「見当たりませんね」
二人は荒廃した戦場を歩く。時刻は昼の三時頃。今の時代鬼殺隊の目印は藤の花しかない。隊服は西洋の文化が入ってくる明治後期からだ。他愛もない会話をしながら向かってくる盗賊を切り捨てながら進む。
因みに藤の花の家紋が鬼殺隊の協力者の印として浸透するのも明治終わりである。明治後期に鬼狩りに助けられた人が、恩返しとして藤の花の家紋を掲げて鬼狩りを全面的に援助するようになったのだ。
「何人かで集まっているものなのか?」
「はい。こういう大規模な鬼狩りは大人数で行うことで互いを助け合い、被害を最小限に抑えるんです。もし巌勝君が入隊すれば、百人力ですね!」
薫は遠回しに巌勝に入って欲しいと伝える。実際に彼が入れば、鬼殺隊は大きな戦力を得るだろう。というのは薫の建前で本当は巌勝をもっと知りたいからである。そうやって二人で過ごしていくうちにこの蟠りの正体もわかっていくような気がした。
加えて、巌勝にもメリットがあった。
「……入隊するのもいいかもな」
「えぇ!?」
「……何をそんなに驚く」
「いや、時間をかけて説得しようとしていましたのにあっさりと引き込めました……」
「……仕事がないからな、全くの無一文だ。鬼殺隊は報酬がいい。悪くないだろう」
そう。家を捨てた巌勝にとって路銀の調達は死活問題であった。報酬のいい鬼殺隊に入ることで稼ごうとしたのだ。というのは建前で実際巌勝も薫の魅力に引き込まれかけていた。彼も薫と過ごしていけばこの違和感がどういう感情なのかわかるような気がした。
ちなみに精神年齢が三十を超えている彼は少し気後れしていることも原因である。
「ええ! そうです! そうと決まればさっさとこの任務を終わらせて、入隊手続きと行きましょう!」
「確か……最終選別は鬼の蔓延る藤の山の頂上を目指すのであったか?」
「なんで知ってるんですか。まあそれも巌勝君なら楽勝でしょう。頂上では刀に使う玉鋼が支給されます。その玉鋼で打たれた日輪刀が届けば、晴れて鬼狩りです! そしたら巌勝君をみんなに紹介できます!」
薫は大胆な自分の発言に気がつかないくらいに浮かれている。
それから二人は他愛ない話をしながら、鬼殺隊を探す事に専念した。
薫は鬼との戦い、鬼殺隊との関わりでの疲れを忘れていた。巌勝は自分がかなり原作とは逸れていることを自覚しながらも彼女との邂逅があったのなら意味があったと思えた。互いが互いに安楽を見出した。今はそれだけで十分。
「………………私には弟がいてな」
「弟さんですか?」
「ああ、私より強いぞ」
巌勝は少し得意げに言う。薫はまるで意味がわからないといった表情をうかべた。たった一日で今まで会った鬼殺隊よりも遥かに強いと断言出来るほどの猛者である巌勝が自分より強いと言わしめる弟。
「ええ!? 継国家って……」
「薫!」
「あら?」
「……む」
薫が呼ばれたようなので、巌勝は彼女が反応してから振り返った。見ると、案の定そこには腰に日輪刀を差した鬼殺隊がいた。
黒髪に垂れ目。顔は童顔に近いが年齢は確実に巌勝より上だろう。腰に刀を差し、背丈は巌勝と同じくらい。黒い着物に白い袴。余計な飾りはほぼないと言っていいが、目立つものは首元に勾玉の首飾りくらいか。どこか真面目な印象を持たせる雰囲気であった。
「お久しぶりです。房綱さん」
巌勝との会話を邪魔された薫は、いつもの彼女に戻った。否、彼女は仮面を被った。薫に話しかけた鬼殺隊、房綱は気づいていない。気づくはずもない。鋭利で冷徹な貌。鬼殺隊の煉獄薫は女傑である。
「薫、久しぶりだな。見つかってよかった! 心配したぞ。俺はいつものようにお前と行動を共にしろと炎柱様から命じられた。後で顔を出しに行くといい。俺はここで待ってるから。あっちに鬼殺隊の本陣がある」
「父様が来ているのですか」
房綱が指さした方向を見て、薫は複雑な表情をする。それを見た巌勝が推測するに、親子の仲はあまり良くないようである。
尚、あまりの変貌に真顔の下は固まっている。仮面の使い分けが社会人のようで少し同情した。
「……薫殿。私は任務に参加する意志を示すために炎柱殿に会わなければならないだろう。一人では不安なので着いてきてくれるか?」
巌勝は薫を気遣う。父親ともし軋轢があるのならば、薫自身が顔を見せなければさらに軋轢を産むだろう。そして今代の炎柱に会いたい。まあ実際のところ良くしてくれた人物が目の前で悩んでいるのだ。ならば手を貸すのは巌勝にとって当たり前のことであった。
「そうですね。巌勝君、感謝申し上げます」
「ああ」
薫は気を遣わせてしまったのを申し訳なく思う。それを気にする相手では無いことはわかっているが、それでも年上として情けない。
ただし互いに信頼し合っていることが人目でわかるようなやり取り。その一部始終を見ていた房綱が口を開く。
「……薫。そちらの侍は何者だ?」
声色には警戒の色が見てとれた。
「……彼はですね」
「薫殿。私から話そう。
お初にお目にかかる。私の名前は継国巌勝。歳は十だ。……鬼狩りとなるために薫殿の元で修行している。今回の任務に協力するために炎柱殿に日輪刀の支給をお願いしたい」
巌勝は事の経緯を誤魔化す。嘘は言っていない。鬼殺隊のイロハを薫に教えて貰っているのは事実であるし、日輪刀がないと鬼を殺せないのだ。
(十か。それにこの佇まい……そして薫の信頼を得ている。しかし本当に強いのか? 見たところ此奴からは強者特有の気配が感じとれないが……)
自分より遥かに年下の男が想いを寄せる相手に信頼されているのを見て、房綱の心に黒い感情が沸き上がる。
加えて巌勝の雰囲気は何処か常世離れしていた。強者なのか弱者なのかが一切感じられないのだ。
「俺の名前は御門房綱。年齢は十四。……見たところその刀も日輪刀では無いようだ。……だが、実力の程は確かめさせてもらおう! 安易に民草を危険な目には合わせられないからなァ」
結果、実力を定めるという結論に至る。
「房綱さん。無茶です」
「大丈夫だ。薫。こいつが鬼殺隊に相応しいか確かめるだけだ。手加減はするさ」
「あっ、その」
房綱は刀を構える。
彼は薫に恋心のようなものを抱いていた。同期の中でも実力は高いために若くして炎柱の継子となった。そこでその娘である薫とは幼い頃から実力を高めあった。そして流れるように許嫁のような立ち位置を獲得。彼女が自分に生涯寄り添ってくれていると信じて疑わなかった。今も昔も、そしてこれからもその関係は変わらないと思っていた。
そこに突如として現れた、自分より三つも下の癖に薫と強い信頼を築いている男。やはり気に入らないものがある。言うなれば……私怨である。
「薫殿。房綱殿の言っていることも正しい。私の実力を示せるのなら、喜んで受けて立とう」
「……すいません。お願いします」
巌勝は抜刀し、中段に構え、房綱を見据える。もちろん、薫が心配しているのは巌勝のことでは無い。房綱がボコボコにされ、拗ねないかである。
「参る」
瞬間、世界が塗り変わる。房綱はまるで自分が知る最も強い鬼狩り、炎柱と対峙した時のような威圧を一身に受ける。殺気が凍てつく刃のように房綱を蹂躙する。薫は一度一身に受けたことがあるので大丈夫ではと高を括っていたが、そんな甘い考えごと塗り潰される。あたかもここは戦場である、と。
(なん……)
房綱は無意識に一歩後退してしまう。それを見た巌勝は大きく踏み込み間合いを詰める。迎え撃たなければ敗北は確定。不動は兇。行動は吉。
二人の刀が交差しようとした時、一本の刀が差し込まれた。
「なっ……!」
「む」
「父様……」
上に向かうほど燃えるような赤が濃くなり、背中まで届くほど長い髪。裾の白い着物と黒い袴。その上には薫と違い、炎の刺繍がある羽織を羽織っている。そして鍛え抜かれた肉体は百九十センチにも及ぶ。そんな巨漢が、二人の刀を自身の日輪刀で止めていた。
「お前達、何をしている。房綱、今は仲間割れをするような状況では無いことぐらい阿呆でも分かりきったこと。お前らしくもない」
「も、申し訳ありません!」
房綱が慌てて刀を収める。それを見た巌勝も納刀した。炎柱だと思われる人物が房綱に向け非難の目を向け、叱責しているのを横目に炎柱を観察する。
「正寿郎様! 俺はこの巌勝なる者が任務に参加する意志を示したので、実力を見極めていたのです!」
「……」
正寿郎と呼ばれた当代炎柱は巌勝に鷹のような双眸をぎょろりと向ける。目で人を殺せそうな目線を向けられても巌勝は表情ひとつ変えなかった。彼には死地をいくつも潜りきった歴戦の香りがする。
「お初にお目にかかる。私の名前は継国巌勝と申す。今は鬼殺隊に入隊するために薫殿に師事させてもらっている身。お見知り置きを」
巌勝は口調を丁寧にして話す。入隊する以上、完全な上司である正寿郎には粗相は許されない。
「なるほど……これは房綱では手に余るな。私の名前は煉獄正寿郎。御館様より炎柱の位を授かっている。そしてそこにいる薫の父だ。巌勝と言ったか……いいだろう。任務の参加を許可する。日輪刀を支給しよう。本陣までついてこい。……薫は房綱と共に私の連れてきた隊士の指揮をしてもらう。いいな?」
「わかりました。父様」
「わかりました」
技術の面で、既に達人の域に到達していることを見抜いた正寿郎は任務の参加を許可する。横目にほぼ無表情の薫が途轍もなく不機嫌であるのを見て少し悩む素振りを見せたが、事前の指示通り、房綱と行動を共にさせる。
★
巌勝と正寿郎の二人は藤の花の横断幕がある本陣に到着する。鬼を殺す屈強な集団。鬼殺隊の証であり、藤の花を背負うものは鬼殺隊という目印になっていた。戦侍達も暗黙の了解で藤の花の家紋には手を出さないことになっている。姿勢よく待っている巌勝に正寿郎は予備の日輪刀を渡す。
「その歳でそれ程の剣。巌勝、鬼殺隊に入らずとも、どこかの武家のお抱えなるのも良かったのではないか」
「……私は鬼殺隊に入隊し、弟と再会したいのです」
巌勝は日輪刀を貰い受け、二刀使いのように脇に差す。巌勝は縁壱が鬼に家族を殺されるのを知っていた。それを阻止するために全国に任務に赴く鬼殺隊の力を借りて、縁壱の家を特定したかった。今更ながら、行き先を聞かなかったことを後悔している。
「弟、か。なにか複雑な事情があるのだろう。無理に聞きはせん。……時に巌勝。薫のことはどう思っている」
「薫殿ですか。女子とはいえ剣の冴えは目を見張るものがあります。……なぜでしょう」
「……なんでもない、忘れろ。次の最終選別は1年後だ。それまでは薫に面倒を見させよう」
「……承知しました。感謝申し上げます」
正寿郎は子煩悩である。
特に娘である薫には、常に危険が伴う鬼殺隊に入って欲しくないと考えていた。しかし皮肉なことに、悪い鬼を薙ぎ倒す父親の憧れから薫は鬼殺隊をめざした。さらに不幸であったのは次第に剣の才能があったことである。次第に彼女はそれを開花させ、最終選別を突破し鬼殺隊に入隊した。
正寿郎はせめてもの親心として当時将来有望な鬼狩りであった房綱を継子にして、あわよくば結婚し薫が鬼殺隊を引退して房綱に薫を守ってもらおうとしたが、房綱も薫に過保護なまでの執着を見せた。
薫は二人からお前は鬼殺隊に向いていないと言われている気がして、次第に不満を募らせていった。
そこに現れたのが強者たる巌勝であった。正寿郎は明らかに彼を特別視している娘を見て、彼女が求めるのなら薫を彼に任せようと考えていた。
(まだ分からん。柱まで達したならばあるいは)
★
(…………あーあ)
薫は極めて不機嫌であった。いっその事、房綱を置いて本陣に駆け込み、巌勝に会いたい一心だった。
隊士と隠の統率は房綱がやってくれている。彼なりに女である薫には荷が重いと考えているのだろう。その気遣いがさらに薫を不機嫌にさせる。彼女はいつものように真顔で佇む。そしてたまに本陣を見ては誰にもバレないように溜息をする。
(巌勝君は今、何をしているんだろう。父様は許してくれるかな。同じ鬼殺隊として、肩を並べて戦う……のもいいけどまだ二人で今までみたいな旅を……何を考えているのかしら)
薫の端正な顔に自然と笑みが零れる。近くで埋葬作業をしていた隠や房綱が見蕩れる程の笑みであった。直ぐに元の無表情へと戻ったが。
暫くして、本陣から巌勝と正寿郎が顔を出す。薫は早足で駆け寄り、房綱は手を止めそちらに向かう。
再び四人が会した。
「まずは薫。巌勝を任せる。見たところ多才だ。こき使ってやれ」
「分かりました。では」
「ああ、巌勝を鬼殺隊見習いとする。一年後の最終選別まで面倒を見てやれ。房綱も今までご苦労。引き続き私と隊士の統率をしてもらう」
「……分かりました。お供します」
房綱は指示に従う。しかし内心は不満である。対して、薫はわかるものが見れば頗る機嫌が良かった。二人を置いて正寿郎と房綱は指揮に向かう。途中何回か房綱は振り返ったが、終ぞ薫は気づかなかった。
「という訳だ。薫、これから世話になる」
「こちらこそよろしくお願いします」
隠や鬼殺隊の手前、喜ぶ様は見せられない。だが二人して微笑む。余計な言葉は不要。互いに互いが望み通りの結果になった。今はそれで十分。
やっと見習いですが兄上が鬼殺隊に入りました。長かったぁ
追記
原作において、隠はこの時期にはまだなかったらしいです。情報提供ありがとうございました!
申し訳ないですが今作では既に前からあったという体で行きます!
今後ともよろしくお願いいたします!
因みに次回はこれまでの人物紹介や設定を書くつもりです!