「っ……!」

 

 巌勝の纏う空気が変わる。彼の纏う重厚な剣気は今までの和やかな雰囲気を一瞬で吹き飛ばし、先程まで鳴いていた森の小鳥たちの囀りが止まる。彼を中心として凍てつく刃が撒き散らされたかのように錯覚する。それほどの肌を刺すような殺気は薫を怖気付かせるのに十分だった。薫は顔を強ばらせた。

 

(分かってはいたけど、やばい……! 剣士としての格が違う……それでもっ!)

 

「……はぁっ!」

 

 薫が切りかかる。裂破の気合いで袈裟斬りを仕掛けるが、巌勝はそれを最小限の動きで受け流す。彼女は呼吸を使わない。本来なら縁壱が鬼殺隊に呼吸を教えるのは後九年先、彼女が鎌倉まで付いてきてくれるのならばやり方くらいは教えられそうである。

 

「……ハッ!」

「……」

 

 胴を狙った回転斬りを跳んで躱す。続けざまに放たれた、薫の切り上げからの振り下ろしを半身で避け、隙をついて枝を振りかざす。

 

「……! ……うぐっ」

 

 薫はその切り上げを上半身を逸らして避けた。顎の先を確かに殺気の篭もった一撃が掠める。

 だがそれで終わりではない。

 

(胴ががら空きだな)

(危なかった……ッ! 嘘!?)

 

 巌勝は振り抜いた枝を今度は逆手に持ち替え、喉笛目掛けて鎌のように振り下ろす。薫は足にありったけの力を込めて後方に飛ぶ。否、飛ぼうとした。

 

(当たったら死ぬ! 当たったら死ぬ! )

 

 無論、小枝である。しかし薫は後ろに跳んで間合いをとろうとする。

 ただ巌勝は相手が間合いをとるために後ろに跳ぼうとしているのを«視て»、振り下ろそうとした構えを解きながら一歩踏み込む。

 終わりに空いた左手で拳を作り、掌底を放つ。後退した分、巌勝が前進し、間合いは変わらない。しかも目論見が破られて思考に隙ができ、体幹が崩れる。

 

(このままでは背中から倒れてしまう)

 

 そう思った巌勝は肉薄する。拳が自分の腹に突き刺さるのを幻視して目を瞑ってしまう。後ろに倒れるよりも瞬速の勢いで迫ってくる拳の方が脅威だったのだ。きっと想像を絶する痛みが来るのだと。

 だが巌勝は倒れかけている彼女の腰を右手で掴んで引き寄せ、申し訳程度に左手に持った枝の先を逆手のまま喉元に突きつける。薫は衝撃が来ないことを訝しげに思った。目をゆっくりと開け、そして見開く。文字通り目と鼻の先に顔があった。至近距離で見つめ合う。

 昇り始めた太陽が二人を照らし、互いの顔が鮮明に見える。

 

「勝負あったな」

「……っ」

 

 初めて縁壱以外の剣士と刀を打ち合えた高揚感が巌勝を自然と微笑ませ、年相応の笑みを引き出す。屈託のない、爽やかな微笑み。

 それは乙女の、初な心を奪うのに十分すぎた。

 

「ぁっ」

「……」

 

(巌勝君の額の痣……まるで炎みたい。綺麗)

(最初は凛々しいと思ったが、こう見ると可愛い……というかどうしたものか。この体勢)

 

 ゆっくりと巌勝は力を抜くようにして腰から手を離す。

 

「申し訳ない」

「いえっ……! こ、こちらこそ……」

 

 気まずい沈黙が流れる。

 

「と、とりあえず村のみんなも起き始めたと思いますし、帰りましょうか……」

「……それもそうだな」

 

 二人して山を降りる。当然、会話は無かった。

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