GetBackers -奪還屋- Parallel Universe   作:世紀末ドクター

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第八話『図書館島へ②』

 ―――カリカリと、静かな湖面に鉛筆の音が響く。

 

 

 バカレンジャーの面々が湖のほとりの砂浜で勉強を続けながらすでに2日が経過していた。

 それにしても、何故か食料やキッチン・トイレなどの生活設備はおろか、勉強のための教科書や黒板まで備えているあたり、どう考えても用意が良すぎる。

 

 

(こりゃ最初から仕組まれてたって考えるのが自然だな…)

 

 

 それぞれのメンバーが勉強を続けているのを遠目に見ながら蛮はそう判断する。

 恐らくは学園長あたりの差し金だろうが、全くあのジジイは何を考えているのやら。

 しかし、これが最初から仕組まれていたのなら、わざわざ蛮達が図書館島の地下を捜索に来る必要は無かったかもしれない。

 これがあの学園長の差し金だというなら、何だかんだで最低限の安全対策は講じてあるだろう。

 

 

「ったく、これなら俺らが来る意味なんざ無かったな…」

 

「それは別に良いんじゃない? やっぱり何事もないのが一番だよ」

 

 

 溜め息の混じった蛮の発言に銀次はそう返した。

 最初の方こそ勉強会に付き合わされていた蛮と銀次だったが、今は生徒各人の自習時間ということで解放されている。

 

 

(今のうちに俺らだけさっさと地上に帰っちまうか?)

 

 

 面倒事の嫌いな蛮は思わずそんなことを考える。

 だが、実際に帰るとしても、さっきから気になっていたことを片付けてからにしよう。

 どうも先程から物陰に隠れてこちらを窺っている人物が居る。そして、その人物はこちら側の中でも―――特に木乃香のことを気にしているようだった。

 

 

(何でわざわざ隠れてんだかな…アイツは)

 

 

 感じる気配からすると物陰に隠れているのは間違いなく、桜咲刹那だろう。

 彼女が木乃香の護衛役を任されているのは聞いてはいる。しかし、どうせならもっと近くで護衛すれば良いものを、何でわざわざあんな物陰から様子を窺うようなことをしているのか。

 はっきり言って、物陰からこそこそと木乃香の様子を窺っている彼女の様子は客観的にはストーカーにしか見えない。

 

 

「ところで銀次、あそこでストーカー行為を働いてるサムライ女を俺らはどうしたら良いと思う?」

 

「あー…」

 

 

 不意に話を振られた銀次だったが、銀次も刹那の存在にはとっくに気付いており、一体どうしたものかと何とも微妙な表情をしている。

 見て見ぬ振りをすることも出来るが知らない相手ではないし、敢えてここは声を掛けることにする。

 蛮は小さく溜め息を吐きながら一歩を踏み出した。

 

 

 ―――瞬間、その場から蛮の姿が掻き消える。

 

 

 物音ひとつ立てない神速の移動。

 蛮は刹那に気付かれないように彼女の背後に回ると、ポンと彼女の肩を叩く。

 

 

「…ッ!?」

 

 

 やはり蛮の気配には全く気付いていなかったらしい。

 突然に肩を叩かれた刹那は身体をビクリと震わせると、慌てたように後ろを振り返る。

 

 

 ぷにっ

 

 

 そして、振り返った刹那の頬に 蛮の指が突き刺さった。

 まるっきり小学生がやるような悪戯にまんまと引っ掛かった刹那。

 

 

「何してんだ。こんな所で?」

 

「み、美堂さん…? い、いつの間に?」

 

「ついさっきだよ。完全に気配を殺して近付いたから、テメエが気付かないのも無理ねえけどな」

 

 

 そう言って、蛮は「まだまだ修行が足りねえぜ」とでも言いたげに不敵に笑う。

 そうして蛮と刹那が話していると、銀次も少し遅れてやって来た。

 

 

「やっほー! 刹那ちゃん」

 

 

 銀次は片手を軽く上げて挨拶する。

 人懐こい笑みを浮かべる銀次の雰囲気に毒気を抜かれたのか、そこでようやく刹那は肩の力を抜いた。

 それにしても、こういうほんわかした雰囲気は銀次だからこそであって、とても蛮には真似できない。ある意味、これも銀次の人徳であると言えるかもしれない。

 

 

「…で? 木乃香ちゃんをストーキングしてた理由はなんだ?」

 

「ス、ストーキング!?」

 

 

 まさかそんな言い方をされるとは思わなかったのか刹那は凄まじく驚いた顔をしている。

 刹那にとっては陰ながらの木乃香の護衛のつもりだっただけに蛮の「ストーカー呼ばわり」に相当面喰ったようだ。

 もっとも蛮は彼女が木乃香の護衛だという事情を分かった上でわざとすっ呆けた風に言っている訳だが。

 

 

「ん? 違ったのか?」

 

「そんなの当たり前ですよ! 私はお嬢様の護衛です!」

 

 

 思わず顔を真っ赤にして怒鳴る刹那。

 そして、蛮はそんな刹那に対して正論をかます。

 

 

「だったら、こんなストーカー紛いなことをしてないで、もっと側でちゃんと護衛してた方が良いと思うぜ?」

 

 

 ただでさえ護衛なんてものは後手に回らざるを得ない。

 その上、こんな離れた場所に居たら、有事の際、どうやっても駆けつけるのに時間が掛かる。

 わざわざ自分からさらに後手に回りやすい状況を作ってどうすんだ、という話である。

 

 

「え、えーと、それについてはお嬢様のお父上である詠春様の意向でして…」

 

 

 何でも木乃香に魔法の存在を知らせたくないという彼女の父親――詠春の意向があるために、影からの護衛をしているのだと言う。

 それが裏の世界に関わらせたくないという親心だというのは蛮にも分かる。

 しかし―――

 

 

(それは別に、近くで護衛しない理由にはならねえよなぁ…)

 

 

 蛮と銀次はそう思った。

 恐らく他に理由があるのだろうが、それには追及しなかった。

 そこまで深く踏み込むつもりは蛮には無い。だから、蛮は刹那に対して、こう言うことにした。

 

 

「ふぅん? テメエの事情なんて俺が知ったことじゃねえがな。けど、いざ本当に木乃香ちゃんに何かあった時に『手が届かなかった』なんてことになったらテメエはどうする?」

 

 

 まるで刹那のことを試すような蛮の視線。

 その視線に見つめられた刹那は思わず言葉に詰まった。

 

 

「そ、そんなの…」

 

 

 その反応を見る限り、どうやら彼女自身、護衛としての任務を第一に考えるなら木乃香の近くで護衛するべきだということは理解しているらしい。

 自分が本当はどうするべきか理解しているのに、どうしても足を踏み出せないでいる。つまり、刹那が内に抱えている事情というのは、彼女にとってそれ程に重いものだということか。

 蛮は刹那の様子に「やれやれ」という具合に溜め息を吐いた。

 

 

「まあ、さっきも言ったがテメエの事情なんて俺が知ったことじゃねえ。これからどうするかはお前の好きに――…?」

 

 

 好きにしろ、と蛮が言い掛けた時だった。

 不意に何かに気付いた蛮はその動きを止めると、周りを警戒するように黙り込んだ。

 

 

(何だ、今のは…?)

 

 

 時間にしてみればほんの一瞬。

 ほんの一瞬だけだが、思わず全身が総毛立つほどの異常な気配を感じた。

 そして、それに気付いたのは蛮だけではなく、銀次もいつの間にか表情を緊張させたものに変えていた。

 

 

「気付いたか、銀次」

 

「うん…多分、ここより更に地下だ」

 

 

 頷いて答える銀次。

 気配の出所は今の蛮達が居る場所よりも更に地下。

 ここより地下に、気配だけで蛮と銀次を総毛立たせるような『何者か』が存在している。

 

 

「あ、あの…?」

 

「テメエは気付かなかったかよ?」

 

「何を?」

 

 

 怪訝な顔をして訊き返す刹那。

 どうやら彼女は気付かなかったらしいが、それは当然だ。

 一番感知に優れた銀次ですら気配を感じ取れたのはほんの一瞬であり、相当な実力者でないと今の気配には気付けない。

 だが、もしも気付けていたなら蛮と銀次と同じように瞬間的に理解したはずだ。その気配を発した『何者か』の異次元めいた桁外れの強さを。

 

 

「ほんの一瞬だけど、ここより地下で気配を感じた。多分…圧倒的にヤバい奴だよ。一対一の戦いなら、オレや蛮ちゃんよりも強いかもしれない」

 

 

 刹那自身、以前に組んだ仕事を通して蛮と銀次の強さは知っている。彼ら二人の実力は確実に高畑や刹那以上。

 だからこそ、蛮と銀次よりも強いかもしれない、という銀次の言葉に刹那は驚かずにはいられなかった。

 

 

「侵入者…ということですか? で、でも、そんな強力な実力者なら学園の結界にとっくに引っ掛かってるはずじゃ…」

 

 

 通常、麻帆良の外からの侵入者ならば、侵入した瞬間に学園の結界に引っ掛かっているはずだ。

 それにも関わらず、図書館島の地下に侵入されるまで結界に引っ掛からないということがあり得るのか。或いは結界の感知を潜り抜けるスキルでも持っているのか。

 たった今、侵入されたのか。それとも以前から侵入されていたのか。一体いつから侵入されているのかは分からないが、いずれにしろ放置できる問題ではない。

 

 

「銀次、分かってるな?」

 

「うん、分かってる」

 

 

 銀次と蛮はお互いに見合わせて頷き合う。

 二人ともわざわざ口に出すまでも無く、ここでどう行動するべきなのかを分かっていた。

 

 

「おい、桜咲」

 

 

 蛮は肩越しに振り返ると、名前を呼んだ。

 

 

「とりあえず、俺と銀次は今の気配の出所を調べに行く。だから、お前はマリーアに伝言を頼む。木乃香ちゃん達を連れて、さっさとこの地下から脱出しろってな」

 

 

 ついでにお前も早く地下から脱出しろ、と蛮は刹那に忠告する。

 無論、仮に気配を発した『何者か』と遭遇しても、すぐさま戦闘になるとは限らない。

 だが、蛮と銀次の推測では、その『何者か』の強さは下手をしたらあの赤屍と同等のレベル。万が一に戦闘になれば甚大な被害がもたらされることは想像に難くない。

 巻き込まれたら正直、命の保障は出来ない。それを避けるためには、ネギやバカレンジャーの面々はさっさと地下から脱出させたほうが良いという判断だった。

 そして、蛮と銀次の表情から事態の深刻さを読み取った刹那は、素直に蛮の指示に従った。

 

 

「…分かりました。二人とも、お気を付けて」

 

 

 刹那の言葉に蛮と銀次の二人は「誰に言ってやがる」とばかりに不敵な笑みを浮かべる。

 この地下にいる『何者か』が凄まじい強敵であることは間違いないが、たとえどんな相手だろうと負けるつもりは更々無かった。

 

 

「ああ、そうだ。地上に戻ったらテメエもちゃんと勉強しろよな? 木乃香ちゃんへのストーキング行為にかまけて、銀次みてえなアホになるんじゃねえぞ?」

 

「だ・か・ら! ストーカーじゃないと何度も言ってるでしょう!?」

 

 

 別れ際に底意地の悪そうな顔で蛮に言われ、またもプンスカと怒ってしまう刹那。そして、さり気なく蛮から「アホ」とディスられた銀次である。

 それにしても性格的な相性の問題なのか、刹那と蛮は顔を合わせるたびにこんな感じで喧嘩のようなやり取りをしている気がする。

 肩を怒らせてノッシノッシと立ち去る刹那を微笑ましげに見送ると、蛮と銀次の二人も行動を開始することにした。

 

 

「そんじゃ俺らも行くぜ」

 

「うん、行こう。蛮ちゃん」

 

 

 互いに頷き合うと、二人は図書館島のさらなる地下へと目指して動き出したのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 図書館島の最深部と言われていた『地底図書室』の更に地下。

 その地下への道を探索しながら、蛮は銀次に注意を促すように言った。

 

 

「油断するなよ、銀次。さっきのは圧倒的にヤバい奴の気配だったぞ」

 

「分かってる。あんな気配を感じたら油断なんて欠片も出来ない」

 

 

 言いながら蛮と銀次は、さきほど感じた『力』の気配のことを思い出していた。

 感じたのはほんの一瞬だったが、その力を発した『何者か』の強さは直感的にはあの赤屍と同等クラス。どう考えても、そのまま無視できるような代物ではない。

 そう判断したからこそ、わざわざ蛮と銀次の二人が調査に向かっているのだ。

 

 

(こっちの世界にも赤屍レベルの奴がそうそう居るとは思えねえが…)

 

 

 少なくとも、蛮達がこれまでに出会った麻帆良学園の魔法教師や魔法生徒達の中には赤屍レベルの相手に対抗できるような人間はいない。

 つまり、もしも対象が敵対的な相手であった場合、対抗できるのは蛮と銀次の二人しかいないということだ。どこか嫌な予感を感じながらも図書館島のダンジョンを下へと降りて行く二人。

 そうしていくつかの罠を潜り抜け、やがて二人はどこか神話に出てきそうな大きな扉の前に辿り着いた。

 

 

「これは…」

 

「こりゃ酷えな…」

 

 

 蛮と銀次が辿り着いた扉の前。

 そこに存在していたのは、翼を持つ巨大なドラゴン。

 だが、既にそのドラゴンは全身を黒焦げにさせて死んでいた。

 かろうじて原型を留めてはいるが、グチャグチャになった肉片が周囲に散乱し、周りには肉の焦げる臭いが立ち込めている。

 焼け焦げた死体からは今もシュウシュウと蒸気が上がっていることから、このドラゴンが何者かに殺されてから間も無いということだろう。

 

 

「つーか、こっちの世界にはドラゴンなんてのも居るのかよ」

 

「けど、一体誰がこんなこと…」

 

 

 言いながら、蛮と銀次の二人はその場を調べ始める。

 周りの気配を探るが、最初に感じた気配は既に跡形も無く消えていた。

 少なくともこのドラゴンを殺した『何者か』は既にこの場所からは離れてしまったようだ。いわゆるニアミスという奴である。

 だが、それにしても、このドラゴンの死体の損傷は―――

 

 

(炎…いや、こりゃ電撃のダメージによるものか?)

 

 

 黒焦げのドラゴンの死体を見た蛮は、そう分析する。

 

 

(雷の魔法? いや、違うな。それにしちゃあ魔力の気配を全く感じねえ…)

 

 

 恐らくこのドラゴンを殺したのは、魔術的な力ではない。

 実際に現場を見ていればもっと詳しいことが分かっただろうが、少なくとも魔力を媒介にして発生させた雷撃とは根本から違う。

 物理的な力を、あくまで物理的な力のままに叩き付けているような印象を蛮は受けた。

 それはまるでかつての無限城の『雷帝』が操った雷のような―――

 

 

「……」

 

 

 蛮はふと銀次の方を見る。

 銀次は黙ったまま、ジッとドラゴンの死体を見つめたままでいた。

 何を考えているのかは知らないが、蛮は敢えてそこに突っ込むようなことはしなかった。

 蛮は銀次から視線を外すと、ドラゴンの死体の向こう側にある大きな扉の方に視線を移す。

 

 

「つーか、この扉は一体何だ?」

 

 

 木の根の中に埋もれた巨大な扉。

 そして、蛮がその扉を調べようと歩み寄ろうとした所で、後ろから声が掛かった。

 

 

「―――その扉は私の許可が無いと開きませんよ。美堂君」

 

 

 その声に振り返る蛮と銀次。

 振り返った先に居たのは、いかにも魔法使いといった風体のローブをまとった長髪の美青年。

 

 

(コイツ…)

 

 

 蛮は青年の姿を一目見るなり眉を顰める。

 何というか凄まじく胡散臭そうな男なのだ。

 蛮は警戒の混じった視線で睨みながら、現れた男に話し掛ける。

 

 

「テメェは誰だよ」

 

「私はアルビレオ・イマ。この図書館の司書長をしています。君達のことは学園長から聞いていますよ」

 

 

 現れた青年は図書館の司書と名乗った。

 だが、率直に言って、この男の胡散臭さは並ではない。

 何しろ、この男、地面に影が映っていない。少なくとも普通の人間ではないということは明らかだった。

 

 

「…それで、このドラゴンはテメェのか?」

 

「ええ、私の部屋の番犬代わりにしていたんですが、一瞬で殺されました」

 

 

 そう言って、アルビレオと名乗った男は黒焦げになったドラゴンの死体を見上げた。

 蛮はアルビレオにドラゴンを殺した相手の風貌を訊ねる。

 

 

「これを殺ったのはどんな奴だ?」

 

「フードを目深に被っていたので顔までは分かりません。…ですが、中学生くらいの少女といった風な体格でしたよ」

 

 

 アルビレオは自分の見た光景をそのまま語った。

 図書館島の地下にフラリと現れたフードを被った少女と思しき人物。

 その人物は本物の雷すら上回る雷撃で、ドラゴンをそれこそ一瞬で消し炭に変えた。

 そして、ドラゴンの殺した少女は、ここにある扉を一通り調べた後、どこかに立ち去ってしまったらしい。

 

 

「つーか、テメェは見てただけかよ? その女を追跡するなり何なりはしなかったのか?」

 

「いえ、それは無理でしたよ。下手に尾行したり、追跡の術式を使っていたりしたら多分、私が殺されてました」

 

 

 アルビレオは追跡は無理だったと断言した。

 

 

「あの少女の強さは、はっきり言ってナギ以上でしょう。これまで長く生きてきた中で、あそこまで規格外な存在は見たことがありませんよ」

 

 

 かつての大戦の英雄『紅き翼』のメンバーである人物をして、そこまで言わしめるほどの相手。

 それだけ規格外な力を持っていながら、学園の結界に反応すらせず、学園側がこれまで把握すらしていなかったイレギュラー。

 学園の外からやって来たのか、元々学園の中に居たのか、敵なのか味方なのか、それすらも分からない正体不明の存在。そんな相手が麻帆良学園の秘密を嗅ぎ回っている。

 

 

「いずれにしろあんな規格外な相手が学園内に存在すると分かった以上、学園の警戒レベルを引き上げざるを得ませんね…」

 

 

 アルビレオは溜め息を吐きながら呟く。

 そして、一方の蛮は、彼の話を聞いて、その少女の正体についてある一人の存在に思い当っていた。

 最初にドラゴンの死体を見た時から頭の中をチラついていた存在だったが、今のアルビレオの話を聞いて一層その存在を意識せざるを得なかった。

 だから、蛮はさっきからずっと沈黙を守っていた銀次に訊いた。

 

 

「銀次、これは『アイツ』の仕業か?」

 

「…分からない。けど、それくらい強いよ。このドラゴンを殺した奴は」

 

 

 やはり、銀次も蛮と同じ存在のことを思い浮かべていたらしい。

 正直、これが本当にかつての無限城の『雷帝』かどうかは分からない

 そもそも銀次の中の『雷帝』は、かつての無限城の戦いでこの世から消えたはずであり、本来なら既にこの世に存在するはずのない相手だ。

 だが、もしも本当に蛮と銀次の知っている『雷帝』だったとしたら―――

 

 

(一体誰が…? どうやって呼び戻しやがった…?)

 

 

 考えてみるが、可能性は一つくらいしか思い浮かばない。

 蛮たちと共にこの世界に飛ばされたと思われる『神の記述』のカード。

 消えたはずの『雷帝』をこの世に呼び戻せる可能性が僅かにでもあるとしたら、正直、それくらいのものだろう。

 だが、消えたはずの『雷帝』さえこの世に呼び戻すことが出来るとは、この世界に飛ばされた『神の記述』のカードは、蛮やマリーアが最初に考えていた以上にヤバい代物なのかもしれない。

 そうして、蛮はしばらく思考を巡らせていたが、アルビレオに話し掛けられたことで我に返る。

 

 

「ひょっとして、ドラゴンを殺した者に心当たりがあるのですか?」

 

「…まあな。確かに心当たりは一人居るぜ。けど、アイツはもうこの世から消えた。…普通に考えたら、アイツがもう存在するはずがねえんだよ」

 

 

 蛮は少し複雑そうな表情でアルビレオの問いに答えた。

 第一、世界そのものが違っているのだ。本当に『雷帝』である可能性はゼロに近いくらいに低いはずだが、どうしても蛮の頭から離れない。

 もしかしたら、再び戦うことになるのかもしれない。何の根拠もないが、何故だかそんな予感がした。

 

 

「おい」

 

「何でしょう?」

 

「テメェが学園の関係者なら一つだけ忠告しとくぜ」

 

 

 正直、このドラゴンを殺した人物が『雷帝』本人である可能性は低い。

 しかし、このドラゴンを殺した奴の強さは、少なくともそれに匹敵している可能性がある。

 

 

「次にそいつが現れても下手に敵に回すなよ。そいつが俺らの想像してる奴だっていう可能性は殆どゼロだろうが、少なくともこの学園の連中に対抗できる奴は一人も居ねえ。このドラゴンを殺った奴はマジでそれくらい強いぜ」

 

 

 蛮はアルビレオにそう忠告した。

 もっともアルビレオ自身は、わざわざ蛮に忠告されずとも蛮の言う通りにするつもりだったようだ。

 アルビレオは蛮の忠告に頷いて見せると、二人に言った。

 

 

「さて…、私はさっき目撃したことを学園長に報告しに行かなければなりません。出来ればお二人も一緒に来て頂けますか? あの人物への対策の一環として、おそらく貴方達にも依頼が行くでしょうし」

 

 

 アルビレオからの同行の要請。

 実際、このドラゴンを殺した『何者か』に対処できるのは自惚れでも何でもなく、現状では蛮と銀次の二人しかいない。

 敵なのか味方なのか分からない。しかも雷帝に匹敵するかもしれない力量の人間が暗躍しているかもしれない状況で、麻帆良学園の人間がどうなろうと知ったことではないと無関係に振る舞えるほど二人は薄情ではなかった。

 

 

「まあ、仕方ねえか…」

 

「だよねぇ…」

 

 

 アルビレオからの要請に蛮と銀次の二人は「やれやれ」という風に溜め息を吐く。

 二人はアルビレオについて学園長のもとへ向かったのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そして、同時刻。

 蛮と銀次が学園長室へと向かっているちょうどその頃、ドラゴンを殺した犯人は麻帆良学園の女子寮の一室に戻って来ていた。

 自室に戻ってきた彼女は灯りを消した部屋の中に静かに佇んでいる。

 

 

 ―――麻帆良学園中等部2-A所属 長谷川千雨。

 

 

 肉体的な姿形は間違いなく千雨のものだ。

 だが、たとえネギのクラスの生徒が今の彼女の顔を見ても、彼女が一体誰なのか分からないかもしれない。

 メガネを外していることもあるのだが、感じる雰囲気が普段の彼女とはまるで違う。それもそのはずで今の彼女の表層に出て来ている人格は、普段の彼女とは全く『別人』であるからだ。

 

 

「………」

 

 

 それはかつて天野銀次という少年の中に宿っていた『雷帝』という別の意思。

 今は千雨の肉体を憑り代にしているが、この世に呼び戻されて以来、基本的に彼(?)が千雨の表に出て来ることは余り無い。

 彼(?)が表に出て来るのは千雨の人格が眠りに就いた深夜などで、その千雨が眠っているときの僅かな時間を利用して麻帆良学園のことを調べまわっていた。

 千雨が眠っている間に活動しているということは、当然ながらその間のことは千雨の記憶には無い。千雨自身もまさか自分が眠りに就いた後で、自分の身体でこんなことされているとは夢にも思っていないだろう。

 

 

(だいぶ情報は集まって来たな…)

 

 

 魔法使いの存在。それらを管理統括する魔法協会という組織。

 旧世界と呼ばれるこの世界。まだ行ったことは無いが、ゲートを隔てて存在すると言われる魔法世界と呼ばれる世界。そして、世界樹。

 これまでの調査の結果、手に入れた断片的な情報から、こちらの世界観の概観は既に把握することが出来ていた。

 

 

(―――だが、どれも俺の興味を引くほどのモノじゃない)

 

 

 しかしながら、この世界がどんなものなのかは『雷帝』にとってはどうでも良かった。

 今夜も千雨が眠りに就いた後で図書館島の地下を調べに来ていた訳だが、大した情報は得られてはいない。

 それよりも今夜の調査の際、襲ってきたドラゴンに対して、一瞬とはいえ『力』を使ってしまったことの方が問題だった。

 さすがに勘の鋭い者ならば、さっきの『力』の発現に気付いたかもしれないし、何よりドラゴンの死体という証拠が残っているのが決定的だ。

 

 

(これはもう時間の問題だな)

 

 

 これまでは平穏を望む千雨の人格に一応の気を遣って、千雨にも学園の魔法使いにも気付かれないように活動してきた。

 だが、千雨の中に『雷帝(自分)』という怪物が存在しているということがこの学園の魔法使いの連中に知られれば、確実に何らかのアクションを仕掛けて来るだろう。

 そして、そうなった場合、この身体の本来の持ち主である千雨自身も、もはや無関係ではいられまい。

 

 

(この身体の持ち主にとっては、迷惑この上ないことだろうけどな……)

 

 

 そう自嘲気味に笑い、彼女はベッドに横になった。

 いずれにしろ、『雷帝(自分)』という存在をその身に宿してしまったからには、もはや平穏など諦めて貰う他は無い。

 千雨の平穏な日々が終わりを告げるまで、あと少し。そう予感しながら、雷帝の意識は、千雨の意識の裏側へと沈んで行ったのだった。

 

 

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