黒死の刃   作:みくりあ

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陸話 呼吸そして野営

 巌勝達は村人に朝餉を作ってもらって、食べてから出立の準備をする。ありがたいものである。村人達にとって二人は命の恩人である為、喜んで振舞ってくれた。

 二人は感謝を伝える。名残惜しいが出立の時である。

 

「世話になった」

「お世話になりました」

 

 二人は村人達に頭を下げる。村総出で見送ってくれたことが無性に嬉しかった。鬼が蔓延り、戦が頻発する世の中にも人の心は確かにあった。願わくば、これからも平和に。

 

「こちらこそ、助けていただき感謝の言葉もございません! 村の者は皆、お侍様方に感謝しております」

「助けていただき、ありがとうございました!」

「お兄ちゃんありがとう! また遊びに来てね!」

 

 村を発つ。笑顔の村人達に送られて二人は歩き出す。何度も何度も振り返って手を掲げた。とても嬉しそうな彼とは対照的に薫は終始余裕のない顔をしていた。

 

(このままだと巌勝君と別れてしまう。これ程の剣士。絶対鬼殺隊に必要じゃん)

 

 余裕のない薫。巌勝は話を振ろうかそっとしておくべきか迷った。何度も躊躇う。というのも山での一悶着がかなり堪えていた。それでも蚊の鳴くような声で口を開く。

 

「……巌勝君はこれからどうするんですか?」

「鎌倉の戦に馳せ参じるつもり……だったのだが、正直面倒になってきてなら行くか迷っているところだ」

 

 もちろんだが特段将軍に忠誠がある訳でもない。家への忠誠は縁壱が家を出ていってからはもう無いに等しい。最早家に帰る気など毛頭なかった。

 巌勝のフリー発言に、薫は花を咲かせたように笑顔を浮かべる。

 

「……! そうですか! 奇遇ですね。……わたしも鎌倉へ行く手筈になっているのです。戦の後は死体を鬼が食べに来るので、それを退治するのが次の任務です。行くところがないのなら、わたしと一緒に行くほうがいいですよね!」

 

 薫の目に少し昏い光が灯る。それはある種の兆候であった。依存や執着よりも強い何かである。幸か不幸か巌勝はそれには気が付かなかった。

 

「……そうだな、ご一緒させてもらおう」

 

(圧を感じる……が、うん。目的地が同じなら安全のため、多少遅くなりとも行動する人数は多い方がいいよな、そうだよな)

 

 巌勝は理由をこじつけているが、薫と共に行くのは悪い気分ではなかったし、早速掴めた鬼殺隊への繋がりを手放したくなかった。なによりも、見目麗しい女性と離れるのもテンションが下がる。

 

 ★

 

 二人して鎌倉への道を歩く。薫は透き通った声で鼻歌を歌いながら、巌勝は美声に耳を傾けながら。

 

「♪ ~♪ ~」

 

(聞いたことの無い曲だ。……しかし、何となく距離が近いな、加えてやけに上機嫌だ)

 

「……薫殿。稽古の話だが……」

「薫。とお呼びください。巌勝君」

「……しかし年う………………なんでもない。それでは薫。稽古のはな……どうした……」

「……うっ……な、なんでも……なんでもないです」

 

 手で隠しているが、顔は赤くなっている。恐らくそう名前かつ呼び捨てで呼ばれることは無いのだろう。巌勝は閃いた。

 

「……薫」

 

 一言。

 

「えへ……んんっ……なんでしょう?」

「薫」

 

 一言。

 

「……」

 

(耐えてる……)

 

「……ふっ」

「い、今笑いましたね!? 」

「いや、楽しい旅だなと」

「嘘です!」

 

 薫は内心では怒っていないが、しゃがみ込んだままそっぽを向いてしまう。年相応の恥じらいである。

 しかしその仕草は余計に巌勝の嗜虐心を煽るだけである。

 

「すまない薫。お巫山戯が過ぎた」

「……」

「後で何とか埋め合わせはしよう。約束する」

「……仕方ないですね。特別に許してあげます」

 

 巌勝は自然な笑みを浮かべて、未だしゃがみ込んでいる薫に手を差し伸べる。ゆっくりとその手をとって立ち上がる。ここで前を向いて顔を見てしまうと、また落ち着きをなくしてしまいそうで、そっぽを向いたまま立ち上がった。巌勝にはまだ薫が機嫌を治していないように見えた。

 

(ごつごつした、刀を何回も振っている努力している手。でもひんやりと冷たい)

 

「……どうした」

「?」

 

 見れば、薫の手はまだ巌勝の手を握りしめていて。

 

「す、すいません」

 

 薫は慌てて手を離す。巌勝は薫と違って溢れ出す感情を押し殺せるので声色は平然としていた。内心は言わずもがなである。

 

(大丈夫なのかこの子)

 

 ★

 

 

 しばし互いに無言で歩く。ある程度は落ち着いたのか、薫が巌勝に問いかける。

 

「……それで先程は何を聞こうとしたんですか」

「ん? ……あぁ、稽古の続きと言ってはなんだが、私はある呼吸法を使って身体能力を上げ、先日の夜のような技を放つことができるようになっている」

 

(昨日見た感じだと力は十分であったしな、鎌倉まで道は長いし教えてもいいだろう)

 

「そうなんですか……して、その呼吸法とは?」

 

 薫は目を輝かせる。自分よりも年上が尋常ではない力を振るう理由。それを一人の剣士として知りたかったのだ。

 

「呼吸法と言っても単純だ。肺を大きくすることで空気を大量に吸い込めるようにするだけだ」

 

 薫は少し拍子抜けした。目を線にする。表情に少し疑いの念が発生した。その程度ならばみんなやっていると言外に表して。

 

「……どうやって鍛えるのですかそれは」

「走る」

「え?」

「走る」

「……本当ですかそれ?」

 

 このやり取りに巌勝は少し懐かしさを感じた。

 

「俄には信じ難いだろうが本当だ。私は走ってこの呼吸を身につけ、それを日常的に続けたり、特別大量に吸い込んだりして、強くなった」

「……眉唾ではなさそうですね」

「分かってもらえて何よりだ。……じゃあ走るか」

「え!? 今からですか!?」

「あぁ、夜まで走るぞ。次の関所まで歩けば2日かかるが、走れば半日で済む」

「まぁ、いいですよ……でも倒れたら置いていかないでください」

「その時はおぶってやろう」

「……言いましたね?」

 

(こうなったら倒れるまで走ってやりましょう)

(たぶん倒れるほど弱くないだろう)

 

 薫は単純思考であった。時は戦国。人間は男女問わず脳筋である。

 

 

 ★

 

 

 

 走ると決めたのなら、二人は村人に作り置きしてもらった昼ご飯を食べ、走り出した。

 

 時に、昔の日本人は屈強であった。特に元寇を追い払った重装弓兵である鎌倉武士の血を継いでいる武家は、この時代まだ多く残っている。平安時代から続いている煉獄家も、その中のひとつである。中でも薫は鬼殺隊の炎柱の娘として恥ずかしくないほどの実力は持っていた。

 

(まさかここまで体力があるとは。戦国の鬼殺隊が屈強なのか、薫が例外なのか。……さすがに前者か)

 

「もう日もくれる、ここらで野宿だな」

「はぁ……はぁ……巌勝君って……肺が六つあるって……言われたことないですか?」

 

 もう一度言うが、薫が非力なのではない。実際一度も止まらなかった。そのため幸か不幸か巌勝がおんぶすることにはならなかった。

 継国兄弟が規格外なだけである。

 

「……ないな。薫。肺が空気を欲している状態のまま、身体中の血管に血が行き渡るのを感じてみるんだ」

「?? わかりました」

 

(さらっと言われたけど、絶っっっ対に難しいことだよね……あんなに強い巌勝君の言うことだし、やるだけやってみよっか)

 

 薫は集中する。だが酸欠状態に陥っている為、そっちに気が紛れてしまう。集中が思うように続かない。そのうち集中が目的になり、本来の目的すら考えられなくなっていった。しかし、しっかり血管も膨らんでいる為、すぐにとは行かないが兆候は見えた。

 

「無、無理です、そもそも……血の行き渡りを感じろと言われても……分からないです!」

「……これから何回か繰り返すぞ、鎌倉まであと少し、薫には炎の呼吸を習得してもらう。大丈夫。コツは掴めている」

「炎の呼吸? それが巌勝君が振るう技の名前ですか?」

「いや、私のは月の呼吸だ」

「……なんだか奥が深そうですね」

「それぞれ自分に合った呼吸法がある。例えばだな……」

 

 巌勝は話しながらも野営の場所を決め、そこらの木を一撃で切り倒し、幾つもの薪にする。顔が引き攣っている薫を横目に、火打石で枯葉に火をつけ薪に燃え移らせる。道中で狩ってあった兎を火に焚べて、焼きはじめる。テキパキと要領よく野営の支度を始める巌勝を見て、薫は三人いるみたいだと脈絡のないことを考えていた。

 

「……手際がいいですね」

「褒められるほどでもない。走って疲れただろう、眠るといい。見張りは私がやる」

「鬼が来たら」

「ああ、問題ない。気配には気づく性だ」

 

(一家に一人欲しくなる人だ。いやというか鬼相手に特化しすぎてない? なんで鬼殺隊じゃないの)

 

 薫が眠るのに手頃な柔らかさの地面を探していると、不意に巌勝が刀を手に取った。

 

「ほらお出ましだ」

「……え? ……ッ!」

 

 巌勝が鬼の気配に気づき、遅れて薫も気づく。二人とも即座に構える。鬼が暗がりから現れる。薫の目には、姿形が余りよく見えなかった。その体躯が焚き火の明かりで照らし出され──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 «月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月 »

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───る前に巌勝が放つ三連続の月輪が両腕と下半身を抉り飛ばした。

 

「久々のごちそ……グギャァアアア!!?」

「は」

 

 斬られた後も残響して傷口を抉る三日月は、例え痛覚が鈍い鬼でも叫ばせるのに十分であった。巌勝にとって鬼の体は脆すぎた。斬撃は鬼のみならず周囲の倒木や木々を切り裂いていった。

 人が生み出してはならない圧倒的な力の前に、呆気に取られていた薫がハッとして半開きになっていた口を閉じる。

 

「………………………………………………それではわたしが止めを」

 

(……い、今斬撃が飛んだよね? しかも刀を振ったのは両腕と下半身を狙ったので多分三回。なのになんで斬撃音が何個も重なって聞こえてた。最初見た時もそうだったけど、人間業じゃない……本当に人間? もしかしたら……)

 

「待て、折角だ。呼吸を使って斬ってくれ」

「……どうやるんですか?」

「息をいつもより多めに吸い込んで、筋肉や血管を強化し………………あー、いっぱい空気を吸って、思いっきり斬ればいい」

「はい!」

 

 何度も言うが、戦国時代は脳筋が多い。ただし、理解ある脳筋である。脳筋は脳まで筋肉だから賢いのだ。

 

(……そういえば巌勝君はこんな風に言ってたよね)

 

 薫は構える。そして息を吸い込む。体に力が入る。刀を握りしめると、色が橙に変わる。日輪刀の特徴の一つである。使える呼吸によって色が変わるのだ。

 ただ巌勝は疑問に思った。

 

(気のせいか?炎の呼吸はもっと赤くなかったか?よもやすると炎の呼吸が適正ではない?)

 

 «炎の呼吸! 壱ノ型! 不知火!! »

 

「グハッ……!」

 

 薫が踏み込んで肉薄し、刀を横薙ぎに振るう。あっかりと鬼の首が落ちる。巌勝は刀が業火を纏っているのを幻視した。鬼殺隊の歴史の中で初の«炎の呼吸»使用者の誕生である。

 

 ★

 

 あれから何事もなく夜が更け、朝日が昇ったことを確認した巌勝は薫を起こして出発する。寝ていないのかと聞かれたが、寝ていたし、なんなら近づいてきた鬼を数匹切ったと聞いた時には手で目を覆った。巌勝が薫の日輪刀を一時的に借りたことはもちろん許した。

 

(鬼が近づいても気づかないわたし。いつの間にか巌勝君を至近距離まで近づかれても大丈夫だと無意識に受け入れてるわたし。私ってなんだろう)

 

 そうやって二人が目的地に着いたのは昼過ぎであった。戦はもう終わっており、死屍累々とした戦場では盗賊が死体漁りをしていた。

 

「……のんびりしすぎたな」

 

(まぁいいか、楽しかったし、可愛い女性とだったし)

 

 理由は主に後者であった。巌勝も男である。

 

「近くに鬼殺隊がいるはずです。一緒に探しましょう。それと鬼殺隊ではわたしはこう……所謂ですね、自分で言うのも恥ずかしいのですが冷静沈着な人物として知られているので、そこは承知の上でお願いします」

「……とりあえず承知した」

「本当ですよ?」

 

(まずは鬼殺隊に入隊してもらいましょう。最終選別に参加してもらって、実力は十分だから煉獄家の養子ってことにして、父様や兄様が許してくれるかな……)

 

「……そうか……素の薫はそっち寄りか?」

「ふふ。断然こちらです!」




この兄上、鬼殺隊で無双しそう
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