GetBackers -奪還屋- Parallel Universe 作:世紀末ドクター
―――英雄の息子『ネギ・スプリングフィールド』が麻帆良にやって来る。
学園の魔法先生、魔法生徒にはすでに伝えられている事項であり、当然ながら蛮達にもそのことは事前に知らされていた。
もっとも蛮達にとって、それ自体は特に興味を引くようなことでもなかったため、特別に深く関わるつもりはそもそも無かった。
学園長からは「多少は気にかけてくれるようにして貰えばありがたい」と言われてはいたが、実際、ネギが麻帆良に来てからもしばらくは何の関わりも持たずに日々を過ごしていた。
しかし、ある時、マリーアの携帯にかかってきた電話を切っ掛けにして、運命は変わり始めることになる。
Prrrr! Prrrr!
ある夜、自宅でくつろいでいた時にマリーアの携帯のアラームが鳴った。
液晶モニターに表示されている発信元は早乙女ハルナ。
「こんな夜中にどうしたの? ハルナちゃん」
「あ、あの、こんな夜遅くにごめんなさい! で、でも他に頼れる人が居なくて…!」
電話の向こうから聞こえてきたのは切羽詰ったハルナの声。
彼らとネギ・スプリングフィールドとの出会いはここから始まる。
◆
麻帆良学園都市内の湖に浮かぶ小島『図書館島』。
世界最大規模の蔵書数を誇る図書館であり、特にマリーアが何度も足を運んでいる場所である。
しかし、まともな図書館は地表部だけで、地下の部分はトラップがたくさん仕掛けられたダンジョンのような迷宮が広がっている。そして、その実態を調査する『図書館探検部』なる中・高・大合同サークルも存在しているらしい。
だが、そんな迷宮も蛮、銀次、マリーアの三人にとってはただのアトラクションのようなものでしかなかった。大学部の生徒たちによる地道なマッピングで少しずつ明らかにしているようなダンジョンに散歩のような気安さで降りて行き、いとも簡単に希少本を持ち帰ってくる。そんな彼ら三人は図書館探検部の間でもかなりの有名人として知られていた。
特にマリーアなどは見た目だけは絶世の美女であり、同性・異性の両者から憧れの対象として見られているようだった。その所為で綾瀬夕映、宮崎のどか、早乙女ハルナなどの他の探検部の面々とも知り合いになっていたりする。
今回、マリーアに電話が掛かってきたのもそこの繋がりからだった。
「相変わらず頭がおかしいとしか思えねえ図書館だな、いやマジで」
「まるで無限城みたいな迷路だよね…」
そして、現在、彼らは図書館島の奥深くを目指して進んでいた。
いつもなら『希少本探し』のための探索だが、今回に限って言えば『人探し』のための探索だ。
ネギ+バカレンジャーの面々+近衛木乃香の計7人が図書館島へと降りて行ったきり行方不明になり、それを心配した宮崎のどかと早乙女ハルナがマリーアに助けを求めてきたのが発端である。
そして、それを引き受けたマリーアに蛮と銀次の二人が護衛役として付き合わされる形になっている。
「しかし、頭を良くする魔法の本ねぇ…。もしも本当にあったら銀次も読んでみたらどうだ?」
「ハハハ…」
蛮の言葉に力無く苦笑する銀次。
行方不明になった面々が図書館島の地下へ降りて行った理由についてはすでにのどかとハルナから聞いている。
何とも馬鹿な話だと呆れたが、そうした楽をしたいという気持ちは分からなくもない。むしろ蛮達の裏稼業の世界では「出来ない事を何か他の物を使って出来るようにする」のは普通のことだからだ。
実際、命の掛かった危険な仕事の中で手段など選んでいる余裕はない。たとえ、どんな手段を使ってでも失敗してはならない場面というものは確かにある。
しかし、それはルール無用の世界で自分の命を常に危険に晒す仕事をしている者だからこその理屈であって、ルールのある世界に生きる普通の女子中学生に通用させて良い理屈ではない。
そして、それを一番分かっているのはおそらくマリーアだろう。
「…無駄口を叩いてないでさっさと行くわよ」
「へいへい、分かりましたよっと」
口には出さないがマリーアは明らかに怒っていた。
付き合いの長い蛮は言うまでもなく、銀次ですらマリーアが怒っているのが分かる。
(ヒソヒソ…、蛮ちゃん、ひょっとしてマリーアさん、怒ってる?)
(ああ…、間違いなく怒ってやがるぜ…ヒソヒソ)
マリーアが怒っている理由については大体の見当がついている。
このメンバーの中ではもっとも成熟した大人だけあって、若い子供がこうした不正に手を染めるのが許せないのだろう。
はっきり言って、勉強が不得意なこと自体は別に構わない。だが、不得意だからと最初から諦めて、努力すること自体を放棄している。その甘えた根性にこそマリーアは怒っていたのだった。
この調子で行けば、バカレンジャーの面々にマリーアの雷が落ちるのは確実。だが、その雷がどれだけの大きさになるのか想像もつかない。
今もマリーアはペンダントを振り子にした『ダウジング』に意識を集中している。
そして、そんなマリーアに向けてどこからか弓矢が飛んできた。
「…ったく、相変わらず鬱陶しい罠が多いな」
飛んできた弓矢を難なく掴み取り、へし折りながら蛮は呆れたように言う。
おそらく放っておいてもマリーアなら避けるなり防ぐなりしていただろうが、護衛役として付き合わされている以上、こういうのは蛮と銀次の役目だ。
そうして、道中のトラップの全てを潜り抜け、やがて彼らは表向きに図書館島の最深部とされている場所にたどり着いた。
「ここよ」
辿り着いた場所は巨大な地底湖。
地下なのに明るい光に満ちており、周りは見たことの無い植物に囲まれていた。
ところどころに本棚が並んでおり、中には水中に沈んでいるものすらある。しかし、水の中に浸かっているのに不思議と本が傷んだ様子もない。
「へぇ…」
「すっごい綺麗な所だな~」
思わず興奮気味に銀次が言う。
いかにもファンタジーといった風な光景に少し感動しながら、彼らは行方不明になった面々を探した。
「あー!!マリーアさんや!!」
「どうやら全員無事だったみたいね」
マリーア達を見つけた木乃香たちが駆け寄る。
「マリーアさん、何でここに…? 蛮さんに銀次さんまで…」
明日菜が聞いてきた。
「ハルナちゃんから貴女達が行方不明になったって聞いて探しに来たのよ」
この時点でマリーア達と面識があるのは木乃香、明日菜、夕映の三人。
しかし、面識の無いネギ、古菲、長瀬楓、佐々木まき絵の四人は、突然現れたマリーア達に少し戸惑っているようだった。
「明日菜さん、この人たちは?」
ネギが明日菜に訊ねる。
「えっと…、世界樹前広場で『占い屋』をやってるマリーアさん。それでこの二人が……」
「俺らはただの付き添いだよ。奪還屋…つっても分かんねーか。今は少し危険な事も扱う便利屋みてえな仕事をしてる」
明日菜の言葉を引き継ぐ形で蛮と銀次の二人が自己紹介した。
すると蛮達の名前を聞いて、長瀬楓と古菲が「どこかで聞いたことのある名前だ」と反応する。
「もしかして不良グループ『Evil Eyes』のリーダーとその側近でござるか? あの鬼か悪魔のように強いと噂の……」
「…まあ、俺らがリーダーになったのはただの成り行きなんだがな」
やれやれという風に返事を返す蛮。
そんな蛮と銀次の二人の佇まいから感じる強さの気配。
その気配を感じ取った長瀬楓と古菲の二人は納得したというような表情をする。
「ふむ。…なるほど。確かにその佇まい。中々の強者のようでござる」
「地上に戻ったら是非とも手合せ願いたいアルよ!」
案の定というか、蛮と銀次の二人と戦いたがる古菲。
もっとも蛮の方は「そんな面倒くさいことはゴメンだ」と断る気満々だったが。
(この子も中学生!? 真名ちゃんもそうだったけど、オレより身長高いよ!?)
(88.7cm…いや、89cmか。最近の中学生はスゲエな…)
中学生離れした楓のスタイルに内心で戦慄する蛮と銀次。
それにしてもバストサイズを目測だけで完璧に見切る蛮の脳内スカウターの精度はもはや神業である。
「マリーアさんが来てくれて助かったわー♪」
「うん、これで帰れるよ!」
まき絵と木乃香は安心したという風に笑っている。
しかし、マリーアの方はどうみても目が笑っていない。
(あ~あ、俺、知~らねっと)
(あ…、これは間違いなく説教3時間コースだな…)
マリーアの目を見た瞬間、蛮と銀次は我関せずの方針を決める。
「ネギ君、明日菜ちゃん、ちょっと良いかしら…」
「え、あ、はい!?」
マリーアはネギと明日菜を物陰のほうに呼んだ。
「ネギ君、明日菜ちゃん、貴方たちが図書館島の地下にもぐった理由はハルナちゃんたちから聞いてるけど…頭を良くする魔法の本なんてものが本当にあると思った理由について聞いても良いかしら?」
「え、えっと…」
腕組みをしたマリーアから問い詰められ、しどろもどろになる明日菜。
魔法使いが実在するのだから、頭を良くする魔法の本が実在してもおかしくないと思ったなどとはとても言えない。何故なら明日菜の認識の中ではマリーアは一般人なのだ。一般人相手に魔法のことをばらす訳にはいかない。
しかし、そんな動揺した姿を見せていれば洞察力に優れたマリーアからすれば自白しているも同然である。何より一瞬だけネギの方をチラリと見たのが決定的だった。
「なるほど? 大方、ネギくん経由で魔法の存在を知ったって所かしら」
「え!?」
見事に言い当てられ、明日菜は驚いた表情をみせる。
そして、マリーアは明日菜とネギの二人に対して言葉を続けた。
「言っておくけど私も魔法関係者だから、私に対して魔法の秘匿について気を遣う必要は全く無いわよ」
「えぇーー!?」
その言葉に明日菜だけでなくネギも驚いた。
しかし、マリーアはそんな二人の驚きなど無視して話を続ける。
その迫力はとても他の誰かが口を挟めるような代物ではない。
「さて、それじゃ、まずはネギ君」
「は、はい」
「本来なら貴方は彼女達を止めるべき立場のはずでしょう。何で一緒になってこんなことをしたのかしら?」
「え、だってもし期末テスト最下位だったら僕、先生になれなくて、本国に返されるから…」
そう言って、ネギは学園長から出された課題について説明する。
今までのことを洗いざらい聞いたマリーアは少しあきれた顔でネギを見た。
「はぁ…、せっかく魔法を使えなくしたのに、それじゃ全く意味が無いじゃない…」
「あの…僕…」
「魔法は秘匿するものだけれど、ばれなきゃ魔法で非道をしてもいいって、そういうものじゃないでしょう。ネギ君、貴方は己の保身のために不正に手を貸そうとした。人に物を教える立場の人間がしていい事じゃないのは分かるわね?」
「あうぅ…」
マリーアの言葉でネギはようやく自分のしたことを理解してきたようだ。
涙目になりながら謝るネギ。
「ごめんなさい。僕、間違っていました…」
素直に過ちを認めたネギにマリーアはそれ以上責めることはしなかった。
その代わりマリーアは身を屈めて自分の目線をネギと同じ高さに合わせると、両手で彼の頬を優しく包み込んだ。
「…ネギ君、貴方は今、自分の過ちを認めることが出来た。そして、その謙虚さは忘れちゃ駄目よ。貴方はまだ幼くて、失敗するのは仕方ない。今はただ失敗を認めて次の糧にすれば良い。けれど―――」
そこでマリーアはどこか憂いを帯びた表情で言葉を切る。
そして、彼女は一呼吸置いた後、まるで言い聞かせるように優しく告げた。
「けれど、世の中には本当に取り返しのつかない過ちも存在するの。だから、今のうちに多くを学びなさい。いつか必ず出会う本当に大事な場面で間違えないように」
どこか音楽的な響きすら感じるマリーアの声。
彼女の言葉はネギの胸に抵抗なく、スッと入ってきた。
「――」
真剣なマリーアの眼差し。
彼女が本当に真剣な気持ちで言ってくれていることはネギにも分かる。
話を聞いたネギは静かに頷く。それを見たマリーアはニッコリと微笑むと、その場を立ち上がった。
「さて…ネギ君の事はこれでいいとして…」
そして、マリーアは表情を再び真剣な物に変えると、ネギと明日菜以外の他のメンバーを集合させる。
マリーアは大きく息を吸い込んだ後、号令をかけた。
「全員、この場に集合!!」
マリーアは全員を自分の周りに座らせる。無論、全員が正座である。
蛮と銀次はそんな彼女らを少し離れた場所から生暖かい視線で見ている。
「今回の事件、大体のことは聞いたわ。まったくアナタ達ときたら…」
そこからの流れはまさに蛮と銀次の予想通り。
クドクド、ネチネチと本当にみっちり3時間のお説教が続いた。
途中で見物に飽きた蛮と銀次は今ではそれぞれ別のことをして時間を潰している。
蛮は周囲の本棚の中から適当な本を見繕って読書に耽っているし、銀次は地底湖のほとりで砂のお城を作って遊んでいる。
ちなみに砂遊びをしている彼はいわゆる『タレ銀』の状態であったが、誰も気にする者は居ない。全員、正座させられてそれどころでないというのが本当のところであったが。
「…と言うか、そもそも学生の本分は勉強でしょう。アナタ達、今まで努力はしたの? 予習は? 復習は? ちゃんとノートはとっているの? 分からないところは友達に聞くなり、先生に聞くなりしているのかしら?」
「「「「「………」」」」」
バカレンジャーの五人ともが黙り込んでしまった。
正論過ぎるマリーアの言葉に誰も言い返せない。
勉強の努力すらせず、そもそもの努力すること自体を放棄して不正に頼ろうとしたことは覆しようのない事実だったからだ。
「ううう、なんか認めるのは嫌だけどその通りかもね」
「勉強は苦手ですけど、マリーアさんの言ってることは間違いではないです」
「確かに最初から魔法書に頼ろうとしたのはフェアではなかったでござる」
「うん。確かにこんなズルして頭が良くなっても、本当に努力してる人達に申し訳ないよ」
「…その通りアルね」
素直に反省するバカレンジャーの五人。
そして、マリーアはそんな彼女たちに言った。
「だったら、ちょうどいい機会だし、今からここでアナタ達に徹底的に勉強させるわ。ここなら余計な雑念も入らないでしょう」
「えー、今から?」
「何か言ったかしら?」
「イエ、ナンデモナイデス」
まるで蛇に睨まれた蛙である。
マリーアにギロリと睨まれた明日菜たちは片言の返事を返すしかなかった。
「ま、諦めるんだな? 何しろ俺も銀次もマリーアにだけは全く頭があがらねえからな」
「みんな、頑張ってね~」
カラカラと笑いながら蛮と銀次が言う。
「何言ってるのよ。アンタら二人も手伝いなさい」
「はぁっ!?」
他人事だと思っていたところにマリーアのこの発言。
蛮などは当然のごとく反発するが、結局折れて渋々と了承する。
「えーと、マリーアさん? オレは人に教えられるほど頭良くないですよ? むしろこの中で一番頭が悪い自信があるんですが…」
「だったら、銀ちゃんは教わる側として参加なさい」
「はえっ!?」
まさかの生徒側への参加要請。
無論、銀次に拒否権などは無い。
「それじゃあ、早速始めましょうか。ネギ君、準備をしましょう」
「はい!」
かくして地下図書室での勉強会が始まる。
マリーアを中心として、ネギと蛮がそのサポートに回るという形だ。
ちなみにマリーアの教え方は抜群に上手かった。はっきり言って、家庭教師や塾の講師としても十分やっていけるレベルであったと思われる。
「うーん、夕映ちゃんは単純に勉強しないだけのタイプだけど、明日菜ちゃんなんかは典型的に努力の方向性を間違ってるタイプかしらね~」
勉強会を進める中でマリーアが言った。
その言葉にネギが少し不思議そうな顔で訊ねる。
「え? それはつまり、どういうことですか?」
「そうねえ…。例えばだけど、努力しているのに全く成績上がらない子っていうのも居るじゃない? そういう子っていうのは、教科書が蛍光ペンやアンダーラインだらけになってることが多いのよ」
「うっ!?」
心当たりのあり過ぎるマリーアの言葉に動揺する明日菜。
実際、彼女の教科書は蛍光ペンやアンダーラインだらけである。
「そういう風にやたら沢山の目印つけるのは、どこがポイントなのか全然わかっていない証拠なの。そういう子は努力の方向性そのものを間違ってる。だから、そういう子の成績を上げようと思ったら、普段の勉強方法自体を変えてあげるしかないのよね」
そう言って、マリーアはネギに微笑む。
それを彼女達にしてあげるのはネギの役目だとマリーアは言外に告げていた。
「勉強に限ったことじゃないけど、目的を達成するためには、正しい手段・適切な手段が必要なのよ。たとえば薬の選択や使い方を誤れば、かえって病気を悪化させたり、死に至ることさえあるように、手段が間違ってれば、目的を誤ることさえあり得るの。今回の事件みたいね?」
「うぅ…、ホント、反省してます…」
マリーアの言葉にバカレンジャーの面々も素直に謝る。
そして、その光景を見てネギは思った。
(凄いなぁ…。あの五人にこんな教え方が出来るなんて…)
何というか本当に『大人』の女性なのだ。
ただ年上の美人というだけでなく、確かな教養を備えた理知的な女性。
しかも、その教養は書物からの知識だけでなく、彼女自身の人生経験にも拠っているだろうことが窺える。
だから、たとえ同じ言葉で伝えたとしても、自分ではこうも上手くはいかないだろう。
ネギがそんなことを考えていると、マリーアは今日の勉強会の終了を告げた。
「さて、今日はここまでとしておきましょうか」
その宣言に勉強会の参加メンバーは大きな息を吐いた。
「ぶはー」
「ここまで勉強したの始めてアルよー」
「でも、確実に頭は良くなってるはずです」
「くっ! 分かっちゃいたけど、この中じゃオレが一番頭が悪いよ!」
メンバーの中での最下位の成績に軽く落ち込む銀次だった。