GetBackers -奪還屋- Parallel Universe   作:世紀末ドクター

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第十一話『名前のなかった怪物』

 先の期末試験で、毎回最下位だった二年A組は学年トップと言う快挙を成し遂げた。

 そして、ネギのクラスが学年末試験でトップの成績であったことのお祝いパーティーをすることになった。

 しかし、クラスメイトが盛り上がっている中、周囲のテンションについて行けない千雨は、腹痛という仮病を理由に教室を後にした。

 

 

(そもそも、あのクラスはおかしすぎるんだよ! 異様に留学生が多いし、でかすぎるのもいれば、幼稚園児みたいなのもいる! オマケにあのロボットはなんだよ!? 何で誰も突っ込まねえんだ!頭のアンテナみたいのと言い、関節の溝と言い、どうみても人間じゃねえだろうが!)

 

 

 どうして自分の周りはこうなのか。

 個性的すぎるクラスの面々を思い出しながら、千雨は大股でズンズンと寮への道を歩いていた。

 

 

「極めつけはあの子供教師だ!アタシの普通の学園生活を返せーーーー!」

 

 

 ウガーッと頭を抱える千雨。

 しかし、世の中というのは彼女に都合よくできていない。

 

 

「は、長谷川さーーん!」

 

 

 名前を呼ばれて振り返ると、まさにその本人が小走りで駆け寄ってきていた。

 内心で「げっ…」とも思うが、千雨は立ち止まって応対する。

 

 

「…何か用ですか?」

 

「ハァハァ、あ、あの…さっきお腹が痛いと言ってたので」

 

 

 そう言ってネギは一つの薬瓶を取り出した。

 

 

「これ、おじいちゃんからもらった超効く腹痛薬です。おひとついかがですか?」

 

「結構です。もう治りましたので」

 

 

 もともとパーティーから逃げるための方便だ。

 素っ気なく返事を返すと、千雨は自分の寮へと歩き出した。

 しかし、ネギは千雨について歩きながら声を掛ける。

 

 

「あ、あの……パーティーには来ないんですか?」

 

「私、ああいう変人の集団とは馴染めないんです。帰るのでついて来ないでください」

 

「そ、そうですか。みんな普通だと思うけど…」

 

(どこがだよっ!? つーか、オメーが一番変なんだよっ!)

 

 

 心底突っ込みたかったが、なんとか抑える。

 しかし、怒りのあまり身体がプルプルと震えだした。

 そして、その震えを勘違いしたネギが呼び止めようとする。

 

 

「あ、待って! やっぱり寒気がするんですか?」

 

「しません!」

 

「じゃあ、えっと…アルコール中毒だとか?」

 

「私は未成年です!!」

 

 

 思わず声を上げて怒鳴る千雨。

 ネギから逃げるように早足で学生寮の自室へと急ぐ。

 

 

 バタンッ!

 

 

 乱暴に閉められる部屋の扉。

 部屋の外にネギを閉め出し、ようやく一人になれた千雨は諸手を挙げて叫び声をあげた。

 

 

「あ゛ーーーもう!!!」

 

 

 ここ最近の非常識な状態に、我慢の限界にきている長谷川千雨。

 唯でさえ異様なクラスなのに、10歳のガキが教師なんてとイライラが臨界突破寸前になっている。

 

 

「違うだろ! フツーの学生生活はこうじゃないだろッ!!!」

 

 

 パソコンのキーボードを乱暴にバンバンと叩く。

 

 

「はぁはぁ、この理不尽さを社会に…大衆にうったえてやるッ!!」

 

 

 一頻り叫んだ後、彼女は鏡に向かう。

 彼女の趣味であるコスプレの自画撮りを多用したネットアイドル活動のためだ。

 ストレスを解消するには趣味に没頭するのが一番良い。

 しかし―――

 

 

(え…?)

 

 

 鏡に映った自分の姿にどこか違和感を感じる千雨。

 正直、自分でも何がどう違うのか良く分からない。だが、目の前に映っている自分が何だか自分でないような気がする。

 何と言うか、鏡を見ているというよりも、鏡の方から見られている。そして、その「鏡の中の自分に見られている」という感覚を自覚した瞬間、千雨は急に凄まじい眩暈に襲われた。

 立っていられないほどの猛烈な眩暈に急速に意識が遠のく。

 

 

(だ、ダメだ…意識、が―――…)

 

 

 暗闇の中へと沈んでいく千雨の意識。

 そして、沈んでいった千雨の意識と入れ替わりで表側へ出て来る別の意思があった。

 千雨の意識を強制的に眠らせて、表へと現れた別の人格。それは、かつて無限城世界において『雷帝』と呼ばれた別の意思だった。

 

 

 ―――ネギと、雷帝との出会いはここから始まる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 千雨の身に何が起きているか全く知る由もないネギ。

 彼女の寮の部屋の外、閉められた扉の前でネギは考えていた。

 

 

(長谷川さんはああ言ってたけど、どうしよう?)

 

 

 ネギは躊躇いがちにドアノブに手を伸ばす。

 そして、まさにネギの手がドアノブに手を掛かる直前のことだった。

 

 

「えっ?」

 

 

 ネギがドアを開けるまでもなく、部屋の内側から扉が開いた。

 部屋の内側から伸びて来た腕にネギは自分の手首を掴まれる。

 

 

「長谷川さん…?」

 

 

 手首を掴まれ、怪訝な表情を浮かべるネギ。

 そして、その次の瞬間、ネギは凄まじい力で部屋の中へ引っ張り込まれた。

 一瞬の無重力感と、上下逆さまになる視界。一瞬、ネギは自分の身に何が起こったのか理解できなかった。

 自分が投げ飛ばされたのだということを頭が理解する頃には、すでにネギの身体は千雨の部屋の床の上に叩き付けられていた。

 

 

「がはっ!」

 

 

 背中から叩きつけられ、肺の中の空気が無理矢理に押し出される。

 しかし、投げられるだけでは終わらない。投げられた後、一瞬で馬乗りにされ、身動きできないように上から押さえつけられた。

 それに加えて、二本貫き手の指先がネギの右眼に突き付けられている。それこそ、いつでもネギの右眼を潰せるように。

 そして、動けないネギの上から底冷えするかのような冷たい声が響いた。

 

 

「暴れたり騒いだりしたらここで殺す。アンタは『俺』の質問にだけ答えろ」

 

 

 限りなく無機質で、冷酷な声での脅迫。

 完全に女性の身でありながら『俺』なんて全く似合わない表現をしたのは、長谷川千雨の姿を借りているだけの別の意思。

 当然、この時点で人格が切り替わっていることをネギが見抜くのは無理がある。

 

 

「―――」

 

 

 だが、自分を上から押さえつけている彼女の瞳を見たネギは息を呑んだ。

 それは例えるならこの世の頂点に君臨する者の瞳。絶対的な高みからこの世の全てを見下した瞳だった。

 普段の彼女とはまるで別人。だからかもしれない。

 

 

「貴女は、長谷川さん…じゃ、ない?」

 

 

 そんな突拍子もない言葉がネギの口から漏れたのは。

 姿形は間違いなく長谷川千雨のものだ。普通ならば突拍子がなさ過ぎて思い付きさえしない考えのはずだ。

 千雨の姿をした少女は、ネギのその言葉が予想外だったのか一瞬瞠目した。彼女は少しの間マジマジとネギのことを見つめていたが、やがて言った。

 

 

「その直感は正しい。アンタの言う通り、俺と千雨は別人だ。はじめまして、とでも言っておこうか? ネギ・スプリングフィールド」

 

 

 別に誤魔化す必要も、意味もない。そう判断してか、彼女ははっきりと別人だと明言した。

 だが、姿形は間違いなく本人のものなのに別人ということは―――

 

 

「多重、人格…なんですか?」

 

「その認識で間違ってはいないな」

 

 

 良く分かったな、と感心したような表情を彼女は浮かべる。

 姿形は同じとは言っても、今の彼女は後ろに束ねていた髪を解いているし、普段かけている眼鏡も外している。

 眼鏡を外した彼女の素顔は、ネギが思っていたよりもずっとキレイだった。

 

 

「まあ、俺が多重人格であるということは今はどうでも良い。それより聞きたいことが幾つかある。答えてくれるかい?―――小さな魔法使いさん」

 

 

 小さな魔法使いさんと、彼女はネギのことをそう呼んだ。

 それはつまり、彼女にはネギが魔法使いだということがバレている。

 

 

「まさか、長谷川さんも魔法使い…? 魔法関係者なんですか?」

 

「いや、違う。俺は魔法使いじゃないし魔法協会の連中とは無関係だ。俺は自力でこの学園を調べまわって『魔法使い』や『魔法協会』の存在に辿り着いた」

 

 

 千雨の姿をした別人は、自分は魔法使いではない、と言った。

 だったら今の状況は不味い。一瞬、ネギは記憶消去の魔法か何かを使って誤魔化そうとも思ったが、それは無理だった。

 上からネギを押さえつける尋常ならざる腕の力。そして、かつて故郷の村を襲った悪魔たちよりも遥かに濃密な死の気配を宿す瞳。その瞳に否応なく理解させられた。

 なにか下手な動きを見せればその瞬間に殺されかねない、と。

 

 

「―――」

 

 

 ネギは身体が麻痺してしまったように固まって、瞬きすらできずにどうしても相手から目を離せないでいた。

 相手の奥底を探るような彼女の眼差し。千雨の姿をした別人もしばらくネギのことをジッと見つめていたが、やがて溜め息を一つ吐くとネギから離れた。

 

 

「どうやら俺の早とちりだったか…」

 

 

 そう言うと彼女はベッドに腰掛ける。

 彼女は足を組んで、腕組みをした姿勢のままネギの方を見た。

 

 

「てっきり俺の存在に感付いた学園の連中が『探り』でも入れに来たかと思ったんだが、どうやらアンタは本当に何も知らないらしいな」

 

 

 肩透かしをくらったかのような僅かに気の抜けた声。

 さっきまでの死を予感させるような威圧感もいつの間にか霧散している。

 

 

「探り…、ですか?」

 

 

 床から起き上がってネギは聞き返した。

 彼女は少しだけ迷った素振りを見せた後、自分の事情を語った。

 

 

「…この前、学園の図書館島の地下を調べてたときにドラゴンを殺してしまったからな。少なくとも、この学園のことを裏で嗅ぎ回っている奴が存在することは感付かれている。アンタみたいな末端に知らされているかは分からないけどな」

 

 

 ドラゴンを殺したという聞き捨てならないキーワード。

 ネギとしてはその辺りの事情をもっと詳しく聞きたかったが、この人ならやりかねないとも思った。

 上から押さえつけられていた時に感じた迫力と威圧感。彼女は間違いなくドラゴンくらいは殺してのける。

 実際に触れてみて、そのくらいの実力は持っているとネギには確信できた。

 

 

「学園側の人間も、遅かれ早かれ俺の存在まで辿り着くだろうとは思ってた。だから、今日アンタがやたらと千雨に絡んできたのは、千雨の正体―――引いては俺の存在を探るためじゃないかと思ったんだよ」

 

 

 自分の早とちりだったけどな、と彼女は溜め息を吐きながら付け加える。

 しかし、一応ネギは魔法協会所属の魔法使いなのだが、こうも簡単に事情を喋ってしまって良かったのだろうか。

 

 

「あの…僕にはバレちゃいましたけど…良いんですか?」

 

「それはアンタが周りに話さなければ良いことだろう? アンタが魔法使いってことを周りにばらさない代わりに、アンタも俺のことを周りに話さない。交換条件としては妥当なところだと思うがな?」

 

 

 腕を組んだ姿勢のまま、フンと鼻を鳴らすようにして彼女は言った。

 たしかにお互いの秘密を守るだけという意味でなら、同じ条件かもしれない。

 しかし、相手のことが何も分からない現状で、その条件を呑むわけにはいかない。

 

 

「アナタは一体何者なんですか…? 貴女が無害な存在なら或いはそれでも良いのかもしれない。けれど、もしもアナタが何か悪いことを企んでいるようなら―――」

 

 

 見過ごすことは出来ない、とネギは言った。

 彼女はネギの方をチラリと一瞥すると心底興味なさげに答える。

 

 

「別に俺自身は干渉されない限り、この学園の魔法使いや魔法協会をどうにかしようって気はないがな。何よりそれはこの身体の宿主である千雨自身も望んでいないことだろうさ」

 

 

 ここで彼女の口から千雨の名前が出たが、その物言いにネギはどこか引っ掛かりを感じた。

 多重人格と聞いて、内面で会話や相談が出来るような関係をネギはイメージしていた。だが、先程の彼女の言葉は「望んでいない」と断定の言い方ではなく、「望んでいないだろう」という推量の言い方だった。

 もしかして――

 

 

「ひょっとして千雨さんはアナタのことを知らないんですか?」

 

「そうだ。俺からは千雨のことを把握できるが、千雨からは俺のことは把握は出来ない。だから、今の千雨は俺という別の人格が自分に宿っているということすら知らないはずだ」

 

「もしかして、それは千雨さんに気を遣って…?」

 

「気遣いという程の物でもないけどな」

 

 

 素っ気ない返答だった。

 だが、今の会話を通して、彼女が魔法協会や魔法使いをどうこうするつもりがないという言葉もある程度は信頼できるとネギは考えていた。

 少なくとも、彼女は宿主である千雨のことをある程度は気遣って行動していることは確実だからだ。もしも、彼女が千雨の人格を無視して好き勝手に表に出て行動していたなら、とっくに千雨自身に気付かれていてもおかしくない。

 それはつまり、宿主である千雨自身に不審に思われない、気付かれない範囲の活動に留めている、ということだ。

 

 

「それでどうする? 俺のことが信頼できないっていうなら、俺を拘束なり何なりしてみるか?」

 

 

 まるで挑発するような表情で彼女は言った。

 

 

「いえ…それはやめておきます」

 

「それは何故?」

 

「だって、千雨さんが望んでいないんでしょう? それに―――」

 

 

 そこでネギは一度言葉を切る。

 そして、ネギは一呼吸置いた後、はっきりと告げた。

 

 

「それに長谷川さんも僕の生徒ですから。もちろんアナタも含めて」

 

 

 だから、まずは力尽くではなく言葉で話しかけたい。

 ネギの語った言葉が予想外だったのか、彼女は呆気にとられたように固まった。

 何というか、心の底から意外だという感じの表情をしている。

 

 

「…? 僕、何か変なことを言いました?」

 

「いや…まさか、そんなお人好しな答えが返ってくるとは思ってなかった」

 

「そうですか? 普通だと思いますけど」

 

 

 ネギはそう言うが、断じてそんな訳はない。

 多重人格というだけでも十分怪しいのに、それをこうも簡単に信じるなんて正直どうかしている。

 だが、実際のところ、ネギの行動と言葉は本人にとっても、学園にとってもファインプレーであった。ここでネギが答えを間違えていたら、彼女は学園にとって『敵』になっていた。

 ネギ自身には全く自覚はないことだが、下手に『雷帝』である彼女と敵対するようなことになっていたら、学園が物理的に消滅することになる可能性もあったからだ。

 核爆弾級の地雷を無自覚にスルーすることに成功したネギ。知らないということは、ある意味、幸せなことなのかもしれない。

 

 

「よく考えたら…まだ名前を聞いてませんでしたね」

 

「名前?」

 

 

 普段の千雨とは違う裏側の人格。

 今、表側に現れている彼女の名前をネギは訊ねたが、彼女は答えなかった。いや、答えられなかった。 

 肩書のような称号は持っていたが、それは元々の名前という訳ではない。

 彼女は口元に手を当てたまま考え込んで、黙り込んでしまう。

 

 

「―――…」

 

 

 今更のことではあるが、言われてみて「雷帝」である彼女自身もようやく気付いた。

 かつて天野銀次の『影』として存在していた時も、そして今も、自分自身を指す別個の名前というものは持っていなかった。

 

 

「……俺に元々の名前は無いよ。そもそも名前なんて必要も無かったし、考えたことも無かった」

 

「え…」

 

 

 名前が無いという彼女のその言葉に、ネギは一瞬、言葉を失くしてしまった。

 確かに千雨の影として存在するだけなら、個別の名前が無くても困ることはなかったのかもしれない。

 だが、困る困らないとかの問題以前に、名前が無いということが、ネギにはどうしようもなく哀しくて、寂しいことのように思えた。

 だから、ネギはつい訊いてしまった。

 

 

「それって寂しくないですか?」

 

「何でそう思う?」

 

「何でって……」

 

 

 逆に問い返されたネギだったが、その答えはすぐに自分の中に見つかった。

 だから、ネギは何も迷うことなく、自分の心に従う。

 

 

「だって、名前が無かったら、誰からも名前を呼んでもらえないじゃないですか?」

 

 

 本来、名前とは自分のためだけに用意され、一生の間、名乗り、呼ばれ続けられる特別な言葉だ。ネギも幼い頃から今に至るまで、毎日数え切れないほどたくさんの名を呼ばれて来た。

 そして、名前を呼ばれるということは、『その存在を認められている』ということだ。それが真実だとしたなら、その逆は―――

 

 

「僕だったら嫌ですよ。誰からも、名前を呼ばれないなんて…」

 

 

 ネギはまるで自分の胸が痛むかのように言う。

 一方、千雨の姿をした別人は、そんなネギのことをしばらくジッと見つめていた。

 

 

「―――…」

 

 

 彼女がネギに見入っていた理由。

 ネギのことが自分の良く知る人物とやけにダブって見えたからだ。

 はっきり言って、容姿的なことはあまり似ていない。だが、何故か彼女の目にはネギのことが、かつての天野銀次という少年と重なって見えていた。

 やがて彼女はネギから一度視線を外すと、ぽつりと呟くように漏らす。

 

 

「名前、か…」

 

 

 虚空をぼんやりと見つめながら彼女は呟いた。

 

 

「名前なんてなくても俺自身は別に気にしないが―――」

 

 

 正直、名前なんて無くても彼女自身は困らない。

 だから、この次に彼女の口から出た言葉は、あるいはただの気紛れだったのかもしれない。

 

 

「―――どうせなら、お前が俺に名前を付けてみるか?」

 

 

 その思いがけない言葉にネギは一瞬、驚いた顔をする。

 

 

「僕で良いんですか?」

 

「別に構わない」

 

「じゃあ――」

 

 

 少し考えた後、ネギは言った。

 

 

「それじゃあ、千影(ちかげ)さんで」

 

 

 長谷川千雨の『影』の人格だから、という安直なネーミングである。

 しかし、『ゲレゲレ』や『げろしゃぶ』とかのふざけた名前の万倍はマシであることは間違いない。

 もっとも、そんな馬鹿みたいな名前を付けていたら、ネギは間違いなく殺されていただろうが。

 

 

「長谷川千影、ね…」

 

 

 ネギからもらった名前を呟いてみる。

 偽名も同然の名前だが、それでも実際に口に出してみると少し不思議な気分になった。

 

 

「ところで千雨さんも、千影さんも、やっぱりパーティーには出ないんですか?」

 

「それは千雨の方に言ってやれ。…俺はもう裏側に引っ込む」

 

 

 千影にとってはこれ以上、表側に出ている意味なんてない。

 本来ならネギにも何の声も掛けずに千雨の意識の裏側に引っ込んでも別に良かった。

 だが、今回ネギから名前を貰ったことについて何か思うことがあったのか、千影は最後にネギにこう声を掛けた。

 

 

「―――名前を貰った礼だ。お前が何かの危険に巻き込まれたときは、一度だけ助けてやる」

 

 

 最後にそう言い残し、肉体の主導権を千雨に譲り渡したのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 肉体の主導権が千雨へと移った途端、そのまま後ろに倒れそうになる千雨の身体。

 倒れる寸前でネギが抱き支える。そして、ネギが千雨を抱き抱えていると、数秒後に千雨の目が覚めた。

 

 

「…え?」

 

 

 一瞬、自分の状況が把握できずに呆然とする千雨。

 自分がネギに抱き支えられていることに気付いた千雨は飛びずさる様にして慌ててネギから離れた。

 

 

「ネ、ネギ先生!? なな、なななん何で!? 」

 

 

 やはり、というか千影が表側に現れていたときの記憶は彼女には無いらしい。

 ネギは改めて千雨のことを見るが、やはり姿形は千影と全く同じだ。だが、その瞳に宿る眼光の鋭さだけはまるで違っている。

 先程までの彼女とは本当に別人なのだと、ネギは改めて理解できた。

 

 

「すみません。勝手に部屋に入って。でも、 部屋の中から人が倒れたような音がしたので…」

 

 

 もちろん事実は異なる。

 千雨を誤魔化すための方便だが、彼女は疑う素振りを全く見せなかった。

 実際、部屋の中で気を失った所までの記憶しか千雨には無いからだ。

 

 

「…先生が倒れた私を介抱してくれたんですか?」

 

「ええ。多分、軽い貧血か何かだと思いますけど、気分は大丈夫ですか?」

 

 

 目が覚めてからの体調自体は全く悪くない。

 千雨はネギの問いに頷いて答える。

 

 

「体調は悪くないです」

 

「それなら良かった」

 

 

 ネギは微笑んでみせる。

 

 

「体調が良くなったのなら、長谷川さんも一緒にパーティーに行きませんか?」

 

「え、あ、あたしは…」

 

 

 手を引かれ、少し強引にパーティーへと連れ出される千雨。

 そして、連れ出された先、ネギのくしゃみに制服を吹き飛ばされるなどの一悶着があったが、その日は概ね平和に過ぎて行った。

 だが、後になって思えば、それは所謂「嵐の前の静けさ」という奴だったに違いない。千雨の中に秘められた『雷帝(千影)』の力。その力が麻帆良学園の全てを巻き込むほどの大参事へ繋がることになるなど、今のネギと千雨には知る由も無かった。

 

 

 

 

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